小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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16話 : 再不斬と白

 

紫苑の治療が終わった後、メンマは再び屋台を開いていた。夜ももう遅く、客は二人だけしかいなかったのだが、今に限ってはその方が都合が良かった。

 

「はいよ、お待ち」

 

どんぶりに豚骨のスープを注ぎ、湯掻いた麺を放り込む。上に載せるのは青々としたネギと、しゃっきりしたもやし。そして、油の乗った豚の角煮。

 

豚骨スープに豚の角煮―――火の国の宝麺を、再不斬の前に置く。

 

「こっちもだ」

 

白には木の葉の隠れ家にいたころ共同で開発した、木の葉風ラーメン。横にはいなり寿司も付けている。網の職人さん達もよく頼む、定番の定食である。

 

「………おう」

 

「ありがとうございます」

 

無愛想な再不斬と、愛想の良い白が同時に返事をする。

やがて二人は無言のまま、食べ始めた。

 

麺をすする音、スープを飲む音が聞こえる。メンマはその音をBGMとして、何かを言いかけようとして―――やめた。

 

明日、二人は霧隠れに戻る。3年に及ぶ協同関係も、それで終りということになる。

 

(だけど、これが今生の別れと言う訳でもない)

 

メンマはそう思っていた。だから特別な言葉をかけるつもりもなかった。何か別れの言葉を交わしてしまえば、それっきりになってしまうような気がしたから、黙りながら二人の食べる様子を眺めていた。

 

「………」

 

「………」

 

白と再不斬も無言のまま、一心不乱にラーメンを食べ続けていた。少なくともメンマにはそう見えていた。白の眼の端に涙がにじんでいた。それが、どんぶりの中にこぼれ落ちるのを見て見ない振りはしたが。

 

「あ……あははっ、今日は塩辛いですね、このラーメン」

 

「ああ、そうだな」

 

メンマは白の言葉に対し、笑いながら答えた。目のはしに浮かぶ水と、赤くなっている鼻には触れないでいた。

 

「………そういえば、客としてこの屋台で食べるのは初めてだったか」

 

「そう言ってみれば、そうだな。隠れ家で食べることはあっても、屋台でこうして面と向かったことはないかも」

 

メンマはそういえば、と言う。手伝ってもらうこともあったが、この二人が屋台の椅子に座り食べているという光景は見たことがなかったと。

 

そして二人は食べ終わった後。再不斬は箸を置き、一言だけ告げた。

 

「ご馳走様だ………何がおかしい」

 

「いや、初めて言ってくれたなと思って。どうした風の吹き回しなのか、聞いていいか」

「殊更めいたもの言いをするな――――分かっているんだろうが」

 

「もう、行くのか」

 

「ああ。暁が出張ってこないとも限らないからな。夜のうちに距離を稼ぎたい。お前以外の面子との別れは済ました」

 

「そうか………サスケはなんて?」

 

「“今までありがとう。次に会う時は、その大刀を向けられないような戦場の外になることを祈っている”、だとよ。俺も、あの天才小僧を戦場で相手するのは正直ごめんだからな」

 

場合によってはそれも有り得るかもしれないが、と言いながら再不斬は肩をすくめた。

 

「多由也さんには二人でお礼を。お陰で傷も塞がりました、何より――――素晴らしいものを見せて、聞かせてもらえましたから」

 

「形には残らない、一夜の夢の宝物、ってところかね」

 

「正に夢のようだったがな。柄でもないが、綺麗だったと言う以外の表現が浮かばん。あれは一生忘れられん光景になりそうだ」

 

「ほんと柄じゃねーな。まあ、全面的に同意するけど」

 

まるでどこかの国のお伽話の中に紛れ込んだようだった。青の光の乱舞―――幻の如く光る虫の演舞。綺麗という言葉だけではとうてい足りない、言語を絶する美しさだった。

 

「演奏の方も、いつもより冴えに冴え渡っていました」

 

「正真正銘掛け値なしの全力だったろうからな………あ、ちなみに演奏のお代は?」

 

メンマは冗談のつもりで白に尋ねた。白は笑いながら渡しましたよ、と答えた。

 

「僕の秘蔵の“もの”をひとつ、それもとっておきのものを一つプレゼントしました。状況次第によっては、これ以上ない武器となりますよ?」

 

「おいおい、穏やかじゃないな」

 

「いえいえ万が一に備えて、ですよ。また生きて会うことを願って―――一番長く一緒にいた同性、親しき友への贈り物です。まあ友達への初めてのプレゼントが“あれ”というのも、微妙なところなんですけどね」

 

「……あれ、って何?」

 

「秘密です。多由也さんにも聞かないで下さいね」

 

台無しになりますから、と白は笑う。

 

「りょーかいしました。あと、キューちゃんとマダオには?」

 

「ああ、あの金髪オヤジには一応礼は言っておいたぜ。天狐の嬢ちゃんにも、別れは告げた」

 

「僕の白無垢姿を見たかった、と二人とも泣く真似をしていましたが」

 

「両親か」

 

「“むしろ僕が縫う”、と金髪オヤジの方は眼を血走らせていたがな」

 

「職人か」

 

「でも眉なしのセーラー服だけは勘弁な! と腕でばってんを作っていましたが」

 

「天丼か」

 

突っ込みどころが多すぎる。メンマがそう思った時、どこからかお前がいうなという声が聞いたような気がした。

 

「でも、白は明るくなったよな」

 

「そうですか?」

 

「ああ。初めて会った時は、こうなんていうか………触れたら壊れそうな脆さがあった」

触れれば溶ける雪のように。白は、否定しなかった。

 

「そう、かもしれませんね。でもそれはきっと、メンマさんとか、サスケ君―――多由也さんのお陰だと思います。みんな我武者羅で、前を見続けて―――“それがどうした”を地で行っていましたから」

 

僕も、負けられないと思ったんです。白はそういいながら、笑った。

 

「みんな辛い過去があって、それでも前を向くことを諦めずに――――それぞれの道を歩いていました。だから僕も、と思ったんですよ」

 

「ちなみに白の道は………って聞くまでもないか」

 

メンマはちらりと隣の再不斬を見る。

 

「はい。再不斬さんの道に寄り添って、歩いていこうと思います」

 

笑顔で答える白。メンマはその顔と答えを見て聞き、安堵した。

 

彼女は再不斬にただ追従して道を進むだけではなく、寄り添って一緒に歩いていこうというのだ。つまりは自分の道を明確に見つけたということ。自分は道具ではなく、自ら道を進みゆく人だということを思い出したのだ。

 

「………この果報者が」

 

美人かつ気立て良く、一流の忍びとしての力量も備えている。ちくしょう、パーフェクトじゃねえかウォルター。

 

「………白。あの小娘………ホタルといったか。そいつが呼んでいるらしいから、少し行ってやってくれ。さっき聞いたんだが、あの根暗野郎が霧隠れに戻ることをまだ納得出来ていないらしい」

 

「………分かりました。少し、行ってきます」

 

僅かに一瞬。再不斬の言いつけに対し訝しむ様子を見せた白だが、すぐに元の表情に戻った後、席を立った。

 

「すまんな」

 

「謝ることはないですよ。それでは、また」

 

言いながら、白は去っていく。

 

 

 

 

 

 

そして屋台のカウンターを挟んで二人、メンマと再不斬の二人だけとなる。

 

「察してくれたようだなあ。相変わらず空気を読むのが上手い」

 

「誤魔化すな――――白が戻ってくるまで時間もない。単刀直入に話すぞ」

 

前置き、再不斬は最短距離で話しを切り込んできた。

 

「何故、“今”だ」

 

嘘は許さない、といった眼で再不斬は問いかけてきた。並の忍びであれば、その眼光だけで死ねるだろう。メンマはその問いに対する答えを、迷うこと無く口にする。

 

「何故じゃないよ。“今”しかないからさ」

 

深呼吸。一息吸って、メンマは続きの答えを言葉にした。

 

「状況が重なった今だからこそ、二人は霧に戻ることができる。今は戦の前の緊張状態………軍事力でいえば木の葉、岩、雲よりも一歩劣る霧が、二人の帰参を拒む筈がない」

 

平時ならばいざしらず、とメンマは肩をすくめる。だが再不斬はそれで納得しない。険しい表情を崩さず、続きを問うた。

 

「そうじゃない、違う………誤魔化すんじゃねえ。俺が聞きたいのは、最大の敵を前に戦力を減らす――――遠ざける。その、理由だ」

 

「………簡単に言えば適材適所、かな」

 

「ああ?」

 

「昨日、話し合って分かっただろう………あの化物を前にして、数は意味を成さないということを」

 

あらゆる攻撃を遠ざける、という究極の防御術。同時衝撃を与えられるだろう、避けようもない究極の攻撃術。加え5行、火水雷土風を自在に駆使し、手裏剣影分身などの忍術をも使いこなす。そして今は十尾を従えているため、スタミナ、チャクラ共に底なしだろう。極めつけは一度見た術を瞬時に理解する、輪廻眼。紫苑から伝え聞く所によると、高度な結界術の行使も可能だとか。

 

それらをふまえた上で、昨日カカシが犠牲になったあと皆で十尾打倒の案を出しあったが、どれも確実性に欠けるものばかり。小一時間話しあったが、結局のところ確たる結論はでなかった。

 

「確かに、相手は百戦錬磨の上、万能に近い能力を持っている。半端な小細工は通じそうにないがな」

 

逆にこっちが術中にはまる可能性が高い、と再不斬は忌々しげな表情を浮かべる。

 

「幻術の腕も超一流だからな。数で挑んだら同士討ちを誘発されそうだし、数の有利による死角も生まれる………それを逃す相手じゃないだろう」

 

無意識の油断が致命的になる。相手も、それを熟知しているはずだ。

 

「比じゃない手数の多さと生半可ではなく強力な札―――正真正銘の最強だ。確実に勝てる手段を講じなければ、諸共滅ぼされるぞ」

 

勝てるかもしれない、では駄目だ。半端に手を出せば腕ごと持っていかれかねない。

確実に心の臓を抉り込めるような、そんな戦術を使って挑まなければ相手にかすり傷ひとつもつけられないだろう。

 

「………これだけの面子が揃っていても不利だってのは信じられんがな。だが、それでも勝算はあるはずだ」

 

「だけど、な。相手は小回りがきくし………万が一挑んだとして、相手がこちらの賭けに乗ってくれるかどうかも分からない」

 

決死の特攻も、相手が乗ってくればこそだ。透かし、逸らされ、逃げられればそれまでだ。最強の戦力を揃えた上でガチンコを挑んでも、肝心の相手がその勝負を受けてくれるという保証はどこにもない。その隙に違う所を、弱った箇所を攻められれば………それこそ、最悪の状況に成りかねない。

 

相手は一人。数では最弱。だが、強みもあるということ。潜入も潜伏も不意の急襲も全て思いのままになり、それを成せるだけの能力も備えている。

 

「最強かつ最凶、最悪のテロリストだな。やっていることは世界のためかも知らんが」

 

「なら、どうするってんだ?」

 

再不斬が不機嫌に問う、その疑問に対してメンマは笑みだけを返した。

 

「予てからの草案はあったんだけどな………」

 

昔から考えていた、最終手段。絶対に避けられない――――然るべき場で、放ち得る最強の一撃を、叩き込むこと。防御もくそもない、全ての力を押し切れるだけの、一撃を。クリアしなければならない条件が多々あるんだが、この分だとなんとかなりそうだと。

 

「………お前、まさか………アレを使うつもりか」

 

メンマの言いたいことに気づいた再不斬が、視線で“正気か”と問う。

苦笑だけがその場に残った。

 

「それしかないんだ。どうなるかは分からないし、どちらに転ぶかも今はまだ分からない。それとは別に、しなければならないこともあるし」

 

自分には絶対にできないことだ。メンマがそう付け加えると、再不斬は不承不承といった様子で首肯を見せた。

 

「今は、あの野郎に付け入る隙を与えないように、各里の内部の暴走を防ぐ」

 

「そのとおり」

 

一発で正解を言い当てる。再不斬も、頭はきれる。流石にこの状況で取るべき選択肢を誤るような間抜けではない。

 

「つまりは別の方向からの干渉を防ぎ、余計な手が入らないようにする。だから俺達で霧隠れの暴走を防げ、ということか」

 

「全部正解。それは誰かがやらなければならないことで、俺には到底実現できないことだ――――その当たりの背景は、分かってるだろ?」

 

対外的には未だ九尾の人柱力となっているメンマだ。各方面の説得といった分野には、最も適さない人材だと言えた。

 

「人に説得を行っていう人間は、その前に必ず素性を明かさなければならない。そして俺が素性を明かして説明をすると、脅迫にも成りかねないし、余計な火種を生み出さないとも限らない」

 

相手の印象が不明な今、迂闊な賭けは何よりも慎むべきこと。だから自分では不可能なのだとメンマは主張する。再不斬も、それには同意する他なかった。

 

「そうだな。お前は良くも悪くも、火薬のような存在だからな」

 

「言うに事欠いて火薬? ………でも否定できないな、くそ」

 

事実とも言える。

 

「理屈では分かっちゃいるんだがな………」

 

「分かってるだろう? 戦争が起こるのはこれ以上ない程に拙いだよ。恐らくは開戦となった時点で、忍者の世界は終わる」

 

ペインと十尾………あの化物共を分析した後、メンマ達はそういう結論に出した。

 

“あの化物共は、戦場の中でこそ真価を発揮する” 

 

戦場のような混沌とした場で、十尾の欠片と死体の人形を駆使したゲリラ戦を展開されたらどうなるか。まず、戦線が混乱し、各勢力が入り乱れた泥沼の消耗戦になってしまう。そのまま戦死者が増え、死体の数も増える。そして、ペインが操れる人形の数も増えるということだ。相手側の戦力がネズミ算式に増えた結果、次第に戦域は拡大していくだろう。

 

あちこちで戦闘が起きて、あちこちで死人が出る。ペインはどうだか知らないが、忍びという輩は非常時ならば一般人を巻き込んでも戦闘を行う。そうすれば、必然的に負の思念は増大しようというもの。

 

時間と共に十尾の力は増し………最後に待っているのは、負の思念を吸収しつくした、十尾。本格的な覚醒に至る。想像できる事態を並べた後、再不斬は忌々しげに舌打ちをした。

 

「そうなれば、打つ手は無くなる。太古の時は十尾を封印し得る可能性をもつ人間………仙人の肉体と眼を持つ者がいたから、滅びずにすんだんだろうけど………今はそういった都合のいい存在はいないからな」

 

つまりは、十尾が完全に復活すればこちらに抗う術がなくなる、ということ。

 

「それに、例えペインの目論見を阻止できたとしても、第四次忍界大戦が起こってしまえば―――何もかもが台無しになっちまう」

 

他はどうだか知らないが、それはメンマにとって最悪の事態だった。なんとしても避けたい所だ。取りうるべき策は一つ。敗北と成り得る可能性の種を潰していくこと。

 

「お前は―――そうして、最後に………事態を真っ当に終息させようってのか?」

 

無茶だ、と再不斬は言う。強引な手を使ってでも、何とかするべきだと反論する。

 

「半端な方策は意味がないぞ―――あれもこれも、と望んだとして、全部すんなりと行くはずもない」

 

再不斬の呆れたような声に対し、メンマは苦笑を返さざるを得なかった。

 

「まあ、正直………今の事態は予想外も極まるものなんだよなぁ。事前知識も無駄になって、前もって用意していた策もあの規格外コンビ相手では役には立たないし。だから、何もかも真っ当に終わらそうなんて甘い考えは捨てた。埒外の相手をするには、足りない部分がある………」

 

不足部分を埋める“もの”が必要になる。

 

「代わりに必要となるものがある。綺麗事だけじゃあ、人は殺せない………“分かって”、言ってるんだろうな?」

 

「ああ」

 

「なのに何故手前は、逃げるという選択肢を選ばない?」

 

「………今回はなあ。今までのどれより、何より、逃げられない理由があるんだよ」

 

だからこそのもう一方さ、とメンマは視線を再不斬に合わせながら答える。

 

「いつだって目の前の扉二つ―――開けられるのはひとつだけだろう?」

 

壁についた扉―――右か左か。どちらかしか開けない。力尽くで乗り越えるという手もあるが、今回の壁は天まで届く高さだ。乗り越えることは不可能。ならば、あとはどちらか一方を選ぶしかないのだ。間違えた先に待っているのは、底なしの奈落だとしても。選ばなければいけないときがある。

 

「………今の状況じゃあ足踏みもできねえ、か。だが、一つ腑に落ちない点がある」

 

再不斬はメンマの眼を見据え、問うた。

 

「そこまでお前が拘る理由ってなあ、なんだ? どうも尋常じゃないことみたいだが」

 

「………顔見知りを死なせたくない、じゃあ駄目か?」

 

「だめだな。この3年、お前と一緒に居た上でそれなりに分かった事もある。それも本音だろうが、その底の下にもうひとつ理由があると見たぜ?」

 

「あー………なんといえばいいのか。そうだな………」

 

言葉を思索しながら、メンマは周囲にだれもいないことを確認する。

 

マダオとキューちゃんがいないことを確認する。

 

 

その後、メンマは再不斬に戦う理由について、その内容を告げた。

 

 

「………成程」

 

納得した、と再不斬が神妙な顔で頷いた。

 

「糞みたいな因果だな、まるで」

 

理由を聞いた再不斬の顔が、わずかに歪んだ。

 

「―――六道仙人曰く。因果というものは、人の間で巡るものらしいぞ」

 

そして返ってくる。

 

(因果応報………上手く出来た言葉だよ全く)

 

何かの因子はいつかの果てに応えて、最後には以て報いとなって返ってくる。発端の因子は人の間を駆け巡り、最終的に一因である皆の元に帰ってきたのだ。メンマは断言する。ならばもう、逃げ場などはない。ここから逃げれば、自分は誰でも無くなってしまう。

 

(あるいは、もしもの話――――隠れて夢だけを追い続ける生活を続けていれば、また違った結末を迎えていたのかもしれないが)

 

あくまで、もしかしたらの話しなので、それを想像すること自体に意味はないのだろう。

「あと、そうだな………」

 

一つ聞きたいことがあるんだが――――と、喉元まででかかった言葉を腹の中に引っ込めた。

 

(聞きたかったのは、悪名高き同期生殺し――――その真実)

 

その後、同期生同士で殺しあうという悪しき風習は廃止となった。

その後、水影を暗殺しようとした。

 

それに―――例え才能があるといえど、戦場の経験も無い忍者未満の下忍が、同じ境遇にある同期生を皆殺しにできるのか。人柱力でもない、特別な血継限界も持たない子供に可能な芸当なのか。

 

そしてここではない何時か。

 

“俺は俺の道を往くだけだ”と言った鬼が居た。

雪の下で涙を流した鬼が居た。白の横顔を見ながら散った鬼が居た。

 

色々と不可思議な点があり、あるいはそれらは一本の線で繋がっているのかもしれないその当たりの所を、いつかは聞こうと思っていたのだが―――それは止めた。

 

ここから先は、霧隠れに戻ってからの再不斬の働きを見ていれば分かることだろう。

無粋な言葉で問うよりも、その方がきっといいと―――そう、思ったゆえに俺は沈黙を選択した。

 

「いや、いいよ」

 

「? なら、いいが―――っと、白も戻ってきたな」

 

 

――――時間だ。

 

 

そう言いながら、立ち上がる再不斬。メンマは屋台から出て、戻ってきた白と再不斬の二人、ここで別れとなる仲間に対して向き直った。

 

「………もう行く。お前も気をつけろよ。根とやらと大蛇丸率いる音が襲ってくるかもしれねえからな」

 

「忠告ありがとう。でも、考えすぎじゃない?」

 

「違う。影は影だからして影故に―――死角から背中へ向けて襲い来る。油断が過ぎれば、心臓まで貫かれるぞ」

 

「………油断を生じさせた時。いや、油断があるからこそ、影は背中から襲い来る?」

 

影が影であることを忘れた時、背中は完全な死角となる。

 

「忍者は裏の裏を読め。そうだったな………波の国でのことを思い出したよ」

 

あの時、波の国で再不斬が7班と戦った時だ。あの最初の戦闘の時、再不斬は二段構えの戦法をとった。水分身2体によるフェイク――――1体目は殺させるための的で、2体目は実体を思わせるための囮。その二つがあったからこそ、再不斬はほぼ完全なタイミングでカカシの背後を取ることができたのだ。

 

上忍というものは一筋縄ではいかない。背後を取られたとて、警戒していれば対処のしようもある。だけど油断があった場合、その対処も不可能となる。本当の意味での死角と成り得るのだ。

 

「油断を“させて”から、襲いかかる………」

 

「俺らと一緒だ。それにまだ、影で動く事こそを得意とする輩が、二つ。潰されもせずに残っているだろうが」

 

「………ああ」

 

「お前が死ねば、木の葉に綻びが生まれる――――戦争になるかもしれない。確かに今のところは上手く行っている。戦力も増えた。

 だけど、肝心なところで間違ちまったら意味がない。マヌケな油断だけはしてくれるなよ」

 

「ああ。肝に銘じておく」

 

「それでいい」

 

再不斬はメンマの問いに答えた後、白を目配せをした。時間だ、と行っているようだ。

 

つまりはこれで別れの時。

 

(………えっと、何といおうか)

 

メンマはそんな二人に対して、かける言葉が見つからなかった。別れの時だ。それは理解している。一時的なもの、永遠のものを含め、別れという事象は今までに幾度も経験してきた。

 

紫苑然り、ザンゲツ然り、紅音然り、キリハ然り。だがこの時に限っては、正直何を言えばいいのか分からなかった。実を言えば、この二人が一番、一緒に居た時間が長かった。木の葉にいた時から含め、3年。同じ屋根の下で過ごした、というのも、同じ釜の飯を食った、というのも。

 

四季折々の風景を共に見た、というのも全て。この二人が、初めてだったのだ。あくまで一時的なものかもしれないし、五影会談の場で会うこともあろう。これが今生の別れになるとは限らないし、また会える機会がある。

 

だけど、もしかしたら――――ということもある。

 

あるいは運が悪ければ、一生の別れとなるかもしれないのだ。だから何かを言わなければ、とメンマは内心で焦っていた。

 

しかし気の利いた言葉も浮かばない。どうしようもなくなったメンマは、考えず、思うがままに言葉を紡ぐことにした。

 

 

「そうだ、隠れ家に置いてある…………二人の荷物な」

 

 

気掛かりだったことを、口に出す。そしてその後は、自分の考えていること、想っていること―――望んでいることを多分に含め、正直に話した。

 

「ずっと、残しておくから」

 

過ごした痕跡。食器や服。日常の残り香。隠れ家の生活で、それなりに痛んだ鍛錬場の器具。二人の部屋の布団その他、私生活に使っていた用具。それら全て、取りに戻る必要がないものだ。次の土地、霧隠れの里で用意されているもの。

 

そして、もう一つ。人には、特に他里の忍者見せられないもの――――ここ2年で撮り貯めた、写真群。

 

隠れ家を背後に、全員で取った写真。撮影は影分身。

7人全員が、揃っている写真で、匠の里で貰ってきた後、始めて撮影した写真でもある。

いつかの祭りで撮った写真。ヤクザ、お嬢、赤黒の美少女コンビ(仮)、アフログラサン、パツキン幼女、鉢巻を巻いた屋台のおっさんが映っている写真。混沌とした写真だが、これも良い思い出として残してある。

 

笛を吹いている多由也と、近くに群がる動物達。それをじっと見つめているサスケ。集中し、目を閉じながら笛を吹いていると、知らず動物たちが寄ってきたという。多由也は演奏の後、目を開けた驚いて、ひっくり返ったらしい。その後、その光景を見ていたサスケをぼこったらしいが。

 

多由也の笛の音に合わせ、刀を使った即興の演舞を披露しているサスケ。シャッターのタイミングが悪く、まるで魔界のプリンス(笑)が使う格好悪い魔法のポーズになっていたが。

 

刀を使った模擬戦をしている、再不斬とサスケ。最初は寸止め形式で試合をしていたが、回数を重ねる毎にヒートアップ。最後にはデッドヒートとなった結果、双方ともに洒落にならない傷を負ってしまったのはいい思い出だ。その後、心配していた白と多由也の二人の顔が般若と化したが。

 

麺を打っているメンマと、隣で手伝っている白と多由也。この二人のエプロン姿は正直いって反則だと思う。白い麺、飛び散る汗、舞い散る粉、首筋にひっついた髪―――絶妙なアングルで取られたそれは、マダオをして至高の逸品と言わしめるほどだった。ばれた二人に、取り上げられてしまったが。ちなみに身代わりの術を発動。仲良く二人はボコられました。その後メンマもキューちゃんに噛み付かれた。

 

横に並んで座り、月を見上げながら酒を飲んでいる再不斬と白。二人に秘密で撮った一枚。白は浴衣姿で、再不斬の酌をしていた。何と言うか絵になる光景だったので、思わず撮ってしまった。

 

余計な事を言ったサスケが、多由也にアッパーカットされている写真。誕生日関連の話をしている時に、余計な事を言ってしまったらしい。

 

 

真剣な顔で狐耳と狐の尻尾作っているマダオの姿。キューちゃんに発見された後、諸共に火葬されたらしい。実に惜しかった、悔恨を思い出させる一枚でもある。

 

 

何でもない光景。馬鹿をやっている光景。隠れ家での日常を写したそれらは全て、あの秘密箱の中にしまってある。それらが、まだ隠れ家に残っていることは二人とも知っていた。だけど霧隠れの忍びの目があるため、それらは絶対に持っていけないということも、理解していた。

 

万が一のことが起きた場合、不利な材料と成りかねないからだ。“うちは”であるサスケや、九尾の人柱力であるメンマとの繋がりは、大っぴらにしてはいけないだろう。持っていけないもの全て。要らなくなったもの、全て。

 

メンマはそれらの全てを、そのまま触らずに捨てないで残しておく、と二人に告げた。

 

 

―――忘れない、と。

 

 

「………ああ」

 

「あ、りがとうございます」

 

仏頂面で頷く再不斬と、少し泣きそうになりながらも、笑顔で返事をする白。二人の気配が僅かに揺らいだ。メンマはそれを見て思う。自分の言いたいことを理解してくれたのだろうか、あるいは隠れ家での生活を思い出したのか。

 

どちらかは聞かなかった。何となく分かっていたからだ。

 

「思えば、木の葉崩しに始まって、次は雪の国での戦い。そして暁の鬼鮫、角都、飛段との戦い。全ての戦闘において、本当に世話になった………ありがとう、助かったよ」

 

そうして、メンマ達は無言で握手を交わした。またな、という言葉も忘れない。二人は頷き、同じ言葉を返した。

 

「こちらこそ世話になった。波の国のあの時、お前が介入しなければ―――俺も白も死んでいたかもしれない」

 

「だから互いに礼を。そして―――再会の約束を」

 

また会いましょう、と白が言う。

 

「それじゃ……またな、二人とも」

 

「ああ、またな」

 

「ええ、また」

 

 

言葉の後、二人は踵を返す。こちらに背中を向け、自らの道を歩いていくのだ。それを、引き止めることはしない。再会の約束は交わしたのだ―――あとは見送りの言葉だけ。

 

そう思ったメンマは、遠ざかる二人の背中に向け、言葉を送った。

 

 

「――――登り詰めろよ!」

 

 

あの二人なら色々とやらかしてくれるだろう。良い方向に導いてくれることだろう。

鬼鮫に匹敵する力を持つ再不斬と、それに近い力量を持つに至った二人ならば。色々なことを知った二人ならば、できないことは無いはずだ。

 

再不斬はその呟きに対し、言葉では答えず、ただ一つの動作で応えた。

 

振り返らないまま、背負ったの首切包丁の柄を掴み―――それを高々と翳した。当たり前だ、と言っている気がした。そうして二人は一度だけ振り返った後。

 

再不斬は不敵な笑みで。白は微笑で。互いに笑い顔を見せた後に、去っていった。

 

(―――大丈夫そうだな)

 

その笑顔を見たメンマは、ひとつの確信を得ていた。きっとあの二人はあのまま変わらず、霧隠れを変えて行くのだろうと。生まれ故郷である霧隠れの里を発展させていくのだろうと。

 

―――かつての血霧の里の遺恨や悪習。それら全て、古き悪しきものを全てぬぐい去っていくのだろうと。

 

直接には聞いていないし、確たる証拠もない。だけどそれがあの二人の望みなのだと、そう思った。

 

自分達と同じく――――きっとそれが、あの二人の忍道なのだから。

 

 

「またね、か…………そうだな。また会えるよな」

 

 

残された肌寒い森の中、夜空の下。

 

一人呟いた言葉は小さな風となり、木の葉を微かに震わせた。

 

 

 

 

――――数秒の後。

 

誰もいないはずのその場で。ただ一人、メンマの言葉に答える者がいた。

 

「………残念ながら、それは無理だろう」

 

背後の林、月光閉ざされた暗闇の中から、声は聞こえた。うっすらと漂っていた気配―――半ば予想していたことでもあった。紫苑を連れ出したその時から、覚悟していたことだからだ。

 

「―――だけど漸く(ようや)。アンタの望むがままに踊らされて、踊らされ続けて………」

 

意を決して向き直る。そこに在ったのは、予想通りの姿。メンマはその人物と正面から対峙し、名前を告げた。

 

「何とか死なずにここまで来たぜ―――――ペインさんよ」

 

 

――――そうして。

 

 

かつての時。古の時に約束され、忘れられた伝説。

 

16年前。あるいは必然的に、始まってしまった悲劇。

 

それらを経た12年前。半ば偶発的に発生した、喜劇。

 

 

付随する人の道と忍びの道、横並ぶそれら全てが複雑に絡まり合って、生まれた、螺旋のような物語。

 

 

その終幕が、青白い月光が輝く夜空の下、蛍のように光り瞬く星の下、この対峙の時を鈴として、人知れずゆっくりと、上がっていった。

 

 

 





3章・了


次は最終章です。

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