小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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14話 : 砂隠れでの死闘(4)

 

「ぐっ……」

 

テマリが、うめき声をあげる。不意に地面から生えた黒い蔦は、彼女の両手両足を瞬時に拘束し、宙に釣り上げた。我愛羅とカンクロウはかろうじて黒い蔦の攻撃から逃れ、少し離れた場所に避難するのが見えた。テマリがいる位置は、我愛羅達とは巨体を挟んだ対角となる位置。巨体が視界を遮っているため、二人が今どうなっているのか、見えない。

 

チャクラを感じるということは、まだ生きているのだろう。その時、テマリは声を聞いた。今までに聞いたことが無い、深く低い声。テマリは、それが自分を拘束している忍びの声だとすぐに分かった。

 

「……一尾を渡せ」

 

忍びは、テマリの方を指差しながら、カンクロウと我愛羅に告げる。

 

「さもなくば、こいつを殺す。言うとおりにすれば、一尾の人柱力以外は助けてやろう」

「なっ!?」

 

忍びが発した言葉を理解すると同時、テマリは全身に力を込めた。こいつは自分を人質として我愛羅の中の一尾を奪うつもりなのだと。そんなことはさせないと、テマリは残り少ないチャクラを全身に行き渡らせ身体能力を強化し、蔦を振りほどいて脱出を図ろうとする。両手は封じられているので、印は組めない。鉄扇はさっき縛り上げられた時に、落としてしまった。

 

頼りになるのは、この五体だけだ。顔が真っ赤になるほど力を込め、自分の手を縛り上げる蔦を引きちぎろうと試みた。だが、蔦は見た目柔らかいくせに固く、びくともしなかった。

 

植物のように柔らかい上、極めて高い靱性を持っているようだ。これでは、力を入れたとしても若干伸びるだけで、引きちぎれはしまい。それを察したテマリは、向こう側にいる我愛羅達に向けて叫んだ。

 

「我愛羅、カンクロウ! こいつの言う通りにするな……アタシをおいて、お前たちは逃げろ!」

 

「な……そんなこと、出来るわけないじゃん!」

 

「バカヤロウ、状況を考えろ!」

 

一尾を渡したとして、目の前のこいつがテマリ達を見逃すとも思えない。

 

――――それ、以前に。我愛羅を引き渡すなどという選択肢は文字通り、死んでもできないことで。

 

「先程、お前自身が言っていた言葉と矛盾するな。生命は、軽くないのではなかったのか」

 

テマリの言葉を耳にした忍びは、自分の目の前までテマリを釣り上げる。皮肉を含まない、真摯な声で問いかける忍びの顔には仮面がつけられていた。どんな顔なのかはわからなかったがテマリは、天地が逆さになり全身が動かない状況で、震えながらも言葉を綴った。

 

「……隠れて、聞いていたのか。覗き見が趣味とはずいぶんと女々しい趣味を持っている野郎だな」

 

忍びと化物が放つ威圧感を受けながらも、テマリは強気に言ってみせた。

 

「……この状況でそんな言葉を吐けるとは大した度胸だな。お前、自分の生命は惜しくないのか、重いのだろう?」

 

「ふん、軽くはないさ。誰かの生命を軽々しく扱う趣味はないし、アタシ自身死にたがりでもない。

 ……だけど、自分の生命よりも大切な事があってね」

 

「それが、目の前の人柱力を、里の長である風影を守ることなのか?」

 

「違う、間違えるな」

 

その言葉をはっきりと否定した後、テマリは目の前の忍びに臆さず、断言する。

 

「我愛羅は弟だ」

 

そこだけは譲れない、と睨みつけながら言う。

 

「……成程。手強いな」

 

テマリの答えを聞いた仮面の忍びは怒らず、何故か笑ってみせた。

それを見たテマリの視線が、鋭さを増す。嘲笑されたと思ったのだった。

 

「……何がおかしい」

 

「いやいや、何もおかしくはないさ。ああ、おかしくなんかない……そこのお前も、同じ答えなのか?」

 

「はっ、我愛羅を見捨てて逃げるぐらいなら死んだ方がマシじゃん」

 

「……テマリ、カンクロウ」

 

過去に逃げてしまった経験のあるカンクロウは、もう逃げないと決めていた。揺れていた精神を気力で抑えて、しっかりと立つ。身動きの取れない、死に体のテマリがあそこまで言ってみせたのだ。ここで無様を見せる訳にはいかない。

 

気絶しそうな威圧感を放つ目の前の化物を見ながらも、周囲の気配を探る。もしかしたら、この化物の姿を視認した里の忍びか誰かが助けにきたかもしれない。助けがあれば、なんとか我愛羅だけでも逃がせるかもしれない。

 

だが、現実は無慈悲であった。

 

周囲に気配はなく、助けとなる手も無い。ならば、とカンクロウは覚悟を決めた。助けは無く、泣いても喚いてもどうにもならない情況ならば、自分の力でなんとかするしかない。先の守鶴の矛でほとんどチャクラを使い果たしている我愛羅を守ろうと、まだ余力があるカンクロウが前に立って絡繰り人形を繰り出す。

 

「……我愛羅は機を見て逃げるじゃん。テマリ、悪いけどお前は助けられないじゃん」

 

「分かってるよ。優先順位を間違えるな」

 

気丈に笑いながら、応と示す。

 

 

「交渉、決裂だな」

 

仮面の忍びが片手を上げる。

 

 

 

 

 

――それと、同時。

 

 

 

 

 

 

「――くたばれ、うん!」

 

 

空から、デイダラが降って来た。デイダラは奇襲と同時、手に持っていた起爆粘土を投げつける。最速の爆弾、数は十。鳥型の粘土は目標に近づくと同時、派手に爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやらここが潮時のようですね」

 

爆音が聞こえた少し後、遠くで立ち上った異様な気配と、それに伴ない現れた異形。

遠方で見えるそれにため息を吐き、鬼鮫はきびすを返した。

 

「逃がさねえぞ。お前にはどうしても聞きたいことがあるからな」

 

と、首切り包丁を鬼鮫に向ける。再不斬としては白達が気になるが、ここでこいつを逃がすわけにもいかない。

 

「ほう、何でしょうか。とはいっても、アナタ自身答えがわかっているようではありますが」

 

鬼鮫の言葉に、再不斬は渋面を作る。出てきたのは、呻くような低い声だった。

 

「やはり、手前はマダラの事を以前から知っていたのか……何時からだ?」

 

「答えませんよ。それに、その答えにはもう価値も意味もありませんから」

 

「………それは、どういう意味だ?」

 

「どうとでも取ってください。それよりも、アナタが何故その情報を知っていたのか、誰から聞いたのかが気になります。水影様に関する情報は極秘も極秘、里を出たあなたには知り得ない情報だ。加え、波の国で消息を断ったこと。木の葉落としの際、音忍を相手取ったこと。どうにも不自然です」

 

ギロリ、と鬼鮫は自分の独特の眼で再不斬を睨みつける。

 

「さあな。それこそお前にとってはどうでもいいことじゃねえか」

 

「まあ、そうですね。ですが、私には友人から頼まれた事があります」

 

「友人? てめえがか」

 

「仕事抜きでなら、ね。まあ必要ならば殺しますが、仕事抜きではあまり戦いたくない相手でもあります……さて」

 

そこで、鬼鮫は問いかける。

 

「うずまきナルトについては知っていますか」

 

思いもよらなかった問いに対し、再不斬は一瞬だけ動揺する仕草を見せるが、すぐに何でもない風に答えを返した。

 

「……名前だけはな。九尾の人柱力、だろ?」

 

「やっぱり知っていますか。あそこにいる待ち伏せの人員といい、イタチさんの弟といい……彼も、裏で動いているようですね」

 

「だから知らねえって言ってんだろうが!」

 

「いえいえ、その答えだけで十分です。予想外の事ですが今この場では都合がいい」

 

先の再不斬の動揺を見抜いたのか、他に何らかの情報を持っているのか。鬼鮫は再不斬とうずまきナルトがつながっていることに確信を持ったようだった。

 

「イタチさんから彼宛に伝言があります。伝えてもらえますか?」

 

「……」

 

再不斬は鬼鮫の言葉を断って戦闘を続け、この場で仕留めることを優先しようとも思ったが、寸前で思いとどまる。うちはイタチの情報は欲しかったし、あの野郎が木の葉で対峙した手練の忍びの事もある。あの異形のことを含め、不明な点が多すぎる。今は暁内部で起きていることを知るための情報が少しでも欲しいという情況だ。それに、マダラに関する情報にはもう価値がないと言い切ったこいつの意図を知りたかった。

 

「……いいだろう、言ってみろ」

 

「“中秋の名月は、未だ枯れず”、だそうです」

 

「……何?」

 

「じゃあ伝えてくださいね。お願いしますよ」

 

「って、ちょっとてめえ、待ちやがれ!」

 

再不斬は立ち去った鬼鮫を追跡しようとする。

 

だが、遠方から聞こえた大きな爆発音を耳にして立ち止まる。

 

 

「……くそ!」

 

 

一瞬の葛藤のあと、再不斬は大刀を肩に担いで方向を転換、白達が居る場所へと移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デイダラは怒り狂っていた。イタチの弟を仕留められず劣勢においやられた直後に、これだ。ただでさえ苛立っていたデイダラに、先程の奇襲はそれこそ火薬に火を入れるに等しい行為だった。

 

味方の裏切りを何よりも許せない性質であるデイダラの胸中は今、奇襲を仕掛けた相手を殺すという意志でいっぱいになっていた。不意に襲ってきた蔦は全て、小型粘土で吹き飛ばした。次はあいつだとデイダラは作り出した飛行粘土に乗り、標的に向けて飛行。

 

そして、仕掛けた張本人を頭上から急襲したのだ。ぶつけたのは、先程の奇襲による意趣返しの意味を含めての、最速の粘土。反応しても避けきれないであろう一撃が炸裂。

 

爆発によって辺り一面に立ち上った白煙が、風に吹かれて晴れていく。だが、はっきりとした視界に映った光景は、デイダラが思い描いていたものではなかった。

 

「……とんだ邪魔が入ったものだ。いきなりとは酷いなデイダラよ」

 

仮面の忍びは呆れた声をデイダラに向ける。

 

「てめえには言われたくねえな、うん」

 

何事もなかったかのように、悠然と立っている仮面の忍びに、デイダラは問いかけた。

周囲に相棒となる者の姿が見当たらないのだ。

 

「……ペイン。サソリの旦那はどうした?」

 

「その眼は節穴か? 幻術が通じないのであれば、今此処に写っている光景が全てだろうに。赤砂のサソリは先程“居なくなった”よ」

 

「……!!」

 

デイダラは声にならない声で叫び、特大の起爆粘土を作り、即座に放った。あまりにも巨大なそれを瞬時に練り上げ、固め、放つ。一連の動作はまさに一瞬で、相当の手練でも防ぐことのできない速さを持っていた。

 

だが、相手も尋常ではない。

 

「な!?」

 

全身を発光させたかと思うと、瞬時に移動し、起爆粘土をその手で掴んだ。粘土は雷を纏った手に貫かれて、その形を失っていく。デイダラ自身、最速で放ったと自信を持てる程の、起爆粘土の一撃だ。それを、仮面の忍びは馬鹿げた速さをもって越えてみせた。

 

―――そして。

 

「お前も、居なくなれ」

 

目の前で、組まれた印を見て、デイダラが叫んだ。直後、土の天敵である雷の光が、仮面の忍びから放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、突然の爆発に吹き飛ばされたカンクロウと我愛羅は、衝撃に痛む身体をひきずりながらも、何とか立ちあがる。互いの無事を確認すると、爆発が起きた方向を見た。

 

「……テマリ!」

 

あの爆発に巻き込まれたであろう姉の姿を、弟二人は必死で探した。間違いなく、爆発の範囲に入っていたのだ。嫌な光景が、考えたくも無い姉の姿が、二人の脳裏に過ぎる。

 

「……呼んだ、か?」

 

「「うわ!?」」

 

背後からテマリの声。二人が振り返れば、そこには全身から煙を発しながら横たわるテマリの姿があった。すぐさま五体満足なままの姉の元へと駆け寄り、座り込む。

 

「…あの黒いのが壁になってくれたんで、直撃は避けられたんだがな……っつ」

 

最悪の事態にはならなかったが、至近距離で爆発による余波を受けたテマリは、我愛羅達よりも遠くに飛ばされたらしい。

 

「さあ、さっさと逃げるぞ。あの仮面の忍びはデイダラとやりあっているようだし、今の内に逃げるしかない」

 

「…そうだな」

 

3人ともチャクラの残量は少なく、あの化物とやりあえるような状態ではない。万全の状態でも勝てないだろう相手に、この状況下で戦いを挑むのは自殺行為だ。

 

「分かったじゃん」

 

カンクロウはテマリの提案に頷いた。確かに、この機は千載一遇のチャンスだ。

逃せば、後はない。

 

「俺も賛成だ、とっととズラかろうぜ」

 

「サスケ!? ってお前も焦げてるじゃん!?」

 

「……言うな。というかお前ら全員似たようなもんじゃないか」

 

カンクロウ、我愛羅もテマリ程近くはなかったが、爆発の余波を受けていたためほんのりと白い煙を纏っていた。サスケは黒い蔦に覆われそうになった瞬間、デイダラが起爆粘土をあたり一帯に展開し爆発させたため、割と近い位置で爆風を受けていた。

 

そうして互いに引きつった笑みを交換している処に、残りの3人も戻って来た。

3人とも激戦の末の負傷だろう、多由也は横腹から、白は肩と太ももから血を流していた。多由也と白は先程の黒い蔦の攻撃を受けたさい、少なからず肉をもっていかれていた。致命傷とまではいかないが、掠り傷でもない。血は未だに止まっていないようだ。再不斬の方は全身からうっすらと血がにじみだしているが掠り傷で、他の者よりも大きい怪我を負ってはいない。

 

「……何だ、あれは」

 

「仲間割れだ」

 

「この隙に撤退した方がいい」

 

再不斬は全員の状態を確認し、舌打ちを一つした後、撤退の判断を下した。

 

「そうするしかないか。うちはサスケは多由也、カンクロウはテマリだ。行くぞ」

 

再不斬はそれぞれに端的な指示をだした後、自分は白に近寄った。

しゃがみ込むと白の膝の裏に腕をやり、すくい上げる。

 

「再不斬さん、あの……」

 

横抱きにされた白は今の自分の体勢を理解し、近距離にある仏頂面となっていた再不斬の顔を見る。そして急激に頬を赤くしながら、再不斬の首に腕を回した。

 

「……急ぐぞ」

 

「って、ちょ!?」

 

「先にいきやがったじゃん……しかし、あれが噂に伝え聞く……」

 

「……噂、だと? あれが何か知っているのか、カンクロウ」

 

我愛羅がカンクロウに訪ねてみる。

 

「エロ仙人とその弟子曰く、所謂一つの男の夢……ブライダルお姫様だっこじゃん」

 

「ああ……成程な」

 

カンクロウの戯言に、サスケだけが反応した。男ふたり顔を見合わせながら、うんうんと頷く。一人残された我愛羅は意味がわからないと首を傾げている。

 

「ふつーに自然な流れであの大技を成功させるとは……噂通りじゃん、霧隠れの鬼人」

 

「どういう噂が流れているが非常に気になるが……確かに、凄い」

 

不意打ちのせいで頬がほんのり赤く、しかもいつもとは違う慌てた表情を浮かべていた。髪の美少女、白のレア顔を直視してしまった二人はいい感じに混乱していた。

 

子曰く。男はギャップ萌えに弱い、のである。

 

「……言ってる場合か。さっさと逃げるぞ」

 

多由也は何故かこみ上げてくる正体不明の怒りと、白の可愛さ光線を浴びせられたせいで、微妙に顔を赤くしていた。

 

「……」

 

サスケは無言で、多由也の眼を見つめる。

 

「……何、見てる。いっとくけどあれをウチにやったら殺すぞ」

 

多由也は羞恥によってさらに顔を真っ赤にさせながら、サスケを睨みつける。

 

「……了解した」

 

どうやら無理らしい、と悟ったサスケは微妙に残念な表情を浮かべながらも頷き、多由也を背負った。戦闘中なのできつきつにサラシを巻いている多由也。ナルトが感じたという例のアレの感触は分からずじまいだった。二重の無情を悟ったサスケは世の無常を嘆き、その場に硬直する。不意に、背後から頭をどつかれた。

 

「ほら、早くいこうぜ……この、ムッツリが」

 

(畜生。メンマ、後で殺す)

 

何故だが知らないが急にメンマにむかついたサスケは、帰ったらぶん殴ることを心に決めた。

 

「すまんがカンクロウ」

 

「分かっ……う、テマリって結構重いじゃん………って、は!?」

 

「……帰ったら覚えてろよお前」

 

瀕死の状態であるテマリだが、そこは生粋の乙女。気力だけで女性に対する最大級の失言を零した弟に、割と本気風味な殺気を飛ばす。

 

「……うう、死ぬこと無く無事帰られる事を喜ぶべきか、悲しむべきか」

 

主に後のおしおきといった意味で。

 

「……喜ぶにきまっているだろう」

 

我愛羅が呆れたような声を出す。

 

「ほら、早く行けカンタロウ」

 

「カンクロウじゃん?!」

 

姉に抗議をしながら、二人は撤退を開始した。

 

 

「……サソリ」

 

 

我愛羅は振り返って、サソリが飲み込まれた場所、今はデイダラと仮面の忍びが戦っている方向を一度だけ見る。そして無言のまま元の方向に向き直り、走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、滝隠れの里の虫鳴峠にあるフウ・ハウス。黒いアレが地面から飛び出したのと同じ時刻、二人の人柱力が同時に飛びるように起き上がっていた。

 

「ナルトくん!?」

 

どうしたの、とヒナタが心配そうな声をかける。

 

「ちょ、滅茶苦茶びっくりしたじゃない。なに、何かあったの?」

 

もしかして敵、といのとサクラが周囲を警戒する。だが、辺り一帯に忍びの気配は感じ取れなかった。

 

「いや、敵じゃない。敵じゃないけど……ん?」

 

メンマはふと視線を感じ、その方向を見る。顔を向けた先には、碧の髪をした少女、七尾の人柱力であるフウが驚いた表情を浮かべこちらを見ていた。少女は自分のおかれている状況が分かっていないのであろう、顔を左右に動かし周囲を見渡す。直後、状況は把握できないが、見知らぬ忍びであるメンマ達から距離を取ろうと後ろに飛び退いた。

 

「くっ!?」

 

だが飛び上がった瞬間、フウは全身に走る激痛を感じた。足から着地はできたが、膝が崩れ落ちた。踏ん張ることの出来なかったフウは後方に飛び退いた勢いのまま、お尻から地面に着地する。

 

「ちょっと、馬鹿! まだ動いたら駄目よ、完治はしていないんだから」

 

「完治……?」

 

いの達への警戒を解かないまま、フウは自分の身体に視線を向ける。そうしてあの正体不明のコンビから受けた傷が塞がっているのを見ると、信じられないとばかりに問いただした。

 

「嘘だろ? お前らが治療を……」

 

フウ自身、自分の自己治癒能力の速さは今までの経験から大体のところを把握していた。あれだけの傷を受けた場合、この状態に戻るまでどれだけ時間がかかるかわかっていた。

外から香る、雨に濡れ始めた木々の香りと、腹具合を確かめる。

 

「……」

 

気絶してからそんなに時間は立っていないことは分かった、が。

 

「一体、何が狙いだ?」

 

「………え?」

 

「とぼけるな。さっきのあいつらも、どうせお前たちの差金なんだろう」

 

「いや、私たちは木の葉の忍びで、滝隠れとは関係ないよ」

 

「……木の葉? 木の葉隠れの忍びが、アタシに何のようだ!」

 

腰にあったクナイを構えながら、フウはサクラ達に向けて叫び声を上げる。

 

(キューちゃん、どう思う?)

 

(恐らくだが、木の葉の忍びが迎えに来て保護する、という情報をじたいを、シグレといったか……あやつらが、伝えておらんのじゃろ)

 

(なるほど)

 

(納得している場合か。どうするんじゃ?)

 

(……警戒心が強い。今までの環境のせいか。取りうる手段は一つしかないね)

 

仕方ない、とメンマは全身に残る痛みを無視して立ち上がる。そして、警戒心をむき出しにして、今にも跳びかかってきそうなフウに近づいていく。

 

「……お前は、あの時の」

 

気絶する寸前の光景を、フウは覚えていた。突如現れ、不気味な敵の前に立ち塞がった金髪の忍びのことを。

 

「俺たちは敵じゃない。シグレとかいったか。あいつらから聞いてなかったのか? お前を襲った黒服が所属する組織が、人柱力を狙っている。滝隠れはあの組織からお前を守るために、木の葉隠れに依頼をしたんだ。木の葉の里で保護してくれ、と」

 

「アタシは………そんな話、聞いていない。お前達の作り話じゃないのか」

 

信じられない、とフウは首を横に振る。

 

「違う。本当だ……俺を見ろ」

 

と、ナルトは天狐のチャクラを少しだけ引き出す。

 

「……お前。お前も、そうなのか?」

 

フウは驚いた表情を浮かべながら、自分と同じ存在なのかと聞いてくる。

 

「少し性質は違うけどな。だが、あいつら……“暁”という組織に狙われているという点では、変わらない」

 

「暁………」

 

「あいつらみたいな化物がいっぱいいる集団だ。全員が、五影に伍する力を持っている」

「全員が、五影? 嘘くさいな。確かにあいつらは強かったけど。証拠は、あるのか?」

「残念ながら何も無いな。俺の言葉を信じてもらうしかない」

 

「………もし。もしも、お前の言葉が本当だとして」

 

フウが、クナイを強く握り締める。

 

「暁とかいう組織が敵だとしても……お前たち木の葉が、アタシの敵にならない証拠はあるのか?」

 

震える声で、聞いてくる。まるで心の臓を搾り出しているかのような。

 

「アタシの力を利用しない証拠はあるのか? アタシを疎んじて、殺そうとしない証拠はあるのか!?」

 

脳裏に焼き付けられた光景を思い出しながら、フウは悲痛な声で叫ぶ。

 

「私がさせない!」

 

その叫びに、後ろにいたキリハが応えた。

 

「絶対に、私がさせない……そんなこと、絶対にさせないから」

 

言葉を紡ぎながら、キリハはフウに向かい歩いていく。それに習い、サクラ、いの、ヒナタ達も近づいていく。メンマは端に寄り、少女達に道を譲る。一列に並んだ少女達は、フウの視線を正面から受け止める。

 

「……お前たちが? なにか、証拠でもあるのか?」

 

「……無い!」

 

虚をつかれたフウの眼が一瞬泳ぐ。背後ではメンマとマダオの眼が点になっていた。

 

「証拠はない。だけど、私の生命を賭ける」

 

キリハはフウに向かってゆっくりと、一歩を踏み出す。そして突き出されたクナイに手を重ねる。

 

「ちょっと、キリハ!?」

 

重ねた手を動かし、その刃を自分の首筋に当てる。

 

「自分の言葉は真っ直ぐ、曲げない。あの日誓ったから。そんなことは、私がさせない。絶対にさせない。私たちが生きている限り、二度とそんなことはさせないから……」

 

そのまま、クナイを持つフウの手を両手で握り締める。

 

「私たちを、信じて」

 

「………!」

 

 

 

 

キリハの真摯な視線を受けたフウは、心の中だけでひどく狼狽えていた。それは、彼女自身今までに知らなかった光景だったから。

 

(アタシに対して、ここまで真剣な声で語りかけてきたやつは、いなかった。アタシの眼を、まっすぐに見つめて来た奴なんて、いなかった。アタシ相手に生命を賭けるとか、そんな馬鹿な事をする奴なんて、いなかった………当たり前だ。アタシの手を握ってくれる奴なんて、いなかったのは) 

 

尾獣を宿すモノとして恐れられ続けた。触れる事さえ嫌がられた。誰かの肌を感じたことなんて、無かった。人の温もりを感じるのは、返り血を浴びた時だけ。肌と肌が触れ合う機会なんて、皆無だった。

 

(どいつもこいつも同じような眼で……)

 

目の前に並ぶ、ピンクの髪の女、金髪の女、黒い髪の女。皆、目の前の小柄な少女と同じような視線を向けてくる。

 

(何だってんだ)

 

フウは、もう誰も信じないと決めていた。滝隠れを追われたあの日、一人だけで生きていくことを決断した。信じることに意味はなく、すぐに裏切られる。ならば、信じなければいい。近づかれれば、忌避の眼を向けられる。ならば、近くなくていい。一人ひっそりと、森の中で生きていこうと決めていた。

 

(………だけど)

 

今までとは、全く毛色の違う目の前の少女達。その視線の中にある本気を察したフウは、もしかしたら今度こそ本当に信じていいのか、と思ってしまう。

 

私たちが生きている限り、ともいった。成程、正直だ。だがそれだけ、嘘はついていないと思った。

 

 

――――信じるべきか、信じないべきか。

 

 

フウは悩み、葛藤する。そのまま、互いに言葉を発さず、沈黙のまま秒が分に変わったその瞬間。フウはキリハの手を振りほどき、身体ごと反対側を向いた。

 

「……やっぱり、駄目だ。今はアンタ達を信じられない」

 

「そんな……」

 

悲しそうなキリハの声が古い家に響き渡る。だが、そのすぐ後に。

 

「………アタシはそんな気持ち、忘れちまったから」

 

うつむいたまま、小さな小さな声でぼそぼそと呟く。

 

「でもさ………だけど」

 

身体は振り向かないまま。言葉の方向はキリハ達の言葉に対する、正面を向いていた。

 

「もしかしたら、アンタ達と居ると思い出せるかもしれない。その時まで待ってくれるなら「待つよ!」うお!?」

 

フウの言葉が終わるのを待たずに、キリハがその背中に飛びついた。

 

「って、この、重い! 重いから!」

 

「もう10年でも100年でも待つから、一緒に頑張ろう!」

 

「こら、離せ! っていうか、アタシの話を聞け!」

 

「聞く! 何回も聞くから!」

 

「そういうことを言ってるんじゃ………!」

 

「ちょっと、キリハ……!」

 

「私も混ぜなさ……!」

 

「ちょ、ちょっと、みんな、フウちゃんまだ怪我して……!」

 

なし崩し的に、少女達は喧騒に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その、後ろでナルトとマダオは頷いていた。

 

「これにて一件落着だね。でも、メンマ君もやるね」

 

「……今までが今までだったんだろう。あの娘に対して嘘をついて誤魔化すっていうのは、致命的な選択でしかない。本当の事を言って、真摯に対応するしかないと思っただけだ。流れを作れば、キリハ達なら何とかしてくれると思った」

 

人の嘘を見抜く力には長けている筈だしな、と複雑な表情で呟く。

 

「しかし、無茶をする。シカマルの胃が痛くなる訳だ」

 

「それには僕も同意するよ。一体誰に似たのか」

 

(……お主らにそっくりじゃろうに)

 

守鶴と真正面から戦うメンマ。自分の生命を賭けてまで、九尾を封印したマダオ。知らぬは己ばかりなり、である。

 

「ん、キューちゃんなんか言った?」

 

(………何も言っとらん。言っても無駄だしな)

 

「最初はどうなるかと思ったけど……」

 

「どうにかなるもんだね」

 

「キリハ達がどうにかしたんだろうに。やり方は無茶だったけど、絶対に間違っていないと思うぞ……しかし、自分の言葉はまっすぐ曲げない、か」

 

これまた複雑そうに、メンマが呟く。

 

 

「義を見てせざるは勇なきなり、勇壮の元に弱卒無し。これが世に言う、木の葉魂ってやつか」

 

 

メンマは記憶の中にある言葉から、そんな一言を抽出していた。

 

 

 


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