1話 : うちはイタチ
―――――選んできた。
二択があった。良かれと思い、片方を取った。
でもそれが正しかったかどうかなんて、今になっても分からない。
きっとずっと、分からない。
「………ここに向かっている人間が?」
「はい」
菊夜が伝えた事実に対し、イタチが確認を取る。この屋敷に人が近づいているということ。そして、その数は3であるということ。イタチは対策を取るためにより詳細な情報を求めた。
「随分と多いが………迷い込んだ一般人という可能性はあるのか」
「無いですね。目的を持ってここに近づいているようです。それに、近づいているのは―――――」
菊夜は向こうの部屋で寝ている紫苑に聞こえないように、その人物の名前についてイタチへと告げた。
「そうか」
イタチは頷き、立ち上がった。玄関横にある服かけに掛けていた暁のコートを手に取ると、振り返りもせず屋敷を出ていこうとする。靴を履き、玄関を開けたその時、まだ部屋の中にいた菊夜がイタチの背中へと話しかける。
「近づいている人物について、話があります」
「………手短に頼む」
菊夜は頷くと、近づいている人物について分かっている一人以外、他の二人についての詳細を告げた。一人は中忍か上忍クラスの忍び。そして女であること。言うべきことはこの二つで、イタチと菊夜にとってこちらは問題とはならない。
菊夜も分かっていた。その上で伝えたいのは、残る一人のことだった。
「どうしてなんでしょうかね。あなたに聞いた、その人物の境遇――――あれが正しければ、絶対に似るはずがないのに」
なのに、あと一人は貴方に似ている。菊夜の言葉に、イタチは眼を見開いた。両目に刻まれた紋様が、顕になるほどに。
「………手短に、頼む」
イタチは先程とはまた違うニュアンスで、菊夜にたずねた。
「足運び、気配、チャクラもそう――――イタチ。あなたにそっくりですよ」
「本当にこっちであってるのか」
後ろを歩くサスケが、先頭に立って歩くメンマの背中に向けて心配そうな声で尋ねた。
「ああ、大丈夫だ」
知らない山の中で、道なき道、獣道を歩いているため不安になっているのだろう。そう察したメンマは、心配はないと答えた。
今になっては遠い過去である、5年以上前の記憶で思い出すことも無かった風景だが――――この道は間違っていないとメンマは断言した。目的地はこの先にあると、自分の勘が告げていると説明をする。
「しかし、いきなり道を逸れて森の中へ入っていった時は何事かと思ったよ」
小一時間前。鬼の国の国境を越えてから、7、8年前は馬車で通った、鬼の国中央部まで続いていく道を道なりに進んでいた時。その道の途中、メンマはふと感じるものがあり、立ち止まった。何やら言いようの無い、違和感みたいなものを感じたのだ。
感じた先は道の森の中で、その方向を凝視すると、とあるものを見つけた。一般人には分からない、忍びにしか分からないであろう。ごく小さな獣道がそこにはあった。
「これは………忍犬が使う道っぽいな。あの時の違和感も、忍犬の気配だったのかもしれない」
「確かに、そうだな。昨夜聞かされた最後の状況を考えると、巫女やおまえ達が鬼の国の中央部に戻ったとは考え難いが」
「そのまま素直に城下町へ戻ったとも思えねえ。というか………知っているんじゃないのか?」
多由也がメンマの腹の方を指した。だが、返ってくる言葉はない。メンマは無言で首を横に振った。
「相変わらずだんまり、か」
今はメンマの中にいるマダオとキューちゃん。二人は、国境を越えてからは、一切喋らなくなった。それは今も変わらず、進めとも引き返せとも言ってこない。
「あれから先の事、今も思い出せないか。この光景に見覚えは?」
「無いな。覚える程に見たわけでもないだろうし」
メンマは自分が全身に深い傷を負っていたことは分かっている。右腕の傷が特に酷かったのも覚えている。あの怪我の状況で、外を歩けるはずもない。
(…………外?)
自然と出てきた言葉に対し、メンマは首をかしげた。外、ということは、自分はどこかの家の中に運ばれたのだろうか。あの時は真蔵も才蔵も菊夜さんもみな、深手を負っていたのに。
(手当てを受けるにしろ、身を休めるにしと、雨風を防げる屋根の下に入ろうと思うのは自然な考えだが――――――)
その思考はサスケの言葉により中断された。昨日話した“根”の存在について、色々と聞きたいらしい。根は木の葉の暗部を養成する部門だ。
通常の暗部は、中忍以上の忍びから適性のあるものが選抜されるもの。暗部となった忍びは一定期間任務に従事する。任務をこなし、忍びとして名が売れたもの、あるいは功績をあげ表に顔を出した方が良いと判断されたものは再び表に戻るが。
「カカシなんかがその類だな」
「………カカシがぁ?」
「今はエロ遅刻ロリコン上忍だが、昔………暗部時代は相当派手にやったらしいな。三忍は別としてだが、周辺の国や他の里からは木の葉隠れの里一番の使い手と認知されている。でもまあ、“千の術をコピーした木の葉一の業師”っていう雷名は大きい。認知度でいえば三忍に継ぐだろうな。だから表に戻ったのだと思う」
名乗るだけで、相手の心胆を寒からしめるような雷名を持っているものは、表でこそ重宝される。直接的には、複数で戦闘を行う部隊戦や、戦争の時。雷名の威力は、その存在をさらすことだけで相手の士気に影響を与えることもできるのだ。
「あのコピー忍者のカカシ、木の葉隠れの勇である写輪眼のカカシがいるぞ、ってなるわけだ。再不斬でいえば“霧隠れの鬼人”だな。」
周囲にある国への宣伝にもなる。うちはこれほどの忍者を揃えていますよ、と言える訳だ。そうなれば依頼も増えるし、里の収入も増える。一般にその活動を秘匿とする暗部では、それができない。
「グループ単位で二つ名をつける場合もあるな。“霧の忍刀七人衆”なんかはその筆頭だ」
元々は特殊な忍び刀が7つあっただけらしい。それを、当時の水影がまとめてひとくくりの呼び名をつけた。
「七人衆とまとめるだけで、相手の印象は随分と違ってくるしな。こいつが死んでもあと他に6人も残っていると思わせられる。あとはエロ仙人、年齢詐称、大蛇○の三忍とかある。三忍は雨隠れの半蔵が名付けたらしいけどな。戦った相手がその技を称え、二つ名を送る場合もあるらしい」
二つ名は忍びとしての誉だから、
「よくそんなことを知っているな」
「どこで役に立つか分からなかったから、マダオから学べるものは一通り学んだ」
相手の事を知らずに相対できるはずもない。ずっと、いつか来る戦いに備えてきた。
相手を知り己を知れば百戦危うからずというのは基本だ。
逆に言えば―――――
「だからこそ、名を知られるのは恥だと考えている者もいる」
裏で動いてこそが忍者。知られず影で動き、影の中で相手を葬る者こそが忍び。そうすれば、相手に力を知られることもない。そして相手が力を出し切る前に殺す。暗部が面をしている理由でもある。
「それが、ダンゾウか?」
「正解。まあ、ダンゾウは別格だし、また別の意味で有名だけどな」
曰く、忍の闇。木の葉の暗部、正式名称暗殺戦術特殊部隊に足るものを“養成する”部門を束ねる長。裏の裏。影の影とも言われる老忍。
「養成する………ということは、選抜ではなく?」
「そうだ。真蔵や才蔵みたいな戦災孤児、血継限界はあるが表からは疎まれている忍を徴収して集め、暗部になるための忍びを作り出していた………らしい」
実際は自らを裏切らず、いかなる任務も遂行するという、ダンゾウの目的に沿ったものを作り出す機関だった訳だが。
「猿飛ヒルゼンが三代目火影に就任した時、解体されたらしいけどな。そこで大人しくするタマじゃなかったってことだ」
「影の影、か…………」
サスケは顎を手にやりながら、複雑そうに呟いた。
「里の上役と共に、うちはの事件にも関わっていると聞いた。その過程にも…………ダンゾウが絡んでいると思うか?」
「俺は当時の木の葉は知らないのでなんとも言えないけど、常識的に考えれば十中八九絡んでいるだろうな。なにせ木の葉でも最強の一角であるうちはのことだ。逆にいえば絡んでいない方が不自然だろう」
「だとしたら………いや、まてよ」
「思い当たる節があるか………何か、予兆となる事件は無かったのか」
「ああ、ある。虐殺の数日前、うちはの中で起きた、うちはシスイが死んだ事件………兄さんが殺した、という疑惑があった。だが兄さんは殺していないと言った。尊敬する人だと言っていたし、殺しているとも思えない」
何か関係があるのかもしれない、というサスケに、多由也がたずねた。
「そもそも………何故うちはイタチがうちはシスイを殺した、ということになったんだろうな。普通ならば他所の里の仕業を疑うだろうに」
写輪眼は最高峰の血継限界。どの里からも狙われている、値千金の瞳だ。
「いや、その頃のはまだ小さかったし………でも言われてみればおかしいな」
「事件が起きる数日前だというのもな。あるいは、こうも考えられる」
多由也は情報を分析し、推測を並べた。
「例えばダンゾウが巫女の力を狙ったように、大蛇○と同じく写輪眼を狙っていたと仮定する。その場合、気をつけ無くてはならない点はなんだ?」
昨夜きいた話から、多由也は有り得る状況を想定する。
「写輪眼を手に入れるには、うちは一族の誰かを殺して奪うしかない。だがうちはは木の葉の一員だ。殺して奪うにしても、誰がやったのかは絶対に知られてはならない。ダンゾウは木の葉の忍びだからな。身内殺しが知られれば木の葉からの粛清は必死。里の者全てを敵に回す行為だからな」
「だから、事件のどさくさ紛れにシスイを殺した………そうか。ダンゾウは当時のうちは内部の状況を知る内の一人だったな」
いずれ虐殺が起きるということは知っていたに違いない。他ならぬうちはイタチの手によって起こるということも、ダンゾウは知っていた。前もって情報を流し、うちはシスイは裏切り者のうちはイタチに殺されたと思わせたのだ。シスイ殺害の報から虐殺まで数日。そして、事件が起こった誰もがうちはイタチの凶行を信じたに違いない。
「木を隠すには森、というわけか………つまり、ダンゾウは兄さんに罪を被せやがったのか」
サスケの手が怒りに震える。メンマは頷き、言葉を付け足した。
「あるいは、うちは内部でも気づいていた者がいたのかもな。うちはシスイはダンゾウ、つまりは木の葉の暗部によって殺されたのだと。それを知った故に、木の葉へクーデターを起こす、その意志が固まったのかもしれない」
「………兄さんはその事を知っていたと思うか?」
「どうだろうな。結局は、どちらかを選ばざるを得ない状況になったが」
あるいはうちは一族への説得という手段も考えていたのかもしれない。だが、シスイ殺害の容疑をかけられたイタチはその言葉の説得力も失った。下手に提案でもすれば、一族の裏切り者とされ、うちは一族の手で処断されていただろう。
その後は戦争だ。“木の葉”対“うちは”という、世界でも有数の戦力を持つ集団同志の殺し合いとなる。メンマはその裏まで考え、サスケに伝えた。
「これは………再不斬に聞いた話なんだけどな。当時の霧隠れのトップである三代目水影だけど、どうにも様子がおかしかったらしい。何でも、水面下で戦争を起こす準備を整えていた動きがあったと言っていた」
「戦争、だと?」
「ああ。前にも言ったと思うが、三代目水影の裏にはうちはマダラの影がある。そこで戦争というからには………かつて自分を追い出した相手、木の葉とうちはに対する復讐のため、その両方が争っている脇をついて、戦争を仕掛けるつもりだったのかもな」
「………最高のタイミングで横合いからぶちかますつもりだったのか。いずれにしても霧隠れの利にもなるって」
当時はまだ血霧の里と呼ばれるほど、武闘派が揃っていた時代だった。反対はすまい。
木の葉 対 うちは 対 霧。
そうなれば、木の葉もうちはも両方が壊滅していただろう。鬼鮫含む霧の忍刀七人衆。うちはマダラ。三尾の人柱力、三代目水影。うちはマダラ。暁も幾人かいたのかもしれない。勝機は十分にある戦いだったはずだ。
「木の葉壊滅となると………霧隠れも、そのままでは済まなかっただろうけど」
最大の里、木の葉が潰れる。それだけ大きく世界情勢が動けば、まず間違いなく砂、雲、岩も動く。戦う相手は木の葉との戦争で疲弊した霧。そうして戦いが戦いを呼び、血が血を呼ぶ。
「第四次忍界大戦に発展していてもおかしくない。そしてイタチは、それこそを恐れたんだろう。幾千、幾万もの人が死ぬことを認められなかった」
「だから…………父さんと母さんを、一族のみんなを殺さざるを得なかったのか。一族を殺すか。一族に味方し木の葉に戦いを挑み、泥沼の戦争を呼ぶかを………」
世界の行く末をも決める、究極の選択だ。選んだ選択は前者。そうしてうちはイタチは一族殺しの大罪を犯すことを選んだ。誰にも告げず、誰も頼らず、罪を全て己で背負い込み、己の手で木の葉を守ったのだ。うちはイタチは、木の葉のと一族………いや忍び世界が持っている歪への犠牲となったのだ。
忍びには向かない、優しい性格をしているうちはイタチ。だが彼は誰より忍びであったとも言える。究極の状況においても下すべき判断を下せる、随一の忍びだった。
「―――――そこまで大したものじゃない」
「「っつ!?」」
突然の声。驚いたメンマ達は、声が聞こえた背後へと振り返る。そこには、今話していた人物………うちはイタチの姿があった。
「………兄さん」
「…………サスケか」
8年前、あの血に染まった月夜以来の、兄弟の再会。サスケは兄を真っ直ぐに見つめている。その視線に害意は含まれていなく、ただ真摯なもので満ちているようだった。
対するイタチは無表情を保っている。だが、イタチがサスケの名前を呼ぶ瞬間、表情を微かに和らげたのをメンマは見逃さなかった。
「先程の話は聞いていた。サスケ………お前はあの事件について、全てを知っているのか」
「ああ。聞かされたからな」
「そうか……………」
イタチは眼を閉じ、顔を僅かに下へと傾ける。
「先程言った通り………俺はそんなに大したことをした覚えはない。ただ、俺の力不足が招いたこと。木の葉も、うちはも………俺には両方を守れるだけの力が無かった」
「だけど! 他の誰でも、どうにもできなかったはずだ! うちはマダラのことも、兄さんは知っていたんだろう!?」
「………知っていたが、それは関係ない。霧が攻めてこなくとも、水影の裏にうちはマダラがいなくとも、うちはと木の葉が争えばその隙に乗じてどこかの里が必ず攻めて来る」
イタチは眼を開け、写輪眼を見開いた。
「この眼が重宝される根源だ。争いは忍びの常。そして勝利者だけが歴史を語れる。つまりは勝利者こそが正義。だが正しいと吠え、誰かの命を奪うことに躊躇わず、相手の痛みを思いやる気持ちすら忘れた忍びは………」
「兄、さん?」
サスケが聞くと、イタチはこちらの話だといい、首を横に振った。
「………砂隠れの一戦で、お前たちはペインと出会ったのであろう。そうすれば、あれを見た筈だ」
突然変化した話題に、メンマが食いついた。
「アンタはあの黒い化物の正体を知っているのか」
「知っている………いや、正確には聞かされた。あれこそが鬼の国代々の巫女が封じ込め、復活を阻止せんと見張っていた世界を滅びに誘う化物だ」
「巫女………紫苑は! 真蔵は、才蔵は………生きているのか!?」
「生きてはいる。巫女本人は再会を望むまいが………会わせよう。ついて来い」
「ついて………何処にだ? それに化物の正体については、知っているのか!?」
尋ねると、イタチはやはりか、と前置いて説明をしてくれた。
「完全には戻っておらず、忘れたままの部分もある、か………いいから、追いてくれば分かるはずだ。そう術式を組んだと言っていた。お前が全てを思い出した上で、話すべきこと全てを話す」
そして背中を向け、言葉を続けた。
「事はすでに木の葉だけの問題ではなくなった。ペインを止めなければ忍びの世界が滅びるだろう」
唐突な言葉に、メンマ達は黙らざるを得なくなった。忍びの世界が滅びるとはどういうことだろうか。新たに出た疑問に構わず、イタチはメンマ達を背中ごしに見る。
「人の力には運命が宿る。うちは然り、巫女然り、人柱力然り。逃れられぬ定めというものは、何処にでもある。だがこの状況で………サスケ。お前と、うずまきナルト、そして巫女の血筋の者が揃うというのは…………一体、どういう運命なのだろうな」
「兄さん………」
「全てはあそこで話す」
そうして走り出すイタチ。メンマ達は沈黙を保ったまま、その後について行った。
「―――――サスケ………お前に託すモノについてもな」
そうして呟き、イタチは己の眼を覆った。覆われた瞳にある紋様。万華鏡写輪眼。
そこには、ある決意が宿っていた。