チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~ 作:被る幸
NGメンバーの登場は、後編からとなりますのでご了承ください。
どうも、私を見ているであろう皆様。
先日の秘境温泉宿の温泉や絶品料理を堪能して身も心もリフレッシュすることができました。
チートボディは疲れ知らずで何の問題もないと思っていたのですが、こうしてリフレッシュされてみると想像以上に疲労が蓄積されていたことがわかります。
身体が新しいものに入れ替わってしまったかのような爽快感があり、今なら竜巻旋風脚とかの物理法則を無視した技ですらできてしまいそうですよ。
しかし、無自覚で疲労を溜め込んでいたとは、今度からは気をつけなければいけませんね。
気づかずに溜め込みすぎて破裂してしまったら、いくらこのチートボディとはいえ無事で済むとは限りませんし。
まあ、そんなことには早々なったりしないでしょうが。
とりあえず、今は仕事が捗って仕方がありません。
それに今日は、遅れていたシンデレラ・プロジェクトの二次募集メンバーである島村さん、本田さん、渋谷さんがやってくる日です。
つまりは本日この日が、シンデレラ・プロジェクトの始動日となるのです。
これが興奮せずにいられるでしょうか。いや、いられません。
「おい、誰かちひろさん呼んで来い!」
「ちひろさんは武内と一緒に二次メンバーの対応中だろ!邪魔したらとんでもない事になるぞ!」
「なら、CPのメンバーだ!誰でもいいから呼んで来い!!
じゃないと、あの人アイドル部門の事務仕事全部1人で片付けちまうぞ!」
「やばいぞ、これじゃ俺達給料泥棒だ」
部下達がなにやら騒がしいですが、私は気にせず仕事を片付けていきます。
今日程この係長業務が楽しいと思ったのは初めてかもしれません。
「係長、お菓子いかがですか!?この間、売り込みに行った明○から新商品の試食品をいただいてきたんですよ」
「後でいただきますから、冷蔵庫にでもしまっておいてください」
「そ、そうですか‥‥」
新商品とやらは気になりますが、今はこの仕事たちを片付けるほうが先決です。
そういえば、シンデレラ・プロジェクトの関東勢の1人三村さんは甘い物が好きで、お菓子作りとかが趣味でしたね。
何度か作ってきたお菓子をいただいたことがありますが、人柄がよく現れた優しい味がしました。
クリームとかの量が市販のものより多めに入っているのも手作りならではの醍醐味というものでしょう。
一応アイドルの先輩としてはいつどんな仕事が舞い込んでくるのかわからないので、カロリー調整と体型維持には気をつけてもらいたいとは思いますが、その辺はトレーナー姉妹に任せておけば大丈夫でしょう。
今度お返しとして私も何か作ってきましょうか、チート能力を全開にすれば有名パティシエの行列スイーツですら完璧に再現できるでしょうし。
それを食べたときのみんなの表情を想像しただけで、ワクワクが止まりません。
「私達が出演する映画の資料は送られてきましたか」
「はい、先程データが届きましたので、共有フォルダに入れてあります」
愛機を操作し、共有フォルダを開き中身を確認して私達のメンバーの予定と照らし合わせて、仮のスケジュールを組み立てていきます。
夏公開予定なので、撮影自体は既に始まっているのですが私達の撮影は変身後のスーツの完成待ちなので、今月末ごろになるそうです。
映像の編集も考えたら余裕なんて全くないスケジュールになっており、編集技師等の裏方スタッフは
そんな過密スケジュールになるくらいなら、私達を次のライダーになんかにしなければよかったのにと思うのですが、どうしてそこまで拘るのか理解に苦しみます。
「係長、そろそろ休憩されては?」
「まだ、2時間程しか経っていませんが」
気力の充実している今なら半日近く仕事を続けていても大丈夫なのですが、心配されているのなら少し休憩を挟むべきでしょうか。
私がやるべき仕事は既に終わらせてありますから、丁度いいのかもしれません。
「失礼しまぁ~~す♪」
扉が開かれ、赤城さんが入ってきました。
天真爛漫で元気一杯な姿は見ているだけでその元気が分けてもらえるようで、自然に頬が緩んでしまいそうになりますね。
年齢も一回り以上はなれているので、妹や姪がいたらこんな感じなのでしょうか。
まあ、下手をすると娘でも通じそうなくらいに歳が離れていますが。
これ以上考えたら心の大事な部分が大きく削られていきそうなのでやめておきましょう。
「どうしました?午前中はレッスン後は、午後の宣材撮影まで特に予定は入れていなかったはずですが」
「あのね、かな子ちゃんがい~~っぱいクッキー焼いてきてくれたの!だから、みんなで食べようって!」
どうやら、お茶会へのお誘いのようです。
先輩アイドル且つ直属の上司でもある私がいたら皆が寛げないと思うのですが、ここで断ってしまうのも良くありませんね。
赤城さんのしょんぼり落ち込んだ顔なんて見たくありませんし、見てしまったら後味が悪いと言うレベルではありません。
とりあえず、行くだけ行って仕事とか理由を付けて速めに退散させてもらいましょう。
部下に少し抜ける事を言うと、喜んで送り出すように先ほどの新商品の試食品を赤城さんに渡してました。
彼らはいったいどれだけ私に仕事をさせたくないのでしょうか。
「あぁ~~もうっ、2人共速過ぎるにゃ!」
赤城さんと一緒にシンデレラ・プロジェクトのメンバーが集まっているレッスンルームへと移動しようとすると、追いかけてきたであろう前川さんが現れました。
体力に物をいわせて全力疾走する赤城さんを必死に追いかけてきたからか、トレードマークである白いネコミミがずれています。
「みくちゃん遅ぉ~~い」
「廊下は走っちゃダメにゃ!みりあちゃんは、ちっちゃいんだから、人とぶつかったら危ないにゃ!」
そう言って注意する前川さんはお姉さんという感じです。ずれたネコミミを直しながらなので、若干しまりませんが。
シンデレラ・プロジェクトのなかでも最初期からいるメンバーとしての自覚からか、前川さんは他のメンバーに対して結構世話を焼く場面が見られます。
カリーニナさんを初めとして、神崎さんや緒方さん、城ヶ崎妹さんに赤城さんと相性のいいメンバーが多く、誰とでもユニットを組めそうな高い可能性を秘めており、誰と組ませるかで悩んでしまいそうです。
後、その注意は何度も廊下を全力疾走している私にも効果がありました。
一応、チートで気配を探って誰かとぶつかったり、驚かせてしまわないように注意は払っていましたが、今後は幼い赤城さんの見本となれる大人にならなければなりませんから気をつけましょう。
「あれ、莉嘉ちゃんは?」
「珍しい虫を見つけたって、中庭の方に行ったよ」
「もうっ、アレだけ1人でうろちょろしちゃダメって言ったのに!」
どうやら、赤城さんと一緒に城ヶ崎妹さんもこの部屋を目指していたようですが、他に興味を引かれることを見つけてしまい脱線してしまったようです。
中学生くらいになると虫とかに対して嫌悪感が強まる傾向が高いのですが、どうやら城ヶ崎妹さんはその例外のようですね。
本人も自己紹介の時にカブトムシとか大好きと言っていましたし。
私も悲鳴とかをあげるほど嫌いなわけではありませんが、関わらなくて済むのなら関わりたくありません。
害虫やら、私に危害を加えようとする場合にはそれ相応の対応は取らせてもらいますが。
「とりあえず、探しに行きましょうか」
「はい」
「はぁ~~い」
ここでああだ、こうだといっていても仕方ないので行動へと移します。
中庭の方には結構背の高い桜の木とかが植えられていますから、それに登って落ちたりしたら大怪我の可能性もありますから。
「じゃあ、誰が一番最初に莉嘉ちゃんを見つけるか競争だね♪」
「させないにゃ!」
再び駆け出そうとした赤城さんの行動を先読みしたかのように、前川さんがその小さな身体を抱えあげました。
身長差がある為、抱えあげられると赤城さんの足は地面から完全に離れ宙を蹴り、前へと進むための推進力を生み出すことができません。
「おろしてぇ~~」
最初はきょとんとしていた赤城さんでしたが、自分が抱えあげられていると理解すると、そのままジタバタと抵抗するようにもがき始めました。
子供のように宙に浮いた足をパタパタさせる姿は、微笑ましくて見ていてとても和みます。
部下達も同じ気持ちのようで、全員が頬をだらしなく緩ませています。
「もう、暴れちゃダメにゃ!」
「みくちゃんのイジワルぅ!」
「みりあちゃんが、走ろうとするからにゃ!」
完全に姉妹ですね。
元気いっぱいで遊びたい妹とそんな妹に振り回されるしっかり者の姉。
年少組のユニット構成には武内Pも少し悩んでいるようでしたし、いっそのこと前川さんに任せてみるのもいいかもしれません。
カリーニナさんとの組み合わせも捨てがたいですが、赤城さんとのこの微笑ましい組み合わせもなかなか良さそうで心惹かれます。
とりあえず、2人を止めましょう。一応ここは仕事場ですから、微笑ましい騒がしさもいいですが緊張感も必要ですから。
「落ち着いてください。一応、私の部下が仕事中ですので」
「すみません、気をつけます」
「ごめんなさい」
私が注意すると2人共騒いでいたのをピタリと止め、すぐさま謝ってきました。
そこまで強くきつく言ったつもりはなかったのですが、そんなに私は無意識的に恐ろしいオーラでも出していたのでしょうか。
確かに最近は色々とあり、少々気が立っていることもありましたが、それが身体に染み付いてしまったのかもしれません。
だとしたら、これは全て昼行灯の所為ですね。今度懲らしめておきましょう。
「3人で一緒に捜しに行きましょう」
「はい!」
「はぁ~~い♪」
できるだけ、穏やかで優しい雰囲気を作りつつ提案すると2人も賛同してくれました。
仕事場から出ようとすると、左手が小さくあたたかいものに包まれます。
「ねぇねぇ、早く行こう!」
その正体は赤城さんの手であり、その子供特有のやわらかさを残した小さな手は、守ってあげなければ容易に壊れてしまいそうな儚さがありました。
恐れなんて一切見られない曇りなき笑顔は、面倒で不条理が多い社会のなかで荒みがちな心に優しく染み渡るようで、ぽかぽかとした陽気な気分になります。
いくら元ネタがゲームの2次元世界だとはいえ、天使のような少女が多すぎるような気がします。
これが神様転生した特典のご都合主義という奴なのでしょうか。それとも、この世界が前世よりも優しさと思いやりに溢れているだけなのでしょうか。
どちらにせよ、私が関わるアイドル候補生の少女たちは天使だという事は確かです。
「ほら、みくちゃんは反対側♪」
「わ、わかったにゃ‥‥失礼します」
赤城さんがそう促すと右手もあたたかいものに包まれました。
右側を見ると前川さんは顔を真っ赤にして照れているようでした。
笑顔で元気一杯な赤城さんもいいですが、こうして恥ずかしそうにする前川さんも素晴らしいです。
「なあ‥‥尊いな」
「‥‥そうっすね」
部下達が何か言っていますが、気にせず城ヶ崎妹さんを探しに行く事にしましょう。
「じゃあ、しゅっぱ~~つ!」
「アイアイ、マム」
「‥‥繋いじゃった。七実さまと手を繋いじゃった」
身長差のある私達でしたが、歩き出すと自然と一番小さい赤城さんの歩調に合わせていきます。
移動中に他部署の職員と出くわすことが何度かありましたが、最初は若干険しさの残す表情をしていた全員が最後には笑みを浮かべていました。
自然と周りを笑顔にすることができる。きっとこれが赤城さんの強みなのでしょう。
見稽古ですら習得できないそれは、私の持つ数々のスキルよりも素晴らしく、尊いものに感じます。
「♪~~~、♪♪~~~~~~」
お願いシンデレラをハミングする赤城さんに釣られるように私も邪魔にならないようにそれに加わります。
私もハミングを始めると、真っ赤になって照れていた前川さんも参加し、ちょっとした合唱のようになり、廊下にエレベーターにと響き渡りました。
この優しい平和な時間が、いつまでも、いつまでも続きますように。
○
「あっ、莉嘉ちゃん見っけ!」
高い所から見渡して探した方が早いという前川さんの意見があったので、3階の廊下から城ヶ崎妹さんを探していたのですが、案の定桜の木の上にいました。
虫取りが好きなので木登りは得意とのことでしたが、今日は午後から宣材写真を撮る予定なのであまり擦り傷等をつくりそうなことは避けてほしいのが本音です。
ですが、それで個性を殺す事になってしまったら目も当てられないので、あまり強くは言えません。
アイドル戦国時代の昨今では、個性を殺した大量生産品のアイドルでは人気が長続きしません。
ファンの目も肥えたこともあるでしょうが、やはり個性を生かしたありのままの輝きには作られた輝きでは勝つことができないということなのでしょう。
「もう、莉嘉ちゃんはまた木登りなんかして!危ないから、あんまり高い木に登っちゃダメっていってるのに!」
「でも、木登りって楽しいよ?」
「でも、危ないの!」
しかし、どうしましょうか。
ここから大声で注意して意識が逸れてしまい落ちてしまう可能性もありますし。かといって、このまま降りてくるのを待つのも心臓によろしくないですし。
城ヶ崎妹さんがいるのは、連絡通路の丁度真ん中に位置する桜の木の上ですから、行けますね。
連絡通路の真上に位置する窓のところまで移動します。
ここの窓のみ連絡通路の上の清掃を行うために他の窓より大きく開けるようになっているのです。
勿論、普段はそこまで開いたりしないように鍵でロックはされているのですが、簡単なピンシリンダー型のものなのでポケットに入っていたクリップとチート技能を使えば1分も掛からず解除できました。
窓をあけ、サッシを乗り越え連絡通路の上を駆け抜け、城ヶ崎妹さんの登っている桜の木に向かって跳びます。
チートボディの筋肉の所為で一般的な女性よりも体重がある為、重量と衝撃で城ヶ崎妹さんの乗っている枝が折れてしまわないようにチート技能で極限までそれらを殺して、音もなくなるべく幹に近い部分に着地します。
連絡通路にいる誰かに向かって手を振っていて私には気が付いていないようなので、驚かせて落ちてしまわないようにしっかりと抱えて再び跳びます。
「ふぇ?」
狭く不安定な桜の枝を蹴って得た推力では、城ヶ崎妹さんを抱えたまま再び連絡通路の上に戻ることはできませんので、素直に地面に着地します。
私1人なら余裕なのですが、無茶をして怪我なんてさせてしまっては本末転倒ですから。
ゆっくり地面に立たせると城ヶ崎妹さんは、少しの間放心していたようですがすぐに正気に戻りました。
「す、すっご~~い!!なになに、なに!?今、何が起きたの!?」
「城ヶ崎さん、あまり高い木に登ってはダメですよ」
「あっ、七実さまだ!じゃあ、今のは七実さまがしたの!
バッときて、ヒュンってなって、すごかった!ねえねえ、もう一回やって!お願い!」
どうやら、正気に戻ったらさっきの出来事に対しての興奮が溢れてきたのか、こちらの話が聞こえていないようです。
どう宥めたものかと思案していると、カリーニナさんが走ってやってきました。
陸上か何かをやっていたのか、乱れのない綺麗なフォームをしておりなかなかの鍛え上げられた素晴らしいスプリントです。
歳も近いですから城ヶ崎妹さんを宥めるのを手伝って欲しいのですが、シンデレラ・プロジェクトのフリーダム枠のカリーニナさんにそれは期待できそうにありません。
「ダメですよ。リカ」
「ええ~~、なんでなんでぇ!」
ちゃんと注意するような言葉が出たことにびっくりしながら、心の中で勝手に決め付けていた事に対して謝罪します。
カリーニナさんは、忍者系のことになるとフリーダムではありますが、基本的には控えめで周りの事をちゃんと見ている可愛らしい少女なのです。
変な先入観を持ったりせず、もっとちゃんと見てあげないといけませんね。
「次は、私です」
「あっ、そっか順番だね!」
ああ、やっぱりカリーニナさんはフリーダムでしたよ。
子供らしく目を輝かせて、早く早くと催促するような視線を向けてきます。
城ヶ崎妹さんもそれで納得しないで欲しいのですが、楽しいことを見つけたこのくらいの世代の子供に何を言っても無駄でしょう。
「‥‥しませんからね」
『何故ですか、
私がそう告げるとカリーニナさんは、驚愕の表情を浮かべ掴みかかってきました。
揺さぶろうと押したり引いたりするのですが、歳相応の筋力しかない細腕では人類の到達点を動かすことはできず、事務員服を引っ張ったり押したりするだけに終わります。
日本語の語彙数が少ないためか、どうやら興奮したりするとロシア語のほうが出てしまうようです。
これは、個性としていい感じの強みになるかもしれません。
『興奮しすぎです。ロシア語になってますよ』
『そんなことは、どうでもいいんです!!何故ですか、答えてください!!』
「もうっ!2人共、日本語しゃべってよ!わたし、全然わかんない!!」
もう、やってあげたほうが上手く纏まるのではないかという思いもしてきました。
しかし、そうすると絶対に芋蔓式に希望者が増えて面倒くさい事になるのが目に見えています。
カリーニナさんの目は、捨てられそうになった子犬のようで儚げで哀愁が漂っていて、やってあげない私が大罪人のような気すらしてきます。
カリーニナさんの叫びを聞いて、中庭周辺にいた人達が集まりつつありますし、決断は早くしないといけません。
本当に、どうするべきでしょうか。
「ナナミ‥‥『お願い』です」
ここで、ニンジャマスター呼びじゃなくて名前呼びは卑怯でしょう。
狙ってやったのではないのなら天性の小悪魔気質を持ち合わせているに違いありません。
一度、天を仰ぎ見ます。雲の少ない陽光が降り注ぐ空は、今の私の悩みがちっぽけなものだと教えてくれているようです。
溜息をついた後、事務員服を掴んでいるカリーニナさんの手を解き、一瞬で体勢を入れ替えて背負います。
「しっかり掴まっておいてください。後、口を閉じないと舌噛みますからね」
『‥‥はい!』
嬉しそうなカリーニナさんの返事を聞き確認したので、目測で簡単に最適コースを割り出した後、少し移動して助走距離をとり先程城ヶ崎妹さんが登っていた桜の木へと走り出しました。
数歩で現在の服装で出せる最高速度へと到達し、そのままの勢いで手を使わずに太い幹を駆け上がります。
事務員服がスカートでなく、ズボンタイプであればもっと速度が出せるので楽なのですが、こればかりは仕方ありません。
万有引力によって運動エネルギーが奪いきられてしまう前に、城ヶ崎妹さんが腰掛けていた枝に辿り着き、そこから連絡通路に向かって更に跳びます。
やはり十分な推進力が得られないためそのまま連絡通路に着地することはできませんでしたが、空中で体勢を変えアーチ状になっている部分の上部を蹴り、その反動を利用して身体を捻ってそのまま着地しました。
最近はあまりしていませんが、学生時代はパルクールも少し齧っていましたのでチートボディを使えば、これくらいは朝飯前です。
「満足しましたか?」
「‥‥もう一回、ダメですか?」
「ダメです」
もう一度してほしいとリクエストしてきましたが、私は聞く耳持たずカリーニナさんを降ろします。
どんな形であれ1回は1回ですから、これでお終いです。
「すっご~~い!次は、わたしの番だからね!!」
「その次は、また私です」
本人不在の話し合いで勝手に2順目が確定しているようですが、これはやってあげないといけない流れでしょうか。
私の体力は大丈夫なのですが、何度もやったりすると桜の木の方が心配になってきます。
枝等を傷つけてしまわないように注意は払ってはいますが、それでも何度も衝撃を与えていると成長への悪影響は避けられないでしょう。
これだけの大きさまで成長するには相応の時間が掛かっているはずですから、それを娯楽の為に壊してしまうのはよろしくないです。
「莉嘉ちゃん!アーニャちゃん!」
どうやら、3階に置いてけぼりにしてしまった前川さん達が追いついてきたようですね。
2人の説得は前川さんに丸投げして、さっさとこの場から引き上げてしまいましょう。
集まってきた他の社員達の視線等が突き刺さってくるような気がして、居た堪れないのです。
自分で招いた結果というのは重々承知はしているのですが、それでも逃げ出したいと思ってしまうのです。
「さすがは七実さまです」
「ああ、来期のライダーは安泰だな」
「安泰?覇権間違い無しだろ、常識的に考えて」
ああ、目立ってる。目立ってしまっています。
アイドルなんて目立って何ぼの職業ではありますが、それでもやはりこういった生暖かいようななんともいえない視線にさらされるのは落ち着きません。
チート能力の乱用はしたくないのですが、ステルスを使わざるを得ないかもしれませんね。
「わたしもやりたぁ~~い♪」
「じゃあ、みりあちゃんが先だね」
『
前川さんと一緒にやってきた赤城さんが、私の元に駆け寄り上目遣いでお願いしてきます。
カリーニナさんのお願いを受け入れてしまった以上、シンデレラ・プロジェクト最年少の赤城さんのお願いを聞いてあげないという選択肢はありませんでした。
「もう、3人とも我が儘言っちゃダメにゃ!」
「え~~、だってすっごいんだよ!バッときて、カカッて駆け抜けて!!」
「みくも経験すべきです!立派なネコニンジャになれるように!」
「もう、落ち着くにゃ!」
あっ、これ赤城さんだけではなく前川さんにもやってあげなければいけなくなる流れですね。
とりあえず、早く早くとせがむ赤城さんを背負い、助走距離をとり先程とは違う桜の木へと駆け出します。
やるからには全力でやらなければ観客や赤城さんに申し訳ありません。
桜の木の手前で跳び、太い幹を蹴って三角跳びの要領で連絡通路へと跳びます。空中で体勢を変え、再び連絡通路の外壁を蹴り、その反動を利用して空中で1回転して着地します。
その瞬間、増え続けるギャラリーたちから割れんばかりの拍手が送られました。
『
「ねえねえ、みくちゃん。ハラショーって、どういう意味?」
「ロシア語で感動した時とか素晴らしいって褒めたりする時に使う言葉にゃ」
「そうなんだ‥‥じゃあ、わたしもつ~~かお。ハラショ~~♪」
前川さん、ちゃっかりロシア語の勉強もしているみたいですね。高校生ではロシア語なんて使う機会なんてないでしょうに。
今度、勉強を見てあげましょうか。一応、学生時代にロシア語検定は第4レベルまでとっていますし。
隠れて努力している前川さんのいじらしさに萌えつつ、この状況をどう打開すれば言いか考えを巡らせます。
「「「七実さま、七実殿、係長、代行、部長代行殿!!」」」
一部カリーニナさん以上にヒートアップしている人達がいるのですが、もしかしてアレは私のファンなのでしょうか。そうだと認めたくない私がいるのですが、否定するのは不可能でしょうね。
後、最後の部長代行って、そんな役職に就任した覚えは全くありませんし、就任する気もありません。
どうして私のファンになる人たちは、どこかねじが吹っ飛んでいたりと一癖も二癖もある人たちばかりが集まるのでしょうか。
自業自得、思案投首、穴があったら入りたい
この状況ほど平和と程遠い場面は、早々ないでしょう。
○
疲れた時には甘い物でしょう。
甘さは感じるだけで嬉しい気持ちにしてくれますから、嫌な事も忘れさせてくれます。
あの面倒くさい事この上ない状況から何とか解放された私は、ようやく当初の目的だったシンデレラ・プロジェクト1次メンバー達のお茶会が開かれているレッスンルームへと辿り着きました。
まさか、前川さんも含めて2順する破目になるとは思いませんでしたよ。
まあ、それは置いておき、今はこの三村さんお手製のクッキーを食べて荒んだ心を癒しましょう。
バターの風味が香るしっかりとした甘みを感じさせてくれる生地に、少しだけ多めに練りこまれたチョコチップの歯ごたえと程好い苦味が心地よいです。
趣味で作ったとは思えない程の高いクオリティに豊富な種類、これなら飽きることなくいくらでも食べられるでしょう。
「美味しいです」
「よかったぁ‥‥ちひろさんから七実さんはお菓子作りもプロ級だって聞いてたから、緊張してたんです」
「そんな大袈裟な」
ちひろめ、確かに見稽古のお蔭でプロのスキルを悉く吸収していますが、もう少し控えめに伝えてくれてもいいではないのでしょうか。
只でさえ、私は人から距離をおかれやすいタイプなのですから、あんまり先入観を作ってしまうようなことは言わないでほしいですね。
きっとちひろ的にはそんなつもりなんて一切なく、只単に相方の私を自慢しただけなのでしょうが。
次にココアクッキーに手を伸ばします。
ココアが混ぜ込んである事で先程のものより甘さが控えられていて、甘味の中にしっかりとした苦味があり、アクセントして混ぜ込まれたナッツが歯を楽しませてくれます。
難点としては、気をつけて食べないとナッツが歯の間に挟まってしまって、アイドルとしてあるまじき行動を取らざるを得ない状況になってしまうことぐらいでしょう。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
「い、いえ、どういたしまして」
紅茶の入ったカップを受け取り、礼を言うと緒方さんははにかみながら嬉しそうにそう返してくれました。
クッキーに口のなかの水分を奪われつつあったところでしたし、冷めて香りとかが飛んでしまわないうちに飲んでしまいましょう。
口に含むと広がる特有のマスカテルフレーバーと爽やかではありますが芳醇な味わい、恐らくダージリンの
紅茶はあまり飲まないので自信はありませんが、これほど特徴が揃っていれば間違いはないと思います。
きちんと茶葉から淹れられたからでしょうか、今まで飲んできた紅茶とは一線を画する味わいで、何故イギリス人達がああもティータイムを重要視するのかもわかるような気がします。
「智絵里ちゃん、この紅茶美味しいにぃ☆」
「本当に、美味しいわ。今度、淹れ方教えてね」
「は、はい」
美味しいクッキーに美味しい紅茶、優しく可愛いシンデレラ・プロジェクトのメンバー達。
今この場に、これ以上のものは必要ありません。天国というものは、意外に身近にあったのかもしれませんね。
「うぅ‥‥我は、甘美なる秘薬と純白の雫を求む(あの‥‥お砂糖とミルクをください)」
「ストレートはわたしにはちょっと早かったかも、お砂糖とミルクちょうだい」「わたしもぉ~~」
どうやら、神崎さんや城ヶ崎妹さん、赤城さんはストレートティーの味は苦手だったようです。
なれるとこの味がよくなってくるのですが、それを同じように求めるのは酷というものでしょう。
味覚も成熟しきっていなく、紅茶も飲み慣れていないでしょうから、ストレートよりもミルクティーにした方が飲み易くていいかもしれません。
「はい、どうぞ♪」
私が手を伸ばす前に諸星さんが、3人に砂糖とミルクが入った容器を渡しました。
初めて会った時も思ったのですが、私よりも頭1つくらい大きい年下がいるなんて思いもしませんでしたよ。
180cmを越えるであろう高い身長に、独特な言い回しの不思議な言葉、シンデレラ・プロジェクトにおいても神崎さんと並ぶくらいの個性の強い娘です。
その個性から変な先入観を持たれがちではありますが、実際に交流してみるとしっかりと周りの人のことを見ていて、笑顔を大切にしている心優しい母性溢れる少女でした。
「美味しぃクッキーに、美味しぃ紅茶でみんなハピハピで、きらりも嬉しぃに☆」
「まあ、たまにはクッキーもいいよね」
「杏ちゃん!寝たまま食べちゃダ~~メ!」
母性が強い諸星さんは、のんびりマイペースな双葉さんがお気に入りのようで、よく世話を焼いている光景が見られます。
身長や性格とかが正反対な凸凹コンビとしてユニットを組ませるのも悪くないように思えますが、この組み合わせは少々完成されすぎて発展性に欠けるような気がします。
言い方が悪いかもしれませんが、相手のことを理解している為にユニットを組ませても意外性というものが感じられないのです。
勿論それは悪い事ではないのですが、わざわざこのプロジェクトでユニット化する必要性も感じられません。
相性が良過ぎるというのも難点ですね。
「李衣菜ちゃん。みんなとお茶してるんだから、そのヘッドホンは外しましょ」
「でも、美波さん。これは、ロックの魂で‥‥」
「仲間を大切にするのもロックだと、私は思うけどなぁ」
「そ、そうかなぁ‥‥」
流石は新田さん、シンデレラ・プロジェクト最年長なだけあって扱いが上手いですね。
ロックという単語に対して極端に精神抵抗値が低い多田さんは、悩んでいる振りをしていながら実際はもう8割方外す方向に傾いています。
自称ロックなアイドルを目指しているそうですが、ロッカーとしてはまだまだ若葉マークが取れないレベルなのですが、つい虚勢を張ってしまい自爆することが多いのです。
ついつい背伸びをしたいお年頃というのは理解できるのですが、その様子はまるで菜々を見ているような何とも言えない気分になるので、もう少し素直に知らないと言う勇気を持つことをオススメします。
私もロックに関して詳しいわけではないですが、少なくとも多田さんが『にわか』ということくらいはわかりました。
ちなみに、私はチートによってプレスリーやジミヘン、クイーンとか色々再現できます。
今度時間がある時にギターの弾き方とかを教えてあげましょうか。
そんなことを考えながら、新しいクッキーに手を伸ばします。
軽く噛んだだけで容易に崩れてしまうバタークッキーは、バターの香りが口いっぱいに広がり、柔らかめの生地の甘さが実に王道的でこれぞクッキーという感じがして美味しいです。
食べる相手の事を思いやった優しくあたたかいこの味に、ダージリンの風味がよくマッチしていて本当に食べ飽きる気がしません。
カロリー消費の高いこのチートボディでなければ、どう誘惑を断ち切るべきか頭を悩ませる事になっていたでしょう。
「ええ、私はそう思うわ」
「そこまで言われて否定するのは、ロックじゃないよね」
「そうね」
乗せられていますよと忠告すべきか悩ましいところではありますが、新田さんも悪意があってやっている訳ではないので大丈夫でしょう。
テレビ局等の対応は私や武内Pが行いますので、そういった方面からの悪意は未然に防ぐことは可能ですから、この騙されやすさもテレビ受けする個性となるに違いありません。
しかし、騙されるだけというのは余程のリアクションを取れなければすぐに飽きられてしまいますから、ストッパーもしくはアドバイザー的な人と組ませるのがいいかもしれませんね。
今のところ第一候補としては新田さんですかね。多田さんの扱いも上手いみたいですし。
「さて、私はそろそろ仕事に戻ります」
30分も休憩しましたし、クッキーと紅茶で糖分補給と気力の補充もできましたから、付き添いが必要な宣材写真の撮影までにぱぱっと色々片付けてしまいましょう。
来週からは本格的なシンデレラ・プロジェクトのサポートとサンドリヨンとしての活動、映画の撮影、既存部門の候補生募集についての調整と忙しくなりますし、今日のうちに片付けられることは今日のうちにしておかなければ苦しむのは来週の私ですし。
「アーニャちゃん!」
『
立ち上がろうとした瞬間に隣に座っていた前川さんとカリーニナさんが挟撃を仕掛けてきました。
名前を呼んだだけでこれほどの動きができるコンビネーションの高さには驚きましたが、それでも私を捕らえるにはまだまだ未熟です。
掴もうと伸ばされた2人の手を掻い潜り、前川さんの背後へと回ります。
しかし、素人そのままの動きの前川さんと違いカリーニナさんの動きが意外にも隙が少なくて驚きました。きっと、何かしらの格闘技の経験があるのでしょう。
ロシアとのハーフですから、恐らくコマンドサンボあたりでしょうね。
もう少し鍛えたら私も手を使って捌く必要が出てくるかもしれません。
「みりあちゃん!」「リカ!」
「いっくよ~~♪」「おりゃぁ~~~!」
前川さんとカリーニナさんの次には赤城さんと城ヶ崎妹さんが襲い掛かってきました。
失敗を悟るや否や追撃を仕掛けるという判断は素晴らしいですが、それでも私には届きません。
これでも次期○イダーで主演とスーツアクターをするのですから、これくらいの展開を容易に抜けられなくては到底務まりません。
といいますか、どうしてこんな事になったのでしょう。
「きらりちゃん、智絵里ちゃん入口を塞いで」
「オッケ~~、任せるに♪」「は、はい!」
新田さんの指示によって諸星さんと緒方さんが出入り口を塞ぎに行きます。
すぐさま向かえば塞がれる前に出ることはできるでしょうが、神崎さんや三村さん、多田さんも加わって7人となった包囲網を傷つけずに抜けるのは少々骨が折れそうです。
「皆さん、落ち着きましょう」
これは、素直に白旗を挙げた方が得策かもしれません。
恐らく私を仕事に戻らせないようにしているのはちひろの差し金でしょうし、ここを無理に切り抜けて仕事をしなければならないわけでもありませんし。
ですが、やられっぱなしというのも性に合いませんから今度ちひろにグラビア系の仕事を振ってやりましょう。
趣味がコスプレなのに、何故か撮影系の仕事を苦手としていますから、今のうちに経験をつんでおいたほうがいいでしょうし。
仕返しができるついでに、ちひろの経験値を稼げる素晴らしい案ではないでしょうか。
ちひろには直前まで情報を隠しつつ武内Pと話を進めておきましょう。勿論、当日は武内Pには同行してもらう方向で。
「わかりました。もう少しここでゆっくりさせて貰います」
「本当ですか?」
「はい」
両手を挙げて降参しているというのに、警戒が解かれる様子がありません。
確かに私はワーカホリックではありますが、一度した約束を違えたりはしないのですが。
まあ、たまに忘れてしまうことはありますけど。
「アーニャちゃん、みくちゃん」
『
新田さんの指示によって前川さんとカリーニナさんが私の両腕を拘束して、座っていた場所まで誘導されます。
何だか凶悪犯になってしまった気分ですが、ここで抵抗してしまうともっと面倒な事になってしまうでしょうからされるがままにしましょう。
「渡係長はもっと休まないとダメですよ。私達の為というのはわかってますけど‥‥」
「みんな、心配します。お仕事は大事です、けどオーバーワークは『毒』です」
拘束している2人からの心配の言葉は、私の心に響きます。
そこまで接点が多いわけでも、付き合いが長いわけでもない、先輩アイドルで上司の私をここまで心配してくれる、その優しさが嬉しいのです。
誰かと仲良くなったり、心配するのには会った回数や時間は関係ないのでしょうね。
そう思うと皆の為とはいえ仕事ばかりを頑張り過ぎていたのは、自己満足でしかなかったのかもしれません。
今度ちひろにも心配をかけたことを謝っておきましょう。グラビアの仕事は回しますけど。
そんな私の気持ちをとある米国のハ-ドボイルド作家の言葉を少し改変して述べさせてもらうなら。
『仕事がなければ生きて行けない。優しくなければ、アイドルの資格がない』
さて、もう少し休んだら午後の宣材写真撮影の為に頑張りましょうか。