~ 小池メンマ ~
あの時、俺達はかなりの傷を負っていたはず。俺もシンもサイも、そして………菊夜さんも。それが何故俺達を運べたのか。何故、数日で動けるようになったのか。気づくに足る点は、色々とあった。だが俺は気づくことができなかった。明確な形として現れる、その時まで。
違和感を感じたのは、ザンゲツから事後処理の事を聞かされた、その次の日の朝。痛む身体を引きずって、それでも昨日のお礼を言おうと紫苑を起こしにきた時だった。
「紫苑ー、朝だ………ぞ?」
見れば、すでに紫苑は起きていた。布団の上で座っている。しかし、一向に動こうとしない。気分でも悪いのか。そう思った俺は紫苑に近づき、肩を叩いた。
「ん………メンマか?」
「そうだよ。って、見りゃ分かるだろ」
まだ寝てるのか、と言いながら紫苑の正面に回った。
――――しかし。
(ん…………?)
正面に回った俺に対し、視線を動かす紫苑。だが、視線の向きは俺がいる位置よりずれていた。何か、幽霊でもいるのか。そう言い、笑おうとした瞬間だった。異変に気づいたのは。
(チャクラが………?)
おかしい、と思った。昨日は全然感じられなかったチャクラが、今日は感じられるのだ。それだけではない、紫苑から感じられるチャクラはとてつもなく大きかった。人柱力以上かもしれないぐらいに。まるで押えきれない、といった風に、全身から溢れていた。
だがその流れは何だか滅茶苦茶で、まるで増水した河のようだった。
「おい………紫苑?」
「ん、なんじゃ?」
熱でもあるのか。そう思い、額に手をやると紫苑は肩を跳ねさせた。
「おいおい、そんなに驚かれるとこっちも………」
と視線を合わせる。しかし、その瞳は俺を捕らえていない。
(―――――まさか)
そんな、まさかだろう。だが、一度起きた疑念は消えてはくれない。嫌な汗が背中に流れる。不安は胸の鼓動を早めさせる。俺はすっと紫苑の前に手をやり、たずねる。
「今、俺は手を広げている。出されている指は、何本だ?」
――――その問いに。紫苑は答えられなかった。
「何でだ!!」
「落ち着いて下さい」
「これが落ち着けるか! 何で………こんなことになった!?」
「………私達のせいです」
「俺達の……?」
「あの後、私たちは傷つき………あなたは瀕死で、私も動ける状態ではありませんでした。動けるのは、紫苑様だけでした」
菊夜はそうして告げた。巫女の家系に伝わる禁じられた薬の事を。
「紫苑は、それを使って?」
「はい。全てではないですが、薬を飲まれ………それで、私達の傷を癒されたのです」
「薬………? いや、それは何だ」
聞けば、サイが説明をしてくれた。何代か前の巫女が開発した、その力が利用されそうな時に飲むべしとされた、危険な薬。
「あれには一時的ですが、巫女としての力を高める効果もあります。それで、紫苑様は私達を癒しました」
俺は特に傷が深く、命をつなぎとめるのに精一杯で、紫苑による治療が終わった後も気絶したままだったらしい。シンもサイもその光景を見ていたが、巫女が本来持っている術なだけで、まさか薬を飲んでまで、とは思っていなかったと言う。
「幸いにも少量だったので、死には至りませんが………」
一時的なチャクラの増量は紫苑の未熟な経絡系を傷つけた。そして、今光を失うことになったらしい。
「視神経がどうにかなった訳ではないのか」
「はい。傷ついた経絡系が、視神経から伝わる信号を遮断しているのか…………確たる原因は不明ですが」
「あれを使われた経験が無いから、分からない?」
「はい」
その場にいる全員が、暗い顔になる。
「どうにか、方法はあるはずだ。探すぞ。鬼の国の城に、手がかりがあるかもしれない」
一刻を争う事態かもしれない。そう思った俺は痛む身体を引きずって、城へ行こうとするが、止められた。他ならぬ、紫苑によって。
「無理じゃ。治す方法など形として残してあるはずがない。露見し、他者に利用されればそれまでなのじゃから」
「何言ってんだ! お前、目が見えないんだぞ!? これから先、何も………」
「………ふむ。そう思うと、昨日お主と一緒にみた星空が、最後の光景になるというのか。悪くないの」
「強がりを言うな! 絶対に、治す方法はある。諦めるなよ。そうだ、いっそ木の葉に潜って………」
あそこには禁術の巻物がたくさんあるはず。もしかしたら、手がかりがあるのかもしれない。そう言おうとした瞬間。
「それには及ばぬ」
紫苑は優しく笑い、首を横に振り――――手をかざす。
「紫苑、どうし………」
途端、身体から力が抜ける。
(こ………れ、は……?)
声も出せなくなる。見れば、俺の身体の周りに、結界のようなものが展開されていた。シンもサイも同じなようで、動けず地面に倒れ伏していた。身動きの取れない状況で、俺は耳に入ってくる言葉だけで、状況を把握するしかなくなる。
「ザンゲツ殿、おられるか」
「ああ…………始めるのか?」
「うむ。これ以上は引き伸ばせぬ」
「本当にそれで?」
「………これ以上、こいつらに何を望めるものか。それはいくら妾でも傲慢が過ぎる………それでは始めるぞ」
衣擦れの音。再び手がかざされたのだろうか。
「薬と共に、流れ込んできた記憶がある…………この力は、仙術と呼ばれるもののひとつ」
(――――仙術?)
「チャクラの流れを読み、未来を読み取る力もその一端だった。血と魂に刻まれた御業………それこそが、巫女達の血継限界じゃ」
(予知………ガマ仙人が可能とする、奇跡の力だったか………だが、何故そんな仙術を使える。それに、一体何をしようと………)
その時、何かが俺の頭に触れた。
「今よりお主の記憶を封じる。妾の事を思い出せないようにする」
『何故だ!』
「これ以上、お主の足かせにはなりたくないのでな。覚えていれば、お主はどうにかするであろう。一度捨てさせた命だ。これ以上は負担をかけられぬ」
『何を馬鹿な。あれは俺が望んだことだ』
「妾は誰よりお主に、傷ついてもらいたくないのじゃ」
『―――ー良い女に対して、男が身体を張るのは当たり前だ。女の言葉は男に覚悟を強いる。それに答えてこそ………』
「ふ、嘘でも嬉しいぞ。だけど、それとこれとは話が別じゃ」
そうして、地面に刻まれた紋様が発動する。
『その術を止めろ、紫苑!』
全身から、チャクラが流れる。その形は、何かの紋様を描いてるようだった。
「心配は無用じゃ。妾は大丈夫。お主に貰った言葉がある。これ以上借りを作るなど………お主の夢を邪魔する事など出来るはずがなかろう………だから行け、小池メンマ」
『お前を忘れて、か?』
「務めは十分に果たした。これ以上、お主に一体何を望む。それに妾は、お主のバカっぷりが結構好きだったのじゃ。忘れ、笑って暮らしてくれ。それが妾の望むことじゃ」
『……だから忘れろ、と? 忘れて、俺は俺の夢だけにに生きろというのか』
「何、気にするな。これも妾の我が儘じゃ。それにあのような憎悪に囚われたお主など、正直二度と見とうない。それに、この隠れ家は結界で隠避する。ザンゲツ殿の協力も得られた。“鬼の巫女”に関する問題は片付きそうじゃ」
『―――勝手だな。お前も、ザンゲツも』
「お主の、お主がくれた言葉に従ったまでじゃ。誰も彼もが幸せになるそのために、戦うのじゃろう? 妾もザンゲツ殿もそうじゃ。己の望むがままに選んだ。それを、お主は否定しまい。そういった筈じゃ」
『ああ』
「ならば留まるな。此処はお主の戦場では無い。在るべき場所へ向かえ。いつか来る。中身は歪になれど、お主はそういう宿命を背負っている』
『歪? それはどういう……』
「いずれ知る。メンマがメンマであれば、いずれ突き当たる問題じゃからな。宿る星、汝の名は宿命なり。それとは関係がなく………お主がここにきた意味は在ったよ。例え定められたものであってもな」
『定められたって………宿命とか、そんなの俺の知ったことか、それより!』
「ああ、それでいい。そのままでいいから、流れるままに生きよ。いつか時が訪れる、選ぶ時が来る。其処が、お主の戦場じゃ………“うずまきナルト”お主の事は忘れぬ」
最後に知る。それまでは大人びた顔を保っていた少女は、泣いていた。
そして、年に沿った笑顔を見せた後。
「お主に会えて本当に良かった。ありがとう……………だから―――――さようならじゃ」
その術の結びとなる印を組んだ。
その後は誰かの記憶。メンマではない、二人の記憶。
「………お主が九尾か」
『そうじゃの、人間。それで、ワシを呼び出した理由とやら、聞かせてもらおうか』
「その前にひとつ聞きたい。そこのそれは、一体誰じゃ」
『分類上、一応は父になるのか。こやつの名前は波風ミナト………四代目火影よ』
「――――それはまた、何と言うか奇妙な組み合わせじゃの」
『戯言に付き合うつもりはない。要件を離せ。今のワシはいらついておるでの』
二人は、睨み合っていた。
「妾はお主達の記憶までは触れられん。だから、約束して欲しいのじゃ。こやつに何も話さぬと」
『たかだが人間、そのお主がワシと約束じゃと? ………聞くと思っているのか』
「いや、先程まではそう思っていなかったのだが………守ってくれるのだろ?」
視線だけで言葉をかわす。この二人にしか分からない、何かがあるのだろうか。
『………承知した。お主の意地は見た。見事としかいいようがない』
誇りを知っている。そうして、九那実は問いかけた。
「ここで断る理由もないが………一つだけ聞かせろ。お主はたった一人で闇の中に残されることになる――――寂しくはないのか』
「とても、さびしい」
誤魔化さず、強がりもなく紫苑は答えた。
「でも………妾にも許せぬものがある。それにあれだけ言われてわの。邪魔はしたくないと、そう思った」
『ふん、お主の覚悟、しかと受け取った。しかしどいつもこいつも………』
面白そうに笑う。
『僕からもひとつ聞いていい? 先程の、仙術のことだけど』
「うむ、これは我が係累にのみ許された術じゃ。大昔の兄二人と、同じように…………父から、受継がれたもの。あの化物を封じ込めるためにな」
あくまで保険じゃが、と紫苑は複雑な笑みを浮かべる。
『仙術………?』
「兄は仙人の眼。弟は仙人の肉体。最後の一人、妾の先祖は仙人の術…………全ては完全なる終りを避けるために。そういうことじゃ」
『いや、さっぱり分からないんだけど』
「いずれ、知るときが来る。それまでは言わない方が良いと思うから」
『………そう。薮蛇になりそうだから、これ以上は聞かない。それに、いずれ会うことになるだろうからその時に聞くよ』
「貴方もそう思うのか?」
『うん。馬鹿だけど、譲れないものが多いみたいだから。きっと忘れても、無茶をするに違いないから。いずれ辿る、その道の先にここに再び訪れる』
巻き込むことになるかもしれないから、とマダオが笑った。
「ははっ、そうかもしれません………では」
そうして、紫苑は再び手をかざす。
『―――言霊縛り。誓うという言葉を媒介にしたのか。ふん、大したヤツじゃの』
「同意なくばできぬことですし、増幅している今しかできないことですが」
それもすぐに消えると、紫苑は首を横に振った。
『後遺症は? 眼だけとは思い難いけど』
「分かりません。詳しい者がいればまた別ですが………それは、望むべくもないこと」
『僕たちは何もできないけど……』
「その言葉で十分です。それでは、またいずれ………生きていれば。ザンゲツ、お願いします」
「分かった。とはいっても、俺は運ぶだけだがな…………それと、困ったらここに連絡をくれ。力になる」
「分かりました………あと、シンとサイはメンマと離して下さい。顔を合わせたら、封じた記憶が蘇る可能性あります」
「承知した」
ザンゲツはメンマの身体とシン、サイの身体を担いで行く。
「――――こんなに、軽いのにな。それでは、いずれ……俺は二度と会えんだろうが」
「それでも、再会を望みます。しばしの別れを。それでは………これで」
そうして、紫苑は振り返った。ザンゲツはその場を去っていく。
だけど、小さな声で聞こえた。
「――――またね」
涙まじりの声。その後、メンマ達が山を降りた後。
隠れ家と一帯を包み込む、隠避結界がその場に張られた。
(バカ、ヤロウ………)
そうして、メンマの記憶はそこで途切れる――――――――
「―――――――そう、だったのか」
目覚めた時、最初に見えたのは天井。7、8年前にも見た、いつかの天井だ。
「ようやく目覚めたのか」
寝かせられた布団の傍には、サスケがいた。不安気な表情でこちらを見ている。
(俺は…………そうか、あの後倒れたのか)
記憶が戻った反動で、気絶してしまったようだ。
その後は、あの隠れ家に運び込まれたらしい。察したメンマは起き上がると、サスケにあれからどのくらい経過したのか尋ねた。
「いや、ほんの一時間程だ………ほら、来たぞ」
「ん…………」
入ってくる気配が二つ。これは、多由也と………紫苑だ。
「目覚めたようじゃの」
何も移していない眼で、それでも紫苑は笑う。メンマは喩えようも無い、胸が締め付けられるような感情を必死に押さえつける。
「全部、思い出したよ………紫苑」
「―――そのように術式を組んだ。拙い構成じゃったが、どうにか成功したようじゃの」
悪びれもせず、紫苑が笑う。
(そうまで笑われては、なあ…………畜生、何も言えねえよ)
暗くなる訳でもない。それに、最近まで忘れていた自分に果たして何がいえるというのか。忘れて己の夢に邁進していた自分に、何が言えよう。しかし紫苑はそんなメンマの思いを一蹴した。
「ふむ、あの時も言ったと思うが………あれは、いわば妾の我侭だった。お主が気にすることではないぞ」
「それで納得すると思うか?」
「知らぬよ。それに、今、来て欲しい時にお主は来てくれた。イタチの弟を連れてくるとは、夢にも思わなんだが」
「―――イタチ、か。知っているのか?」
「ここ2年程は、一緒に暮らしておった。とある人物の紹介でな」
とある人物。イタチを動かせるような人物と言うと………
「それは、うちはマダラか……?」
「いいや、違う………それも含めて、お主達には説明をせねばならんことがある。ナルト、あの二人は呼び出せるのか?」
「ああ。ようやく喋れるようになったみたいだしなっ、と!」
メンマはキューちゃんとマダオを口寄せする。その音に呼ばれ、イタチもこの部屋に入ってきた。
メンマに九那実、マダオにサスケ、多由也。紫苑とイタチ、そして菊夜さん。茶の間に、8人全員が集まった。
サスケがイタチの方を見ているが、見られているイタチは何処吹く風。じっと、眼を閉じ続けていた。傍目には平静を装うとしているようにしか見えない。サスケは気づけていないようだが。
紫苑はメンマの目の前に座っている。年の頃はあれから成長し、年の頃は16、7といったところか。随分と綺麗になっている。特徴的な象牙色の綺麗な髪も、紫陽石のような淡く見事な瞳も、その輝きを失わないまま、美しく成長した。
身体のチャクラは未だボロボロ、経絡系も完治してはいないようだが………それでも、昔よりはかなりマシになっていると感じられた。
(どういうことだ………?)
あれだけの酷い状態から、ここまで回復させたのは一体誰なのだろうか。それが、イタチを紹介した人物なのだろうか。それに、イタチがここにいる理由とはなんだろうか。
メンマ達にとっては、分からない事がたくさんあった。だけど、今この場で全てが明らかになる。そういう予感があった。
――――やがて、紫苑の唇が動く。
「さて………いったい、何から話せば良いのか」
嘆息。諦観からくる息ではなく、難しいことを、あるいは荒唐無稽なことを説明するのにどうしようか、そんな悩みからくる息だった。
「全ての発端は、9か、10年前になるのか…………うずまきナルト、お主が暗部に殺されてからだ」
―――――何故だろう。今何か、不思議な言葉を聞いたような。
「いや、ちょっと待って。殺されたって、誰が?」
マダオことミナトの問い。イタチは、口調を変えて答えた。
「四代目。あの時、うずまきナルトは一度死んだのです」
続きは、紫苑が告げた。
「そして今も、魂はかつての………元の形には戻ってはいない――――そうじゃの。何から説明をすれば良いのか」
紫苑はちゃぶ台にあったお茶を飲み、溜息をひとつだけはいた。
「正確には、“九尾の妖魔が死んでから”…………そういった方がわかりやすいか」
「………死んだ、か。何をもってそう断言する」
キューちゃんの目が鋭く光る。だが紫苑は、困った風に笑うだけ。
「九尾の妖魔について、正しい知識を持っておる者は?」
紫苑が聞くと、マダオが手を上げた。
「昔、自来也先生から聞いたことがあるよ。何でも、負の思念が集まった時にどこからともなく現れる、災厄だとか」
「うむ、それは正しい。じゃが、それは何のために現れるのかの?」
「―――負の思念が集まって出来るのだから…………」
矛先は、生物。メンマも、九尾の妖魔が襲うのは生物だけだと聞いていた。それも、人を重点的に襲うという。
(キューちゃんはそのほとんどの記憶を妖魔核と共に吸い取られたから、詳しくは覚えていないと………ん、ちょっとまてよ)
そこでメンマは言い方の違いに気がついた。
「九尾の“妖魔”って言ったよな。妖狐ではなく」
「そう、妖魔じゃ。人に仇なす大災。大禍の神そのものと言われた化物のことじゃ………そこにおられる………えっと…………」
「九那実でよい」
「うむ。九那実のように、天狐………年経た妖狐のことを指すのではない。九尾の妖魔とは、人を滅ぼすことを使命とされた、自然の代行者のことを言う」
「………代行者?」
何を代行するのだろうか。
「万物にチャクラあり。故に、全てのものはチャクラがあってこそ成り立っておる。個体差はあれど、チャクラが無い生き物など存在しない」
「俺もだ。どっかで聞いたことがある」
「いや、待て。お前もアカデミーの授業で………ってお前、そういえばアカデミー行ったこと無いのか」
「………うん」
最終学歴無し。いいもん、くじけないもん。
「話を続けるぞ。聞くが、負の思念とは一体なんだ?」
「誰かが憎いとか。消えてしまえとか………そういった負の感情、かな」
「そうじゃ。長じれば誰か、何かに対して“滅びてしまえ”という想いに集束する。それが溜まっては、どの生物にも悪い影響を及ぼしてしまう」
「それは…………そうだね。だとすれば、九尾の妖魔はそれを駆除する役目………いや、大元を絶とうとするのか。だから、生き物を襲う?」
「そうじゃ。とりわけ人に由来する負の思念が大きく、滅ぼす対象も人となるがの」
「………戦場での、負の思念はすさまじいものがあるからね。納得できるといえば、納得できる」
「そうですね………」
マダオとイタチが同時に呟く。サスケの表情が少し歪むが、紫苑は話を続けた。
「人にとっては災厄そのものだろうが、自然にとってはそうでもない。いわば世界全体が負の思念に傾かないよう、世界のチャクラを調節するものだとも言える。元を絶ち、その場にある負の思念を喰らい生きるもの………それが、九尾の妖魔じゃ」
「と、いうことは………他の尾獣もそうだと?」
「違う。特別なのは、九尾だけじゃ。一尾から八尾はそもそもの本質が違うし、生まれ方も違う」
「え………そんな話は聞いたことがなかったけど」
「広くは知られていまい。九尾の妖魔は危険を感じた自然が………いや、世界が生み出したもの。どうしようもない状況を打破するため、霊格の高い天狐に憑依し妖魔と化して人を滅ぼそうとする、最終防衛機構………そして」
紫苑はマダオの方を見た。見られたマダオは、紫苑の言葉を引き継いだ。今までの話の流れから、何かを察したようだ。
あるいは、何か気づけるだけのものを知っていたのだ。
「最終防衛機構が人の手に敗れた………つまり、死んだ時、何が起こりうる?」
マダオの言葉に、その場にいた全員が息を飲んだ。九尾の妖魔が死んだ時。いわば、最終の防衛機構が崩れた時。いったい何が起こるのか。想像もつかないが、拙い事態であることに変わりはない。
沈黙が蔓延るなか、唯一心当たりがあったマダオが話を続けた。
「あの時………僕は“九尾の妖魔”の陽のチャクラと陰のチャクラを分けたつもりだった。しかし、実際の所は違った」
そうして記憶、経験と推論を組み合わせて結論を言葉にした。
「僕がやったことは、妖狐を妖魔に変える核を取り除いただけというわけか。それを、死神に食わせた………つまりは、妖魔核が消えた………妖魔に限定すれば、その存在を殺したも同義になる」
その先にあるものは、いったいなんなのだろうか。何も起きないということは考え難い。九尾の妖魔ほどの化物を生み出すほどの防衛本能を持っている自然が、世界が………何もしないはずがない。
続きは、マダオでも紫苑でもなく、今まで目を閉じていた人物から語られた。
「―――ここからは俺が語ろう」
そう言うと、イタチは懐から紙切れを取り出した。
「全ての真実はここに記されている」
「………それは?」
「手紙、みたいだけど」
メンマとサスケが尋ねる。それは古文書の写しではない、多くても数枚の紙しか入っていない封筒だった。だが返ってきた答えは、メンマ達の予想の遥か上をいくものだった。
「俺とサスケ。あるいは現存する忍び全てに向け送られた――――暁で“うちはマダラ”を名乗っていた男の遺言だ」