チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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他視点からの七実を書こうとしていたのですが‥‥
申し訳ありません。脱線しました。

作り直しても良かったのですが、消してしまうには惜しいと思ってしまったので投稿します。
楽しみにされていた方には、本当に申し訳ありません。

後、キャラ崩壊や違和感を覚えたりされる可能性があるのでご注意ください。


番外編4  小梅の興味/蘭子のお泊まり会

小梅の興味   (7話中)

 

 

私には、昔から普通の人には見えないものが見えた。

世間一般的な言葉を使うのなら、それは幽霊と表現される存在だと思う。

小さい子供であれば無条件で見えない恐怖を覚えるその言葉は、見えてしまう私からすればちょっと変わった友達の1人に過ぎない。

寧ろ見えてしまうからこそ見えない人以上に興味を引かれ、気がつけばホラー方面を好む普通から少しだけずれた女の子になっていた。

同世代の子たちには、そんな趣味を共有できる相手は居らず距離を置かれてしまい、見える人間にはとてもフレンドリーな幽霊達とばかり話すようになってしまったのは、当然の結果なのかもしれない。

しかし、幽霊達も永遠の存在ではないようで、成仏してしまったり、他の場所へと移っていったりと14年の短い生のなかでも少なく無い別れを経験してきた。

悲しいと思ったことも、良かったと嬉しいと思ったこともある数多くの出会いと別れは、私という存在を形作る重要な根幹を成しているといっても過言ではないだろう。

 

 

『小梅、ひまぁ~~~』

 

「‥‥今、レッスン中だから」

 

 

あの子が私に語りかけてきたが、今はバレンタインライブに向けてのレッスン中で周りには他のアイドルのみんながいる為構うことはできない。

みんなが迫るライブに向けて真剣にレッスンに励む中で、集中力を切らしてしまったらすぐに置いて行かれてしまう。

ちなみに、あの子というのは私と一番仲のよい幽霊の呼び名である。

幽霊の外見は当てにはならないのだが、それでも私と近い年齢に見えるというのは親しみを覚えてしまう。

本人も生前の名前を覚えていないという事で最初は名前をつけようと思ったのだが

 

 

『私みたいな曖昧な存在に名前をつけられると、それに縛られるからやめて』

 

 

という本人の希望もあり、あの子という具体性のない曖昧な呼び方に落ち着いている。

生きている私にはわからないが、幽霊の世界というのもなかなかに面倒な決まりがあるようだ。

 

 

『もう!散歩してくる!』

 

 

そう言ってあの子はレッスンルームの鏡の中に消えていく。

正確に言うなら、鏡の取り付けられた壁をすり抜けていったというべきだろうか。

あの子は別に私に憑り付いている訳でもなく、たまたま私が幽霊を見ることができるという特異な能力を持ち、波長が合ったから一緒にいるというだけで、数日の間何の音沙汰もなく遊びにいくという事もある。

生という柵からすらも開放された幽霊という存在は私達が思っている以上に自由で気ままなのだ。

話しかけられることもなくなったので、レッスンに集中する。

アイドルの仕事は嫌いではなく寧ろ好きなほうではあるが、やはりこういった身体を大きく動かすダンス等は苦手だ。

デビュー前よりも体力等は付いたとは思うが、それでもこれまでのインドア生活が祟ってか、身体能力は346プロのアイドルの中でも下の方だと断言できる。

身体が成熟しきっていないという言い訳もできるが、年齢を感じさせない規格外の存在もいるのでそれを口にすることはない。

視線を少しだけ動かすと、その規格外の存在の姿が目に入る。

 

渡 七実

 

少し前に事務員からアイドルとの兼務となった異色の経歴を持つアイドルの片割れで、346プロのなかで数々の伝説を打ち立てる超常的存在だ。

私がこの人を知ったのは新春特番の時であったが、その規格外さは嫌という程にわからされた。

最近では幸子ちゃんとバラエティの撮影で動物園に行ったそうだが、そこで手を下すことなく威圧のみでライオンを降し、その周囲にいた人間を気絶させてしまったそうである。

人の噂と言うはあまり当てにならないものなので、信頼していないのだが幸子さんの恐怖に怯える表情はそれが否が応でも事実であると認識させられた。

女子間の噂の伝達速度は驚異的で、その話は次の日には346プロに所属するアイドル達全員に伝わっており、一部からは畏怖の対象として距離をおかれるようになった。

しかし、当の本人はそれを特に気にしているような素振りは無く、今現在も坦々と事務仕事を片付けるかのようにステップを踏んでいる。

アイドルとしては私の方が先輩ではあるが、その動きは私よりも数段優れているとわかった。

こんなにも踊れるのに、何でこの人は事務員なんかしていたんだろうと思わないわけでもないが、人生なんて色々あるものだし、私の倍近く生きているのだから成人もしていない私には思いもよらない出来事があったりしたのだろう。

鞘に秘められて尚その切れ味を主張する妖刀のような、その佇まいは怖いと思っていなくても近寄りがたい雰囲気を作り出している。

 

 

「よし、今から休憩を取る。各自、水分補給等を怠るなよ」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 

トレーナーの言葉に返事をし、アイドル達は各々に好きな行動を取る。

水分補給をする者、汗を拭く者、スマートフォンを確認する者、親しい友人とレッスンの感想を言い合う者と様々だ。

私はとりあえず、レッスンでかいた汗を拭きとってから水分を補給する。

スポーツ飲料の冷たさと甘さが、踊り続けて火照り疲れた身体に染み込んでいく感覚は人心地ついたことを知らせてくれるようで落ち着く。

 

 

「七実さぁ~~ん、何処ですか?」

 

 

あの人とコンビを組んでいる事務員アイドルの片割れ千川 ちひろさんの声がレッスンルームに響く。

その声に釣られて他のアイドルたちもあの人の姿を探すが、レッスンルームにその姿はなかった。

扉の開閉音もしなかったし、あんな存在感のある人が動けば誰かが気が付きそうなものであるが、その行方を知らない。

まるでこの場から溶けて消えてしまったかのようないなくなり方は、私の親しい存在(ゆうれい)を思わせる。

あまり人に興味を持ったりするようなタイプではないが、気がつけば私の心にはあの人に対する興味が溢れ始めていた。

 

 

「ちひろちゃん。七実、いないの?」

 

「そうなんですよ。さっきまでそこに居たのに」

 

「あの馬鹿‥‥」

 

「七実さんらしいですけどね」

 

「菜々としては、相変わらずの規格外っぷりにビックリですよ」

 

 

千川さんの周りに川島さんや高垣さん、安部さんといった仲のいいメンバー達が集まる。

どうやら、この4人にはあの人が急にいなくなってしまった理由がわかるようだ。

 

 

「探します?」

 

「無駄よ。絶対に見つからないし、戻ってこないわ」

 

「ですよね」

 

 

4人の間では言葉にしなくても分かり合えることでも、私を含めた周りにいるそれほど親しくない人間には全くわからない。

そんな意図は全くないのだろうが、絶妙に興味をそそる話し方に引き込まれた何人かが会話に割って入ろうか悩んでいた。

しかし、346プロの最年長グループの話に入っていけるような猛者は

 

 

「はい!質問です!渡さんは、何でいなくなったんですか!!」

 

 

やはり彼女しかいないだろう。

恐れなんて微塵もないという感じで興味のままに猪突猛進した日野さんに、踏み出す勇気を欠片も持つことができなかった私は心の中で素直に賞賛する。

他のみんなも同じようで、あからさまに表情には出さないものの良くやったという顔をしていた。

あの人は良くも悪くも行動が目立つようである。

 

 

「あら、茜ちゃん。気になるのかしら?」

 

「はい、無茶苦茶気になります!!」

 

「簡単よ。七実はみんなに気を使ったつもりなのよ」

 

 

気を使ったつもり?

あの立ちはだかる障害はすべて排除し、制圧前進あるのみというのを地で行きそうなあの人が?

後から追うものに対して一顧だにせず、ひたすら己が道を進み続けそうなあの人が?

正直、信じられない。

周りのみんなも同じ意見のようで、頭を捻っている。特に幸子ちゃんなんて、そんなのありえないと言わんばかりに顔を横に振っていた。

 

 

「まあ、七実さんは誤解されやすいタイプですからね」

 

「菜々も最初は怖いと思っていましたけど、話してみるとそうでもなかったですよ」

 

「そうなんですか!じゃあ、私ももっと話しかけてみます!」

 

 

今の話を聞いただけでそこまで言える日野さんの即断即決なところは、本当に羨ましいと思う。

 

 

「そう、七実も喜ぶわ」

 

「はい!」

 

 

私も機会があれば話しかけてみようかな。そんな事を考えながら私の休憩時間は過ぎていった。

あの人は、川島さんが言うとおりに休憩時間ギリギリになって戻ってきた。あの子を連れて。

 

 

『ねえねえ、聞いてよ!なっちゃんってね、結構面白いんだよ』

 

 

あの子から語られたあの人の姿は、安部さん達が言っていたそのままだった。

再開されたレッスンをしながら、あの人を見てみる。

やっぱり居るだけで圧倒的な存在感を放っているが、視線を動かして周りのアイドルたちを観察していた。

睨みを効かせているように見えてしまいがちだが、あの子や安部さん達の話を聞いた後だともしかして心配してくれているのだろうかとも思えてしまう。

それに、私以外で幽霊たちが見えて平気な人は今まで居なかったので、話してみたいという気持ちが大きくなってきている。

話が本当なら、あの人はきっと友達になってくれるかもしれない。

 

 

「白坂!遅れているぞ!」

 

「は‥‥はい!」

 

 

そんな期待に胸を膨らませているとトレーナーさんからの叱責が飛んできた。

とりあえず、今はレッスンに集中しよう。

あの人のプロデューサーは武内さんだったから、お願いすれば一緒の仕事を準備してくれるはず。

その時になったら勇気を持ってあの人に言ってみよう。

 

 

『友達になってください』って

 

 

 

 

 

蘭子のお泊り会   (24~25話間)

 

 

私の言葉、私の衣装は‥‥私を守る強固な鎧。

個性の乏しく、気弱で、自信も何もない私の心を守るためのものでした。

出合ったきっかけは良く覚えていませんが、色々な神話など現実にはありえない壮大で、神々しい世界は私の心に言葉にできない熱をもたらし憧れへと昇華させたのです。

憧れは、いつしか同じ存在へとなりたいという欲求に変わり、魔道書(グリモワール)を造りました。

特に大好きだった堕天使を演じ、難解な言葉を操ると、何もなかった自分が全能な存在達と同じになれた様な気がして満たされたのです。

そして、ちょっとした挑戦のつもりで応募したアイドル発掘プロジェクトに応募したら、見事合格し、故郷を離れてアイドル候補生として頑張る事になりました。

そこで、私は大切な仲間と出会いました。

 

 

「蘭子ちゃん、ぼーっとしてると危ないよ」

 

 

黄昏に染まる帰り道で考え事をしながら歩いているとみくちゃんから注意を受けます。

みくちゃんは私と一緒で地方からやってきたシンデレラ・プロジェクトのメンバーであり、一緒の寮に住んでいるため、アーニャちゃんや智絵里ちゃんも含め一緒に帰ることが多いです。

しっかりものみくちゃんは、いつもの4人の中でもリーダー的な存在で、誰よりもみんなのことを見ていて今のように注意してくれたりします。

 

 

「忠告感謝する、同胞よ」

 

「もう、またそんな言葉遣いして‥‥使い分けができるようにならないと苦労するんだからね」

 

 

素直な言葉でありがとうといえない私に対してみくちゃんは呆れたようにそう言いますが、これも私のことを思って言ってくれていることですから、素直に嬉しく思います。

それに私は知っているんです。

みくちゃんがプロデューサーさんが持つ、あの人謹製の『蘭語辞典』なる私の言葉をわかりやすく解説された本をコピーして何度も読み返していることを。

この前みくちゃんの部屋でお泊り会をした時に、アーニャちゃんが偶然発見してしまったのです。

ロシア語の辞典やクローバーのアクセサリーが付けられたネコミミと一緒に隠すように保管されていたそれは、みくちゃんが誰よりも私達を理解してくれようとしてくれる証拠でしょう。

 

 

「やっぱり、ミクは『お母さん(マーチ)』みたいです」

 

 

そんなみくちゃんの様子を見て、アーニャちゃんが楽しそうに言いました。

アーニャちゃんはロシア人とのハーフで私と1歳しか違わないとは思えない、童謡に出てくる雪の妖精みたいな美人さんです。

クールといった表現が良く似合いそうな外見ですが、その中身はシンデレラ・プロジェクト1のフリーダムキャラで、特に忍者とか侍が関わるともの凄く熱くなります。

 

 

「誰がお母さんだって?こんな手の掛かる娘なんてノーサンキューだよ」

 

「‥‥み、ミクは私が嫌いですか?」

 

「そんなわけないでしょ、ちゃんと『君が好きだよ(ティ ムニェー ヌラーヴィシャ)』」

 

 

みくちゃんが少し照れながらロシア語で何か言うとアーニャちゃんは少し驚いたような顔をした後、満面の笑みでみくちゃん飛び掛って抱きつきました。

まだまだロシア語がわからない私ですが、今の言葉が『好き』ていう意味だというのは何となく察せました。

シンデレラ・プロジェクトで一番初めに揃った2人の間には、私とよりも強い絆があるみたいです。

 

 

「ミクぅ!!『大好きです(ティ ムニェー オーチン ヌラーヴィシャ)』!!」

 

「ああもう、道の真ん中で抱きついたら危ないでしょ!!」

 

 

そんな注意をしながらもみくちゃんの顔はとても嬉しそうです。

仲の良い2人を見ていると私の心の奥があたたかくなるのですが、仲間はずれは嫌なので混ざらせてもらいましょう。

 

 

「同胞に、堕ちたる天使の抱擁を」

 

 

アーニャちゃんとは反対側からみくちゃんに抱きつきます。

スタイルのいいみくちゃんの抱き心地は、抱き枕とは違う程好いやわらかさと体温のぬくもり、そして微かに香るみくちゃんの匂いで何だか癖になりそうです。

アーニャちゃんが良くみくちゃんの部屋に泊まりにいっているのは、これの虜になってしまったからかもしれません。

ネコ系アイドルを目指しているというだけあって、離れたくても離れられない危険な魅力に溢れています。

 

 

「もう!周りの人が見てるでしょ!」

 

「見てなければいいんですか?」

 

「ならば、続きは我等が居城にて!」

 

 

言質は取りました。

みくちゃんは自分の言った言葉を決して曲げませんから、きっと何だかんだ言っても最後には抱きつかせてくれるでしょう。

ということは、今日もお泊りの流れになりそうです。

智絵理ちゃんは美波さんやかな子さんと一緒に寄り道をしてから帰るそうなので、この場にはいませんが後でスマフォで知らせておきましょう。

この素晴らしい抱き心地を教えてあげねば。

 

 

「今宵も同胞の部屋にて、親交を深めるための宴を開こうぞ!」

 

素晴らしい(ハラショー)!』「お泊り会、楽しみですね『同志(ダヴァーリシン)』♪」

 

「ちょっと待って、なんで主の了承無しで話が進んでるの!?」

 

「そうと決まれば、宴の為の供物を調達せねば」

 

 

夜は長いですから、お泊り会をするならお菓子や飲み物も用意しなければダメでしょう。

面白そうな映画のDVDとかを借りてみんなで見るのもいいかもしれません。丁度、女教皇と兎の星の民が出演するアニメの第一巻がレンタル開始になっていたはずですし。

しかし、その為には熾烈なジャンケン対決を勝ち抜く必要があるでしょう。

みくちゃんはネコのアニマルビデオをアーニャちゃんは忍者や侍が登場する時代劇系を見たいというでしょうし。

 

 

「‥‥もう、しょうがないなぁ」

 

 

やれやれといった感じに溜息をつきながらでしたが、みくちゃんも了承してくれました。

やっぱり、みくちゃんは優しいです。

 

 

「ミクの許可が出ました!早くお買い物に行きましょう!」

 

「承知!」

 

「コラコラ、走り出そうとしないの」

 

 

お泊り会というのに浮かれてアーニャちゃんと走り出そうとしたら、みくちゃんに襟首を掴んで泊められました。

 

 

「今日は、向こうのスーパーの方が安くなっているからそっちに行くよ」

 

「はぁ~~い、『お母さん(マーチ)』」

 

「アーニャ、お菓子は300円までね」

 

「ミクは、イジワルです!」

 

 

さっきからアーニャちゃんがみくちゃんに言っているマーチって、どんな意味なのでしょうか。

後で調べておきましょう。

 

 

「宴には何を用意すべきか‥‥」

 

 

お菓子に何を買おうか、悩みます。

甘いチョコレート系は外せませんし、王道のポテトチップスも今では色々な味が出ていますし、堅揚げ等味以外にも選ぶポイントと成る部分も多いです。

ここはあえてお煎餅やおかきにするというのもありなのではないかと思えます。

考えれば、考えるほどに魅力的な選択肢に、これというはっきりとした決定がくだせません。

地元に住んでいた頃には、これほど悩んだことはなかったのですが、流石は日本の首都である東京です。

見たこともない新商品やバリエーションのお菓子に溢れていて、どれもこれもおいしそうに見えてしまいます。

 

 

「ほら、蘭子ちゃんも早くいこ」

 

 

夕日を背中に笑顔でこちらに手を差し伸べるみくちゃんの姿は、まるで一枚の絵画のような美しさがありました。

もしこの手にカメラを持っていたのなら、私は迷わずこの姿を収めていたでしょう。

地元では少し浮いていた私だけど、あの時勇気を出してアイドルになってみようと思ってよかったと本当に思います。

 

 

「‥‥うん!!」

 

 

だって、こんなにも素敵な友達ができたのだから。

 

 

 

 

「お、おじゃまします」

 

 

夕食とお風呂を済ませたり、各自の部屋から布団を持ってきたりとお泊り会の準備を進めていると智絵理ちゃんがやってきました。

私と同じ日に346プロへとやってきた智絵里ちゃんはクローバー集めが趣味で引っ込み思案なところもあるけど、誰よりも純真で優しい人です。

実はこの4人の中では最年長なのですが、あまり年齢を気にすることなく私達は仲良くしています。

 

 

「あっ、智絵里ちゃん。いらっしゃ~~い、テーブルとか入口に片してあって狭くなってるから気をつけて」

 

「うん、ありがとう」

 

 

3人分の布団が入るように部屋の中を片付けているみくちゃんに促されて、入ってきた智絵理ちゃんの手にはお土産がありました。

 

 

「冷蔵庫、借りるね」

 

「お土産ですか!」

 

「うん、かな子ちゃんと美波さんからお泊り会をするって言ったら持たせてくれたの。

かな子ちゃんオススメのお店のシュークリームだよ」

 

 

美波さんとかな子さんには今度お礼を言っておかなければ。

それにしてもかな子さんオススメのシュークリームですか、甘い物が作るのも食べるのも大好きな人が勧めるくらいですから、どれだけ美味しいのか今からワクワクしてしまいます。

 

 

智の天使(ケルディム)よ。よくぞ、今宵の宴に参られた!」

 

「うん、誘ってくれてありがとう。蘭子ちゃん」

 

「ミクぅ~~~早速食べましょう!!」

 

「ふにゃッ!!」

 

 

シュークリームにテンションの上がったアーニャちゃんが布団を敷いている最中のみくちゃんの背中にダイブしました。

何も身構えていなかったみくちゃんは可愛らしい悲鳴をあげて布団に顔からつっこみます。

いくら突っ込んだ先が柔らかい布団だからといっても、あれだけ勢いが良かったらきっと痛いでしょう。

アーニャちゃんは気にせずみくちゃんの背中に顔を埋めて頬ずりをしていますが、絶対に怒られると思います。

でも、あんな事をし合える関係はちょっと羨ましいです。

 

 

「ミクの香りがします♪」

 

「やっぱり仲がいいね」

 

「同胞の抱き心地は、我をも魅了してやまぬ魔性の誘惑ゆえ」

 

 

夕方の事を思い出して、私もみくちゃんに抱きつきたいという欲求が溢れてきます。

アーニャちゃんもしているし、私もいいよね?

 

 

「そうなんだ‥‥アーニャちゃん、隣いいかな?」

 

「どうぞ♪ミクは共有財産です」

 

「ほんとだ。やわらかくてあたたかい」

 

「な、智の天使(ケルディム)!」

 

 

引っ込み思案な智絵理ちゃんが、こんな積極的な行動をしてくるとは思いませんでした。

確かにみくちゃんの抱き心地について教えたのは私ですが、これでは私が抱きつくスペースがありません。

 

 

「な、なんで、智絵里ちゃんも乗っかるのかな」

 

「みくちゃんの抱き心地がすごくいいって蘭子ちゃんに教えてもらったからかな?」

 

「もう、みくはお泊り会の準備をしているんだからね」

 

 

そうです。みくちゃんは準備で忙しいんですからどいてあげないと。

じゃないと、私も抱きつけませんし。

 

 

「う~~ん‥‥もうちょっとだけ、ダメ?」

 

「‥‥ダメじゃないけど」

 

「‥‥わ、我を疎外するなぁ!!」

 

 

このままではいつまで立っても順番がまわって来そうもないので、私もアーニャちゃんに習ってダイブする事にします。

 

 

「ちょっと待って蘭子ちゃん!流石のみくでも3人は‥‥むにゃうッ!!」

 

 

一応負担が大きくならないように優しく乗ったのですが、やっぱり3人はきつかったのかも知れません。

ですが、私は謝りません。みくちゃんのこの魔性の抱き心地が悪いんです。

お風呂上りである為かシャンプーとみくちゃんの香りが入り混じって、何処となく落ち着く優しい香りになっていました。

 

 

「私達、仲良しです」

 

「うん、そうだね」

 

「我等の友誼は永遠に不滅である」

 

 

みくちゃんに抱きつきながら私達は友情を確認しあいます。

本当にみんなに会えてよかった。心からそう思います。

 

 

「いい話みたいな流れだけど‥‥いい加減どいてくれないかな」

 

「「「もう少しだけ‥‥」」」

 

「‥‥怒るよ?」

 

 

声が本気だったので名残惜しいですが、私達はみくちゃんから離れます。

幸い今日はお泊りですから、まだまだ抱きつく機会はあるでしょうから今は我慢しましょう。

 

 

「もう、ひどい目に合ったよ」

 

 

そんな事を言いながらもみくちゃんは何処となく嬉しそうでした。

それからみんなで手伝ってお泊り会の準備をしました。途中、アーニャちゃんが自分の枕をみくちゃんのベッドに置こうとしていたりしていましたが、阻止しておきました。

アーニャちゃんばかりに美味しい思いはさせません。

そんな水面下の牽制を交えながらも10分くらいでお泊り会の準備は終わりました。

 

 

「みんな、コップは持ったね」

 

 

私はコーラの入ったコップを少し掲げて示します。

実家に居たころは夜に飲むと健康に悪いからとお母さんが飲ませてくれませんでしたが、ここにはそんなことを言う人は居ませんから飲んじゃいます。

ただ夜にコーラを飲むだけなのに、今まで禁止されていた為か背徳感があってちょっぴり大人な気分です。

 

 

「じゃあ、何回かは忘れたけど、お泊り会を祝して乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

 

それぞれが持ってきたマイコップを打ち合わせした。

炭酸の刺激に慣れていないので少しか飲むことはできませんが、それでも私には十分です。

コーラで喉を少し潤した後は、早速智絵理ちゃんが持ってきてくれたシュークリームに手をつけることにしましょう。

冷蔵庫で程好く冷えたシュークリームには、うっすらと粉砂糖が振りかけられておりレッスン帰りにコンビニで買ったりする安物とは格が違う感じがします。

時間が経ちながらもさくっとした食感を残しつつ、ふわっと軽いシュークリームの生地から香る微かな麦の風味と甘味に柔らかく口当たりのいいホイップクリームが絶妙なバランスでいくらでも食べられてしまいそうです。

 

 

「甘美!」

 

「美味しいね」

 

 

智絵理ちゃんとそう頷きあいながら、すぐさま2口目に入ります。

1口目よりも少しだけ大きく噛み付くとホイップクリームだけでなくカスタードクリームが現れました。

卵黄が入っている分だけホイップクリームよりも重たい感じがしますが、ホイップクリームだけでは軽くなってしまいがちなシュークリームに程好い濃厚さが加わり美味しさの相乗効果がハーモニーを奏でているようです。

香り付けに加えられた洋酒が、ちょっと癖はありますが大人な感じがして今日の私にはぴったりな感じがします。

 

 

「じゃあ、そろそろDVDでも見よっか」

 

「賛成です」

 

「異存ない」

 

「いいよ」

 

 

アーニャちゃん以外がシュークリームを半分ほど食べ進んだところでみくちゃんがそう提案しました。

熾烈なジャンケンバトルになるかと思っていたDVD選びでしたが、女教皇が出ていることがわかると2人も反対することなく賛成してくれました。

私もそうですが、2人共女教皇のファンですから、やっぱり興味あるのでしょう。

 

 

「今日は、何を借りたの?」

 

「七実さまと菜々さんが出てるアニメ。やっぱり気になるから」

 

 

ディスクをセットして再生ボタンを押すと、警告や他のアニメの宣伝が流れ始めます。

どうしてこんな無駄なものを入れるのかはわかりませんが、みくちゃんがリモコンを操作して早送りしました。

みんながシュークリームを食べ終えたくらいで、ようやく本編が始まります。

最初は主人公となる男の子の独白と戦場となってしまっている街の様子からはじまりました。

魔法的な要素が強い設定のため、様々な効果が使われていている戦闘シーンは見応えがあり、いつの間にかズボンを握り締めていました。

 

 

『もう‥‥もうこんな悲劇は繰り返させないと誓ってたのに!』

 

「あっ、菜々さんだ」

 

 

兎の星の民が演じるキャラクターはメイドさんのようなかわいい系ではなく、騎士らしい凛々しさがあるカッコイイ系でしたが、違和感なく演じきっています。

みくちゃんが言ってくれなけれれば気づかなかったでしょう。

それ程に演技力が高く、伊達や酔狂で声優アイドルを名乗っているわけではないと改めて先輩アイドルの凄さを知りました。

私もアイドルデビューをしたらこんな仕事も回ってくるのでしょうか。

堕天使みたいな光であったけど闇に堕ちてしまった罪な存在とかやってみたいな。それか、女教皇みたいな魔王もいいかもしれません。

主人公達が空を埋め尽くさんばかりの敵の大群相手に奮闘していると、空が裂けそこから巨大な要塞都市が降りてきたという盛り上がる場面でタイトルが入ります。

製作者達の思惑通りなのかもしれませんが、あれからどうなるのかが気になって仕方ありません。

 

 

「なんで、そこで切るんですか!私、気になります!」

 

 

プリッツを咥えていたアーニャちゃんが、焦らすような演出に我慢できず抗議します。

しかし、これは既に完成した作品ですし、今この場で文句を言ってもどうしようもないでしょう。

でも、こうして素直に自分の思ったことを口に出すのはアーニャちゃんらしいと思います。口の周りにシュークリームの粉砂糖で髭みたいなのができてるけど。

 

 

「まあまあ、アーニャちゃん落ち着いて」

 

「チエリは気にならないんですか!」

 

「気になるけど‥‥わからないから、ワクワクするかも」

 

 

なるほど、そういう考え方もあるんですね。

確かにわからない部分があるほうが色々と好きに想像ができて、楽しいかもしれません。

そんな事を考えている間にもアニメの内容は進み、最初に地球を攻め入った謎の軍団が魔法世界を滅ぼしているシーンとなりました。

兎の星の民が演じるキャラも所属する魔導騎士団と謎の軍団と配下の怪獣達が冒頭同様に激しい戦闘を繰り広げていますが、謎の軍団の物量に押され1人、また1人とやられていきます。

魔法世界の王様は、何千人もの同胞の命を捧げて神様が創造した最終兵器を起動させました。

最終兵器というだけあってその威力は凄まじく、王都を破壊していた怪獣を一瞬にして消し去り、謎の軍団に対して大打撃を与えました。

その様子に思わず拳を握り締め、あらすじでこの先の展開を知っていたとしても頑張れと応援したくなってしまいます。

王様は最終兵器を操り、謎の軍団を押し返そうとしましたがそれはできませんでした。

 

 

『あら、こんにちわ』

 

 

世界に終焉を齎す絶望の化身が降臨していたからです。

華美な装飾を省いた実用的な軍服を身に纏っていても伝わってくる、強大な存在感はアニメのキャラクターだというのに息が詰まりそうです。

すぐに女教皇が演じているキャラクターだとはわかったのは、あの人間讃歌を謳いたい魔王を見ていたからでしょう。

最終兵器が怪獣達を一瞬で消滅させた武器を放ちますが、にこやかな顔で掲げた右手で簡単に受け止められてしましました。

そして、その姿が消えたかと思うと最終兵器は粉々に砕かれます。

王様は呆然としますが、絶望の化身はそんな王様の胸を踏みにじりながらつまらなそうに言い放ちます。

 

 

『それが貴方達の崇める神が創造せし武具ですか?

貴方達の愛すべき世界を蹂躙する憎き仇敵に対して何も出来ないそれが?

無辜の民を家畜のように扱い、知的生命体として守られるべき尊厳を陵辱され、壊し、遊び、曝し、殺す。

そんな侵略者を討ち滅ぼさんと多大な犠牲を払ってようやく起動したものがその程度ですか。

こんな玩具の為に貴方達は、あれ程の犠牲を払ったのですか?この世界の事を思い散っていった英霊達に貴方達の死は無駄では無かったと言えるのですか?

答えなさい、この世界を統べし魔導の王よ』

 

 

恐怖を煽る演出もそうですが、本当に心を折るように放たれた冷たい言葉は迫真の演技ということもあり、アニメだとわかっていても恐怖で身体が震えそうになります。

あの魔王も怖かったですけど、これはあれとはまた違った恐ろしさがあります。

 

 

「すごい演技力だね。やっぱり七実さまはすごい!」

 

素晴らしい(ハラショー)!!』

 

「すごいけど‥‥ちょっと怖いかも‥‥」

 

「さ、流石は女教皇(プリエステス)

 

 

2人の出番がなくなった後も、みんなでお菓子とかをつまみながら感想を言ったりして鑑賞を続け、結局収録されている3話全部を一気に見てしまいました。

その頃には時刻が日付変更前に差し掛かっており、だいたい22時頃には寝ていることが多い私にはちょっと辛いです。

 

 

「蘭子ちゃん、眠いの?」

 

 

段々と瞼が重くなってきて、智絵理ちゃんの言葉に返事をする気力もありません。

集中が切れたことによって意識の半分は既に夢の世界へと舟をこぎ始めています。

 

 

「歯を磨かないと、虫歯になっちゃうよ」

 

「むぅ~~、ねむいぃ~~~」

 

 

心配してくれるのはわかるのですが、智絵理ちゃんの優しい声色は意識を覚醒させるどころか、更なる眠りへと誘ってくれました。

 

 

「おやすみぃ~~」

 

 

耐え切れない睡魔に手を取られながらも、枕を求めてもぞもぞと移動します。

殆ど目が開いていないため、もう何も見えていないような状態ですが、それでもようやく枕に程好い柔らかさのものに辿り着きました。

ちょっとだけ甘い香りのするあたたかいそれは、不思議と落ち着く感じがしてとっても心地良いです。

 

 

「おやすみ、蘭子ちゃん」

 

 

智絵理ちゃんのその言葉と優しく頭を撫でられる感触に包まれながら、私の意識は完全に眠りへと堕ちていきました。

根拠は全くないけど、今日はいい夢が見れそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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