小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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幕間にござい。

時系列的にいえば七話と八話の間です。



幕間 : 小池メンマ 対 桃地再不斬

 

 

小池のメンマのセーフハウス。いわゆるひとつの隠れ家の中の一室だ。

 

気配を外にもらさないよう、四方を結界で囲まれた堅固な訓練室。その中央で、家主と居候が対峙していた。

 

片や黒の半袖のTシャツに脛までの黒いズボンをはいている少年。

片や半裸で、物々しい大刀を背にかついでいる中年。

 

「まだ30越えてねえよ!」

 

「何も言ってないだろ………」

 

いきなり激昂する再不斬に、やや引き気味でメンマ。ちょっと表情から考えを読まれたことにびびりつつも、腕をぶんぶんと振り回しはじめる。

 

「さーてーとー、準備運動終わり。じゃ、お望みどおりにいっちょやりますか」

 

「お前………聞いた境遇は凄まじいってのに。なんか、軽い奴だな」

 

ちらりと横を見る再不斬。少し離れた位置に立っている少女を見た。

抜け忍時代になけなしの貯金をはたいて買ったという、白のワンピースに着替えた美少女の方を。

 

(誰のために買ったとか考えたくないっす)

 

正に美女と野獣。それは置いといて、っと。

 

「境遇? そんなもん真面目に考えるとどこまでも落ち込みそうなんで、考えません。これ一つの解決方法」

 

逃避ともいうが、それは言わない約束である。

 

「そんなことよりラーメンだ!」

 

「後にしろ」

 

『おじいちゃん、さっき食べたばっかりでしょ!』

 

何という二重ツッコミ。キューちゃんのツッコミも欲しいところだけど。

 

『そんなことより稲荷寿司だ!』

 

聞いた俺が馬鹿だった。あ、ごめん謝るから睨まないで。え、波の国での約束は?

やべ、完全に忘れてた。本当にごめんって、何も檻の中で三角座りになって頭をうずめなくても。

 

「おい………ぼっとしてんじゃねえよ、真面目にやる気あんのか? それとも一度勝ったからって舐めてやがるのか」

 

「いや、取り込み中で………でも、これでかなり緊張してるよ? なんせ霧隠れの鬼人が相手なんだから」

 

本当の実力を知りたいとのご要望だ。信用を得るためには、応えなければならない。

あっちも本気の、いわば手加減抜きの模擬戦だ。だが、緩い気持ちなんかで挑めばあっさりと死ぬだろう。

 

実際、上忍同士の力量の差なんてそんな扱いだ。再不斬もそう思っているだろう。

 

(下忍や中忍程度には負けないけどね)

 

上忍とは里の主戦力で、いわばエリート。下忍や中忍とは、ある意味で違う世界に生きている。なんせ、身体能力が違う、動体視力が違う、反応速度が違う。経験値もぜんぜん違う。徹底的に異なってしまっている。

 

つまるところ、“生きている時間の速さと、見えている世界”が決定的に違うのだ。

 

実戦の経験無しに上忍には至れない。だから生死を分ける時間のシビアさを知っている。時間は大事だ。上忍ともなれば、相手が一秒でも油断をすれば戦況を覆すことが出来るのを知っている。実行できる。だが、下忍や中忍はそれができない。ある意味で、化物とも言える存在かもしれないけど。

 

「でも、あんまりガチの戦闘はしたくないんだけどねえ。いっそ逃げていい?」

 

「逃さねえよ。人の得意分野で昏倒させたんだ。勝てねえかもしれねえが、落とし前もつけさせてもらう」

 

暗殺技能を持ち、しかもサイレントキリングなんて大層な技術を持っている再不斬だ。

負けたのもそうだが、後ろを取られて気絶したのも結構な屈辱だったのだろう。

 

「でも、いいのか? ここには水がないから、お得意の水遁は使えないけど」

 

「派手すぎるとこの里の暗部にかぎつけられるだろ。それに、殺し合いをしたいってわけでもねえ………ただ、納得させてみろ」

 

俺が強い、ってことをか。ま、仮とは言え依頼人となった――――しかも危険度Sランク以上の任務に挑むことを依頼した俺の、本当の所を知りたいってことなのだろう。

 

『妥当だと思うよ。彼は搦手にも限界があるってことを実地で知ってる』

 

そうだな。戦闘経験は、あるいは俺よりも上らしいし。なら何も言えないな。俺だって逆の立場で言われたらこーする。乗っていい船なのか、それともグダグダになって沈む船なのか。

 

『いずれ自分の夢に立ち上がるっていうS級犯罪者の組織を潰す。その目的がそもそもだいそれたことだ。一人で一国を落とせるだけの危険人物の集団に、勝つ。そんな目的を――――天まで届こうっていう高い木に登るのなら、必然的に危険度も上がってしまう。危地は絶対にやってくる』

 

どんなタイミングなのか分からないけどね、とマダオは間を置いて、

 

『再不斬君が知りたいのは、危地を乗りきることが出来るのか。いずれくる戦闘において、“まともな方法”で勝ち抜けるかを見極めたいんだろうね』

 

(………影でこそこそする鼠ならば、まともな方法を避ける。でも、それでは生き残る率が低い。相手も手練で策士も居る。つまりはタイミングが分からないから、相手に絡め取られる可能性もある?)

 

『そう。その場合、真正面からの戦闘は避けられない』

 

(で、いざという時に正面きって挑もうって気概があるか――――あれば乗る価値のある宝船、無いのならいずれ限界が来る泥船ってことか)

 

『その通り』

 

「上等だ」

 

マダオと再不斬に啖呵を切って返す。

そうと分かれば、ここは逃げてはならん所ですな。

 

拳を握り、腰を落とし、チャクラを練る。

見る目にも俺の雰囲気が変わったのだろう。白が緊張し、再不斬が目を細める。

 

「それで、開始の合図は?」

 

一応、確かめる。

 

「要らねえよ。今からでいい」

 

不敵な笑みで返してくる。

 

「了――――解!」

 

頷きつつ、しかし返答の言葉が終わるころには、既に再不斬の間合いの中に入っていた。驚愕の表情を浮かべる再不斬。構わず、俺は踏み出して右の拳を再不斬の顔面へと“丁寧”に突き出した。だが、拳の先から返ってきた反応は顔ではない、何か硬いものを殴った感触。

 

(ん、とっさに腕で防御と)

 

流石にあの刀を任せられるだけはある。とっさに反応して防ぎきるとは、なるほど体術の腕は確からしい。だが威力は殺しきれていないようだ。拳の衝撃に圧され、再不斬の巨体が後退する。

 

そのまま、間合いが離れた。追撃に移るのには絶好の機会だ。

しかし、追撃はまだ仕掛けない。今のはあくまで挨拶を兼ねた、名刺のようなもの。

 

「………およそおぼっちゃんらしくねえ不意打ちだな。拳も馬鹿みたいに重てえ」

 

腕を振りながら、再不斬がぼやく。

 

「やだなあ、あんなもん不意打ちの範疇にも入らないよ。あくまで気付けの一発ってこと。で、気に入ってくれた?」

 

親指を上に立てて聞く。それを見て再不斬の表情が、真剣味をおびたものに変わる。

 

「………舐めてたのはこっちの方か。そういや、世界中を回ったとか言ってやがったな」

 

「そうそう、一人でね」

 

リアルヒャッハーな世紀末世界ほどではないが、この世界も十分に危険だ。

特に俺の場合はラーメンの材料も求めて人里離れた場所にも行ったし。

 

ガマ仙人ほどでもないけど、口寄せで呼ばれるような不思議生物。

隠れていた抜け忍。忍界大戦での傷癒えず、生きるために山賊に成り下がった人達。

 

特に一人旅というのは、想像しているよりきつかった。フォローしてくれる相手がいないので、戦闘から偵察から調査から休息まで、全部を自分でしなければならないからだ。重症負ったり、重くなくとも足を怪我したらほぼアウト。特に俺は追われている身でしかも特殊な立場なので、捕まってしまえばほぼアウト。

 

でも、その苦境を生き抜いてきたのだ。体術は特に鍛えた。血筋のおかげか、チャクラによる身体強化の効率が並の忍者よりも格段に高いそうで。

そして生き抜いたことも。力を誇るつもりもないが、それなりの自負は持っている。

 

「それに、試されたのなら全力で応えるのが男ってもんだろ?」

 

「およそ、忍びらしくない考え方だがな」

 

「忍者じゃないもの、ラーメン屋だもの」

 

「クク、そうだったな――――悪かった。出し惜しみは無しだ、殺す気で行くぜ」

 

再不斬が大刀を握り、正面に構える。

 

「いつでも、どこからでも」

 

そして俺は、腰を落として構えることで応えた。

 

 

 

 

 

拳と大刀が交差する―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そして、三分に渡る戦闘の後。

俺はといえば、仰向けに倒れて気絶している再不斬の顔に筆で眉毛を書いてあげようか、真剣に迷っていた。

 

「メンマさん! 後生、後生ですから!」

 

「いや、でもちょっとだけ! ちょっとだけだから!」

 

「やめて下さい! ああ、ラーメンの開発でもなんでも手伝いますから!」

 

「――――その言葉が聞きたかった」

 

 

かくして一人の少女の献身により、桃地再不斬の個性は守られたのだった。

 

 

 

 


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