小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

72 / 141
15話 : 十五夜の草

 

砂隠れの里で起きた一戦、それを偵察するように命じられたカブトは、本拠地に帰還するなり大蛇丸の下へ報告に来ていた。

 

「―――大蛇丸様」

 

「帰ったのねカブト。で、どうだった?」

 

「それが……」

 

カブトは大蛇丸に報告を始める。迎撃に出てきた忍びについての事。サスケの強さ、多由也の存在、霧隠れの鬼人の事。そして、音の忍者が全滅した事。報告が進む度に、大蛇丸の眉間の皺は深くなっていく。

 

―――そして。

 

「……デイダラとサソリが?」

 

「はい。サソリは風影一味に敗れたところを。デイダラは、奇襲の方は逃れたようですが、その後の戦闘で黒い塊に飲まれました………実行したのは、ペインです」

 

「一体何を考えているの……?」

 

首領自ら、貴重な手駒である筈のあの二人を手にかけるとは。何を考えての行動なのか、大蛇丸には分からなかった。それでも、同盟関係を破棄する訳にはいかない。

 

今、音隠れの里の戦力は全盛期である木の葉崩しの時に比べ、1/3までに減っていた。

木の葉崩しで失った戦力が大きすぎたからだ。原因としては色々挙げられる。後方に潜んでいた撤退支援部隊を壊滅させた、霧隠れの鬼人の奇襲もその一因だった。

 

「どうか、お気をつけ下さい」

 

「誰に言っているの? そんな事言われなくても分かってるわよ」

 

元々が元々な組織だったので、大蛇丸にしても暁の事は信頼していない。今まで通り、警戒しながらも何とか連携を取っていくだけだ。これ以外取れる手が無いというのは忌々しいが、五大国が厳戒態勢に入っている今、この機を逃せば次は無いだろう。強力な力を持つ暁を利用して、何とか力を取り戻し、他国の戦力を削らなければ大蛇丸に未来は無い。

ペインにしても、元々が変な奴だった。だがここまで変というか意図の読めない行動に出るとは、大蛇丸でも思っていなかった。

 

「裏切り者の方は?」

 

「はい、追跡はしたのですが、途中で多由也本人に気づかれました。気配は消していたはずなのですが」

 

「……おそらくは音、ね。あの子、耳だけは良かったから」

 

「そういえば、新しい術を使っていたようです。これはボクの推測ですが、恐らくは遠くの相手に言葉を伝えられる術かと。それともう一つ、音忍相手に使っていたようですが、そちらは詳細は分かりません」

 

「……具体的な効果も?」

 

「いえ、動きが鋭くなったような感じはしました。それ以上はちょっと」

 

「なかなか使えそうな術ね……ん、何かしら?」

 

話の途中、音の中忍が大蛇丸とカブトがいる部屋に入ってくる。

 

「失礼します。探索中の香燐から、報告です。裏切り者の尻尾をようやく捕まえた、と」

居場所が分かるまであと少しとのことです、と忍びが報告する。

 

「……良いタイミングね。香燐に伝えなさい。サスケ君に加え、多由也の方も捕獲しろ、と。あと、そうね」

 

そこで大蛇丸は少し考えこむ。

 

(霧隠れの鬼人がいるってのは予想外だったわね。と、なると香燐と左近、次郎坊と鬼童丸では戦力が足りないか)

 

ならば、と大蛇丸は決断した。

 

「……カブト」

 

「はい」

 

「重吾と水月を連れて、あなたもそこに向かいなさい」

 

「……よろしいのですか? いえ、あれだけの連中相手に、その二人を連れていけるのは大変心強いのですが」

 

「忌々しいけど、確かにそいつらはそれなりに強いわ。水月も、相手が霧隠れの鬼人だということで、逆らいはしないでしょう」

 

「……重吾の方は?」

 

「あなたが何とかしなさい。出来るでしょ?」

 

出来ないとは言わせないわ、と大蛇丸がカブトを睨みつける。

 

「……分かりました。何とかしてみます。しかし、ここの守りが手薄になりますが」

 

「ただでさえ不利なのよ。怯えてじっとしてるだけでは、得られるモノは何も無いわ」

 

サスケの写輪眼と多由也の新術を得られれば、切り札も増える。不穏な動きを見せる暁や、一触即発な様子を見せている他里は確かに脅威だが、今は少しでも札が必要なのだと大蛇丸は考えていた。

 

「欲しいものは手にいれないと気が済まないしねえ」

 

舌なめずりする大蛇丸に対し、カブトが頭を下げる。

 

「……承知しました。あと、もう一つですが」

 

「何?」

 

「左近達のことですが、どうします?」

 

「捨駒にでも何でも、使っていいわ。呪印のせいでしょうけど、最近特に身体の方にガタが来ているみたいだから」

 

左近、次郎坊、鬼童丸は実験初期の素体だ。呪印の術式が整えられていない時期だったので、寿命に関しては度外視している。データもとれたし、もう必要ないと大蛇丸は思っていた。元々が、木の葉に潜入しサスケ君を連れ帰るという、生還率が低い捨石が必要になる時の任務に使う筈だった。

 

「分かりました。では、行って参ります」

 

「吉報を期待しているわ。分かっていると思うけど、うずまきナルトが一緒にいる時は手を出さないこと。いいわね?」

 

「……ええ、それはもうわかっていますよ。本当に、ね」

 

一度手合わせしましたから、と眼鏡の端を光らせながらカブトは答え、部屋の外へと出て行く。

 

(ああ、思い出す)

 

木ノ葉崩しの時、足止めに来たカブトに対して、ナルトが取った手段は結構笑えないものだった。体術に関してはそれなりに自信があるのに加え、自己治癒という足止めに最適な能力を持つカブト。このままでは間に合わない、と判断したナルトは、非常手段を取った。カブトの一撃を受けながらも、相打ちで見た目灼熱のような赤い実をカブトの口の中にねじ込んだのだ。毒にも耐性を持つカブトは、ナルトが取った手段に対して「そんなものは効かない」と嘲笑しようとした。

 

その瞬間だった。猛烈な辛味がカブトを襲ったのだ。そして、その後はまさに外道の所業だった。口を抑えて硬直するカブトに対し、全力での金的蹴りを敢行。哀れカブトは、口と股下を抑えてその場で悶絶するのであった。倒さなくても、隙を作ればいいと考えたナルトの妙手だったが、実行されたカブトにしてはたまらない。

 

守鶴の下へとナルトが向かった後も動くことができず、カブトはその場で数分間だけだが、悶絶し続けた。軽く跳躍しているところを、周囲の忍び(木の葉含む)が憐れむような眼を自分に向けていたのは、錯覚だと思いたい。

 

(………それに、重吾とか水月とか連れて追跡戦、かあ。ああ、ボクにとってうずまきナルトという名前は鬼門みたいだね)

 

無茶をいいつける大蛇丸も大蛇丸である。かといって、命令を断れる筈もない。

 

(鬼がでるか、蛇がでるかってレベルじゃないなあ。蛇は目の前にいるし、鬼もあっちに居るし)

 

つまりはお先真っ暗だが、今は進むしか無いのである。

 

薬師カブトの大きなため息が、音隠れの隠れ家の廊下に響きわたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ため息を吐かれた相手は。

 

「ああ、何はともあれラーメンが食べたいっ……!」

 

「ちょ、落ち着いてよ。気持ちはわかるけど他にやらなきゃいけない事が山積みなんだし」

 

「うるさい! ラーメン分が足りないんだよ!」

 

「ちなみにメンマ、お主が言っていたきつねラーメンはまだできんのか?」

 

「絶賛研究中です。少々お待ち下さい。ああああ、それもあるけど、あああああああああラメーン作りたいいいいいい」

 

「落ち着いて! もうちょっと、もうちょっとだから!」

 

「がああああああああ!」

 

「ええい、静かにせんか!」

 

「できるか! ええい、こうなったらお前を先に食ーべちゃーうぞーぉぉぉ!」

 

「え……」

 

キューちゃんの顔が真っ赤に染まる。メンマを殴れと轟き叫ぶ。

 

「バカモノぉぉぉぉ!」

 

「へぶっ!?」

 

「おおーっと、メンマ君キューちゃんの一撃を喰らって宙を舞ったああ!」

 

しかし、暴走体は倒れない。

 

「くっ、エロい奴が強いんじゃねえ、強い奴がエロいんだ!」

 

「先生の事か、先生の事かあああああああああぁぁぁ!」

 

弟子のマダオ、怒る。

 

「今度はこっちが暴走を!?」

 

「くっ、ラーメン分が足りない!」

 

 

―――サスケ達が帰ってくるまでの一幕であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、その黒いのは逃げたところを追ってこずに?」

 

あちこちに絆創膏をつけたメンマが、サスケの話を聞く。ちなみに二人ともラーメンをすすっていた。先の戦闘でかなり体力を消耗したのでがっつり食べた方が良いと、ラーメンは特性の豚骨出汁+豚角煮+にんにくだ。豚の旨みと甘味が凝縮された、十代にはたまらない香り。豚角煮とにんにくとのコラボレーションは至高のものといえよう。

 

戦いに出る前から熟成させていたスープに。厚く切った豚の三枚肉は、口の中に入った瞬間、旨みと共に蕩けた。スープの上に載せられている白ネギとの組み合わせも、また良し。麺は麺で、スープの味に殺されない程度で、自己主張しすぎない。絶妙とも言えるバランスで、小麦の風味を醸し出している。

 

何故かメンマに対して怒っていたサスケも一口食べただけで機嫌がなおったほどの一品である。

 

「……ああ。どうやらあの後、すぐに退いたみたいだな。いっちゃ何だが、一尾を奪う絶好の機会だと思ったんだが」

 

ラーメンをすすりながら会話を続ける。ちなみに、サスケのどんぶりの横にはおにぎりがある。しかし、その形状はいびつだ。

 

多由也が怪我をしていておにぎりを握れなかったため、サスケが自分で握ったのだが、初めての経験だったのでうまくいく筈がなく、秘孔をつかれたモヒカンのような形状になっていた。

 

「……サスケ。おまえ、割と不器用なんだな」

 

メンマはじっとおにぎりを見ながら呟く。

 

「……」

 

子供時代はイタチ、今は多由也と料理、おにぎりに関しては任せっきりだったので、サスケは何も答える事ができなかった。

 

「……ま、無事で何よりだよ」

 

あの後、メンマの方は、落ち着いたフウを保護し、帰っていくキリハ達を見送った。その後、一時隠れ家に戻っていたのだ。砂隠れに行っていた再不斬達も、メンマが隠れ家に帰ってほどなくして戻ってきた。サソリの一件と、里の前に現れた怪物が原因で、今砂隠れの方は混乱の極みにいるらしい。チヨバアとの約束を果たせなかった件もあるため、その説明と現状の把握するため、我愛羅とカンクロウは癒えていない身体を引きずり、動き回っている。テマリは受けた傷があまりにも酷いため、砂にある病院に入院しているらしい。

 

「今の俺たちが我愛羅達に対してやれる事はない。厳戒態勢に入った砂隠れの里に入り込むのも、近くに潜むのも駄目だ。薮蛇になる可能性が高い。所詮俺たちは他里の人間だしな」

 

我愛羅達は無事戻れたし、暁の二人を撃退できたのだ。完全では無いが取り敢えずの目的は果たせられたし、誰も欠ける事は無かったので、メンマ達にしてもひとまずは良しとするしかない。

 

「出来るコトと言えば、暁への対策だな。しかし、ペインがデイダラとサソリをやった目的が分からん」

 

「仲間割れの理由を推測するにもあっち側の情報が足りなさすぎるからな。ペインも表向きの首領で………マダラとは関係ないのか?」

 

「裏と表のリーダーとで仲違いしてるかもって? ……いや、可能性はあるけど、確信は持てないぞ」

 

「俺も分からないな。色々考えては見たが、これだという予想もできん。鬼鮫は何かを知っているかもしれん、と再不斬が言っていたが」

 

「その、桃地くんは?」

 

「白の処だ。傷、結構深かったみたいだしな」

 

「そうか……」

 

見舞いにでも行くか、とメンマは立上り白の処へと向かった。その途中、立ち止まりサスケに話しかけた。

 

「ああ、そういえば多由也の方は?」

 

「傷塞がったし、今は寝ている……ああ、そうそう。砂の一戦だが、カブトの野郎が覗き見をしていたらしいぞ」

 

「……マジで?」

 

「マジだ。気づいたのは撤退時らしいが、多由也が睨みつけると即座に逃げたらしい」

 

「……あちこち動いてるなあ。分かった、気を付けるよ」

 

多由也にもそう言っておいてくれ、と残して、メンマは白がいる部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

「あ、メンマさん」

 

「よ。傷は大丈夫か?」

 

「ええ。何とか急所は外しましたから」

 

白はメンマの問いに対し、笑顔で返答する。

 

「……無理はするな。これは、ただの傷じゃねえ」

 

「と、いうと?」

 

「いえ、貫かれた時にですね。チャクラをごっそりと持っていかれたんですよ」

 

「あの、砂のじゃじゃ馬……名をテマリといったか。あいつも、拘束された時にチャクラを吸い取られていた、と言っていた。どうやらあの黒いやつ、予想以上に厄介な性質を持っているようだぜ」

 

「……そうか」

 

「ああ、あともう一つ」

 

「ん、何か別の情報が?」

 

「いや、鬼鮫の野郎がな。お前宛の伝言があるというから、聞いてみたんだが」

 

「へ? 俺宛ってどういうこと?」

 

「詳しくは知らん。暗号みたいな言葉だったしな。何でも、うちはイタチからうずまきナルト宛、と奴は言っていたが」

 

メンマは首をかしげる。うちはイタチとは会ったこともない。いや、ラーメン屋で一度会ったが、あの時だけだ。ばれた様子も無かったし、これといった接点も思いつかない。

 

「……考えても仕方ないな。聞こうか」

 

「ああ。“中秋の名月は、未だ枯れず”だとさ」

 

「中秋の、名月? 枯れず?」

 

本当に暗号文だ。さっぱり分からん、とメンマは首を振った。どれくらい分からないのかというと、さっぱり妖精が頭上で龍虎乱舞している程だ。

 

(いや、お主の例えも分からんが)

 

「それだけ分からない、ってことさ。仕方ない、ここは知恵者の助言を頼るか」

 

それじゃあお大事にとの言葉を残し、メンマは居間に居るマダオの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さもなくばお前の尻は四つに割れる」

 

「グレートワイズマン乙。娘が大事なのは分かったから、いいから答えを出せ」

 

お前が青の青なら俺はクリサリス・ミルヒだよバカヤロウ、といいつつも満更でもない俺は満面の笑みを浮かべながらマダオをどつく。

 

「うーん、月と枯れる、か

 

「関連性が無いよな……」

 

「枯れる、枯れる、か。水……は違うだろうし」

 

「いや、枯れるといったら草とか花のことじゃろう」

 

「月……草か……中秋の名月といったら、月見だしなあ。もしかして、月見草?」

 

「え、月見草って何?」

 

「いや、何処かで聞いた気もするんだが」

 

はっきりとは思い出せない、と首を横に振る。

 

「う~ん、埒があかないね。恐らくは枯れる、は月と関連性のある何かに懸ってるんだと思うけど」

 

「……草とか花とかだろうな……うん、方向性は間違ってないみたいだし、ここはいっちょプロに頼るか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、やってきました木の葉隠れ」

 

覚えるべきは飛雷神の術である。ちなみにワープ先はキリハの実家だ。ここならば、人に見られる心配もない。完璧だ、と修行中に編み出した飛雷神の術後専用のポーズを取っていると、妹と新しい居候であるフウがこちらを指差しながら何事かを言ってきた。

 

「………キリハ、この目の前の不思議生物は誰だ? 前見た時と随分様子が違うけど」

 

「え、言ってなかったっけ? 実の兄です」

 

何故かその言葉に衝撃を受けるフウ嬢。引っかかるものを感じつつも、紳士スマイルを向ける。

 

「いやいやどうも。無事にたどり着けて何よりです。キリハの兄です」

 

「……え、本当に、これが?」

 

冗談じゃなくて? とフウは不思議な顔でこちらを見つめてくる。

 

(いったいどんな説明をしたんだよ、まいしすたー)

 

だって、話に聞いていたのと違う、とか言われても……その、なんだ、困る。

 

「いや、確かにアタシを助けてくれたし……」

 

「いえいえ、お嬢さん。あれは成り行きです」

 

にこやかな笑みを浮かべながら、微妙な言葉で説明をする。今まで危地から助けた全ての少女と同じ、一貫した姿勢である。後々の面倒を見られない立場であるので、不用意に助けた少女達との距離をつめたりはしない。笑わせながらも誤魔化し、一歩退いた距離を取るだけ。ましてや相手がフウ、人柱力では狙われる確率が増えるだけだ。

 

二人になれば狙われる確率は2倍、いやそれ以上にもなる。だから、あの場でも自分主導で事を進めたりはしなかった。臆病者といわれても、無責任なことは出来ないからだ。

この先、フウとキリハ達は過酷な試練に挑むことになるだろう。フウ自身、まだ完全に心を開いていないようだし、木の葉の他の忍びへの対応も難しくなる。

 

一朝一夕にして信頼は成らず、崩れる時は一瞬だ。四代目の一人娘という肩書はある程度の緩衝材になるとしても、それだけで乗り切れる筈がない。それに、事故はどんな時でも起こりうる。

 

メンマ自身はこの選択が最善だと思っていた。客観的に見てキリハは木の葉隠れの火影候補だ。その兄がああなったという事が、少なからず他の忍びにとっては負い目になっている筈。

 

(特別な恨みもないし、同じ愚は二度繰り返すまい……と、思いたい。問題は根と音だけど)

 

ダンゾウと大蛇丸がどういった動きを見せるのか、今は分からないが碌なことにならないのは確かである。メンマは過去に旅で得た経験と、あの二人の黒さを鑑みて結論を下した。現火影である綱手との衝突は避けられまい。

 

だが、現在の綱手の立場は磐石のものだ。木の葉崩しで乱れた木の葉の里を、速やかに元の状態へと復興した功績はかなり大きいらしい。暁のような規格外集団の横槍が入らない限り、ダンゾウも大蛇丸もそうそうこの盤面は覆せないだろう。

 

五大国成立から何十年経過した今でも、変わらず頂点に立ち続けている木の葉の底力は、相当なものだ。単純な軍事力、数値の上では雲隠れの里の方が上回っているかもしれないが。

 

(……木の葉程の恐ろしさは、そんな処にないからな)

 

かつての三代目の言葉とおり。木の葉の忍びは火影という灯りの下、各々がそれぞれの信念に支えられている。並の暴風ではこの炎は消せないだろう。

 

戦いという場において、いやそれ以外の場においてもだ。信念を持った人間ほど、恐ろしいものはない。理屈が通じない相手ほど、厄介なものはない。限界がある筈なのに、時にはそれを信念によって越えてくる敵。恐ろしいにも程がある。限界を限界でなくす集団、木の葉の強さは人間と同じで、単純な数値では表せない。

 

昔は三代目のやり方は甘いと思っていたが、ずっと木の葉を見続けてきて、考え続けてきて、やっと理解した。火の影は里を照らし、また木の葉を芽吹く。

 

メンマはここに来て、あの言葉の本当の意味が何となくだが分かったような気がした。

 

「それじゃあ、また」

 

混乱する二人をよそに、俺は脱兎の如く、その場を逃げ出した。

 

 

 

 

―――新しい風が、吹いている。

 

滝の一件で分かった。かつての下忍は皆が皆、成長した。直接見てはいないが、ネジ、リー、テンテンも同じようなものだろう。かつての上忍も、そんな下忍達に触発された結果、より強くなったことだろうし。もう守り人は必要ないし、元々が部外者である俺の介入も、必要ない。

 

(終わった後は、立ち去るだけだ。ここに、俺の居場所は、きっとない)

 

夢を優先することを選んだ時、その資格は消えた。そして今、穴は埋まった。メンマはその事実を前に少し寂しさを覚えていたが、これは自分が選んだ答えだと納得することにした。後悔はすまい。決定論をどうこう言う訳でもないが、俺には俺の夢があると。

 

元々が無茶な夢だった。狙われる立場であった俺が分不相応にも望んだ、我侭とも言える道。それを往く。

 

あるいは木の葉に従い、妹と共に生きていく選択肢もあったのかもしれない。それでも、忍びとして生きてかず、自分の夢を追い続ける事を選んだ。キリハは大事だが、それよりも優先することがある。それだけだ。

 

(……やっぱり。みんなの目の前から消えるんだね)

 

(……それできっと、誰も彼もが幸せになれる。それで良いと思う)

 

どうなるか分からない以上、断定はできないが。

 

(キリちゃんは泣くよ、きっと)

 

(……泣いて、忘れてくれると嬉しいね。でも、これ以上は互いのためにならない)

 

何もかもうまくいくなんて、そんな風には思えない。出来る事には限りはある。

 

(薄々は感づいていたが、ほんに酷い男じゃの、お主は)

 

(……もうちょっと、何とかなるとは思っていたんだよ。でも、ここから先は賭けになるって気づいたから)

 

あの無茶を見続ける事になると気づいてしまった。いやいや、我ながら臆病なことだ。

 

(……キリちゃんが無茶するよりは良いと?)

 

(と、いうか俺が見たくない)

 

自分勝手なのは分かっているが、これできっと良い。多由也、サスケには、隠れ家の場所は口止めしておこう。

 

再不斬、白は何となく気づいていたふしがあるし、黙っててもOKだろう。一番長い付き合いだ。鬼鮫の一件、マダラのことが分かった今、あの二人がどうするか分からないが、妙に律儀なあの二人の事だ。少なくとも、敵には回らないだろう。

 

木の葉には、シカマルもいる、自来也、綱手もいる。十分だろう、ということにする。

終わるべき事が終わったら、だが。

 

(……終わらせるために、行こうか)

 

(そうだね)

 

脅威を取り除けば、もう刃は握らない。元々の夢であったラーメンの道を追い続ける。

 

そう誓い、メンマは目的地へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、ここか」

 

日が暮れ始めた、逢魔が時。着いてきたがるキリハに、「いや一緒に歩いているともの凄い目立ってしまうから」というのを理由に却下を下した俺は、山中花屋店までの道を聞いて、家を出た。

 

「思ったよりずっと近いんだな」

 

木の葉にいた時は酒屋や肉屋、野菜やなど決められたルートしか通っていなかったし、ばれるのが怖くて周囲も見渡していなかった。花屋・山中はたどり着いてみればいつもの商店街から近く、少し離れた場所にあるだけだった。

 

(えっと、いのいちが出て来た場合はどうするの?)

 

(……どうしよう)

 

(迂闊な行動は駄目だよ。キリちゃんから聞いたところによると、いのいち結構な親馬鹿になっているようだから)

 

(お前が言うな)

 

(お主が言うな)

 

(いやいや、親馬鹿っていうのは娘を持つ者としての宿命みたいなものだよ)

 

マダオの戯言を無視し、メンマは花屋へと近づいていく。

 

「ありがとうございましたー……って、ええ!?」

 

「どうも、こんにちは……」

 

(って、何て名乗ればいいのか)

 

ナルトでもメンマでも駄目だ。春原ネギも前にちょっとやらかしたから駄目、ロジャーはサスケだから駄目だし。ええい、仕方ない。

 

「こんにちは、麺道終太郎です」

 

「は? って、ああこんにちは」

 

「ちょっと花をみつくろって欲しいんですけど」

 

メンマはあくまで一般の客を装って、いのに話しかけた。厳戒態勢の中、町の中で迂闊な動きは見せられないからだ。フウのことや現在の木の葉の態勢に関することはキリハから聞かされたので、あとは暗号の手がかりを探るだけ。

 

「花……誰かへの贈り物ですか?」

 

「いや、見舞いの花なんだけど」

 

「あ、ああ! 分かりました」

 

「よろしく」

 

予算はこれで、と伝えるといのは難しい顔をしながら店の花を次々と手に取っていく。

「あー、そのままでちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど」

 

「え、何ですか?」

 

一応こっちはお客様なので、いのは敬語で返事をした。

 

「月見草って聞いたことある?」

 

「……月見草、ですか?」

 

いのは瞳を瞬かせたあと、月見草と反芻し、自分の顎に手をあてて考えこむ。

 

「ああ、これですね」

 

と、いのは店の奥にあった白い花を持ってくる。

 

「これが?」

 

「はい」

 

手渡された白い花を見ながら、うーんと悩む声を心の中だけで出す。

 

「今は夕方ですから咲き始めで白いですけど、明日の朝には薄い桃色になるんですよ」

 

「……そうなんだ」

 

(色の変化、ねえ。いまいちピンとこないね)

 

メンマは夕暮れの下、白い花を見つめながらこれが何かイタチと関係のあることなのか考えてみたが、答えは出なかった。そうこうしているうちに、いのが花を両手に持ちながらまた戻ってくる。

 

「はい、これでどうですか?」

 

「あ、いいね。じゃあ、お代金」

 

代金を手渡した後、花を受け取る。

 

(……ねえ、提案なんだけど)

 

(なんだ?)

 

(思い切って単語で直接聞いてみたらどうかな。このままじゃあ、埒があかないよ。もしかしたら答えを知ってるかもしれないし)

 

(……そうだな)

 

「ありがとう。それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

え、なんですか? と首を傾げるいのに、聞いてみる。

 

「中秋の名月と花、または草と聞いて何を連想する?」

 

「中秋の名月と、草? ああ、それなら簡単ですね。ちょっと待っててください」

 

いのは店の奥に入り、何かを探しているようだ。

 

(うむ、心当たりがあるよう………あれ、は……)

 

(もしかしてビンゴ………って……)

 

 

マダオとキューちゃんの声色が変わる。メンマは、いのが持ってきた花を見て硬直した。

 

「中秋の名月と言えば、十五夜ですね。そして、これは」

 

 

いのは、美しい紫の花を手に、説明を続ける。

 

 

「あまり知られていないんですが、この花の別名を『十五夜草』といいます。またの名を、『鬼の醜草』。正式名は――」

 

 

メンマは頭の内側が叩かれる感覚に、目眩を覚えていた。

ここを出せと、眠った何かが頭を叩いてくる。

 

 

「―――紫苑です」

 

 

どこかで聞いた名前。今は昔の、懐かしい名前。

 

 

「ちなみに花言葉は、『君を忘れない』………って、どうしたんですか、顔が真っ青よ!?」

 

 

倒れるとでも思ったのだろう。敬語ではなくなったいのの言葉に気を止める余裕もなく、メンマは頭を抑えつけた。

 

寝ているモノが起きる。忘れていた光景を思い出す。

夢の中で見た光景、心の隅に僅か残る凝り。

 

忘れてくれと言ったのは誰だったか。頭の中で、半鐘が鳴り続ける。鐘の音が鳴り響く度に、何かが解けていく。続いていると思い込んでいた、欠けたことにすら気付かなかった、とある少女との邂逅。

 

忘れたことも忘れてしまったことが、鐘の音と共に流れ込んでくる。

 

 

―――鐘が鳴り終わった頃。

 

 

メンマは、全てを思い出していた。

 

 

 

 

 

 






2章 了

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。