チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 作:被る幸
そして、オリジナルキャラが登場しています。ご了承ください。
そしてシンデレラ・プロジェクトメンバーの誕生日を忘れるという失態。
誠に申し訳ありません。
遅ればせながら、拙作の多くのUA及びお気に入り登録、評価を本当にありがとうございます。
これからも細々と更新していきますので、よろしくお願い致します。
「‥‥はぁ」
ああ、どうも、私を見ているであろう皆様。
4月も後半になろうとする某日‥‥ついに、この日がやってきました。やってきてしまいました。
私がいくら神様転生した、見稽古という最強クラスのチートスキルを持つ、この世界におけるバグキャラだとしても、時間という不変の概念は支配できません。
転生した世界が魔法やオカルト的なスキルが存在する世界であればその可能性もあったのですが、この世界は『アイドルマスター』という現実世界と殆ど差異の無い世界構造をしている為、そんな希望は欠片もない0%といってよいでしょう。
0%には何をかけたところで0から変わることが無いので諦めるほかありません。
さて、ここまでを踏まえて皆様に謎賭けを出してみたいと思います。
『子供の頃は毎回来るのが嬉しくて、大人になると段々と嫌になってくるものは何でしょう?』
答えは誕生日です。
正解者には、私の部署が処理するべき仕事1日分(一般事務員15人分の仕事量)を進呈しましょう。
私が何歳になったのか知りたいと宣う命知らずの自殺志願者の方がいらっしゃるのなら名乗り出てください。
黒歴史時代に記憶だけを頼りに再現した虚刀流最終奥義を始めとした、チート能力で再現した数々の必殺技、殺人技のフルコースへとご招待しますから。
スマートフォンを確認すると家族、親族、友人と様々な人からの『誕生日おめでとう』というメッセージが届いていましたが、ちっともめでたくなんてありません。
どうして、人は歳をとってしまうのでしょう。
某機動戦士のニュータイプも『人はいつか時間さえ支配することができるさ』と言っていたではないですか、ならば今すぐ私にその叡智を授けてください。
今日は、アイドル業も無く係長業務も期限が迫っているものもありませんでしたし、仮病とか使って休んだりしては駄目でしょうか。
出社してから親しい人達に何度も『おめでとう』といわれるのを想像するだけでも憂鬱な気分になれます。
幸い本日私の借りている部屋に泊まっている人間はいませんから、強制的に連れ出される心配もありません。
毎週のように誰かが泊まりにくるため篭城をするだけの十分な食糧の備蓄もありますし、これは私をご厚意で転生させてくださった神様がそうしろと言って下さっているに違いませんね。
そうと決まれば早速武内Pや昼行灯にメールを出しましょう。
おっと、ちひろからラインですね。
『七実さん、今日は絶対にお昼持ってきちゃ駄目ですよ♪』
‥‥これは、いかざるを得ない流れですね。
ここで休みますという旨が書かれたメールを送信したならば、良くて後日説教、下手をするとこの部屋に親しい人達が大挙をなして雪崩れ込んでくるかもしれません。
私的には今日ほどそっとしておいて欲しい日は無いのですが、どうして私の親しい人たちはそれを理解してくれないのでしょうか。
クリスマスやハロウィンといった他宗教の行事すらも独自の解釈等を加え、自らが騒ぐための口実にしてしまう根っからのお祭大好き民族日本人の血がそうさせているのかもしれません。
私もこれが瑞樹とか菜々の誕生日だったとしたら、チートスキルを最大限に活用した特製のケーキやディナー等を準備していたでしょうし。
そういえば、もう少ししたら島村さんの誕生日でしたね。きちんと何か準備しておかねば。
神崎さんや赤城さんの時は特製ケーキと花束、好きそうな小物等送ってあげたら喜んでくれましたし。
確か友達と長電話するのが趣味という、果たしてそれは本当に趣味といえるものなのかとツッコミたくなるものでしたから、ストラップとかいいかもしれませんね。
明日は久しぶりにサンドリヨンとしてイベントの前座を務めることになっていましたから、その帰りあたりに何か見繕いましょう。
とりあえず、出勤用のスーツに着替え、手早く身嗜みを整えます。
アイドルになってからはプロのスタイリストの技能を見稽古する機会に恵まれたので、事務員時代よりも化粧のクオリティや掛かる時間が格段に減って助かりますね。さすがは、プロの技。
暇を見つけて作っておいた資料やタブレット端末、作り置いていたプリャニキ(ロシアの蜜菓子)等々必要なものを確認し、出発の準備を整えます。
♪~~~♪♪~~~
スマートフォンが着信を知らせる軽快なリズムを室内に響かせます。
メロディから察するに七花のようですが、いったいこんな時間にどうしたのでしょうか。
「七花、いったいどうしたのかしら?」
『姉ちゃん。俺、今姉ちゃんのアパートの前にいるんだけど』
「は?」
事前連絡も一切無い、あまりにも唐突過ぎる弟の訪問に間の抜けた声を出してしまった私を誰が責められるでしょうか。
家族ですからそんなものが無くても迎え入れはしますが、もしこれが今日でなければとっくに職場にいっている時間帯でしたから、七花は無駄足を踏む事になります。
七花本人は気にしないでしょうが、そういった考え無しの無鉄砲気味な行動は改めるべきだと常々思うのですが。
特に、七花は守られるべき子供でもなく、立派な社会人であり国防の任を負った責任あるべき人間です。そんなことでは、いざ如何なるときにも対応できないでしょう。
「とりあえず、今から下に降りるから待ってなさい」
『わかった』
でも、許します。かわいい弟ですから。
通話を終了し、8割方終わっていた準備を一気に完了させ部屋を出ます。
七花を待たせたくありませんから、ここはエレベーターではなく階段で降りましょう。
チートを活用すれば階段の方が断然早く下に辿り着くことができますし。
「全く仕方ない子ね」
そんなことを言いながらも、自身の頬が自然と緩んできているのがわかります。
こういった所があるから『ブラコン』というレッテルを貼られてしまうのでしょうが、たった1人の弟ですし、手加減していたとはいえ唯一私に黒星をつけたことのある人間ですから、特別扱いしてしまうのも仕方ないでしょう。
前に会ったときは、シンデレラ・プロジェクトの企画が決定されたばかりでしたから、だいたい1ヶ月ぶりでしょうか。
あの不屈の精神を持った義妹候補の娘とは上手く交際が継続されているでしょうか。
七花の性格上、自分から別れを切り出すことは無いでしょうから、恐らくまだ大丈夫とは思いますが心配になってしまいます。
そんなことを考えている間に1階フロアに到着しました。
「よっ、姉ちゃん」
「1ヶ月ぶりね。また少し砥がれたかしら」
「その言い方はやめてくれよ」
成長した弟の姿を素直に褒めると、七花は照れくさそうな笑みを浮かべました。
女性でも高い方に含まれる私よりも更に高い七花は、原作同様2mを越える長身ですから、諸星さんは勿論のこと190cm台の武内Pよりも高いので、長時間顔を見ていると首を痛めてしまいかねません。
自衛隊でも鍛錬は欠かしていないようで、1ヶ月前よりも更に砥がれたように身体は引き締まり、纏う雰囲気も自衛官の制服の所為もあってか鋭利な刀の如き緊張感を漂わせています。
ちょっと時間ができたら、手合わせでもしましょうか。
「けど、いったいどうしたの。七花から訪ねてくるなんて珍しいじゃない」
「ああ、実は姉ちゃんに頼みたいことがあってさ」
「お金?いくら必要なの?」
金銭感覚に乏しい七花のことですから、予定も立てずに好き勝手使ってしまって懐が寂しくなってしまったのでしょう。
全く小さい頃からそういうところは変わりませんね。
もういっそのこと義妹候補ちゃんに財布を管理してもらったほうがいいのではないでしょうか。
義妹候補ちゃんは良家の出のようですが、ご両親の教育や躾がちゃんとされている為か、そういったことはきちんとできていて安心して任せることが出来ますし。
「違うって、今月はまだ大丈夫だって」
「ということは、大丈夫じゃない月があったのね」
「‥‥ノーコメントで」
全くそういう時は私に相談しなさいといっているのに。
スポーツカーを購入してしまったため、私の懐事情も以前ほど余裕があるわけではありませんが、大切な弟に貸したくらいで生活に困るレベルになるほど寂しくもありません。
係長に昇進した事で基本給も増額されましたし、アイドル活動による印税関係も少しずつ入るようになりましたから、事務員時代よりも給料は増えています。
「とりあえず、今回は金関係の事じゃなくて。仕事の依頼だよ」
「仕事の依頼?」
「まあ、俺はなのはの付き添いなんだけど、はぐれちゃってさ。
だから、とりあえず直接姉ちゃんのところに来たんだよ」
七花のことですから、小腹が空いたからという感じで義妹候補ちゃんに声もかけずにコンビニとかに入って買い食いとかしてたらはぐれてしまったのでしょう。
ちなみになのはというのは義妹候補ちゃんの名前で、苗字や階級を含めると飛騨 なのは3等陸尉となります。
防衛大学校出のエリートさんと将来有望な女性で、武内Pがあったらスカウトしてきそうなくらい整った容姿をしています。
私が鑢 七実の名と見稽古というチートを持ち、弟が七花だったので、その彼女もきっととがめという名になるだろうと推測していたのですが、この彼女とも別れることになるのでしょうか。
声の質はとがめに似ているような気がするのですが、何分刀語のアニメを見たのは前世ですし、転生する原因となった出来事より何年も前ですから自信がありません。
まあ、偶然が続きすぎているからといって全てが私の予想通りに進むわけなんてありません。そんなことができるのなら、私は全能の神として君臨している事でしょう。
「‥‥はぐれた後、連絡はとったの」
「あっ‥‥」
「えっ?」
チートを持って転生した姉ですが、弟が抜け過ぎていてこれから先が心配です。
私の指摘でようやく文明の利器を使ってはぐれた相手と連絡を取るという考えに思い当たったのか、慌ててポケットからスマートフォンを取り出し、義妹候補ちゃんと連絡を取り始めました。
普通私に連絡する前に着信履歴とかで気が付くでしょうに。困った時は一番最初に私を頼る癖は直っていないようですね。
幼い頃から頼られるのがうれしくて、ついついチートを全開で甘やかしてきた私にも責任の一端くらいはあるかもしれませんが。
『もう、七花!何処行ってるの!?電話にも出ないし!私、探し回っているんだけど!!』
「悪い、なのは。はぐれたから、直接姉ちゃんのところに行ったんだよ。連絡については、すまん忘れてた」
『はあぁ!?なんで!?行き先は美城本社だって言ったでしょ!このシスコン!!』
「いや、姉ちゃん家の方が近かったから、その方が早いかなって。後、最後に関しては否定はしない」
『報告!連絡!相談!報・連・相!!自衛官なら、それくらいちゃんとしなさいよ!馬鹿ァッ!!』
「だから、悪かったって」
七花のスマートフォンから声が漏れてくるレベルで怒鳴られ、七花も反省しているようです。
しかし、今回の件で姉としては弟がちゃんと社会人として自衛隊で生活できているのか心配になってきました。
今度義妹候補ちゃんにいろいろと聞いてみましょうか。
『いい!今から、30分以内に来なかったら帰りに役所に赤茶の届出を提出しに行くからね!』
「はいはい」
どうやら弟も相当な馬鹿ップルのようで、険悪そうに聞こえますが大丈夫そうですね。
ああ、平和ですね。
○
あれから仕方がないので徒歩ではなく、ちひろ達以外にはお披露目していない私の愛車を使用しました。
2mを越える長身の七花を連れ歩くのは目立ってしまいますから、一応現役アイドルとして家族とはいえ異性とのスキャンダルと疑われそうな行動は慎まなければなりません。
決して、七花が私の愛車に乗ってみたいといったからではありません。
世界最高峰の運転技術と経路予測能力により、私達が美城本社に到着したのは通話終了から約15分後でした。
また世界を縮めてしまったと感慨に浸っていたいところではありますが、時間が惜しいので七花と共に車を飛び出し入口を目指します。
「悪い、なのは。待たせた」
出社してくる社員たちのスーツ中で、一際目立つ自衛隊の制服姿で時計を見ながら今か、今かと待っていた義妹候補ちゃんは私と一緒に現れた七花に対し正拳で返事をしました。
個人的には無言ではなく『ちぇりお』と叫んで欲しいところではありますが、現実世界でそんな掛け声で殴る人を見たら失笑物でしょう。
破壊力を最大限に高める見事な身体の使い方ではありますが、幼少の頃から私と同等レベルの鍛錬を積んだ七花にダメージを与えるには足りません。
人を殴ったとは思えない鈍い音が響き、出勤途中であった社員達の足が止まります。
「七花、早いよ!!」
「いや、早くて怒るなよ。はぐれた事でなら、わかるけどさ」
「うっさい、このシスコン!」
私の鍛え上げられた馬鹿ップルの気配を的確に察知するレーダーが警戒警報を発令しているので、早々に退散したいです。
実家に帰ったときも思いましたが、武内Pとちひろ並の馬鹿ップル力を発揮するなんて、我が弟ながら恐ろしいですね。
チートを使えば誰にも気が付かれずこの場を去ることは可能でしょうが、このままトラブルを起こされて後々処理するほうが面倒くさそうですから止める事にしましょう。
周囲の社員たちも騒がしくなってきていますし、災いの芽は早急に摘み取るに限ります。
「七花、飛騨さん‥‥落ち着きなさい」
輿水ちゃんの時の失敗を糧に更に改良を加えた指向性威圧で2人の強制冷却を図ります。
2人だけを襲う強烈な威圧に飛騨さんの方は止まってくれたようですが、七花は違いました。
巨体を支える下半身で地面を踏み締め、引き千切れんばかりの腰を捻り、最速の掌底。名前の由来となった元キャラと同等の身体能力を有する七花が放つそれは、間違いなく人を殺めるだけの破壊力を持っています。
こんなバトル漫画的な解説を入れてみたものの、要するに恐ろしく早い掌底ですね。
とりあえず、チートを使って止めておきましょう。
「もう、危ないでしょ」
「姉ちゃん、それはやめてくれよ。反撃しちまう」
「会社の前で痴話喧嘩をされると他の部署に迷惑がかかるのよ」
しかし、私の手を微妙に痺れらせるなんて本当に成長しましたね。
今なら、そこそこ本気を出したとしてもかなりいい勝負ができそうです。
「何事ですか!?」
七花の成長に嬉しさと興奮を覚えていると正面玄関から武内Pが飛び出してきました。
情報伝達が早すぎるような気がしますが、周囲を見回してみると人垣の中に部下の1人の姿が見えたので彼が伝えたのでしょう。
この世界の情報伝達技術は前世の現実世界以上に発達している部分がありますし、恐るべしアイマス世界。
「おはようございます、武内P」
「おはようございます、渡さん。この騒ぎとその方は?」
「私の弟とその同僚です。なにやら仕事の依頼があるそうですよ」
「そうでしたか」
七花の掌底を受け止めた瞬間を見ていた為か、武内Pの表情が偉く強張っていました。
これくらいは幼い頃から何度もありましたし、学生の頃なんてこれより激しく争ったこともありましたから全く問題ないのですが。
見慣れない人からすれば、異常な光景なのかもしれません。
「渡さん、お手は大丈夫ですか」
「ええ、問題ありません」
「なら‥‥良いのですが」
信じ切れていないのか、武内Pの視線は私の手に注がれています。
あまりにも心配そうな顔をしているので確認してみると、スーツの袖がぼろぼろになっていました。
さすが七花の攻撃ですね、受け止めた余波だけでもこれほどの損傷を与えるとは。
このスーツ結構高かったのですが、もう何年も着ていましたからそろそろ買い替えの時期だったと思って諦めましょう。
「あらあら、七花。やるじゃない」
「悪い、姉ちゃん。弁償する」
「いいわよ、別に」
袖はぼろぼろですが私自身にダメージは殆どありませんし、気にする必要はないでしょう。
弟に弁償を求めるほどお金に困っているわけでもありません。
「とりあえず、場所を移しましょう」
武内Pの提案を否定する人間はいませんでした。
案内されたのはシンデレラ・プロジェクトに与えられている部屋でした。
私の仕事場ではあまり外部に漏らしたく無い情報も取り扱っていますから、妥当な判断といえます。
武内Pの作業スペースとなっている部屋には、私と武内P、義妹候補ちゃん、そしてちひろの4人が集まっていました。
七花は、アイドル達と共にこの部屋の外で仲良く話しています。
その巨体故に怖がられがちな七花ですが、シンデレラ・プロジェクトの娘達は優しい子ばかりで、私の弟という事もありすぐに受け入れられました。
『おっきいねぇ~~、身長何cmあるの!』
『前計った時は、確か206cmだったかな』
『2m!きらりより、20cm以上おっきいに!』
『すごい!すごい!ねえねえ、肩車してよ!』
『ああ、いいけど』
『『やったぁ~~』』
早速、赤城さん達と仲良くやっているようですね。
七花も弟か妹を欲しがっていましたから、どんな相手であっても物怖じしない赤城さん達ならピッタリかもしれません。
赤城さん達が妹だったら、毎日が退屈する暇も無いくらい楽しく、賑やかな日々が送れそうです。
どうして、346プロに所属するアイドル達はこうも妹にしたくなるような可愛らしい娘達ばかりなのでしょうか。
私の中の妹ランキングに名を連ねる人が増えすぎて、もはや幸せ家族計画なんてレベルではなくなっています。
まだ全員を養うだけの賃金は稼いでいますが、今後これ以上増える事があればチート能力を更に開放する必要があるかもしれません。
「渡さん?」
おっと、意識が別方向に逸れていましたね。
いけませんね、仕事中に意識を逸らすなんて社会人失格です。
「自衛隊の基地祭に私とちひろに出演を依頼したいとのことでしたね」
「はい。具体的な日時等は資料に詳しく記載しています」
義妹候補ちゃんから貰った資料に目を通し、頭に入っている予定と照合していけるかどうかを判断します。
特撮の撮影もあり、日程的に休みなく仕事が入ることにになりますので、ちひろを外して私1人だけなら何とかなるでしょう。
いい機会ですから、島村さん達以外のシンデレラ・プロジェクトのメンバー達に経験を積ませる舞台として利用するのもありかもしれません。
「内容は理解しました。日程的には私だけなら問題ないと思います」
「七実さん!」
予想通りちひろが反応してきますが、私は涼しい顔で受け流します。
仕事に情は必要ですが、情があるからこそ非情にもならねばならぬ時があるのです。
アイドルとして体力等を鍛え続けていたちひろですが、それでも今回の件を含めたハードスケジュールをこなせるとは思いません。
いえ、乗り越えられるかもしれませんが、その後にかかる身体的負担はアイドル活動に影響を及ぼしかねません。
ちひろも私よりは若いですが20歳を越えており、シンデレラ・プロジェクトの娘達のように無理を回復できるだけの体力も無いでしょう。
「なんですか」
「どうして、そんなことを言うんですか!私達はユニットなんですよ!」
言いたいことはわかります。私も同じことを言われたら、似たようなことを言うでしょうから。
ですが、それでも私はここでちひろに無理をさせたくないのです。
デビューして間もない頃に無理な営業をしてしまい潰れてしまったアイドルたちは何人もいます。ちひろにそれと同じ運命を辿らせるわけにはいきません。
「だからこそ、ここで無理をしてはいけません」
「無理なんかじゃありません!私はいけます!」
「あの、御二人とも落ち着いて」
私達の口論は次第にヒートアップしていき、今回の依頼を持ってきた義妹候補ちゃんもあたふたしています。
しかし、そんな中で武内Pは止めるでもなく部屋を出て行ったきり戻ってきません。
無口な車輪と化してしまった武内Pですが、こういったことから逃げたりするような性格ではないとわかっていますから心配はしていないのですが、何をしているのでしょうか。
「せめて、1日くらい休息日が無いと無茶です」
「私だってアイドルです!多少の無茶は承知の上です!」
「ちひろ、貴女の身体が心配なんですよ」
「もっと私を信頼してくださいよ!この分からず屋!」
どうして、ちひろはこうも強情になるのでしょう。
相棒としてこれ以上無いくらい信頼しているからこそ、単独での仕事も任せているというのに。
私の何処にちひろを信頼していないととられてしまう言動があったのでしょうか。思い返してみても、思い当たる節はありません。
「席を外してしまい、申し訳ありません」
部屋の空気がぎすぎすと悪くなり続けているとようやく武内Pが戻ってきました。
その手にはスマートフォンが握られていますから何処かに連絡を取っていたのでしょうか。
「映画撮影のスケジュールを少し動かしていただきました。これで、御二人揃ってこのイベントに参加することができます」
「‥‥わお」
全く無茶な事をしてくれますね。
今回の特撮映画は私達の役は次回作の宣伝等を含めた大切なものではありますが、それでも端役にしか過ぎないのですから下手をすると外されてもおかしくない交渉でしたでしょうに。
特に私達の演じる○イダーは、5人全員が主役ですから2人欠けたところで撮影には影響は少ないのです。
それを押し通してしまうとは、相変わらず呆れるほどに有能です。
「七実さん」
「はいはい、わかりました。一緒に頑張りましょう」
「はい!」
ここまで状況を整えられてしまったら断る理由はありませんから了承すると、ちひろは満面の笑みを浮かべます。
アイドルになってから更に華やかさの増したその笑顔は、思わず見蕩れてしまいそうになるくらい美しいものでした。
武内Pもその笑顔を見て、満足そうに頷いています。
「一時はどうなるかと思いましたが、流石は私の義兄となる方ですね」
「は?」
義妹候補ちゃんの一言によって、せっかく和やかになっていた部屋の空気が氷点下まで落ち込みました。
義兄ということは、義妹候補ちゃんが義妹となり私と武内Pがいわゆる夫婦関係になるという事でしょうか。
私と武内Pはそんな関係になる可能性なんて、これっぽっちも無い0%に近い確率なのですが、義妹候補ちゃんは何を血迷ってそんなことを口走ったのでしょう。
正直、ちひろの表情を確認するのが恐ろしいです。
「どういうことですか、七実さん」
「私に聞かれても困ります」
「あれ、違ったんですか?七花が『姉ちゃんが男とあんなに親しくするなんて珍しい。もしかしたらあの人、俺の義兄になるかもしれないな』って」
「七花!!」
誤解の原因は身内でした。
確かに武内Pは他の異性に比べて親しいほうであるということは否定しません。しかしそれは、プロデューサーとアイドル、後輩と先輩の関係であるからであり、それ以上の意味は一切無いのです。
「その‥‥光栄です」
「へぇ‥‥光栄なんですね」
ああ、面倒くさい方向に進んでる。
武内Pは私が親しくしていることについて光栄であると言ったのに、きっとちひろの中では親族に義兄として認められたことについて光栄だと言ったのだと思いこんでいるのでしょう。
言葉足らずなところが、こんなところで更なる誤解を呼ぶとは。
もう面倒くさいから逃げても構いませんよね。
「あの千川さん?」
「なぁに、武内くん?」
万夫不当、丁々発止、逃げるが勝ち
誕生日だというのに、どうしてこうも平和に過ごせないのでしょうか。
○
「「「「「七実さん(姉ちゃん)(
クラッカーが鳴らされ、シンデレラ・プロジェクト+武内P,ちひろ,七花,義妹候補ちゃんの皆から祝いの言葉が送られます。
瑞樹達は仕事があるそうでこの場には来られないそうですが、夜までには終わらせるそうなので妖精社に絶対に来るようにと命令されました。
そこまで無理をし無くてもいいのですが、それを言うのは無粋でしょう。
とりあえず今は、この場に集中しないと皆に失礼です。
目の前には三村さん特製のケーキや、新田さんや諸星さん、多田さん、カリーニナさんが作った軽食達が広がっており、どれも美味しそうで目移りしてしまいます。
「ありがとうございます」
正直あまりというか、全然嬉しくないのですが。
こうやって祝わってくれる人がいるということは幸せなことですからお礼をいいます。
「これ、何日も前から皆で準備してたんですよ」
「そうですか」
全員レッスンやらやることが色々とあって大変だったでしょうに。特に島村さん達は、ライブ出演のため忙しいはずです。
年齢を重ねることは嫌ですが、それでもこうやって人の優しさは心に深く、あたたかく染み込んでくるようで擽ったくも心地よい不思議な感覚です。
「みなさん、本日は私の為にこのようなパーティを開いてくださり、ありがとうございます。今日は皆で楽しみましょう、乾杯!」
「「「「「「乾杯!!」」」」」」
私の音頭でグラスが打ち合わされ、高い音を響き渡らせます。まだ昼間である為アルコール類を飲むことができないので炭酸飲料ですが、私は酔うことができませんから別に構いません。
さて色々ありますが、どれから手をつけましょうか。
王道にケーキと行きたい所ではありますが、ポテトやから揚げなどの温かい物もありますし、これらが冷めてしまうのはあまりにも忍びないです。
「
どれから食べたものかと頭を悩ませているとカリーニナさんがやってきました。
その手には何だか不思議な香りがする茶色がかったスープが持たれています。
何でしょうかあのスープは、香りを頼りに私の記憶を総当りしてみても合致するものはありません。
「それは」
「アーニャ特製ボルシチです♪」
違います。私の記憶にあるボルシチはこんな不思議な香りを漂わせたりしません。
ボルシチというのは鮮やかな深紅色をしたたまねぎや人参、キャベツ、牛肉等を炒めてから煮込んで作るスープで、サワークリームを混ぜて食べるウクライナ料理です。
多少のアレンジがされることは手作り料理では良くある事ですが、これはその多少のアレンジというものの範疇を越えており一応サワークリームは添えられていますが、もはやオリジナルの煮込みスープ料理といったほうが良いでしょう。
私の中の動物的な勘が、盛大な警鐘を鳴らしています。しかし、ここでの撤退はカリーニナさんを哀しませてしまうため、その選択肢をとる事を私の魂が否定しています。
「特製ですか」
『
「そうなんですか」
香りが記憶にあるものと合致しないからとして、つい危険と判断してしまいましたが、そんなあたたかな家族の思い出の詰まった料理をそんな風に思うなんて私は何と愚かなのでしょうか。
カリーニナさんからボルシチの入った器とスプーンを受け取ります。
家族の思い出が詰まった料理、それを私の誕生日を祝うために作ってくれたカリーニナさんの思い、これを無碍にできる人間がいるでしょうか。
いたら、私の前に立ちなさい。修正してあげますから。
「パパが北海道を離れてお仕事をしていると、ママはいつもパパを責めていました。ですが、それでもママはパパが帰ってくるといつもこのボルシチを出してあげていました。
そしてパパはこのボルシチを『美味い』といって食べてました」
「いい思い出ですね」
「ねえ、アーニャちゃん。みくも1杯貰っていいかな?」
カリーニナ家の心温まる話に近くにいた前川さんにも届いていたようで、優しい表情でそう言いました。
『勿論』「いっぱいありますから、たくさん食べてください」
そう言ってカリーニナさんは嬉しそうに鍋の方へと戻っていきます。
いい話が聞けて心が満たされましたし、今度はこのボルシチでお腹を満たさせてもらいましょうか。
スプーンで掬い、口に運びます。
口に含んだ瞬間に、なんとも形容しがたい甘味が広がりました。何でしょうか、この味は記憶のなかをどれだけ漁っても似たようなものをあげることができない未知の味です。
不味いという訳ではありませんが、美味しいと絶賛できる味でもありません。
しかし、ここで複雑な表情を浮かべてしまえば、カリーニナさんを哀しませ、そして聞いた暖かな思い出すらも汚してしまいます。
チートで表情を笑顔で固定して、無心で食べ進めます。
最初の一口ではわかりませんでしたが、このボルシチには西洋料理にあるはずの無い和のテイストが隠れていますね。
この味は、まさか味噌ですか。
ボルシチに味噌を混ぜようという暴挙に、どういった思考過程を経てカリーニナ家の母親は行き着いたのでしょうか。
そしてそれと同時に、この舌に広がる甘みとこのボルシチを深紅ではなく茶色に染めあげているものの正体も判明しました。恐らくココアです。
「そんなに美味しいんですか?」
私が笑顔で食べ進めているのをみて前川さんがそう尋ねてきました。
正直、今一番困る質問なのですが、どう答えたものでしょうか。
本当のことを言って心構えを作らせてあげるのもいいですが、それがカリーニナさんの耳に入る可能性があるのであまり取りたくありません。
ここはずるい大人らしい対応を取らせてもらいましょう。
「あたたかい味が、舌に染み渡るようです」
秘技 玉虫色の回答。
聞いた人次第でどのようにも取ることができるこの技は、嫌いなものが出されたりする食レポ等で重宝するアイドル必須の技能といえるでしょう。
ただし、この技の効果を十全に発揮するには心とはまったく違う表情を作り出すことができる技と併用しなければ効果は半減してしまいます。
その点、私は見稽古でこれらを習得していますから全く問題ありません。
「それって」
「ミク、お待たせしました」
私の回答の意味を知る前に前川さんにこのボルシチが届けられました。
早く食べてと急かすカリーニナさんの視線に前川さんはとりあえず一口食べます。
瞬間、前川さんの表情が強張りますが、カリーニナさんが見ていることに気がつき、すぐさま若干無理矢理感のある笑顔を浮かべました。
「どうですか?」
「ボルシチって食べたことなかったんだけど、なかなか癖になりそうな味だね」
「気に入ってくれたようで何よりです。いっぱいありますからどんどん食べてください」
カリーニナさんが指差す先には小さめではありますが、10人分くらいの量が入りそうな鍋が置かれいます。
このボルシチが入っていると知っているからでしょうか、ケーキや他の軽食たちの中で際立つ異様な雰囲気を纏っているような気がします。
恐らくは見間違いなのでしょが、人間の先入観というものは恐ろしいですね。
「「‥‥」」
私と前川さんは互いに視線を合わせ、頷きます。
言葉を交わさずとも、同じ強い思いを抱いた時には互いの意志は伝わるものです。
そんな私達の決意を、コーンパイプがトレードマークな連合国軍最高司令官総司令部を務めた陸軍元帥の名言を改変して述べさせてもらうなら。
『ボルシチを恐れぬ者だけが笑顔を守れる』
ボルシチは、七花にも強制的に協力させ何とか被害を最小限にとどめることができました。
ああ、私の誕生日はこれからどうなるのでしょうか。