小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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その2

 

――――メンマ達が網の任務を受ける、一か月前。鬼の国の森の中で、一人の忍びがうめき声を上げながら倒れ伏していた。

 

「ば……け、も」

 

最後まで言葉を紡げないまま、倒れた男の瞳の光が消える。黒装束の男が一人、今動かなくなった忍びと、その仲間であり同じように倒れている白衣の忍びを見下すと、クナイを一振りして表面についた血を飛ばす。

 

「……他愛もない。所詮は小里の忍びか」

 

無様にすぎる、心底つまらなさそうに、言い捨てた。その表情は仮面に覆われているため、伺い知ることができない。ただ仮面の合間から、鋭い眼光が垣間見えるだけである。

 

「……見事なお手並みで」

 

闘いが終わったのを察知した、男の仲間である忍びがその場に駆けつけてきた。全く同じ格好をしているが、こちらは少し若い忍びだった。

 

「世辞はいらんぞ。それよりも、巫女の方はどうなっている」

 

「……はっ。変わりありません」

 

「そうか………このまま監視を続けろ。間もなく網の諜報員が来る。油断はするなよ」

 

「承知しました」

 

「あと、あの二人を本部から連れてこい。場合によっては、必要になるやもしれぬ」

 

「承知。少し時間がかかると思いますが」

 

「急げ。これを、あやつらの最終試験とするからな」

 

「それは………随分と早い」

 

「片方はそれなりの才能があるからな。問題はあるまい」

 

「はっ」

 

忍びは返事をしたあと、素早く去っていった。

 

「……全く。この忙しい時に、厄介な輩が何をしにきたのだ」

 

網の介入は想定外。だが、と男は言う。

 

「貴重なサンプルであることには間違いないか。こいつらのような下衆共が何時現れるとも限らん。奪われぬようにせんとな」

 

両腕を振られた。その袖口から目に見えない程細い鋼の糸が飛び出でて、地面に転がっている4人の遺体へ巻き付いた。男は手元の鋼糸を噛み締め、素早く印を組んだ。

 

結びの印は、虎。

 

―――火遁・龍火の術。

 

糸の上を炎が走る。亡骸がまたたく間に燃えあがり、炭となっていく。火葬された遺体。男はそれに一瞥をくれることもなく、ただ向こう側を見た。その先は、鬼の国の国境地点。だが男が見据えているのはその向こう側にあるものだ。

 

「来るならば来い。例え誰が来ようとも、渡しはせん」

 

骨まで灰になった遺体。それを風遁で散らして、男はその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンマたちが鬼の国に到着して、数日が経過した。メンマとハルは商人の仕事を手伝いながらも、合間を見ては国内の様子を探った。だが一向に目的のものを見つけられなかった。

 

鬼の国の規模は小さく、村や町がある場所も少ない。たった数日で、ほぼ全ての町を回れるほどだ。明日に行く、鬼の国最大の町である城下町が最後となる。

 

「……今までの町の人間。特別、怪しいところは無かったな」

 

ハルが言う。

 

「見張りは消えていないけどね。ほんと、一体誰なんだか」

 

メンマは国境近くで感じた気配群を思った。ここ数日の間にも数回現れたから、嫌でも考えざるをえない。町を探索している時、移動中、場所を問わずにやってきたのだから。

 

「目的は俺たちの監視だろう。何も仕掛けてこない、沈黙を続けているのは不気味だが……今は手を出さない方がいい。それよりも明日の事だ」

 

準備は出来ているか、とハルが訪ねてくる。

 

「一応は、ね。でも忍びは居なさそうだし、そう心配する必要もないと思うけど」

 

「そうだな………木の葉の忍びも、国境を越えることは無いようだし」

 

商売を手伝う合間、メンマたちは手分けして調査にあたった。昼飯時、飯屋にいたおばちゃんやおっちゃん相手に、それとなく聞き込みをしたのだ。町の人曰く、忍者を見かけたことは無いらしい。でも、油断はできない。知らないだけというのはあり得るし、知って隠しているという可能性も無きにしもあらず。

 

メンマは油断するつもりはなかった。ここは網の中ではない。想定外の事態などいつでも起こりうると考えていた。

 

「可能性だけ並べてもしょうがねえだろ。確定情報が終わるまでは帰られもしないんだからな………ちっ、糞面倒くせえ」

 

ハルが愚痴る。メンマもその意見には同意した。一体どういう情報を得て、自分たちを派遣することを決めたのか。余計な先入観は与えたくないと最低限の情報を与えられ、ここに送られた。先入観を捨て、怪しいと感じたらすぐに知らせるようにとのことだが、どうしたらいいものやら皆目わからない。

 

『巫女にもまだ会ってないし、ねえ』

 

(そうだなあ。一応、鬼の国に巫女がいるってことは、町の人達の話で分かったけど。

今は国主に保護されていて、一人娘と一緒に城で暮らしているらしいが)

 

だが、その巫女の容姿までは分からなかった。それもそうだろう。国主だの巫女だのいうことは、町の人達にとっては雲上の話だ。城下町に行ったことのある者すら少ないらしいので、知らないのは当たり前だろう。

 

それでも、一刻も早く巫女というのを見つけなければいけない。この国で不穏な動きが起きているというのなら、原因か元凶かは分からないが、渦中にいるのは間違いなく巫女だ。その巫女がどんな容姿をしているのか、それが分からなければ探れない。聞き込みができれば話は早いのだが、商家の息子がそんな事を聞いて回るのはいかにも怪しい。人知れず容姿をつきとめ、巫女がどんな性格の人物なのかを調べた後、周囲の状況と共に“網”へ報告するのが最善だろう。

 

(巫女っていうからにはやっぱり巫女服を着て………いや、巫女服の定義がこっちとあっちの世界で違うし、やっぱり巫女服は着ていないのかもな)

 

『変わった格好をしていることは確かだろうね』

 

そこから突き止めるしかないか。城下町に普通に歩いているかもしれないし。いざとなれば、城へ忍び込むのも手だ。メンマはいざという時の覚悟もしていた。

 

 

 

そして、翌日の正午を少し過ぎた頃。メンマたちは鬼の国の城下町に到着していた。

 

手形を見せ、町の入り口にある門を潜ったメンマとハルは、二人の叔父であるという設定の商人、名前をゴロウというらしい彼が構えているという店へと足を運んだ。

ひとまず商品の荷降ろしと整理を手伝う。その後は、ゴロウさんにこの町の見取り図を見せてもらい、城の配置、衛兵の駐在所などを確認した。話の通り、この国に忍びはいないらしい。関所にいた木の葉の忍びも、国境からこっち側にきたことはないらしい。

 

メンマとハルは情報を整理した後、情報収集をするため町へと探索に繰り出した。二手に分かれて、それぞれに町を歩きつつ町の中の様子を探るのだ。メンマは東側で、ハルは西側。

 

調査して、二時間が経過した。この場所は城下町といっても小さなもので、メンマが一度だけ行ったことのある火の国の城下町の1/10程度。二時間もあるけば、町の大体の配置と様子は把握できる規模だ。

 

メンマはパッと見の流し見調査を行った結果、状況を一言で言い表した。

 

「何もない、な」

 

網の情報では、この国の内部で、なにやら不穏分子が動いているとのことだったが、手がかりとなりそうなものは皆無。反乱が起こるなど、荒事の類が起きそうな兆候は無く、城下の町並みは至って平和そのもの。問題など何処にも無いように見えた。

 

だが、一つだけ気がかりとなることがあった。

 

(見られてるな……)

 

メンマは視線を感じていた。一体誰に見られているというのか。露骨に視線を向けているものはいないし、それとなく背後を探って見ても不穏な人影は見当たらない。いつも通り、居るのは通行人、もしくは犬か猫だけだ。

 

―――いや。

 

(あそこの、路地裏……?)

 

こちらからは死角となっている、後方にある路地裏をのぞきこんだ通行人が、顔をしかめて去っていく。

 

(誰か居るのか……!)

 

自分を監視している奴かもしれない。メンマはすぐさまきびすを返し、早足でその路地裏へと向かう。

 

そして、その場所で見た光景は全く予想しないものであった。

 

「………」

 

「「………」」

 

『『………』』

 

メンマ、路地裏で愛を育むカップル達、マダオとキューちゃん。全員が沈黙する。

 

(え、えらいもん見てもうたぁ……!)

 

メンマが戦慄く。そういえば路地裏を見て顔をしかめてるのは、年配のおっさんだった。最近の若い者は、とか思っていたのだろう。とんだ勘違いだ。

 

「失礼しました………ごゆるりと」

 

 

キスをするあべっく達を残して、メンマはその場を去った。

 

 

 

 

 

 

「路地裏には危険がいっぱいだぜ……」

 

メンマは額の汗を拭った。

 

『町の東側で、城下町以外は探索し終えたようだけど、どうするの?』

 

「どうしようかな……」

 

西側はハルの受け持ちで、今日はこれ以上することはない。商人の店で落ち合うようにしているが、集合時間まで一時間ぐらい残ってる。

 

メンマは茶屋に行くお金もないし、公園で一休みすることにした。

 

公園は町の中心部にあった。端にあったベンチに座りながら、拾ったボールをぽんぽんとお手玉する。公園の反対側には砂場やブランコなどがあり、それら遊具の周りでは子どもたちが無邪気に笑いながら遊んでいた。

 

(癒されるねえ)

 

メンマは本当に久しぶりに見る光景を前に、ほうと息を吐いた。この世界にきてからこっち、主に接しているのはヤクザ風味のおっさんか、いかにも影のありそうな人ばかりだった。あまりおおぴらに街中を歩ける身分でもないメンマは、このような無邪気な子供の姿を見る機会がなかった。

 

(しかし、ブランコとかシーソーとかあるんだな………というか忍者がいる世界で、ブランコとかシーソーかどうなんだろう)

 

メンマは何かがおかしいな、と首をかしげていた。

 

(日本だと忍者が活躍した時代といえば………そういえばいつから存在したんだっけか。戦国時代には有名な忍者が数多く存在したと聞くし、そのちょっと前か?)

 

風魔小太郎、服部半蔵、加藤段蔵、猿飛佐助。一部創作のものがあるようだが、忍者が存在していたというのが間違いないだろう。

 

(まあ、この世界の忍者とは随分と様相が違うようだけど。一国を落とす忍者とか、聞いた事ないし。それ全然忍んでねーよ)

 

メンマはこの世界の忍者は、とてもはっちゃけすぎであると思った。

 

(しかし………)

 

メンマはブランコを見ながら考える。一体どういう過程を経てこれが開発されたのか。不自然と思うのは、自分だけなのだろうか。また、話に聞いただけで実際に見たことは無いのだが、ある地方では蒸気車なるものがあるらしい。

 

映画もあるらしい。メンマは以前、一度だけいった火の国の中央部、その街並みを見た時は本当に驚いた。元の世界でいう、昭和後期に近い街並みとなっているのだ。

 

(大名、国主みたいなのが居る時代に、映画とか蒸気車とか、一体この世界はどうなっているのか)

 

文明や文化の進度が無茶苦茶だ。

 

『君の言いたいことはなんとなく分かるよ。でも、こうだからねえ。なんとも言い難い。あるいは、何か別の要因があるのかもしれないけれど』

 

(別の要因、ねえ………それもどうでもいいか)

 

妖魔みたいなファンタジーが居る世界だ。何でもありといえば何でもありかもしれないとメンマは考えていた。

 

自分にとっては、ラーメンという食文化があるだけで正直ありがたい。

特に不都合な点も無いから、気にする必要もないと。。文化の進化に関することなんて、ラーメンの一万分の一程の興味もない。メンマ的には魔界とか天界とか、そういうアレな世界でなければオールオッケーだった。

 

(……別に、人間の在り方が変わったわけでもないし)

 

子供達を見ながら、呟く。その集団に外れ、一人いる少女に視線をやりながら。

 

公園の中央で遊んでいる、子どもたちの集団。そこから離れて、たった一人でぽつんと立っている少女。遠目からでも分かる、象牙色の美しい髪を持つ少女は、寂しそうな雰囲気を漂わせながら、遊んでいる子どもたちの方を見ていた。

 

(何処の世界でもこういうのはあるんだな)

 

しかし、何で仲間はずれにされているのか。メンマがそう考えている時、ボールが転がってきた。ちょうどいいと、ボールを取りにきた子に聞いた。

 

「ちょっとそこの君。なんであの……そう、あの娘。仲間はずれにされてんの?」

 

砕けた口調で聞いてみる。

 

「え、だっておかあさんがあの子に近付いたら駄目って言ってたもん。だから、近付いたらだめなんだよ?」

 

「へっ? それはなんで?」

 

「……そんなの知らなーい。だめっていわれたらだめなんだもん。それよりボール返してよー」

 

「………あいよ」

 

メンマは腑に落ちないものを感じつつ、ボールを投げ返した。

 

「ありがとー」

 

礼をいうと、子供はきゃははと笑いながら集団の輪の中へと戻っていった。

 

「ううむ」

 

礼儀がゆきとどいている、普通の子供だ。親も別に、変な教育はしていないことが分かる。ならなんで、あの子に近付いたら駄目なのだろうか。

 

(げ、泣きそうだ)

 

見れば、7、8歳の幼女は、うつむきながら肩を震わせていた。

 

(……いかん、いかんですよ)

 

メンマは過去のトラウマを思い出していた。この身体、うずまきナルトの奥底に刻まれた記憶と、彼自身の薄ぼんやりと残っている記憶が胸を締め付ける。

 

同時に、忘れていた記憶がうっすらと蘇る。思い出したくない光景が、フラッシュバックする。過去のトラウマの言葉が反響する。

 

―――近づかないで。あっちにいって。あんたなんか。九尾の。何でこんな子供が。来ないでよ。触らないで。殺せ。

 

ナルトとメンマの記憶が混じり合い、嫌な部分だけが交互に乱雑に蘇った。子供は純粋だ。親のしつけを守る。あの年の子供ならば、害意はあるかもしれないが、明確な敵意はないだろう。だが、敵意なく何かに害を及ぼすことができる子供は、違った意味での残酷さを持っている。

 

未発達な心は、相手の心を思いやることができない。自分が思うがままにふるまい、知らず相手を傷つける。駄目だといえば、駄目だ。だが、絶対に悪いというわけじゃない。

 

(―――小難しいことを考えるより)

 

メンマはベンチから立上り、その少女に近づいていいく。そして、うつむいたままの少女へと話しかけていた。

 

「へい、そこのお嬢さん」

 

「………!?」

 

こちらに気がついていなかったのだろう。驚いた少女の肩が、びくっと跳ねる。

 

「ええと、よかったら、だけど………いっしょに、遊ばないか?」

 

ボールを見せながら、言う。

 

「……」

 

少女は弾けるように顔を上げ、一瞬だけ顔を綻ばせた。

 

だがその直後、いかにも警戒していますという疑惑の視線をメンマに向けてきた。

遠くからでは分からなかったが、この娘……。

 

(瞳が……これは、紫か?)

 

赤だの青だのは町中や任務中に見たことはある。だが、紫の瞳は初めてお目にかかる代物であった。なすびのような、濃い紫ではなく、淡く綺麗な紫色。どことなく高貴なものを感じるほどの。

 

見たことの無い、深い紫の瞳。その目の端には涙がにじんでいた。水の切れ端が日光を浴びて、まるで宝石のように輝いていた。

 

「……お主、何者じゃ?」

 

「お主って………」

 

何処かで聞いた呼び方だな。

 

『……そこの抜作。ワシの事を忘れたか』

 

冗談だってキューちゃん。しかし抜作とはまた古風な。

 

「まあいいや。俺はイワオっていうんだ」

 

君の名前は、と聞いてみる。少女は警戒を解かないまま、名前だけを告げた。

 

「……紫苑」

 

「しおん、シオン。ああ、紫苑か。確か花の名前だったよね」

 

名前のとおり紫の花だったような。

 

「それで紫苑ちゃん、なんであの子たちと遊ばないの」

 

紫苑は少し驚いた表情を見せた。何で驚いているのだろうか。

 

「……お主、(わらわ)のことを知らぬのか?」

 

「わらわっ!?」

 

時代劇ならともかく、自分の事を妾とな。

 

「……お主、この町の生まれではないのか」

 

「うん、違う」

 

だから紫苑ちゃんの事は聞いたことがない、とメンマが言うと、紫苑は少し残念そうな顔をした。

 

「……そうか。だから話しかけてきたのか」

 

思い違いであった、と呟きながらうつむく。

 

「遊びたいのであれば、あそこにいるあやつらがいるじゃろう……妾は、もう帰るから」

混ざりたいのであればあちらにしろと言いながら、紫苑はこちらに背中を向けた。言葉のとおり、家へと帰るのだろう。振り向かず、肩を落としたまま、歩き出した。

 

(……えい)

 

去っていく紫苑の頭を目掛け、メンマは持っていたボール投げつける。ボールはゆるやかな弧を描いて宙を飛ぶと、紫苑の頭に命中した。

 

「いたっ……お、お主何をするのじゃっ!」

 

紫苑が振り向き、怒鳴りつける。

 

当然の行動だ。いきなりボールをぶつけられれば、人は怒る。紫苑は、足元に転がっているボールを拾い上げ、思いっきりこちらの顔をめがけて、ボールを投げてつけてきた。

 

「遅いな」

 

メンマはその飛んできたボールを片手で受け止めた。

紫苑を見ながら、にへらと笑う。

 

「ああ、そうか。自信がないから混ざらなかったんだな。いやー、ごめんごめん」

 

気がきかなくてほんとすまん、と言いながらボールをバウンドさせる。

 

「何じゃと……!」

 

紫苑は顔を赤くしながら、メンマを睨み、怒鳴った。

 

「そんな訳が、なかろう!」

 

「……じゃあ行くぞ、ほらよ!」

 

メンマは自分の言葉に反応した紫苑に、素早くボールを投げつけた。

 

「くっ!」

 

胸元に飛んでいったボールを、紫苑は両手でしっかりと受け止めた。

 

「へえ、やるじゃん」

 

「ふん、当たり前じゃ!」

 

再び、力いっぱい投げ返してくる。

 

「おっと」

 

だが、ボールは上に逸れた。メンマは咄嗟に飛び上がり、そのボールをキャッチする。

 

「……違う、こうだ!」

 

整った動作でしゅっとボールを投げる。今度は、紫苑はしっかりとキャッチした。

 

「………」

 

紫苑はボールを受け取ったあと、そのボールを見つめながら沈黙する。

 

「……やめるか?」

 

笑いながら、メンマは問う。

 

「いや」

 

紫苑が不敵な笑みを返す。

 

「なら勝負だ。当てられボールを落としたら1アウト」

 

ドッチボールのルールを説明する。

 

「どこでも狙っていいぞ。全部受け止めてやるから」

 

「言ったな!」

 

思いっきり振りかぶって、真っ直ぐ正面に投げてくる。

 

「……いけ!」

 

先程よりやや早く、ボールが飛んでくる。だがクナイに比べたら遅いと、メンマは余裕で受け止めた。

 

「へえ、けっこう良い球投げるじゃん」

 

球に伸びがあった。筋がいいなと褒めると、紫苑は胸をはりながら笑った。

 

「ふふん、そうじゃろうそうじゃろう」

 

投げ返された球を受け止めながら、紫苑が自慢げに言う。メンマはその子供っぽい姿を見て、苦笑した。それは沈んでいた先程とは違う、普通の“少女”の姿だ。

 

(なんだ、けっこうかわいい所あるじゃないか)

 

メンマは性格がひねくれているせいで仲間外れにされていたと思っていた。

だが、どうやら違うようだった。

 

(……何故、仲間はずれに……子供達の様子も変だな。でもまあ、今はいいか)

 

「そこじゃ!」

 

今度は足を狙ってきた。だが、甘い。

 

「ほっ」

 

足元にきたボール。その勢いを足で殺しながら、上へと蹴り上げる。

 

「っと。甘い甘い」

 

そして両手でキャッチする。

 

「そんなもんじゃ、やれないぜ」

 

ボールを手元で回転させながら言ってやる。紫苑はますますムキになっていった。

 

「こら、早く投げぬか!」

 

乗せられ、その気になっている紫苑に向けて、メンマは苦笑しながらボールを投げ返した。

 

 

 

―――それから、メンマたち二人は公園の中で徹底的に遊んだ。

 

メンマの完勝に終わったドッチボール勝負の後はブランコや、ジャングルジム。シーソーなどの公園にある遊具を使って遊んだ。砂場で城を作ったりもした。少女は遊ぶということを経験したことが無かったのが、どれも最初はたどたどしく、不安気に遊んでいた。

だが時間が経つにつれ子供らしい無邪気な笑顔を浮かべると、更に遊びに夢中になっていった。

 

鬼ごっこはやめた。メンマ的に鬼の国での鬼ごっこというのも中々おつなものだと思ったが、二人でやっても虚しいだけだと気づいたからだ。そういうものは大人になってから、砂浜で彼女とする行為だと。

 

『言ってて虚しくない?』

 

彼女いない歴=年齢のメンマの臓腑を、妻子持ちであった勝ち組マダオが抉ってくる。

その痛みを無視しながら、紫苑の方を見る。

 

(でもこの娘、7、8歳にしてはかなりしっかりした感じだな………この紫苑という娘、他の子供達より大人びている。親の教育の賜物か?)

 

初対面かつよそ者のメンマを警戒していたのもあるし、家の者か誰かに、怪しい人には近づかないようになどということを言われていたのかもしれない。

 

(しっかし、良い顔で笑うなー)

 

可愛い顔立ちをしているのは間違いない。将来は間違いなく器量よしとなるだろう。この顔で二心ない笑顔を浮かべられれば、男はみなイチコロである。

 

(もし、俺に娘がいたらこんな気分になるのだろうかね)

 

考えたこともないが、それはきっと悪くないのではなかろうか。

 

『言ってて虚しくないか? その前に彼女を見つなければ話にならんがの』

 

嘲笑。メンマは拗ねた。

 

(ちくしょう、お前ら敵だ)

 

そんなことがありつつも時計の針は動き続ける。楽しい時間は、楽しければ楽しいほど疾く過ぎていく。遊びはじめは青かった空、気づかぬ内に薄い橙色へと染まっていた。カラスが飛びながら、あほー、あほー、と鳴き始める。

 

日が落ちた。公園が夕焼けに照らされている。さっきまでは見かけた少年達の姿も、今はどこにも見ることはできない。それぞれの家に帰ったのだ。

 

『そろそろ、時間だよ』

 

(…あ、ああ)

 

マダオの声を聞いたメンマは、驚いた。今までに聞いた事の無いほどに、優しい声色だったのだ。戸惑いつつもメンマは立上り、少女へと話しかける。

 

「……日が暮れたようだから、僕は帰るよ」

 

「もう、帰るのか」

 

紫苑がメンマの顔を見ながら、残念そうに言った。

 

「いや、もう帰らなきゃいけない時間だから。君も、帰るの遅いとお母さんが心配するだろ」

 

「……そう、じゃの」

 

紫苑は複雑そうにしながらも、頷いた。砂場からすっと立上り、手で服についた砂を払う。その何気ない動作の中に、普通の子供とは思えない気品を感じた。

 

(いいとこの娘さんか………目立つのは困るし、もう会わない方がいいのかもしれないけど)

 

そうして、メンマは別れの言葉を告げる。

 

「それじゃあ、ばいばい紫苑」

 

「ばい、ばい?」

 

言葉の意味がわからなかったのか、紫苑は首を傾げながらこちらに訪ねてくる。

 

「ああ、さようならって意味だよ」

 

つまりは別離を意味する言葉。その説明をしたとたん、紫苑の顔が少しだが、悲しみに歪んだ。

 

「……明日は、ここには来ないのか?」

 

言うつもりはなかったのだろう。思わずこぼれでたという感じの、小さい声で訪ねてくる。顔は下に傾いた。視線の先に映るのは地面だけだろう。

 

(何処かで見たな………ああ、そうか)

 

    ・・

何時かのオレだ。メンマはようやく分かった。人の眼を見ない、自分の眼を相手の眼に合わせない。諦めた仕草。何も見たくないと思う人間がする仕草だと。

 

(こんな、少女には。すごく、相応しくない)

 

俯いているせいで、顔が見えない。あんないい笑顔で笑うのに。

 

(駄目だな……ああ、くそ)

 

メンマは自分心の何処からか、苛立つ心が湧き出てくる感触を覚えていた。

 

「………」

 

空を見る。夕焼け空。鮮やかな茜空。

 

(逢魔が時ともいうし)

 

魔が差したのなら仕方ないな、と情けなく自分に言い訳をしながら。

 

メンマは紫苑の方へ一歩、踏み出す。そして心の奥底に隠していた言葉を、舌の上に滑らせた。

 

「……明日もまた。きっと、来る」

 

ふと出た言葉。曖昧なそれに、首を振り、かき消す。見れば紫苑は顔をあげ、こちらを見ていた。メンマは紫の瞳を真っ直ぐに見つめながら、はっきりと言った。

 

「明日も。絶対に、来るから」

 

そう告げながら、メンマは小指を差し出した。

 

「………?」

 

紫苑はまた、首を傾げる。メンマの言葉に混乱しているのか、おろおろとしていた。挙動がすごく不信だ。メンマは苦笑しながら、紫苑の手を握った。

 

(小さい………)

 

少女の手だ。柔らかく、白く、そして握れば覆い隠せてしまう程に、小さかった。

 

「……ほら、こうだ」

 

手を握りながら、メンマは指きりげんまんを教えた。これは約束を交わす時の作法なのだと、紫苑に説明をする。

 

「ええと、こうか?」

 

「そう」

 

小指が重なる。

 

「ゆーびきーりげーんまーん。嘘ついたら針千本のーます」

 

歌いながら、重ねた小指を上下に振る。今のメンマと紫苑の背丈は一緒ぐらいなので、互いに引っ張られることもない。メンマは最後の言葉を結び、破らない約束を交わす。

 

「ゆーびきーったっと。これで信じたかな?」

 

「あ……ああ。うむ、信じたぞ」

 

初めてする行為だからだろう、紫苑は少し戸惑っていたが、意味を理解したのかまた生意気そうな表情に戻る。

 

「明日は、負けぬぞ」

 

紫苑は、さきほどのドッチボール対決で完膚なきまでに負けたのを根に持っているらしい。メンマは小さく笑みを返した。

 

「ふん。このボールじゃが、持ってかえってもかまわぬか」

 

「いいよ。練習してきたらいい」

 

それでも絶対に勝てないけどな、と言うと、紫苑がむきになって言い返してきた。

 

「その言葉、忘れるなよ!」

 

「おうよ」

 

紫苑の言葉に、親指を立てながら答える。

 

「ふん、それじゃあ………えっと、おい、イワオ」

 

「ん?」

 

「こういう時は、何と言えばよいのじゃ」

 

「ん、ああそうか。さっきとは違うし、まあ、ばいばい、じゃないか」

 

明日も会うのだから、別れだけではない。

 

「またね、だ」

 

「またね……」

 

「そう」

 

別離だけでなく、再会も約束する言葉。

 

「うむ、分かった。それじゃあイワオ、またね、じゃ」

 

「じゃ、はいらないよ。ほら手を振って」

 

紫苑は戸惑いながらも、見よう見まねでメンマの動作をなぞった。

なんとも幼く、可愛らしい。

 

 

「「またね」」

 

 

重なった二人の声が、夕焼けの公園の中を木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さい紫苑の背中を見送った後、メンマは商人の店へと向かった。

 

「……また、か」

 

溜息をつく。何故か、先程から道行く犬犬に睨まれて、吠えられるのだ。

 

「なんなんだ……?」

 

走りながら考えるが、分からない。そうこうしているうちに、家へ到着した。

 

「うげ……」

 

今日からしばらくやっかいになる商人の家を、その家の玄関にいる男の姿を見て、メンマはうめきごえを上げた。

 

「めっちゃ怒ってるな、あいつ」

 

遅れて帰ったせいだろう、ハルの顔には怒りの表情が浮かんでいた。

 

「……随分と遅かったなあ。と、いうことはなにか収穫はあったと期待していいのか?」

「ないです。ありません」

 

メンマはちょっと怖かったので下手に出て謝った。

 

「ちっ、役に立たねえなおい。その上遅れてくるたあ――」

 

ハルは忌々しげに舌打ちをしながら、説教をしてくる。その後、親指でくいと家の中を指した。

 

「……まあいい。こっちは、いくらか分かったことがある。話しておくから、中に入れ」

 

「分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから、今後の事について話しあった。何でも、巫女は2、3年前に患ったという病を治すために、今は城の中で静養しているらしい。行事にも顔を出さないというので、余程酷い状態なのだろう。そのせいで、民が少し動揺していて、それが不穏な空気の原因かもしれないと、ハルが推測していた。

 

「城で求人をしている。年齢もちょうどいいし、俺が城の中に潜入し、巫女の情報や軍部、国主の情報を集めてくる」

 

7、8歳の外見でしかないメンマには無理なことだと主張する。メンマも同意した。さすがに、7、8歳の者を雇うほど城も酔狂ではないだろうと。

 

「お前は外で情報収集を続けてくれ。万が一の場合は、網の本部へ連絡を頼む」

 

まあ、万が一なんてないがな、と笑う。

 

 

 

翌日、ハルは城へと行った。

 

「俺も、遊んでいるだけじゃあな」

 

約束の時間は午後だ。午前は情報収集をしなければならない。

 

『今日はどうするの?』

 

「別の商店を探ってみる。何か、流通が変わっているかもしれない」

 

いってきますといい、メンマは商人の家を出て行った。

 

 

 

 

 

一方その頃、鬼の国の城の中。紫苑とその付き人――――名前を菊夜という女性が――――城の奥にある特別な一室で言い争っていた。そこは国主の血族に準ずるものしか使えない、特別な部屋。もちろん広く、奥行きも深い。その広い部屋中に響き渡る程の大声で、二人は小一時間も言い争いを続けていた。

 

「ええい、離さんか菊夜! 何故よりにもよって……今日に限って……っ、遊びに行ってはいかぬというのじゃ!」

 

「駄目なものは駄目です」

 

羽交い絞めにしながら、菊夜は静かに言い聞かすように、駄目な理由を説いた。

 

「怪しすぎます。調べによると、その子は昨日の昼、およそ初めて鬼の国にやって来たらしいのですから。国に到着した数時間後に紫苑様に近づくとか、ありえません。絶対に何か裏心があるに決まっています」

 

「……なっ、取り消せ! イワオはそんな奴ではないぞ!」

 

いくらお主でも許さんぞ、と紫苑が怒る。

 

「あくまで可能性の話ですが……何故怒られるのですか」

 

「……」

 

「それと紫苑様、あの話はされたので?」

 

「……しておらん」

 

「そうですか……いえ、まあ」

 

菊夜もなんともいえなくなる。

 

「良いわ。それよりその手を離さぬか!」

 

「いいえ、離せません。危険ですから。外に出られるより、城の中で遊べばよいのでは……」

 

言いかけ、菊夜は再び言葉を止めた。捕まえられていた紫苑が上目越しに菊夜を睨む。

 

「すみません。失言でした」

 

「……良い」

 

二人ともが、互いに眼を逸らす。

 

「……それはそれとして。妾は往くぞ、絶対に往く。あそこまで言われたのじゃ。

 たとい遊戯だとして、あのような小童に舐められたままでは終われぬ。ご先祖さまに、申し訳がたたぬからの!」

 

少女はムキになっていた。昨日の完敗が、余程頭にすえたそうだ。

 

「……それでまた、昨日のように御服を汚すのですか?」

 

呆れたように、菊夜が言う。

 

「良いではないか、良いではないか! どうせ国主様がどうにかしてくれるのじゃろう!」

 

国主、と言った紫苑の声に、若干黒いものがまじる。

 

「それに、服を汚さずどうして遊べるというのじゃ。お主の言いたいことはそんなことではなかろうに」

 

「……分かっているのならどうかご自愛下さい。御身に何かあってからでは遅いのです。そうなればこの菊夜、弥勒様に申し訳がたちませんゆえ」

 

菊夜は膝達になり、深々と頭を下げる。

 

「うむ、その心配はないぞ。今回は大丈夫じゃ」

 

下げられた菊夜の頭を、紫苑が掌でぽんぽんと叩いた。

 

「……そうまでおっしゃるからには、何か根拠はあるのですね」

 

「うむ、妾の勘に狂いは無いからの!」

 

紫苑が胸を張った。自信満々である。

 

「………」

 

徐々に、菊夜の紫苑を見る眼が、何かかわいそうなものを見るものに変わっていく。

 

「………な、なんじゃ、その鼻をかんだあとのちり紙を見るかのような眼は」

 

「いえ、使用後の爪楊枝を見る眼ですが」

 

「なお悪いわ!」

 

二人はにらみ合いながら、沈黙する。

 

その静寂はしばらく続き、やがて菊夜は盛大に溜息をはきながらあきらめの言葉を発した。

 

「……はあ。仕方ありませんね」

 

「うむ、分かってくれれば良い。それではの!」

 

紫苑は従者の返事を待たずに、電光石火で回れ右をした。部屋から出ようと駆け出す。

 

「お待ちください」

 

直後、走り出した紫苑の襟首を菊夜が後ろから引っ張る。襟元で首をしめられた紫苑の口から、巫女らしからぬ「ぐえ」という声が出た。

 

「な、何をするのじゃ!」

 

「……くれぐれも。くれぐれもお気をつけになりますよう」

 

「そんなことは分かっておる! ふむ、菊夜は心配性じゃのう」

 

「そうです。心配なんです。本当ならばお外にはお出にならない方が良いのですが……

 

今はここにいても気が暗くなるだけですか、と菊夜は首を横に振った。

 

「……お気をつけていってらっしゃいませ」

 

「うむ!」

 

紫苑は元気よく返事をすると、外へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~ 菊夜 ~

 

部屋に残された私は一人、溜息をはきながら眉間にしわを寄せる。

 

「一体何が目的なのか……」

 

昨日の昼過ぎに紫苑様と接触した少年について、考えてみる。少年について、昨日今日と色々調べてみた結果分かったことといえば、城下町に店を構えている商人の甥だ、という表向きの身分だけ。裏の顔が見えてこない。

 

あるいは、一般人かもしれない。何の関係もない人間である可能性が高い。今更、あいつらがそのような小細工をしてくるとも思えなかった。

 

(でも、裏の裏を考えれば………あいつらの揺さぶりか、いや………)

 

情報が少ない今、断言出来る要素は何もない。その少年が何者であるか、今ははっきりとは分からない。もしかすれば、自分たちの助けとなる存在かもしれない。ならば、すぐにどうにかするという訳にもいかない。八方塞がりとなっている現状、それを打開できる鍵となるかもしれない。

 

今はワラにでもいいから縋りたい状況なのだ。万が一の可能性を手に握り締めるためには、慎重に、そして間違いなく見極めなければならない。一つ一つ並べ、少年の正体がなんなのか。その結果どうなるのかを、大雑把に予測してみる。

 

(もし、小国の忍びであれば? ―――駄目だ、あいつらにはかなわない。あっさりと殺されて終わるだけだろう。もし、大国の忍びであれば? ―――力はあるはず。あるいはあいつらと対峙できるかもしれないが、泥沼は免れない。最悪、鬼の国に血が流れる。もし、ただの一般人であれば? ―――どうにもならない)

 

駄目だ。あまりの希望のなさに、頭を抱える。

 

(……しかし、紫苑様のあの喜びようは嘘ではなかった)

 

巫女の血筋である紫苑様は、持って生まれた勘も鋭い。見えすぎてしまう程に。その者に邪気があれば、紫苑様は拒絶していただろう。事実、今までも何度かそういうことはあった。だが今回に限っては、紫苑様は拒絶せずその者と遊ぶことにした。

 

一縷の望み。希望。あるかもしれない。

 

(絶望しかないこの状況で、光をもたらす者と成り得る可能性が……)

 

そこまで思いついてから、盛大に笑う。ありえない事を思いついてしまった自分を、おもいっきり嘲笑う。窮地に現れ、何の見返りもなく助けてくれる。

そんなの、まるでお伽話にしか出てこない英雄だ。

 

(あるはずが無い。そんなもの、在りはしない。英雄、ヒーロー。強きを挫き弱きを助く。そんなものは、空想の中にしか存在しない。都合のいい空想だ。妄想に浸っている余裕はない)

 

どうにかして、紫苑様を逃がさねばならないのだ。紫苑様を死なせはしない。己の生命を賭しても、例えこの手が血に染まろうとも。その覚悟は既にできている。問題となるは、賭けるタイミング。

 

(まだ、打開策は無い。口惜しいが、今は待つしかないか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊びつつの情報収集。手応えのないまま、一週間が経過した。一週間が経過したある日、メンマは紫苑と二人砂場で城を作っていた。昨夜小雨が振ったせいで、砂場は少しの水を含み、固まりやすい状態になっていた。絶好の機会。そう考えたと、兼ねてから考えていたことを実行に移した。

 

メンマと紫苑はスコップを片手に、次々と城を作り上げて行く。その日は快晴で日差しが強く、照らされたメンマたち二人は作業を進めていくうちに、いつの間にか汗だくになっていた。

 

しんどい。暑い。だるい―――だが、メンマ達は妥協をするつもりはなかった。丁寧に基礎を固め、土台を作り、外壁をスコップで叩いて固める。やがて数時間が経過した後。城は完成した。

 

「終りだ! できたぜ」

 

「やったのう!」

 

二人で喜びを分かち合う。

 

その一瞬だけ眼を離した時。黒い影が、メンマの脇を通り抜けた。

 

破砕音。

 

「え………」

 

予期せぬ出来事が起こり、メンマは呆然とする。紫苑と一緒の完成させた城、その名も、砂の城“ラ○ュタ”。それが、突如乱入してきた少年に蹴り倒されたのだ。

 

『築かれた、砂上の楼閣、蹴りに散る~』

 

(マダオ煩い)

 

メンマは蹴り倒した少年を睨む。いつも公園で遊んでいる少年軍団のリーダーで、つまりはガキ大将だ。完成した途端、砂の城に「どーん」と前蹴りを放ったガキ大将。そいつはそのまま砂を踏みにじって、メンマと紫苑の前に立った。

 

「おれよりめだつやつはゆるせねえ」

 

訳が分からない。何だこいつは、とメンマは思う。。

 

そうして少年が行った非道に対し、「子供のやることだから」と思いにこやかに応じつつ、「まあ気持ちは分かるし、砂の城があると崩したくなるよな」という。

 

そんな大人な対応を、するはずもなかった。

 

「許さん………絶対に許さんぞ貴様らァァァっっ!」

 

力の限り叫ぶ。メンマは怒った。マジと書いて真剣というやつである。

 

『怒りの日、来れり。……!』

 

すべてが厳しく裁かれると、メンマは立ち上がった。下手人である少年はメンマの怒りを見ても臆すこと無く、蛮勇を振るった。

 

「へっ、じょうとうだ! だいたいおまえきにいらなかったんだよ! しんいりのくせにえらそうにしやがって! それにっ……」

 

少年は紫苑の方をちらりと見た後、またこちらに視線を向ける。

 

「……けっ、じじょうなんてどうでもいいから、さっさとかかってこいよ! ええと」

 

ガキ大将はメンマを指差しながら口ごもる。

 

「おれのなまえはたけしだ! おまえのなまえは!」

 

(くっ……)

 

おかしくなり、口の中で笑う。

 

(どうやら親の教育はゆきとどいているらしい。自分の名前を名乗ってからこちらの名前を訪ねてくるとは……!)

 

堂々と目の前で名乗られたのだ。ならば名乗らなければなるまいと、メンマは宣言した。

 

「私は天空宙心拳正統伝承者。リュシータ・トエル・ウルムナフ・ボルテ・ヒュウガ!」

『天空宙心拳。それは太古の昔に天空を制したという、かのラピュ○王が編み出した、伝説の拳法であるっ………!』

 

マダオはツッコミ、言った。

 

『シータ無双、はじまるよー』

 

(うん、オープニングでパロを撲殺するヒロインって素敵だと思うんだ)

 

『いやでもネタが混ざり過ぎてるから。あとウルムナフって誰』

 

(僕っす。自分、一応ハーモニクサーですから)

 

そうだろ、甚八郎。

 

『だれっ!?』

 

そうだろ、天凱凰。

 

『ワシかっ!?』

 

(―――それはひとまずおいといて)

 

メンマはたけしと対峙した。

 

「○ピュタは滅びぬ! 何度でも蘇るさ! 故に私に敗北は無い! 少年、君の蛮勇に敬意を表して、先手は譲ろう」

 

すっと構えを取る。

 

「3分間、待ってやる!」

 

全て避け切ってやる、と大人気ない本気を全開にする。

 

―――だが。

 

「すきあり!」

 

「目が、目があああぁぁぁぁ!?」

 

地面の砂を投げつけてきたのだ。まさかの初撃目潰し。油断をしていたメンマの眼に、砂のシャワーが見事にヒットした。メンマは痛む目を抑えて転げ回る。

 

「みなのもの、かかれいっ!」

 

そこで、少年軍団が一気攻勢に出てきた。

 

「ふははは、かてばよかろうなのだぁぁぁ!」

「ひんじゃく、ひんじゃくぅ!」

「さいこうにはいってやつだあぁ!」

 

転がっているメンマをぼこぼこと踏みつけてくる子供達。おい、一対一じゃなかったのかと戦慄く。前言撤回、こいつら質が悪いと断じた。しかし兵法を心得ているとも言えた

 

『余裕があるね』

 

(だって全然痛くないもの)

 

「シータぁ!?」

 

紫苑が悲痛な叫び声を上げていた。しかも律儀なことに、偽名を言ってくれている。

 

(ああ、別に全然痛くないんだけど、やっぱり心配か)

 

 

なら仕方ないなー、と立ち上がろうとした時である。

 

 

 

 

 

「待てっ……!」

 

 

再び現れる、別の乱入者。

 

ジャングルジムの頂点で二人、兄弟らしき少年達が二人、ガキ大将を指さしていた。

 

 

 

「そこまでだっ! それ以上はこのオレが許さん!」

 

 

少年の金の髪は陽光に照らされ、眩しいほどに輝いていた。

 

 

 

 


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