「ふう、これで全部か………」
火影の執務室。綱手は机いっぱいに積み上げられた報告書を一通り見おわると、固まった身体を解そうと背伸びをした。大きめな胸が更に強調される姿勢。自来也あたりが居たら、鼻の下を伸ばしていただろうが、あいにくと今は此処にはいなかった。数日前に情報を集めてくると、木の葉隠れの里の外へ出て行ったきりだ。
「無事だといいが………」
暗い声。綱手は自来也が木の葉を出立する直前に、二人きりで交わした会話を思い出していた。
「………自来也。どうしても行くのというのか」
「ワシだけ何もせんという訳にはいかぬからの。なに、雨隠れに潜入するような迂闊な行動はせん。少し、昔の思い出の場所に立ち寄ってみるだけだ」
「本当か? あそこは木の葉隠れの里よりは、雨隠れの里に近い。ペインとやらに遭遇する可能性も高いはずだ。ナルトの言を信じるならば、たとえお前でもその者と戦えば危うい」
「お主らしくないのう。忍びの任務に死の危険は付き物だろうに。何をそんなに心配している」
「嫌な予感がするだけだ………ふん、他意はないぞ」
「相変わらず素直でないの。任務に赴く戦友に向けて、“死ぬな”の一言ぐらい言えんのか」
「いくら殴っても死なん奴が何を言っている。私の本気の拳を受けて死ななかった奴はお前だけだぞ」
「いや、あれ本気で死にかけたのだが………」
「覗きには死を。乙女の鉄則だ」
「………乙女という歳か、ぬおっ!?」
間一髪。自来也は突き出された拳をしゃがんで避ける。
「………前にも言ったと思うが、覚えているか?」
いい笑顔の綱手に対し、自来也は震えながら答えを返した。
「乙女に対してに年齢を聞く奴には死を、だったか。やれやれ、乙女という生き物は物騒じゃのう」
「今まで知らなかったのか? どうりで振られに振られるはずだ」
「一番よく知っておるよ。なにせお主と一番長くいたのはワシなのだから」
綱手は言ってくれるな……と凄んだあと、溜息をはいて首を振った。
「行くのか?」
「………木の葉隠れの未曾有の危機とあって、一人里の中に閉じこもっているようではの。あの世で待っているエロジジイに顔向けが出来ん。何、上手くやるから心配はするな」
気負った風もなく告げる自来也に対し、綱手は胸元で腕を組みながら溜息を向けた。
「お前の“心配するな”、はキリハの“無茶をしないから大丈夫”と同じくらい当てにならんからな………って、何処を見ている」
「いやいや………弟子にしてやった講義を思い出していただけだ」
「ああ、あの大変態卑猥ソングか? 風影の兄とカカシ、ナルトも巻き込んで宿の中で盛大に歌っていたそうじゃないか………宿の主から苦情がきていたぞ」
鼻に詰め物をしながら苦情を言いにきた宿の主の姿を思い出し、綱手はためいきをつく。
「―――――夢は止まらぬ。浪漫もまた、止まらぬさ」
腕を組みながら虚空を見上げ、自来也は格好いいことを言い放つ。“油”と書かれた額の被り物に日光が当たり、輝いていた。
「ちなみに横で聞いていたキリハは激怒していたぞ」
サクラは何故か私の胸を見た後しょんぼりしていたが、と言う綱手。
「さっきの白い目はそれのせいか!?」
「知らん」
「くっ、ここに来てワシの威厳が………!」
「そんなものは始めから無いから心配するな」
笑い、優しげな目を向ける綱手。苦悩する自来也。やがて、ふたりはどちらともなく、いつかのように笑いあった。
「まったく、昔のままだ。本当にお前は、あのエロガキだった頃から変わらないな」
「お前は随分と変わったがのう………あのまな板綱手が、猿飛先生の後を継いでのう。今や五代目の巨乳火影だぁ」
時の流れを痛感するの、と言う自来也に対し、綱手は苦笑を返す。
「そうだな………同期のお前を見ていると、余計に実感するな」
「そうじゃの。死に別れた者達の想い上に生き続け………お互い、あの頃の猿飛先生よりも年は上となった」
ダンや、縄樹。猿飛先生や、他に居た同期の面々。戦場の外で出会い、戦場の中で別れを繰り返した。もう残っているのはほんの僅かだ。彼らの名前は今、かの墓碑に刻まれている。二人とも、死に別れた戦友達の顔は今でも覚えている。彼らもまた、木の葉を守る英雄だったのだ。忘れるはずがあろうものか。
―――木の葉のために。
大切な守るべき玉を。子供達の未来のために、死んでいった英雄達を。
「それでも過ちを重ね、生きてきたのは何のためか………」
「………自来也?」
「綱手、話は変わるがナルトのことをどう思う?」
「………こちらを信頼してはいないな。キリハ他一部の者以外では、その在り方も接し方も、抜け忍か網の傭兵そのままだ」
「ワシも同じことを思った。大体が、多くのことを知りすぎている。それで尚悪用しないのは不思議だと思っていたが………なぜだろうな。悪いことになると思えん」
「………猿飛先生のことがあるからだろう。死ぬ間際の餞の言葉、あの時お前は聞いていたんだろう」
「まあ、の」
「ふん、それになんだかんだいってお前が一番、ジジイのことを尊敬していた」
「そうだのう………まあ、あやつはワシら木の葉の忍びとは、根本から在り方が違うようじゃが」
「組織に帰属していないが故の奔放だ。属すれば人も組織人だが、あいつは違う。だから良くも悪くも、枠にとらわれない」
そのままの自分で、人と接する。肩書で人を見ないし、誰かの評判も気にしないのだと綱手は言う。
「そういえば天狐………九那実といったか。あやつもそう言っておった。自らにのみ帰属し、自らで決めた戦いであれば例え木の葉が相手でも戦うだろうと」
「ふむ、生い立ち故………私らのように隠れ里のためではなくて、自らのために死ぬというのか」
「キリハを助けたのもそうだろう。あの屋台で一番の常連客だったらしいからの」
「つまり、木の葉崩しの時は、木の葉を助けたわけではなく?」
「ついでに過ぎんだろう。あるいは我愛羅に何か思うところがあったのかもしれん。それを別とすれば、立ちふさがる者を除けば音や砂の忍びとも戦っておらんしのう」
「それもまた生き方だろう。もしかして、羨ましいと思っているのか?」
「いくらか気持ちは分かるだろうが、羨ましいとは思わんよ。今のワシがあるのは、猿飛先生やお前………相談役のあのジジイ達もか。出会った先にここにおる。いっそ煩わしく思う時もあるが、ナルトのことを聞いた時には一部の愚行に嘆きもしたが………木の葉の里の忍びであることを、心底捨てたいと思ったことはない」
霧のように血に染まらず、勇壮勇士が集い、かつ人としての在り方を忘れないこの葉隠れ。火の影の元に集う温かい灯り達。心を残しているが故に戦場で傷つき壊れる者達も数多くいるが、それでも自来也は木の葉隠れの里を愛していた。英雄たちと同じように。
「………らしくないな。お前らしくない」
先のような問いを受けた場合、いつもならば言葉で誤魔化すだけなのだ。そんな自来也が、素直に言葉を返していることに綱手は驚きを隠せない。
こんな表情を浮かべているのにも、納得ができない。
「分からないな。自来也、いったい、どういう心境の変化があったんだ?」
不安気に綱手が訪ねる。自来也は真剣な顔のまま、綱手の両肩に手をおいた。
「―――綱手。嫌な予感がするのは、実はワシも同じなのだ。何かが迫ってくるのを感じる」
「“殺す”という言葉のことか」
「そうだ。だからこそ今、ワシは木の葉隠れの里を守るために、情報を集めねばならん。行かねばならんのだ。じっとしているのも、性に合わんしの」
「それは分かっているが………恐らく敵はペインだ。ひとたび出会えば死ぬぞ。雨隠れに深く潜っていた半蔵をも屠る輪廻眼とやら……到底、一人で勝てる相手ではないだろう」
「なに、大丈夫だ。いざとなったら逃げるだけだ…………そうさな、そうだ。ならばお前はワシが死ぬ方に賭けろ!」
「はあ?」
「いや、何、お前の賭けは外れるからのう。ワシは生きて戻る方に賭ける」
「………分かった。その通りにしようか」
そう言った後、自来也は口だけの笑みをみせる。
「うむ………そうだの。ワシが賭けに勝ち、生きて帰った時は………」
じっと綱手の顔を正面からみつめる自来也。
綱手は困惑の表情を浮かべていた。頬を少し、赤く染めながら。
「自来也…………?」
「…………ん、冗談だ冗談。何、心配せんでもワシは死にゃあせん!」
笑いながら、自来也は歩き出す。去りゆく自来也の背中を見た綱手は、何か嫌な予兆のようなものを感じた。
「っ自来也!」
綱手の声。自来也は手を振るだけで、振り返りらずに綱手の声に答えた。
「――――木の葉隠れを。キリハを、ナルトを…………頼むぞ!」
思い出した綱手はあの日から何日経過したのかを数える。
「………もう一週間、か」
最後まで格好をつけたまま出て行った自来也。出て行った後、期日を過ぎても何の連絡もなかった。距離でいうのならば、もう戻ってきてもおかしく無い頃だ。場所が場所だけに慎重に行動しているので、遅れているのだろうか。あるいは何か重要な手がかりを得たせいで、こちらにはまだ戻れないのか。
そこまで考えた綱手は自らの頬を張る。どちらにせよ今私に出来ることは、既存の情報を分析することだけだと考えたのだ。奮起し、山のような書類をあさる作業を再開する。
そうして一通り見た書類。その中から、気になることが書かれているものを取り上げた。
「ふむ、こいつはあの時私を襲ってきた者の一人か。なになに、2年前の木の葉崩しの際、遭遇。戦闘した結果……………死亡?」
気になる部分の内容を読み上げると、またひとつ別の報告書を手にとった。
「―――襲撃の後詰め部隊、死の森の外れで遭遇した。だがこいつは2年前の任務の際にも遭遇した…………その時は任務のこともあり死体は確認できなかったが、確実に致命傷を与えたと思われる………」
その後もいくつか報告書を読み上げる綱手。全て確認した後には、綱手の顔色は青くなっていた。
「死亡したと思われる忍びが大半………死体の損傷具合を見るに、他の忍びもここ2、3年以内にどこかの忍びに殺害されたと思われる、だと?」
一体どういうことだと、綱手の眉間に皺が寄る。
「まさか死魂の術か………いや、それならば忍術を使えないはずだ。死魂の術とは違うはず………」
ならば一体、と綱手は腕を組みながら考える。使われた術は極めて高度なもので、その概要は“死体を操り、かつ忍術を体術を使えるまでチャクラを補充した上で、自在に操る”という馬鹿げた効力を持つもの。だが綱手でさえ、そんな術が存在するなど聞いたことがない。実在するならば、確実に禁術以上に位置する忍術。あるいは、極伝レベルに達するほどだろう。
「もしかしたら大蛇丸の新しい忍術か………いや、この術は常軌を逸している。人間の範疇ではない。かといって口寄せの妖魔が使うものでもないな。可能性があるとするならば………やはりペイン、あるいは輪廻眼か」
実に厄介な術だと、綱手は更に眉間の皺を深くする。
「だが明確な対処方法が無いのも事実。あるいは、術者のチャクラが尽きるのを期待するしかないが………」
これだけの術だ。膨大な量のチャクラが必要になるだろうから、用意にかかる時間も相当なはず。いくらなんでも、連続して使えるわけがない。
そう、思った時だった。火影の執務室がノックされた。静かな部屋の中に、こん、こんという音が鳴った後、付き人のシズネが部屋の中に入ってきた。
「お客様です―――その、ナルト君が至急会いたいと」
「ナルトが………?」
うずまきナルトについての報告を思い出す。確か、山中の花屋に訪れたあと、ふらふらと隠れ家に戻っていったらしいが。
ここ数日程は音沙汰がなかったナルトが、至急会いたいということは、どういうことか。確かめるためにも会わなければならないと判断した綱手は、すぐに会うことを決めた。
「良いニュースととびっきりなニュースがある。どちらから聞きたい?」
「とびっきり………? 良いのか悪いのかどっちだ」
「どちらとも」
「………良いニュースの方から頼む」
「ならばひとつ。うちはサスケがうちはイタチと和解した」
「………本当か!?」
「サスケの力づくの説得でね」
そこから、ナルトはかくかくしかじか、一連の出来事について説明をする。
「そうか………暁はどうすると?」
「抜けると言っていた。ただ病に犯されているため、全力の戦闘は不可能らしい」
「そうか………では、とびっきりな方とは?」
「良い方は………うちはマダラが死んでいたということ――――」
そしてもう一つ、とナルトは指を立てる。
「――――ペインの正体について」
全てを聞いた後、綱手は沈痛な面持ちで火影の机をじっと見つめていた。
「………それは本当に本当なのか?」
「確かめる術は本人に会うことしかないけど、嘘じゃない可能性が高い。あんな規格外が複数人存在すると思う方が不自然だ」
「―――六道仙人と十尾。そして“忍び滅ぶべし”、か」
ぽつり呟き、綱手は少し黙り込む。木の葉隠れの火影かつ、千手の直系である綱手だ。聞かされた綱手にとっては、かなり複雑な心境だろうと悟ったナルトは、しばらくの沈黙の間に付き合った。そして分が経過した頃。ナルトは綱手に質問をした。相談とは、紫苑の傷を治療する方法についてだ。
「難しいな。経絡系の治療だけは、流石の私でも如何ともし難い。詳細は追求しないが………聞くに、その娘の傷は、体内門解放の後に負う傷に近い。その分野においては、昔から幾度か研究が重ねられてきたが………方法については未だ確率されていない」
「でも、資料はあると?」
「一応は禁術書の倉庫の中に巻物があるが………まさか見せて欲しいとでも言う気か?
「どうしても。いざというならば力づくでも取っていく」
「………分かった。持っていけ。この状況で騒ぎを大きくされてはたまらんし………どの道悪用もできんシロモノだ。それに、お前が年端もいかない女を傷つけるという光景も想像できない」
疲れたような綱手の声。メンマはそうでもないんだけどな、とだけ返し、その後ありがとうと言った。
「良いさ。研究が役立つようならば何よりだ。写しもあるし、極めて貴重な情報の対価としてそれは持っていけ。今回の任務で得た情報の有用度はSSランクといえるからな、その報酬だ」
「ありがとう。それで、ペインについてはどういう対応を?」
「まずは全ての影を集める。五影会談だ。この状況、時間がかかるかもしれんが、それしか道はない」
「今度仕掛けられたら戦争になると?」
「相手が六道仙人というならば、何でもありだと考えた方がいい。そいつと相対するには、まず忍び全ての力を結集する必要がある」
「………実際に何でもありだと思う。五行の術は全てSランクまで使えそうだし、仙人特有の術もあるだろうから」
「つまりは一刻を争う事態という訳だ……忍界始まって以来の、未曾有の危機だとするならば、まずは私たちが動かなければならない」
「破滅を受け入れる気は無いと………って今更の当たり前か」
「――――いくらか。耳が痛い部分もあるが………死ねと言われて素直に死ぬ程ではないな。それに何より、里には未来の宝………未だ幼き子どもたちがいる。あの子たちが大人にならず死ぬなど、認められん」
縄樹と同じにな、と綱手は顔を顰めながら言う。
「間に合うかどうかは分からないけど。あと、キリハなんだけど」
どうやら里には居ないようで、とナルトが聞く。
「ああ、キリハならば………」
「ぶえっくしょん!」
とある道の途中。歩いていたキリハが、突然くしゃみをした。
「うわちょっ、キリハぁ!?」
キリハのくしゃみによる鼻汁噴射攻撃を後頭部に受けたサクラが、叫び声をあげた。
「あー、ザグラぢゃんごめん~」
「あーほら、これで拭けキリハ」
シカマルが懐からハンカチを取り出し、キリハに手渡した。
「うう、ありがとうシカマル君。花粉のせいかなあ」
ハンカチで鼻汁をふき取り、キリハはう~と唸る。
サクラの方は、いのがハンカチで拭き取ったようだ。
「もしかしたら噂されているのかもね。キリハちゃん、人気者だし」
「いや、ヒナタちゃんの方が人気者じゃない。この前もぐもがっ」
何かを言おうとしたキリハの口が、背後にいたキバの手によって塞がれる。
(この馬鹿! あいつらのことはヒナタに言うなってこの前!)
(あ、ごめん。忘れてた)
てへ、とキリハが笑うと、一同は溜息をついた。妙なところで抜けているのだ、この四代目火影の息女は。才媛(笑)と言われる所以である。
(しかしキリハ、その事は迂闊に外に漏らさない方がいい。何故ならば、ヒナタの父がどういう行動に出るか分からないからだ)
あの事件、人気くのいち隠し撮り事件について、チョウジ、シノ、キバ、キリハはヒナタに聞こえないよう、ひそひそと話しだす。
(しかし“隠れて花を愛でる会”かあ………友達として許せないよね、キバ君)
(………ああ、まったくだ。っかしヒナタ相手に隠し撮りを敢行するたあ、無謀にもほどがあるぜ)
(隠行も見事だったから気づくまでに時間がかかってしまったがな。しかしあの言葉だけはよく分からない)
(“貴方のその胸がいけないのいだよ!”ってか。しかし面と向かって言うとは、いい度胸してたなあいつ)
無茶しやがって、とキバが虚空を見上げる。
(………180度反対だけどね。まさに“度胸”)
一人言いながらぷっ、と笑うキリハ。そこにキバのツッコミが。
(誰がうまいこといえと………ていうか、実は全然うまく言えてないぞキリハ)
驚愕に目を見開いた後しょぼんとするキリハ。それを無視し、他一同はあの事件が発覚してからのことを思い出す。
(しかしキリハを隠し撮りしたのか運の尽きだったな。何でもその脚線美がすごくイイとのことらしいが………)
(気持ちは分か…‥げふんげふん。いやしかし、あの時のシカマルは怖かったぜ)
赤丸も恐怖で総毛立ってた、とその時の光景を思い出したキバは、ごくりとつばを生飲みする。
(うん。あの下手人、影縛りどころか、どす黒い影に呑まれそうだったもんね。シカクさんに後で聞いたけど、『あんな術、俺は知らねえぞ』って言われた)
(ヒナタの方はまさかって感じだったよなあ。ヒアシさんにばれてたら絶対に死んでたぜ、あいつら)
(うむ。俺達は悲劇をひとつふせげたという訳だ。何故ならば殺人事件を――――)
(ストップだ、シノ。それ以上言われると想像しちまうから)
シカマルが気づいてから、事件の解決までは早かった。犬塚のキバの鼻に、油女のシノの虫があるのだ。ヒナタの白眼がなかろうとも、察知・追跡を行うにあたり問題にはならない。
(ネジとリーに言わないのは正解だったな。あの二人、なんだかんだ言ったって似たもの同士の直情傾向だし)
(いや、ネジさんをリーさんと同列の情熱馬鹿として扱うのにはちょっとどうかと思うよ)
(うっせーよチョウジ。想像してみろ、ネジに事の詳細を話した場合を)
(………あれ、地面に太極の紋が見えるよ?)
64の点穴が始まってしまうかもしれない。
(そういうことだ。しかしいのの奴、今日は妙に元気が無いな)
(………うん。何かあったみたいなんだけど、言ってくれないんだ)
そこまでひそひそと話していた時、先頭にいるシカマルから声がかかる。
「そろそろ到着するぞ。全員装備を再確認だ、めんどくせーけど!」
呼ばれ、前に行くキリハ。そして残された面々で再開するひそひそ話。今度はヒナタも加わっていた。
(なあ、なんでシカマルの奴今日はあんなに張り切ってんだ? つーか、あんなポジティブな“めんどくせーけど”ってないだろ。すでに用法がちげーよ)
(確かにおかしい。何故ならばシカマルは昨日まで胃が痛いと唸っていたからだ。出立する直前に何かがあったと考えるのが正しいだろう)
(そうだね。キリハちゃんがフウちゃん連れて帰ってから、裏でこそこそ、あちこち奔走していたんだっけ)
(親父ズ総動員して上忍衆と上層部を恫喝してたぞ。フウを人柱力として扱うつもりはない、と宣言したらしい)
(表でキリハが宣言した後に、裏でシカマルがその意志の底を見せて詰めたのか。それなら、たぶんだけど大丈夫だよな。戦争になると流石にわからねーけど、平時ならば暗部にしても手は出せないはず)
(初代火影様のお達しもあるからね。“人柱力を戦争に使うべからず”と)
(九尾の方も設立当初は巻物に封じ込めるだけで、人柱力として運用していなかって聞いたね)
(だから木の葉には人柱力はいないのかったのか………っと話が逸れたな。つーか今までの話を聞く限り、シカマルの胃痛が収まる要因、どこにも無いんだけど)
(ああ、実はね。そのフウって娘、キリハが任務で留守になるからって、シカマルの家に預けてきたんだけど………)
(………そうなのか? ヒナタの家は?)
(大きすぎる家だととフウも尻込みするだろう、ってキリハが。それでね………)
(なになに? “私が一番信頼しているシカマル君の家だから、絶対に大丈夫だよ!”ってキリハがフウに言ったのか。しかもシカマルの前で)
(うん。シカクさんに対しては“顔は怖いけどすごく優しくて良い人だよ!私のもうひとりの父親みたいな人だから大丈夫”って説明したらしい。言われた本人、喜んでいいやら旅立っていいやらー、とか言いながら遠くを見ていたけど)
(………親父が奈良家に滞在するらしいが、理由はそれか)
(護衛はばっちりだな。ヨシノさんも居るけど………でも、キリハが出てきて大丈夫なのかな)
(こんな状況だからこそよ。これは正式な任務の上だぜ?“フウが居ますので残ります”何て言えば、やはり足かせになるとか、重箱の隅をつつく奴が現れないとも限らない。任務を果たして信を見せる必要がある)
(難しいね………でもフウちゃに手を出したら私、許さないよ?)
(ヒナタヒナタ目が怖い目が怖い)
(………でも正直なところあの二人ってどうなんだ? 幼馴染のチョウジ君よ)
(――――九尾の件でキリハが奔走してから、それをシカマルが手伝って………距離は縮まったように見えるよ。でもキリハだしね)
(キリハちゃんだしね……)
(キリハだからなあ)
(うむ、納得した)
その時、前方ではキリハがサクラの後頭部に向け、二度目となるくしゃみ弾をぶつけていた。
「それでシカマル君、今回の目的地だけど………」
しゃーんなろ! と内なるサクラ爆発の巻。怒りの拳骨を受けたキリハは、どつかれた頭をさすりながらシカマルに今回の目的地についての説明を促す。ちなみにキリハの頭の上には、漫画のようなたんこぶが出来ていた。
「ああ、目的地は、組織“網”の本部がある町の近郊だ!」
テンション最高潮となっているシカマルを、チョウジ、キバ、シノの男衆3人が生暖かい目で見やりながら思いを一つにした。
こんなシカマル、正直うざいけど何故か涙が出てきちゃう。だって男の子だもの。
「………なんでよりによって今、そんなところに行くんだ?」
「これは暗部からの確定情報なんだけどね。」
キリハが表情を真剣な者に変え、皆に情報を話す。
網の作業員の中に、六尾の人柱力がいたらしいとのこと。今は情勢が情勢なので霧の追い忍も動いてはいないが、いずれ国境を越えてくる可能性があること。そうなれば戦争は必死。だから六尾と接触し、事情を話し霧に戻ってもらうよう頼み込むこと。
「………ていうか、何で土方?」
わけが分からないと、キバが情報を持っているキリハとシカマルに訪ねる。だが二人にも、その経緯については知らされておらず、ただ下された命令を復唱する。
「事情は分からないが、すべきことは分かっている。できれば戦闘は避けろと言われているんだろう?」
「ご明察。俺だって人柱力とは戦いたくないけどな………状況がそれを許さないのであれば、仕方ないと思っている」
「あんたの影縛りと私の心転身の術があれば傷つけずに捕獲できるでしょ。その後の事は霧しだいだけど………」
「五代目水影に代がかわってからは、いくらか前よりもきな臭い情報は入ってこなくなった」
「いずれにせよ、俺達にできることは限られている。まずはそれを果たそう」
「ああ。それで、網の方はどうするんだ?」
「一応は迎えを用意してくれるって。その後長のザンゲツって人に直接会って話ができればいいんだけど………それは難しいと思う」
「………それはまたどうして?」
「7、8年前か。木の葉の暗部と、網の裏の構成員がやりあった事件があったらしくてな。それでも三代目、先代火影とザンゲツとのいくらかの交渉の末、何とか友好に近い関係は保っていたんだが………」
「今は互いに代替わりしたからね。綱手様と二代目ザンゲツって人の間に、直接の面識は無いらしい」
「復興作業に使う物資の調達の際、接触する機会はあったが、互いに代理人を通じてのことだ………代替わりしてまだ間もないから、相手も“五代目火影”が信用できる人物なのか、見極めきれていなく不安なんだろう。リスクがある以上、直接会うような危険は犯せないという考えは分かる」
「網の裏としてもね。暗部とやりあった経験もあることから」
「確かに、一筋縄ではいかない相手だと思うけど………でも、裏といっても所詮は元抜け忍でしょ? その裏の忍びって人、木の葉の暗部を相手によく勝てたわね」
「しかも、だな。渡された死体は偽装されていたため、相手がどんな奴だったのかは分からないらしいが………綱手様曰く、死体の損傷を見るに、下手人は一人だとよ」
「………暗部を、たった一人で、5人も? まじかよ、7年前の話だろ? 今そいつ、どんだけ強くなってんだよ」
「だからこそのこの人数、フォーマンセルの二小隊だ。医療忍者もちょうど二人いるしな………どっちも今日はテンション低いけど」
お前がテンションたけーんだよ、とキバは思ったが口には出さないでいた。サクラといの、二人とも通常ならば有り得ないほどにテンションが低くなっていたからだ。二人が落ち込んでいるというか、考え込んでいる理由はそれぞれ別のものに対してだった。
サクラは、サスケのことが心配だから。あと、先日聞いたバストカップ占いの歌を聞いたからだ。
(Bカップって微妙なんだ………微妙なんだ………)
そりゃあヒナタほどとは言わないけど…、と、サクラは自分の胸に手をあてて溜息をはく。一方、いのの方はまた別。紫苑の花を見せた時にナルトが見せた顔が、目に焼き付いて離れないのだ。
一瞬だけ浮かべた、幽鬼の表情と――――その後の、素の表情。その眼の奥からは、強い意志を感じられた。まるで忘れていた何かを思い出したかのような。
(………そういえば)
助けられたあの日もそうだった、といのは記憶の底を拾い、思い出す。うずまきナルト―――いやあの人は、私たちを助けた時、何かに対して怒っていた。人を手にかけたことに悲しみながらも、絶対に許さないと怒っていたのだ。
(怒りながらも泣いて、でも怒っていた。相反するのは何が―――「いのちゃん?」
その時。考え事をするいのに対し、話しかけても返事がないからと、キリハは――――
「えい」
いのの大きめな胸を、両手で思いっきり掴んだ。
「ふひゃうっ!? ってちょ、キリハあんた何すんのよ!?」
変な声だしちゃったでしょーがと怒りながら、いのはキリハの頭に拳骨を落とす。
「すごく痛い!? っだってだって呼びかけても返事してくれなかったんだもん!」
「他にもっとやり方があるでしょうが………って」
集まっている一同から、離れた場所。誰もいないはずの林の中から、一瞬だけ物音が聞こえた。
そこからは瞬間。確認が配置につき、不審人物に対しての警戒の体勢へと移行する。
「ヒナタ」
「うん、白眼!」
シカマルの指示に頷き、ヒナタは白眼を使う。
「―――そこに二人、いるのは分かっているよ!」
隠れている人物を見つけ、その方向へと声をかける。これで出てこないのであれば、捉える。出てくるならば、話しあう。
一瞬の静寂。その後、林の闇から隠れていた人物が二人、姿を見せた。
現れた一人目は、鮮やかな金髪。年はキリハ達り二つ程上だろうか。何故か鼻から血を流していたが、活発な印象を受ける好青年といったところか。
「ふ………見つかってしまったからには仕方ない」
「仕方なくないよ兄さん。このことはあとでザンゲツ様に報告するからね」
溜息をはきながら、もう一人。黒髪の青年が眉間を抑える。こちらはキリハ達と同じ年のようだ。
「―――何者だ?」
警戒を解かないまま、シカマルは二人に向けてたずねた。
「連絡は行っているんだろう? 僕たちは網の構成員だよ」
絶望に染まる兄を放っておきながら、弟である黒髪の青年の方が返事をする。
「木の葉隠れの上忍、奈良シカマルと―――波風キリハ。その他、木の葉の中忍のみなさんでよろしいですね?」
「ああ。そっちは?」
シカマルの言葉に対し、これは失礼と返しながら、黒髪の青年は自己紹介をした。
「僕の名前はサイ。こっちのエロくて馬鹿の兄はシン」
ザンゲツ様の命で、木の葉隠れの方々を迎えに来ましたと。視線に真剣なものを乗せ、黒髪の青年・サイはそう言った。