一方。屋台から少し離れたところで二人、少女達が座っていた。
片や、象牙色の見事な髪をもつ少女。
片や、陽のように光を放つ、金色の髪をもつ少女。
二人は、互いの眼を見ず、夜空に浮かぶ月を見ながら言葉を交わしていた。
「九那実殿、といったか。貴方は、ナルトの元へ行かなくてよいのか? ペインの奴が来ていると思うのだが」
「ほう、お主も、気配に気づいていたのか。我とナルト、マダオの奴以外は気づいておらぬと思っていたが」
「何、これでも巫女じゃからな――――とはいっても、気づいたのは五感が完全に戻ってからなのじゃが」
「見事な隠行じゃったしな………だが、我は行かぬよ。あやつから、サシで話したいから来るなと言われているのでな。それよりも、我に聞きたいこととは何じゃ?」
「他でもない――――メンマのことについてじゃ」
「あやつの?」
「そうじゃ。ぶっちゃけて言うが………」
これ以上無く、真剣な声色と顔で紫苑は尋ねた。
「あやつとは、したのか?」
九那実は盛大にずっこけた。
「いや、ほら、その………何と言うか、ずっと一緒に居たのじゃろう? 12年間の間、つかず離れず。ずっと一緒に………」
顔を赤くしながらもじもじする紫苑に対し、九那実が怒鳴り声を上げた。
「な、何もしとらんわ! というか、我が外に出れるようになったのは3年も前の事じゃし!」
「その言葉の裏を読むとアレじゃが………ということは、あやつとは何でもないと、そういう事じゃな?」
「な、な、何故そうなる!?」
「いや、先程シンの奴から聞いたのじゃがな………男と女がひとつ屋根の下、好き合っているならばすることはひとつだけ、とか」
「一応聞いておくが、何をするのじゃ?」
「いや、その、ナニをするらしい。妾も詳しくは知らんのじゃが………」
「あの金髪駄目兄貴小僧は説明をしてくれんかったのか?」
したらしたで殺すが、と九那実は犬歯をむき出しにしている。
「先の発言後、菊夜とサイにしばかれて、その後便所の裏へと連れていかれた」
なぜなのだろう、と紫苑は首をかしげる。先に殺られたか、と九那実は頷いた。
「というかお主、全部分かった上で言っとらんか?」
「う~ん、恥ずかしながらそういう知識は持っていないのじゃ。菊夜はそういうのは教えてくれなかったし」
「過保護というか何と言うか………それで、我とあやつの事を聞いてどうするのじゃ?」
「いや、確認しておきたかっただけじゃ。妾の最大のライバルである貴方の事を」
「………ライバル?」
「恋敵としてだ。どうもあやつは、妾の事を妹か娘的な眼でしか見ておらぬようじゃが」
自分の頭を触りながら、紫苑は溜息をついた。
「分かるのか?」
「うむ。というか、皆をそういう眼で見ているのじゃろうな………ただ一人違う眼で見ている貴方と、比べてみて分かった」
マダオ殿も同意したし、と紫苑が言う。
「………ちなみにあの馬鹿は何と言っておったのじゃ?」
星を指差し、紫苑は言った。
「周囲に居る女性は数多く―――」
そして、煌々と輝いている月を指さした。
「だけど彼自身が“女”として見ているのは、ただの一人しかいないと」
言葉の意味を理解するに、数十秒。後に、九那実は変な声で紫苑に尋ねた。僅かに、声が上ずっている。
「そ、その唯一が………我だと言うのか?」
「他に候補が居るのならば教えて欲しいぐらいじゃが」
「………うむ、キリハの奴は?」
「照れているにしても、いきなり近親を持ってくるのはどうかと思うが………だが、キリハその他、木の葉の面々は違うと思う」
「どうしてそう思う?」
「何と言うか、上手くは表現できないのじゃが………メンマと木の葉の忍び達の間には、薄いが、壁があると思う」
「………慧眼じゃの。確かに、木の葉の忍と話すとき――――お茶らけてはいるが、あやつは何処か一線を引いている」
~ 小池メンマ ~
一方、屋台前では別の修羅場が繰り広げられていた。問いただした俺の言葉―――聞いたペインの圧力が、常より増して高まっていた。
「その目的を話してもいいが………その代わりとして」
「………代わりとして?」
慎重に言葉を選び、返す。今や正に一触即発。対応を一手誤れば、問答無用の殺し合いに発展しかねない。
しかし、それも杞憂に済んだ。突き出されたのは剣ではなく――――どんぶり。
「おかわりを、貰おうか」
「………どんだけ図々しいんだ、アンタ」
しばらくおいて、俺は二杯目のラーメンを出す。
「火の国の宝麺です」
「その名前は俺に対する嫌がらせか?」
「どちらとも取って下さい。味は保証しますよ」
「まあ、確かに旨そうだが」
僅かに顔をしかめながらも、ペインはおかわりを食べ始める。俺は店長の顔から元の顔に戻る。
「で、いい加減先程の問いには答えてくれるんだろうな?」
「まあ、そう急くな――――夜はまだ長いんだからな」
ラーメンをすすりながら、ペインはそうのたもうた。火の実を鼻に突っ込んでやろうかこの野郎。
「ってやべえ。それは流石に残酷すぎる」
その恐怖を知っているからこそ、分かる事がある。あんなもんねじ込まれたら普通に死ねる。
提・厭・浄! の叫び共に最期の時を迎えるだろう。俺としてもこいつとしても嫌すぎる最期だ、それは。だが目の前のペインには分からないらしい。その単語には反応しないまま、話しを続けた。
「そうだな………どこから、話すべきか」
困っている、といった風。それが演技かどうか、判断はつかないし、最早どうでもいい
「分からないなら、最初からでいい。お前が何を思って、忍びを滅ぼそうとするのか。何故俺を助けたのかを全部話してくれ」
「それは構わないが………何故、それを聞く? 聞かず問答無用で止める、という選択肢もあると思うのだが」
「いや、聞かなければ分からないだろうが。アンタが何を考えているのか、一体何を目的ににしているのかが」
不可解な部分が多すぎるので、推測もできない。
「それに、全部知った上でなら悔いも無く戦えるってもんだ。遠慮なくブチのめすことができる」
肩を竦め、問いに返す。
「随分と、大きく出たな」
無謀とも取れる俺の言。その言葉と表情に何を感じたのか、ペインは僅かに眼を細めた
「そうだな………あの月の夜の後から、話すか」
「ああ………いや、少し待ってくれ。そういえばアンタ、六道仙人の記憶が混じっているんだよな?」
「その通りだ」
頷き、ペインは説明をしてくれた。あの夜、月に刻まれた術式を見上げた長門は、輪廻眼でその術式を解析したらしい。そして、わずかながらに繋がった。そして、偶然にもとある術が発動された結果、六道仙人の記憶を得たという。
「とある術………?」
「ああ。誰もが知っている術だ。最も、今ではそのほとんどが、別の意味で使われているがな」
ペインの言葉に俺は疑問符で返す。一体、それは何だというのか。
「死者の魂そのもの―――あるいはその欠片を呼び、身に宿す術だ。危険なのも相まって、今ではもう久しく使われていない術だがな」
―――死者の魂を呼び寄せる。その単語を聞けば分かった。
「降霊………いや、“口寄せ”か」
「―――然り。今で言えば、口寄せ・穢土転生がそれに近い性質を持っているか」
ペインの、ラーメンをすする音が響き渡る。
「………最も、亀裂の入った長門の魂と融合したせいか、俺の魂としての形は、元のそれから随分と変形してしまったのだがな………」
余計なオマケもついてきてしまったのも、理由の一つとして数えられるが、とペインは言った。
「余計なもの?」
「今、現出したものではなく――――かつて六道仙人が封じた十尾だ。癒着した魂に混じり、いくらかは俺の魂の隙間に入り込んだ」
ペインは自らの胸を叩き、そう説明をする。
「古代の亡霊、古き破壊神ってところか」
「或いは月の神とも言えよう………話しが逸れたな」
続きを話すぞ、とのペインの言葉に俺は頷きを返した。
「あの後、俺はあの場に居た忍びを皆殺しにした。ただの一人を除いてな」
「ただの一人………かの雨隠れの半蔵殿か」
「ああ。奴は部下を囮にしてその場を去り、里へと逃げ帰った。そして徹底的に防備を固めた。俺が恐ろしかったのだろうな。だけどそんなものは意味を成さない。俺は真っ向からその要塞とも言える防備を突き破り、半蔵は勿論の事、一族の者全てを皆殺しにした」
「同胞と親友の仇………復讐か」
「そのとおりだ。ペインの中に残った長門の残滓、それが何よりも望んでいたことだからだ。あの時は、復讐の念が他のどれよりも強く、胸の内を占めていた。俺は女子供問わず徹底的に壊し、蹂躙し、里の忍びをも巻き込んで血に染めた――――そして、長門は壊れた」
「壊れた?」
「ああ。復讐の念が消えたと同時、長門の念は弱まり、やがてはその魂の色も薄れた―――長門としての自己意識が弱まったせいだった。あるいは、女子供を殺す己の業をはっきりと自覚したからかもしれないが」
「他人事のように言うんだな」
「今となっては過ぎ去りしこと―――他人と成り果てた俺にとっては、真実他人事でしかないよ。今の俺は長門としては遠い」
いや、人でさえもないかもしれんとペインは真顔で言う。
「今の俺は六道仙人の意志と、十尾の持つ使命に動かされている、ただの装置に過ぎない。長門の意志の残滓と、六道仙人の義務感と、十尾の欠片の使命が合わさった、一つのシステムにしか過ぎないのだ」
「共通するのは目的だけ。いわば肉の器に集った、集合意識体というわけか………成程、人じゃあないな」
「その通りだ。そして俺は、とある目的を達するため、そしてあることを知るために、一人で旅に出た。各地を流れたのだ」
「それはまたどうして? そこは着々と忍び滅亡の計画を練るところだろ。お前の言うことが本当だとするならば、お前の人格はほぼ六道仙人を基板としている筈。
無差別な破壊活動に出ていないのが証拠だ」
十尾はあくまで欠片だろう、と言うとペインは頷いた。
「知識も持っている。そんなお前が、今更何を? 目的とはなんだ?」
「そうだな………」
ペインは指を一つ立て、言葉を続けた。
「忍者は全て殺すのが最善。だが邪魔だからとて“ただ”壊す、という訳にもいかなかったのだ。忍びが抜けた穴を埋める存在が必要だった。忍びの役割そのものを果たす集団では無くても、全国各地である程度の規模を持ち、また組織力に富んでいる存在を作る必要があった。
その後に起こるであろう混乱を収めるためにはな」
「その組織………それが、“網”か。設立に手を貸したのも?」
「裏の目的があったからに過ぎない。そこで俺は“残月”―――偽名を名乗り、組織を運営していくに相応しい人材をかき集めていった」
これでも昔は、一組織を率いていてのもあるのでな、とペインはその要望を大人びたものに変える。
「ということはつまり、先代の“斬月”―――あいつが名乗っていた名の通りだと“ザンゲツ”……あいつが、あんたの名前を借りたのか」
「ああ。借りを返すため、とあいつは言っていたが」
「借り?」
「俺は網の設立時のごく初期に起きた揉め事などの解決、忍びとの交渉、また妨害工作を秘密裏に防ぐなど、裏から手は貸した。だが表の存在として、組織の裏首領として名乗りをあげるつもりはなかった」
後々の展開を考えれば、どちらにも不利益になるからな、とペインは無表情のままラーメンをすする。
「破壊するものに連なる糸は少ない方がいい。それこそ、無いことが相応しい」
「テロリストだもんな。俺も、言えた口じゃないけど」
色々とやばいことをしているのは、俺も同じだった。多少の違いはあれど、大国側からは恨まれるようなこともある。
「だが、それではあいつの気が済まなかったらしい。俺に何かを返したかった。だから、それで何も返せないからせめて、と………あいつは俺の名前を首領としての称号にした。こちらは全然気にしていないというのにな」
「それは何故?」
「若干の問題解決には手を貸した。だが、組織の基礎と方針、運営の方法、そして大事な所での決断を下したのは全てあいつだったからだ。俺はあくまで初期限定に起こる厄介ごとを防ぐだけの、いわば補助器具に過ぎなかったんだよ」
「でも、知恵は貸したんだろ?」
「教えたにしても、忍者が何を出来るか、など小さな事に過ぎない………設立してしばらく、あそこまで大きくできたのは間違いなくあいつの手腕だ。チャクラも使っていないというのに、人間というのはここまでやれるのかと正直驚いたぞ」
「忍びにしろ誰にしろ、すげえやつはすげえからなあ………で、それが何年前?」
「うちは………便宜上“マダラ”と呼ぼうか。奴が九尾の妖魔を操り、木の葉隠れの里を襲せる数年前だ」
そこでペインは僅かに表情を暗くする。もうひとつ、指を立てて言った。
「知りたいことがなんなのか、と言ったな。それは………忍びのことだ」
「忍者の事を?」
術や体系その他は、理解しているはずだろう。そう問うと、ペインは首を横に振った。
「知識はあった。だが、直接触れ合ってはいない。今の俺となった現在の魂で、雨隠れの腐れ忍者とは直に話しあっても、大国の忍びとは接していなかった」
「だから、網の裏で忍者………各国の隠れ里を探ったのか。忍び達の“今”を知るために」
「そうだ」
「それで、何か分かったのか? 例えば、大戦の原因は忍びだけに在らず、といったこととか」
「………そのとおりだ」
第一次忍界大戦。その発端は、今でも不明とされている。だが第二次忍界大戦の発端に関しては、壮年の忍びであれば誰もが知っていた。。第一次大戦の戦後処理の果てに発生した、経済格差。貧富の差が著しくなったが故に起きた、戦争
“貧乏だが、力はある。そして力があるならば、富んでいる国があるのならば、奪えばいい”それは果たして、大名など国の上層部の意志であったのか。果ては、武力派と忍者達の提案で起きた事であったのか。
「そのどちらか、今となってははっきりしないが、忍びだけが原因で無いのは分かった………しかし、第三次忍界大戦は別だ」
第二次大戦で疲弊した結果、少なくなった人口。荒れ果てた田畑。壊れて使い物にならなくなった道。
そのどれもが戦場を選ばず強力な忍術を行使する忍者という存在が起こしたもの。
「過去、まだ種類が少なかった忍術は戦争という養分を吸いながら発展し、強くなった。そして、その術の威力や凄惨さもまた………」
ペインが少し、遠くを見た。俺は、綱手の弟の事を思い出していた。見るに耐えない程になるまで、人を壊す術というものがあるらしい。螺旋丸も使いようによっては、それが可能となるだろう。
「五つの隠れ里が設立され、そして互いに競い負けぬようにと必要の無い術を開発した。愚かさと残虐さを切磋琢磨し、挙句の果てには関係の無い人達まで巻き込む。結果が、長門であり弥彦であり、小南だ。そして無数の物言わぬ死体達だ――――怨念だよ。憎悪だ、うずまきナルト。未練だ、小池メンマ。復讐をしたいという気持ちを否定できるか?」
「………でき、ない」
キューちゃんが殺されれば、どうなるか。マダオが殺されれば、どうなるか。想像した上で、思った。どんな理由があってもその凶を起こした存在を許すことなどできないと。ペインは頷き、無表情の透明であった顔を憎悪の黒に染め、話を続けた。
「第三次大戦の初期、侵攻のため千名の忍者を投入した岩隠れ………その裏で起きた事を知っているか? 今でも衰えていない雲隠れの国………秘術を探索する忍びが、裏で何をやっているか知っているか? 血霧の里と呼ばれた霧隠れの里も加え、泥沼の小競り合いが起きた事を知っているか? 砂隠れお得意の人形細工。あれが開発されるまでに、何があったのかを知っているか? 木の葉はいわずもがなだ。三代目火影は実に頑張ったが、大蛇丸を野に放ち、ダンゾウを暗躍させたままにした罪は重い」
どれも、正当性がある話で。
「あいつらが裏でどんなことをしているか、お前は知っているか? ―――俺は知っている。各地に残った怨念達が教えてくれた。言葉にするにもバカバカしい、マダラが引き起こした十尾覚醒という出来事の果てに、知ることとなった」
「………十尾は全てを取り込むと聞いたな」
「そうだ。十尾はその巨大な身体の中に人を取り込み、負の思念さえ取り込み、その中に蓄える。取り込んだ者に幻術を見せ、そのの時間と止めたままにするのだ」
「時間を止める………輪廻を廻す、その力とするためにか」
「その通りだ。全てを終わらした後、始まるために」
「………なんだか何処かで聞いた剣の能力と似ているが」
「ああ、イタチの持つ十拳剣のことか? ―――あれも、十尾の能力を解析して出来た結果だろうな。俺が居た時代にはもう存在していたが、まだあるのか」
十拳剣とは、別名「酒刈太刀(サケガリノタチ)」とも言われる、実体のない霊剣のことだ。突き刺した者を酔夢の幻術世界に飛ばし、封じ込める能力を持っているという。いわば剣そのものが封印術を帯びた、切り札とも成り得る武器で、草薙の剣の一振りでもあるらしい。
「あるいは、他者のチャクラを飲み込み自らの力とする擬似尾獣、“零尾”とやらと同じ存在かもしれんな。巨大な力に対向するため、同質の力を解析し用いるのは別におかしい話ではない」
「“十拳”の剣だしなあ」
「言い得て妙だな」
そう言った後、ペインは手元の水を飲んだ。
「まあ、そのイタチの尽力により、大国は今何が起こっているのか、その果てにどうなってしまうのか………遅すぎるが、それを理解したようだな。今や世界の滅亡は秒読みだというのに」
「それを隠したのは、他ならぬお前だろうが」
「それもあるが………根幹となる伝承を忘れ、今に矜じた忍びは、何をすべきなのか、そしてどうすべきだったのかを知ろうともしなかった。それも確かだ。あるいは、自分たちに裁きが下るなど思っても見なかったのだろうな………力による好き勝手がいつまでも通ると思ったのか」
馬鹿が、と。ペインは嘲笑を浮かべ、吐き捨てた。いや、これは六道仙人としての言葉だろう。俺は何となくそう思った。そして並べ立てられた事実を認識する。
裏で何が起こっているのか、俺は理解していた。人が10人いれば、その色も十様だ。善なる人だけが生きていると考えるような甘ちゃんでもない。人の道に外れ、外道に落ち、畜生に成り果てた人間に似たなにか。
そういうのも、この旅路の途中で、幾人か見たことがある。
――――しかし。そうだけれど、決してそれだけでは無い。
「だけど………戦争を防ごうとしている者もいる。平和を愛し、外道を憎む忍びも居る」
筆頭が三代目火影だ。木の葉の中にも数多く居る。他国にも存在するだろう。そして今、軍事力は縮小されている。戦争によって――――死によって学び、それを繰り返さないために努力している。それも事実だろう、と俺はペインに告げた。間違えない人間はいない。人は神じゃない、万能ではないからだ。
ペインは、鼻で笑って全てを否定した。
「だからといって、その言葉だけで全ての間違いが許される訳じゃない。それは、理解しているか?」
「ああ………理解しているよ。つもりだけどな。それでも、全てを滅ぼすという選択もまた、正しいことじゃないように思える」
間違ったから、正す。それは正しい。だが贖罪という概念も無しに断罪を下し、存在を無くす。いわば始めから全てを無かったことにするというのは、違う。それはまるで神の所業だ。人の身でそれを成すというならば、これ以上の傲慢があるだろうか。そして神様だとして、それがなんだというのだ。例え偉かろうと、無闇矢鱈に命を弄ぶことなど、それが許される訳ではない。
「それに………そもそも、忍術が広めたのは六道仙人だろうが。忍術を興したお前の中にいる英雄も、今の世界の現状となったその一因を担っているはずだが」
「そうだな。それも、また事実だ。しかし、反対の事実もある。それ以外の、避けえぬ事態もまた」
「それは………」
二つの相反する事実と言われ、俺は言葉に詰まる。それもまた、確たるものだからだ。どうすれば良いのかなど、それは俺にも分からない。だけど殺してはい終わり、などということも認められない。
(………ん?)
気づけば、迷い考え込んでいる俺の前にいるペインの、その様子が変化する。憎しみの黒を、再び透明なそれに戻している。やがてペインはその顔をこちらに向けた。そして、俺の眼を真っ直ぐに見る。
そこには、真摯な色が灯っていた。
ペインが、ゆっくりと口を開く。
「そう―――だからこそ、お前をここまで導いたのだよ」
声が、森に響き渡った。