小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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その終

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

叫びながら、メンマはチャクラを全開にする。本来の人柱力には及ばないが人の身には強大なチャクラが全身を駆け巡る。

 

力がみなぎる、それと同時に身体から骨が軋む音が響いた。常人ならば気絶しているほどの激痛。志も意も折られるほどの痛みの中。それでもメンマは膝を折らなかった。

 

『――――』

 

心の中。肉体の持ち主が発する怒りを感じ、童女の狐は沈黙する。何という怒りかと。

 

憎しみもなく、淀みも無く、卑しさも無い。

 

あるのはただ、抵抗する意志だけ。許せないという、死なせないという、理不尽に対する正しき怒りがあった。

 

『――――』

 

狐の心が揺れる。出発する寸前の事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もって、10分?」

 

出発する寸前。メンマはマダオにあることを聞いていた。

 

「それ以上は戦えない。腕が特に酷いからね。自己治癒といっても本来のそれじゃないし、痛みの方が強くなる」

 

戦っている間は地獄の時間になるよ、とマダオは言うが、メンマはそんなことはどうでもいいと笑った。聞きたいのはそこではないと。

 

「……やると決めたならば方法を探すだけ。お前はそう言ったが………やらなくてもいい無茶をするのは愚かに過ぎる。その命、ひとつしか無いだろうに」

 

理由が分からない、と言う。

メンマは答えた。

 

「分かっているから行くんだよ。紫苑達の命も、ひとつしかないから」

 

失くした後で後悔するよりは、生きている内に何とかしにいく。笑いながらの言葉に、根拠はなかった。具体的な解決策もなく、行き場任せの成り行き任せ。それでも何とかしたいという気持ちを前面に押し出して、一歩踏み出そうというのだ。

 

九那実は尚更分からない、と混乱を深めた。それは理屈ではないのではないのか。そう思ったのだ。

 

「―――分からん。お主だけは、心底分からん。怯えていないわけでもなかろうに。死ぬのが怖いのに、死地へと赴くのか。対価もなしに生命を賭けるのか」

 

九尾の狐は理解できない。今までにも、多くの人間を見ていたが、こんな人間は見たことが無い。知らぬものを理解できぬように、目の前にいる人間は正しく理解不能だった。怖がりながらも強がりを見せる。臆病でありながら、それだけではいられないともがく。

矛盾しているように見えた。理屈ではないように見えた。

 

だがら再び問うのだ。

 

「―――いくら尊かろうと、所詮は想いだ。全てを賭ける価値はあるのか? ―――あるいは巫女の力を、利用しにいくのか」

 

人は、男は、メンマを名乗る誰かは、その問いかけに首を振った。

 

―――巫女を助けにいくんじゃない。死なせたくない、ダチを助けにいくんだと。だから、賭ける価値は十分にあると言った。

 

『――――』

 

知らず、狐は心動かされた。目の前の人間が、何を見ているのか分からない、何を思っているのか分からない。ただそれは尊いものだと思えた。そして、自分はどう見られているのだろうか。巫女ではなく、ダチ。ならばワシはなんなのだろうか。どう見られているのだろうか。

 

 

そう、思うようになった。

 

 

 

 

 

―――そして、時は冒頭に戻る。

 

狐は言う。女が言う。戦おうとしている、男に言う。

 

『―――行くのか』

 

「―――行くのさ」

 

メンマのチャクラは既に全開だ。メンマの頭の奥を、激痛が鳴らす鐘の音が蹂躙する。

だが少年は拳を上げる。チャクラを足に集め、力を込める。力の矛先である暗部達は、驚愕の表情を浮かべながら目の前の少年を、巫女を拉致するのを防ごうとする敵を、見つめていた。部隊長である影であっても、それは例外ではない。有り得ないものを見る目で、少年の全身から立ち上る莫大なチャクラを見つめている。

 

『―――そうか』

 

ふ、と。少年の中、童女の狐が笑った。生まれて初めてかもしれないその笑みは、男女問わず、誰であっても心奪われるほどに可憐な微笑だった。

 

己でも意識せずに、ただ心の奥から沸き上がってきた、訳の分からない喜びに身を任せた結果だ。そうして、美しい少女は言った。

 

『往って来い。見ていてやる。ただ無様な姿を見せたら―――承知せんぞ?』

 

 

柔らかく、しかし凛としたものを含む声で、狐はいった。女はいった。

戦おうと言う、男の背中を押した。

 

 

押された男―――イワオは、メンマは大声で応えた。

 

「ああ――――往くぜ!」

 

叫びと共に全力でチャクラを練る。身体を活性化し、身体能力を上げる。回れ回れと己の中のチャクラを全開にし、ぶん回す。

 

地面が爆発した。強く踏み込まれた地面が、押され弾けたのだ。そのまま跳躍した少年は、消えたかと錯覚するほどの速度で疾駆する。

 

「っ速――――」

 

肉薄する影。予想外の速度で間合いに入り込まれた暗部は、身をかわすこともできずに、殴り飛ばされた。ただの一撃。だが突進の速度が載せられた拳を顎に直撃された暗部の身体は、風に吹かれた木っ端のように吹き飛ばされた。大木に身体を打ちつけ、回転しながら、森の奥へと消えていく。

 

メンマはそこで止まらず、跳躍した勢いのまま地面へと着地する。しかし突進の勢いを殺し切れなかった。地面を両足で削りながら、止まろうとする。そこに一瞬の硬直が生まれた。

 

隙有り。そう思った周囲の4人は硬直したメンマを包囲しながら、クナイや手裏剣、千本と鋼糸を投擲した。

 

だが当たらない。メンマが体勢を整え、飛び上がる方が速かったからだ。放たれたクナイその他は標的に当たることなく、全て空を切った。

 

「―――上!」

 

つられ、暗部達も視線を上にあげる。だがその直後、メンマが飛び上がった地点から爆発音が聞こえる。爆圧もない、殺傷力もない爆発―――だが白い煙を発する。

 

メンマが、飛び上がる寸前に放った煙玉だ。複数の玉から出る白い煙は広がりながらも、滞留し続け、たちまち森の中は白い煙に覆われていった。

 

地面にいた4人は視界が防がれ、敵の姿を見失ってしまう。舌打ちをしながらも、白い煙にまぎれての奇襲を警戒した。

 

「何処だ………っ!」

 

上ならば視界が広がるかもしれない。そう判断した暗部が樹上へ跳躍。そこで、町がある方角へと逃げていくメンマの姿を見つけた。見れば巫女とサイ、シンを抱えている。

 

「―――させるか!」

 

十分に追いつける距離でもあった。人を抱えているせいで、走る速度が遅いためだ。背中もがら空きとなっている。その姿を見た暗部は、所詮は子供だと考えた。異様なチャクラをもってはいるが、戦術判断が甘いと考え、攻撃することを決断。

 

二人一組となり、少年の無防備な背中へ近接、一斉に攻撃を加えようと、瞬身の術の印を組もうとする。

 

―――その寸前。

 

「俺はこっちだぜ?」

 

聞こえるはずの無い声。それが背後、すぐ後ろから聞こえる。驚いた二人は術を中断し、身体ごと振り返った、が。

 

「「せあっ!!」」

 

全身の捻転から繰り出される、遠心力がたっぷりと乗った“少年二人分”の胴回し回転蹴り。それが、振り返った暗部の首の側部を打った。

 

人の腕程度の樹の枝ならば容易く折ってしまうほどの蹴りを、左右から挟まれるように受けた暗部二人はそのまま互いに頭部をぶつけ合い、気絶して地面へと落下していく。

 

「―――まさか、影分身か!?」

 

残りの暗部が叫ぶ。木の葉流、影分身の術。しかも多重影分身。禁術を使う相手に、一層警戒を深めた。未だ空中に在った二人の偽物らしき影分身に対しクナイを複数投擲する。空中にいた影分身は身体をクナイに貫かれ、すぐ後にぽんという音を立て消えた。

 

「こちらも影分身―――っ、そこだ!」

 

暗部は消えた影分身に驚くこともなく、流れるような動作で次の攻撃を繰り出す。視界の端、僅かに捉えた影に対して起爆札をくくりつけたクナイを鋭く投げた。しゅん、とクナイが飛び、捉えた影のすぐ横に生えている樹へと突き刺さる。

 

―――爆発。

 

人一人ならば余裕で吹き飛ばせる程の爆圧と、森の動物を軒並み叩き起こす爆音が、夜の森を揺らした。メンマはその爆発の余波を避け気れず、吹き飛ばされ地面へと転がる。

そこに、暗部が追撃を仕掛けた。背負った刀に片手をそえ、目の前で印を組む。

 

―――木の葉流、三日月の舞。

 

そっちがそうするなら、こちらもこうするまでだと言わんばかり、暗部の身体が3体に分かれた。三日月の舞は、自らの影分身を使い、敵の死角、三方から同時に必殺の刃を繰り出す木の葉流忍術。

 

同時に繰り出される攻撃は避け用も無く、普通ならば逃れる術などない。

 

だがメンマは普通では無かった。

 

その必殺の刃を真っ向から吹き飛ばそうと。全身のチャクラを活性化させ、呼気と共に前方へと放った。

 

「―――――カァッ!!」

 

チャクラが発せられる勢いだけで、人一人を吹き飛ばす程の突風を生み出す。その突風に吹かれた2体の影分身は、音をたてて消え去った。

 

―――しかし。

 

「阿ッ!」

 

本体の方はその突風に耐え、再び一歩を踏み出し、刃を振る。振り下ろされた唐竹の振り下ろしはメンマの身体を捉えた。服が斬られ、肉が裂かれ、血が流れる。だが刃はメンマの肩を数cm切り裂いただけで、腕を断つまでには至らなかった。

 

それもそのはず、メンマは刃を受ける直前に相手の方向へと一歩踏み込み、刀を殺傷能力が低い鍔元で受けたのだ。メンマは肩に食い込む刀を手で掴み、相手の動きを封じると同時、蹴りを放った。

 

「ちいっ!」

 

暗部は刀を振りほどけないと判断し、手放し後方へと跳躍。そして空中で素早くクナイを取り出し、投擲の構えを見せる。同じく、メンマの方もクナイを取り出した。

 

―――互いに視線が合う。

 

直後、対峙する二人は同時に相手へとクナイを投げ合った。最短の軌道で結ばれたクナイの放物線が重なり、ぶつかり合う。

 

鉄と鉄がぶつかる、甲高い音をたて―――

 

「―――!?」

 

―――ることもなく。

 

暗部が放ったクナイはメンマの放ったクナイにいとも容易く斬り裂かれ、勢いを無くし失速する。

 

「風遁・飛燕」

 

遅れての、メンマの言葉。風の刃を纏ったその一撃は、固い岩盤をも貫通する威力を秘めている。

 

メンマはこの術を覚えて間もないため、術の制御は未熟だった。だが、チャクラは有り余るほどにこめられているため、術の威力は本来のそれに勝るとも劣らない。衝突したクナイを切り裂いてなお、勢いは衰えぬほどに。

 

クナイを投擲した直後である暗部は飛来するクナイを避けきれず、右足を深く切り裂かれた。

 

そのまま地面へと着地するが、傷が痛んだせいで右足の踏ん張りがきかず、重心が後方へと傾いてしまった。そのまま背中から倒れそうになったが、咄嗟に後ろ足で踏ん張る。

 

―――そこに、今度はメンマの方が追撃をしかけた。

 

初手と同じく。メンマは全力で地面を蹴り、メンマは目の前の暗部へと疾駆。だが最初の時よりは距離が離れていた。迎撃するには、十分な距離。

 

「はっ!」

 

暗部の中でも腕が優れている男は腰元に隠していた暗器の小太刀を抜き放ち、向かってくるメンマが到達するだろう位置へと刀を振った。

 

「っ!?」

 

だが振られた小太刀から、肉を切り裂いた手応えは返ってこない。代わりに感じたのは、空を切る感触と、前足に走る激痛だけだ。

 

―――そう。メンマは暗部の間合いに入る最後の一歩で急加速。

 

肉薄し、そのまま暗部の膝の皿を踏み砕いた。そのまま砕いた膝を足場として、上方へ跳躍したのだ。跳躍した後は重力に従い、落ちるだけ。

 

そしてその勢いを利用して抜き放ったクナイを暗部の頭上へと振り下ろした。

 

「くっ!」

 

暗部は振り下ろされるクナイを受け止めるため、横に振った刀をそのまま自分の頭上へと持っていく。鉄と鉄がぶつかる、甲高い音。だが今度は飛燕は使われておらず、クナイの方が弾かれてしまった。

 

しかしその直後、暗部は嫌な予感を抱いた。クナイを受けたときの衝撃だが、軽すぎたのだ。

 

かかった、とメンマはいう。クナイを振り下ろしたのはダミー。メンマは小太刀と衝突する寸前でクナイを手放していた。そのまま暗部の目の前へと着地する。暗部の刀は上を向いているため、着地したメンマに対し、攻撃できない。

 

メンマは一歩、踏み込んで大地を鳴らす。同時に裂帛の気勢と共に掌打が放たれた。

「ゲグッ!?」

 

超至近距離からメンマが放った左手の掌打は、暗部の鳩尾を的確に捉える。胴部最大の急所に強烈な一撃を受けた暗部が、血反吐を吐きながら前のめりに倒れた。

 

―――残り、二人だ。

 

こちらに倒れ込んでくる暗部の身体を横にかわしながら、メンマは周囲を警戒する。直後、しゅる、という音がメンマの耳に届く。すぐ背後に誰かがいることを感知したメンマは、その場から飛び去ろうとするが――――その寸前に捕まった。

 

「ぐっ!?」

 

首に、鋼糸が巻きついたのだ。感知したメンマは咄嗟に左腕を差し込んだものの、右側の首は閉まっている状態となった。

 

ぎりぎりと絞められる鋼糸、呼吸が出きないメンマの意識が徐々に遠くなっていく。忍者が任務の際に使う鋼糸は強靭で千切れにくい。この状況において、糸を切る以外に脱出する手立てはない。

 

しかしメンマの右腕はうまく動かず、左腕は首と一緒に縛られたままになっている。

これで、勝敗は決したかに思われた。暗部の方は勝ったと思っていた、だが。

 

「ぐっ、があっ………ああああああああああっ!!」

 

ぶちり、という音が鳴る。強化され、渾身の力で暴れるメンマの左腕が、束縛する鋼の糸を断ち切ったのだ。

 

「ば、馬鹿なっ!?」

 

有り得ないことに、暗部の判断が一瞬だけ停滞する。危機のあとに好機あり。相手の機を予想だにしない方法でしのげば、動揺を与えられるのだ。

 

意図しないがそれを成したメンマは、無意識のまま振り返り、飛び後ろ回し蹴りを放つ。

「ぐっ!」

 

避けきれず腕で受けた暗部が、蹴りの勢いに押されて吹き飛ばされる。そのまま、すぐ後ろにある樹の幹へと叩きつけられた。受身を取る暇もなく、強烈な勢いで背中を打ち据えた暗部は痛みに全身を硬直させ。動けないまま、目の前に映る振りかぶられた少年の腕を見た。

 

「―――持ってけ」

 

恐ろしいほどのチャクラをこめられた拳。暗部はその拳を腹に受けて、背後の幹ごと殴り飛ばされた。細い樹の幹が砕け、木っ端が散る。

 

暗部の男は木の枝その他もろもろを巻き込みながら吹き飛び、横回転しながら森の奥へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(初撃で一人、次に二人、今ので一人と一人)

 

メンマは敵の数を数えていた。初撃に不意打ち、即座に煙玉を放ち、敵の連携を分断。同時に、白い煙にまぎれて影分身を使い、部隊長を紫苑達から引き離して、影分身に逃がさせる。

 

させるものかと影分身の背後から不意打ちを仕掛けようとする二人には、逆に背後から不意打ちをしかける。自分が影分身を使えるとは、初見ではまず見抜けない。

 

奇襲で三人を倒し、その後は近接戦で挑んだ。近接戦になれば、向こうも連携が取りにくくなると思ったのだ。こちらが小柄な点も利用できた。的が小さければ小さいほど、誤って味方を攻撃してしまう確率は高くなる。

 

(戦術がはまった………5人、倒せた)

 

だが無傷ではなかった。肩口は出血してるし、酷使した左腕の痛みも無視できない。万全とは言い難いが、これで残るは敵の中でも一番の手練だけとなった。

 

だが、その姿が見えない。メンマは煙の中、影分身を使って部隊長の野郎を紫苑達から遠ざけられたのは確認していたが、その後すぐに影分身は攻撃されて消えた。

 

今ここにいないとなると、何処にいるのだろうか。メンマは周囲を警戒し、そしてひとつの気配を感知した。

 

(―――これは)

 

「無事か?!」

 

背後から聞こえた声に、メンマは振り返る。

 

「………ハル!? 生きていたのか!」

 

死んだと思っていたはずのハルが生きていたことに驚く。根に消されたかと思っていたのだ。

 

「ああ。しかし、こいつら………」

 

「木の葉の暗部だ。恐らくは“根”の一派だろう」

 

「……“根”か……それより、巫女はどうした?」

 

「ひとまず逃がしたが……ああ、どうやら部隊長が一人、追っているようだ」

 

影分身の後方から、あの男の気配を感じたメンマは、ハルにそう返す。

 

「マズイな。巫女を奪われてはたまらない……急いで、行こうか」

 

「ああ」

 

メンマは強く頷き、ハルに背中を見せて追撃に移ろうとする。

 

 

「時間がない。できるだけ早く―――」

 

 

ハルの声が途切れる。直後、殺気が走った。

 

その殺気が収束する先は、メンマの首筋。

 

 

「―――死ね」

 

 

 

黒塗りのクナイが、メンマの頚動脈へ振り下ろされた。

 

数秒の後。勝敗は決していた。

 

「な、ぜ……」

 

メンマは背中から迫る凶刃を左手で受け止め、そのまま払い飛ばすと同時に一撃を返していた。そうしてハルの苦悶の声を聞きながら、修行の時の教えを思い出していた。

 

(不意打ちとは、相手の心の死角から襲うこと。すでに知っていれば、それは不意打ちにならない。ただの雑な攻撃だ)

 

事前に分かっていれば、裏切りに対し何の動揺をさらすこともない。

 

(とはいっても、マダオが分析した予想で………あくまで可能性の高い、推測の範疇を越えていなかったんだけどな)

 

だが、メンマも成長していた。高ぶった五感と戦意は、ハルの偽りの顔を見破っていた

メンマはここに来る道中、マダオに聞かされたことを反芻する。

 

「……情報を制限する役割、か」

 

言葉と同時に掌打を放つ。

 

「ぎいっ!?」

 

手加減した一撃はそれでもハルの鍛えられた腹筋をつらぬき、横隔膜へとダメージを与える。呼吸が困難になったハルは立っていることさえできなくなり、その場にうずくまる。

 

「………何故。なぜ、分かっ、た……!?」

 

痛みに顔を青くさせているハルが、憎々しげにメンマを睨んだ。

メンマが、溜息で答える。

 

「何故といわれてもな」

 

答えは歴戦の知恵者の状況分析と推測。だがメンマは答える義理はないと思っていた。裏切り者に話す必要はないと。

 

「城へ潜み、情報収集の役割を志願し、知られたくない情報を隠す。そして流してもいい情報だけを限定的にだが流し、嘘の中に真実を混ぜることで信用を得る」

 

時間稼ぎのための要員。目論見通り事が進んでいれば、次に網がこの国に訪れる時は全てが終わっていたことだろう。

 

「考えたものだが……聞こうか、ハル。お前は“いつから”裏切っていた?」

 

「………ぐ、っ」

 

「俺も久しぶりの、いや初めての―――娑婆で。思考が不抜けていたから、気づけなかったよ」

 

信用をしても信頼はするな。用いてもいいが、頼るな。頼り、寄りかかればそれが無くなった時、自分のバランスをが崩れてしまう。家族のような、掛け値なしに信頼できる者のいない者達にとっての基本、鉄則とも言える。

 

戦場では、所詮自分しか頼れるものがいないのだ。自分で物事を見聞きし、判断する。情報の分析もそう。それを、怠っていた。情報の真贋を己の目で見極めるまでは、物事を見定めてはいけない。

 

だが、メンマは信用してしまった。挙句があのざまだった。

 

「偽の情報を流し、俺を欺いて、網を裏切って……何が欲しかった?」

 

クナイをこれみよがしに見せながら聞くと、ハルは素直に答えた。

 

「はっ、裏切ったも何も……俺は元から“根”の協力者だぜ?」

 

「―――そうか」

 

「俺は、俺の腕を買ってくれる組織を選んだ。網みたいな組織で、はした金で生命を賭ける生活なんて真平だった!」

 

苛立たしげに怒鳴る。だがそんなの、知ったこっちゃない。メンマは目の前の男を哀れんだ。利用されているのはお前の方だと。この任務が終われば消されていただろうと。

 

「俺はもっと上にいける! 根を利用して、そして―――」

 

「いや、それはどうでもいい。聞きたいことはひとつだけだ――――一昨日のあれも、嘘だったのか?」

 

静かに問う。ハルは顔だけで笑いながら、本当だと言った。

 

「そうか。じゃあ………」

 

作り物の笑顔。何かをごまかそうとしている時の笑顔だ。問い詰める時間も、余裕余力も。全て、無い。今の戦闘でかかった身体への負荷は予想以上に大きく、既に体力も限界にきていた。

 

「寝てろ!」

 

八つ当たり気味にぶん殴る。殴られたハルはそのまま吹き飛び、気絶した。後は裏切り者として、網へ引き渡すだけだ。

 

「……まあ、後があれば、だけどな………っ!」

 

直後襲ってきた激痛。メンマは全身をクナイで刺されるかのような痛みを感じ、地面へ両膝を付き、そのまま前のめりに倒れそうになった。

 

(覚悟はしていたけど………っ!)

 

声も出ない。メンマの全身を巡っているのは、その覚悟を吹き飛ばす程に激しいものだった。意識を保つことができず、視界が白くなっていく。このままいけば倒れ、気絶してしまいそうだった。

 

気絶しなくても、痛いと泣き叫び、地面を転げ回りたい。そんな衝動に駆られる。

 

(弱気になっている………いけない)

 

気の緩みで、集中力が途切れてしまったようだ。このままじゃまずい。

そう思った時だった。

 

『もう、止めるのか?』

 

挑むような口調。だが楽しげに、心の中の童女が聞いてくる。もう止めるのか、そこでおしまいか。そう聞いてくる。

 

「―――まさか」

 

残る敵はひとりだけ。相手はそこらに寝転がっているやつらとは一味違う、上忍クラスの使い手。こっちは満身創痍で、今にも倒れそう。

 

(だから、どうした)

 

ここで逃げるわけにはいかない。行かなければならない。

 

『もう、止めるの?』

 

「まさか」

 

首を振り、否定する。今ここで止めるわけにはいかない。残る力を振り絞って、メンマは立ち上がる。

 

(大丈夫、大丈夫………ほら、もう、大丈夫)

 

メンマは自分に言い聞かした。やせ我慢と自信のない根拠だが、それは男の子の特権だと。ここで弱音ははかない。自信がないと逃げ出したりしないし、痛みに負けて、倒れるつもりはなかった。まだ、ここからが本番なのだからと。

 

「――――!」

 

 

メンマは全身の力を振り絞って叫び声を上げる。

 

そのまま、紫苑達がいる場所へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そうして、とうとう追いつくことができた。

 

紫苑達に付けていた影分身は既に消されていたので、あの部隊長に追いつかれたのは分かっていた。まだ戦いは完全に終わっていないようで、一番の手練である菊夜さんは血にまみれながらも、紫苑を背後に庇いクナイを構えている。

 

紫苑はその場に座り込みながら、菊夜さんの肩を揺さぶっている。真蔵と才蔵は地面に転がされていた。紫苑を守ろうとして、倒されたようだ。怪我は軽くなかったはずなのに、敵の怖さを一番知っているはずなのに、それでもまだ立ち上がろうとしていた。

 

敵は冷静に3人を見据え、止めをさそうとしているところだった。そこで相手も自分の気配を察したのだろう。メンマは手を止め、ゆっくりとこちらに振り返る男を睨みつけた。

(やってくれるぜ………でも簡単に追いつけたのは、この3人が反撃してくれたからか)

状況を理解し、メンマは3人に感謝した。あっさりとやられていれば、追いつけなかったかもしれないからだ。同時に、全員が生きていることに安堵した。

 

―――そして。敵には、怒りを捧げよう。メンマは怒りと共にチャクラを発するが、暗部の男は動揺することなく、自然体で受け流した。

 

そしてその後、メンマの全身を舐め回すように見て、口の端だけで笑みを浮かべた。

 

(何故、笑う?)

 

おかしいところなど何処にもないはずだ。だが、何故こいつは笑っているのだろうか。

感情から来るものではない。

 

(この笑みはそう、新たな獲物を見つけたかのような―――ああ、そうか)

 

メンマは思考の途中で、浮かべられた笑みの意味を悟った。先の攻防と影分身で、こちらの正体を見破られたと舌打ちをする。ならばもう、自分に対して恐怖を感じることもないと見た方がいいと考える。

 

恐怖は未知の存在に対して抱くもの。正体を察した敵にとって、メンマという存在は未知ではなく既知の相手となった。知っている相手であれば、どうにか対処はできると考えたのだろう。

 

警戒は解いていないようだが、それでも十分に倒せると考えたのだ。

 

(正直………まともにやりあえば勝てる見込みは一割もない)

 

満身創痍に、地力の差。メンマはそれを殴り飛ばすように、上等だと告げた。

一歩踏み出す。

 

じゃり、と地面の砂が鳴る。

 

 

「―――来たか、小僧」

 

「来たぜ、おっさん」

 

互いに敵を見据える。

 

その傍らでは、紫苑を庇っている菊夜が息を飲んだ。

 

「い、ワオ………殿」

 

「イワオ!?」

 

紫苑がも同様に驚き、

 

「「イワオ……」」

 

真蔵と才蔵は複雑な笑みを浮かべていた。

 

状況が絶望的過ぎるので、無理もないことだろう。メンマはそう察した。

 

「―――随分と早かったようだな、小僧」

 

「俺としては納得のできないタイムだ。でもまあ、流石に5人は骨が折れたぜ」

 

「役に立ったという訳か。お主が此処に来れた時点で、分かっていた事だが」

 

「ああ。あいつらは俺がやった。何人かは死んでると思うぜ」

 

手加減抜きの全力。相手を思いやる余地もない殺し合いの結果だ。メンマは拳に残る感触に吐き気を覚えながら、睨みつけた。だが、相手からは何の反応もない。

 

「随分と冷静だけど………おっさんよ。あいつらはアンタの部下じゃなかったのか?」

 

「我も含めて、任務を果たすための道具だ。我らに名前は無く感情など不要。任務を果たせればそれでいい。その点でいえば、あいつらは十分に役割を果たしたようだ」

 

男はメンマの様子を観察しながら告げた。

 

「既に、満身創痍のようだ。チャクラも残り少ないようだな?」

 

「そんな事はどうでもいい。あいつらは……一応は、生死を共にしてきた、一緒に戦場を駆けた仲間じゃなかったのか」

 

自分が言えた義理でもないが、死線を共にした仲間ならば、語れる程の思い出があった筈だ。いつか叶えたい夢とか、互いに笑いながら話したこともあるはずだ。

 

(ああ、くそ。お前達は理解できない。本当に、理解できないぜ)

 

志を以て非道を成す輩ならば、いくらか理解はできた。しかしこいつは本当に人間なのだろうか。まるで人形。人の形をしたナニカでしかない。

 

「お前などに理解されようとは思っていない。また、その必要もない。今ここで、お前の生命は尽きるのだから―――いや」

 

首を振り、確認するかのように、呟く。

 

「殺しては、いかんな」

 

その呟きの端、言外に含まれた意志を察したメンマは笑ってやった。こいつは自分を捕獲をするつもりだろうと。

 

「一度勝ったからって油断か? 随分と舐められたもんだぜ」

 

「可能だ。お前は捉えられ、我に持ち帰られる。そこで根の糧になるといい」

 

「先程も言ったと思うけど、それは不可能だぜ。俺にも意地がある。果たすべき約束がある。それを邪魔するというならば――殺す」

 

「ふん、お主には無理だ。お主の力はもう分かった。それでは我に勝てんよ」

 

 

互いの殺気が大気に充満する。上忍クラスの殺気が、周囲の空間を軋ませる。

 

忍び同士が生死を賭けて争う、戦場の空気となる。

 

やがて、互いの言葉と共に。開戦の号令が鳴った。

 

 

「ゆくぞ、小僧………いや、うずまきナルト、九尾のガキめ!」

 

暗部は構え、殺気を充満させて、メンマを罵倒する。

 

 

「こっちも行くぜ、おっさん………いや、根の首領、ダンゾウが配下の腐れ暗部!」

 

メンマは左手を横に薙ぎ、全身のチャクラを活性化させ、暗部にぶつける。

 

 

己の言葉を刃に変えながら、相手の心に撃ち放つ。篭められた意志は否定。認めないという、拒絶の意志だ。殺気が溢れ、空間が異界じみた鋭さで満ちる。並の人間ならば、息もできないであろう。

 

満ち、張り詰め、そして―――――

 

「是ッ!」

 

「勢っ!」

 

互いの呼気と共に、弾けた。正面からぶつかり合い、拳を打ち合う。

 

「ぐっ!」

 

「ぎっ!」

 

相打ち。だが、メンマの方は後方へと吹き飛ばされた。リーチに差があるため、暗部の攻撃の方が一瞬早く当たったのだ。追撃。チャクラで強化されたメンマ、それに匹敵するほどの速度で距離を詰めた。間合いへと入り込み、拳を繰り出す。

 

メンマの方は間合いの外のため、攻撃を出せない。飛び込むにも予備動作が居る。先程のように離れた場所から飛び込んで攻撃するならばともかく、この位置と体勢では攻撃に移ることはできなかった。

 

先手を取った部隊長の男は、果敢に攻め立てた。

 

「ぐっ!」

 

洗練された体術による、淀みの無い連撃。紛れも無い才能と努力の結晶である攻撃は、メンマの反撃の機を奪った。無駄なく間断なく容赦なく繰り出された体術が、メンマの体力を奪っていく。

 

このままではまずいと判断したメンマは、殴られた反動を利用して後方へと跳躍。そして―――

 

「影分身か!」

 

痛む右を何とか動かし、指を十字に組む。そして影分身を使おうとするが、その寸前に印が暗部に腕で払われた。チャクラは霧散し、影分身が出ることはなく、だが敵は目の前にある。

 

「せいあっ!!」

 

メンマは間合いに入ってきた暗部へと反撃。その場で飛び上がり、顎を蹴り上げる。

 

(っ、浅い)

 

だが足から帰ってきた感触は軽い。当たる寸前に、後ろに飛んだようだ。そして再び間合いの外へと逃げられる。

 

距離を離れて、再び二人は向かい合う。

 

「……解せんな。影分身を使えるだけではない。その体術は独学では身につかんものだ。お前はそれを何処で修得した?」

 

「我が親父殿に習ったのさ。戦い方から戦闘の気構えまでな」

 

「戯言を!」

 

再び、正面からぶつかりあう。掌打に蹴打、拳打に肘撃が互いの間で交錯し、弾け合う。流れるままに繰り出される洗練された二人の体術は、まるで演舞のようだった。

 

互いに拳を打っては腕で払い払われ、あるいは防いで即座に反撃する。我慢の時間。やがて二人はどちらからともなく離れ、少し距離をあけ対峙する。

 

 

「理解できんぞ。お前の守りたい友達とやら……お前を囮にしたのだぞ? そんな相手に何故そこまで身を張れる」

 

「ああ、全て知っているさ。そうさせたのは、全部、お前らのせいだってこともな!」

 

殴り合いと、罵声の飛ばし合いが連鎖する。

 

「そのせいで、殺されそうになった。貴様はそれを無視するのか」

 

「だからどうした! それが見捨てていい理由になるのか!」

 

「何故サイやシンも庇う? あいつらはお前に黙っていたんだぞ」

 

「俺も人の事はいえない。サイも、シンも来てくれた! これ以上何を望む!」

 

「何故、巫女を守る? 網が、巫女の力を欲しているからか、そのために貴様は―――」

 

「おまえらのような下衆と一緒にすんなァ!!」

 

メンマは吹き上がった憤りのまま、力いっぱい拳を振り抜く。暗部は両腕を十字に組み、後ろに飛びながら防御をする。

 

「ちっ………逸らしてこれか。シャレにならん威力だ」

 

暗部は痺れた腕を揉みほぐす。一方でメンマの方は、腕を酷使し続けたせいで左手の指が折れていた。それでもメンマは痛む両腕をぶら下げ、それでも暗部を睨みつける。

 

溜息と共に――――時間稼ぎの意味もあったが――――暗部は純粋な疑問の言葉を投げつけた。

 

「意味が分からんな。我らが下衆だと?」

 

「ああ。おまえら、は、下衆だ。これ以上、ないって、ほどのな」

 

メンマは息が上がっているのを自覚しながらも、答えた。チャクラを使いすぎ、体力ももう限界を超えている。視界が白く染まっているのは、身体が警戒を越えた最終警告を出している証拠だ。それでもメンマは口を閉じなかった。

 

「力を持ってるからって、まだ子供を―――こんな、子供を! 利用しようって輩を、下衆じゃなくて何と呼ぶ!」

 

腕を振る。認められないという意志を、腕にこめて振り払う。

 

「サイも、シンもそうだ! お前たちの目論見は分かっている! 子供の内に、仲の良いものを………兄弟を殺させて! そうすることで徹底的に心を砕き、いいなりになる人形を作るのだろう!」

 

あの血霧の里と言われた霧隠れのように。殺させることで子供の心を砕き、その残骸となった心の奥底に恐怖心を刷り込ませて、裏切らない人形を作るのだろう。

 

呪印で言葉を縛り、身内殺し―――まるで蠱毒のような方法で、人の心を束縛する。これで、忠実な部下の誕生だ。

 

背後から、シンとサイの息を飲む声が聞こえた。

 

「戦争などしったことか。おまえらの間で好きなだけするがいい。でも子供を――――力があるからと利用し。そして兄弟で殺し合わせ――――人格を破壊するだと? そんなこと、させるものか!」

 

これが意地。メンマの意地。見つけた、通すべき意地だった。

 

戦争を止めようなどと、そんなつもりはない。それは否定しない。たかが一人の男が力を振るったとして、忍び全てをどうにかできるなどとは、思っていない。

 

だが、後者の2点だけは。許せないし、認めない。メンマは自分のできうる限りの力を使って、叩き潰すことを誓っていた。戦うのは怖いが、それとは別の話だ。そうしなければ“俺が死ぬ”。見下げ果てたクズになってしまうと。

 

だから殺す必要があるのならば殺す。中途半端な覚悟では何もできないと知った。通すべき意地を通すためには、汚れる覚悟も必要だった。

 

暗部の男は、否定の言葉を吐いた。

 

「非効率的だな。理解できん感情だ」

 

「効率なんてくそくらえだ。外道のクソに責められる覚えもない。お前等は人間失格、いや、家畜にも劣るぜ」

 

「九尾の走狗ごときが何を吠える。分かったような口を聞くな」

 

「なら、一応聞いておくけどよ。お前等、紫苑をさらってどうするつもりだったんだ」

 

「つもりではなくこれからするのだ。封印術以外に興味は無い。術の趣旨と構成、その能力の分析ができれば、それ以上広がらんように処分する。要らない道具は捨てるが必然………いや―――血を残すのも、また良しか」

 

女である以上、使い道はいくらでもある。まるで物を扱うような物言いに、メンマは憎しみすら混ざった怒りをもって否定した。

 

「それ以上囀るなっ、外道!」

 

「聞いたのはお前では無かったか? まあ、どちらでもいいがな」

 

再び、戦場に殺気が充満する。空気が緊張する。

 

メンマは左腕を握り締め、目の前に突き出す。

 

「繰り言はおしまいだ。ここからさきはこっち。だから、かかってこいよ」

 

言葉と同時、暗部のチャクラが弾けた。感情がないとはいったが、舐められるのは我慢が成らなかった。

 

「よかろう。生かしたまま送り届ける必要あるゆえ、手加減をしていたが」

 

途端、暗部の全身からチャクラが立ち上った。仮面の横から見える頬が、赤く染まっていく。

 

「それでは足りんようだ。本気でいこう、だが――――死んでくれるなよ」

 

暗部の威圧感が、更に膨れ上がる。

 

第一門、開門。メンマは言葉ではなく、その様子で相手の体内門が開かれた事を知った。

「………上等だ」

 

萎えたチャクラ。全力には程遠いそれを振り絞って、最後の攻防に挑む。

 

「第二門、休門、開。第三門、生門、開」

 

『そろそろ、来るよ』

 

 

体内門が開いていく。ただでさえ強い暗部は、その上限を、リミッターを外していく。

 

 

第四門、傷門、開。

 

 

そして―――――

 

 

第五門、杜門、が開けられる。

 

 

「ハアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 

チャクラが目に見えるほど、高濃度になる。赤く染まった顔に、人のものとは思えないチャクラ。これこそ、まるで化物のよう。

 

人間の限界を越えての一撃。その初撃が繰り出された―――

 

 

「速――――」

 

 

動いたと思った次の瞬間、すでに間合いに入られていた。

 

――――消えた。

 

錯覚ではなく、そう認識される程の規格外の速さで、暗部は一歩踏み込んできた。

 

(こんなの、避けられるはずがない)

 

為す術も無くメンマは顎を蹴り上げられ、宙を舞った。蹴りを受ける寸前、迫る足と顎の間に、左の腕は差し込めて衝撃は軽減できたはずなのだが、まるで意味がなかった。

 

腕ごと、吹き飛ばされる。そして、神速の連撃が始まった。

 

まるでメンマを包み込むかのように、上下左右、四方八方から暗部の打撃が叩き込まれる。拳とも蹴りとも判別がつかない。打たれる度に骨が軋み、肉が歪む。

 

――――これぞ、“裏・蓮華”。

 

体術でありながら、Aランク―――禁術レベルに位置づけられるという、最高峰の体術。

 

「ぐっ、げっ、ぎっ!」

 

 

メンマは無様に苦悶の声を零すことしかできなかった。出来損ないの楽器のように、蛙が潰された時のような声がメンマの口から漏れる。

 

攻撃を受ける度に全身が軋んだ。激痛が走り、意識が霞む。治りかけの肋は折れ、脛の骨も折られ、深刻な打撲のダメージが全身に刻まれていく。

 

 

「……ぁ! ……ィ! ……っ!」

 

 

連撃が10を越え、20を越えた時には声も出せなくなった。襲い来る乱撃に対し、亀のように丸まって耐えることしかできない。

 

それでも容赦の無い連撃はメンマの体力とチャクラと意識を確実に削り取り。

 

そして乱撃が止んだその一瞬後、身体に鋼糸が巻き付いた。

 

 

(――――最後の攻撃)

 

 

裏・蓮華の最後の一撃は、敵に巻きつけた鋼糸を引き寄せ、反動を利用して拳を蹴りを同時に叩き込むというもの。

 

暗部はその型に習い、鋼糸が張った瞬間に引っ張った。

 

そして、メンマの体勢が崩れる――――その、刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦う前のことである。どう対処するか、メンマが戦術についてマダオと話している時だった。

 

「切り札としては持ってるだろう、裏・蓮華。それを破る秘策はあるの?」

 

「いや………無いな」

 

メンマは、きっぱりと無理だと答えた。表・蓮華であの速度を出せるのなら、裏・蓮華はもっと速いだろう。今の自分に避けられる代物じゃないと判断していた。

 

あれは純粋な体術で、防ぐには特殊な防御術か、それを上回る体術、速度を用意するしかないのだが―――現在の自分は、そのどっちも持っていない。

 

 

「しかし、手はある。逆に考えるんだ」

 

 

マダオの、四代目火影の言葉にメンマは考えた。

 

“防ぐ”ことはできない。攻撃は必ず受ける。ならば、その上でどうするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、時間は今に戻る。メンマは内心で呟いた。

 

(防げないのならば―――――防ぎきる必要もない)

 

亀の体勢になったのは、2つ意味があった。

 

一つは、少しでもダメージを減らすため。

 

もう一つは勝機の笑みを隠すため。

 

そうしてメンマは鋼糸が自分の身体に巻き付いた瞬間、歯を食いしばりながら獣のような笑みを見せた。

 

「ここだァッッ!」

 

 

メンマは左手で、胴部から伸びる鋼糸を掴み。そして残る全てのチャクラを振り絞り、肉体を強化してその鋼糸を引っ張った。

 

 

「なっ!?」

 

 

互いに宙に浮いている今、踏ん張れる足場もない。故にこの綱引は、腕力のみの勝負となる。そして純粋な腕力のみで言えば、莫大なチャクラで強化しているメンマの方が上だった。

 

引っ張られ、最後の一撃を受ける前に、逆にこっちに手繰り寄せる。この瞬間を待っていた。鋼糸が掌に食い込み、左手の掌が少し切れるが、メンマは全て無視した。

 

裏・蓮華にある、唯一の隙。止めの一撃を繰り出す前の動作。

 

メンマはそれを待った。攻撃を受け、黙って耐え、こちらにはなすすべもないと――――そう、思わせた。

 

全ての準備は出来たのだ。

 

 

(この機、頂戴する!)

 

メンマは既に準備万端だった。目の前に立ちふさがっていた万難は今、排せた。

 

万全を期して最後に打つ一手は、折れた右腕による一撃だ。当然うまく動かせないし、拳も打てない。打てば激痛に教われ、戦う心も奪われ、そのまま膝を屈してしまうだろう。

だが最後の一撃に限定すれば、今まで秘めに秘めていた螺旋を生み出せる。

 

メンマの手持ちの忍術の中で最も高威力、最も高ランク。左手を使う必要もなく、印も必要としない忍術。

 

――そう、全ての布石はこの一撃のために。

 

「ま、さか――――!」

 

暗部の顔が驚愕に染まる。乱回転させたチャクラ。手の中に圧縮させられたそれは、全てを貫く球となる。威力あるチャクラを回転させ、尚一定の範囲に留める術。チャクラコントロールが肝となるAランク忍術。

 

「これが、俺が持つ全てだ」

 

メンマは張るべき意地を心に秘めて、力の限り通し抜いた。

 

諦めず、求め、耐えて――――手繰り寄せられた勝機を。

 

 

手繰り寄せた暗部の胸部へと、叩き込む――――――!

 

 

 

「螺旋丸!!!」

 

 

 

 

荒れ狂う螺旋の球。だがゆがまず、ひずまず、形を崩さず。

 

肉を抉り、骨を削り、貫き、吹き飛ばす。

 

 

そうして、暗部の部隊長は声を上げることなく絶命した。

 

その感触を手に感じた後。誰かの生命を断つという感触を、知った後。

 

 

メンマは全身から力が抜けるの感じ、そのまま地面へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、7、8年が経過した今。ぱちぱちと音とたてながら燃える木の前で、メンマは覚えている全てを語りを終える。

 

一休みもせずに話していたので、喉が乾いた。手元の水を飲むと、ふ、一息つく。その後のことは語れない。語らないのではなく、語れないのだ。答えは簡単、ここで、メンマの記憶は途切れているからだ。

 

そこから先は単語だけがうっすらと残っているだけ。紫苑、真蔵や才蔵、菊夜さんがどうなったのかは、全く覚えていない。

 

メンマは自らの両手を見ながら、サスケと多由也に言う。今まで忘れていたこと、その中で、思い出せたのはここまでだったと。その後に続く記憶は、全身傷だらけで、ベッドの上に寝転がっていたことだけ。

 

ザンゲツ、マダオ、キューちゃんには、初めて人を殺めたショックと、頭部に受けた傷により記憶を失ったと言われてそれを信じていた。

 

メンマも否定はしなかった。手にはあの独特の感触が残っていたからだ、そして。

 

「なんでか、すげえ悲しい、って思った」

 

だからその時は、納得した。真実は違ったわけだが。

 

「その一連の騒動を忘れたという、原因だが、心当たりはあるのか」

 

「いや、分からない。そんな忍術は見たことも聞いたこともない」

 

「写輪眼の瞳術か何かで………そんな能力は、無いか」

 

サスケは首を横に振った。メンマは一息をついて、火をじっと見た。

 

「でも、な………何でだろうな。取り返しの付かない状況に陥ってしまったのは覚えている」

 

嫌な予感独特の、黒い淀みが胸の中に残っている。メンマは、話の中で随所に抱いた悲しみもそのせいだと思っていた。思い出せないのは消えたからだと判断し、仕方ないと思った。思い出そうともしなかった。

 

だが、今は思い出した。

そしてあれからいったい何があったのか、メンマは知りたかった。

 

「それは、この先にあるはずだ」

 

中秋の名月は未だ枯れず。ならば、紫苑は生きているのだろう。何故イタチがそれを知っていて、自分に知らせたのかは分からないが、メンマは紫苑達が死んでいるとは想いたくなかった。

 

そんな中、サスケは神妙な面持ちで、メンマに問いかけた。

 

「子供を利用するヤツは許さない。兄弟で殺し合うことなど認められないって言ったが………それが、お前の原点なのか?」

 

「………どうだろうな記憶が確かではなかったため、はっきりとは言えないんだが」

 

テンテン、我愛羅。

 

ヒナタ、シカマル、いの。

 

キリハと、フウ。

 

サスケと、イタチ。

 

自分なりの意図が含まれているものもあったとメンマは前置いて、言った。

 

「どうやら、概ねはその通りらしいなあ。あの時起きた事については、すっかり忘れてしまったはずなんだけど」

 

自分の事なのに、よく分からなかった。あるいは無意識だったのか、そうではないのか。そうしたいからそうしただけなのだが、一応の関連性はあったようだとメンマは苦笑した。

 

「………例え記憶が失われようとも、根ざす想いだけは消せはしない」

 

横合いからはさまれた声に、メンマ達は反応する。

 

「キューちゃん?」

 

「自らの想いを消せるのは一人だけしかいない――――そう言ったのは誰だったか」

 

「………知っているのか?」

 

「ああ、知っているぞ。その他にも色々とな」

 

だが、言えない、とキューちゃんは目を閉ざした。

メンマは、言いにくそうに問うた。

 

「真蔵と才蔵は………今も、生きているのか」

 

「それも、明日分かる―――これ以上は言えないと教えたであろう」

 

固くなに口を閉ざすキューちゃん。どうしても知りたいが、話してはくれなさそうだとメンマは諦めた。

 

「明日になればわかるはずだ。それよりも、もっと別の事を話しあう必要があるのではないか」

 

「―――ああ、化物か。ついぞ出てこなかったけど、どういった存在なんだろうな」

 

「伝承とは実際にあった事柄を元に作られているものが多いらしい。だが俺は木の葉にいた時も今も、そんな化物の話は聞いたことがないぜ」

 

サスケも分からないと首を振る。

 

「だが、ペインというやつと一緒にいた―――あの化物。あれならばそうだと納得できるかもしれん」

 

「ウチもだ。あの黒いアレ―――威圧感と異様なチャクラ、世界を滅ぼしてもおかしくないと思った」

 

「俺は見たことがないが―――そうなのかな。俺も、覚えているのは断片だけで―――詳しい話は覚えていない。だが、単語だけはうっすらと覚えている」

 

あの後に聞かされた言葉。

 

曰く、“終りにして始まりを司るもの”

 

「―――始まりと終り、ではないんだな」

 

多由也がぽつりと呟く。そういえばそうだとメンマとサスケが頷いた。その順番には、何か意味があるのかもしれないと。

 

「終わってから、始まる―――」

 

始まりから終りに向かうのではなくて、終局のあとに生まれる―――誕生する。

 

「人間に例えると………そうだなつまりは、死んでから、生まれる―――」

 

そこまで呟いた時、メンマ達は弾けるように顔を上げた。

 

即ち、生まれ変わりだ。

 

その概念を表す言葉は一つだけだった。

 

「輪廻、転生」

 

死の後に生まれ変わるという概念そのものだ。

 

 

「「「輪廻眼………」」」

 

 

メンマは呟き、一連の騒動を整理してみた。輪廻眼を持つ暁の首領、ペインのおかしな行動。味方も敵も関係ない、その破壊行動。そして、7、8年前に現れたという化物。代々の巫女の存在。大陸を滅ぼしかけたという、怪物。

 

そもそも、何故輪廻眼と呼ばれたのだろうか。そこまでの力を持つに至った理由は、一体なんなのだろうか。

 

「―――朧げながら、色々と見えてきたな」

 

思いもよらぬところで、不可解な事柄が一本の線で繋がったかのようだ。まだまだ分からないところはたくさんあるが、五里霧中という訳ではなくなった。

 

 

「全ては、明日か」

 

 

原点と終点。

 

 

全てが集まっているかの国にメンマ達はたどり着こうとしていた。

 

 

 

 

 

 


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