チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 作:被る幸
最低2話、最高4話くらい続くかと思いますが、ご了承ください。
どうも、私を見ているであろう皆様。
本日は自衛隊基地で開催される基地祭にゲストとして参加することになっています。
普段なら一般人では入ることができない自衛隊基地に入れるのは、特別な感じがして少し気分が昂揚しますね。
基地の中に入るのは七花の入隊式やらで何度か経験があるのですが、それでも片手で数えられる回数くらいしかありません。
周囲を柵で覆われ、しっかりとした警備体制が敷かれている自衛隊基地は、一種の別世界みたいな空気が流れていて少し不思議な感じがしました。
ここ数年は何かと予定が合わなかったり、七花が開催日を伝え忘れたりで、参加できていなかったのでどんな催しがあるのかが楽しみです。
「渡さん。他のみなさんも揃われました」
「はい、今行きます」
1/3程度残っていた缶コーヒーを一気に飲み干し、内部に少し残った中身を飛び散らせてしまわないようにチートを使いながら回収箱に放り込みました。
綺麗な放物線を描く、その様は我が事ながら美しいと自賛したくなりますね。
そんなくだらない事にチートを使っていることを笑い、軽く伸びをして武内Pの後について駐車場へと向かいます。
時刻を確認すると4時半を少し過ぎたくらいで、こんな朝早くに集合するのは不規則な生活に慣れていないであろう前川さん達には少々辛いかもしれませんね。
私のようにチートで睡眠を殆ど必要としなかったり、ちひろや武内Pのように社会人生活でこういった生活に対応できていたりすると問題はないのですが、それを求めるのは酷というものでしょう。
今回私達が出演する基地祭が開催される自衛隊基地は、346プロからは有料道路等を利用しても移動のみで1時間半近く要しますし、それに途中休憩や渋滞等の交通状況を考えると更に時間がかかります。
7時半に目的地に到着しようと思えば、不測の事態が起きた時に対処可能な余裕を確保しようとすると出発時間は、どうしてもこのくらいになってしまうのです。
辛いでしょうが、移動時間は寝ても大丈夫なのでそこで埋め合わせをしてもらいましょう。
「おはようございます」
「おはようございます」『
「お、おはよう、ございます」「わずら‥‥わし‥‥」
駐車場に到着するときちんと身支度を整えた4人が居ました。
最年少の神崎さんは半分眠っている状態ですが、前川さんと緒方さんも何処か眠そうです。恐らく初舞台という事で緊張して眠りが浅かったのでしょうね。
血色もあまりよくないですし、きっと碌な朝食も取らずに身支度だけを整えてやってきたのでしょう。
慣れていないとこんな時間に何も入らないでしょうし、緊張からあまり食べたくなくなっているのかもしれません。
しかし、舞台で歌って踊るアイドルは体力系の仕事。
何も食べずに舞台に上るなんてことは、確実に途中で力尽きるフラグでしかありません。
こんな事もあろうかと、胃にやさしい素材を使った七実特製お手軽朝御飯を用意しておいて正解でした。
「4人とも、朝食は食べましたか?」
「‥‥アーニャ以外あまり食べていません」
「朝御飯、美味しかったです」
やっぱり我が道を爆走するシンデレラ・プロジェクトのフリーダムキャラは違いますね。
4人のなかで1人だけ、血色もよく程好く睡眠も取れていているようですし、初舞台を前にして必要以上に緊張していない。
身体能力もプロジェクトメンバーの中で頭一つ抜きん出ていますし、アイドルとして将来が有望そうです。
「なら、3人には私が用意した胃に優しい朝食がありますので、少しでもいいので食べておいてください」
「ありがとうございます!」
「ら、蘭子ちゃん、起きてぇ~~」「むにゅ‥‥これぞ‥‥人間讃歌の‥‥」
どうやら神崎さんの寝起きはあまりよくないようですね。
支えている緒方さんも限界そうですし、助けてあげましょうか。殆ど夢の世界へと舟を漕いでいる神崎さんを抱え上げ、車の方へと向かいます。
赤城さんもそうでしたが、神崎さんも軽すぎではないでしょうか。
ただ単に私が筋肉の比率が多いため、身長の割に体重が多いだけなのかもしれませんが、それを加味して考えてみてもちゃんと食べているのか心配になる軽さですね。
「ちひろ、扉を開けてください」
「はいはぁ~~い」
武内Pと最終確認を行っていたちひろに扉を開けてもらうように頼み、そのまま乗り込み神崎さんをサードシートに乗せて座席も少し倒して寝やすくしておきます。
寝かせてあげると神崎さんはすぐに丸くなってしまいましたので、用意しておいたブランケットをかけてあげましょう。
身体を小さく丸めて眠る姿は、まるで猫のようですね。
私はどちらかというと犬派なのですが、こんなに愛らしい猫なら是非飼いたいです。
年齢より幼く見える無防備な寝顔に自然と頬が緩み、起こさないように細心の注意を払いながらゆっくり優しく頭を撫でます。
意外としっかりとした髪質をしている神崎さんの銀髪は、やわらかさの中にこしのような張りがあり、触っていて少し楽しいですね。
「うに‥‥えへへへ‥‥」
最初は違和感に顔を顰めましたが、頭を撫でられているとわかると表情も和らぎとても穏やかな笑顔を浮かべました。
その顔からは緊張や不安の色は見えず、まだ見えぬ未来に対する希望が溢れています。
「‥‥今日の舞台をしっかり楽しんでください」
名残惜しく感じますが、出発時間が迫っている以上はいつまでもこうしているわけにはいきません。
頭から手を離して、いざという時の
「七実さんは、そのまま後部座席に乗ってください」
「別にいいですけど。道とか大丈夫ですか?」
「この日のために色々下調べはしていますから、問題ないですよ」
何だか異様なプレッシャーを放ってくるちひろに気圧され、そのまま眠っている神崎さんの隣に座ります。
別に絶対に助手席に座って案内役を務めなければならないというわけでもありませんし、ちゃんとした調べをしているのなら大丈夫でしょう。
この前の一件以来、ちひろ達からの警戒レベルが上がっている様な気がするのですが、何とかなりませんかね。
私は別に武内Pに恋愛感情を抱いているわけではありませんし、武内Pも私に対してそういった感情を抱いているわけがないので無用の心配なのですが、ここで変に何か言ってしまうとややこしい事になりかねませんから黙っておきましょう。
それに、後部座席なら寝ている神崎さん以外の3人と話がしやすいので、私としては特に異論はありません。
「お、お邪魔します」
「智絵里ちゃん!」「先を越されました‥‥」
私の隣に緒方さんが座りサードシートが埋まり、必然的に前川さんとカリーニナさんがセカンドシートに座る事になりました。
全員揃っている事を確認し、武内Pは車を発進させます。
さて、これから1時間半近くありますし、どうしましょうか。
とりあえず、寝てしまってもいいように3人にブランケットを渡しておきましょう。
春とはいえ、この時間帯は少し冷えますから、お腹等を冷やしてしまい体調を崩してしまって舞台に立てないなんて事になったら一生悔いが残るでしょうから。
セカンドシートの方も軽く倒してあげて、寝やすいようにしておいてあげます。
「ミク、ワクワクしますね!」
「アーニャは気楽だね。みくは、緊張で心臓が飛び出そうだよ」
『
渡されたブランケットに包まれて不安がる前川さんの手を取り、カリーニナさんが微笑みます。
眠気と緊張で少し暗い表情をしていた前川さんも、手の平に伝わってくるカリーニナさんの体温に安心したのか表情がやわらいできました。
人のあたたかさは、緊張している人にとってかなり安心できるものですからね。
ほんの数ヶ月前なのに、今となっては随分昔のように思える私達のデビューライブの時も舞台に立つ前にああしてちひろと手を繋ぎましたっけ。
思い返してみるとあの時は、内心で焦り過ぎて格好悪くて恥ずかしいですね。
「‥‥かなわないなぁ」
「緊張、ほぐれました?」
「うん『
「ミク!!」
親友と呼ばれて嬉しかったのか、カリーニナさんは手を引っ張って前川さんを引き寄せて抱きしめました。
抱きしめるだけに飽き足らず、まるでマーキングするかのように頬ずりまでしています。
「ふふっ、アーニャちゃん。またやってる」
その様子を見た緒方さんが楽しそうに微笑みながら言います。
またということは中々の頻度であのような事をしているのでしょうね。
妖精社で偶然出くわした時に私もやられたことありますし、どうやらカリーニナさんには抱きつき癖と頬ずりをする癖があるのでしょう。
されている前川さんも呆れたような顔をしていますが、その表情の中には確かな親愛が見て取れます。
「本当に仲がいいですね」
「はい、私の自慢のお友達です」
先程までの緊張の色を微塵も感じさせない、やわらかな微笑を浮かべる緒方さんは妹達を見守る心優しい姉のようでした。
ですが、そんな中に微かな寂しさが混ざっているのを私は見逃しません。
七花という弟を持つ姉である私には、何となくですがその理由がわかりました。
きっと緒方さんは、前川さんとカリーニナさんがしているようなスキンシップが羨ましいのでしょう。ですが、引っ込み思案な性格と一番年上のお姉さんだから強請ったりしてはいけないと思っているに違いありません。
私も転生した初期から成熟した自我というものがありましたから、子供のように我が侭を言って困らせてはいけないと遠慮がちな部分がありましたから。
そっと手を伸ばして緒方さんの頭を優しく撫でます。
緒方さんの髪の毛はとても細く、その触り心地もとても滑らかで、シルクのようないつまでも触っていたいと思えるくらいですね。
「えっ‥‥ええ!なな、なっ、七実さん、なんで‥‥私を撫でるんですか!?」
「何となくです。嫌でしたらやめますが」
顔を赤くしてあわあわと狼狽える緒方さんはまだ混乱しているようではありますが、その瞳に嫌悪の色は見えなかったので続行させてもらいましょう。
百獣の王と呼ばれるライオンさえ、子猫のように甘えてねだってくるようになるチートを十全に活用した撫でテクニックからは逃れられないでしょうが。
「い、いや‥‥じゃ‥‥ない、です‥‥」
「そうですか、ならもう少し撫でられていてください」
「はい♪」
武内Pから初期に受け取ったメンバー情報では、両親が共働きで中々素直に甘えることができなかった為に今のような性格になった可能性有りと書かれていましたから、どうやって甘えたらいいのかわからないのでしょう。
どう甘えたらいいか教えてあげるのもいいのですが、それでは甘え方を強制しているみたいで嫌なので、私が私のやり方で勝手に甘やかします。
それが嫌だったら、また別の甘やかし方を考えればいいだけですし。
もう片方の手も空いていますから、さっきは途中でやめてしまった神崎さんの撫でも再開しましょう。
熟睡している神崎さんの安眠を邪魔してしまわないように、神経を集中させて絶妙な力加減と心地よさを追及した最適解の軌跡を描きます。
勿論それは緒方さんの方も同様で、髪質と頭の形状に合わせた動きを選びます。
右手と左手で全く別の動きをするのは、馴れない人だと難しいでしょうが、チートを持つ私ならばこの程度は朝飯前ですね。
「‥‥ミク」
「わかってる。途中休憩が入るから、狙うはその時だね」
『
セカンドシートに座っている2人もどうやら頭を撫でて欲しいようなので、次の休憩の時になったら席を移動してそうしてあげましょう。
私がそんなことを考えている一方で、ちひろは助手席で武内Pに甲斐甲斐しく世話をしていました。
これで多少は落ち着いてくれるといいのですが。
「ふふっ‥‥あったかい‥‥」
本当に心底嬉しそうにはにかむ緒方さんを見て、悟ったことが1つあります。
撫では世界を平和にする可能性に満ちている、という事です。
○
途中のSAに寄り、休憩を挟む事になりました。
ここにたどり着くまでの間、ずっと撫で続けていた手を止めて、途中で寝てしまった緒方さんと一度も目を覚まさなかった神崎さんを起こします。
車内で同じ姿勢のまま寝続けるとエコノミークラス症候群とも呼ばれる急性肺血栓塞栓症になるリスクも出てきますし、起きて軽く身体を動かしてもらいましょう。
予防できた事で可愛らしい後輩のアイドルの道を閉ざすことなんて認められません。
この2人を含めたシンデレラ・プロジェクトの全員には、武内Pと共にトップアイドルになってもらうのですから。
「2人共、起きてください」
「ふぇ‥‥もう、朝ですか‥‥」
「みくちゃん、後5分‥‥」
軽く身体を揺すってみたのですが、どうやら神崎さんは寝起きが悪い方みたいですね。
意識が覚醒してきた緒方さんは身体を起こして周囲を見回すと状況を理解したみたいで、車から降りて軽く伸びをします。
その一方で神崎さんはブランケットをしっかりと握りしめて、丸くなり徹底抗戦の構えを取っていました。
さて、どうしましょうか。
これが七花であれば、ブランケットを勢いで身体が回転するくらい思いっきり引っ張るのですが、華奢すぎる神崎さんにそんなことをしたら大惨事確定ですし。
「ランコ、寝ぼすけさんです」
「アーニャ、それあんまりいい意味じゃないからね」
「知りませんでした!気をつけます」
「まだ、ちょっと眠いかも‥‥」
車から降りた3人は神崎さんを待っているのか、扉から降りたところで待機しています。
休憩時間は有限ですからここでロスしてしまうと、折角用意した朝食を渡す時間もなくなってしまうかもしれません。
先程よりも強く揺すってみても、完全防御体制を固めている神崎さんには効果が薄いようですね。
あまり力づくで起こすという真似はしたくないので、違和感に訴える事にしましょう。
気配で逃げられたりしないようにステルスを展開し、ゆっくりと無防備な神崎さんの顔へと手を伸ばして、眼を突いたりしてしまわないように細心の注意を払いながら睫毛を撫でます。
私はやられたことはないのですが、何度か七花で試したところもの凄い違和感を覚えるらしく、なんとも微妙な顔で目を覚ましていました。
触れているかわからないけど、微かに触れるような刺激を緩急つけながら与え続けると神崎さんの表情に変化が見られます。
「むぅ‥‥むむ‥‥何なのぉ」
違和感に耐えられなくなった神崎さんが目を開け、その意識を一気に覚醒させていきます。
勿論何したか気がつかれないように、覚醒しそうになる寸前に手を引っ込めてステルスを解除することも忘れていません。
「おはようございます、神崎さん。サービスエリアに着きましたから、今のうちに色々済ませておいてください」
「ふぁい」
まだ寝ぼけているのか、半分ほどしか開かれていない眼を擦りながら神崎さんも車から降りて前川さん達に合流します。
「ほら、蘭子ちゃん。ちゃんと眼をあけないと危ないでしょ」
「うぅ‥‥アーニャちゃん。おぶってぇ~~~」
「ランコは『甘えん坊』です」
「蘭子ちゃん、可愛い」
4人揃ったところで仲良く施設の方へと歩いていきました。
眠そうな神崎さんをカリーニナさんが支え、前川さんと緒方さんが車など来ていないか確認しており、特に問題はなさそうですね。
ならば、私もこの間に色々と済ませておきましょう。
車から降りて、外の少し冷たくも心地よい空気を肺いっぱいに吸い込んで、少し弛んでいた意識を引き締めます。
丁度、隣のスペースには車が止まっていないので軽く身体を動かさせてもらいましょう。
入ってきそうな車が周囲にいないかどうかを確認して、見ている人もいないかを反響定位等を駆使して探ってから、軽くストレッチを兼ねて身体を動かします。
程好く身体が温まったので、アイドル御用達の変装用眼鏡をかけて私も施設の方へと向かうとしましょう。
自意識過剰かもしれませんが、次期ライ○ーに選ばれたり、それなりにメディアへの露出も増えたりしていますから、意外と気づかれたりする事が増えてきています。
昔からですが、こういったSAは大好きでした。
色々な施設を詰め込んだ雑多感と、そしてその土地の特色を色濃く反映しているテナント等で売られている軽食は若干値段が高めになっている気もしますが、それでもお手軽さと旅行中で緩んでしまいがちな金銭感覚でついつい購入してしまいます。
惜しむらくは、今の時刻であるとテナントの大半が開店前であることでしょうか。
トイレ等を済ませ、施設内に入っているコンビニでお茶等を購入して足早に車へと戻ります。
武内Pへの差し入れてきなコーヒーでも買おうかと考えていましたが、ちひろが色々と見比べている姿が見えたのでやめておきました。
私は、気遣いのできる女ですから。
「私が待機していますから、武内Pも休憩を取っていいですよ」
「ありがとうございます」
車内で待機していた武内Pと交代して、休憩に入ってもらいます。
朝早くから資材の確認やらで疲れも溜まっているでしょうし、この後の予定を考えるとなかなか休憩は取れそうにないですから運転を替わってもいいのですが、きっと拒否されるでしょうね。
良くも悪くも武内Pは自身の職務に真面目ですから。
もう少し私のことを頼ってくれてもいいのにとも思わなくもないですが、急にそんなことをいっても性分を変えることは難しいでしょうから長い眼で見守りましょう。
さて、そろそろ前川さん達が戻ってくるでしょうから準備を整えましょうか。
トランクに入れておいたスポーツバックを取り出して、セカンドシートを倒した上に作ってきた胃にやさしい朝食を広げます。
あまり凝ったものを作りすぎても胃が受けつけないでしょうから、今回のメニューはおにぎりと大根と豆腐の味噌汁、豚肉と長芋の炒め物を用意しました。
豆腐は栄養価も高く良質のたんぱく質を含んでいて、その食感も柔らかくて食べやすいですし、大根も消化酵素が豊富に含まれている為消化を助けてくれるので緊張して胃の調子が悪い前川さん達にうってつけでしょう。
長芋も消化の促進や粘膜の保護といった作用を持っています。
豚肉にはビタミンB1が多く含まれているおり疲労回復効果が見込めますし、意外と鉄分も含まれているので貧血予防にもなるのです。
作る時間もギリギリまで遅らせて保温性の高い容器に入れて持ってきたので、まだ十分なあたたかさを保持しているでしょう。
この完全な布陣に満足していると、ベストなタイミングで前川さん達4人が戻ってきました。
「
「ああ、蘭子ちゃんは半分寝てたから聞いてなかったね。七実さんが、私達の為に朝御飯を作ってきてくれたんだよ」
「おいしそう‥‥これなら、ちょっとははいるかも‥‥」
『
ようやく完全に目が覚めた神崎さんが私の用意した朝食に反応しました。
先程までの寝ぼけて普通の言葉が出てしまう神崎さんも愛らしいとは思いますが、やはりこの厨二言語あってこその神崎さんだと思います。
最近、ようやくこの厨二言語を聞いても床を転げまわりたくなる衝動に駆られなくなりましたし、まだ少し首元辺りがぞわぞわしますが人間の慣れというものは凄いですね。
カリーニナさんも厨二言語を習得していましたが、前川さん達もどうやらある程度理解できているみたいです。
「というか、アーニャ‥‥まだ食べるの?」
『
コンビニで買ったと思われるフランクフルトは既に3分の2はなくなっているのですが、まだ食べる気なのでしょうか。
1人だけ寮で用意された朝食も食べていたようですし、いったいその小さな身体の何処にそれだけの量が入るのでしょうね。
まあ、平均的な成人女性の倍以上も食べたりすることもある私が言えることではありませんが。
「飲み物も用意していますから、自由に食べてください」
「「「「いただきます」」」」
割り箸と味噌汁を注ぐためのプラスチック容器を配り終えると、4人は私が用意した朝食を食べ始めました。
「この炒め物、長芋がほくほくしてて甘辛い味付けとよく合ってるぅ~~」
「お味噌汁も‥‥あったかくて、優しい味がする‥‥」
「
」
「どれも美味しいです。お味噌汁、おかわりください」
差し出された器を受け取り、味噌汁のおかわりを注ぎます。
一番食べているはずのカリーニナさんが、他の3人よりも食べているのですが、本番で食べすぎて動けないというオチはありませんよね。
ここで止めた方がいいのかもしれませんが、他の人が食べている中で1人だけそれを禁止するのは酷ですし。
「アーニャ、そろそろストップしときなよ」
『
「いや、じゃないの!明らかに食べ過ぎでしょ!衣装が入らなくなったらどうするの!」
「私、いくら食べても太りませんよ?」
「よし、喧嘩売ってるね。言い値で買うよ?」
『
自分は食べても太らない体質だと明言することは、他の女性を敵に回してしまう言葉なのです。
私のように人類の到達点のチートボディを持っていれば、その身体なら仕方ないという風に納得してはもらえますが、同年代の女子より発育の良いカリーニナさんなら嫉妬されるに違いありません。
前川さんのように言葉には出していませんが、緒方さんも神崎さんも嫉妬の混じった視線を向けていますし。
私の料理が食べたいのなら、リクエストさえしてくれれば時間があるときにいくらでも作ってあげるのですが。
助けを求めるようなカリーニナさんの視線に私はどうしようかと頭を悩ませます。
平和共存、腹八分目に医者要らず、集中砲火
食事は平和に取るのがルールですよ。
○
色々とごたごたはあったものの持ってきた4人分の朝食は全部なくなり、ちゃんと食事を取った事で前川さん、緒方さんの血色は格段に良くなりました。
途中で戻ってきた武内Pとちひろにも別に確保しておいたおにぎりを渡しておきましたし、小さめにしておいたので持ち運びもしやすいでしょう。
その後、今度はセカンドシートで前川さんとカリーニナさんの頭を撫でつつ、取り留めのない会話をしながら過ごしました。
寝ていて撫でられていた覚えのない神崎さんは『ずるい』と文句を言っていましたが、順番は守らなければならないのでここは我慢してもらうしかありません。
そして、現在私達は目的地である自衛隊基地内の関係者用の駐車場にいます。
ちゃんと下調べしただけあってちひろのナビゲートは的確で、特に渋滞等に巻き込まれることもなく余裕を持って到着する事ができました。
この様子なら帰りもちひろに任せて大丈夫でしょう。
「姉ちゃん!」
「おはよう、七花。ここへ来て大丈夫なの?」
車から降りるときっちりと制服着込んだ七花が駆けつけてきました。
当初の予定では、義妹候補ちゃんが来るはずだったのですが、本当に大丈夫でしょうか。
七花のことですから処分等になるまでの問題行動は取ったりしないでしょうが、それでも少々考え無しで行動する部分がありますから姉としては心配になってしまいます。
「大丈夫、大丈夫。隊長に許可とって、なのはと一緒に姉ちゃん達とついて回れるようにしてもらったから」
「そう‥‥安心したわ」
それなら問題はなさそうです。
しかし、そんなことが許されるとは自衛隊というのは意外と柔軟性がある組織なのでしょうか。
臨機応変な行動が要求されたりする職種であるというのは理解していますが、やはり厳格な規律で雁字搦めになっていそうなイメージが強いです。
「シチカ、おはようございます」
「おはようございます、七花さん」
「煩わしい太陽ね(おはようございます)」
「お、おはよう‥‥ございます‥‥」
「ああ、おはよう。今日は、よろしくな」
一度会っているので、4人とも七花の巨体に対しては恐怖を感じていないようで安心しました。
幼い頃から長身だった七花は、色々と誤解されてしまって避けられる事もありましたから。
まあ、その原因の一端どころか大半を担っていたのは黒歴史時代の私のしでかした事なので、その件については謝り倒しても足りないくらいですが。
「しぃ~~ちぃ~~かぁ~~~~!!」
「なのは、遅かったな」
「遅かったな、じゃないわよ!346の車が見えた途端、私を置いて駆け出したのはそっちでしょ!」
「そうだっけ?」
「そうよ!」
七花から少し遅れてやって来た義妹候補ちゃんは、とてもお怒りのようでした。
ああ、やっぱり七花は七花でした。
いくら自衛官として鍛えられているとはいえ、下手すると五輪選手並みの速度で走ることができる七花に追いつくのは難しいでしょう。
義妹候補ちゃんもこんな事をされてもよく見限らないものですねと、素直に感心します。
私が義妹候補ちゃんの立場だったら、十中八九切り捨てて新しい出会いのほうに賭ける道を選ぶでしょうね。
「私よりもそんなに姉のほうがいいか!このシスコン!」
「いや、なのはと姉ちゃんは別だろ?俺が姉ちゃんを大切に思うのは家族だからだけど、なのはのことも同じくらい大切に思っているぞ?」
姉として、弟の馬鹿ップルトークを聞くのはなんともこそばゆいのですが、これは止めるべきなのでしょうか。
4人だけでなく武内Pやちひろも、どう声をかけるべきか悩んでいます。
確かにこの状況は他人が介入しにくいものでしょうから、私が先陣を切らざるを得ないでしょう。
「そ、そういうことは、2人きりの時に言いなさいよね」
あっ、チョロい。
もう誰が見てもはっきり判るくらいに顔を真っ赤にした義妹候補ちゃんは、先程までの怒りは何だったのかというくらいご機嫌になりました。
この単純さがあるから、七花と上手くやっていけるのかもしれませんね。
とりあえず、春とはいえ朝は肌寒く感じられるので、このまま外で話しこむのはみんなの健康によろしくないですから案内を頼みましょうか。
「おほん‥‥七花、飛騨さん。そろそろ案内してくれないかしら」
「おっと、そうだった。じゃあ、案内するから着いてきてくれ。
何か荷物があるのなら俺が持つから渡してくれて構わないからな」
「えと、こちらで話し込んでしまい申し訳ありません。皆さんのために用意した控え室にご案内します。
本日はこの基地祭のゲストとして来てくださり、本当にありがとうございます」
「いえ、こちらこそ本日は宜しくお願い致します」
飛騨さんが深々と頭を下げると武内Pもすぐさま頭を下げ返し、私達もそれに続きます。
前川さんとちひろは七花と共に控え室の方に案内されることになり、武内Pと飛騨さんは機材の搬入等についての打ち合わせをするそうなので私もそっちに混ざろうとしたのですが、ちひろと共謀した七花によって強制的に控え室に向かうようにされました。
「‥‥裏切り者」
「姉ちゃんはアイドルになったんだろ?なら、裏方仕事はタケに任せてやらないとダメだぜ」
私の誕生日会で隠れて色々と情報交換した時に、仲良くなったらしく七花は武内Pのことをタケと呼び、時々メールをしているそうです。
女である私には言えない男同士の会話もあるでしょうから、その内容については追求してはいません。
しかし、この様子だと相当仲が良くなっているみたいですね。やはり年齢も近いですし、話が合ったのでしょうか。
「でも、私が落ち着かないのよ」
「姉ちゃんは昔から全部背負い込もうとするからなぁ‥‥」
「悪いのかしら」
チートで人以上のことができるのですから、普通の人では手を伸ばしきれない部分を私がカバーするのは当然の摂理だと思います。
手伝いを当てにしてわざと手を抜いているのなら助けようとは思いませんが、そうでないのなら助けない理由はありません。
「いや、それでこそ俺の姉ちゃんだ。けど、今回はタケの男としての顔を立ててやってくれってこと」
「わかったわ」
確かに武内Pもシンデレラ・プロジェクトの統括Pという肩書きを持つまでに成長したのですから、いつまでも私がでしゃばっていては成長を阻害することになりかねませんね。
七花の言うことも確かですから、今回は裏方には殆ど関わらないようにしましょうか。
「ちひろさん、七実さんが敬語じゃないってかなり珍しくないですか?」
「ええ、私も七実さんとは長い付き合いだけどかなりレアだと思うわ」
「やはり血を分けた者同士の魂の共鳴は、我が盟約に勝るか(やっぱり姉弟の絆は特別なんですね)」
ちひろとは、ちひろが新入社員として入社した頃から何かと付き合いはありましたが、やはり家族である七花と比べると負けてしまいます。
それに私は社会人になってからは、親族以外には全て敬語を使うように心掛けているので関係が深くないから敬語をやめていないわけではありません。
今更、敬語を外すのは私自身の違和感が凄まじいのです。
「いいなぁ‥‥私も弟か妹がほしかったなぁ‥‥」
「チエリ、私達がいます」
「アーニャちゃん‥‥そうだね、ありがとう‥‥」
『
こちらの方も良い話でまとまったようで、良かったです。
例え本当に姉妹でなくても、前川さん達4人の絆はそこら辺の普通の家族にも負けない強固なものでしょう。
「姉ちゃん」
「何かしら」
「良い職場に出会えてよかったな」
七花が本当に嬉しそうな笑顔で言いました。
昼行灯の策略に嵌められたり、ちひろ達に嫉妬されたり、周囲の期待から変な無茶振りがくることもありますが、それでも私は美城で働いていてよかったと思います。
そんな私の素直な気持ちをとあるフランスのロマン主義の詩人の名言を借りて述べるのなら。
『不幸に陥らない秘訣は、人を愛して、働くことだ』
さて、七花の為に、武内Pや義妹候補ちゃんの顔を潰さない為に、4人の思い出に残る最高の初ステージとする為に、そして私達サンドリヨンの更なる飛躍の為に、自衛隊史上最高の基地祭にしてみせましょう。