小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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劇場版・MENNMA ~ 輪廻の遺志を継ぐ者 ~
その1


 

「暗くなってきたな……」

 

鬼の国へ向かう途中にある、森の中。メンマは焚き火をたきながら、晩飯用のラーメンを作っていた。日が昇らない内に隠れ家を出発して、ここまで歩き通しだったのだ。今のメンマたちは商人に扮しているため、チャクラを使って飛び回るということはできない。

もし見つかれば厄介なことになる。鬼の国まで徒歩ではかなりの時間がかかってしまうが、今は地道に歩いていくしかなかった。

 

周りでは、フクロウか何かが鳴いている声と、虫の囀りが響いている。メンマは丸太に腰掛けながら、まだ一人だった頃を思い出していた。あの時はまだ未熟で、こんな風に余裕を持てる状況じゃなかった。何もかもを隠してしまう、夜の闇に対して、無意味に怯えていたものだ。

 

「しかし……」

 

ふと、メンマはため息をついた。

 

「はあ……」

 

サスケも同じだった。

 

「ん、何ため息ついてんだ?」

 

原因が何事かのたまう。メンマとサスケは更に深いため息を吐き、じっと多由也を見る。

「な、何見てんだよ。だって、仕方ないだろうが!」

 

昨日の夜。暗闇の中、サスケと二人で隠れ家を抜け出した筈が、何故かその道の先で多由也に待ち伏せされていたのだ。

 

「いや、言いたいことは色々とあるんだが……なんで分かった?」

 

「いや、だって二人とも異様に早く寝るしな。あと、サスケが挙動不審だったからすぐ分かったよ」

 

「うぐっ」

 

多由也の返答を聞いたサスケが、うめき声を上げた。メンマは隠し事の出来ないやつだな、とサスケを睨みつけた。

 

『不器用だしねえ』

 

(全くだ)

 

マダオの的確な表現にメンマが頷きながら、白と再不斬について聞いた。多由也が黙って出てきていたら、今頃焦っているのかもしれないと。

 

「手紙を置いてきたから大丈夫だ。『あいつらに着いて行く』ってな」

 

『それなら安心じゃの。というか、ある程度予想はしていたが』

 

「え、してたんだ。なら言ってよ」

 

『まあ、いいではないか。それに、多由也も言っていただろう』

 

メンマは、待ち伏せされていた時の事を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

―――サスケと二人、荷物を持って変化の術を使ったまま、隠れ家を抜け出た後。山の下まで降りてきたメンマ達は、ふと気配を感じて立ち止まった。もしかしたら音隠れの追っ手かもしれないと、静かに戦闘態勢に入る。

 

その時に音を聞いた。聞き間違うはずもない音色。多由也の笛の音だった。

 

「……よう。こんな夜更けに、何処に行くんだ?」

 

「な、多由也!? なんでここに!」

 

サスケが驚きの声を発する。メンマも驚いていた。

 

「アタシがここにいるとかそういうどうでもいいことは置いといて、言いたいことは一つだ。この、バカヤロウ共が」

 

本気も本気、見たことのない程の殺気を発しながら、多由也はメンマたちを睨みつけた。

「ケリを付けに行くんだろう。そういう顔をしてる。でも、何でアタシを置いていく?」

「それは、大蛇丸が―――」

 

「覚悟はしてる。抜けたあの日からずっとな。アタシは抜け忍だ。音隠れに殺されるかもしれないなんて、わかりきってることだ。それに、あいつらに怯えたくない」

 

「多由也………」

 

「隠れたくないんだ。死ぬかもしれないってことは分かってるけど、したいことができず怯えて隠れているだけ何て、絶対に嫌だ………だから。大事なこの時に、今更置いていくなんて、そんなこと言うなよ」

 

多由也は俯きながら、言う。

 

「それに、な」

 

言葉と共に、多由也は顔を上げた。今度は困った表情を浮かべている。

 

「あの二人と一緒に留守番とか、辛すぎるぜ。アタシはお邪魔虫には成りたくないんでな。あのまま残っていたら、二人の周囲で無意識展開されてる桃色空間に侵食されちまう」

「……ああ、そうだな」

 

言っている意味を理解したメンマは少し可笑しくなって笑みを浮かべた。多由也を見ながら、互いに小さく笑みを交わし合う。サスケは笑わずにため息を吐きながら、多由也に告げた。

 

「危険だぞ」

 

真剣味を帯びた声。多由也は怯まず、手の中の笛をくるくると回した後、腰のホルダーにしまい、笑って答えた。

 

 

「承知の上だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――しかしまあ、よく俺たちの向かう方向が分かったね」

 

「音で分かった。アタシの耳は伊達じゃないよ」

 

「……怖いな。迂闊に悪口も言えない」

 

「なんか言ったか? ちなみに全部聞こえてるんだが」

 

多由也が笑顔で凄む。

 

「すみません」

 

サスケは素直に頭を下げた。こちらからは見えないが、余程怖い顔をしているらしい。

 

『……サスケ君、もう尻にしかれてるね』 

 

二人の夫婦漫才をよそに、メンマはラーメンの出汁をとっていた釜を引き上げる。

釜の中で煮立つラーメンをすくい、用意していた器に盛っていく。

 

『雅な茶碗だね』

 

「それはつまり俺が曇なき眼を持っていると解釈していいのか?」

 

『曇りなき………? ああ、ギャグで言っているのか』

 

キューちゃんの容赦無いツッコミに心をえぐられつつ、メンマは器に盛ったラーメンを二人に渡した。

 

「「「いただきます」」」

 

静かな森に、ラーメンをすする音が響き渡った。普通ならば、こういういい香りをあたりにばらまいていると獣が現れるのだが、火に怯えて近づいてこない。火をものともしない特殊な獣もいるのだが、ここいらにはいないようだった。そういう特殊な獣、太古の昔に滅びたという妖魔じみた獣達は、生息している場所が限られている。

 

ザンゲツに聞いたが、遠い昔、その特殊な獣達は人間より広い支配地域を持っていたらしい。何故か今現在では、その大半が絶滅しているらしいが。

 

「というか、ザンゲツの奴もなんでそういった知識あったのか………謎だな」

 

『底しれないよね。でも、口寄せで現れる獣達が跋扈していた時代か……』

 

口寄せで現れる生物は本来ならば我が強く、並の忍びでは協力関係を築くことができない。口寄せの契約を交わすには、相手に忍びとしての自分の力を認めさせる必要がある。力が強いものほどその気性は荒く、時には生命を落とす者もいた。そんな生物がそこら中にいる時代あったらしい。

 

「ま、あの野郎が言ったことだし、眉唾ものだけどね」

 

ザンゲツは交渉を行う時の癖か、話を大きくする悪癖があった。あることないことを混じえながら、才能の上に経験を積み重ねた巧みな話術で、人をその気にさせるのも上手かった。

 

「網の首領か。会ったことは無いが、どんな奴なんだ?」

 

「一言でいうと、怖い奴。ある意味では五影より厄介で、敵に回したくない奴だった。今までに出会った誰よりも世話になった恩人だしね。マダオとキューちゃんを除いてだけど」

 

「………奴、だった?」

 

「今の話は先代のザンゲツから聞いたから。今は二代目ザンゲツが“網”の頭張ってる。こっちは絵に描いたような女丈夫で、先代の強さを引き継いで頑張っているらしいんだけど」

 

「……その、先代は?」

 

誤魔化すような意図を察せられただろう。言いにくそうに、でもはっきりと多由也はメンマに問いかけた。メンマは視線を逸らし、焚き火に向ける。そういえば、あの日も燃え盛る炎を見てたっけ、と。

 

「……言いたくないなら、その」

 

「いや、別に隠して無いから、言うよ。先代は……死んだ。鬼の国の事件の二年後に起きた、ごたごたが原因でね」

 

「鬼の、国」

 

今から向かう、国の名前でもある。

 

「………そうだな。一応、話しておいた方がいいか。肝心の最後は未だ思い出せないし、忘れている部分もあるんだけど」

 

「その、いいのか?」

 

「……いや、俺が誰かに話したいのかも。言い方が悪かった―――聞いて、くれるか」

 

焚き火の音。ぱちぱちと、静かな夜の森を震わせる。メンマは炎をじっと見つめたまま、二人に向けて語り出した。

 

今から6,7年程前、鬼の国で起きた、未だ外部には知られていないだろう一連の事件のことを。

 

 

欠けた輪の中にある、紛失させられた力についての話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、せっ!」

 

とある小国の森の中。メンマは一人、身体を動かしていた。もちろん、ただ目的もなく動かしている訳じゃない。

 

『踏み込み、右ストレート!』

 

「ふっ!」

 

マダオの声に反応したメンマは想定の敵から放たれた右ストレートを避けるため、右方向へと身体を動かす。

 

―――クリア。今の反応ならば、問題はないはず。

 

メンマが一人で行っているのは、影闘という修行。拳闘でいう、シャドーボクシングにアレンジを加えたものだ。

 

まずマダオが仮想的を作り上げる。今の想定敵のレベルは、体術が得意な中忍。それが、マダオの声と共に動いたと仮想する。メンマはそれに反応して、防御行動を取る。

 

それを、一定の時間内に百度繰り返す。マダオの脳内で描かれた敵の一撃をメンマが百度全て避けるか、防げばクリア。

 

反応が遅れたり、対応を誤ったりして、攻撃が当たった場合はアウトとなり、ペナルティが課せられる。残り回数×十の腕立て伏せか、腹筋をしなければならないのだ。

 

『火遁・豪火球の術!』

 

「くっ!」

 

放たれたのは、火遁術。範囲が広いため、その場にいては防げない。瞬時に足をチャクラで強化し、樹上へと飛び上がる。

 

―――クリア。

 

メンマは実際の業火球を見たことは無いが、術の範囲ならば想像できた。術無しの素手では防げない事も分かっていて、水遁も使えないため、その場から飛び退くこと以外に避ける方法はない。そうした戦術に関する知識もマダオに与えられたもの。相手が使う術の知識と、それに対しこちらができうる対応についてを、修行の合間も叩き込まれていた。

 

(影分身の術のおかげで、チャクラコントロールは相当な腕前になった。チャクラによる身体強化も、結構なものになったと思う。土木作業と共に鍛え上げた筋肉も、それなりのレベルに達しているだろう)

 

メンマは自己の戦闘能力を評しながら、肝心の戦闘に関する知識が足りていないとも思っていた。今までも幾度か、実戦を経験してきたが、相手は中忍でも下クラスの者ばかり。自分より力量が上の相手とは戦った事が無く、これでは戦闘経験を積んでいるとはいえない。それらの戦闘によって得られる経験に意味が無いとまでは言わないが、将来的にメンマが対峙するであろう忍びは、規格外も規格外。忍びの中でも頂点に位置する者達だ。

 

自分より力量が下の相手と戦い続けているだけ、つまりはぬるま湯につかっているばかりでは、暁という素敵に灼熱な忍び達と対峙した時、瞬時に焼殺されてしまうかもしれない。だから、一人隠れて仮想訓練を行っているのだ。本当は実戦で経験を積むのが一番なのだが、その機会が少なく、また対峙する相手の力量が下ばかり無いのでは仕方がない。

 

一の実戦が百の練習を上回ることは、任務受けたての頃に実感していた。任務途中に遭遇した、小里出身だろう中忍の事を思い出す。

 

一合攻防を交わしただけで、自分より力量が上だと分かった。相手の攻撃は何とか全て避け切ったが、こちらの攻撃も全然当たらなかった。相手に動きの癖を見切られたメンマは劣勢に陥ってしまい、このままでは攻撃を受ける。正体がバレてしまうと判断して、逃げ出した。

 

幸い、任務を果たす前、移動途中での遭遇戦で、逃げられない状況ではなかった。相手も、懐をかばいながら戦っていたところを見るに、懐に巻物か密書を隠し持っていたのだろう。メンマを追っ手と勘違いして襲ってきたようだった。

 

その一戦の後、動きが格段に良くなったとマダオに言われた。自分でも、僅かだが実感できた。自分の生命を賭けて戦った見返りだろうか、感覚が鋭敏になったいた。

『人は、己の生命を危険にさらされると、感覚が鋭くなる』

 

マダオの持論だった。剣道の言葉、『人を一人斬れば初段』と、深い意味では同じなのかもしれない。メンマ自身、あんな綱渡りな戦闘は二度とごめんだったが。

 

かといって、経験しないままでも困る。いや、経験したくても出来ないというのがメンマの置かれた現状だった。“網”が戦闘を主としている組織ではないので、それは仕方ないともいえる。網の任務では、五大国の忍びとやりあうことはほとんどと言っていい程に無い。里の切り札的存在である上忍と事を構えるような機会も無い。皆無といっていい。あれば、メンマは今ここにいないかもしれない。マダオ曰く、上忍は、中忍以下の忍びとは別次元の強さを持っている。メンマはその差を少しでも埋めなければならなかった。そこでマダオが思いついたのが、この影闘だった。

 

影をマダオが設定し、メンマがそれと闘う。そのままの名前である。

 

任務が無い時以外は、ほぼ毎日行っていた。緊張感は実戦に及ぶまでも無いが、それでも視認から反射に移すまでの工程はスムーズにできるようになった。身体の動かし方をこうして身に刻みつけておけば、いざという時に動けるものらしい。

 

刻みつけるまでの反復練習、実はというとすごく辛いのだが、そうはいってられない。

弱い=死という方程式がガチで成り立ってしまう、色々な者に狙われているメンマは、弱いままではいられないのだ。

 

 

――それに。それなりの腕になったとはいえど、メンマには未だ克服できていない弱点があった。それをどうにかしなければ、例えこのまま腕を上げていったとしても、上忍クラスを相手にした場合メンマは馬脚を表し、負けてしまうことだろう。

 

 

幾度か、練習を繰り返す。そして、午前の訓練が終わった後、メンマは地面に座りながら、心の中のマダオに話しかける。

 

「しかし、なあ。もっとこう、ぱぱっと強くなれる方法が無いもんかな」

 

『……そんなものが実際にあるんなら、皆がそれをやってると思うよ。そして誰もが強くなる、と』

 

「……意味ないな、それ」

 

まるで自分のレベルと共に、敵モンスターのレベルも上がっていく某ゲームのようだ。

 

「なら、すぐに体得できる必殺技とかさあ」

 

『だからそんなものがあるんなら、皆がそれを体得してるって。そして誰もが必殺技を乱舞してくる、と』

 

メンマは想像してみた。トンベリの包丁が脳内に浮かぶ。包丁を投げられれば9999のダメージ。即死だ。それが、大量にいる。囲まれているので逃げ場はない。

 

「怖え……」

 

『……馬鹿なこと考えてないで、任務受付所に行くよ。呼ばれてるんでしょ』

 

「……ああ」

 

そんな都合よくもいかないか。一つため息は吐きながら立ち上り、メンマは任務を斡旋する場所、受付所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……鬼の、国? 潜入任務ですか」

 

「そうだ」

 

受付所でメンマを待っていたのは、いつもの受付のお姉さんとおっさんだった。おっさんは得も知らぬ威圧感を全身から発しており、迫力もあるのでおそらく幹部だろう。構えも幹部っぽい。受付の女性も緊張しているように見えたからだ。

 

おっさんはメンマに任務内容の経緯について説明した後、ため息をついた。

 

「まあ、老婆心ってやつでな。あそこで忍びが騒ぎを起こす筈が無いんだが、どうもきな臭い情報が入ってきやがる」

 

「あそこ? いや、そこでは忍びは大人しくなるんですか。変な処ですね」

 

「古来より、暗黙の了解でな。それはともかく、ちっと噂で聞いたんだが、お前ダメージを受けても解除されない、特殊な変化術を使えるらしいな」

 

「……ええ、まあ」

 

何のことか分からないが取り敢えず返事をしてみた後、メンマは少し考えた。

 

(……はて、なんのことやら。さっぱりわからない)

 

確かに特殊な変化術は使えるが、今は練度も低い。クナイで刺されたり身体に強い衝撃を受ければすぐに変化は解除されるし、そもそもそういうのを目的として編み出したわけでもなかった。誰にも見破られないようにするために編み出したのだ。それに、変化がどうとか、知られるようなことはない筈だった。

 

『もしかしたら、この前の任務の時のあれじゃない? ほら、変化解いた時。かつら被って、子供の振りして町を偵察したでしょ』

 

(……あれか!)

 

思い出し、納得する。一つ前の任務の際、メンマは黒髪のカツラを被って敵方の忍びがいるであろう町中を偵察したのだ。あまりに精度の高い変化術を見て驚いた味方側には『特殊な変化術だから』、とその場凌ぎで説明をしていた。

 

(ああ、その後、敵方に殴られてダメージを受けてたな、そういえば。普通、殴られれば変化は解除される。なのに、俺の変化は解けなかった。まあ変化してないので変化が解けないのは当たり前だけど)

 

それを見た誰かが、勘違いをしたのだろう。特殊の意味を履き違えたに違いない。そしてその報告を受けた目の前のおっさんも、勘違いしているようだ。

 

(くそ、あの時『此処だけの秘密だけど』って頭に付け足したのに)

 

密告しやがったな、と舌打ちするメンマにおっさんは静かに話しかけた。

 

「その能力、今回の任務にはうってつけだ。受けてくれるとありがたいのだが?」

 

命令形ではなく、頼むような口調。だが、おっさんほどの迫力があれば、遠廻しに恫喝しているようなものだった。

 

「……断れるはずがありません」

 

一瞬迷ったが、ここは応を返しておいた。任務の内容をここまで聞いた上で断れるはずもないし。何で聞いてくるかな。

 

『試された、とか』

 

(……どうだろう。まあどうでもいいけどね)

 

おっさんの意図は取り敢えずおいといて、メンマはこの任務を受けることにした。最近生活費が苦しくなってきたのも原因の一つである。聞けば任務のランクもBで、この任務を達成すればしばらくの間はお金に困らずに済む。

 

親方達と一緒に作業現場に出て働くのもいいのだが、もしかしたらこの任務で戦闘を経験できるかもしれない。一刻も早くあの弱点を克服しなければならないメンマに、選択の余地はなかった。

 

「受けます。望むところです」

 

「……良い返事だ。じゃ、頼んだぜ期待のルーキーさんよ」

 

おっさんはメンマの肩をぽんぽんと叩くと、部屋を出て行った。メンマは受付の人に任務についての詳細をひと通り聞いて、都合がいいと頷いた。

 

(子供の姿に変化して潜入、か)

 

『そうだね……ま、元の姿のまま変装をするべきだろうね』

 

この世界で金髪碧眼の容姿を持っている者は目立つのだ。年齢もあいまって、元の金髪碧眼の子供姿を見られた場合、そのまま正体がばれてしまう可能性があった。そのため、非常用として黒髪のかつらをいつも荷袋の中に入れていた。

 

『でも今回に限っては、髪を染めなきゃだめだよ。眼はどうしようもないけど』

 

戦闘中、殴られた拍子にかつらが外れたらまずいもんな。まあ、色々と問題はあるけど、受けたからにはやるだけだ。

 

メンマは息巻きながら、契約書にサインをした。

 

 

 

 

 

受付所を出たメンマは、思いっきり背伸びをする。どうにも書類を書くのは苦手だ。面倒くさいし、肩がこってしまう。

 

『ん、どこに行くの?』

 

「長期間の任務になりそうだしな。その前に、おばちゃんに挨拶していくよ」

 

 

歩き続けて、15分あまり。メンマは、とある宿のまえに立っていた。網に入ってからしばらくして見つけた、ずっと寝床にしている安宿。網の本拠地がある町にも近いため、遠出しない時や任務前で待機している時には、好んで利用している。

 

外見は、まあ、控えめに言って……………ボロ、ボロ、ボロ。

 

台風でも来ようものなら、たちまち風に吹かれ天に舞って竜になってしまうだろう。あまり懐が暖かく無いメンマにとっては宿泊料金が安いというだけでありがたいし、泊まる価値がある。だから別に外見と内装がボロボロボロでも、文句はなかった。

 

それに、良い所もある。気さくというか奇作な女将さんが宿泊客に対し、朝晩と美味しい料理をふるまってくれるのだ。

 

(つまり、総合的に言えば……えっと、住めば、都?)

 

『微妙に褒めてない……』

 

都じゃなくて旅館だし、とマダオにつっこまれる。

 

(……褒めるポイントが見つからないから、仕方ないだろ)

 

メンマは言い訳を返しながら、旅館の中へと入る。

 

「こんにちはー」

 

一階は受付兼酒場になっていて、昼は定食屋になっている。女将さん、通称『おばちゃん』は椅子に座りながらぼーっとしていた。自称永遠の十五歳、実年齢六十歳のおばちゃんはメンマの姿を見ると、よっこらしょっと椅子立ち上がる。

 

「ういっす、おばちゃん。相変わらず昼は空いてるねここ」

 

「……出合い頭になんだい、この子は。今日もこいつを喰らいたいのかい?」

 

と、おばちゃんが鍋を振り上げながら、凄んでくる。

 

「是非とも喰らいたいね。というわけで、今日もラーメン一つよろしく」

 

「……あいよ。ったく」

 

ぶつぶつ言いながら、おばちゃんは麺を沸騰した湯につける。スープは既に温められているようだ。

 

「珍しい、さっき客来てたの?」

 

「ああ。新しい任務かなにか、受けたんだろ。若い男が一人、メシ食って帰ってったよ

 

なら、任務を受けたのは昼だろう。その男も任務開始まで待機をしているといったところか。メンマはもしかしたら自分と同じ任務を受けているのかもしれないと思っていた。あの任務には、複数であたるからだ。

 

「メシだけ、か。相変わらず宿泊客は皆無なんだね、ここ」

 

「そうだよ。ったく、どいつもこいつもこの宿の凄さを分かっちゃいない。どうだアンタ、いっちょ土木連のおっさんどもにこの宿の素晴らしさを伝えちゃくれないかい? 何十回も泊まっことがあるアンタなら、この宿の良いところは知り尽くしているだろう」

 

「……素晴らしい、ところ、ですか」

 

Gが出ること、週に3回。百足が出ること、週に2回。夜中、厠に行く途中の廊下で幽霊を見たこともある。この宿が素晴らしいのなら、噂に聞いた火の国の中心部にあるという、最高級宿はいったいどういう言葉で表したらいいのだろうか。

 

「哲学だな……」

 

人には分不相応というものがある。庶民が超高級ホテルに泊まったとしても、居心地が悪くなるだけで安らげないだろう。生活と環境に応じた場所があって初めて、人は安らぎを覚えるのだ。メンマは、裕福な暮らしに慣れているわけもないので、妙に格調高い宿よりは、ここの方がいいかもしれないと考えていた。

 

でもGが出る宿を素晴らしいとは言いたくないのは確かで。だから他人には進められない訳で。

 

『……でも、ご飯は美味しいんでしょ』

 

このおばちゃん、宿の経営手腕とかそういう点では壊滅的、むしろ破滅的だが、調理の腕は良い。夜になると客が増えるのが良い証拠だ。昼はたいていが仕事に出ているので、少し外れた場所にあるここに客は来ないが、夜は知る人ぞ知る穴場として賑わっている。

 

これで宿も綺麗なら、もっと流行っただろう。だが、この宿のおんぼろさが良いと言う客も、居るにはいた。たいていが山賊か盗賊あがりの現組織員とか、そういう類の人達。そういう者たちは開放的な場所よりもむしろ暗がりを好む。閉塞感がある場所で、飲みたがるのだ。ただ、良いと感じるのは酒を飲んでいるときだけで、やっぱり泊まることはないのだが。雰囲気を感じながら酒を飲んだ後、近場にあるここよりは綺麗な宿へと帰っていく。山賊あがりでもやっぱり、Gは嫌らしい。

 

「……改装すればいいのに」

 

何度も繰り返した言葉を、おばちゃんに言う。だがいつもの通り、おばちゃんは首を縦には振らない。

 

「はっ、馬鹿もんが。これが良いってやつもいるんだよ」

 

言う通り、少し前に酒を飲みにきた客――――おそらく顔なじみらしいおっさんだろう――――その人物を相手に、おばちゃんは自慢げに話していた。賭博でひと当てしたとか、なんかそんな風なことを言っていたような気がする。興味が無かったので、メンマはちゃんと聞いていなかったのだが。

 

「なら、何で宿経営してるの?」

 

「うるさいねえ。はい、おまち」

 

おばちゃん特製のラーメンが出てくる。

 

「おっ、キタキタ」

 

待ちに待った、ラーメンだ。メンマは歓喜に打ち震えた。もしメンマの腰に腰ミノがついていれば確実に踊っていたぐらいには。

 

自分の踊りを伝えるために半裸で全国を行脚する、ある意味真の勇者である腰ミノオヤジに一等の敬礼を捧げると、メンマは椅子に置いていた荷袋の中からマイ箸を取り出す。

この辺りには割り箸なんて高価なものは置いていないので、大抵の人間が自分用の箸を常備している。一部の者は毒を警戒して、らしいが。

 

「……いやしかし、相変わらず旨え」

 

年の功か、おばちゃんの作る料理はメンマをしてどれも旨いと断言できるものだった。中でも、このラーメンは格別だった。醤油ベースのシンプルな味だが、どれだけ食べてもまるで退屈を感じない、むしろもっと食べたいと思えてくる不思議麺。鶏、貝、野菜。それらの具材が持つ良さがふんだんに活かされ、また互いの持ち味を殺し合うことなく絶妙なバランスを保っている。

 

食べる度に深みを増していき、また日毎に微妙に使う具材を変えているため、例え毎日食べたとしても飽きることはないだろう。おばちゃん曰く、別に特別なことをしているわけではないらしいが。これが、熟年の貫禄というやつだろうか。

 

「鶴は千年、亀は万年……」

 

継続は力なり、である。料理人は修行に重ねた年月が深ければ深い程、味も深まり広がっていくという。おばちゃんも、長年の間料理を作り続けて腕を上げたのだ。この深みのある味わいと旨みの広がりは、木でいう年輪。料理人として年を重ねてきたという、証のようなものだ。

 

「……ちょっと。誰が年増で年々皺が増えていくんだい」

 

「いや、言ってないし。というか年増よりむしろ老婆で…おわっ!?」

 

突如、包丁が飛んできた。眉間を狙うそれを、メンマは指で挟み止めることに成功した。いつもならば「ふ、飛び道具は通じない」と言うのだが、さっきの話が少しトラウマになっていたため、メンマは動揺を隠せなかった。

 

(うう、本当の事をいっただけなのに)

 

『……女には、の。言われたら殺していい言葉があるそうな』

 

心の中のキューちゃんが、昔語りをするように、言う。

ううむ、機嫌が悪いのか心なしか声が低くなっているような。

 

『……いいから』

 

「黙って食いな」

 

聞こえていないはずなのに、絶妙なコンビネーションを見せる二人。これも年のこ……ゲフンゲフン。

ぐ、偶然だね?

 

「すんません」

 

怖い笑みを浮かべるおばちゃんに素直に謝った後、メンマは丼の中の麺をずるずるとすする。

 

(うむ、旨い。絶妙のコシ。のどごしも良いね。それに、今日のチャーシューは特別豪華だ。いつもの豚じゃない)

 

おばちゃんはメンマの言いたいことを察したのか、説明をしてくれた。

 

「……今日は良い豚が入ったからね。タレつけて炙ってみたけど、いけるだろ」

 

「むしろ天国にだっていけるね。こんなものが食べられるなんて、今日はついてる」

 

いつもはもう少し安いグレードの豚を使っている。メンマは任務を明日に控えている今こんな良いものが食べられるなんて幸先が良いと頷いた。

 

『でも、随分唐突だったね。明日出発だなんて』

 

(ああ、確かに)

 

普通なら、任務を受けた後、任務に入る間、数日は準備の期間がある。急ぐ理由があるのか、はたまた別の理由があるのか。

 

今回の任務を決めたのはおそらく、受付で見たヒゲのおっさんだろう。妙に迫力があるおっさんだったが、少し焦っているようにも見えた。事情があるのだろう

 

「……そういえばおばちゃんって、網の内部についても詳しかったよね」

 

「まあ、長年ここで商売やってるからね。詳しいといえば詳しいけれど、何かあたしに聞きたいことでもあるのかい?」

 

「ああ、ちょっと……」

 

メンマは受付所にいたおっさんの特徴を話し、どういう人か知らないか、とたずねる。

 

「……あんた、馬鹿だろ。そのおっさんは網の頭だよ」

 

「ってことは、あれが地摺ザンゲツか」

 

どうりで、と呟く。メンマは現場の親方や酒場のおっさん達から、ザンゲツの武勇伝については色々と聞いていた。

 

一つ前の忍界大戦、第三次忍界大戦で荒れた各地の村や町を、色々な意味で立て直した英雄。畑を無くし山賊におちぶれた者達をその腕っ節でねじ伏せて配下にした後、大戦の影響でぼろぼろになった各地の道路や建物を修復していったらしい。経済の動脈とも言える交通の便を整備したザンゲツは商人たちに恩を売り、その裏を支配した。

また、大戦後自国のことに精一杯で小国のフォローができなかった五大国にも借しを作った形になる。道路や建物がぼろぼろになった原因のほとんどが、忍術によるもの。場所を考えずに大きな術をぶっぱなす、馬鹿な忍びの手によるものがほとんどだった。

 

本当ならば、その忍びが所属する里がどうにかしなければならない問題。それを、ザンゲツが肩代わりしたのだ。砂、霧、雲あたりはそのことについてどうにも思わなかったが、岩と木の葉に関しては別で、そのことについていくらかの恩は感じていたらしい。いくらか援助し、手を出さないことを誓約したとか。

 

木の葉と岩以外の隠れ里も、網に手を出せないという点については同じ。隠れ里をもつ国の面子や、忍者に対しての信用の問題もあるため、網の動向には手を出せないだろう。

そんなことをすれば、商人達がどういう手段にでるか分かったものではない。確実に報復がある。国にも影響が及ぶ。

 

国の軍部である隠れ里だ。そんな下手は打てない。裏の任務中のごたごたならばともかく、表立って行動を妨げることは出来ないのだ。

 

商人とつながりがあるのが大きい。商人にとっての生命線ともいえる交通の便を取り計らったのが原因とはいえ、繋がりを築いたのはザンゲツの手腕によるものだろう。表向き、商品運搬時の護衛の仕事も請け負っているし、その繋がりが解けることはないだろう。

 

五大国でも迂闊に手を出せない組織、か。この状況まで持ってこれたザンゲツの手腕は見事の一言だ。ここまで全て計算づくだったら怖いな。

 

(しかし、本当に隠れ里は手を出せないのか?)

 

隠れ里に関する情報は全てマダオの受け売りなので、まず間違いない。

 

『まあ、無理だろうね。少なくとも、木の葉は網に対して手は出さないだろう。三代目は五影の中で唯一、忍界大戦で多くの一般人を巻き込んだことを『負い目』として感じていたし。木の葉の復旧に関する問題もあったから、結果的にはそれなりの援助しかできなかったけど』

 

(……お前は、ザンゲツに会ったことはないのか?)

 

『ん、ない。会ったことがあるのは三代目だけ。それも会うときは里の外だったらしいし、木の葉の里を訪れたこともない』

 

用心深いってことだろう。メンマは頷きながらも、引っかかる事を問いかけた。

 

「すげえ偉いさんなのに、おっさんとか言っていいの?」

 

「あたしとあいつは、古い馴染みでね。それに、そんな了見の狭いやつじゃないよ」

 

「ふーん」

 

食べ終えたメンマはおばちゃんにごちそうさまを言い、勘定を済ました。

 

「まいど。今から訓練かい」

 

「明日の任務に向けてね。それじゃ、今晩一部屋予約しておくから」

 

 

 

 

 

昼からの訓練が終わり、おばちゃんの晩飯を食べたメンマは、旅館の二階へと上がる。予約したのは、一番奥の部屋。いつもの部屋だ。

 

「さて、と」

 

一息ついたメンマは、マダオに話しかける。

 

(鬼の国って言ってたよな。マダオ、俺はその国について聞いたことがないんだけど、お前は何か知っているか?)

 

『……まあ、知っているといえば知っているけど』

 

知っている限りの事を教えて貰った。概ねは、ザンゲツの言っていた通りであるらしい。

『初代様が発案者でね。時の大戦の後に結ばれて、恐らくは今も五影の間で結ばれ続けている協定がある。“鬼の国”に手を出すなっていう協定が』

 

なんでも、かの地には怪物が封じ込められている、らしい。今は眠っているが、何時か目覚める時が来る、らしい。そして、その怪物を封じ込められるのは鬼の国に居る巫女だけ、らしい。

 

(“らしい”だらけだな。その怪物についての資料とか、巫女に関する情報は無いのか

 

『明確なものは無かったよ。協定があるから、鬼の国に調査団を送ったこともないし』

 

(それなのに、協定を守り続けている………おかしくないか?)

 

『………怪物に関する伝承はあったんだよ。怪物が書かれている古書もあった。字はほとんど読めなかったけど、伝えられているものに近い記述も、確かにあったんだ』

 

(怪物、か。ひょっとして、尾獣とか?)

 

『いや、もっと悍ましいモノと書かれていた。何でも、世界を滅ぼせる程の力を持っているらしい』

 

(おいおい、穏やかじゃないな。でも、偽物かもしれなかったんだろ? どうして他の里は木の葉の言を信じたんだ?)

 

『協定を結ぶ条件が条件だったからね。協定を結ぶとことと引換にって、木の葉から他の里へと提示された“もの”が“もの”だった。一体、なんだったと思う?』

 

(……秘伝忍術、とか。いや血継限界かも)

 

『はずれ。正解はさっき、君が言っていたものだよ』

 

(……まさか)

 

『そのまさかだよ』

 

(尾獣!? 正気か!?)

 

『って思うよねえ、どうしても。僕も三代目から聞かされたとき同じ事を思った』

 

(そういえば、かつては千手一族の長である初代火影、千住柱間が尾獣の全てを保持していたんだっけ)

 

『初代火影は尾獣を操れたからね。封印もできたから、保持していたんだと思う。うちはマダラも尾獣を操れるし』

 

(それが、配られた。そうまでして、協定を結ばせる必要があった……?)

 

『主目的は、各国の力の均衡を保つためだけ、らしいけれどね。どっちが本当の目的だったのか、三代目も、その話をした二代目も、初代の意図は分からなかったらしい』

 

よっぽどの理由があるってことか。でもよく放置してたな。

 

『怪物のことも巫女の事も、調べる事さえ禁じられていた。そもそも特別上忍以下の忍びには、鬼の国の存在自体知らされていないんだよ』

 

(尾獣に並ぶ機密事項ってことか。それが今、破られようとしている?)

 

『いやいや、勘違いであって欲しいねえ。どうにも嫌な予感がするし』

 

(……キューちゃんは何か知ってる)

 

『ふん、知らん。知っていたとして、言う義理も無い』

 

あらら、つれない。

 

『まあ、行けば分かると思うよ』

 

(いやいやいやいやいやイア、地雷臭がぷんぷんするのですが。てか世界を滅ぼせる怪物ってなに)

 

はすたーか。くとぅるふか。それともあざとーすか。にゃるらとほてっぷか。

 

(どうでもいいけど邪神でもこう、平仮名で書かれると萌えられるよね。え、萌えないって? そりゃすまんかった)

 

少し混乱気味だった。明日、メンマはそこに行かねければならないというのに。聞かなきゃよかったそんな話。

 

(誰だ、今日はついてるとか言った馬鹿は。ああ俺か)

 

『他ならぬ君だね。1、2、3ダーで気合入れて行こうね』

 

(“危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。踏み出せばその一歩が道となり その一足が道となる”というが………その一歩の先が地雷源と分かっている場合は、どうしたらいいんだ)

 

一人、頭を抱える。そんなに危険な場所だとは知らなかった。

 

(いや、原作ではそんなこと言ってなかったじゃんよ。そんな経緯があるとは知らなかったじゃんよ。劇場版は見たことないから知らんけど。ひょっとして劇場版のなにかか。前情報無いからどうしたらいいか、皆目わからんぞ)

 

メンマの混乱は極まっていた。

 

(もしかしたら、ちょっと違う世界なのか? 俺の現状が現状だしな。くそ、一体どうしたらいいと思う、マダオ)

 

『―――迷わず行けよ、逝けば分かるさ!』

 

(不吉に纏めるんじゃねえ! 逝ったらそこで試合終了ですよ!?)

 

『……鳴斗(ナルト)、現れる所に乱あり?』

 

(疑問符浮かべながら嫌なフラグを立てんな! あと勝手に漢字を作るな!)

 

マダオとぎゃーぎゃー言いあいながら、任務前日の夜は更けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜明けた、次の日の朝。メンマは変化を解除し、髪を黒に染めた格好で宿を出て行った。おばちゃんの朝飯は旨かったという。必ず生きて帰ろうと思う程に。

 

朝、メンマが目的地につくと、この任務にあたるというもう一人の忍びがいた。そしてしばらくして、馬車が来る。組織が用意した馬車だ。無言のまま馬車に乗り、そして馬車は走り出した。

 

この商人は網の息がかかっている商人で、表向きメンマたちはこの男の弟の息子、ということになっていた。鬼の国へと侵入するための偽装だ。この商人は向こうに支店を持っているらしいので、長期間滞在しても疑われることはない。

 

走り始めて数時間が経過した。鬼の国の国境にさしかかる頃、揺られる馬車の中でメンマは一人ドナドナを歌っていた。運命のくそったれという想いを篭めて。

 

すると、同行者がメンマを睨みつけた。

 

「おい、うるさいんだよお前。今から任務ってときに、テンション下がる歌を歌うなよ」

 

「……すみません」

 

メンマは、素直に謝罪する。自分に置き換えたからだ。温厚なメンマだとして、任務の直前にドナドナを歌われたら怒るだろう。不吉すぎるし、何よりテンションが下がってしまうから。

 

「ったく、上もよりにもよって何でこんな奴と組ますかねえ。もっと腕の良いやつとかいなかったのかよ」

 

目の前の忍びは、わざわざメンマに聞こえるような声で文句を言ってきた。

 

「……危険な潜入任務なんだし、もう少ししっかりしろよお前。何でも変化の術が得意らしいが、それだけじゃあ任務は果たせないぜ。いいか、潜入先で馬鹿な真似はするなよ。お前がばれたら俺だってやばいんだ」

 

「……了解」

 

いちいち言う事が最もなので、頷いておく。ものいいもはっきりしていて、そこらの忍びとは一線を画しているようだ。見れば、腕もそれなりのモノを持っている。見た目15くらいで、まだあどけなさが顔立ちに残っている少年忍者だが、この年にしては強い力を持っているようだ。顔立ちも整っている。サクラあたりが見ればきゃーきゃーと騒ぎそうな、イケメン顔だ。任務について真面目に考えている様子を見るに、中身もイケメンなのではなかろうか。

 

(いったいどういう経緯で、こんなヤクザ稼業に手を染めることになったのだろう)

 

『病気のお母さんのために薬代を……とかそういう理由じゃないかな。この仕事は危険だけど、その分身入りはいいし』

 

『ずいぶんと、安直じゃの』

 

ポツリとキューちゃんが零す。

 

(まあ、相手の過去がどうであれ関係ないよね)

 

むしろどうでもいいともいえる。知って得するわけでもなし。それに、下手に過去を詮索するやつは嫌われるし。網の構成員の忍びは誰もが、脛に傷を持つ者だからだ。無遠慮な介入は禁物で、人によっては宣戦布告と取られかねないのだ。

 

(裏切らなければ、構わない。腕さえよけりゃ、気にしないってね……ん)

 

そんな事を考えている時だった。

 

(……何だ、見られてる?)

 

ふと視線を感じたメンマは、イケメン忍びの方を見る。彼はじっと眼を閉じて馬車の壁にもたれかかっているだけだった。こっちではない。

 

(……気配がする。複数。しかも、この馬車を囲んでいる)

 

それなのに襲ってくる様子も無い。しばらくして、イケメンの忍びも気づいたらしい。はっと顔を上げ、周囲を警戒する様子を見せた。

 

「……気づいているか?」

 

イケメンの忍びが聞いてくる。メンマは首を縦に振り、立ち上がる。そして、イケメンの横に座った。

 

「囲まれてるね。数は……少なくとも二十以上。襲ってこないようだけど、何が目的なのか」

 

馬車を走らせている商人に気付かれないよう、メンマとイケメンは近い距離、小声で話しあう。商人さんに無理に知らせるのは悪手だと思ったからだ。

 

得体のしれない誰かに囲まれていると知れば、商人は動揺するだろう。商人には一般人だし、その動揺は隠せまい。それは拙い事態を引き起こすことになる。

 

ここでこちらが動揺しているということを見せるのは、相手に気づいているということを知らせるようなものだ。今は気付いていないと思わせた方が良かった。相手の目的が分からないこの状況で下手に動くと、相手が勘違いをする可能性がある。最悪、状況が進展してしまう可能性もあるのだ。

 

まだ国の中にも入っていないこんな所で誰かと一戦やらかすというのは、非常に上手くない。この任務の目的は潜入。潜入任務は暗中飛躍が鉄則だ。ここで目立ってはいけない。こちらが鬼の国へと潜入しようとしているのを知られるのも不味い。

後発の忍びも潜入しずらくなる。

 

それをイケメン忍びも分かっているのか、黙っているだけだった。

 

「そういえば名前、聞いてなかったな」

 

いつもの癖で忘れていた。普段の任務ならば『おい』とか『お前』とかで呼び合うのだが、一応イケメン忍びとは兄弟という設定になっている。名前で呼ばないのは不自然だ。そういうと、イケメンは顔をしかめながらも、自分の名前を言ってくる

 

「……俺の名前は“ハル”だ。そう呼べ」

 

いかにも偽名くさいが、人の事は言えない。

 

「俺はイワオだ。そう呼んでくれ」

 

自己紹介をかわしながら、周りの敵に関することを話しあう。

 

「……人、ではないと思う。こんな人数が動いているのもおかしいし、整然としすぎている」

 

「そんなことまで分かるのか?」

 

「俺は臆病だからね。誰かの気配には敏感なのさ。で、どうする?」

 

もうすぐ国境で、関所を通らなければならない。その時に、馬車から降りる必要がある。その時に敵が襲ってくるかもしれない。どう行動を取るべきか、メンマはハルに意見を聞いてみた。

 

「下手に動くのはまずい。それに、関所には木の葉の忍びがいるらしいじゃないか。襲ってきたら木の葉の忍びがどうにかするさ。相手が馬鹿じゃなければ、天下の木の葉の忍び相手に襲ってくることはないだろうし、ここは静観するべきだ」

 

「……そうだね」

 

ハルの意見、反論するところは何もなかった。

メンマは頷き、元の位置へと戻った。

 

その後もしばらく気配は残っていたが、関所にかかる頃には一斉に去っていった。

 

 

「木の葉の忍び、か」

 

実際に見るのは、あの夜以来だろうか。今も、自分を探しているに違いない。まあ、見つかってやるわけにはいかないのだけれど。

 

木の葉の額当てを見ながら、メンマはそんなことを考えていた。商人が、通行手形を木の葉の忍びに渡す。

 

「こっちの二人は? 見ない顔だが」

 

木の葉の忍びが、メンマたちの顔を見て、怪訝な表情を浮かべる。疑っているのだろう。商人はその顔を見ても動じた様子を浮かべず、実は~と前置いて忍の問いに答えていく。

「私の弟の息子でしてね。将来のため、各地を見て回っとるんですよ。今日は手伝いも兼ねて――」

 

商人は商売道具でもある舌を華麗に回し、木の葉の忍びを説得していく。

さっきの荒事が起きそうな状況では、商人はメンマたちに及ばないが、こういう場面では逆にメンマたちの方が商人に及ばない。

 

話し始めて数分が経過した。説明を聞いていた忍びは、もういいといった顔を浮かべ、行け、と促す。

 

「はい。では、ごくろうさんです」

 

馬車は走り出す。

そしていよいよ国境を越え、ここからが鬼の国だという地点まで来た時だった。

 

 

(………?)

 

 

メンマはふと、不思議な感じを覚えた。

 

―――まるで、何か大きな食中植物の中に入ってしまったような。

 

(気のせい、であればいいんだけど……)

 

背後に遠ざかっていく関所を見つめながら、そんな事を考えていた。

 

馬車に乗る誰もが、何も知らないままに。

 

全てが始まった、かの国へと続く道を、馬車は走っていった。

 

 

 

 


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