小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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その3

 

「くっ、おぼえてろよおまえらー!」

 

ぼろぼろになったたけしが、捨て台詞を残して逃げて行く。少年軍団もたけしの後をおいかけて、逃げていった。

 

「へっ、おとといきやがれ!」

 

金髪の少年が腕をあげながらたけし達に向かって叫んだ。さきほど乱入して助けれくれた少年。

 

(年は………俺と紫苑の一つ二つ上か)

 

活発で元気なやんちゃ小僧といった感じだ。

 

「勝ったね、兄さん」

 

その横では、黒髪の少年が隣にいる金髪の少年へと笑いかけていた。年の頃はメンマたちと同じくらい。兄と顔立ちも似ている。兄弟なのだろう。

 

「よっと」

 

立ち上がり、服についた砂を払う。急所は外していたので、身体は何処も痛まない。踏まれていただけなので、血もでていない。

 

(しかしとんだ災難だったな)

 

メンマは砂を払いながら勉強になったと満足していた。まさかあそこでああいう手を使ってくるとは。たけし恐るべし、と。

 

「大丈夫か、イワオ」

 

紫苑が心配そうな顔をした。メンマは笑いながら大丈夫だと言った。

 

「へえ、丈夫なんだな、お前」

 

「それが取り柄でね……えっと」

 

金髪の少年に呼びかけようとするが、名前が分からない。メンマは自分の名前を名乗り、その少年の名前を聞いた。少年は少し考える様子を見せたかと思うと、隣の弟に目配せをする。

 

「……兄さん。いくら兄さんが馬鹿でも、自分の名前は忘れたりはしないよね」

 

弟君が笑顔で話しかける。兄はその笑顔に何を見たのか、ぶるぶると震えだした。

つーか自分の名前を忘れるとは何事だ。記憶喪失か、記憶喪失なのか。

 

「はあ……まったく。えっと、僕の名前は才蔵っていうんだ。こっちの兄は真蔵」

 

「そうなんだ。才蔵に、真蔵ねえ」

 

メンマは声に出さずに言った。弟は可児才蔵か、霧隠才蔵かコノヤロー。猿飛佐助は何処いったコノヤロー。兄は服部真蔵か、天草四郎時貞かコノヤローと。

 

「うん、良い名前だねでもFoo!Foo!言わないでね」

 

メンマの妄言は首を傾げられただけだった。

 

「それはそうと、危ないところを助けてくれてありがとう」

 

「気にすんな! 弱いものいじめが大っきらいなんで、ただ見逃せなかっただけだぜ」

 

「正しくは見過ごす、だよ兄さん」

 

「うっ、そうなのか」

 

悪い悪いと弟に謝る真蔵。メンマはそれを見て、しっかりものだなと笑った。いったいどっちが兄なんだか。横をみれば紫苑がくすくすと笑っていた。この兄弟のやり取りが面白いのだろう。紫苑の笑顔を直視した才蔵少年の頬が、少し赤くなった。少しどもりながら話しかけてくる。

 

「え、えっと。よかったら一緒に遊ばない? 僕たち最近引越してきたばかりなんで、友達がいないんだ」

 

その言葉を聞いて、メンマは察した。

 

(助けてくれたのはそういう訳か。つまり、きっかけが欲しかったのか?)

 

『ん、最近は二人の世界に入っていたからねえ』

 

(マダオうるさい。あとそれは気のせいだ)

 

『ふ~ん』

 

メンマはマダオがニヤニヤと笑っている気配を感じ、舌打ちをした。

 

《ちっ、このマダオ、いつかお前の額に禿と書いてやる)

 

『なにその微妙な嫌がらせ。三代目みたいにハゲたらどうするのさ』

 

(いいじゃん。額で反射した光使って木の葉を照らせば、って三代目ハゲなのかよ!)

 

『う~ん、でも五影って心労がもの凄いからねえ。大名と交渉したり部下の無茶をたしなめたり、時には戦争もあるし』

 

(つまりあれか。心労のせいで前髪後退して、デコが出ている人が多いのか。五影ならぬ……五禿?)

 

今明かされる衝撃の事実に、メンマは戦慄いた。

 

(そうか、だからあの人達は傘をかぶるのか知らなかったぜ)

 

メンマは泣いた。できれば知らぬ内に一生を終えたかったと。寂しすぎる事実など、知らない方が吉。

 

(カゲだけにケガないなんて)

 

『つまらんぞ』

 

厳しく突っ込んでくるキューちゃんに、メンマはかなり凹んだ。

 

『……真理は常に人の心を刺すんだね』

 

難しいことを言いながら遠い目をするマダオ。

 

『うーむ。五禿か。勝てる気がせんのう』

 

五列に並ぶ禿忍者戦隊を空想してしまったようだ。メンマは自分だってそんなのと戦うの嫌だよ、と嫌な顔をした。奇面フラッシュとか使われたらたまらないと。

 

『怖っ!』

 

五影、不憫すぎやしないか。心身共に修行に修行を重ね、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌を備えたものが影になれるらしいが、裏ではもれなく禿がついてくるとか。

そんなの、あんまりだろ。

 

『仁・義・礼・智・忠・信・禿・孝・悌………』

 

複雑そうにマダオが呟く。混ぜるな自然。一瞬探してしまったじゃないか。ていうかこんなこと言ってると五影の人達にブッ殺されそうなんだけど。

 

『ちなみに麺影は?』

 

麺・汁・豚・鶏・魚・菜・貝・卵・腕だ。

 

『……難創里見八麺伝?』

 

(伝説の麺を求めて、俺たちは往く。なんつっ亭)

 

『ところで……お主ら、いい加減返事をしてやらんか』

 

キューちゃんのツッコミが入る。あ、そういえばそうだったねとメンマは気を取り直して才蔵に返事をした。もちろん、答えはイエスだ。

 

「紫苑も、それでいいかな」

 

「うむ。こやつら、悪しき者ではなさそうだしのう」

 

「じゃあ、決まりだね。人数増えたし、違う遊びをしようか」

 

 

 

 

 

「……帰ったか」

 

商人の家へ戻ると、ハルがまた不機嫌な顔を浮かべていた。何かあったのか聞くと、ハルは不機嫌な声で不機嫌になっている理由について説明をする。

 

「前代の巫女について、いくつか分かったことがある。名前は、弥勒という」

 

ハルは一端間を置いて、その後はっきりと言った。

 

「だがその弥勒は、2年前に死んだ」

 

「死んだ……原因は? 静養しているのではなかったのか。それに、何故民がその事実を知らない」

 

「……知らせれば民が動揺すると考えたんだろうな。だから表向きは生きているということにした」

 

「……だけどそんなの、時間稼ぎにしかならないだろう」

 

このまま表に姿を見せなければ、ますます動揺は深まっていくだけ。いったい何の意味があるというのか。

 

「いや、そうでもない。言ったろ? 前代って」

 

ああ、そうか。

 

「今代の巫女はもういるってことか。でも何でその……今代の巫女か。そいつは表に姿を見せないでいる」

 

「いや、見せているさ。代替わりをしていること知らないだけだからな。今代の巫女の存在については、民は元から知っているんだ」

 

「存在を、知っている?」

 

どういうことだろうか。そう思うメンマに対し、ハルは説明を続けた。

 

「今代の巫女は、前代の巫女の娘だよ。巫女は血筋で決まるらしいからな。それで、その娘の名前だが……」

 

嫌な予感がする。だが、聞かないわけにもいくまい。メンマは覚悟を決め、ハルに続きを促した。

 

 

「今代の巫女、弥勒の娘の名前は……紫苑という」

 

「……紫苑、か」

 

まさか、という思いは少ない。やはり、という方が大きい。

薄々と感づいてはいた。気づく要因もあった。

 

(だが実際に口に出されるとな)

 

複雑な感情がわいてくる。そんなメンマに構わず、ハルは話を続けた。

 

「巫女の能力についても分かった。こちらは確定情報ではないんだがな。一つ目、大昔に大陸を滅ぼしかけたという化け物、それを封印できる程の封印術を扱えるらしい」

 

そういいながら、ハルは肩をすくめた。訝しげな表情をしているが、メンマはそれを正しいと思っていた。封印術に類されるものは、どれも高等で強力。世界を滅ぼせるとかいう、規格外な化物を封じ込められる程の術となれば、それこそ表でも裏でも有名になっていてもおかしくないからだ。

 

だが、巫女のことは一般にも、各里にも知れ渡ってはいない。それは何故か。初代火影の功績もあるのだろうが、実際のところは違う。

 

「………そんな化け物なんて、誰も聞いたことがないからな」

 

「だから封印術についても眉唾もの、扱えるとは限らないということか」

 

「ああ。そして、二つ目は………こちらも怪しいんだがな。でも実際にあったことらしいので、一つ目よりは確実といえる」

 

「実際にあったこと………封印と何か関係があるのか」

 

「いや、また微妙に違う。二つ目の力は、人の死を予言するというものだ」

 

「………予言、か」

 

『ん、予言と聞くと蝦蟇仙人を思い出すね』

 

自来也に告げたという予言。それに類する力なのだろうか。

 

「そのためか、代々の巫女は民から距離をおかれているらしい。それもそうだ、誰も己の死をつげられたくはないからな」

 

「それには同意する」

 

死というのは、人間にとっては最大となる恐怖だ。それを告げる人間に対し、恐怖心を持たないはずがない。

 

(死神みたいなものか。だから親は自分の子供達に、紫苑や巫女には近づくなと言ったんだろうな)

 

予言が確実であればあるほど、告げる言葉は重みを増す。実際にあるかどうかともかく、可能性として考えるだけで怖いのだろう。実際に予言が当たって死ねば巫女に殺された、と勘違いして騒ぎだす者が出てくるかもしれない。予言したから死んだ。つまり殺されたと連想してしまうかもしれない。

 

つじつまがあわない、正気では思いえないことだが、大切な人を亡くせば誰だって正気ではいられない。そのごたごたを避けるために、紫苑から遠ざかるのかもしれない。

 

(……諦めた理由はそこか)

 

メンマは思う。積極的に輪に入れない。つまりは一人でいる事を自分で決めた上での結果だと。近くで見ているだけ、それだけいいと考えていたのかもしれない。

 

「不穏な動きについても分かった。巫女の死を知った国がある。まあ小国だが、一応は忍びを保持しているらしい」

 

「……代替わりの時を狙って……一体、何をしようってんだ」

 

その小国の忍びが何をしようとしているのか。ある程度予想はできるが口に出したくないメンマは、ハルに聞いてみた。

 

「小国は大国に負けたくない。だから大きな力が欲しい。今代の巫女はまだ幼く、未熟だ。前代ならば不可能だったが、今の巫女ならば容易く捕まえられる。言う事も聞かせられる」

 

つまりはそんなところだろう、と言いながらハルは肩をすくめた。

 

「……つくづぐ度し難いな。忍びってのは」

 

メンマは頭痛を覚え、頭を抑えた。内心で毒づく。あんな小さな娘をさらって、いったい何をしようってんだと。

 

「俺たちが言えた義理じゃないが………まだ一つある。その巫女を護衛する者がいる」

 

「護衛……忍びか?」

 

「ああ。名前を菊夜。代々続いている、巫女を守護する忍びの家系で……何でも、忍犬を扱えるとか」

 

「……国境近くで俺たちを見張っていたのはそいつか!」

 

メンマは叫んだ。あれは忍犬の群れだったのだろう。見張っていたのだと。

 

「恐らくはそうだろうな。それで、力量について、俺が実際に見た感想をいうと……最低でも中忍クラスだ。だが恐らくは特別上忍クラスで………悪ければ上忍並の力を持っているかもしれない」

 

「なんか、はっきりしないな」

 

「俺は忍犬使いとは直接戦ったことが無いからな。力量についての勝手が分からないんだよ。身のこなしからいえば、中の上ぐらいだ」

 

有名どころで言えば木の葉の犬塚とかあるけど、忍犬使いが犬を使ってどこまで強くなるのか何て知らん、とハルが首を横に振った。

 

「襲ってくる小国の忍びも、その護衛が全部屠っているらしい。こっちは城の中の一人に金掴ませて聞き出した話だ」

 

「……で、俺たちはこれからどうするんだ」

 

「俺はもう少し、城の中を探ってみる。国主が何を考えているのか分からないからな。明確な対策も講じていないし、本心を確かめる必要がある。ボスに報告するのはそれからだ」

 

「ああ、こっちもそうしよう」

 

あと3週間。調査を混じえ、できるなら紫苑を守る。

ザンゲツは巫女をさらわれることを良しとしないだろう。あの時の声は、心配の色を帯びていた。

 

(まあ、それが無くても、紫苑をさらわせる気などさらさら無いけど)

 

つまりやることは変わらない。

 

良かったと思いながら、メンマはハルと2、3方針を話し合い、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――次の日。昨日約束したとおり、メンマは、紫苑、真蔵、才蔵と遊んだ。たけし率いる少年軍団と場所の取り合いになることもあった。そのたびにドッチボールや探偵で対決をした。いろはにほへと、ぬをわかよた。特に探偵では紫苑の勘が冴え渡った。

 

「大丈夫じゃ」の一言、何の根拠もないのだが、ことごとく当たるのだ。

こちらは4人と少なかったが、人数の差はちょうどいいハンデとなった。

 

金黒兄弟もこの年齢にしてはいい動きをするので、例え相手が10人でも遅れをとることはなかった。むしろいい勝負になった。子供の遊びなのでメンマはチャクラを使っていないし、力も十分の一に抑えている。また勝ちすぎても角が立つので、時には負けるようにしていた。

 

(………純粋に遊びを楽しめないなんてな)

 

悲しいし、寂しい。メンマは柄にも無い考えを胸の中で押し殺した。僅かなりとも後悔があったのは確かだった。何でもない子供のように遊べれば、本気で楽しめたのにと。

 

世にも奇妙な大人の黄昏れを思っていたメンマだが、その後は公園のベンチで色々と話をしたり、買い食いをしたりして遊んだ。

 

とはいえ、メンマは話題に乏しい。子供を相手に何を話していいのか分からなかった。少しパニック状態に陥ったメンマは、名案とばかりに異世界の物語を話した。

何より、好きな物語のこと。この世界に来てからは特に、ことあるごとに思い出すようになった英雄の話だ。

 

運命を呪いながらも、戦い抜いた女の話。ただの人間から生まれ、英雄まで上り詰めた女の話。世界を越えていい男を追い続けた女の話。精霊回路を全身に刻み、それでも走り続けた女の話。究極の運を持つようにと、改造された女の話。大切な人達に不幸を振りまきつつも、それでも前に進もうとする、いい女の話。

 

メンマは恐る恐ると感想を聞いた。紫苑は笑って答えた。特に3番目の話が好きだったと。。

 

「いいじゃないか………明日はきっといい日だ、か」

 

「“暗い夜に、どこまでもくらい時は、歩けばいい。東に行けば朝が近づく。一歩歩けば一歩分。二歩あるけば二歩分だけ”」

 

今のメンマにとっては、本当に力になる話だった。先の見えない今の状況、そして化物のような忍者と対峙しなければならない未来。修行の辛さもあって、たまに心がくじけそうになる。

 

でも、この言葉を思い出すだけで元気になれた。世界が変わったからといって、好きな言葉の意味が変わるわけではない。疲れ果てながらも戦った女の話や、それがどうしたと。り続ける女の話。明日は良い日だと言いながら歩き続ける女の話。今は記憶の中にしか残らない話。でも、確かに残っている。

 

英雄譚はいい。負けてなるものかと、そういう風になりたいと、思い出す度に思わせてくれる。挫けそうな心を奮い立たせてくれる。臆病な自分が玖珂光太郎のような存在に成れるはずもないが、憧れるだけなら良いと思う。

 

真蔵も光太郎の話が好きだと言っていた。それはそうだろう。男に生まれたのなら一度、ああいう風に生きて死にたいものだ。ゲンの話も好きらしい。頭の悪い所で共感できるのだろうか。そう言ったら殴られた。才蔵も頷いていたのだが、そっちはスルーしていた。兄である真蔵は、弟に頭があがらないようだった。

 

才蔵は軍神タカツキの話が好きらしい。色々と共感できる所があるのだとか。メンマは思う。君にとってのウラル・カナンは真蔵なのかと。強く生きろよ、と真蔵エールを送った。

 

そうして、子供の声が収まった後だった。

 

「はー………満足した。イワオは色々な話を知ってるんだなー」

 

真蔵がうんうんと頷きながら言う。

 

「いや、本屋の絵本とかも参考にしたけどね」

 

こっちの世界にも、メンマの知っているものとは別だが、大昔の伝説をモチーフにした英雄譚はあった。世界を覆う闇を払った英雄の話。山ほどある化物を一人で屠った英雄の話。

 

(こういうのは何処にでもあるもんだな)

 

『僕も同じだ。小さい頃は初代火影様や二代目、三代目の話を聞いて、憧れたもの』

 

(男なら、か。胸が熱くなるな)

 

『ん、でもこれは……六道仙人のことを書いているのかもしれない』

 

解釈を進めていくうちに、マダオがそんなことを呟いた。なるほど、忍宗を広めた六道仙人ならば、化物のひとつやふたつ倒したことがあるのかもしれない。初代火影の話や、初代火影の一族、千手一族のことかもしれないが。

 

「でも兄さん、聞いた物語のこと、ほとんど覚えていないでしょ」

 

「う」

 

図星をつかれたらしい。胸を抑えながら後ずさる。

 

「う、馬鹿にすんな! 大事なところは覚えてるぜ!」

 

「……本当に?」

 

7才児の弟に疑われる兄。見ていて少し不憫な気持ちになった。

 

「まあ、いいじゃん。それに今は駄目でも、何時かはきっと……頭が良くなるよ」

 

菩薩の笑みを浮かべながら親指を立てて、言ってやる。

 

「うう、励ましてくれてありがとう」

 

真蔵は滂沱の涙を流した。前半聞いてなかったのか。都合いいところしか聞いていなかったのか。

うん、馬鹿って素敵。だって無敵だもの。見ていて和むよね。

 

「でも、兄さんにも良い所はあるよ」

 

メンマの思いに同調したのか、才蔵がそんなことを言う。言われた当人は「え、何処?」と不思議がっているが。

 

「お主……」

 

紫苑が憐れむような視線を送る。メンマも送る。才蔵は慈しむような目をしていた。

 

「……ちくしょう、おまえら。そんな目で俺を見んな!」

 

真蔵が腕を振りかぶりながら、怒る。

 

「まあまあ。で、真蔵の良い所って?」

 

長く一緒にいた弟ならば、知っているのだろう。才蔵に聞いてみると、笑いながら答えてくれた。

 

「うん、僕を笑わせてくれるところとか」

 

「「なるほど」」

 

紫苑と二人でうなずいた。確かに、真蔵の行動は見ていて楽しいもんな。

 

―――そうか。弟にとって兄は芸人という立ち位置なのか。

 

「うう……」

 

真蔵は膝をついてまた泣いた。そこに、才蔵がフォローを入れる。

 

「うそ、うそだよ。僕を引っ張っていってくれるところとか、見ていて楽しくなるところとか、夢いっぱいなところとか、他にも色々あるよ」

 

だから元気を出して、と笑いながら弟が言う。

 

「まあ、確かにのう」

 

それはメンマも紫苑も認めるところだ。負けず嫌いなところや、目立ちたがりなところもあるが、真蔵の根は真っ直ぐだ。小気味よい行動は、見ているだけで心地よいもの。ちらりと紫苑がこちらを見ているが、なんでだろうか。

 

 

――そんな、漫才を繰り広げているうちに今日も日は暮れ、帰る時間となった。

 

互いにまたねと言いあいながら、それぞれ帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢、か」

 

帰る途中、メンマはさっきの才蔵の言葉を思い出した。

 

「そうだな」

 

今は修行を優先していたが、たまにはいいかもしれない。メンマは帰ると、商人にあるものを取り寄せてほしいと頼み込んだ。たまにはこんなことをしてもいいはずだ。

 

『ん、でも意外だったよ』

 

(何が? ラーメンを作りたいと思うことがか?)

 

『いや、あの3人。紫苑とあの兄弟とのこと。調査を優先すると思っていたし』

 

(ああ……まあ、一ヶ月ぐらいはな。調査もしているし、いいじゃないか)

 

『寂しいの?』

 

マダオが唐突に聞いてきた。予想していなかった言葉を聞き、身体が硬直する。

 

(どうしてそう思う)

 

『だって、君は元は一般人だからね。鍛えられた忍者ならともかく、正体を隠し続ける生活を2年も続けていたら普通、寂しいとか辛いとかいう気持ちが出てくるよ』

 

(……隠していたつもりだったけど)

 

ばれていたらしい。マダオは仕方ないよ、と言う。

 

『現在の状況が状況だからね。油断なく話せる相手もいない、それでも修行を続けなければならない。疲労も溜まっているだろうしね。

 そういう時は故郷か、恋人か、友達を思い出すものだし』

 

(それは、経験談か?)

 

『戦時に懐郷の念が膨らんでいくのは、普通のことだと思うけど』

 

だけど今の自分には帰る場所がない。メンマは虚しくも呟いた。故郷は遥か遠く、異次元の彼方。それならばせめて、と思ってしまってもいいのだろうか、考えが甘くないだろうかと。

 

『……良い悪いで言えることじゃないかなあ。それに、みんなにご馳走するんでしょ?』

 

(ああ)

 

『だったら、僕には頑張れとしかいえないよ』

 

(おう、頑張るぜ。できるならばお前とキューちゃんにも食べさせてやりたいんだが)

 

『ん、ある程度なら、感覚は共有できるから』

 

『……まずいものを食べさせたら承知せんぞ』

 

キューちゃんがプレッシャーをかけてくる。

 

(うう、ブランクもあるしなあ……)

 

正直、今回に限っては、自信をもてない。調理具にも元の世界とは違う、なじみのない素材もあるし。

 

(保険は用意しておくか……)

 

狐と言えばあれだろう。

先程、キューちゃん用にとあるものを取り寄せてもらったのだが、きっとうまくいくはずだ。

 

(麺の方もなあ。ちゃんと修行できたらなあ)

 

積み重ねたものはあるが、十分ではない今、100%の自信が持てないのだ。屈辱である。今は忍者の技術を鍛えなければいけないので、仕方ないのだけれど。

 

(いっちょ、やってみますか)

 

頬を張り、気合を入れなおす。目標はいつも変わらない。

食べさせる全員に美味しいと言わせることだ。

 

その一言のため、メンマは今出せる全力を尽くそうと、心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、二週間あまりが経った後。その日もメンマは紫苑達と遊んだ。そして、その帰り際。メンマは紫苑達に「明日は家に遊びに来ないか」と誘った。

 

「う~む……菊夜が許してくれるかのう」

 

紫苑が呟く。

 

「え、なんか言った?」

 

聞き取れなかったため、聞き返したのだが、紫苑は何でもないと言って、首を縦に振った。

真蔵達もOKらしい。

 

 

そして、次の日。

 

「遊びに来たぞ!」

 

「遊びに気ました」

 

紫苑と………あと、なんかいる。

 

18くらいだろうか。黒髪の短髪、黒の吊目。

物腰はなるほど、忍びのそれだ。一目見て分かる。

 

体術もかなりの腕だろう。この人が菊夜か。

 

(まあ当たり前か)

 

家の中では何が起こるか分からないものな。別に今日何をするわけでもなし、不都合な点もないのでメンマは普通に紫苑に聞いてみる。

 

「この人は?」

 

「うむ、妾の護衛での。菊夜という」

 

「そうなんだ。こんにちは菊夜さん、初めまして」

 

「ええ、初めまして。それで………護衛と聞いて驚いた様子も無いけど、君は紫苑様のことを知っているのね?」

 

「ええ知ってますが、それが何か」

 

「そう……なら、いいわ。それで今日は何をするのかしら」

 

「いえ、俺の作ったラーメンを食べてもらおうと思いまして。あ、菊夜さんも食べます?」

 

言うと、護衛の人は目を点にしていた。なんか驚く要素があったのだろうか。

 

少し考えた後、菊夜さんは「頂くわ」と返事をする。

 

「お前らも食うだろう?」

 

「いいのか!?」

 

「あたりまえだろう。ていうか連れてきてそこで食べるの見てろとか言うわけ無いじゃんよ」

 

「それもそうですね」

 

4人を座らせる。仕込みは既に昨夜の内にすませていた。

 

ちなみに今日の朝、ハルにも食べさせたのだが、素直に旨いといってくれた。

その時のやり取りを思い出し、少し笑う。

 

 

 

 

「ゴロウ殿にに何か頼んでいたのは知っていたが……何を作ったんだ?」

 

「ラーメン。ハルも食べるか?」

 

「………いただこう」

 

少し考えた後、ハルはラーメンを食べだす。

 

「これ、もしかしてあのおばちゃんとこの?」

 

「ああ、真似してみた。全然あれには及ばないけどな」

 

「へえ、お前も常連だったんだ」

 

「あの人の作る料理、美味しいからね。でも、“も”っていうことはハルもか?」

 

「ああ。ちょうどこの任務に入る前に行ったところだ。でも、これも結構いけるな」

 

「………一応、俺なりのアレンジは加えたんだけどね」

 

でも深みが足りないと愚痴るメンマに、ハルは十分にいけると返した。

 

「お前にこんな特技があったとはな。もしかして、将来の夢はラーメン屋か?」

 

ハルが笑いながら冗談交じりに言う。

 

「そうだ。そのために網に入ったんだよ」

 

「冗談きついぜ。そんな凄え変化の術を持っておきながら、ラーメン屋? いや、だからこそ有り得るのか」

 

苦笑を返された。一応本当のことなんだが、絶対に信じていないなこいつ。

 

『そりゃあねえ。信じないでしょ』

 

「ご馳走様。旨かったよ。出来ればまた食べたいね」

 

「そいつは少し難しいな。材料に限りがあるし、金に余裕も無いんでね」

 

「いつかでいいぜ。この任務が終わってからなら、いけるだろ」

 

「ああ、機会があればな」

 

そういうと、ハルは笑って「応」といいながら、出かけて行った。

 

 

 

湯の沸騰する音で、回想から覚める。

 

「……いつか、になるのか」

 

思わずつぶやいてしまった。

本格的な店を開けないのが口惜しい。金も腕も足りないからな。

 

そう思いながらも、スープを見る。今出来る自分の全力を出しきれたと言い切ってもいい。

あの無愛想で不機嫌になりやすいハルが旨いといってくれたのだ。

これならばいけるはず。

 

 

メンマは湯を沸かし、麺を湯に入れた。一定時間経過した後、さっと湯から上げてすぐに湯切り。

 

(身体が小さいのでやりにくい)

 

四苦八苦しながらも、何とか麺と汁と具を盛り付ける。

 

「出来た!」

 

チャーシューと具と菜が入り乱れる。ラーメンのお待ちどう。

紫苑、真蔵、才蔵、菊夜。4人の前に丼を置く。

 

「さあ、召し上がれ」

 

4人ともが食べ始める。最初はおっかなびっくり。やがて箸が止まらなくなる。

 

「……旨いのう!」

 

紫苑がそう言ってくれた。

 

「旨いぜ!」

 

「これは………確かに」

 

真蔵、才蔵が言う。

 

「………」

 

菊夜は無言のままだが、箸とレンゲは止まらずに動き続けていた。

 

(………っしゃあ!)

 

心の中でガッツポーズ。この瞬間に代わるものなどない。そう思わせる、4人の感想だった。

 

「われながらよくできたよ……どれ」

 

と言いながら、メンマも食べ始める。

キューちゃんとマダオのためだ。

 

―――だが。

 

『うむ、確かに形は整っておるが、あと一味足らぬのう』

 

『………たしかにね』

 

お子様評価、お友達評価ではなく、この二人は真実を言ってくれた。自分の望む最終地点を知っているからこその一言だろう。それをメンマは真摯に受け止めた。

 

『確かに、味の良さは出ているが、深みが足りぬ。これではリピーターなど望めんぞ』

 

『同意しようか。それに、一部味が濃すぎるところがある。要検討だね』

 

(ふむふむ)

 

取り敢えず、メモする。

 

二人の評価を聞きながら、紫苑に聞いてみる。

 

「旨いか?」

 

「うむ………しかし」

 

一息ついて、紫苑は言った。

 

「お主にこんな技術があったとはのう………」

 

なんか複雑そうだ。どうしたのだろう。

 

『鈍感だね………』

 

何かまずいところでもあるのか。

 

『いや、そういう訳じゃあないんだけど』

 

はっきりしないな。そう思っていると、真蔵が横から乱入してきた。

 

「なあ、これなんていうんだ?」

 

「え、ラーメンだけど。もしかして食べたことないんか?」

 

「無いなあ。しっかし、旨いぜこれ」

 

「そうだね、兄さん」

 

兄弟は一心不乱にラーメンを食べていた。

 

「………確かに、美味しいですね。あなたはまだ子供のようですが、これだけの技術はどこで?」

 

怪しいのだろう。菊夜さんが訪ねてくる。

 

「いや、死んだ親父がね。それで」

 

微妙に言葉を濁しながら説明する。すると、それ以上は菊夜は追求をしてこなかった。気の毒だと思ったのだろう。こういうところは、生粋の忍者とは違う。

大国の忍びならば、怪しいと感じた点はとことん追求するだろう。ああいう連中は基本、人間を信用しない。自分なりに納得しないならば、全てを知るまで説明を要求してくる

 

どっちが良いといえば、菊夜さんの方がいいのだが。なにしろ美人だし。

 

『論点変わってない?』

 

気のせいだ。美人だし。

 

『なんか、むかむかするのだが』

 

キューちゃんも十分に美人だって。

 

『それならば良い………む!?』

 

いきなり驚いた声を上げる。ああ、これか。

 

『これは何じゃ?』

 

(油揚げだよ)

 

狐が好きだという。説明を混じえながら、メンマは一口食べる。

 

『………☆』

 

星!? 一体何が!?

 

『旨い………うーまーいーぞーーー!?』

 

キューちゃんが味王に変化した。

 

『のうのうのうのう! これは油揚げというのか!?』

 

え、そうだけど。そんなに気に入ったのでしょうか。

 

『当たり前じゃ! うむ、これ以上無いのか、もっと無いのか!?』

 

ごめん、これで最後だけど。そんなに好きなんだ。

 

『ええい、うますぎるぞ!? もっとよく噛まぬか!』

 

キューちゃんのテンションが最高潮になった。こんなに効果があるとは。

 

(効果はばつぐんだ!)

 

『乗ってるね』

 

絶好調です。しかし、全員美味しそうで何よりだ。

 

 

 

 

 

やがて、全員が食事を終える。スープも具も残っていない。

うむ、完勝じゃ。

 

「ふう、ご馳走様じゃ………イワオ」

 

「ん、何?」

 

真剣な目をしたまま、紫苑が話しかけてきた。なんだろうと返事をする。

 

「……少し、話がある。ついてきてくれぬか?」

 

「いいけど………菊夜さんは?」

 

「すまぬが………」

 

「はい。承知致しました。それでは、私はここで」

 

待機すると言う菊夜さんを残して、メンマは紫苑とともに席を外した。

 

 

 

 

 

 

家の裏側まで来ると紫苑は立ち止まり、その場で俯いた。メンマの眼を見ないまま、深呼吸を繰り返している。何かを言おうとしているのだろう。

 

「で、どうしたの。菊夜さんをおいて」

 

言いたいことはある程度分かっていた。深呼吸をしている理由も。知られたくない何かを話す時の仕草だ。メンマは構えず、自然体に接した。

 

「言いたいことがあるんなら、言ってよ。俺たち友達だろ? 隠す必要なんか無いって」

「お主………そうか、いや」

 

首を振った後、紫苑はうんと頷いた。

 

「お主、鬼の国の巫女については知っているか?」

 

「……うん」

 

そうしてメンマが知っている一通りのことについて、紫苑が説明を始めた。封印術のこと。代々続く、巫女のこと。死を予言する力について。

 

「死をつげられるのが怖いのであろう。妾達に好き好んで近づくものなど、菊夜の他にありはせぬ。妾の力を利用しようとする者以外はのう」

 

「………そうだろうね」

 

改めてそう思う。危険すぎる力、日常からはかけ離れた力、好んで関わろうとする者などいはしないだろう。

封印術にしてもそうだ。使いようによっては、かなりの武器と成り得るだろう。状況によっては忍び以上の効果を見いだせる。

 

メンマの返事に勘違いをしたのか、紫苑の肩が跳ねた。

 

(もしかしたら、このまま別れをつげられるとか思っているのだろうか)

 

だとしたら酷い勘違いだ。そう思ったメンマは、その勘違いを正した。

 

「でもね………それがどうしたって感じだよね」

 

「………え?」

 

「だってさ………俺たち友達だろ? それに、死を告げる予言? 一昨日きやがれだよ」

今更にすぎる。一昨日来た。むしろこの世界にきたその日に来た。確実に訪れるであろう、そのまま何もしなければ十中八九死ぬであろう、いずれは訪れるであろう修羅場は知っている。何も、変わりはしない。乗り越えるという点においては何も。

 

「―――俺は。夢を叶えるまでは、絶対に死なない。だから、紫苑もそんな顔をする必要は無いんだよ」

 

言うと、紫苑は泣きそうな顔をした。逃げ出したい顔をしている。なぜだろうか分からない。

 

そんな紫苑に、メンマはできるだけ優しい声で、伝えた。

 

「ああ、予言については知っているさ。知っていたよ。でも、だからどうした。それがどうした。そんなもので今更友達をやめるなんて言わないでくれよ」

 

「でも………しかし……」

 

俯き、肩を震わせる。よっぽど怖いのだろう。あるいは、今までにも似たような経験をしたことがあるのか。でも、自分はは関係ない。メンマは胸を張った。ただでさえこんな身だ。でもそれでも夢を目指すと決めている今、今更生命惜しさに大切なものを放り出すなんて有り得ないと。

 

(と、口だけならなんとも言えるんだけど)

 

それでも死ぬのは怖いと、思いはする。

 

だけれども、紫苑から離れていくくらいならば、と思う。

 

「恐れて離れるなんて、しないよ。絶対に、傍にいるから。だから、泣かないでくれよ。紫苑に泣かれたら、俺はどうしていいのか分からなくなる」

 

女の涙は卑怯だと思う。それだけで、どうしていいのか分からなくなるから。

ましてやこんな女の子だ。罪悪感も伴って、どうしようもなく胸が痛んでしまう。

 

「本当か?」

 

「本当だ。嘘はない」

 

断言して頷くと、紫苑は再び俯き、激しく泣き出した。

 

そのまま、メンマの胸元に飛び込んでくる。

 

「う………う……」

 

服を掴みながら泣きじゃくる。メンマはぽんぽんと紫苑の頭を叩き、しばらくそうしていた。

 

 

 

 

 

ひとしきり泣いた後、紫苑は顔を上げて元気よく言った。

 

「………うむ。そうじゃの! なに、妾は泣いておらんぞ!」

 

目元をごしごしと擦りながら、紫苑は強がりを見せる。

 

(いや、泣いていたけど)

 

とは言わない。なんか言ったら殴られそうだし。

 

「そ、そうじゃ! 顔を洗わなくてはの! じゃあ、妾はこれで!」

 

黙るメンマに向けてしゅたっと片手をあげた後、紫苑はものすごい速い駆け足でその場を去っていった。

 

 

「………で、そこの人」

 

壁の向こうに立っているであろう付き人に向け、メンマは溜息混じりに言葉を送った。

 

「盗み見とは感心しませんね」

 

「……そんなつもりは無かったんだけどね」

 

これまた複雑そうな表情を浮かべながら、出てくる。

 

でも、さきほどとは違い互いに無言となる。そのまま、沈黙を保ったまま近づき、対峙する。

 

やがて、菊夜はメンマを見下ろしながら話を切り出す。

 

「………あなた、何者なの」

 

「………は?」

 

とりあえずとぼけてみた。

 

でも菊夜さんの視線が剣呑さを帯びてきたのを感じ、メンマは一言返答する。

 

「何者っていわれても」

 

はっきりと返答していいものか、メンマは悩んだ。

 

(でもこの人、なんか敵意薄れてるしなあ。でもこの場で姿を現して、直接こういうことを聞いてくるということは……俺の正体を確かめるのが目的だろうか)

 

判断がつかない。そう思っているメンマに、マダオがアドバイスをした。

 

『………』

 

(……え、そうなのか)

 

マダオの言葉を受けたメンマは、菊夜さんにかまをかけてみた。

 

「問答無用ではない………ということは、今あなた達には助けが必要なんですか?」

 

「っつ!?」

 

息を飲んだ。マダオの受け売りだったのだが、正しかったようだ。

 

『いや、そうでしょ。相手を無力化しないまま正面から敵か味方かをたずねるなんて、賭け以外の何者でもないよ』

 

確かに。不意打ちのアドバンテージを無くすからな。奇襲で捕らえて尋問する方が手っ取り早い。でも、何故だ。何故自分に言う。どうして賭ける必要がある。言葉には、言葉が返ってきた。

 

「……あなたは優秀な護衛だと聞いた。俺でも分かる。そのあなたが、何故俺なんかを頼りにする」

 

どうして見た目が子供以外の何者でもない少年に頼ろうとするのか。聞いてみると、菊夜は素直に白状をした。

 

「……他に、手がないのよ」

 

それほどに、あいつらは手強い、と下唇を噛みながら菊夜は言った。唇からは血が出ている。余程、悔しいのだろう。

 

「中忍程度ならば……相手が一人ならば、なんとかなる。二人ならば私でも対応もできる。でも、相手が手練、しかも複数いて……」

 

「もしかして、上忍クラスがいるんですか。いや、そうか……」

 

一人同等の使い手が相手方にいれば、話は違ってくる。

 

「一人を足止めに、他の敵に紫苑を人質に取られる可能性がある。自分だけならばともかく、紫苑までは守り抜けないと」

 

全員を封じ込めなければならない。一人抜けられたらそこで終り。人質に取られればあとは降参するしかない。紫苑をまもるのが最優先事項であれば。

それじゃあ確かに、勝ち目はないだろう。いや、勝てる目はあるだろうが、紫苑が死ぬかもしれない以上は、危ない賭けになる。

 

「もう一度聞くけど………あなた、何者?」

 

「俺は網という組織の一員です。この国にきた目的は……」

 

手を貸さなければならない。相手方にそれほどの使い手がいるのならば。余計にそう思ったメンマは、菊夜に一連の説明を始めた。

 

網のこと。任務のこと。ザンゲツのこと。メンマの目的のこと。菊夜さんは鬼の国から外へ出たことがなく、裏事情とかには疎かった。全てを説明し終えた後、菊夜さんは安堵の息をはいた。

 

「じゃあ、国つきの忍びではないのね、あいつらの仲間ではないのね……良かった」

 

「あいつら……?」

 

「さっきいった相手。巫女を狙っているどこかの国の忍者共よ。言われるとおり、かなりの手練ぞろいで正直困ってたのよ………そっちの目的は、紫苑様の力を奪うのではなかったのね」

 

菊夜は複雑そうに呟き、気を取り直したかのように首を横に振った。

 

「それで……援軍や協力は要請できそうなの」

 

「はい。幸いにも、首領のザンゲツは鬼の国の動向について心を傾けておりましたから

 

あるいは、三代目からそれとなく話をふられているかもしれない。そう判断したメンマは、きっと大丈夫だという旨を菊夜に伝えた。

 

可能性だが、援助を得られる確率は高いと考えたのだろう。菊夜は頭を下げてお願いしますと言ってきた。

 

「いえいえ、俺は伝えるだけですから。礼は網の首領に言って下さい」

 

随分と気の早い。余程の窮地だったのか。そう思ったメンマはフォローを付け加える。

 

「良い返事をもって、すぐに帰ってきますから。その後の事は、その時に話します」

 

そう返すと、紫苑達が心配しているから戻ろうということを提案した。

 

菊夜さんは笑顔で頷き、ひとまずの安堵の溜息をはいた。

 

 

 

 

 

 

「……お,戻ってきたのう」

 

「遅いぜ全く。イワオ、ラーメンご馳走様」

 

真蔵が礼を言ってくるので、メンマも返す。

 

「いえいえお粗末さまです。才蔵も、旨かったか」

 

「う、うん。ありがとう」

 

何故か言いよどみながら、才蔵はお礼をいった。

 

「どうしたんだ?」

 

「いや、何も……何もないよ」

 

俯きながら返事をする才蔵。様子がおかしい。

 

(何が……?)

 

あ、ひょっとして。

 

「美味しくなかったのか……すまん」

 

「いや、そういうんじゃないんだ。こっちこそ……本当にごめん」

 

「いや、謝られる意味が分からないんだけど……まあ、いいか」

 

聞かれたくないみたいだし。取り敢えず話を切り替えよう。

 

「それじゃあ、遊びにいくか」

 

「おう!」

 

真蔵が元気よく返事をする。

 

「今日は勝つぞ!」

 

紫苑も元気が良い。

 

「おっしゃ、行こうぜ! 今日はたけしをけちょんけちょんにするからな!」

 

「「承知!」」

 

「……うん」

 

そうしてメンマたち4人は、いつもの公園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう。で、話って?」

 

「お主、先程菊夜に呼ばれていたようじゃが……なんといわれた」

 

「……実はつきあってくださいと言われ……うそ。うそだからそんな顔しないでよ」

 

紫苑は歯を見せ「う~」と威嚇してきた。

 

「いや、明後日少し遠くに行くからさ。菊夜さん、国の外へ出たことないし、お土産を頼まれちゃって」

 

「……外へ!? それで、戻ってくるのか」

 

「ぐえ、ちょっと苦し」

 

「どうなのじゃ! どうなのじゃ!」

 

襟元を掴まれて前後に揺さぶられる。

 

「いや……戻ってくるから……死ぬ……」

 

「そ、そうか。うむ、すまんかった……しかしお主、しばらく来れぬのか」

 

咳き込むメンマ。その横で紫苑は、ボールを振りかぶる。

 

「ならば、最後に一勝負どうじゃ」

 

「いいねえ。もし紫苑が勝ったら、とびっきり美味しいお菓子を買ってきてあげるよ」

 

女の子ならお菓子好きだろう。そう思って言ったのだが、予想以上の効果があったようだ。

紫苑の目が輝いている。

 

「ふっふっふ。ならば負けられんの」

 

「上等上等。さあ、かかってきたまえ。特別ボーナスとして、一発でも当たったら俺の負けでいいよ」

 

「言ったな!」

 

そして勝負が始まる。だが紫苑は相変わらずの直球思考で、胸元を狙ってくるばかり。

たまに逸れて顔面に投げてきたこともあったが。

 

「はい、ラスト一球ね」

 

「……」

 

紫苑は無言でボールを受け止めた後、ボールを見つめながら深呼吸をする。

 

「行くぞ!」

 

いつもと同じオーバースロー。いつもと同じ直球。

そう思っていた。

 

いや、思わされていた。突如ボールはその軌道を変化させる。

いつも通りだと油断していたメンマは受け取れずに。

 

「しまった!?」

 

足にボールが当たった。アウトだ。

 

「……やった~~~~~~!」

 

紫苑が飛び跳ねながら喜んでいる。よほど嬉しかったらしい。

 

「あ~、負けたかあ」

 

『ん、負けたね』

 

頭をがしがしとかきむしる。くそ、遊びとはいえ負けるのは悔しいな。

 

「うむ、頭脳ぷれーというやつじゃ!」

 

妾の勝利じゃな! と無い胸を張る。

ああ、いつも通りに見せかけたのか。つまり前半は囮。最後の一球に賭けたというわけだ。

 

「お見事。完敗だよ。それで、どんなお菓子がいいの」

 

「……そうじゃの。お菓子はいらぬ。代わりに、といっては何じゃが」

 

ちょいちょいと紫苑は手招きをする。

 

「ん、どうしたの」

 

近づく。すると、紫苑は小指を突き出してきた。

 

「妾と約束してくれぬか。必ず、ここに帰ってくると」

 

「……いや、そんなことしなくても帰ってくるけど……」

 

『いやいや、それは紫苑ちゃんも分かってると思うよ。でも、不安なんだよ』

 

『……ふむ、そういうものなのか?』

 

(そういうものなのか?)

 

『駄目だこいつら、早くなんとかしないと……』

 

マダオがぶちぶちという。

 

『確かに存在する、形が欲しいんだよ。約束っていう形がね』

 

ううん、分からないけど、そういうものなのか。

 

「約束は出きぬのか?」

 

悲しそうな顔で紫苑が聞いてくる。ああだから女の子の涙は反則だっていうんだよ。断れはしない。

……断るつもりもないんだが。

 

「はい」

 

こちらも小指を出す。紫苑の小さい小指と絡まる。白い、綺麗な手。

 

柔らかく、儚い。最初に持った印象と同じ。

 

(でも、よく笑うようになったなあ)

 

たけしとの勝負とか、真蔵とか才蔵とか。遊んでいる内に思い出したのだろう。

心の底から笑うということを。

 

紫苑の笑顔は、初めてみたその時よりずっと、様になっている。

 

無理もなく、純粋な笑顔。嘘の無い笑顔だ。ずっとずっと可愛くなっている。

 

(女の子はこうでなくちゃな)

 

そう思いながら、約束を交わす。

 

笑顔と笑顔。見つめ合うメンマと紫苑。

 

 

 

 

 

 

―――そこに、空気を読まない金髪さんが乱入してきた。

 

 

「イワオ! 俺とも勝負だ!」

 

「空気嫁」

 

「空気を読まぬか!」

 

「空気を読もうよ兄さん。むしろ愚兄このやろー」

 

間髪いれずに返された3立て。しかも全員が年下。愚兄こと真蔵は、どこぞの投手のように膝立ちになって泣いた。

 

『――今年は優勝できるよね。きっと……』

 

マダオは異世界から電波を拾っていた。

よくあることだし、そっちは放っておいたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、イワオ」

 

「なんだ真蔵。勝負なら終わっただろ」

 

勝負の後、真蔵と二人になった。紫苑はすでに帰った。才蔵はトイレだ。

 

「くそ、あとちょっとだったのになあ……いやそうじゃなくて」

 

真蔵にしては珍しく、歯切れがわるいものいい。何も考えずに直球思考というのが真蔵の真蔵たる所以なのに」

 

「聞こえてる聞こえてる。いや、そうじゃなくてさ。お前って両親とか生きてるのか? あのゴロウさんだっけ。あの人はどうも、父親じゃないっぽかったんだけど」

 

「ああ、あの人は叔父。本当の父親は死んだよ。戦災でね」

 

「……あっさりと言うんだな。いや、そうか、お前もなのか」

 

「……もってことは、そっちも?」

 

「ああ、弟以外は全員死んだんだ。そこからがまた、さ。辛くて……」

 

真蔵は俯く。だがすぐに首を振り、頭を上げる。

 

「でも、さ……才蔵がいたからな! 寂しくなかったよ。いや、寂しかったけど……兄貴がそんな顔しちゃあ駄目だもんな」

 

「そういうもんか」

 

弟も妹いないから分からんけど。でも紫苑は妹みたいなものか。

 

「いや、そうだな。情けない顔見せたら格好悪いもんな」

 

「ああ。あいつ、強くて、俺より才能もあるんだけど……ちょっと危なっかしくてさ」

 

どちらかというと真蔵の方が危なっかしいんだけど、兄貴が言うのならそうなんだろう。

確かに、芯の強さでいえば真蔵の方が強いだろうし。

 

それに真蔵には、場を明るくする先天的な才能がある。ムードメーカーというやつだ。

 

『……お笑い芸人的な意味で?』

 

(それもある)

 

『あるのかよ!』

 

マダオが盛大にずっこけた。器用なやつだ。まあそれはおいといて。

 

「でも才蔵、お前らと遊ぶようになってから、少し笑うようになったんだ。今までは……顔だけで笑うとか、そんなのばっかりだったんだよ。

 でも、変わった」

 

お前のおかげかもな、と真蔵は笑う。

 

「いやいや。お前のおかげだろ。今までも、弟を見守ってきたんだろ?  

 ――まだ笑えるってことは、今まで辛いことばかりじゃなかったんだ」

 

心が一度壊れれば、元に戻ることは無い。深くは聞かないが、戦災孤児というならば、心が壊れるような辛い目にあったことが何度かあるはずだ。

戦災とはそれほどまでに酷い。だがこの兄弟、兄も弟も心は未だ壊れず。むしろ明るさを残しているし、人間味も残している。

 

いつかの戦場跡近くで見た、今は網で保護している別の戦災孤児とは違う。

 

「それは、俺のおかげじゃない。今まで一緒にいた、お前のおかげだよ」

 

「そうなのかなあ……」

 

「きっと、そうさ。ほら顔を上げろよ。正義の英雄になるんだろ? ヒーローは泣いちゃいけないんだぜ」

 

「ははっ、厳しいなそれ」

 

「お前ならできそうな気がするよ」

 

そこで明るく笑えるお前ならば、とは心の中だけで付け足す。いえるかこれ以上。ただでさえ臭いセリフ連発させられてんのに。

 

「ほら、弟君のおかえりだ」

 

と、公園の中、木がある方向を指差す。こちらからは死角になっている、木の裏側。そこに、才蔵は隠れていた。

 

「さ、さい……ぞう!?」

 

「……」

 

気まずそうに才蔵。

どうしたらいいのか分からないのだろう、もじもじしている。

 

「真蔵……ゴーだ」

 

ぶっぱなすぜ弾丸ライナーと言いながら、真蔵の背中を思いっきり蹴る。

 

「おわっ!?」

 

蹴られ吹き飛んだ真蔵は、才蔵の元へ飛んでいった。

 

「ちょっ!?」

 

そのまま抱きつく。

 

「言いたいことがあったら直接話すのが一番だ。じゃあ、また明日なー」

 

あとは兄弟でなんとかせい、と丸投げで帰っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残された二人は、抱き合ったまま言葉を交わす。

 

「……兄さん」

 

「……なんだ?」

 

「僕たち、どうしたらいいのかな」

 

「……分からない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。メンマは菊夜から聞いた話を思い出し、深く息を吐いていた。

 

「………助けて欲しい、か」

 

そう伝えて欲しいと言われた。人員が圧倒的に足りないのだと言われた。

一人では護りきれないと、血を吐くように悔しい顔で言われた。苦渋の決断だったのだろう。

 

「……ちょうどいいと言えば、ちょうど良かったんだろうけど」

 

報告に戻らなければならないのは、ちょうど明後日だ。

 

『でも、気を抜いたらだめだよ。菊夜さんも言っていたでしょ』

 

(相手は中々姿を見せない。見せる時は、殺す時だけ、か。物騒だけど)

 

『忍びにとってはそれが当たり前だからね。目立つ必要は無いんだし』

 

つまりは殺す必要があれば、姿を見せるか………まあ俺たちのことは、敵方にばれていないだろうし、そう心配する必要はないと思うが。

 

『甘いよ。隠蔽したい情報が貴重であるほど、それを知りたがる人も多い。油断大敵雨あられだ。絶対に、気を抜いたら駄目だからね』

 

(……そうかなあ。杞憂ってことはないか?)

 

『あるかもしれない。でも、無いかもしれない。死にたくなければ慎重に。はい、答えは?』

 

「気をつけます……」

 

口に出して返答しながら、頷く。

 

『何もなければいいんだけど』

 

菊夜さんも、敵の正体に関しては言葉を濁していたからなあ。余程の相手なんだろうか。

 

『……言えば網の方が尻込みして、助けることに躊躇すると考えたかもしれないね』

 

触らぬ神に祟りなしと考えたかもしれない、ということか。でもそんな相手、よっぽどだぞ。

 

『ああ、嫌な予感がするなあ。今は取り敢えず、一刻も早く報告に戻らなくちゃ』

 

そうだな……っと。どうやらハルが戻ってきたようだ。

 

 

 

「おかえり~。収穫はあった?」

 

「………ああ、一応な」

 

そう言いながら、ハルは書類を渡す。

 

「見取り図と、城の中の警邏に関する資料だ」

 

「……随分とまあ、貴重なものを」

 

やるねえと返しながら、一通り資料を見る。うん、中身を見たことはないが、本物っぽいな。

今更嘘をつくこともないだろうし、これも持って帰るか。

 

「あ、そういえば明日俺は一端戻るんだけど……ハルはどうする?」

 

「俺は残る。まだひとつだけ、確かめたいことがあるからな」

 

「え、そうなの?」

 

「そうだ。あるいは、一番大事になるかもしれないことが……だから報告はお前に頼んだ。できるか?」

 

「ああ、出来るさ。情報を持って帰るだけだろ。それじゃあ、俺は帰るけど……すぐに戻ってくるから」

 

「頼む。まあ、全部俺がすませてるかもしれんが」

 

「ああ、それならそれでいいかも」

 

「……どうだか。それじゃあ、今日は山の方で雨も降ったようし、道中くれぐれも気をつけろよ?」

 

土砂崩れとかあるかもしれんからな、とハルが言う。

 

「ああ、分かってるよ。そっちもな」

 

「ああ……それじゃあな」

 

返事をした後、ハルは部屋を去っていった。

 

『うむ、あやつ様子が変じゃったのう。一体どうしたのか』

 

(大きな仕事だからね。少し焦っているのかも)

 

報酬も大きいから、緊張しているのかもしれない。

それよりも、明日だ。何としてでも、伝えなければならない。

 

メンマが助太刀すればあるいは菊夜さんが言う“あいつら”に勝てるかもしれない。小国の忍び程度、今なら全力を出せれば負けないだろう。でも、助けを呼んだ方が可能性は高まる。網の組織員はそれなりに優秀だ。メンマ一人でやるよりは余程、確実となる。

 

紫苑の生命もかかっている。万が一にも、下手を踏む訳にはいかない。

 

そう考えたメンマは、明日に備え早めに寝ようと考え、布団をかぶって寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、明後日。公園前。

 

一端戻ることになったメンマを紫苑と真蔵達が見送りに来ていた。戻ってから再びここに帰ってくるまで、最短で3日。それまでお別れだと紫苑達に告げる。

 

「戻ってくるさ。だから、なくなよ」

 

小指を見せる。

 

「なっ、泣いてなどおらんわ!」

 

目元をごしごし擦りながら言われても……まあ、可愛いもんだ。

 

「お前らも、元気でな。紫苑のこと頼んだぞ。たけしに負けるなよ」

 

「……へっ、当たり前だろ。そっちこそ、これっきりってのは勘弁だぜ」

 

「………絶対に、戻ってきてね」

 

真蔵と才蔵と別れの言葉を交わす。

 

 

「ああ。約束もあるからな」

 

メンマは3人に向け、小指を見せた。

 

「……またな」

 

「またね」

 

「おう、またな!」

 

「……また」

 

 

再会の約束。破るつもりはない。

 

一端戻るだけだと自分に言い聞かし、メンマはゴロウさんへ進んでくれと頼んだ。商人はハルのこともあるし、今しばらくは家に残るらしい。

 

 

 

 

メンマは一人、鬼の国の城下町を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道なりに馬車が進む。鬼の国と隣国とを結ぶ道は、それぞれ一本しかない。来たときと代わり映えのしない風景を見ながら、メンマは溜息をはいた。

 

(……退屈すぎる)

 

いつもならば、紫苑達と遊んでいる時間だろうか。そう思いながら、なぜだかメンマは憂鬱な気分となった。

 

帰れば、また修行の日々だ。生き残るために身体を鍛える日々が始まる。

 

「仕方ないんだけどなあ」

 

呟き、それでも元気はでない。こんなこと、考えたことも無かった。少しは変わったということだろうか。紫苑、真蔵、才蔵と遊んで何か変わったのだろうか。才蔵もそうらしい。紫苑もそうだ。互いに変わったのだろうか。師匠曰く、“人との出会いは有益である。自分にない何かを持っている誰かと出会うことは、心の幅を広くする”らしいが。遊び、学んで少しは変わったのだろう。きっと良い方向に。

 

(何事もなければいいけど………)

 

寝転びながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その時。

 

(……ん?)

 

まだ、森の中の道の途中。休憩するところは無い筈だ。

なのに突然、馬車が止まった。

 

「……?」

 

土砂崩れか何か、アクシデントがあったのか。メンマはそう思い、馬車から出て御者のゴロウさんの元へと向かった。一本道だし、昨日は大雨が降っていたと聞く。土砂崩れが起きていてもおかしくないと、出発前にハルも言っていたのだ。

 

(ついてないな)

 

早く帰らなければいけないのに。そんな事を考えつつ、メンマは馬車の布幕をめくって、表に出た。

 

「ゴロウさん、どうし―――」

 

そう、言おうとした。

 

―――だが、その言葉は途中で途切れた。途切れさせられたのだ。

 

(声がっ………!?)

 

出そうとしても、全く出なくなる。まるで見えない何かに縛られているかのよう。見れば、ゴロウさんも同じく止まっていた。馬の手綱を地面に落とし、震えている。いや、動こうともがいているが、全く動けない様子だ。

 

(これは………!)

 

『……金縛りの術!』

 

暗部が好んで使うという術。それなりの術者が使えば、相当の効果を発揮できるという術だ。

 

(それを俺たち“二人”に仕掛けてきたということは………正体が知られている、だけじゃない……!)

 

残らず片付ける。生かして返さないという意思表示。

 

「……はあっ!」

 

メンマはチャクラを経絡に巡らせて、金縛りの術を力まかせに解いた。幸いにして目が届く範囲に術者らしきものの姿もない。距離が近くないため、力づくで解くのにそう力は使わなかった。だが、それなりの精度と強度はあった。相手が誰だが知らないが、それなりの使い手だ。弱くはない。むしろ手強いといえるレベルだ。

 

 

―――この相手。

 

 

満ちる殺気。鋭く、慈悲無く、容赦なく。人を人と思わない気配だ。曰く、殺す。

そんな意志を大気に含ませ、こちらに叩きつけてくる。

 

 

舐めれば、死ぬ。経験から。また直感でも、メンマはそう感じていた。

 

 

緊張し、辺りを警戒する。

 

出発前に身につけた、腰元のホルダーからクナイを取り出し、構えたまま気配を探査する

 

 

 

 

ふと、そよ風が木々を揺らした。森がざあざあと揺れる。相手からは、何のアクションもない。場に満ちるのは沈黙。ほんの少し前まではあったはずの、動物の気配すら今はない。

 

存在するのは緊張。場に満ちるのは緊迫。この感覚は、今までに幾度も経験したもの。

 

―――生と死が交差する場所。戦場の空気だ。

 

 

(何処にいやがる………)

 

沈黙を保ったまま、メンマは五感を鋭敏にして、相手の居所を探る。

 

 

その時。

 

呼吸の合間をぬって、そよ風の中。鉄が風を切りさく音、何かが飛んでくる音が聞こえた。

 

「おっちゃん!」

 

即座に反応する。相手の初撃だ。得物はクナイ。でも狙いはメンマではない。殺気の向かう方向はゴロウさんだった。メンマはチャクラで強化した足で距離をつめ、ゴロウさんに飛来するクナイを弾いた。

 

直後、気配が至近に寄ってきた。

 

まるで降ってわいたと見紛う程の高速。

 

(速っ……!?)

 

メンマがゴロウさんをかばったその一瞬の隙をついて、接近してきたのだ。瞬身の術。タイミングはほぼ完璧だった。咄嗟に迎撃もできない。メンマはそのまま、繰り出してきた敵の一撃を腕で受けた。

 

(ぐっ………!?)

 

直感で出した腕だが、咄嗟にガードできたようだ。でも、ガードしたはずの腕に痺れを覚えた。速度と重さに優れる一撃。そのままメンマは吹き飛ばされた。吹き飛ばされる前の位置にいる、遠ざかっていく敵の動きを見るに、それは蹴りでの一撃だと理解する。

 

(あの一瞬で……!)

 

重い上に速い。ただの蹴りがあれほどの威力と持つとは。体術のレベルは最高に近い。今までに見たことがないほど、この相手は強い。

 

メンマは相手の力量を分析しながら、飛ばされながらも重心を整える。体勢を立て直し、両足で着地した。

 

―――だが、その時。

 

(新手、後ろ……!?)

 

背後に気配。見上げれば、長刀を振りかぶったもう忍びの姿があった。このまま留まれば貫かれる。そう判断したメンマは、着地した勢いそのままに、後方へと転がった。転がる途中、一瞬前までメンマがいた場所を、振られた刀が通っていった。

 

(危ねえ………!)

 

間一髪。白刃は僅かに服をかすめた。身体の芯まで震える。今の判断、間違えていれば間違いなく胴を貫かれていた。その事実に恐怖しながらも、メンマは立ち上がり、構えを取るその正面には、駆けつけてきた最初の奇襲を仕掛けた忍びと、さきほどメンマ目掛けて刀を振りぬいた忍びの姿があった。

 

「誰だ……」

 

小さく、呟く。だが相手が答えてくれようはずもない。沈黙を保つ相手………二人は互いに黒装束、そして仮面を被っていた。

 

(……仮面ということは暗部か。何処の里の暗部だ。いや、それよりも何で俺を………)

一通り思考を巡らせた後、悟る。

 

(そうか、こいつらが)

 

紫苑を狙っている相手か。メンマは納得すると、警戒を強めた。

 

(……これは、道理で。あの菊夜さんが助けを求めるはずだ)

 

今までの一連の攻防、メンマは選択する機会を得られなかった。防ぐことしかできなかった。あのまま立ち止まっていれば仕留められていた。それを防ぎ、避けきれたのは重畳だ。だが窮地といった点では変りない。

 

馬でもあれば、馬車に乗っていれば、また違う方法がとれた。逃げられることが出来たかもしれない。だが奇襲を受け蹴りで吹き飛ばされ、馬車から離れた今。その手は使えない。ここで、この二人に勝つ以外に、自分が生き残る道はないだろう。

 

メンマはそう判断した。この二人、決して甘くないと。一連の動きはしくまれていた。初撃で仕留め損なっても、次に繋がっている。戦術眼も厄介だ。何より、相手の地力の高さが極まっていた。

 

(くそ、隙が無い………!)

 

刀を振ってきた方は、そうでもなかった。だが初撃を繰り出してきた忍びの方は、まるで隙が無い。メンマは起爆札を爆発させた逃げようかと考えたが、すぐにやめた。

 

戦術として確立していない一手、それを読まれれば、こちらも対処のしようがなくなるそれだけで王手となりかねない。背を向けた瞬間に脊椎を折られうる。臓腑をえぐられうる。緊張のあまり、呼吸がつまる。息が早くなる。意識の切り替えが出来ていない。戦闘に挑む精神状態ではない。

 

(くそ……!)

 

ここに来て弱点が浮き彫りになるとは思わなかった。

 

(震えるな、俺の腕……!)

 

恐怖を制御できない。チャクラを制御できない。感情が揺れ動いていしまう。

 

『我慢して……!』

 

マダオが叫ぶ。だが、身体はぎこちなく、上手く動いてくれない。恐怖。そして、一瞬の逡巡。それを見逃してくれる相手ではなかった。

 

「くっ………!」

 

再び一歩、瞬身で懐に飛び込んでくる。メンマは迎撃の掌打を繰り出すが、狙い打ったわけでもない、苦し紛れの一撃だった。相手にあたるはずもなく、横に弾かれてしまう。

 

「しまっ………!?」

 

掌打を外に弾かれ、流され体も開く。逆手で攻撃しようとするが間に合う筈も無い。

 

咄嗟に攻撃ができない体勢。死に体を打たれた。

 

「ぐあっ………!?」

 

拳が深く、腹筋へと差し込まれるのを感じた。

 

そこに違和感を覚える。メンマは殴られた勢いのまま後方へと吹き飛ぶ。少しでも勢いを殺そうと、後ろへ跳躍したのだが、衝撃を殺し切れはしなかっった。

 

(折られた……!)

 

激痛を感じ、今の自分の身体の状況を分析する。だがそんな暇があるはずもなく。

 

「しっ………!」

 

もう一人に忍びが追撃を仕掛けてきた。腕の劣る方だ。メンマは何とかその一撃を避け、カウンターの一撃を繰り出す。だが相手も初撃に続いて連撃を繰り出してきた。

 

「……!?」

 

「ゲフぁ!?」

 

相打ちとなり、互いに吹き飛んで行く。だが今の一撃はメンマの方が早かった。

 

「くっ……」

 

相手の方はふらついていた。顎に当たったし、それなりのダメージがあるようだ。だがジリ貧には変りない。今の一撃も、折れた肋に直撃された。傷が広がっている。痛みも酷い。激痛に思考を乱されながら、メンマは考える。

 

 

(どうする、どうする、どうする………!?)

 

混乱のまま、何とか逃げ延びうる方法を、良い策を見いださなければ。恐怖にかられながら、メンマは思考にふける。

 

(影分身、いやだめだ。ばれたらそこで終りだし、この相手には通じない。痛みもあるし,制御しきれない。螺旋丸……それも駄目だ。正体が……)

 

思考がまとまりきらない。そこに、さらなる追撃がきた。

 

「しいっ………!」

 

相打ちになった忍びの方が、今度はクナイを投げてきた。

 

だが、今度は見えているので対処できた。一撃を受けた後の追撃でもないし、見えないところからの投擲でもない。迫り来るクナイを掌で捉え、円の軌道で外側に捌ききる。でも、クナイは囮だ。左右から弧を描いて手裏剣が迫り来る。

 

「甘い!」

 

左右に手を突き出し、その両方をキャッチする。そして投擲。

 

「ちっ!」

 

投げた手裏剣はクナイで迎撃された。それを見届けぬうちに、相手との距離を詰める。

 

「「!?」」

 

相手も同じことを考えていたのだろう。今さっきの互いがいた、そのちょうど中央の位置ではちあわせとなる。

 

互いに拳を放つ。だが、相手の方がリーチが長い。メンマの拳は届かずに、相手の拳が額を打った。吹き飛ばされる。相手は一歩下がり、忍具袋から巨大な鉄塊を取り出した。

 

(……風魔手裏剣!)

 

巨大な手裏剣を武器にして戦うという、風魔一族が作り出した手裏剣。

 

「はあっ!」

 

それがメンマの首元めがけ、放たれる。高速で回転する、巨大な刃のついた鉄塊。まともに受ければ首でも胴体でも切断されるだろう。メンマはそれをしゃがみこんで避ける。だが、しゃがんだその先にはもう一枚の手裏剣があった。

 

(影手裏剣の術……!)

 

一枚目の手裏剣で死角となる位置に、もう一枚の手裏剣を潜ませる投擲術だ。咄嗟にしゃがみこんだ後なので、避けることができない。

 

受けることもできず、両腕を両断された―――ように見せた。斬られたメンマの残影が、丸太にその姿を変える。

 

「上だ!」

 

手練の方が叫ぶ。だが遅い。

 

「身代わり……!?」

 

「その通り!」

 

樹上から飛び降りながら、蹴りを繰り出す。だがバックステップで蹴りは避けられてしまう。

 

(それでいい)

 

着地後、さらに踏み込んで追撃する。超接近戦だ。

 

「しいいっ!」

 

「ぐううっ!」

 

掌打、掌打、掌打。左右の掌打を交互に打ち放つ。防御されるが、かまわない。もとよりこれは崩しの前動作。連撃の途中、メンマは一端攻撃を止める。

 

「そこっ!」

 

すかさず反撃に移る敵。だがそれは誘いだ。

 

(ここだっ!)

 

苦し紛れの一撃など見切るのは容易。メンマはその一撃を掌の外で捉え、吸着。外側へと弾いた。相手の体が泳ぐ。先程とは全く逆の体勢だ。そこにメンマは、容赦なく掌打を繰り出した。

 

「はっ!」

 

息を吐いて震脚。倍加された体重が、突き出された掌の先へと収束する。纒絲の動きを加えた一撃は、相手の防御を弾きながら、腹筋を貫いた。

 

(折った………!)

 

確かな手応えを感じた。間違いなく、4、5本は折れたはず。吹き飛んでいく弱い方の忍びを見送り、メンマは構えを元に戻す。

 

―――何故ならば。

 

「………!」

 

無言のまま、手練の方の忍びが間隙を縫うように攻撃を仕掛けてきたからだ。一歩で接近。生死を分つ間合いへと入り込まれる。即座に繰り出されたのは回し蹴り。軸足の左足が、地に根をはるかのように固定された。体重の移動と共に鋭く回転。地面がえぐれる。遠心力をたっぷりと乗せられた右足が、メンマの米神へと畝りを上げて襲い来る。

 

「………っ!?」

 

声にならない恐怖の叫び声を上げながら、メンマは地面へとしゃがみこむ。直後、頭上を足が通り過ぎた。だが、それですむはずもなく。

 

(連続の、回し蹴り!)

 

蹴りの回転を殺さぬまま、今度は下段の足払いを繰り出してくる。しゃがんでいるメンマはそれを避けきれず、足を払われた。そのまま無様に転がり、吹き飛ばされる。

 

(ぐっ………!?)

 

後頭部を樹に打ち付けてしまい、脳が揺さぶられる。そのまま、視界が掠れていった。

 

『気を失ったら死ぬよ!』

 

寸前、マダオの一言で正気を取り戻したメンマは、立ち上がる。だがダメージが消えたわけもない。肋を後頭部を抑えながら、敵を睨みつける。

 

「………」

 

「………」

 

互いに無言になる。この場に残っているのは二人。ちらりと見れば、一撃を加えた刀の忍びの方は気を失っているようだった。となると、後はこの忍びだけとなるのだが。

 

(最初の一撃。上段の回し蹴り……)

 

鋭すぎる一撃。思い出して身がすくむ。まともに米神に受けていれば、と考えてしまいその光景を想像してしまう。心が恐怖で震えた。

 

(直撃すれば、それで決まっていた……くそっ)

 

脳を揺らされ、戦闘不能に陥っていただろう。忍びの戦闘においては、機先を制するものが勝つ。ダメージを受ければ受けるほど、動きが悪くなってしなうからだ。先程の攻撃、避けられたのは偶然だった。意図して避けたものではない。折られた肋が痛む。まるで溶岩を腹の中に放り込まれたかのようだ。ずきずきと脳を揺らす。痛みにより、恐怖が助長された。

 

(……よりにもよってここで弱点が露呈するとは………)

 

意識の切り替えが出来ていない。身体がうまく動かない。戦闘する精神状態ではない。それに何より、致命的なエラーがある。

 

(この相手は、殺す気でいかなければ勝てない)

 

今倒したのとは殺気も段違いだ。生半可な戦術では見破られ食い破られてしまう。でも、出来るのかと思ってしまう。最後の決断が出きない。

 

―――何故ならば。今までにメンマは、人を殺めた事がないのだ。

 

後回しに、後回しにしながら、機会も無く結局その決断を下せずにいた。危なくなれば逃げていた。殺すことはできなかった。殺すつもりで戦ったことなんて、一度もない。逃げられれば逃げていた。一か八かの生命のやりとりを経験したことが無かった。

 

それがメンマの弱点。戦闘に挑む際の心の弱さと、臆病さと、殺人に対する忌避感。

 

普通の人ならば、長所とも言える。だが生き抜くと決めたメンマにとっては、戦闘においては、これ以上にない弱点といえる。

 

(初めて、人を殺す。それが今、俺に出来るのか……)

 

かつてない窮地。相手は間違いなく、強い。ひょっとすれば、今まで相対してきた中で最強かもしれない。弱点を補うために選んだはずだった。この任務を選んだはずだった。

ならばこの状況は、壁を乗り越える好機ともいえる。

 

だけど、膝は震えてしまう。自分の意思の外側で。

 

(このヘタレが……!)

 

自分に対して罵倒する。まさかここまで弱いとは思っていなかった。何とかなると思っていた。だけどそれは夢物語で、絵に描いた餅だった。行動に移す勇気、あるいは蛮勇かもしれないが、それを持てない。持つことができない。踏ん切りがつかない。選択には代償が必要だ。でもそれを払う勇気を持てない。

 

「震えているな……」

 

そんなメンマの心の内を見透かしたのだろうか。目の前の忍びが侮蔑の雰囲気を纏いながら、語りかけてくる。

 

「死が怖いか。殺すのが怖いか。ふん、中々にやるようだが、忍びとしては三流だな。己を汚す覚悟を持てていない」

 

言葉は低く、そして深くメンマの心に染み入る。

 

「何かを成すためには、覚悟が必要だ。絶対的な覚悟が。綺麗でいたいなどと、中途半端な覚悟なぞ……無いと同じ。糞の役にも立ちはしない」

 

腕を振り、無造作に近づいてくる。だがメンマは何の行動も起こせなかった。

 

「……子供だからとて、容赦はしない」

 

「っつ!?」

 

再び、瞬身の術。一瞬にして背後に回られた。

 

「後ろぉ!」

 

だが、今度は目で追えた。メンマは振り向きざまに裏拳を放った。しかし手応えはなく、すり抜けられるだけ。

 

「っ!?」

 

代わりに感じたのは、すれちがいざまに首に巻き付けられた、固い糸の感触だった。

 

「焼けて、散れ」

 

背後、向き直れば男は印を組んでいる。その糸の先は口元。

 

―――結の印は、虎。

 

「火遁」

 

(しまっ……)

 

理解したメンマは腰元のクナイを抜き放つ。

 

「龍火の術」

 

糸に炎が走る。大蛇丸ならばともかく、今のメンマがまともに受ければ一溜まりもない。一瞬前まで迫り来る炎を見ながらも、クナイで鋼糸を断ち切ることに成功した。

 

「飛燕、だと!? 風の上級忍術を!」

 

クナイに僅かだが残っていた、風の刃を見て男が叫ぶ。とっさに出したため、精度も維持も無茶苦茶だったが、何とかうまくいったようだ。繰り返しの訓練が功を奏した。状況を見極めながらの対処ができなければ、メンマは丸焼けになっていただろう。

 

危地を脱したメンマは何とか逃げきろうと、樹上へと飛び上がる。たが、ただで逃されるはずもない。飛び上がったメンマを、当然のように敵は追ってくる。

 

今度は樹上での攻防が始まった。チャクラを木に吸着させながらの攻防。チャクラコントロールだけならば互角のようで、地面にいるときよりは状況がいい。

 

「ふっ!」

 

「ちいっ!」

 

互いに持ったクナイで切り結ぶ。純粋な筋力とチャクラコントロールによる移動は相手の方が一枚上だった。

 

だが明確な差はない。まともにやりあえば、根比べの勝負となるだろう。だがこちらは肋を折られていた。そのアドバンテージが痛い。痛みが集中を阻害する。

 

(機を見て逃げ出せれば……)

 

拮抗しながらも、今一歩を踏み出せない。踏み出せる気がしないメンマは、この場から逃げることを算段していた。準備もできていない状態、しかもこんな遭遇戦でどうして勝てようはずがあるものか。

 

そんなことを思っていた。

 

 

思って、しまっていた。勝つという意識を持たずに。戦いにおいては、弱気になったものが敗北する。その理通りに。

 

「確かにやるようだが……」

 

男が印を組むのを見たメンマは、術は使わせないと拳で一撃を加える。男は腕でそれを防ぐ。そのまま、後方へと吹き飛んだ。

 

「………しかし!」

 

吹き飛んだはずの敵の姿が、消える、見失う。

 

その、一瞬の隙の間に、決定的な一撃へと繋がる初撃を差し込まれた。

 

「んぐっ!?」

 

消えたと思った一瞬後、後頭部へ衝撃を感じた。脳が揺さぶられた。意識が薄れる。

 

(……木の枝を持って、それを軸に回転して……!)

 

直感で悟った。木の枝に足をひっかけて一回転、そのまま後ろを取られたのだ。絶妙なタイミングでの地形を応用した一撃。

 

(戦闘経験がケタ違い、ってそんな事考えてる場合じゃ………っ)

 

停滞は致命。当然、攻撃はそれで終わらなかった。機を見て敏となるは戦闘の鉄則。更なる追撃がメンマを襲った。

 

「ふっ!

 

顎と胴体を蹴り上げられた。先の一撃で視界は揺れ、意識も薄弱となっているため、防ぐことはできなかった。そのまま、中空へと吹き飛ばされる。

 

「ぐっ……!」

 

仰向けに飛ばされたメンマは、体勢を整えながら敵の位置を確認しようと、飛ばされた下、敵がいるはずの方向を見ようとする。

 

だが、姿が見えない。感じたのは、すぐ背後に存在する、息遣いだけだ。

 

(っ影舞葉……!?)

 

背後にいる。感じる。背中に指が当てられる。

 

 

(もしかして……!)

 

 

混乱の中、全身に立つ鳥肌。俺は咄嗟に右腕を右上にやった。

 

 

「いくぞ……!」

 

 

声と共に銅へと左腕が鋼糸が巻き付けられる。身動きが取れない。そのまま体勢を整えることもできずに、メンマは頭から落下する。視線の先、着地の先。そこにあるものを見てメンマは戦慄した。

 

あの攻防の途中で誘い込まれたのだと知った。この地面がある上空に。

 

 

―――頭が叩きつけられるであろう地面。そこは、岩場となっていた。

 

 

(っ死……!?)

 

頭が真っ白になる。恐怖に支配される。身体が動かない。回転が激しくなる。でも身体は動いてくれない。動くのは――

 

 

思考が加速する。回転が加速する。

迫り来る岩場。激突する寸前、背後にいる男の声が聞こえた。

 

 

 

「―――表・蓮華!」

 

 

 

無情にも告げられた声と共に。メンマの視界が、意識が、全てが遠ざかっていった。

 

 

 

 

 


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