チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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後1,2話程度オリジナルを挟んで、アニメ6話に入りたいと思います。
今回、妖精社パートはありません。


女も仕事のために家族を犠牲にしてはならない

どうも、私を見ているであろう皆様。

虚刀流という黒歴史が昼行燈の策略により、私のソロ曲の特典映像として流出されることが確定し、かなり気落ちしています。

黒歴史が一般に公開されてしまうのだけでも死にたくなるというのに、あんな未完了な人様に見せられるレベルではないものを広めてしまうので恥ずかしさが倍プッシュですね。

そんな色々なことを考えていたら手加減を間違えてしまい、七花八裂・改を打ち込んだトレーニングバックを八つ裂きにしてしまった時は、どうしようかと思いました。

トレーニングバックの中身がレッスンルーム内に舞い散る光景を目にした撮影陣は、何やら大騒ぎしていましたが、大満足のようでしたから悪い印象は与えなかったと思います。

結局梃子でも動かなかったカリーニナさんは、想像を超えていた威力にしばし無言でしたが、やがて興奮が爆発して『素晴らしい(ハラショー)』と連呼しながら隣にいた前川さんを揺さぶっていました。

現実感のない光景に呆然としていた前川さんもカリーニナさんの揺さぶりが激しくなってくるので、正気を取り戻してハリセンの一閃で報復していましたね。

まあ、色々ありましたが、今思い出してもほぼ最悪といっても過言ではない出来事でしょう。

私のソロ曲の売り上げなど、ライ○ー効果を考えても良くて数千枚が関の山でしょうから、黒歴史の流出については最低限で済むかもしれませんね。

 

 

「聞いているのか、渡!」

 

「はい」

 

 

現在私はトレーナー姉妹の長女、麗さんから先日のカリーニナさんの件について説教を受けていました。

色々と機会を逸してしまったとはいえ、レッスン予定が入っていると分かった時点でそちらに行かせなかったのは完全な私の落ち度でしょう。

弟子入りを断った際に泣かれてしまって、どうも強く出ることができなくなっていたようです。

自分がどれだけ涙を流すことになったとしても別に構わないのですが、親しい誰かが悲しみの涙を流すのは見たくありません。

演技ではない悲しそうな表情を見ただけで胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われますし、涙を見たらどうにかしてそれを止めなければと焦ってしまいます。

魔王時代であれば『その涙はなんですか。無駄な水分を消費する暇があれば、悲しみを糧にして立ちあがったらどうですか』とか言いそうですが、今の私には無理ですね。

良くも悪くも人としての甘さが芽生えた結果なのでしょう。

 

 

「まったく、お前のその身内に甘い性格もわかっている。

だが、係長という職責を背負うものとして、大人として最低限やらねばならないことがあるだろう」

 

「面目ないです」

 

 

甘やかすばかりでは、相手の為にならないということは重々承知しているのですが、人間20を過ぎると分かっていてもなかなか自身の欠点を修正できないものです。

自己催眠をうまく活用すれば修正は容易ですが、そんなことをしてしまえば出来上がる人格は今の私と全く違うものになってしまうでしょう。

自己同一性(アイデンティティ)を犠牲にしてまでこの甘さを切り捨てようとは思いません。

この甘さがあってこその私ですし、それなりに気に入っています。

しかし、今回の件について反省していないわけではなく、今後は相手のことを慮って叱っていくということもしていこうとは思っています。

まあ、今回の件の当事者であるカリーニナさんも別の場所で武内Pや新田さんにたっぷり絞られているでしょうから、同じことは起こらないでしょう。

後で私も2人には謝罪しておかなければならないでしょうね。

 

 

「確かにカリーニナの能力は高い。舞台に対して物怖じしない度胸も、新人アイドルとして十分に通用するだけの歌唱力も身体能力も持っている。

本人には言っていないが、現時点でも合格点に達しているというのが私達の共通見解だ」

 

「それは、すごいですね」

 

「一回で全てものにしてしまう、レッスンし甲斐のないお前が言うな。

話を戻す。カリーニナは決して悪い生徒ではないんだが、自分のことをよく知っていて、また恐ろしいほどに洞察力が高い」

 

 

私の場合は見稽古というチートがありますからね。

ユニットレッスン以外は1回で2回以上完成形を見ることができるのですから、完璧に習得することができてしまうのです。

その分の余裕は係長業務だったり、シンデレラ・プロジェクトのフォローだったりと様々なことに無駄なく活用されているので、許してほしいですね。

しかし、カリーニナさんがそこまで仕上がっているとは思っていませんでした。

コマンドサンボを習っていただけあって身体能力がずば抜けて高いことは基地祭でのステージで確認していましたが、歌唱力もボイスレッスン担当の明さんにそう言わしめるだけの実力があったとは。

いつものフリーダムさからは想像できませんが、洞察力が高いというのも納得できます。

今回の件も突如決まったことだったというのに、誰よりも早くあのレッスンルームにやってきていましたし、監督達から虚刀流を披露すると聞いたと言っていましたが、情報を仕入れるにも相手が私のMVに関わっていなければ入らないでしょう。

恐らく、少しの会話で判断したか、特撮監督の顔等を知っていて探りを入れたのでしょう。

そうだとするのなら年齢に似合わない潜入工作系のスキルを習得しているに違いありません。

コマンドサンボを含めこういったことは父親から教えてもらったと本人は言っていましたが、いったい父親は何をしている人なのでしょうね。

今は貿易系の会社に勤めていると聞きましたが、前職は母国の首相の同僚だったのでしょうか。

 

 

「だがら、私達が既に合格点レベルだと判断しているのも気が付いているのだろう。全く厄介な手合いだよ」

 

「慢心ですか」

 

 

自身が既に合格点に達しているというのを察したからレッスンを一度さぼってもいいと慢心しているのでしょうか。

だとしたら、本当に危険かもしれません。

私の場合は完成形をチートでコピーしているため問題はないのですが、カリーニナさんの場合はそうではないですし、新田さんとのユニットなのですから片方ができていてもそこにまとまりがなければ、完成しているとは言えません。

ようやく、先の件での自身の対応の悪さに合点がいき、背中等の目につかない場所で冷や汗が滝のように流れ出します。

 

 

「いや、ただの我儘だろう。所詮は15歳の子供だからな。

頭では駄目だと分かっていたとしても、自分の好きなことを優先してしまうものだ」

 

「だと、いいのですが」

 

「駄目と言われているのについやってしまったという経験は、お前にもないか?」

 

「優等生でしたから」

 

 

隠蔽工作はしっかりとしていた方だったのでばれることはありませんでした。

犯罪として検挙されるレベルのことはしていなかったのですが、念には念を入れよといいますから。

 

 

「お前らしいな」

 

 

信頼や信用といったものは一度失ってしまうと取り戻すのが難しいものですから、それをうまく維持しつつ自身の希望を通すやり方が一番無駄なく済みますからね。

その分、ストレス等は比例するように増えていきますので、上手くガス抜きしないと魔王化待ったなしです。

 

 

「まあ、話を戻すぞ。シンデレラ・プロジェクトはしっかりしている者が多いようだが、それでもまだまだ子供だ。

だからこそ、間違った方向に進んでしまわないようにきちんと導いてやるのが、私たち大人の仕事なんじゃないか?」

 

「‥‥はい、おっしゃる通りですね」

 

 

もう自分の甘さについては痛いほどわかりましたので、そう諭すような言い方はやめてください。

久しぶりの大失敗に自己嫌悪が募ります。あの時こうするべきだった、最適解はこうだったはずなのにどうして私は間違えてしまったのか。

考えても仕方ないことが堂々巡りのように頭を支配していきます。

もし思考の並列処理を習得していなければ、今頃何も考えられない思考放棄状態という情けない姿を晒していたでしょう。

極限状態において感情ではなく理に従って行動する思考の切り替え術も役立ちました。

 

 

「しかし、やはりお前も人間だったんだな」

 

「当たり前でしょう」

 

 

麗さんは、面白いものを見つけたような楽しそうな表情を浮かべます。

確かに見稽古で人類の到達点と呼ばれる程に強化されてはいますが、それでも人類種という枠組みは逸脱していないはずなのですが。

いったい傍からは、どういった風にみられているのでしょうか。

まあ、今の言われ方から察するに、恐らくと碌でもない風に思われていたに違いありませんね。

 

 

「いや、お前は何でも完璧以上に熟すからな。こいつは失敗することなんてないんじゃないかと、勝手に思っていたんだよ」

 

「私だってこうして失敗することもあれば、落ち込むこともありますよ」

 

「ああ、だから安心したよ。失敗を知らない人間には成長は見込めないし、何でも完璧にこなすのなんて機械で十分だ」

 

 

チートを使えばほぼ完全に感情を排して機械のように正確に作業をこなすだけの存在になり下がることは可能ですが、誰が好き好んでそんなものになるというのでしょうか。

やはり、感情という不安定なものを抱えているからこそ人間は楽しいのですし、それをむざむざと捨ててしまうのは阿呆のすることでしょう。

 

 

「まあ、なんだ‥‥次からは気をつけろよ」

 

「はい」

 

 

何だか、子ども扱いされているようで、こそばゆいような居心地が悪いような変な感じですね。

社会人として生活しだしてから私をこういう風に扱うのは両親くらいしかいなかったので、上手く言葉にできません。

前世でも一番上で、今世も長女でしたから正しいかどうかはわからないのですが、もし私に姉という存在が居たらこんな感じなのでしょうか。

そう、少しだけ思うのです。

 

 

「説教をしてしまって悪かったな、優しいだけじゃ駄目だというのを覚えていてくれたらいい」

 

「ちゃんと覚えておきますよ」

 

 

今後、平和で無事に過ごすなら必要なことでしょうから。

 

 

 

 

 

 

「あっ、師匠じゃないですか」

 

 

色々と考えることもあり、落ち込み気味な暗い表情を部下達に見せるわけにもいかないので、屋上庭園で昼食を取ろうとしていたら佐久間さんが現れました。

ひょんなことから私が麻友Pの胃袋を掴んでしまったが故に、料理の弟子入りをしてきたのですが、麻友Pが絡まなければまじめで普通な女の子でしたね。

私の業務や佐久間さんの仕事の都合で料理教室は2回くらいしか開催できていないのですが、事前に調べておいてもらった麻友Pの好む味付けの傾向のデータもあり、回数の割に成果は上々といった感じでしょう。

チートをフル活用して佐久間さんのレベルでも再現可能なレシピをまとめたものも渡していますし。

それに完全な形ではなく、いくらか発展させる余地を残した基本形のみを主にまとめておきましたから、この弟子なら自分なりのアレンジを加えていることでしょう。

 

 

「こんにちは、佐久間さん。あれから、反応はどうですか」

 

「はい♪師匠のお蔭でプロデューサーさんは、とっても喜んでいてくれますよ。

この前も『これならいつでも嫁にいけそうだな』って言ってくれたんです」

 

 

両手を頬に当てて、心底嬉しそうにしている佐久間さんは、見ているこちらまでが温かい気持ちになれます。

しかし迂闊な発言は真綿で首を絞めるように、ゆっくりとしかし確実に進行していくのですが、恐らく麻友Pは全く気が付いていないのでしょうね。

後戻りもできない状態になって、自分の置かれる立場を理解した時に彼はどんな反応を示すのでしょうか。

願わくは弟子の思いが最悪な形でなく、最高に幸せな形で終わりを迎えてほしいとは思っているのですが、こればかりは数多くのチートを持つ私でもどうにもなりません。

ですが、この弟子を泣かせるようならば、麻友Pには少しだけ地獄の淵を覗いてもらうことになるでしょうね。

 

 

「師匠はお昼ですか?」

 

「はい、たまには青空を見ながら食べるのもいいかと思いましたので」

 

 

弟子の前で不甲斐ない姿を見せるわけにはいきませんから、チートで穏やかな表情を精一杯作りました。

因みに今日のお昼のメニューは、簡単に作ったおにぎり(鮭・梅・昆布)と卵焼き、自家製お漬物、牛蒡等の根菜をたっぷり入れた味噌汁となっています。

手間暇をかけた凝ったものばかりではなく、時にはこうした簡単でほっとするものを食べたくなる時があるのです。

女子力のかけらも感じられないお昼ではありますが、特別な手間を必要としない分素材の味や調理するものの腕が如実に表れます。なので、拘れる部分には拘った珠玉の一品達であり、そこら辺出来合いものに負けはしないでしょう。

 

 

「いいですね。まゆも今度プロデューサーさんと一緒にここでお昼を食べたいです」

 

「あまり、目立った行動は慎んでくださいよ」

 

 

アイドルの熱愛報道なんて、この世界では即大炎上ですからね。

恋心を殺せというわけではありませんが、TPOを弁えた行動をしてもらえなければ、いざという時に守り切れない可能性もあります。

恋に恋をしたりして夢見がちな未成年には少々酷な要求かもしれませんが、ここは大人として言わなければなりません。

先の件のような失態を再び犯すわけにはいきませんので。

 

 

「わかってますよぉ。まゆもプロデューサーさんも今はアイドルが楽しいですから」

 

 

つい説教臭くなってしまい、佐久間さんは不満げに唇を尖らせていました。

そんなつもりはなかったのですが、口うるさいだけの大人だとは思われたくないので飴を与えてご機嫌をとるとしましょうか。

私は、自分の弁当箱と予備の箸を差し出します。

 

 

「折角ですから、一緒に食べませんか」

 

「はい、喜んで。じゃあ、まずは卵焼きを」

 

 

待っていましたと言わんばかりの迷い箸捌きで佐久間さんは卵焼きを選んでいきました。

砂糖を入れて少し甘く作ってある卵焼きは、有名な料理店などから見稽古したレシピではなく、幼少の頃に祖母から教えてもらった渡家伝統の味です。

もちろん、有名旅亭とかの卵焼きも再現できるのですが、やはり最終的には子供の頃から食べ慣れたこの味が一番だという結論になりますね。

 

 

「はあぁ~~~、師匠の卵焼きは格別ですねぇ。ほんのりとした甘さと卵のふっくら加減とこの絶妙な火加減で作られた層の感じが堪らないです」

 

「佐久間さんは、本当にこの卵焼きを気に入っているみたいですね」

 

「当然ですよ。これさえあれば、他のおかずはいらないくらいですよ」

 

 

頬に手を当てて幸せそうに顔をほころばせて言われると料理人冥利に尽きます。

そういえば、ここ最近は忙しくて実家はもちろんですが祖母のところにも顔を出していませんでしたね。

転生者であるが故に精神的に成熟気味で可愛げのない孫だった私をとても可愛がってくれたというのに、とんだ不義理な孫ですよ。

有給は貯まっていますし、シンデレラ・プロジェクトのデビュー第一陣が粗方片付いたらお土産をもって顔でも出しに行きましょう。

予定も立ったところで、私も昼食をとるとしましょうか。

そうしなければ、卵焼きを全て食べられてしまいかねませんから。

梅干しの入ったおにぎりと予備の器に注いだ味噌汁を佐久間さんに渡して、卵焼きを口に含みました。

少し焼き目を付けた固めの最外層を突破すると、曖昧でもなく完全にも分かれていない絶妙な層によるふっくらとした食感と砂糖によってほのかに甘くなった卵の味が口に広がります。

自分で作っておきながらなんですが、やはりこの卵焼きは完璧ですね。

渡家の女性に代々受け継がれてきたこの味付けに、私のチートで習得した数々の料理の技法が合わさることで卵焼きがご馳走レベルに仕上がっています。

卵焼きで至福を味わっている口に、おにぎりを一口。

先程まで甘味が支配していた口の中をおにぎりの塩気が元に戻してくれて、甘味、塩気、甘味、塩気、甘味と途切れることない幸せな無限ループを作り上げます。

これをある程度続けたら、箸休めに自家製の漬物や味噌汁を啜れば、これ以上に何がいるというのでしょうか。

かぶの浅漬けもいい感じのつかり具合で、この珠玉の一品の中において自らは輝くことはありませんが、名脇役のように欠かせないものとなっており、とてもさわやかです。

 

 

「青空の下、こんなに一杯のお日様を浴びながら、こうして美味しいお昼を食べる‥‥幸せですねぇ~~」

 

「そうですね。忙しいと忘れてしまいそうになりますけど」

 

「師匠は本当に忙しいですからね。大丈夫なんですか?」

 

「はい、問題ありません」

 

 

チートで常人の3倍以上の速度で作業することができますし、睡眠も作業しながらとることができて、睡眠を一切取らなくても数日は余裕で活動できるので問題なんてあるわけがありません。

 

 

「‥‥」

 

「どうかしました」

 

「何でもありませんよ。師匠、卵焼きもう1個もらっていいですか?」

 

 

一瞬、佐久間さんの目がとても鋭くなったのですが、先程の質問に何か大きな意図でも隠されていたのでしょうか。

聞き出そうにも、佐久間さんはこういった腹芸が得意なタイプでしょうから、知らぬ存ぜぬで通されるか上手くはぐらかされるでしょう。

昼行燈といい、こういったことが得意な相手は相性が悪いですね。

後2個しか残っていない卵焼きの1個を渡して、味噌汁を啜ります。

よく煮込んだことで根菜の旨味がしっかりとしみだしていてほっとする味でした。

少し煮崩れした根菜達も程よい硬さを残しており、噛む度に完全に抜けきっていない雑味の抜かれた芯の味がじんわりと味噌汁と混ざり合い、更なる美味しさの扉が開かれます。

 

 

「このおにぎりも塩加減も絶妙ですし、口の中ではらはらとほどけてきていくらでも食べられそうです。

ホント、師匠の料理には外れなく絶品ばかりですね」

 

「褒めても、これ以上卵焼きはありませんよ」

 

「そんなんじゃ、ないですよ」

 

 

よく食べる女の子より小食の女の子の方が可愛いという意見を聞いたことがありましたが、それは絶対に間違っていると断言できますね。

こうして美味しそうにものを食べている幸せそうな美少女を見たら、胸の奥の方から温かい気持ちがあふれ出しそうになるのですから。

食べ過ぎて体型を崩してしまうのはいただけませんが、そういった管理ができているのならいっぱい食べる姿というのは魅力の1つとして十分になりえると私は確信します。

 

 

「ほら、ついてますよ」

 

 

おにぎりに夢中になるあまりか、佐久間さんの口元にご飯粒が付いていたので取ってあげました。

数に関しては諸説ありますが、お米には神様が宿ると言われていますから捨ててしまうのは罰当たりですので、美味しくいただきます。

異性間でこれをやってしまえばラブコメチックになるでしょうが、10以上も年齢の離れた同性間でならば特に問題はないでしょう。

 

 

「‥‥師匠の前に、プロデューサーさんに出会えてよかったかもしれません」

 

 

佐久間さんが小声でそう呟きますが、面倒なことになる予感しかしないので聞こえなかったことにしましょう。

その方が、私の精神衛生上良いと第六感が囁いていますから。

こういった時は何も考えずに食事に没頭するに限ります。

 

 

「そういえば、師匠。まゆのプロデューサーさんが、今度料理バトル番組の仕事を取ってくるつもりみたいなんですが、その番組って2人1組での出演らしいんです。

その時はお願いしていいですか?」

 

「一応、武内Pには確認を取っておきますが、問題ないと思いますよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

料理バトルですか。あまり食べ物で遊ぶような真似はしたくないのですが、弟子の頼みとあれば師匠としては聞き届けねばならないでしょう。

しかし、決して自慢するわけでもなく客観的に考えた上でのことですが、私が出場したら確実に圧勝しそうなのですが問題はないのでしょうか。

アイドル業界にも料理自慢なアイドルは大勢いますが、それでもプロに届きそうなレベルでしょう。

私の場合は本職の、しかも超一流の人間達の調理技術をそのまま習得しているわけですから、実力差は圧倒的であり弱い者虐めをしている風になりかねません。

まあ、その辺は武内Pや麻友Pが対処してくれるでしょうから、私は決まったことに身を任せるとしましょう。

温良貞淑、自画自賛、藪をつついて蛇を出す。

とりあえず、残りも食べてしまって、もう少しこの平和な時間を謳歌しましょう。

 

 

 

 

 

 

佐久間さんとの穏やかな時間を過ごした後、週末に決まったMVの会議で必要となりそうな資料作成をささっと済ませて、各Pに進行予定等をまとめた資料を送っておきました。

採用が決まったアイドル達もMV撮影の為の調整に励んでいるようですし、私も負けてはいられません。

なのでその後の時間は、軽く鍛錬して汗を流したり、余っている部下の仕事を手伝おうとして拒否されたりと色々しながら定時まで過ごしていました。

係長とアイドルを兼務しているので私自身の就業時間は不規則な部分があり、別に事務員時代のように定時まで待つ必要はないのですが、長年染みついた習慣は抜けないもので、定時前に帰ることに物凄い罪悪感が湧くのです。

そんな私の変なこだわりは置いておき、特にやることもなく、ちひろ達も用事があるそうなので1人酒にしゃれ込みましょう。

そう心に決めて、廊下を歩いていると目の前にもこもことした物体が横切りました。

 

 

「あっ、七実お姉さん。こんばんわでごぜーます」

 

「はい、こんばんわ。市原さん」

 

 

もこもこな物体の正体は羊をモチーフにした着ぐるみを着た市原さんでした。

市原 仁奈。我が346プロに所属するアイドルの中でも最年少組である9歳の可愛らしいアイドルです。

着ぐるみが大好きなようで、今着ている羊以外にもうさぎやパンダ、オオカミと多彩な種類を取り揃えており『○○の気持ちになるですよ』というなりきり演技を得意としています。

私の年齢だと、下手をすると娘でも十分通用するほどの年齢差があり、それに気が付いた時はかなりの衝撃を受けましたね。

しかし、既に定時を過ぎているというのに、どうして社内に残っているのでしょうか。

事と次第によっては、担当Pとは極めて原始的で物騒な肉体言語でのオハナシを検討せざるを得ないのですが。

 

 

「市原さん、どうしてまだ残っているのですか」

 

「ママが遅くなるみてーなので、お家に1人でいるよりここにいる方が良いって、プロデューサーが言ってたでごぜーますよ!」

 

「そうですか」

 

 

こんな愛らしい娘を放っておいて仕事ばかりとは、市原母許すまじ。

そして、そんな家に帰そうとせずに事務所に留めておく判断を下した担当Pはそこそこ有能ですね。誰か見守る人をつけておけば完璧だったのですが、それらしき姿が見えないので大幅減点です。

噂程度には市原さんが抱える家庭事情は聞いていましたが、ここまでとは想定の範囲を超えていました。

まあ、何も知らない第三者ではわからないような複雑極まりない理由があるのかもしれませんが、それを聞いたところで私は許せそうにはないと思います。

 

 

「市原さん、お母さんは何時頃に迎えに来てくれるかわかりますか」

 

「わからねーでごぜーますよ。ママのお仕事はとても忙しいみてーですから」

 

「わかりました。ちょっと待っててくださいね」

 

 

スマートフォンを取り出して、市原さんの担当Pへと電話をかけます。

電話はすぐに繋がり、何故かとても恐縮した声で対応してきました。

市原さんを保護したこと、母親から迎えについてなにかきいていないか等を色々質問すると返ってきた答えに怒りが込み上げてきそうになりましたが、それを担当Pにぶつけるのは八つ当たりにしかならないので努めて冷静に振るいます。

 

 

「わかりました。市原さんについては私が責任をもって面倒を見ておきますから、母親と連絡が付き次第私に連絡を入れてください」

 

「はい!」

 

 

どうやら、電話越しに何かを感じ取ったのか担当Pの声には怯えの色が混ざっていました。

冷静になり過ぎてしまったのが余計に恐怖感を煽ってしまったようですね。今度、何かしらのフォローをしておきましょう。

通話を終了して、最底辺まで落ち込みそうになる気持ちを何とか奮起して優しい表情を作ります。

 

 

「ということで、市原さん。お母さんが迎えに来てくれるまで、私のお家に来ませんか?」

 

「いいんでごぜーますか!?」

 

 

家に来ないかと誘っただけなのにこんなに嬉しそうに目を輝かせるなんて、いったいどれだけ寂しい思いをしてきたのでしょうか。

想像力が豊かな方である所為か、色々なことが頭を過ってしまいます。

 

 

「はい、市原さんが良ければ」

 

「ありがとうでごぜーます!あと、仁奈は仁奈でごぜーます!」

 

 

どうやら、私の家に来ることは了承してくれたみたいですが、仁奈は仁奈というのは、もしかして名前で呼んで欲しいという事でしょうか。

 

 

「えと‥‥仁奈ちゃん?」

 

「はい!」

 

 

純真可憐という言葉がよく似合う仁奈ちゃんの笑顔を見て、私はある決意をします。

この娘の笑顔を決して曇らせることないように守る。

子供というのは私達大人が大切に守るべき宝であり、こんなにも寂しい思いをしながらも明るく真っ直ぐ育ったのは仁奈ちゃんの生来持つ善性によるものでしょう。

度々言うようでありますが、私はハッピーエンド至上主義であり、どこか悲しいけど綺麗なトゥルーエンドよりもご都合主義が多すぎてもみんな笑顔なハッピーエンドの方が好みなのです。

現実世界ではそれを求めるのは理想論であるというのもわかっていますが、それでもそれを求め続ける意志は大切でしょう。

 

 

「じゃあ、仁奈ちゃん。帰りにお買い物に付き合ってくださいね。

その代わりに、夕飯は仁奈ちゃんの好きなものを作ってあげますから」

 

「ホントでごぜーますか!?なら仁奈、ハンバーグが食べてーです!!」

 

「お任せあれ、ハンバーグは私の得意料理ですよ」

 

 

仁奈ちゃんが望むとあればチート技能をフル活用して世界最高レベルのお子様ハンバーグを作ってあげます。

武内Pの好みはがっつりとした肉を食べているという食感の強いものが好みでしたが、仁奈ちゃんの場合はそういったものであると顎が疲れてしまうでしょうし柔らかめの方が良いでしょうね。

上にかけるソースも未成熟な味覚でも美味しいと感じられるように、慣れているケチャップベースで酸味を抑えて甘味を強くしましょう。

上に目玉焼きをのせるというのもありですね。

ご飯はどうしましょう。私だけなら普通のご飯の方が合うと思うのですが、今回の主役は仁奈ちゃんですからケチャップライスとかの味のついたものの方が良いかもしれません。

しかし、それだとソースのケチャップとで重なってしまってくどくなってしまいかねませんし、判断が難しいですね。

とりあえず、スーパーまでは距離がありますから、歩きながら考えればいいでしょう。

 

 

「では、行きましょう」

 

「はい!」

 

 

手を差し出すと嬉しそうに繋いできました。

私よりも遥かに小さく柔らかいその手は、握ってしまうと折れてしまうのではないかと不安になります。

 

 

「七実お姉さんの手はおっきいでごぜーますね」

 

「大人ですからね」

 

「仁奈も大人になったら、七実お姉さんみたいになれやがりますかね?」

 

「きっと、私よりも素敵な大人になれますよ」

 

 

繋がれた手を勢い良く振りながら歩く仁奈ちゃんの歩調に合わせながら、次々とされる質問に答えていきます。

こうして過ごしていると、これが女の幸せなのかもしれないと思ったりもしますが、生憎私が母親になれる日は当分どころか来ない可能性がありますからわかりませんね。

でも、今仁奈ちゃんを愛おしいと思う気持ちは嘘ではありませんから、わからなくても構いません。

 

 

「そうだ!七実お姉さん、ちょっとしゃがんでくだせー」

 

「はい」

 

 

何かいいことでも思いついたのかそんなお願いをされたので、素直にしゃがみます。

すると仁奈ちゃんは、背負っていたリュックから犬耳のついたカチューシャを取り出して私の頭に装着させました。

 

 

「これで七実お姉さんも、オオカミの気持ちになるですよ!」

 

 

狼の気持ちはいいのですが、もしかしてこれを付けたまま歩かないといけませんか。

この年齢でこの狼耳のカチューシャを付けたまま街中を歩くというのは、かなりの勇気を要求される行為なのですが。

嬉しそうにしている仁奈ちゃんにそれについて聞ける雰囲気ではありませんし、諦めるほかなさそうですね。

狼は童話等では悪役扱いが多いですが、実は人間以上にとても家族愛にあふれる生物で、生涯決めたパートナーと添い遂げ、父親も子育てに積極的で親族一同で助け合って生きていくのです。

もしかしたら、そういう意味でこの狼耳を付けたのでしょうか。

そうだとしたら、養子縁組も視野に入れた行動をするつもりですが、暴走してはそれも難しくなるので今は事態を静観しておきましょう。

とりあえず、狼の気持ちになるように言われたので声帯模写で本物そっくりの遠吠えを披露します。

 

 

「すげーでごぜーます!七実お姉さんは、ホントにオオカミさんになっちまったでごぜーます!」

 

「どんなもんです」

 

 

と調子に乗って披露してみたはいいのですが、あまりにも似せ過ぎてしまった為か次々と廊下にまだ就業中の社員達が出てきました。

今の姿を見られる訳にはいかないので、私は仁奈ちゃんを抱えて全速力で廊下を駆け抜けます。

 

 

「はえーでございます!仁奈、風の気持ちになるですよ!」

 

 

そんな楽しそうな仁奈ちゃんを見て、思わず頬を緩ませてしまいながら抱いたこの気持ちをとある世界で一番有名なネズミの生み親であるアメリカのアニメーターの言葉を少し改変して述べさせてもらうのなら。

『女も仕事のために家族を犠牲にしてはならない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、私の部屋まで迎えに来た仁奈ちゃんの母親と少し話をすることになり、夕食やお風呂でのことを教えてあげると号泣して土下座をし始め、市原家の家庭事情についての相談を受けることになるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カリーニナのけじめについては、次話あたりでやりますので、もう少しお待ちいただけると幸いです。

‐追記‐
言葉不足で勘違いをさせてしまう事態が多々ありましたので、捕捉させていただきます。
けじめとは、カリーニナがというわけではなく。
カリーニナにあえて問題行動を起こさせた作者のフォローなり、その後を書くなどのけじめという意味です。

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