「ふむ、木の葉の忍びだから距離を置くとな………聞いてもいいか?」
言いにくい、といった風に、紫苑は訪ねる。
「理由か? ああ何、単純な事だ………お主も知っておろう。あやつの中にあるものについて」
「………うずまきナルト。そして、小池メンマか」
「そうだ」
二つの名前を並べた紫苑に対し、九那実は頷くと、今まで誰にも話さなかったことについて、説明をした。
「今のあやつの魂は、二つで一つ………即ち――――」
途中で切れた言葉。その続きを、紫苑が紡いだ。
「つぎはぎの魂、というわけか」
「……そう。彼方より呼ばれた魂と、元から在った魂。どこかの誰かと、うずまきナルト………今のあやつの魂はその二つが合わさってできたもの」
そう言った九那実は、横目でちらりと紫苑の方を見る。
「………それにしてもやはり、お主はあの時に気づいていたのか」
「本来の巫女の力が戻るまでは、気付かなかったがのう………しかし、うずまきナルトとしての形が残っている確証はあるのか? 本来の在り方からはずれているじゃろうが、その魂の全てが抜けきったとは―――」
「それは無い。我がいる限りはな」
ぽつり、呟く。
「まあ、色としての存在が残っている、などという確証も無い。確かめようもないからな………だが、そう感じる理由としては、二つ」
頷き、九那実は指を一つ立てる。
「一つ―――メンマと、マダオ。あやつらは実に似ている。性格も、ちょっとした仕草もな。そしてもう一つは―――あやつの中にいる、もう一人の名前じゃ」
「名前? そういえば聞いたことが無いな」
「それもそうじゃろう。あやつは生前の名前を未だ思い出せないのだから」
そしてそれが理由だ、と九那実は断言した。
「――――名は体を表す。そして名は魂の在り方をも位置付ける。それが思い出せないなど、本来ならば有り得ぬもの」
「それは、うずまきナルトとしての魂があるから?」
「違う。あやつが一度、“死んだ”ということを認識しているからじゃ」
最初に出会った時、ちぐはぐな話しを聞いて、だが九那実としては一つ理解していたことがあった。
「………メンマ、と呼ぼうか。あやつは、一度死んだ身じゃ。そう、死んだ“はず”の身である。それが欠片でも現世に舞い戻るなど、それも本来ならば有り得ない話じゃ。死者は蘇らない。千引の岩は絶対で、だからこそ生に意味がある」
死者は死者で、生者は生者。だからこそ、死に意味が生まれ、命の意味も生まれる。
それはまともに生きている者ならば、誰もが知っている理屈だった。
「そして、一度死んだあやつは――――だからこそ死に対して、常に畏怖と尊敬の念を抱いている」
いわば死ぬことに対して臆病なのじゃが、と九那実は首を横に振った。
「そして、こう考えている。俺だけが、こんな機会を与えられて良いのか、とな。そしてもう一つ。死んだ、うずまきナルトの代わりに、生きていいのか。それがもう一人の魂………それが持つの本来の念を弱めている」
俺は、死んだのか。でも、俺は生きているのか。二つの意志が葛藤していた。そして引け目を生み出していた。
「………あやつが戦いに赴く時の理由は多々ある。それには義務感や、贖罪の念。そして運を天に返すという意志も含まれている」
「運を………天に返す」
「そうだ。一人で使うには、分不相応と考えているのじゃ。だからこそ、危地を前にしても誰かを見捨てて逃げることはしなかった。こぼれ落ちた誰かを見殺しにして、自分だけがのうのうと生き残ることはしなかった。あまりに分不相応過ぎる、受け取った運……だが、その運を天に返すことはできない。それは自殺を意味し、あやつが最も嫌悪すべきことじゃからな」
苦笑したまま、言葉を続ける。
「故に別の場所で返そうとする。天から落、天をも見落とした誰かを掬い上げると」
「だから、妾達を?」
「利己的なものも含まれていると思う。だが、根底にはアヤツ自身の感情があった。今話した、想いもあった」
綺麗なものだけでは無いと、九那実は言う。
「選択する時。いつもあやつの中では多数の念が渦巻き、そして煮立っていた。それはまるでラーメンのように」
「らーめんのように………」
「そう、ラーメンだけに………」
復唱されて少し恥ずかしく成った九那実の、その陶磁器のように白い頬が僅かに染まった。
「………は、話を戻そうか。我とマダオとメンマ、その中のメンマの魂を構成する成分は二つある。ならば、分かるじゃろう………あやつの中には、うずまきナルトの残滓が残っておるのじゃ。“木の葉の暗部に裏切られたうずまきナルト”が」
壊れた魂の半分が宿っていると、九那実は告げた。
「だから距離はある………だが、ある意味では、無いとも言える。だが確かに存在する。これは実に複雑なことでな」
そういい、九那実は説明を続ける。
「うずまきナルトとして、木の葉に対する恨みは確かに、確固たるものとして存在している。だが、メンマとなったあやつとしては、それを理由に女子供見捨てることができない。
相反する意志が存在している。本人が自覚していないのも、原因の一つじゃ」
そこで少し、九那実は儚い笑顔を浮かべた。自分の事を思い出したのだ。そのまま自分のことまでも言ってしまいそうになるが、寸前でとどまった。先の話を続ける。
「………内在する魂による行動。あやつは傍から見れば、はっきりしない変な奴と思われるじゃろう。恨みを表に出さず、利だけを求めず、どちらともつかない行動を取る。それもそうだ。あやつは中途半端な立ち位置のまま、つぎはぎな魂の元、どちらとはっきりした行動を取ることができないのだから。それこそ、任務や己のすべき事でない限りは」
九那実の思いつく限りでは、木の葉崩しの妨害や、綱手探索が主にそれに当たる。だがそれだけではないと、九那実は首を横に振った。
「逃げ出さず、あやつがとどまった戦場―――そこには、いつも誰かが居た。それはお前であり、あるいはテマリや砂隠れの小娘であり、木の葉の小娘や小僧共である」
一息つき。そして九那実は、誇らしげに語った。
「戦う力無き子供が理不尽に殺される事などあってはならないと。夢半ばにして、理不尽に死ぬこと許さぬ。あやつは常にそう叫び、戦っていた。死に怯えながらでも――――救われなかったうずまきナルトという少年と、道半ばにして倒れた誰かの夢と、その姿を重ねて」
~~~~
「導いた………」
「そうだ。とはいっても、最初――――お前がお前になった、あの夜に助けたのに大し理由はなかった。まあ、偶然ではなかったのだが」
「知っていたと?」
「見張っていたのだよ。半ば必然とも言えるが。それもそうだろう俺は常に、九尾の残滓………いわば十尾完全復活の鍵とも成り得るお前を見守っていたのだから」
だから助けにも間に合った。ペインはそう告げ、言葉を更に重ねる。
「ただ見捨てることが出来なかったから、助けた。最初はそれだけの理由だった」
抜け殻であるお前がどう動こうと、俺にはあまり重要なことでもなかった。とペインは言う
「だから河からお前を上げた後は監視を断った………そう、お前が網に入ってくるまではな」
あの時は心底驚いたぞ、とペインは苦笑する。
「修行の内容のも驚いた。実に理にかなった内容で、とても一人では考えつくことのできないもの。加え、お前は螺旋丸を使った。この二つと、四代目が使ったという屍鬼封尽」
あれはいわば魂を切り取る、加工する術とも言える。ペインは大したものだと呟いた。
「そして、お前の中から抜けきった九尾の妖魔の残滓。今も月に封じられている十尾ではなく、新しい今代の十尾の本格的覚醒。それらの情報から、お前の中に誰がいて、どういったことになっているのか、大体は理解した」
「マダオ………波風ミナトのこともか」
「言っただろう。魂を操る術は極めて高度で、使える者は少ない。その術者の名前など、嫌でも覚えるさ。そして、その腹に刻まれた封印術も、この眼で見れば理解はできる」
「ならば何故放置した? 忍びを滅ぼすというお前の目的を阻む壁となるとは考えなかったのか?」
「………お前も、まだ色々と知らないことがあるようだな。それは後で九尾か、四代目にでも聞け。俺がお前を殺さなかったのは、別の理由だ」
「………?」
「お前は覚えているか? 鬼の国で、お前が初対面であった紫苑に取った行動を」
「確か………紫苑に話しかけたんだっけか………」
そして探索途中、道中で拾ったボールを放り投げて、キャッチボールをしたのだった。だけどそれが何だというのか。そう尋ねると、ペインは真顔で言葉を返した。
その瞳は俺と―――此処にはいない、誰かを見ているようだった。ペインの話しは続く。
「あの時も心底驚いた。お前が紫苑に話しかけるなど、有り得ないと思った。いや、話しをすることは特別、おかしいことでもないな」
ペインはその時の事を思い出したのか、あるいは別の光景を思い出しているのか。少し遠い眼をする。
「うずまきナルトであるお前が――――同情の念を抱くこともなく。ただ、互いに楽しもうと少女に接するのは、有り得ないと思ったのだ」
「同情………いや、同情ではなくて、俺はただ単純に遊びたかっただけだが」
「そうだ。そしてそれこそが、紫苑を底から掬い上げた」
そこまで聞いて、俺は思い出した。あの時はただ、何も考えていなかった気がする。ただ、少女の泣き顔を見たくないと、そう思っていた気がする。
「そこからの一連の行動も、そうだ。最初は事の発端の一因を担っていて、力もあるお前を派遣した。しかし、まさか根の精鋭を相手にして、負けて………それでも立ち向かうとは思っていなかった」
「一度は止めかけたけどな」
「だが、お前は来た。ザンゲツや、女将の言葉もあったのだろうが、お前は選択した。戦うことを。そして見た―――純粋なまでの、怒りのチャクラを」
「お前は傍観していた?」
「いざとなったら、助けに入れる。そして薬の効果も侮っていた。そこは俺の失態だった。だが、正直入れなかった。血まみれで吠えるお前の姿を見るとな」
「俺だけの力じゃない。あれは、キューちゃんの力を借りてのことだ」
「それでも不利に過ぎる戦場へ駆け込み、命を張ったのは確かだろう。木の葉崩しの時………一尾と相対した時もそうだ。お前は殺さずに、命を賭けて殴り飛ばした。言葉と共に殴り飛ばし、我愛羅を闇からすくい上げた」
「立ち直る意志を持っていたからだ。俺はただ気に入らなかった。だから殴っただけだ。大層な事をした覚えはない」
「だが、言葉を交わした。化物と捉えず、ただの一人の人間として」
「………買いかぶりだ。音を調子づかせたくないという、俺の目的のためでもあった」
「だが、それが全てではないだろう」
だからこそ、賭けてみたくなった。そう告げ、ちょうど食べ終わったペインは立ち上がり、屋台から少し離れる。そして夜空に浮かぶ月を見上げながら、言った。
「実はといえば、迷っていた。弥彦が守ろうとしていた世界を、忍びとも和解しようとしていた意志を捨て去るのを」
装置が、謳う。装置で無くなった月の夜の下、謳う。
「だが16年前の事件………十尾が覚醒する事態は免れ得ぬこととなった。その時に決断した。俺は忍びを滅ぼそうと」
「それは何故だ?」
「十尾。それは、全てを喰らうもの。それは月に浮かぶ古き十尾をも含む。そして存在的に、十尾は世界とつながっている」
「――――まさか。それは、まさか、そんな………嘘、だよな?」
そんな俺の懇願。それを無視して、ペインは謳うように告げた。
「世界に新しい夜が満ちた時。闇が溢れ、世界は嘆き――――月は満ち、そして落ちる。この大地の上に
それは正しく、世界の終わりを意味していた。月が落ちたらどうなるかなど、あまりにわかりきったことだからだ。
「防ぐ為には、今暴れている新しい十尾―――これを封じ、新たに空へと打ち上げる必要がある。だが、それに必要なものは二つ。一つは、膨大なチャクラ。そしてもう一つは、十尾の最大の動力源である怨念の対象――――忍び達全ての魂だ」
「………怨念の対象をつぶし、力を弱め、またチャクラを取り込み利用することによって十尾を封じ込めようというのか」
「そうだ。俺はかの、六道仙人とは違う。仙人の肉体を持たない俺が、十尾を封じ込めるには代替するものが必要になる。あるいは紫苑の巫女のチャクラを併用する方法もあるのだが―――」
言葉を途中で止めたペイン。その続きの言葉は、嘲笑と共に発せられた。
「これには人を助けたいという、強い意志が不可欠でな。そして俺は“そんなもの”を持ち合わせていない」
誰が忍びのためになど、動いてやるものか。ペインはその両の眼だけで、意志を告げてくる。
「そして、実現は不可能に近いが………もう一つある」
「だから………それで、何故俺を選ぶんだ。賭けてみるとは、その方法を手伝わせるということか」
「その通りだ。見せて欲しい――――異邦人。贔屓目の一切ないお前が見てきたこの世界が、お前が最も多く接してきた忍び達が、本当に生きるに値するものかどうなのかを」
「何………!?」
驚きの声を上げた俺の方を向き、ペインは宣戦布告の言葉を告げた。それは、最期の決戦の約束だった。
「来るべき、五影会談。その日俺は、忍び達を滅ぼす。隠れ里を含めた、全てを滅ぼす
「………お前の力は知っているつもりだ。確かにお前は強い。途轍もなくな。だが、全ての忍びを敵に回して尚圧倒できる程ではない」
「そうだろうな。戦いの中、対応策をとられてしまえば、また間断なく攻められれば俺とて危うい。一つの隠れ里程度ならば撃滅もできようが、全てを隠れ里を相手取るのは難しい」
だが、とペインは口の端を上げた。
「暁の構成員のような規格外の忍びが加われば、また話は違っただろうが」
「暁を排除したのはそのためか?」
「元はマダラが集めた者たちだ。それに、デイダラ当たりは予想外の行動に出そうだったしな―――だから、可能性として、潰した。残るはイタチだけだが………俺としては、イタチを殺すつもりはない」
「それはどうし………ああ、そうかもしれないな。イタチなら、悪戯に人を害したりはしない。だけど木の葉を潰そうっていうお前を止めようとする筈だが?」
「その時はその時だ。ゼツも、単独では無害な奴だしな」
「………鬼鮫は?」
その問いに対し、ペインは無言のまま屋台の上へとあるものを置いた。
「“南”の指輪………」
「鮫肌諸共飲み込んだ。実に良い養分になったぞ」
「………だが、まだまだ手練の忍びは数多く存在するぞ。そいつらを相手どり、お前は確実に勝てるとでもいうのか?」
「正面からぶつかれば、そうだろうな。だがそんな愚を、俺が犯すと思うのか?」
「………それは、どういうことだ」
「切り札は既に、隠れ里の深奥へと入り込めた、と言いたいのだよ。今やあの死体は黄泉比良坂と同義。そこより来る黒き波濤は、全てを飲み込むだろうよ」
「は、黄泉比良坂? それは確か、黄泉へと繋がる道―――――――――――――あ」
思わず、マヌケな声が出てしまった。
「………忍びは裏の裏を読むべし。つまりは、そういう事か」
そこまで言われて、始めて気がついた。つまりはこう言いたいのだ。あの死体は、黄泉とつながっていると。
「月“黄泉”とでも言いたいつもりか」
眼を伏せ、心中で叫ぶ。この野郎、何て策を考えつきやがる。
実に頭がキレる、というかキレすぎる。多様な術を持っているにしても、常人ならば思いつきもしないだろう。差し迫った危地に気づくことができなかった俺は、あまりの絶望感に嘆息することしかできなかった。
「初手の、死体人形を使い各国間を緊張させたこと。その裏にもまた、意味があったということか」
恐らくは口寄せの術式を編み込んだ符を、死体の奥深くにでも埋め込んでいるのだろう。そして、死体調査の忍びはそれに気づくことができない。十尾を呼び込む、必殺の爆薬とも言えるそれが潜んでいることに気付けない。
「………死体は五影会談の際の、重要な証拠だからな。厳重に保管されて―――そう、間違っても壊すことはできない」
死体の保管場所は、各国の隠れ里のそれも深部であろう。
「そして対処の支持を出すべく五影達も、出払っている――――罠の巣の中にな」
「一網打尽………まさか鉄の国にも?」
「五影会談が開かれるのも、想定の内だ。そこに罠を潜ませること、何かおかしいところがあるか?」
問われ、首を振る。悔しいが、特別おかしい所も無い。先回りして罠を張るというのは、戦術としての常套手段だ。里に潜ませた切り札も同じ事。実に合理的で無駄がない作戦ともいえる。しかし、俺としては一つだけ、気に掛かることがあった。
「何故、俺だけに伝える。今、俺がそれを各国に知らせたら――――」
問いかける。だが、その言葉は途中で遮られた。
「勿論考えたさ。その上で言っている。そうだな………お前が気づいた時の保険だよこれは。もし、今の情報を隠れ里の誰かに話したら―――いや、その予兆が感じられた時点で、十尾を開放する」
その言葉を聞いた俺は、凍りついた。
「気づきそうなのはお前ぐらいだ。俺と同じ、裏で画策することに長けているお前ならば………分かるだろう?」
「………予防線と、警告か。だけど、それを何故俺に?」
「もし一人で忍びを滅ぼそうとしたら―――そのような想定が出来るのは、俺かお前だけだと想っている。負ければ即死のこの世界で、助力も無く一人生きてきたお前ならば、あるいは気づく可能性もあるだろう」
その言葉を前にして、俺は黙ることしかできない。確かに、負けたとしても助けは見込めない戦場で、俺は常に最悪を想定しなければならなかった。白と再不斬が仲間になるまではずっと、俺も一人で戦ってきた。一人、ということの弱みは、取れる対応策が限られてしまうこと。だから常に戦場を想定し、最悪を考えて戦うことにしてきた。
「そうだな………あるいは、気づいたのかもしれないが………」
呟いた後、俺は肩を落とした。気づいても、話すことは許さないというのは結構深刻なことだ。知らなかった、などという言い訳も封殺されるのだから。後は隠れ里側が独力で気づくことしかなくなる。だけど、気づいたらどうなるのだろう。
そこまで考えて、俺は思考を断ち切った。それは今検討すべきことではない。問題はこいつの用意した選択肢の上を歩かなければならないことだ。
「隠れ里と、主力。それを同時に叩いて、戦力を大幅に削り取ると言うわけだな?」
「その通りだ。寡兵における戦法は、どの世界でも同じことだと思うがな」
その言葉に俺は頷きを返す。寡兵の肝は、一点突破。奇襲という状況が絶対に必要だ。
そして相手が体勢を立て直すまでに、どれだけ相手の戦力を削れるかによる。そう考えるならば、確かに“あり”の戦略だといえる。いや、十尾の性質を考えれば、これ以上にない策かもしれない。というかこれは奇襲の範疇を超えている。下手をすれば、この一撃で忍び達は壊滅的な損害を被りかねない。
「人柱力も飲み込むのか?」
「ああ………尾獣をもう2体も確保できれば、負ける可能性は零に出来たのだがな」
「参考までに聞くけど、尾獣をあと2体吸収したら、十尾はどうなっちまうんだ」
「完全覚醒の一歩手前になる。忍術の全てをも吸収できるようになる」
「そうなったら対処する手立てはなくなるなあ」
ははは、と俺はやけくそ気味に笑った。
「………それが出来ないから、人形を潜ませたのか?」
「想定できる事態には全て、対処が可能となる手を打っておくべきだろう。一つの行動に多重の意味を持たすべし、俺は無駄が嫌いでな」
「………つくづく。本当に、嫌になるほど優秀な奴だな。だけど、分からないな。なぜに俺にそれを告げる?」
俺はペインを睨みつけながら問うた。ペインは少し視線を空の方へ上げながら、答えた。
「紫苑への治療の礼だ。そしてこのくだらない茶番劇に巻き込んだ詫びとして―――――そして今ごちそうになったラーメンへの、礼としてな」
「それだけか?」
「あと一つ―――あの曲を聞いて、昔に捨て去った事を思い出したから、かな」
笑ったペインの顔は、見たことのない表情を浮かべていた。俺は知らないが、自来也が居ればあるいはこう呟いたのではなかろうか。
“長門”と。
「だから、戦おう。異邦人よ。場所は一ヶ月後、五影会談の、その日だ」
自らとこちらを交互に指差し、ペインは告げた。
「1対1だ。他の誰にも、邪魔はさせない。戦い、お前が負ければ、俺は忍び達を滅ぼす。世界と人の怨念の望むがままに、痛みを知ろうとしなかった忍び達を、食い散らかしてやる」
表情は元に戻っている。表には、痛みというものを思い知らせてやると叫んだ長門と、忍び滅ぶべしと告げた六道仙人、そして十尾の残滓が映っている。だが言葉を告げた後、ペインは眼を閉じて続きを話した。
「だがお前が勝てば、俺はお前の言い分を認めよう。忍びは滅ぶべき存在にあらずと、そう判断しよう。それを認め―――生まれた新しき十尾と、俺に宿る古き十尾を、共に月へと返す」
あくまで構えず、自然体で。挑むような半身で、ペインは告げた。
「俺は、死せる者達の声として。“忍び滅ぶべし”と叫ぶ、亡き者達の代表として、最期までこの道を往く。忍び世界に根ざした呪いを、忍びの存在ごと――――裁断の手を以て。痛みを刻みつけ、諸共に消し飛ばしてやる」
背後、僅かに十尾を顕現させ、ペインは真っ直ぐに俺を見た。輪廻の瞳が、俺だけを見据えている。俺の返答を、待っているのだ。あるいは、これ以上にない茶番劇かもしれないと思う。状況全てが、俺を道化にしている気がする。生かされたあの時。知らず、導かれていた事実。
(だけど―――それがどうした)
俺が道化であればいいのなら、それでも構わない。忍び云々は別として、俺には戦う理由があった。だから別に、道化でも構わない。滑稽な道化の踊る、喜劇の主役でも構うものか。それに紫苑を見逃したこと、俺は許した訳ではない。それに対する言い訳も、納得できていない。だから神を語る傲慢さとかの突っ込みとか、それら全てに対して、俺は拳で突っ込んでやる。
ぶっとばしてやるのだ。
命惜しさに、逃げ出して犬以下の畜生として長らえるくらいならば。
。
それに、残すもの―――託すものは、既に託した。生半可な覚悟ではこいつには勝てないだろうと思ったが故に、キリハに万が一の事を考えて、あの日誌を渡したのだ。後悔は勿論ある。だけど、どうしようもなかったのも確かだ。神ならぬこの身としては、考えつく、そして取りうる選択肢の中から、ひとつずつ選んで行くしかない。
故に、最後の決意をしよう。いつも俺の中で見ている、あの二人のためにも。
「俺は―――戦う。俺は。生きる者達の代弁者として。忍びという人を信じる、ただの一人の人として。亡者達と世界の叫びを止めるため、その申し出を受けよう」
戦おう、月より来る隠り世の使者よ。
「今に生ける人、そして忍びの代理として。違う解決を望む者として」
俺の前に立ちはだかるというのなら。理不尽な死をばらまくというのなら。俺の夢を否定するというのなら。
「お前と十尾を止めてやる」
時を同じくして、森の外れ。そこには、とある集団が陣を組み、話しあっていた。その数、12名。中心の4人と、少し離れたところに突立ているものが3名。他、5名の中忍と上忍が控えていた。
中心の4名の間で交わされる声は喜色に満ちており、士気は上々と言えよう。それもそうだ。目的のものが見つかったのだから。
集団の頭――――――薬師カブトが、探索担当の赤髪のくノ一、香燐へ確認を取る。
「本当に、見つかったんだね?」
「ああ。うちはサスケと、裏切り者の多由也のチャクラを感知した。この先にある網の療養地に二人は居る」
「勘違いということは?」
「………ない。多由也のチャクラパターンは、その3人と同じようなものだろ? 呪印の影響が抜けたようだが、特徴のあるチャクラを持っているからな」
「サスケ君の方は?」
「………一度、会った事があるからな。忘れねーよ」
「初耳だね、それ。まあ今はいいか。間違いないというのなら、僥倖だし」
「ふん」
「それで、他には誰か居た? 手練の忍びが周囲に潜んでいるとか、近づいてきている忍びが居るとかは?」
「ああ、ひときわ大きいのと、大きいのが二つ、さっき北の方へ遠ざかっていったよ。ああ、その少し前に三つ、こちらもひときわ大きいのと、大きいのが二つが東の方へ遠ざかっていった」
「北は木の葉だね。東は霧か。それで、残っているのは?」
「………二つ、結界のようなものの中に入り込んでいて、こちらは今どうなっているか分からない」
「中の様子は?」
「分からない。あんな結界、見たこともないし分かるわけねーだろ」
「………そちらも、後で確認しようか。それと、勿論相手に気づかれてはいないよね?
「そんなこと、無いに決まってるだろう。ウチの神楽心眼以上の索敵能力を持っている忍びなんか、いやしねえよ」
香燐の特殊能力、突発的に生まれた血継限界とも言える神楽心眼。それは千里眼とも言えるもので、半径数十キロもの超広範囲で特定のチャクラを探る事が出来るのだ。
「ふ~ん、それで再不斬先輩は何処に行ったの?」
香燐の隣に居た、大刀を担いだ色白の少年―――ー元霧隠れの忍び、鬼灯水月が目的でもある霧隠れの鬼人の事を訪ねる。
「はっきりとは分からねーけど、さっき遠ざかっていった3人の中に居ると思うぜ。どうもチャクラがそれっぽかったし」
「はあ!? じゃあ、僕が来た意味ないじゃん!」
「あー、それはまあ、仕方ないとして………というか、そこは喜ぶべき所だよ。流石に全員を相手するのは疲れるからね。それに―――」
と、カブトは水月の背中にある大刀を指差す。
「大蛇丸様から代わりとなる刀は貰ってるだろ。再不斬に関しては後でもいいと思わないかい? ―――それともまさか、ここで逃げるとか言わないよね」
「………まあ、サスケってのは強いって聞いたからな。再不斬先輩もそうすぐ死ぬような人じゃねーし。それに、この刀の切れ味も試したいしな」
「ほんと、高かったんだよそれ………だから、せいぜい頑張ってね。まあこれだけ揃っていれば、負けることは無いと思うけど」
「いや、分からねーぞ。結界の二人以外にも、残っている連中…………ウチが探っただけでも、一人二人化物のようなチャクラを持っている奴が居たし」
「それは、どのくらいの奴だ?」
香燐の正面に居る重吾――――今は何とかして、正気を保っている――――が、敵の強さがどれくらいのものかと訪ねる。
「上忍クラスが3人。訳の分からないのが一人。そして、大蛇丸“様”クラスが一人。あとは………それ以上の、別格とも言える奴が二人居る」
ことさらに“様”を強調して、香燐は説明をする。
「………それは本当かい?」
カブトは嘘くさい、といった視線を香燐に向ける。だがその言葉に対し、香燐は心外だという憤りを顕にした。
「嘘を言ってどうするんだよ。ウチだって死にたくねえし、そんな馬鹿な嘘をつくわけねーだろ。ウチだって信じたくねーけど、今のあの場所には化物みたいな奴らが複数居るんだよ」
「上忍3人と、意味不明が一人。化物2体と、超化物2対かあ………正面から、ってのは流石に無謀じゃないかな?」
水月が頬をひきつらせながら、言う。
「………無謀どころか、ただの自殺行為だと思うぞ。そんな化物連中が揃っているようじゃあ、俺が暴れたとしても勝てるわけ無いぞ」
「………とすると、やっぱり正面からはやめようか。僕たちの目的はあの二人だ。だから、何も全員を倒す必要は無い。ていうか戦いたくも無いね」
どんな化物の巣窟だ、とカブトはひときわ大きい溜息をつく。
「だけど、この機会を逃す訳にもいかない………写輪眼は、是非とも欲しいからね」
そういうと、カブトは眼鏡をくいっと上げて、意地の悪い笑みを浮かべた。
「機を伺い、隙をつく――――幸いとして、勝利に足る有益な情報は揃っているんだからね。それに………」
円の外に居る、言葉を発さない3体の“人形”を見ながら、カブトはその笑みを凄惨なものに変えた。
「十分に。使える“捨て駒”も、あることだしね」
だからやり方はいくらでもある。そう告げたカブトは、クククという暗い笑い声を、夜の森に響かせた。