チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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番外編は全く進んでいない状態ですので、申し訳ありませんが当分投稿は無いと思います。

追記
本編の投稿は、細々と続けようと思います。


転生者を倦怠から救うのは、優しさよりもむしろ多忙である

どうも、私を見ているであろう皆様。

つい先日、義妹の最有力候補との顔合わせの際に何故か宣戦布告され、色々と勝負をする事になりました。

どうやら、七花の味覚の美味しいの基準が様々な有名シェフや料理人、パティシエを見稽古した私のもので固定されているため、よくわかりませんが苦労しているらしいです。

それで、料理やら体力やら様々なもので勝負したのですが、例え地方のお偉いさんのお嬢様で現役自衛官だったとしても神様転生したチートキャラに勝てるはずも無く、悉く返り討ちにしてあげました。

気骨があり、不屈の心を持った義妹候補は、私の作った数々の料理を涙を流しながら食べつつリベンジ宣言をしてきたので将来は有望そうです。

全力でぶつかり合ったお蔭か、険悪さなど一切感じさせないすがすがしい関係を築く事ができましたし、嫁小姑関係は良好にいけるかもしれません。

義妹候補がいない場所で七花に尋ねてみたのですが、満更ではなさそうですし年内には婚約報告が聞けるかもしれませんね。

まあ、その所為で母の私に対する目がより厳しいものとなりましたが。

 

 

「あんた、アイドルになったんだから芸能界でさっさと良い人見繕いなさいよ」

 

 

という、凡そデビューして間もない新人アイドルに対してするべきではない言葉を貰いました。

765の三浦 あずさじゃあるまいし『運命の人を求めて、芸能界に入りました』と言ったら、いくらこの世界の元ネタがゲーム等の二次元世界だったとしても鼻で笑われるでしょう。

あの発言は、ポンコツそうに見えて包容力があり頼りになる三浦 あずさにのみ許されるのだと思います。

しかし、そんな発言をしている彼女に運命の王子様が現れたという話は聞きませんので、つまりはそう言うことなのでしょう。

一時期は765プロを黄金時代へと導いた敏腕プロデューサーとの関係が噂された事もありましたが、悪徳記者やパパラッチが執拗に証拠を集めようとしても一切出てこなかったので、噂は噂でしかなったという結論が出ました。

私の個人的な知り合いの業界の人間達に聞いてみたところ、どうやらその敏腕プロデューサーは同じ事務所の事務員さんにお熱のようです。

なんでも大怪我したときに甲斐甲斐しくお世話されて、コロッといってしまったみたいですね。

当の事務員さんは、彼氏いない暦=年齢である事が災いしてか素晴らしい鈍感力を発揮しているらしく、敏腕プロデューサーが後輩達に愚痴をこぼしている姿の目撃情報が多々上がっています。

この世界の芸能事務所ではプロデューサーと同僚事務員の交際は、かなりのありがちなパターンであるようで結婚まで至ったケースも多いそうです。

そう考えると今はアイドルデビューしてしまいましたが、ちひろと武内Pもそうなるのでしょうか。

無自覚で馬鹿ップル空間を作り上げるくらいですから、そう遠くは無いでしょうね。

同じユニットを組む相方としてご祝儀は、弾むべきなのでしょうか。

 

とかなり話が脱線してしまいましたね。

そんなこんなで、色々とあった実家帰りを終え、月も変わったと言う事で心機一転した現在は新しく増えた係長業務を片付けている途中です。

チートを駆使した特別製のマシンを使っているので、部下達の倍以上の速さで仕事が片づいていきます。

係長業務といっても、以前とやっていることはあまり変わらず、ある程度の採決を自分で出来るようになり確認作業の手間が省けるだけ楽かもしれません。

仕事量自体も、部下達が自分達で判断して可能な範囲で処理してくれるので、裁決するだけでいいような場面も多々ある為事務員時代の3分の1程度です。

これなら現在のアイドル業と兼務しても問題なさそうですね。

今西部長は、判子を押すだけでいいとか言っていましたが、責任者となった以上はその責務に対して相応の行動を示す義務があるでしょう。

そうしなければ、部下達もついてきてはくれないでしょうし。

そう言うわけなので、仕事に戻りましょう。今日は夕方からロケの予定が入っていますし。

とりあえず、テレビ局からうちのアイドルに対して出演依頼が来ているものや近く開かれるオーディションのリストに目を通し、内容や出演者の確認、適当な人物候補を纏め、撮影日程と候補達のアイドルの方向性を精査、不利益が生じそうなリスクや罠の可能性の調査を部下に指示します。

アイドルの地位が高いこの芸能界、皆仲良くほのぼのとと言うわけにもいかず事務所同士の鎬の削り合いが、輝かしい舞台の裏で日夜繰り広げられているのです。

低ランクアイドルにわざと高ランクアイドルと競演させたりして心を折ったり、色々と仕込みそのアイドルが全力でパフォーマンスが行えないようにしたり、発言の意図を捻じ曲げるような偏向的な放送にしたり、権力を盾に枕を要求したりと黒い部分は残っており、あの日高 舞によってある程度は刈り取られたものの根絶は不可能でしょう。

人の欲求と言うものは決して無くなる物ではなく、また無くしてはならない物ですから。

それの善し悪しに関しては、その人物の心に従うしかなく。全ての人間が聖人のように、清廉潔白な善意の塊であるはずがありません。

しかし、アイドルに夢を見ている少女たちはそのことを殆ど知りません。

もしかしたら、自分が憧れるあの輝かしい世界にそんな汚い部分があるなんて信じたくなくて目や耳を堅く閉ざしているだけなのかもしれませんが、それではいいように扱われるだけです。

成人もしていない少女達の閉ざした目や耳を開かせ、残酷な現実を突きつけることは簡単でしょう。

しかし、そうして無理矢理現実を教え、絶望した少女達がアイドルに希望を持てるでしょうか。

アイドルというものは、人に笑顔や夢、希望を与えていく仕事です。そのアイドル自身に希望が無くては、それを見知らぬ誰かに与えるなんて、到底できません。

だからこそ、私達大人がその汚れた欲望の魔の手から少女達を守らねばなりません。

彼女たちが強く、逞しく、この遣る瀬無い現実を受け止めれるようになるまでは。

 

 

「係長、この前頼まれた秘境温泉ロケの裏取り終わりました。

特に問題はありませんが、現地確認してみたところ道程がやや険しく、山道を1時間弱歩く事になりそうです」

 

 

そんなことを考えると部下の1人が、テレビ局から依頼されてきた依頼の裏取りを終え、調査書を持ってきました。

撮影地は遠方だったはずなのですが、1週間以内で調査を終えるとは思いませんでした。

優秀な人物と言うのは、本当だったようです。昼行灯の言葉には半信半疑でしたので、これは素直に嬉しいです。

しかし、山道を1時間弱ですか。

この温泉ロケは対象年齢が高めであるため、未成年組の起用は難しいですね。

温泉好きの楓に振れれば楽なのですが、撮影日程中に別の仕事が重なってしまっているため無理ですし、笑えるバラエティ系ではなく真面目な旅番組系なので菜々のキャラは合いません。

単独ロケになるでしょうから、デビューしたばかりのちひろに任せてしまうには荷が重いでしょう。

というわけで、この仕事は瑞樹に振りましょう。

自分で若い子にはまだまだ負けないといっていますから、険しい山道も大丈夫でしょう。きっと。

 

 

「この仕事は瑞樹に振ります。なので、企画書を武内さんに渡してください」

 

 

企画書に許可印を押し、裏取り調査書をパソコンに打ち込んでおきます。

こういうのを纏めておけば、各テレビ局のプロデューサーの傾向等を把握する材料になりますし、最適な売込みが出来れば我が社の影響力も拡大し、更に回ってくる仕事も増えるでしょう。

シンデレラ・プロジェクトも進行しているので、後輩となるアイドル達が仕事の選択肢を少しでも増やせるように人脈等を開拓しておく必要があります。

それが出来るのは、元事務員現管理職アイドルである私にしか出来ない事でしょう。

 

 

「わかりました」

 

「渡しに行ったついでに、新規プロジェクトの進捗状況等の確認もお願いします。

今回の募集は全国区ですから、応募状況と書類選考の基準等は特に詳しくお願いします」

 

「はい、いってきます」

 

 

指示を出すと部下はいい笑顔でオフィスを飛び出していきました。

仕事に遣り甲斐と楽しさを感じているのでしょう。ああいった顔をする人間はいい仕事をしてくれるので、今後の成長が楽しみですね。

 

 

「係長、□映のプロデューサーから来期仮○ライダーの新シリーズの主役に是非アイドルを起用したいと企画書が、また送られてきましたけど」

 

 

入れ替わりで入ってきた部下その2が、頭痛の種を持ってきました。

正直、今すぐ破棄してくださいと言いたいところですが、管理者の好き嫌いで仕事を選ぶわけには行きませんし、私が却下したところで昼行灯たち上層部が乗り気であれば覆されるでしょうし。

今までの企画書は、仕事を掛け持ちになりやすいアイドル業では厳しい日程であり、脚本の方向性があまりにもダークな感じに寄っていたので何とか却下の方向に持っていけていましたが、そろそろ難しくなってきています。

アイドルの主役起用を諦めて、劇場版とかのゲスト枠にしてくれればいくらでも調整は利くのですが、何が□映のプロデューサーを駆り立てるのか知りませんが、脚本の方向性は変えてもそこだけは断固として譲ろうとしません。

その熱意に押されてか、うちの上層部も次第に乗り気になりつつありますし。

確かに、仮○ライダーシリーズの主役を獲得できれば、低年齢層のファンの大幅増加やが見込めたり、主題歌や挿入歌等の仕事も回ってきたり、関連商品等での利益も十分に見込めるため、上記のような条件さえクリアしてしまえばかなり魅力的な仕事なのです。

それだけ、歴史を重ねたテレビシリーズの主役のネームバリューの持つ影響力というものは大きいのでしょう。

この企画書の監督があの特撮を撮影した人物である時点で何となく察してはいましたが、個人的な願望に素直すぎるでしょう。

企画書には誰をとは明記されてはいませんが、『起用するアイドルのランクは問わない』や『スーツの調整については最大限配慮する』や『アクションシーンが多くなるため、体力のあるアイドルをお願いする』等の明らかに察しろと言う意志が見えています。

武内Pも『調整しましょうか?』とか聞いてきましたし。

 

 

「一応、目を通しておくのでこちらに回してください」

 

「わかりました。では、自分は新規開拓にいってきます」

 

「はい、今日は明△にアポを取っていますから遅れないように」

 

 

相手はうちよりも大企業ですから、遅刻なんてして先方を怒らせるようなことはしたくありません。

しかし、ここで好感触を得られればCMの仕事も増えますし、キャンペーンを企画すればファン層拡大と我が社の知名度向上に一役を買ってくれることでしょう。

いっそのことアイドルで、たけのこ・きのこ戦争をさせてみても面白いかもしれません。

所属アイドルの多さを活かしてたけのこ派ときのこ派で別のCMを製作し、期間限定特別ユニットの結成、そのユニット同士でミニライブバトル、製品にそのライブバトルへの応募券を付けて抽選制にすれば販売促進にもなりますし。

まあ、業務提携もしていない現状でそんなことを考えても仕方ありませんが、とりあえずいつでも使えるように案だけはまとめておきましょう。

しかし、思ったのですが、これって明らかに係長レベルの仕事じゃないような気がするのですが。

またあの昼行灯に嵌められたような気がしますが、証拠がないのでどうしようもありません。

全く、この有能さをもっと別の方向に使ってくれれば私も楽が出来るのですが、それは叶わぬ夢でしょう。

 

とりあえず、始まったばかりの係長業務。

優秀な部下達のお蔭で、今日も平和でお茶が美味しいです。

 

 

 

 

 

 

この世には、目には見えない闇の住人達がいます。

奴ら別に牙を向くわけでも、襲い掛かってくるわけでもありません。

彼女は、そんな奴らと私達を繋ぐために現れた。霊感系アイドル‥‥なのかもしれません。

 

 

「どう、したの‥‥?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 

頭の中でそんなモノローグを作っていると白坂ちゃんに心配されました。

確かに自分の方をじっと見られたまま、無言になられると誰だって同じ対応をとるでしょう。

現在、逢魔時であり魑魅魍魎が跋扈し出会いやすくなる禍々しい時間帯で。そして現在地は、都内から少し離れた場所にある心霊スポットとして有名な廃病院の玄関です。

こんな時間にこんな場所にいるのは撮影だからであり、そうでなければこんな場所に近づく事なんて絶対に無いでしょう。

 

 

『心霊スポットなのに何もいないねぇ』

 

 

時間帯の所為か『あの子』の方も元気いっぱいであり、不気味な雰囲気を漂わす廃病院内を気ままに飛び回っていました。

心霊スポットといっても実際に事件や事故が起きたりして閉鎖されたわけでなく、経営不振と役員の汚職がばれたことが原因なので、呪いや祟り等の心配の無いなんちゃって心霊スポットなのです。

最初は本格的なやばい心霊スポットを調査する予定だったらしいのですが、下調べに行った人間が謎の体調不良によって数日間寝込む事になったので却下となりました。

私としてはそんな危ない場所にアイドルを行かせようとするなと言いたいですね。

アイドルは身体が資本ですし、売り込めるときに売り込んでおく必要があるのです。こうして、私が白坂ちゃんと一緒にロケをしているのは、そういった理由もあります。

最近、ユニットを組んでいるはずなのにライブ以降ちひろと同じ仕事をした覚えがないのですが、大丈夫なのでしょうか。

世間でも『事務員アイドル(最強)と事務員アイドル(可愛い)』とか言われてますし、回ってくる仕事の方向性が180度違うので仕方ないのかもしれませんが、もう少しユニット活動を増やしたいのが本音です。

愚痴をこぼしても現実は変わりませんし、目の前の仕事の手を抜く事なんてしませんけど。

 

 

「あ、あの‥‥よろしく、お願いします‥‥」

 

『小梅、堅すぎるよ~~。もっとフランクにいったら~~?』

 

「で、でも‥‥年上だし‥‥わたし以外に、見える人って初めてだし‥‥緊張する‥‥」

 

『気にしなくてもいいのに。ねえ、なっちゃん?』

 

「そうですね。別にため口でも構いませんよ」

 

 

この幽霊らしからぬ元気溌溂な存在は、いつの間にか私の事をなっちゃん呼びしていますし。

他社やスタッフの人たちに対して失礼な態度をとったりしない限り、言葉遣いについて何か言うつもりはありません。

アイドルの中には、その不可思議な言動でキャラを作っている人もいますし、それがアイデンティティとなっているのであれば、それを矯正しようとするのはそのアイドルを殺す事になりますから。

流石に意思疎通が困難となるのであれば、少しは検討しますが。

芸能界なんて、他の世界とは違って実力さえあればある程度の横暴は許されますし。

伝説のアイドル日高 舞なんて、その実力の高さと圧倒的な支持率でテレビ局は勿論の事、政界にすら口を出すことができたなどという噂話も聞いたことがあります。

なので、先にデビューし346を代表するアイドルの1人である白坂ちゃんが私に遠慮する必要なんてないのです。

 

 

『ほらほら、こう言ってるし』

 

「それは‥‥流石に‥‥」

 

『何で、小梅は私と友達でしょ?私はなっちゃんと友達、なら小梅となっちゃんも友達じゃん』

 

「ええ~~‥‥」

 

 

なんでしょうね、その小学生的な発想は。まあ、外見小学生ですからおかしくはありませんが。

友達の友達は、友達だって言えるのは小学生くらいまでで、年齢を重ね、大人になり色々と柵が増えてくると友達の友達は無条件で信頼できる相手ではなく、ただの他人でしかありません。

いつからでしょうね。誰かを信じるより先に疑うようになってしまうようになったのは。

自分が薄汚れた大人になってしまったのをしみじみと実感し、少し気分が沈みます。

 

 

「無理しなくていいですよ」

 

 

輿水ちゃんの1件以来年少組から恐れられているのは理解していますし。

大人であれば感情を制御し本音と建前を上手く使い分けて苦手な相手とも付き合っていくのですが、人生経験が圧倒的に不足し感情に従って行動しがちな未成年に同じ事を求めるのは酷でしょう。

程よい距離感を維持し、これ以上嫌われて同じロケが出来なくなる事だけは避けなければ。

 

 

『ほら、小梅。勇気出さないと!』

 

「うん‥‥そうだね‥‥。頑張る‥‥」

 

 

そう言うと白坂ちゃんは私の目をじっと見て。

 

 

「あの‥‥お友達に、なってください‥‥」

 

 

袖に隠れたままの右手を私に差し出してきました。

この娘を私の娘にしたいんですけど、構いませんよね。答えは聞きませんけど。

可愛すぎるでしょう。健気過ぎるでしょう。こんなの耐えられるわけ無いでしょう。

私のチート級の自制心が無ければ、このまま抱きしめて頬擦りしていたに違いません。我ながら、褒めてやりたいぐらいですね。

少し不健康そうなところが庇護欲を誘いますし、べたべたに甘やかして、色んな美味しいものを食べさせてあげて健康的な体型にしたいとか色々と欲望が溢れ出しそうです。

輿水ちゃんとはまた違った感じが、とてもグッドです。長女楓、次女輿水ちゃん、三女白坂ちゃんという感じで、うちに来ませんかね。

全員養えるくらいの給料は稼げますし、そのためには今まで封印してきた全力というものを開放するのも吝かではありません。

いや、今すぐ開放して芸能界を私の手中に収めてしまったほうが早いでしょうか。

3ヶ月、いや2ヶ月あればやって見せます。

ならば、新たなる芸能界の歴史はこの七実からはじまるのです。誰にもケチなど付けさせません。

 

 

「だ、ダメ、ですか‥‥?」

 

 

おっと、不安にさせてしまったようですね。

あまりの可愛さに暴走しかけるなんて、私もまだまだ精進が足りませんね。

慌てて差し出された右手を掴みます。勿論、傷つけてしまわぬようにチート能力を使って、羽根のように柔らかく包み込むようにと配慮を忘れません。

 

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「あっ‥‥」

 

 

握手した瞬間に嬉しそうに目を輝かせて、少しだけ目を細めるのは反則中の反則です。

そんなのくるかもしれないと予測できていたとしても回避不可能じゃないですか。

 

 

『仲良きことは美しき哉ってね!』

 

 

私と白坂ちゃんを繋いでくれた、この子には感謝しないといけませんね。

今まで断り続けていましたが、今度オフを重ねてリクエストされていた動物園に連れて行ってあげましょう。

あの子ライオンもちゃんといい子にしているか、確認もしておかなければならないでしょうし。

依頼を請け負った以上、アフターケアも万全にするのがプロとして当然の事ですから。

名残惜しさを感じつつも、ゆっくりと握手を解きます。服越しだったのが、少しだけ残念でしたが、それでも白坂ちゃんの手の小ささは感じられました。

守らねばと決意させるその儚い感触は、世の中のお父さん方が子供のために頑張ろうと思うそれに近いのではないでしょうか。

楓に言われた時は、少々むきになって怒ってしまった感がありましたが、あの小さな手を守るためならば私はいくらでもお父さんとなりましょう。

それだけの覚悟が、今の私にはあります。例え暗闇の荒野に居たとしても、そこに自分の進むべき道を切り開くことが出来るくらいに。

 

 

「さて、そろそろ撮影が始まりますから、準備しましょうか」

 

「うん‥‥楽しみ、だな‥‥」

 

『私達が揃ったなら怖いものなんて無いよ!』

 

 

撮影の準備も出来たようなので、白坂ちゃんと別れて自分の荷物を置いておいた場所へと向かいました。

懐中電灯やら探索用の装備を確認し、この間帰省した際七花から貰った自衛官御用達の半長靴の紐を締めなおし、念のために手にバンテージを巻いておきます。

意外とマニアックなファンも多く、撮影等でポーズをとる際にも手先の美しさはアイドルにとって重要ですから、万が一何かを殴るようなことがあったとしても傷つけたり、痛めたりしないようにしておく事は大切ですから。

一応、スタッフ達による下調べは終わってはいるものの、こういった人が近づかない場所には人目を嫌う正道から外れた人物たちが集まりやすいですから注意は必要でしょう。

こんな事もあろうかと用意しておいて正解でした。

拳を数度握って開くことを繰り返し、軽くジャブやストレートを繰り出して、緩みが出ないかも確認し、これで準備万端です。

空を殴った際に、床の埃が大きく舞い上がってしまったので白坂ちゃんが吸って咳き込んでしまわないように、蹴りの風圧で散らしておきます。

さて、この廃病院の探索。どうなってしまうかわかりませんが、問題なんてあるわけありません。

 

鬼がでるか蛇が出るか、踊躍歓喜、意気揚々。

白坂ちゃんの平和は私が絶対に守ってみせます。

 

 

 

 

 

 

現在の時刻は、11:34と後四半刻もしないうちに日付が変わり明日がきてしまいます。

明日は係長業務に加え、レッスンも予定されていますから、妖精社(こんなところ)で油を売ってないでさっさと帰って明日に備えるべきなのでしょうが、何となく足がここへと進んでしまいました。

夕方からのロケが終わった後、346のアイドル寮まで白坂ちゃんを送りそのまま直帰する形だったので、本日はおひとりさまという奴ですね。

なので、私の前にはいつもの特大ジョッキのビールではなく徳利と猪口と肴が置かれています。

切り込みのような注ぎ口の無い円形の口をした徳利は、注ぐ際に若干のスピードの緩急が要求され、話す相手のいない無言のおひとりさまにはその緊張感が心地よいのです。

誰でも簡単に物を使えるようにとする便利性を追及する世間の流れの中で、あえて使い方を難しくしているこの徳利は、粋で晩酌には丁度いい遊びなのかもしれません。

ふっくらとした甘みの中に微かな酸味が舌に落ち着きを与え、滑らかな余韻を残す日本酒の味と肴のホッコクアカエビのおつくりと頭の素揚げのぷりぷりとした食感や頭の濃い味と見事な調和を奏でています。

 

 

「‥‥ふう」

 

 

少し手を止め、一息つきます。

いつもの騒がしいメンバーもいないので、今日は座敷席ではなくカウンター席にいるのですが、周囲からの視線を感じます。

じろじろ見るような不快なものでもないですし、ひそひそと何かを話し合うのでもないので放っておきましょう。

アイドルデビューしているのですから、視線を向けられるくらいは有名税として割り切る事も大切です。

しかし、この晩酌とは考えてみると面白いもので、海外では普通お酒(特にワインなど)は料理を引き立てるためにあるような感じなのですが、日本の場合肴よりお酒のほうが偉いのです。

私の勝手な考えであり、豆知識でもなんでもないくだらない事ではありますが、そういったちょっとした民族性の違いを見つけると何だか不思議と面白い気分になります。

視線だけを動かして周りの様子を窺うと、くたびれたサラリーマンの男や夜の商売をしている女性や、黒人、白人を様々な人達が居ました。

私と一緒でおひとりさまの人間もいれば、複数人で楽しく飲んでいる人もいて、いつもは気にしていなかった発見があり、それもまた面白いです。

入口に取りつられたベルの音が響き、新しい客が来た事を知らせます。

そして、その新しい客は他の席には目もくれず、ゆっくりと隅っこに座っていた私の元へとやってきました。

 

 

「隣、良いかな?」

 

「‥‥どうぞ」

 

「ありがとう、渡君。今日のロケはお疲れ様だったね」

 

 

私の隣の席に腰掛けた昼行灯は、店員に注文を伝えるとおしぼりで手や顔を拭き始めます。

いかにも中年が飲み屋でやりがちな行為ではありますが、これくらいなら不快には思いませんので何も言いません。

元々ここはこの昼行灯に教えてもらったので、こういうことはいつかあるかもしれないとは思っていましたが、まさか今日がその日とは思っていませんでした。

 

 

「調子はどうだい?」

 

「やるべきことをやっているだけですから、特に問題はありません。部下になった子達も、優秀ですから」

 

「そうかい、それは良かった」

 

 

事務的な話しかしないので、会話に発展性がありません。

顔には出していませんが、正直結構気まずいです。皆様も、一人で飲んでいるときにいきなり上司が現れて隣に座られたら同じ状態になるでしょう。

とりあえず、お酒を飲んでいたら誤魔化せるでしょうから、猪口にお酒を注ぎ、乾してという行為を決して急ぎすぎているようには見えない一定の速さで行っていきます。

昼行灯は届いたビールの中ジョッキと枝豆、奴といった無難な組み合わせをゆっくり、ゆっくりと1つ1つを味わいながら食べ進めていきました。

 

 

「今は、楽しいかね」

 

 

突然そんなことを言い出した昼行灯の私を見る目は、何というか子供の成長を嬉しくも寂しく思う親のような感じがします。

いつもの飄々とした態度とは違うため、少々調子が狂いそうになりますが、とりあえず質問に答えましょうか。

 

 

「そうですね。正直、私に仕事を回しすぎな気がします」

 

「‥‥」

 

「でも、そんな忙しい日々も悪くないと思っていますよ。

こんな歳からアイドルデビューしてトップアイドルを目指す事、仲間達と馬鹿みたいに飲み騒いだりする事、出世して部下の面倒をみる事、どれもこれもが今までと違って‥‥

はっきり言ってしまえば、悪くないどころか充実しすぎて怖いくらい楽しいです」

 

「そうかい」

 

「ですから、私をアイドルデビューさせる為に手を回してくれたことは、こう見えても感謝してるんですよ」

 

 

恥ずかしいですし、こういった場でなければきっと言えない言葉でしょうが。

今回の係長昇進も一度はアイドル活動との兼務が難しいと断ったり、決定した後も各部署から優秀な人材を引き抜いてきてくれた事も実は知っています。

チートを使って調べれば、これくらいの情報を手に入れるのは造作もありません。

しかし、それを言ってしまうと今西部長の頑張りを無為にしてしまうので、あえて口にはしませんが。

私とこの昼行灯の関係は無茶振りされて、愚痴と溜息交じりで頑張ってこなすような今のような関係が丁度いいのです。今更変える必要はないでしょう。

 

 

「‥‥そうかい」

 

「ええ」

 

「あーーーっ。利くなあ、この奴は‥‥山葵が上等すぎるよ」

 

 

摩り下ろしでなく千切りにされた生山葵が乗った奴を口に含むと眼鏡をズラし目頭を押さえました。

その目に透明な雫が見えたような気がしましたが、気づかない振りをしましょう。

店員にもう一つ猪口を頼み、受け取るとそこにお酒を注ぎ昼行灯に差し出します。

 

 

「一気に食べるからですよ。もう若くないんですから。

はい、奴にはこっちでしょう」

 

「馬鹿いっちゃいけないよ、私は生涯現役さ。うちのかみさんみたいなこと言わないでくれないかな」

 

 

ありがとうと言って、猪口を乾すと再びゆっくりと奴を食べ始めました。

これ以上の言葉は無粋でしょうから、不要でしょう。

そんな今の心境をその名前が純文学の新人に与えられる文学賞となっている小説家の名言を改変して述べるなら。

転生者(わたし)を倦怠から救うのは、優しさよりもむしろ多忙である』

 

 

 

後日、白坂ちゃん+『あの子』と例の動物園に行ったところ、私の助言通りに園内が改装されていたり、動物達が変わらず大名行列に平伏する庶民のような状態で、他の来園者に申し訳ないことをしてしまったり。

知らない間に仲良くなった子ライオンと烏が模擬戦をしており、それが名物ショーとなっていたりするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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