小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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2話 : 夢と展望

 

 

「ふう、今日もいい天気じゃ」

 

紫苑は布団から出て顔を洗うと、まだ眠気が残る頭を覚ますために外に出ていた。陽の光を浴びて眼を覚ますために。

 

「イタチがおらんようじゃが………何処に行ったのかの?」

 

気配が感じられない、と紫苑は首をかしげた。奇妙な縁。一年以上前に同居するようになった、あの不器用な男、うちはイタチ。イタチ自身は紫苑や菊夜に対し、その素性について詳しくは語らなかった。だがうちは一族は有名だ。

 

数少ない生き残りであるうちはイタチの名も有名で、二人はイタチのことについて、大体のところは知っていた。紫苑が初めて会った時に感じたのは、果たしてこの目の前の男は本当に生きているのだろうかということ。

 

それほどまでにイタチは死に囚われていた。まるで自分がこの世界に存在してはいけないのだと、そう思っているようだった。その瞳からは将来の展望も何もない。夢もなく、希望もないように思えた。ただ最後の役目を待っている老犬のようだった。

 

だから紫苑は悪戯をした。赤い実を食べさせたり、寝ている間その顔に落書きをしようとしたり。死しか望まないイタチに、自分はまだ生きているのだということを、思い出させたかった。

 

「少しはマシになったようじゃが………」

 

紫苑は思い出していた。最初に一言、次にふた言。最近になってようやくまともに会話できるようになった。時折、弟の話もしてくれるようになった。一緒に修行をしようとせがむ、弟の話。おにぎりの話。おかかのおにぎりだけ妙に上手く作れたわけは、そこにあったのだと、初めて知った時は腹をよじらせて笑った。

 

時間は人を変える。人と触れ合えば、人は変わる。その両方を経て、イタチの心の中はほんの少しだが和らいだように見えた。しかしイタチの根本は変わっていないように思えた。

 

自らの果たすべき最後の役目を終えた後は、全てを弟に託し責任を取って死ぬつもりだと。紫苑がそんな事を考えている時だった。

 

道の向こうからこちらに向かってくる足音を聞いたのは。

 

「帰ったか、イタチ…………?」

 

 

しかし紫苑はそこで足を止める。足音は複数あり、イタチ以外のどれもが聞いたことのない足音。ひとつは分からない、ひとつはイタチによく似ていた。

 

そして最後、残るひとつの足音。どこかで聞いたような音だ。紫苑はその人物がいる方向に顔を向け、たずねる。

 

「お主は…………誰じゃ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭が痛い。頭が痛い。イタチの後を走っているのだが、先程から頭痛が収まらない。サスケと多由也の大丈夫かと心配してくれる声にも、メンマは言葉を返せないでいた。

 

(記憶が戻ろうとしているのか)

 

しきりに痛む頭を叩き、奮起して走る速度を上げる。やがて、たどり着く。獣道を登った先、そこにあるのは家だった。木造の家で、随分整えられた作りをしている。そこらにある山小屋ではなく、しっかりと作られた住家。別荘、というのが正しいのか。

 

「…………!」

 

そこで、メンマは人影を見つけた。玄関で伸びをする少女の姿を。髪は象牙。背丈は自分より頭ひとつぶんは小さい。その顔には見覚えがあった。メンマは沈黙を保ったまま、その少女へと近づく。あたりの状況は耳には入ってこない。

 

視界には、ただ少女だけが映っている。やがてその少女は自分の存在に気づいたのか、こちらを見る。変わらない、紫の瞳。美しい、宝石のような眼。

 

そこでメンマは、どうしようもない違和感を覚えた。

 

頭の中で警鐘が鳴ったような。胸の奥底に、汚泥が沈殿するような。

 

「―――――――」

 

紫苑。そう言おうとしたが、メンマの言葉は声にはならなかった。代わりに、少女はこちらを見ながら、言った。

 

「お主は、誰じゃ?」

 

衝撃。巨大な金槌で頭をぶん殴られたような。こちらを見つつ、分かっていない。いや、それだけではない。その視線は、メンマの方向からあまりにも外れて過ぎていた。

 

まるで、眼が見えていないように。

 

(いや………違う。紫苑の眼は………っ!)

 

メンマは、何故と。どうしてと叫びたかった。しかしそれは言葉にならず、口の中で消えた。紫苑が光を失った原因を未だ知らなかったからだ。ただ忘れているだけなのかもしれない。

 

そう思ったメンマは、何も言えないまま紫苑に向けて歩み寄った。触れることで何かを思い出せるかもしれないと考えたから。紫苑は近づくメンマの気配を感じたのか、息を止めてその場に立ちすくんでいた。

 

一歩前まで近寄る。メンマは幼かったあの日の面影そのままに、美しく成長した少女の前に立つと、相応しいであろう言葉を告げた。

 

「久しぶりだな………紫苑」

 

考えた言葉ではなかった。咄嗟に出たことば、再会を示す言葉だ。あれからもう7年だ。当時紫苑は7歳。あの日までに生きた時間を、倍する時間が経過したのだ。どれほど長かったのだろうか。

 

言葉を向けられた紫苑は、メンマが誰だか分かったのだろう。

息を飲み。理解すると、笑みを見せた。

 

「久しぶりじゃの、ナルト」

 

メンマと同じ返事。ただ、こめられている感情が違った。歓喜に打ち震えているかのような、喩えようの無い悲しみを知ったかのような声。その笑顔も何処かもの哀しい。そしてその顔にメンマは見覚えがあった。

 

(そうだ、あの時もこうして――――っ!?)

 

悲しみを含んだ笑顔で、自分を見ていた。

 

――そこまで考えた瞬間、メンマの頭の中で何かが弾けた。

 

(…………っ!)

 

頭痛の度合いが一瞬だけ強くなり、徐々に収まってゆく。頭の痛みが嘘のように消え、残ったのは静寂だけ。波打っていた頭痛の名残は全て消え、残ったのは凪の海だ。

 

だが、メンマが自覚する頭の中で起きた変化は、劇的だった。

 

(これは…………)

 

記憶の中、思い出せなかった光景にかかっていた、もやのようなものが消えていく。やがて溢れてくる記憶の本流。あの時、封じ込められた記憶が、次々に頭の中に戻っていく

 

去来するのは過去。忘れ“させられた”過去の話。

 

そうして、メンマは思い出した。

 

あの後………鬼の国の戦闘が終わった、その後に起きた出来事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知らない天井だ…………つっ!」

 

目覚めたメンマはお約束をかましつつ、全身に走る激痛で顔をしかめる。見れば自分の身体のいたるところに包帯が巻かれていた。誰かが手当をしてくれたのだろう。

 

だが、筋肉と骨に刻みつけられた傷まではどうすることもできなかったようで、気絶する前と変わらない、痛覚による鐘の音がメンマの頭の奥を叩いている。気絶していたのだろう。最後にあの部隊長を殺したのは覚えているから、敵はもういないはず。

 

(殺した………そうだな、殺したんだ)

 

メンマは呟きながら、考えた。取り返しがつかない蛮行であろうが、後腐れのない最適な方法で敵を排除できた今、誰かに襲われる心配もないだろう。ならばここは一体どこなのか。メンマは身体を動かそうとしたが、あちこちが痛むので諦めた。

 

寝転びながら首だけを動かし、部屋の中を見回す。

 

「…………どこかの家の中、か?」

 

木造の家。少し広いが、この世界では標準的である何の変哲もない木造の家。少し前にみた病院のように、医療をする所でもない。また豪華絢爛な装飾もなく、至って普通の民家と言える。

 

(と、いうことは城の中ではないか)

 

町の中でもないらしいとメンマは察しをつけた。窓の外からは鳥の鳴き声が聞こえてくるし、かすかに嗅覚に訴えるこの匂いは、深い森で香るそれだ。

 

「………目覚めたか!」

 

その時、紫苑が部屋の中に入ってきた。布団で寝ているメンマのもとに急いで駆けつけ、心配そうな顔でのぞきこんでくる。大丈夫か、傷は痛むかと聞かれたメンマは取り敢えず大丈夫だと返した。

 

死に至るほどの重傷でもない。右腕が痛みに痛むが、痛覚があるということは感覚はまだあるということ。メンマは大丈夫だと判断した。

再起不能な傷でなければ、自分の中のキューちゃんが傷を癒してくれる。時間はかかるだろうが、じきに傷も治るだろう。説明すると、紫苑は安心したのだろう。ひとつ安堵の息をついて、その場にへたりこんだ。

 

「どうした?」

 

「………腰が抜けたのじゃ」

 

頬を赤くしながら答える紫苑。メンマは可笑しくてつい笑ってしまった。すると、今度は別の意味で頬を赤くしながら、怒られた。

 

「そういえば………誰が俺をここまで運んでくれたんだ?」

 

「………菊夜じゃ」

 

何でも、ここは何代か前の巫女が命じ建てさせた、隠れ家。紫苑と菊夜はこの家が建造された理由については知らなかったが、その存在だけは知っていたらしい。メンマ達の傷を癒すために一時的にここに避難することを選んだ、と言った。

 

「紫苑は、怪我はないのか?」

 

「ない。お主らのおかげで、このとおり………大丈夫じゃ」

 

答える紫苑。本当良かったと笑いかけると、何故か紫苑の顔が赤くなる。

 

「どうして………」

 

「ん?」

 

「いや、何でもない」

 

そういうと、紫苑は顔を横に向けた。メンマは不思議に思いつつも、聞きたいことを順番に聞いていく。

 

「真蔵と才蔵………いや、シンとサイ、か? あいつらは大丈夫なのか」

 

「お主ほどの傷は負っておらんし、致命的な傷も無い。取り敢えずは安静じゃが、命に別状はない」

 

「そうか………」

 

間に合ったようだとメンマは安堵の溜息をついた。この世界で出来た、初めての友達の命が無事と知ったメンマは、天井を見上げながらよかったと呟く。その時、視線を感じたメンマは、紫苑の方を見た。

 

紫苑は、不思議そうな表情でメンマを見つめていた。

 

「のう…………シンとサイの素性について、お主は知っていたのか?」

 

あの時既に気づいていたのか、と紫苑が聞いてくる。

 

「いや、気づいていなかったよ。不覚にも、ね」

 

気づけたのは、あの敵の正体を知った時だ。“根”にいる兄弟、金髪と黒髪の兄弟。

あとは戦災孤児というキーワードと………名前。

 

(………ダンゾウの“ゾウ”を取って組み合わせたのか)

 

“シン”ゾウと“サイ”ゾウ。真蔵と才蔵、というわけだ。

そういえばヤマトの暗部名はテンゾウだったような。

 

偽名を名乗るにしても随分と安易だな、と思ったが、そもそもシンもサイも外部に名が売れているわけでもない。どちらかといえば少しの情報を元に、有り得ない知りうるはずがない知識を以てその素性にたどり着いた自分の方が異端なのだ。メンマはそう思っていた。気づけなかった理由は、ここであの二人に会うとは思わなかったこと。意図せぬ対面と言えよう。だけど兄弟殺しを防げたことは、メンマにとって嬉しい誤算だとも言えた。

 

『兄さんに見せたかった…………』

 

儚く笑うサイの顔は、もう見ることはないだろう。それだけで、戦った価値があるというものだ。あの絵巻物の真実を知った今、余計にそう思う。

 

しかし、あれだけ仲の良い兄弟を殺しあわせる暗部は………マジ外道だ。血霧の里の風習もそうだけど。発端はマダラだろうし、木の葉って意外と黒いなしかし。長い歴史を持つ里ゆえに、裏側の闇も深くなってしまったのだろうか。一度は全ての忍びを従えたと聞く里だし、その知恵と知識の量も半端ないのだろう。

 

(………だけど、今は木の葉よりこっちのことだ)

 

そういえば菊夜さんはどうしたのだろう。あの人も怪我をしてたと思うけど、大丈夫なのか。たずねると、紫苑はまた変な顔をした。

 

「無事じゃが………」

 

複雑そうな顔。メンマはなんでそんな顔をするのか、聞くと紫苑からは意外な答えが返ってきた。

 

「あの時、菊夜は………お主を囮に使った。妾がそうさせたに等しい。それを知っているとも言った」

 

「ああ………」

 

厳密にいえば、マダオの推測なのだが。あの時、メンマの死体を確認せずに去った暗部と、ラーメンを食べている時の菊夜の仕草、サイの言動から推測したらしい。メンマも、十分に有り得る話だし、事実そうかもしれないと思っていた。

 

「妾達はお主を見捨てたに等しい………いや、殺しかけたも同然じゃ。なのに何故…………お主は、ここに来た」

 

紫苑は俯きながら、震える声でそんな事を言った。何故助けに来たのか、分からないという。

 

「紫苑」

 

そんな紫苑に対し、メンマは「こっちにきて」と言う。紫苑は涙まじりの眼を潤ませながら、顔を上げ近づく。メンマはその顔に手を伸ばしデコピンをかます。

 

「痛っ!?」

 

紫苑がデコピンの痛みに、額を抑えながらうずくまる。メンマもデコピンをした反動が全身に広がったせいで身体がずきずきと痛むのだが、今は痛みに悶絶している場合じゃないと言葉を続けた。うずくまる紫苑に対し、暗部の部隊長に言ってやった言葉をもう一度繰り返した。

 

「だからといって見捨てていい訳にはならない。それに、諸悪の根源は決断させたあいつらだ。囮に使われたのは少し腹が立ったけど………それでも、殺されなくて良かったっていう方の気持ちが大きい。それだけじゃ駄目か?」

 

メンマの言葉に、紫苑の肩がびくりと震えた。

 

「それに、俺は紫苑との勝負に負けて………あの約束をしたじゃん。負けたからには、賭けの負債は払わないとなー」

 

ハリセンボンはごめんだし、と言いながら、なははと笑う。

一方で、内心では恥ずかしさのあまり転げまわりたくなっていた。

 

(あの時はテンションゲージがマックスになっていたせいで分からなかったが、素面で言うと恥ずかしいぞこれ)

 

メンマは顔が熱くなっていくのが分かり、視線を逸らした。

 

『くささ、最高潮ぉ!』

 

(黙れマダオ。起き抜けの一言がそれか)

 

『ふん、よう言うわ………』

 

(キューちゃんはなんだか不機嫌なんだだけど………なにゆえ?)

 

メンマは考えていると、紫苑が顔を上げる気配を感じた。見れば、紫苑は微笑を浮かべていた。嘘のない、本心からの笑顔だ。端正な顔立ちと相まって、非常に可愛らしいと言えよう。

 

「本当に、すまなかった…………いや、ここはこういうべきか」

 

首を横に振って、紫苑は言い直した。

 

 

「たすけてくれて、ほんとうにありがとう」

 

 

あどけない少女から繰られた、本心からの礼の言葉と、満面の笑顔。

 

 

それに対して、メンマは顔を逸らし続けることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

その後、やってきた菊夜と真蔵、才蔵と共に色々なことを話した。

 

「あなたが九尾の人柱力だったとはね………しかし、木の葉隠れの里は、あなたにとって味方となるのでは……?」

 

菊夜が聞いてくるが、メンマはそんなんじゃないと答えた。もとはといえば、暗部に殺されかけたのが全ての発端だし、味方とはとても言えないだろう。

 

「俺も噂で、だけど聞いたことがあるよ。四代目火影の嫡男が九尾の人柱力で………失踪したって言っていたような」

 

「実際は暗部に殺されかけたんだけどね。最後は起爆札でふっとばされて崖下の河に落ちたんだけど」

 

メンマが当時の出来事に関して説明すると、全員が顔をしかめた。紫苑とシンにいたっては何故か泣きそうになっていた。

 

「いや、だって………九尾だよ? 木の葉の里の者を大勢殺した……仇だと思ってたんじゃないかな」

 

事実は違うのだけれど。それに、里を滅ぼすに足る力を持った子供がいることに対しての、恐れもあったのだろう。今までこなしてきた網の任務の中でも聞いた。

 

他里の人柱力も、一部の者からは人外の力を使える化物ということで、恐怖の対象になっているらしい。メンマは言う。紫苑達もあの時の異様なチャクラを見たはずだと。

 

あんな力が使える自分が怖くないのか。メンマが面と向かってたずねると、紫苑達はこう答えた。

 

「怖くなかったぞ。いやむしろ…………何でもない、忘れてくれ」

 

紫苑は首を振りながら、また頬を染めていた。

 

「力の種類がどうであろうと、結果は変わりません。私達は命をかけて戦った貴方に助けられたのです。それに………邪悪な意志は欠片も感じられませんでした」

 

菊夜はそう答えた。心なしか敬語になっているので、本心ではどう思っているか分からないが、感謝の気持ちに嘘はないようだ。

 

「怖くねーよ。むしろあいつらの方がずっと怖い」

 

シンは複雑な表情を浮かべながらそう言った。確かに、と頷く。メンマも他の人柱力よりは裏で下衆なことを企んでいる暗部とか、世界征服を目指している暁の方が怖かった。

 

「兄さんに同じ。むしろ有り難いよ。正直、僕たちだけではどうしようもなかったから」

サイはそう言いながら笑う。でも、確たる勝算もなく助けたいという想いだけで決意に振りきれたおまえらの方が凄いと思うのだが。

 

そう言うと、二人は驚いていた。何故驚くのか分からん、とメンマは言う。

 

「いやだって、おまえらの奮闘が無かったら正直どうなっていたのか分からんし」

 

それは真実だった。森の中、あの場に集まっていたおかげで乱戦に持ち込めたのだ。

もしも城の中に陣取られていたら打てる手も限られてくる。シンとサイが何もしなければ、そうなっていたはず。その状況では、メンマをしても勝機は僅か。恐らくは負けていただろう。

 

「それに、お前等の方が命がけだっただろ。あの部隊長の強さを知りながら、よく決意できたもんだよ」

 

メンマが告げると、シンとサイは笑って答えた。

 

「ほら、前に話で聞かされただろ? ………力のあるものが、チャクラを使える者が忍びではなく………誰かのために戦う心が、忍びだって」

 

サムライとも言う。メンマは、覚えていたのかと苦笑した。

自分たちの後にはもう何も無いと想い、命を賭けるに至ったのだろう。

 

束の間ではあったが、良い思い出を。本当に失くしたくないと思えた日常を少しでも取り戻すために。

 

刃の下に心在り、心を以て刃を振るう者………それがこの世界の忍びなのかもしれない。

シンとサイはこの世界の忍びの在り方を体現したのだ。この小さな身体で。

 

『………お主も、そうじゃろうに』

 

メンマは、キューちゃんの声を聞いたような気がした。

 

 

 

 

その日の夕方、隠れ家に突如客が来訪した。

 

「あんた、ザンゲツ!?」

 

「………生きていたか」

 

ザンゲツはメンマの顔を見るなりそう言い、あの後の事………木の葉の“根”に対する処置について述べた。そしてその手際の見事さを前に、メンマは戦慄していた。

 

「あの暗部の死体は、三代目………爺さんに信頼されている他の暗部に回収させた」

 

「どうやって………」

 

「うちはイタチに関して、少し情報を流してやっただけだ。超特急でやって来た暗部に目撃情報を提供して………そのついでに、こちらで起こっている事を説明した。鬼の国で“根”が暗躍していること。そして………」

 

「ゴロウさん、死んだのか」

 

メンマの言葉に、ザンゲツは頷いた。その反応を見て、思う。顔見知りが死ぬのはこれが初めてではないが、慣れないことだと。

 

「それについての抗議もしたぜ。三代目のじいさまは………落ち込んでいたな」

 

今木の葉は、うちはの事件のせいで里の戦力が大きく減った状態にある。そこに経済の流れの一端を握る“網”に対しての暴挙が、暴露されたのだ。

 

しかも、今回の事件は鬼の国内部で起きたもの。盟約を結んだ国自らの破棄が、他の里に知られればどうなるか。

 

「権威は失墜し、木の葉の発言力は激減………任務も減って里の収入も少なくなる、か」

あるいは代償として、血継限界をいくらかよこせと要求されるかもしれない。泣きっ面に蜂どころの騒ぎではなくなる。ザンゲツはそれらを取引の材料にして、“根”の国外への退去を命じた。

 

「根をやった下手人………自分についてのことは?」

 

「言えない、とだけ答えた。追求はされるだろうが、まあうまくやるさ。それが俺の仕事だからな」

 

木の葉には警務部隊を務めていたうちはが壊滅したことで、他に優先しなければならないこともある。まずは警務部隊を代行するに足る部隊を編成しなければならないらしい。つまりは、木の葉側にはこちらにつきっきりになっているような余裕が無いということで、何とかやりきれるとザンゲツは答えた。。

 

「“根”のダンゾウは?」

 

「三代目に抑えてもらっている。初代火影の盟約は、あの爺さまにとって何よりも優先されるべきものだ………いつかの、雨隠れの里の外れで起きた事件もある。これ以上、何かをすれば、迷いなく処断するだろうな」

 

「雨隠れの外れ………事件? ………ああ、あれに関係あるんですか」

 

少し前、その事件の現場近くにある村民から依頼された、とある奇妙な工事のこと。現場に着いたメンマ達は驚いた。言われて赴いたその平野には、○めはめ波でも落ちたんじゃねーのか、と言いたくなる程に巨大なクレーターがあったのだ。

 

「あれにも、“根”が絡んでいると?」

 

まじで勘弁してくれ、とメンマは頭を抱えた。手持ちの起爆札を使っても、手持ちでも最大の威力がある螺旋丸を使ってもあんなことはできない。そんな術を使える者が“根”にいるとか、考えたくも無かった。

 

「いや、爺さまもその件に関しては確証は無いらしいが………話が逸れたか」

 

その後は、メンマの処遇について。こちらは特に何の問題もないとザンゲツは説明した。

「しかし、一人であれだけの暗部部隊を壊滅させるとはな………」

 

何で今まではその力を使わなかったのか。ジト目で見てくるが、そんな眼で見られても、どうしようもない。

 

「おかげでご覧の有様ですよ。八門遁甲とは言いませんが、そうそう乱発できるような術でもないんで」

 

少し誤魔化し、説明をする。

 

「………まあ、いいか。詮索すると逃げそうだからな………約束もある」

 

そう言って、話を断ち切る。これ以上、余計な詮索はしないという意志表示だろう。

 

「ああ、後………シンとサイ、と言ったか。あの兄弟についてだが、うちで引き取ることにした」

 

「え、いや、それ………可能なんですか? 根からは何も言ってこないと………いや、そうか」

 

メンマは背景と事情を思い出していた。戦災孤児の登用は、三代目も心を痛ませていたと聞いていた。根は閉鎖されたはずの部門だ。それがハルという協力者を使って、組織の中をかき回した責任は大きい。ゴロウさんのこともあった。発覚した今、網に対しての代償として二人を、と上手く交渉したのだろう。メンマの予測に、ザンゲツはしてやったりという顔で笑った。

 

「まあ、お前の考えている通りだ。ま、うちと“根”との関係は、最悪となったがな。大体が好かん組織だったし今更別に構わんが………問題は別にある。鬼の国のことだ」

 

鬼の国と根で交わされた密約、そして紫苑達の立場について説明を受けた。端的にまとめると、紫苑を生贄にしてあらゆるものを融通してもらうというもの。メンマは胸糞悪い真実に、思いっきりつばを履きたい気分になった。

 

「まだ終わっとらんぞ。その国主だが、今度は別の里に働きかけようとしているらしい」

「………はあ!?」

 

「取引材料としての巫女の価値………そこに、眼をつけたのだろうな。再び拉致して、どうにかしようとしているらしい」

 

真意に関しては調査中だ、とザンゲツも顔をしかめながら言う。

 

「下衆が………それで、紫苑達はどうすると?」

 

「………後は、本人から聞け。明日、話してくれるだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。暗い部屋の中、メンマは天井を見上げながら考えていた。

 

『………眠れないの?』

 

「ああ………」

 

答えながら、立ち上がる。全身が痛むが、今はここに居たくなかった。メンマは外に出て夜空の星を見上げながら、あの時のことを思い出す。この手で殺した人間のことを。

 

骨をへし折る感触。肉をえぐる感触。どれもがこの手に残っている。

 

(殺した………殺したんだ)

 

他に方法が無かった。余裕もなかった。だから殺した。力があれば、他に選択できたのだろうが、今の自分にそんな大層な力はない。そんな事は分かっていた。だが、手に残る感触は理屈で誤魔化せる類のものではなかった。

 

メンマは得体の知れない感情が胸を締め付けてくるような錯覚に陥っていた。

 

「っ、ぐぇっ!」

 

地面に左腕をつき、胃の中のものを戻す。昼と夜に食べたものが出尽くし、それでも止まらない。胃液をも地面にぶちまける。

 

「っ、イワオ!?」

 

そこに紫苑が現れた。驚くのもつかの間。メンマの背中を優しくさする。

 

そのまま、数分が過ぎた。

 

メンマは隠れ家の傍にある樹に、紫苑と二人でもたれかかりながら星空を見上げていた。

メンマの方は、精悍とはとても言えない顔で。紫苑はその手をそっと握る。

 

途端、メンマは情けない気持ちに襲われた。どうしようもない、弱音に類される言葉を少女に言ってしまう。

 

「殺すしかなかった。取り得る最善だった…………」

 

あの時。最後のやり取りで抱いた憎しみはまだ消えず、胸に残っている。でも、殺したくなかったのも本当だ。立場が違うとはいえ、相対する敵とは言え、どうしようもなかったとはいえ、殺しあうことが正しいとは口に出したくなかった。

 

しかし許せないこともあった。同じようなことをしている人間がいれば、メンマはどんな手を使ってもそれを阻止するだろう。例え命を奪うことになっても、奪われるよりはマシだと。浮かんだ言葉に、自嘲が重ねられた。

 

「マシだから殺すってよ…………なんで、こうなったんだろうな」

 

発端は、巫女の死。そこから始まる奪い合い。小国が、“根”が、力を求めたから。外敵に対抗する力を手にいれたかったから。

 

奪われない力を手に入れたくなかったから。戦争は終り、平和な世になったとはいえ、いつ他国と戦争になるかも分からない。だからこその力。しかし、逆にいえば他人を………他国を信用していないとも言える。

 

危地に備えるという、忍びの思考は正鵠を射ている。事実世界は不穏な情勢を携え、今日も大陸に血は流れている。誰も彼もが誰も彼もを信じていないのか。あるいは、理解しようとしていないのかもしれない。

 

もっと他に、力以外で理解し合えるものはあるはずなのに。

 

それは日々の中にあるもの。食事、音楽、芸術。

 

美味しいものを食べる喜び。

いい音楽を聞ける喜び。

美しいものを見られる喜び。

 

そして、それらを作り出す喜び。創作する喜び。

 

色々とあるのだ。見知らぬ誰かと誰かが理解しあえる機会が、色々とある。断じて殺しあう………究極の否定をしあうために、人は生きているわけではない。

 

それが、メンマの考えだった。

 

「だからお主はあれを………ラーメンを作るのか」

 

「ああ」

 

美味しいものに対する歓喜。作る側と、食べる側。美味しいと言ってもらえる自分も、美味しいと感じた客も、どっちも幸せになれるじゃないか。

 

メンマはそう主張した。今回の事ではっきりした部分もある。力づくでなんて、あらゆる意味でどうにもならないと。

 

奪うだけでは何も生まれない。あるいは、守るために失わないよう、そうなる前に奪うだけ。どちらかしか幸せにならない。メンマは、そういう結末が嫌いだった。

 

多少の齟齬はあるだろう。方向性の違いだってあるかもしれない。だけど誰も彼もが幸せになるために生きていると、メンマはそう信じたかった。間違ども、人が望むものは同じであると思いたいのだ。性善説などではなく、ただそう在って欲しいという願い。

 

“誰も殺しあわない世界を”

 

それがメンマの夢だった。本当の殺し合いを経験した今、切に願えた。人の汚さを直視した今、心の底から願える。

 

夢に夢をまぜあわせるのだ。

 

「そうだよな………ラーメンだけに」

 

「ギャグ、ではないか。お主は、その巨大な力を使って夢を叶えようとは………駄目だな。そうしている姿が思い浮かばん」

 

「ああ、それに………これは、借り物の力だから」

 

メンマは言う。俺は俺のために生きている。俺は俺のしたい事をする。だから、借り物力を使って舞台に立っても、そこに意味は無いと。

 

自衛のために力を振るうことはする。許せないことに対し、断固たる行動にでることもある。だが肝心の夢は俺の持つ俺だけの力で叶える。

 

借り物の力で夢を………秘めた願いを形にしたとして、そこに“俺”がいないのでは、はたしてそれが何になろうか。

 

それにそれは一時凌ぎにしかならない。それでは足りないのだ。

 

唯一、借り物ではない自分だけの力。それがラーメンに対する情熱だ。

前の世界の残滓でいだした残滓。

 

くだらない、人によってはとるに足りないと言われるかもしれないが、それがどうした。

この想いだけは、誰にも文句はいわせない。本当に美味しいものは、人の心を変える力を持っている。メンマは、心の底からそう信じていた。

 

一度振り上げられた腕、力に対して、言葉は通じまい。自らの腕でしか防げないものだ。そして互いに傷つけあう。それを防ぐためには、そもそも腕を振り上げようとしない心が。相手のことを思う、理解しあう力が必要だ。気が遠くなる程の迂回路。自分の代だけでは無理だろう。だが、メンマにとってはやってみる価値はあるものだった。

 

「………変わっておるの、お主は」

 

メンマの言葉を聞いた紫苑は、優しく笑いながらそんなことを言った。

 

「変わっているのは、悪いことじゃない。受け売りだけど」

 

迎合せずに意地を通すことが、男の本懐である。メンマは格好をつけながら言った。そうしたいと願ったのだから。嘘はないので恥じる必要もないと笑う。

 

「そうじゃの………悪くない。本当に、悪くない………のう?」

 

「ん?」

 

「いつか………いつの日か。妾にも、その究極のラーメンとやらを、食べさせてくれるか?」

 

「勿論さ。まあ、時間はかかるだろうけど」

 

人生は短く、芸術は長し。10年やそこらで完成するとは思えない。ただでさえ短い人生を余計に短くしようとする輩もいる。メンマは、そいつらから身を守らなければ、自分の願いは果たせないだろうとも考えていた。

 

目をそらすことはできなかった。この危険な世界で旅を出来る力。それに対する、代償みたいなものだったから。

 

「人生はままならないのう」

 

「ほんとにね。子供である俺達が言うこっちゃないけど………夢だけ考えて生きたいのだけれど、現実は酷に過ぎる。死ねばそこで終わりだし」

 

今は障害物を乗り越える力を。そして全てが終われば、夢に向かって走り続けるのみ。

メンマの言葉に、紫苑も笑った。

 

「確かに、あのラーメンは旨かった。他にはない味じゃったし………隠し味か何かがあるのか?」

 

「うん、あるよ。いつも考えているし、思いついたことは試すようにしている」

 

メンマは修行の合間に、全国を食べあるきながらネタを集めていることを話した。今はあの宿屋に隠している、日誌。あれには、夢そのものが詰まっているのだと。

 

「………でも、今は別に優先することがあるから、夢を最優先するってわけにはいかないんだけど」

 

何しろタマ狙われてるから、と俺は苦笑を返す。

 

「ふむ、そうじゃったの。うずまきナルト、か………そういえばイワオは偽名だったのじゃな」

 

「“網”の任務用のね。ラーメン屋としては別にあるよ?」

 

「ふむ、何というのじゃ?」

 

訪ねられたメンマは、口の端を浮かべながら説明をする。

 

 

「俺の故郷にある漫画に登場する、ラーメンが大好きな人の名字を取って………そして、名前は本名をもじったんだ」

 

 

――――故に、“小池メンマ”。それが俺のソウルネームだと言った。

 

 

「ふむ、ということは…………お主が持っているという、その夢への道程が書き記された日誌の名前は………」

 

 

夢が詰まった、伝えるべき願いを書き記した日誌。

 

究極のラーメンを目指す、この世界で生きる自分だけの日誌。

 

 

 

「“小池メンマのラーメン日誌”ってところだね」

 

 

 

 

 


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