小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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6話 : 譲れないもの、ひとつだけ

 

 

俺を殺せ。そう告げるイタチの言葉に対し、サスケはやはりかと俯きながら眼を閉じた。呼び出された時から、こう言われるだろうということは予測がついていた。だから動揺することもない。サスケは、用意しておいた言葉を返した。

 

「――――断る」

 

イタチの言葉に対し、サスケは首を横にふる。

 

「サスケ………分かるだろう。今がどういう状況なのか」

 

「ああ、分かっている。だけど、絶対に嫌だ」

 

「感情の問題ではない。嫌だ、という理由だけでは済まない。あの化物を倒さなければ、忍びの世界が滅びてしまう。それに………俺には居場所がない」

 

イタチは虚空を見上げながら、言葉を続けた。空には、鳥達が飛び続けていた。あの鳥のように、何の枷も無く飛べたら―――誰もが、望むことだ。

 

だけど、それはできない。罪が、許さないという。

 

「俺は一族を虐殺した裏切り者………木の葉の上層部も、今更うちはのことを………過去の失態について、公表はしないだろう。そうなれば、里が混乱するからな。木の葉崩しからようやく立ち直ることができた今、そして緊張状態となっている今、その事実を公表することはできない」

 

「っ、だからって!」

 

「俺を殺せばお前は万華鏡写輪眼を手に入れられる。そしてこの眼を移植すれば、あの十尾にも対抗できるだけの力を手に入れられるだろう………」

 

視線をサスケの方に戻し、イタチは万華鏡写輪眼についての説明を始める。

 

「この眼は開眼した時から、特別な力を有する………使えば使うほど、封印されていくという不都合はあるがな」

 

「………大きな力にはリスクが伴なうってことか」

 

「そうだ。使い続ければ、いずれこの眼は光を失う………だが、効果は絶大だ。あの九尾をも操ることが出来るのだからな。最初に万華鏡写輪眼を開眼した、あのうちはマダラのように」

 

「マダラ………」

 

「俺の相棒、師、理解者で………宿敵であり、怨敵でもある。言葉で表すのは難しいな

 

「万華鏡写輪眼については、マダラから聞いたのか?」

 

「ああ………かつてマダラにも兄弟がいた」

 

イタチはマダラから聞かされた過去について、サスケに語る。互いに競い合い、その瞳力を成長させていったこと。やがて二人は、万華鏡写輪眼を開眼させたこと。

 

それはうちは一族始まって以来、初となる快挙だった―――――筈だった。

 

「それが悲劇の始まりだったのだ。九尾をも手懐ける瞳力………それが、何を意味するか分かるか?」

 

「大きすぎる力は災いを呼ぶ………霧隠れでの血継限界に対する扱いや、人柱力と同じように畏れられる存在になる」

 

「そうだ。マダラは万華鏡写輪眼を使い、当時無数にいた忍び一族をその強大な力でねじ伏せ、束ねていった。永遠の万華鏡写輪眼を手に入れてからは、更に歯止めが効かなくなった。敵に対し、やりすぎることもあった」

 

「大きすぎる力は、理性さえも侵食する………それほどまでに、万華鏡写輪眼は強大な力を持っているのか」

 

「そのお陰が、そのせいと言うべきか。結果、うちは一族は忍界での二大勢力と呼ばれるまでに膨れ上がることになる。だがその統制は、万華鏡写輪眼によるもの。力づくでのものだった。慈悲と寛容を以て一族を束ねる、もう一つの勢力………千手一族の長である、初代火影――――千手柱間とは違った」

 

やがて、二大勢力は互いに殺し合い、ぶつかり合いながらも統合していくことになる。

 

「平和になったその後、うちはマダラに居場所は無かった。力を以て人々を統制しようというマダラの考えに、賛同するものはいなかった。争いの連鎖、憎しみの連鎖に、忍び達もつかれていたのだ。やがて、マダラは一族から追放された」

 

「そして、九尾を操り里に襲撃を仕掛けた………そのせいで、うちはは中央から遠ざけられたのか?」

 

「ああ。木の葉設立当初………黎明期では、うちはは里の中央に関われていた。しかし、マダラの木の葉襲撃の責を取らされ、その座から転がり落とされた。当たり前だ。忍び同士の争いを無くすために設立された木の葉隠れの里、そこを人々の恐怖の対象である九尾を使い攻めたのだからな」

 

「一体なんでそんな事を………」

 

「裏切りに対する報復もあっただろうが………人々から、あるいはうちはの一部からも信望を集めた初代火影に対する嫉妬………それが無かったとは言い難いだろう。どちらにせよ、あの二人は共存できない運命にあったのかもしれない」

 

はるか昔から続く兄弟喧嘩だからな、と言いながらイタチは皮肉げに笑った。

 

「そして、16年前。あの事件もそうなのか………」

 

「あれも、マダラの妄執だ。四代目が命を賭して、里を守りきったがな。そして結果的には、自らの息子であるうずまきナルトの中に九尾を封じ込めざるをえなくなった。四代目自身は、うずまきナルトが当代最強の人柱力として生き、愛娘と共に里の誇りになって欲しかったようだが………」

 

イタチは言葉を切り、隠れ家の方を見る。

 

「当時は人の憎しみの深さを思い知ったつもりだった。業の深さについてもな。だが、どこでどう転がるのか、分からないものだ」

 

「あいつは、暗部に殺されかけたと聞いたけど………」

 

「表向きはな。本当のところは少し違う」

 

「………何か、あいつらにも知らない何かが?」

 

「いや、気づきながらも口に出さないだけだろうが………当時、うずまきナルトに護衛がついていたのは知っているか?」

 

「暗部が護衛の任についていたと聞いた」

 

監視も兼ねた護衛だったろうけどな、とサスケが答える

 

「そうだろうな。そして、護衛は二手に分かれていた。うずまきナルトと、もう一人」

 

「波風キリハか。しかし、何のために護衛を………ってそうか」

 

「ああ。九尾襲来により受けた損害は、一朝一夕で直るものではなかった。混乱に乗じて、四代目の才能を受け継ぐ子どもたちをどうこうしようという輩が現れる可能性もあった。それを防ぐために、護衛は“二分”された」

 

「………ただでさえ人が少なくなったところに、更に数が………ダンゾウは、そこをついたのか?」

 

「ああ。5人全てを取り込むことは難しいが、一人二人ならばどうとでもなる。三代目直属の暗部を唆し、護衛の手を緩めさせ、根特有の拷問術で自己を維持する精神を削り取っていった。そうして、自我を壊して操り人形にしようとして………秘密裏に九尾の力を手に入れようとしたのだ」

 

「そんなことが可能なのか?」

 

「九尾を制御する方法は、千手一族の肉体、もしくはうちはの眼に刻まれている。暗部のテンゾウさん………今はヤマトと名乗っているようだが、彼の例もあるしな。

 大蛇丸との繋がりもある。九尾を制御する方法については、ダンゾウ自身何かを掴んでいるのだろう」

 

「六道仙人の系譜か………」

 

サスケの呟きを聞いたイタチが頷き、眉間に皺を寄せた。

 

「だが、恐らくはそこから………全てが、狂い始めた。そして今、忍び世界は破滅の危機に瀕している」

 

イタチは万華鏡写輪眼を見開く。

 

「元来、うちは一族は万華鏡写輪眼のために大切な人………恋人や親友と殺し合い。永遠の瞳力を手に入れられるならばと、家族と殺し合ってきた。そうして、力を誇示し続けていた一族だ。その業は深く、驕りもまた抑えきれないほどに高まっていた」

 

「………だからこその、クーデターか」

 

「父さんは一族を守りたかった。そして、己の一族の未来を守りたかったのだ。例え無数の屍の上に築かれた立場でも、何もせずに滅びるよりは………そう思ったのだ」

 

イタチは幼い頃から戦争を経験したせいで、その心の奥にトラウマを刻まれている。だから、一族の行動を、その先にある動乱を、戦争を、夥しい数の死を、許容できなかった。

里を愛し、戦争を憎んでいるイタチだからこその思考。

一族の行動を止めなければと思ったのだ。

 

「それに、うちはには驕りがあったが………力を求める理由の中に、警務部隊の任を果たすためと、そういう想いも確かにあった。屍の上に力を手にいれようとしたのも、里を守るためだった。それも、決して嘘ではないんだ」

 

「だから――――里を裏切って壊滅したという汚名を、着せたくなかった。先祖さえも侮辱されることを、防ぎたかったから………兄さんが全て背負いこんで」

 

「ああ。止めきれなかった責任もある。死んでいった先達に申し訳が立たない………それに何より――――」

 

空を見上げながら、頭上に見える青空を眺めながら、イタチは言った。

 

 

「俺は、どっちも好きだったんだ。どんな理由があっても、裏の背景があっても。うちは一族のみんなも、穏やかな木の葉隠れの里も――――好きだった。失いたくなかった」

 

「兄さん…………っ」

 

 

「裏切り者の汚名をかぶるのは、俺一人。故に、あとは俺が死ねば、全てが事足りる――――だから、もう一度だけ言う」

 

サスケを見つめながら、イタチは言う。

 

「俺を殺し、裏切り者を倒したという誉を手にいれろ。そして万華鏡写輪眼を手にいれて十尾を倒し――――木の葉隠れの里を守る、英雄になってくれ」

 

それで全てうまくいくはずだ。イタチの言葉に、だがサスケは首を縦には振らない。

 

「それでも断る! 嫌なんだ! それに、兄さんは既に万華鏡写輪眼を開眼している! ならば、俺達と一緒に六道仙人も倒せるという道を選べるはずだろう!?」

 

「それも無理なんだ、サスケ。俺は病に犯されている。ペインのおかげで休息もできたので今すぐは死なないが………あの化物と戦うだけの力は持っていない。身体がもたないだろう。それに比べ、鍛え、見事に育ったお前ならば、いかなる敵でも倒せるはずだ」

 

「それでも、他に手が………」

 

「神代より続く規格外の化物だ。他に手は無いし、探している時間もない。断るというならば………仕方ないか」

 

すっと、イタチはサスケの眼に視線を合わせる。

 

「…………っ、身体が!?」

 

「動けないだろう。万華鏡を持たない今のお前に、抗う術はない」

 

「くっ………!」

 

瞳術による金縛り。サスケはそれを解除をしようとするが、身体はびくとも動いてくれなかった。

 

「強引で悪いが――――うちはの血塗られた運命を利用してでも。忍びの世界を、守ってくれ。それでこそ、うちはの死に意味ができる」

 

告げながら、イタチはサスケの腰の刀………雷文を抜き放ち、サスケの手に持たせる。刀を持つサスケの手の上に、己の手をそえて――――首元。

 

雷文の刃を、自らの頚動脈に当てる。

 

「これでいいんだ、サスケ。あいつらと一緒に十尾を倒し、英雄になればいい。そしてうちはを再興し、二度と同じ過ちを繰り返すな。古来より続く血塗られた運命を――――断ち切ってくれ」

 

イタチは笑いながら、告げた。

 

「死にはしない。俺はお前の万華鏡の中に生き続ける。それこそが、兄弟の絆となる」

 

いつかの、サスケに向けたものと同じ笑顔。

 

そして、空いている方の手、その人差し指と中指を、サスケの額に当てた。

 

 

「許せ、サスケ………これで、最後だ」

 

 

そして、首元に当てられた刃を引いた――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん………」

 

「どうした、メンマ」

 

「いや、鳥が………」

 

隠れ家の外で飛んでいる鳥達が、騒がしい。

 

「うん、チャクラが………大きくなった?」

 

「そうなのか………大丈夫かの」

 

「…………」

 

先程手は貸せないといってはみたが、実は心配でたまらないメンマ。

対し、多由也は笑顔で大丈夫だと告げた。

 

何故、と問う言葉にも即座に答えた。

 

 

「だってあいつは“うちはサスケ”だぜ? 世界に運命に抗おうとする、生粋の―――――大馬鹿野郎だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巫山戯んな…………」

 

刃がイタチの頚動脈を切り裂き、血しぶきを上げようかという――――その直前。引かれそうになった刃は、しかし動かない。

 

 

「巫山戯るな!!」

 

 

サスケが俯きながら叫ぶ。身体の制御を取り戻したのだ。そして、イタチの首元に添えられた刀を、その命を断とうとしている刀の柄を、力の限り握り締める。

 

「っ、金縛りを………!?」

 

解いたのか。有り得ない事態に、イタチは動揺を隠せない。その隙をつき、サスケは刀をイタチの首元から離し、鞘へ収める。

 

そのまま後ろへと跳躍し、イタチを距離を取る。サスケの両の目の写輪眼は、勢い良く回転していた。チャクラも全身から吹き出ている。

 

心の内の激情、その怒りを表すかのように。サスケはその感情を隠さず、あますことなく声に乗せた。

 

「俺がっ…………俺が! あの隠れ家で鍛えてきたのは、修行を続けてきたのは………兄さん、あんたを殺すためじゃない!」

 

右手を横に振り払い、サスケは怒りのままに叫び声を上げる。サスケの眼には、涙が溢れていた。イタチが告げた一言により、昔の記憶を、失ったあの日々を思い出したからだ。

『こら、サスケ………先に宿題をしなさい!』

 

優しかった母を。

 

 

『さすが、俺の子だ』

 

厳しかったが、自分の誇りだった父を。

 

 

『なかなかやるな、サスケ………でも、残念』

 

『コラ! 無茶をしたら………』

 

兄を。足を怪我して、背負われながら帰った、家路までの道を。

 

『許せ、サスケ………また、今度だ』

 

一緒に修行をせがんだ時の事を。

 

 

『お前と俺は唯一無二の兄弟だ。お前の越えるべき壁として、俺はお前と共にあり続けるさ………例え憎まれようともな』

 

それが兄貴ってもんだと………そういった、兄を思い出した。

 

 

「今も忘れない、あの日、あの夜に失った大切なものを………そして、新しくできた大切なものを! 守るために、これ以上失わせないために………」

 

 

どうしてこうなったのだろう。あの運命の日までに出会った、大切な人達は全て、両の手から零れ出てしまった。二度とあえなくなってしまった。

 

―――だけど。残っている人もいる。想い出もまた、この胸の中にある。

 

「俺は、あんたを失わない、殺さない! そのために生きてきたんだ!」

 

サスケの叫び。それに対し、イタチは心を動かす。

だが、イタチも退けない理由があった。

 

「だとすればどうする! 他に手は無いだろう! あの化物は犠牲もなく勝てるような相手じゃない! 俺の最後の責務だ………既にお前は俺を超えている。最後は万華鏡を手にいれれば、きっと勝てる!」

 

「そんなもの、無くたって勝てるさ! そのためだけに、鍛えてきたんだ………絶対に勝てる! それを、証明する!」

 

そう告げると、サスケはイタチの目の前に立った。

 

「月読だ………幻術世界の勝負ならば、互いに死ぬことは無い。そこで戦い、俺が兄さんに勝ったら………約束をしてくれ」

 

「一体、何を約束するというんだ………?」

 

「死なないでくれ………ただ、それだけだ!」

 

「………俺が勝てばどうする?」

 

「兄さんの遺志を継ぎ、万華鏡写輪眼を受け継いで、十尾を討つ………そうはならないけどな」

 

「………これ以上言っても無駄か」

 

「ああ。納得できないまま、あの化物とは戦えない。ここで負けるようならば、俺は俺の無力を納得して、万華鏡写輪眼を受け継ぎ………あいつらと一緒に戦う」

 

「――――良いだろう」

 

 

頷くと、イタチはサスケの眼を見て…………幻術世界に誘う。

 

 

――――月読。

 

 

万華鏡写輪眼を持つものだけが使える、至上の幻術。己の精神世界へと相手を引き込む、最高峰に位置する幻術だ。

 

「ここは、うちはの…………」

 

幻術で構成された世界。そこは、かつて里の外れにあった、うちはの一族の居住地だった。

 

「この場所に誓おう。先程の約束を守ることをな」

 

「分かった。俺も誓う」

 

「ああ………忍術も、問題なく使えるはずだ。それでいいだろう?」

 

「了解した」

 

 

じり、と二人は距離を離し、対峙する。

 

 

「分かった。では―――――」

 

 

受諾。宣言と共にイタチは一歩を踏み出し―――

 

「――――始めるぞ」

 

次の瞬間には、サスケの背後に廻っていた。そのまま、振り向きざまにサスケへとクナイを振り下ろす。だがサスケはそれを防いだ。上忍でも上位に入るだろうイタチの動きを、サスケはその両眼で捉えていた。振り下ろされるクナイ、それを持っているイタチの手を掴んで止める。

 

「くっ………」

 

技ではない純粋な筋力のみで止めてみせたサスケに対し、イタチは力比べでは適わないと悟ると、握られた手を振りほどき、その反動を生かして回し蹴りを放った。

 

サスケは上段、右側頭部に向けて放たれた蹴りをしゃがみこむことで避ける。

 

木の葉旋風、追撃の二段蹴りだ。イタチは上段の回し蹴りの回転力をそのまま殺さず、更に勢いをつけて下段の足払いを放った。

 

サスケもそれは読んでいた。真上に跳躍することで下段の足払いを避ける。そして落下の勢いそのままに――――

 

「しっ!」

 

腰から抜き放った雷文を振り下ろす。唐竹、脳天に振り下ろされる刃に。対するイタチは下段蹴りの勢いに身を任せ、更に身体を回転させた。

 

そのまま、横方向へと逃れるのだが、サスケの攻撃はそれで終りではなかった。外れた刃は地面を切り裂き、そのまま雷光を発する。

 

「千鳥流し!」

 

地面を雷が疾駆し――――横に逃れたはずのイタチを襲う。

 

「くっ………!」

 

瞬間にねられたチャクラ故、威力は小さいが、その雷はイタチの右足を捉えることに成功する。イタチは右足に走る激痛を感じながらも、距離を開けることを選んだ。

 

「………驚いたな」

 

つかまれた右腕をさすり、イタチが呟く。どういう修行をしたか知らないが、筋力だけならばサスケは自分の上を行く。それが分かったからだ。

 

「どういう修行をしたんだ?」

 

「体術、忍術の基礎をな。徹底的に叩き込まれた」

 

印を組む速さ、筋力、チャクラによる肉体強化。体術を放つに相応しい間合い、刀を抜き放つ機会、瞬時に最適の戦術を選択できる思考能力。多由也の笛に助けられながら、数えるにもバカらしいほどの組み手を繰り返した。故にサスケの肉体は今、戦うに最適な筋肉がついている。

 

「写輪眼を持つ俺だからこそ、基礎を極めれば無敵になれる。そう教えられた」

 

「成程、最もだ――――ならば」

 

こちらはどうだ、とイタチはホルスターからクナイを抜き、投擲。

 

「こっちもな!」

 

イタチの神速の抜き打ちに対し、サスケは狼狽えることなく、反応して見極める。同じくクナイを投擲してぶつけ、たたき落とした。

 

「…………」

 

その一連の動き、そして先程の体術。それを見たイタチは、複雑な表情を浮かべた。

 

「今の動きは………」

 

「自分だけの体術を修得する時に………手本が必要だったんでな」

 

だから自分が知る限り最も強い、また最も身体になじむ、兄さんの体術を参考にした。そう言いながら、サスケは笑う。

 

「復讐に囚われていたあの頃ならば、その選択は選ばなかったけどな………」

 

「成程…………では、どこまで高められたか………」

 

見てやる。そう言いながら、イタチは手裏剣を、クナイを、千本を連続で投擲する。

 

「上等!」

 

サスケも同じく、忍具口寄せを駆使しながら襲い来る凶器を全て撃ち落として行く。

 

 

「「はああああああああっ!」」

 

 

両者の叫び声と共に、鉄がぶつかりあう音が響く。投げられては落とされ、ぶつかっては地面に落ちるクナイ達。

 

「―――――そこだ!」

 

その僅かな隙。投擲の間、イタチが印を組むことで生まれた隙を、サスケがつく。

 

「ふっ!」

 

雷文にチャクラをこめながら、抜き放つ。飛来するクナイ、その全てが吹き飛ばされ、イタチも襲い来る風に対し、踏ん張ることで耐えた。

 

そうして生まれた、一瞬の間。

 

サスケは振り抜いた雷文を右斜め前に突き出すように構え――――告げる。

 

「瞬迅・千鳥」

 

千鳥による肉体活性。高められた身体能力、その速度を活かしてただ一筋に刺し貫く。

 

「速い、な」

 

次の瞬間、イタチは距離を詰め突き出された突きを躱しきれず、胸部を貫かれていた。

直後、イタチの身体がカラスになって分解されていく。それを見たサスケが呟いた。

 

「カラス分身による身代わりか………」

 

貫かれたイタチの分身が、元のカラスへと戻っていく。サスケはイタチが印を組み術を発動する途中、風により妨害したつもりだったが、一足遅く術の方は発動していたようだ。

「それも潰されたがな………」

 

呟きながら、イタチは次の戦術はどうしようか、と悩んでいた。体術は互角か、自分の方がやや下。純粋な速度ならば、サスケには及ばないからだ。

 

「ならば………!」

 

距離を保ったまま、イタチは印を組む。一秒にも満たず印は完成する。最後となる結の印、寅の印を眼前に突き出し、勢い良く空気を吸い込み――――放つ。

 

対するサスケも同じ。寅の印の後、うちは一族が最も得意とする火遁忍術――――そして、思い出の術を放った。

 

「「火遁・豪火球の術!」」

 

まったく同時。互いの口から、人身大の火球が放たれた。

 

炎は衝突し、中央でせめぎあう。だが拮抗したのは一瞬で、勢いの勝つサスケの火球がイタチの放つ火球を押しきった、だが。

 

「カラス――――」

 

押し切ったはずの向こう側で、先程と同じカラスが羽ばたく。

 

「しまっ…………!?」

 

あれも分身だったのだという事実に、サスケは驚く。

 

「…………!」

 

その側面から、イタチが仕掛ける。完全に不意を打たれた形となったサスケは、咄嗟に動けず、そこで終りと思われたが――――

 

「甘い!」

 

サスケは思考を止めていなかった。“想定外はあれど、硬直するな”。自らが望む戦況にはならないと、繰り返し教えられたサスケは、今更その程度の不意打ちでやられるような弱卒ではない。組み手中も不意打ちばかり仕掛けてくるメンマとの組み手が、役に立った瞬間だった。

 

流れるような動作腰元の雷文を再び抜き放ち――――

 

「―――せっ!」

 

イタチの身体を袈裟懸けに斬り裂く。

 

しかし、イタチはその上をいった。反撃を受け、切り裂かれたイタチが――――三度、カラスと成って散る。

 

「これは…………」

 

「惜しかったな」

 

「…………」

 

賞賛の言葉を送るイタチに対し、サスケは訝しげな視線を送る。

 

「気づいたか………そう。ここは俺の世界。故に、俺が死ぬことは有り得ない」

 

「世界の支配………成程な。先程までの分身も、全て本物だったってことか」

 

「その通りだ。先程の約束だが………俺程度を倒してどうにかなるほど、あの十尾と六道仙人は甘くない」

 

「………つまりは、この幻術世界ごと、破れと?」

 

「ああ。だが、お前に出来るか? 写輪眼の力………この幻術世界を構成する力があるので、その能力の全ては拘束されていないようだが、自由に動けるだけで、この幻術世界は破れない」

 

すでに術中にあるお前に、勝ち目はない

 

イタチの言葉に、サスケは笑う。

 

諦めではないそれは、不敵なもの、

 

「それはどうかな? 長所は弱点にもなるんだぜ」

 

万華鏡写輪眼の世界ではあるが、自分は自らもつ写輪眼の力により、その全ては拘束されていないということ。

 

「ここは幻術世界で、俺に不利ってことだが――――逆に、出来ることもある!」

 

サスケは叫び、写輪眼の力を全開にして手をかざした。

 

「これは………!?」

 

イタチはサスケの手の先――――空を見上げ、驚く。いつのまにか、空に雷雲が浮かび上がているのだ。

 

 

「写輪眼による世界。つまりは、俺も干渉が可能だということ」

 

 

言葉と共に。指揮者のように上げられた、サスケの右腕が振り下ろされる。

 

「雷を従えた………この術は」

 

「“麒麟”。そして、今は未完成だけど、この先を見せる。ここが幻術世界ならば、躊躇う理由もない!」

 

制御は困難も極まり、失敗すれば死にかねない禁術。だがここが幻術世界ならば、そのリスクも皆無だ。

 

「己の持つ最大のイメージでもって、この幻術世界を…………ブチ破る!」

 

 

サスケは限界までチャクラを練り上げ、空へと跳躍。

雷文を抜き放ち――――空に向けた。

 

 

「下れ、麒麟!」

 

 

刀身に、猛る雷の化身が宿る。千分の一秒の世界でチャクラをコントロールする。

 

―――――本来ならば不可能なこと。

 

今から行う禁術は多由也の笛の効力を活かした上でも、制御しきれるかどうか分からない難度の、この3年で編み上げた、一つの切り札。

 

だが、ここは幻術世界。ものをいうのはチャクラコントロールだけではない、この眼、写輪眼に籠められた思い。

 

(ゆるがぬ意志と――――貫くべき意地を以て!)

 

 

絶対に負けるな。あの言葉を胸に、譲れないもの全てをその両手に詰め込んで。

 

 

「雷鳴と共に集え。鳴き、叫べ、吠えろ…………!」

 

 

サスケは己の手の内で暴れる膨大な力を制御する。

 

 

「これは―――――――!?」

 

 

馬鹿げた規模のチャクラがこめられている。非常識に過ぎるその術に、イタチは驚きを隠せない。見上げながら――――しかし、その雷光に眼を奪われた。

 

 

「雷遁・秘術」

 

 

古事記曰く、十束剣の剣の根元についた血が岩に飛び散って生まれた三神――――火・雷・刀を司る神の内の、その一柱。

 

 

武甕槌(タケミカヅチ)!」

 

 

アメノトリフネと共に荒ぶる神々を制圧した、剣の神であるタケミカヅチの名を持つ禁術。それは正真正銘、サスケの持つ全力全開。写輪眼による力、鍛えに鍛えた己が持つ、最強のイメージ。

 

雷文の刀身の内。極限まで圧縮された雷光は、さらに増幅を繰り返し。やがて振り下ろされた。それは幻術世界のイタチの身体を貫き。

 

 

幻術世界をも貫いて。

 

 

因果をも破り―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数秒の後。兄弟である二人は、疲労困憊になりながらも対峙し。

 

そして、勝者が口を開いた。

 

「俺の勝ちだ、兄さん」

 

「ああ…………俺の負けだ。本当に成長したな、サスケ」

 

互いに無傷。だがどちらも精神力を使い果たしたようで、印も組めない状態になっている。それでも、とサスケは強がりの言葉を見せた。

 

「あれなら、化物相手でも勝てるだろう? それに、俺達は一人じゃない。共に戦う仲間もいる」

 

「ああ、そうだな………あんな馬鹿げた術をもってすれば、勝てるかもしれない」

 

イタチは忍びの世界を救うため、自分は死ななければならないと思っていた。その思いは先程の輝かしい一撃にこめられた思いにより、吹き飛ばされていた。

 

いっそ見事なまでに純粋な一念。雷の煌きと共に見えた、感じたサスケの想いと願いを、イタチは理解してしまった。誰よりも弟を想うイタチだからこそ、それを汚すことはもうできなくなっていた。

 

(すまない、父さん、母さん………もう少し、生きてみるよ。生き恥をさらしても、サスケが進むべき道を………一緒に歩いていく先を、見たくなった)

 

イタチは心の中で別れを告げて、眼を閉じる。そしてそのまま、ふらりと地面へ倒れこんだ。月読の負荷が足にきたのだ。サスケも同じく、写輪眼の力を使いきってしまったのか、力尽きるように地面へと倒れこんだ。

 

土煙が舞った後。兄弟は寝転びながら、一緒に空を見上げていた。

 

「青いな……」

 

「………そうだな。明日も晴れるだろう」

 

疲労困憊な二人は、寝転びながら他愛もない会話を交わした。それは兄弟がまだ、憎しみの絆で繋がっていなかった頃を思い出させる。

 

 

『明日は晴れだから、大丈夫だよね兄さん!』

 

『ああ………仕方ないな。任務もないし、手裏剣術がどれだけうまくなったか………見せてくれるんよな?』

 

『ああ、見ててよ!』

 

 

「………」

 

「………」

 

無言のまま。二人は、寝転がりながらも、横を向いた。生きていることを思い出した兄。あの日よりずっと、本当に願っていたことを叶えた弟。二人の、視線が交差した。

 

「無理やりに変わる必要なんてない。一緒に生きようぜ、兄さん。その荷物………俺にも背負わせてくれ」

 

「だが………木の葉隠れはどうする? 戻らなければお前も追われる身となるが」

 

「ああ、考えてなかったけど………どうにかするさ」

 

サスケは笑いながら答える。その選択を誇るかのように。宿業の全てを背負いながらも、笑うべき道があるのならばと。そう願い、突き進まんとするサスケの言葉と意志を受けたイタチは、サスケに感化され、心のままに笑った。

 

 

「ああ………生きて、みるか」

 

 

それを、決着の言葉として。

 

 

――――親密な者どうしが殺しあう、血塗られた運命は断たれた。

 

 

 

 


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