小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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13話 : 砂隠れでの死闘(3)

 

とある土木現場。道なき道に道をつくる集団、組織“網”が保持する土木部隊でも最精鋭に名を飾る「国境なき土方軍団」がその辣腕を振るう、いわば土木建築の最前線。

 

そんな中、とあるバイトが無双の如き活躍を見せていた。

 

「いや、無口だけど力持ちだなお前」

 

「……いえ」

 

ヘルメットを被ったおっちゃんに話しかけられたのは、何を隠そう霧隠れの里が保持する人柱力。ナメクジのような尾獣、六尾を内に宿す忍び、ウタカタである。

 

「次、これ頼むわ」

 

作業員のおっちゃんに頼まれたウタカタは手渡された土嚢を難なく持ち上げてみせた。

右手に一つ、左手に一つ、寄り添うように合わせ、真ん中に一つ。大の大人でも両手で抱えるような土嚢を、ウタカタは三つまとめて持ち上げてみせる。

 

「おお!」

 

おっちゃんが、感嘆の声を上げる。無表情ながらも今までは得られなかった感触に充実感を覚えたウタカタは、柄にもなくはりきって見せる。

 

「ほら、もう一個! ほら、もう一個!」

 

周囲を見れば、何かが間違っているノリにノリながら誰もが歓声を上げていた。ウタカタの謎な怪力を怪しむ者は一人もいない。普通ならば尋常でない怪力を疑うところだろう。だが、ここに居る者達は疑わなかった。皆、組織"網”の息がかかった、特殊な土木作業団。訳ありな者も多く、誰もが一つ二つ人には言えないような過去を持っている。人には言えない過去がある者達は、他者への無遠慮な介入を嫌う。何よりもそうされたくないと、自分自身が知っているからだ。

 

それを知らないウタカタは、ただ戸惑っていたが。

 

(まさか、事情を話すだけで信用を得られるとは)

 

胸中だけで呟く。成り行き任せの思いつきで言ってみたウタカタだが、まさか受け入れられるとは思っていなかった。ウタカタがバイトをしたいと思った理由。それは、例の店主にラーメン代を払うためである。

 

外道な方法として、そこらに居る忍びから奪うという手も考えたのだが、思いついただけですぐにやめた。何というか、あれだけの事件……そう、事件。

あまり普通でない経緯で結ばれた縁のようなもの、それを続けたいと思っていたウタカタは、最初の出足になるであろう返金に使う金に、汚れたものを付けたくなかった。

 

(美味かったし……あったかかったな)

 

生まれてからこれまで記憶にない。あれだけ、暖かくそして美味いものを食べたことなんて、無かった。自分が無一文だったにも関わらず、見るからに怪しい格好をしているにもかかわらず、あの店主はそんなの関係ないとばかりに豪華ラーメンを振るってくれた。

 

(ちゃんと稼いで、きちんと返す)

 

掛け値なし。偶然であろうとも、本当の親切、情を受けたウタカタは汚い方法でそれを返したくなかった。たまたま近くにいた土方らしき集団に声を掛け、慣れない敬語を使い、頼み込んだのもそのためだった。

 

「いや、すげえなお前。その腕っ節、あのイワオの野郎にも負けねえわ」

 

「…イワオ、というと?」

 

ウタカタにとっては、初めて耳にする名前だ。

どういう人物なのかウタカタがたずねると、親方は頭をかきながら件の人物について話をはじめる。

 

「いや、大分前に現れた……まあ、今はいないけどな。そりゃあもう、すげえ新人が居たんだよ。お前のように怪力だった」

 

そこから、その土木作業員は語り出す。土木作業中、あまり聞いたことのない発想を用い、作業開始から完了までの時間を短縮してみせたり。安全管理など、今まで誰もが必要だとは思っていても、あまり本腰を入れていなかった案件について、イワオは徹底的に突き詰めてみせた。飛躍的、とまではいかない。革新的、とはまた違うだろう。

 

「だが、人死にがでるような事故が起きる回数は、それ以前より明らかに減ったよ」

 

確認作業を怠ったことが原因で事故が起こり、結果死んでしまった者は少なからずいた。

 

「まあ………もともとが結構な腕持った忍者でもあったからな」

 

「そう、ですか」

 

最終的には忍者の道を選んだようだがなあ、と親方が遠い眼をしながら呟く。

 

「………忍者になるの反対、だったんですか?」

 

「まあなあ。忍者ってほら、あれだろ? 強くなけりゃあ生き残れねえもんなんだろ?

 

「……そうですね」

 

言う通り、強くなければ生き残れないものだとウタカタは頷いた。

 

才能の上下はあるが、戦いを経た忍び、生き残れるものは限られている。弱ければ死に、強ければ生き残るという単純なものだが、だからこそ誤魔化しがきかない世界。

 

ウタカタも人の命の軽さは知っていた。そして人柱力として迫害を受けてきた今までの生の中、力の価値に関してははいやというほどに、心の裏側へと刻まれていた。

 

「死にたくなければ、敵より強く在り続けなければならない」

 

数週間前に自分の身に降り掛かった事を思い出し、ウタカタは震える。

突如現れた黒の塊と、それを御していた一人の男。問答無用で襲ってきたので応戦はしたが、まるで歯が立たなかった。得意のシャボン玉による忍術を直撃させたとしても、まるで効いた風な様子がなかったのだ。繰り出してくる攻撃も苛烈極まるもので、近くを巡回していた霧隠れの中忍4個小隊も、黒の塊から発せられた尾のようなものの一薙ぎで沈黙させられた。

 

こいつには敵わないと思いウタカタは近くにあった河に潜り逃げたのだが、敵は追ってはこなかった。何故追ってこなかったのか、今考えてみてもいまいち答えがでない。思えば、攻撃も本気のそれではなかったように思う。

 

考え事をしているウタカタの横で、親方は何かを察したのか言いそうになる。だが、追求はしなかった。代わりに、先のウタカタの言葉に応える。

 

「ああ、あの野郎も言ってたなあ。生きたければ強くなるしかないとかなんとか」

 

その言葉に、ウタカタは素直に頷く。その言葉はある状況においては、真理となる。ともすれば、そのイワオという人物は結構な強者であったのかもしれない。そして、誰からか、ねらわれる立場であったのかもしれない。

 

死なないために、随分と鍛えたのだろう。ウタカタは自分の境遇に当てはめて、そう理解した。チャクラの大小は生まれついてのものだが、人は鍛えれば確実に強くなる。逆に、鍛えなければ強くもなれないだろうが。数多の種類存在する生物の中、唯一人間だけが日々の鍛錬を経て強くなるという。生まれ以ての力ではなく、錬磨された力を持つのも人間だけだ。

 

強くなる覚悟と時間があれば、誰でも力は持てる。生きる意思があれば、そして生きていく上で譲れない何かを見つければ人はそれを守るために強くなれるからだ。力を手に大切なものを守りたいと思えるならば、例えそれが自分の欲望だとしても、自分の命だけだったとしても、人は力を持てる。

 

一方で大きすぎる力は災厄を呼び寄せる。力というものは存在するだけで、誰かの脅威に成り得るからだ。まだ若造とも呼べる年齢のウタカタにだって、巨大な力に対して人々がどのような反応をして、どのような感情を抱くのか、ということは嫌と言うほどにわかっていた。

 

「強さが全てでは、ない」

 

何気なく出た言葉。それに、親方は神妙な顔で頷いた。

 

「忍者ってやつらは物騒なやつらだよなあ。なんで、あいつがその道を選んだか知らないけどよ」

 

「忍者について、詳しい?」

 

「いや、よく解らんよ。チャクラを操れるわけでもない。でも、昔な……俺も、戦争ってものを経験したんだが」

 

少し遠い眼。思い出すように、親方は語る。戦争の余波で死んでいった友達の事。それを訴えても、聞き届けられなかった事。戦災により職を失い、山賊に成り下がったもの。暴力により、金や食料を奪われていった事。暴力、権力。色々な力が、俺達を苦しめたという事。

 

「忍者の野郎どもみたいに………実際に戦った訳じゃねえ。でも、あれは確かに戦争だったよ。誰かの何かを奪い取って生きるって点だけは、戦争と変りなかった」

 

奪い、奪われる日々。思い出したくもない、と親方は首を振る。

 

「あれをとんでもない規模で繰り返してるんだろ? 滅茶苦茶物騒なやつらじゃねえか

 

「……そうですね」

 

忍者は命のやり取りを職とする者達だ。それだけが任務ではないが、彼らの存在の意義は、戦いの中にある。

 

「なんのために戦ってるんだか……俺にはあいつらの戦う理由ってやつが、分からねえよ。あいつら自身、分かってるのかどうかもわからねえけどな。繰り返して起こった戦争、里を守る、国を守るって理由だけじゃなさそうだしよ」

 

少なからず、奪うためという欲望が含まれているだろうと、親方は推測をしていた。

でも、そこまで。それ以上は分からない。

 

「結局、あいつらは戦うのが好きなだけなんじゃねえのかって思っちまう時がある。忍術とやらを使うのが好きなんじゃねえか、って馬鹿なことを考えちまう」

 

「そうかも、しれません」

 

ウタカタの脳裏に、見てきた光景、過去の惨事がめぐりめぐる。

 

忌むべき力、巨大すぎる力を淘汰しようと、躍起になっていた人たち。血継限界を疎み、憎み、迫害し、排除してきた者達。理由はあった。血継限界が戦争の引き金になるケースも、確かにあった。

 

戦いたい者達と、戦いたくない者達。互いに反発しあい、やがて血に塗れていった。

それは、人柱力に対しても言えることだろう。

 

力の権化である尾獣を宿す兵器。そういう扱いをされてきた。納得はできなかったが、反発してもどうしようもなかった。いやその気力さえなかった。

 

自分が持つ強大なチャクラ。その力を振るうには、意志の強さが必要になる。

その強さがウタカタにはなかった。守りたいものが無かったからだ。

 

生まれてからずっと一人で、無くしても困るものがなかった。奪われても構わないものだらけだから、無くしてもその理由を憎むこともない。大部分がどうでもいいもので構成されていたウタカタは、ただ生きていればそれでよかった。流されるままに存在していただけだった。

 

たったひとつの例外はあったが………それにも、裏切られた。

 

むしろあれこそが始まりだった。

 

それももう、忘れてしまったが。

 

気づけば、泡のように。軽く、風が吹けば飛ばされるだけの生。いつしか泡沫(ウタカタ)と言われるようになっていた。

 

何かを守ろうとは思わないし思えない。先の敵で殺された霧隠れの忍びなど、一晩寝れば忘れるだけのもの。ウタカタが知る内で唯一、人柱力で影に立った三代目水影は、霧の中の影に至るほどの力を持つ彼は、強靭な意志に支えられていた三代目水影は、いったい、どういう思いをいだいていたのだろうか。

 

「……理解できないな」

 

「ん、なんかいったか?」

 

「いえ」

 

「誰かを守るには力っていうのも必要なんだろうけど……度が過ぎた力っていうのは災害にしかならんだろうなあ」

 

「……まあ、程度にもよりますが」

 

ウタカタは、視線を逸らしながら答えを返す。

 

答えを知らないから、答えられない。例えるならば自分がそういう類なのであろうが、暴れた記憶が無いウタカタにとっては、それは断言できることでもなかった。

 

 

「……ん?」

 

 

話が途切れた刹那。不意に訪れた気配を感知し、ウタカタは何もない空を見上げた。先程とは変わらない、相変わらずの蒼天。

 

でも、何かが違う。決定的に違う。致命的に違う。漂ってくる空気が違っていた。戦場の空気という訳でもない、だが日常とは決定的に隔絶している、そんな空気が。

 

「………!?」

 

ウタカタばっと、顔を上げ、とある方向を見る。直前までは小さかった気配。だが今感じる気配はそんな生易しいものではない。感じたそれは、万人共通、誰もが感知できるだろう圧倒的なものを告げるものであった。

 

即ちそれは、一つ。死の気配。死、そのものを告るような。

 

「ん、どうした?」

 

だが、親方は気にした様子もない。

 

(……チャクラ……、いや、これは)

 

存在するだけで他を圧倒する、そんな気配。常の範疇に収まらない、極めて異端であり、そしてなによりも巨大である気配。

 

たとえるならば、圧倒的な白。それでいて、問答無用の黒のような。

 

本質的に矛盾しているような、致命的な齟齬をもっているような。

根底がおかしくて、どうしようもない存在。

 

今一度確認しても、感知出来る気配は変わらない。

 

ウタカタはそれを知っていた。数週間前に感じた気配と、全く同じ。ということは、間違いなく同一の存在だろう。あのような気配が二つあるなどとは、考えたくも無い。

 

内の尾獣も再び震えていた。以前に、『殺す』という声を聞いた時と全く同じ反応だ。

“アレ”に、恐怖している。

 

「うん、どうした?」

 

隣で訪ねてくる声。

 

「………!?」

 

だが、ウタカタはその言葉に応えられない。遠方で感じていた気配が、突如膨れ上がったのだ。同時に、地面が揺れ始める。

 

遠くから、遠雷のような地響きが聞こえてくる。その音を聞いたウタカタの脳裏に、警鐘のようなものがなる。

 

ふと、気づく。

 

「……風が止んだ―――いや」

 

 

 

世界が死んだ、と。

 

 

 

不吉を告げる凶風を感知したウタカタの呟きは、誰にも聞かれることなく虚空に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再不斬と鬼鮫は我愛羅達とは少し離れた場所にいた。術と斬撃の応酬を繰り返し互いに優位な位置取りを奪い合った末、元々いた場所から離れてしまったのだ。

 

砂隠れ近くの平原の上、互いの鉄と鉄がぶつかる音が響く。再不斬めがけ振り下ろされた鮫肌を、横薙ぎに弾いたのだ。再不斬は斬撃を受け止めたことによる手のしびれを感じながらも、鬼鮫から距離を取る。そこで、鬼鮫は奇妙な動きを見せた。

 

「……成程、ねえ」

 

「あん?」

 

鬼鮫は再不斬から数間離れた間合いで、ため息を吐きながら虚空を見上げた。何かを感じ取っているようだ。

 

「ふむ、イタチさんが言っていた通りですか……参りましたねえ」

 

再不斬と鬼鮫は、互いにすでに満身創痍の状態。身体のあちこちに、互いの愛刀によって裂かれた傷があり、チャクラの残量も多くはない。

 

ここからは一手読み違えるだけで致命傷になる。そんな警戒したままの状態の中だというのに突然おかしな事を呟いた鬼鮫に対して、再不斬が訝しげに問いかけた。

 

「………何を言ってやがる?」

 

「なに。退っ引きならない事態になっただけですよ」

 

「ふん、このままただで引かせると思うか?」

 

「そういうことを言っているのではないんですが………おっと。どうやら、来てしまったようですねえ」

 

言葉と同時、鬼鮫は鮫肌を肩に担ぐ。

 

「……?」

 

再不斬は鬼鮫の意味のない動作を見て、訝しむ。明らかな隙だ。誘いかと思ったが、違うと再不斬の勘が告げる。だが、それならば尚、今ここで隙を見せる意図が分からない。

 

そして、その隙をつこうともしない自分に対しても。頭の片隅で考える。何かがおかしいと。そこで再不斬はふと気づいた。立っている地面が揺れている事に。

 

 

気づいたのと同時だった。

 

 

 

―――相手の増援を警戒していた多由也からの通信術が届いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終りだな」

 

地面に転がっているサソリに、我愛羅達は近づいていく。身を守る鎧は謹製の起爆札による爆圧で吹き飛び、砕かれていた。鎧の中にいたサソリもまた、大きなダメージを受けているようだ。

 

鉄の檻の中で、あの規模の爆発を受けたのだ。爆圧は拡散することなく、サソリへと叩き込まれた。無事であるはずがない。その証拠に、サソリは仰向けに倒れて空を見上げるままで、我愛羅達から逃げようともしない。義体のあちこちが損傷しているせいで、動くことができないのだ。

 

「……」

 

サソリが自分の義体をチェックする。だが、もうどうにもならないということに気づき、ため息をはいた。傍まで来た三人を一瞥し、また視線を空に戻す。

 

「……こんな若造どもに、な。どうやら俺の負けか」

 

「ああ、そうみたいだな」

 

テマリが答える。

 

「……目の錯覚ではないようだ。お前達は俺の毒を受けたはずだが」

 

何故動ける、とサソリが問う。

 

「相手の武器が分かっていれば備えられる。私とカンクロウはあんたの毒を受けた……という、振りをしたのさ。演技するのは大変だったけど、それに見合った効果は得られたみたいだね」

 

「昔の武勇伝と、チヨばあからの情報を参考にしたじゃん。成程、あんたの毒は大したもんらしいけど、逆に言えばそれが死角になる。自信の裏に慢心あり、ってやつじゃん。効きが即効すぎる程、誤魔化しやすかった………それだけではないがな」

 

「どういう事だ? 他に何かあるのか?」

 

成程、油断を誘い一転突破で致命打を与える作戦は見事なものだった。仕込みのギミックも分かれば易く、単純なもの。それを見抜けなかったのはサソリの怠慢だった。だが、それだけで、他に仕込みはなかった筈だ。我愛羅は考え込むサソリを見下ろしながら、その答えを告げた。

 

「簡単だ。こっちは3人で、お前は1人だった……それだけだ」

 

「何?」

 

訳が分からない顔をしているサソリ。それはそうだろう。今まで、大軍を相手にしても勝利を収めた来たのだ。

 

数の暴力というものは確かにあるが、サソリはそれを覆せるだけの力を要している。

先程繰り出した極意レベルのSランク忍術、赤秘技・百機の操演がそれだ。

 

「確かに、あれは数が多くて厄介だったがな。それでも、弱点はあった数は多かろうと、こちらを知覚しているのは所詮お前1人。ならば、お前だけを騙せばいい。砂に詳しいお前が、こちらを襲撃するのはわかっていたからな。あとは仲間と作戦を練り、隙を生ませて、そこをついた」

 

百機の操演に気を取られていたせいもある。人形を操ることだけに気を向けて、肝心の敵の機敏に疎かになっていた。

 

我愛羅、テマリ、カンクロウと、全くタイプの違う忍者を相手に操演を行っていたのにも原因がある。一律の動きしかしない小国の兵隊とは訳が違う。

 

前準備とサソリが使う術の理解と研究。その上、扱うサソリの性格と性能を考えた作戦。

「……俺が1人というのは、そういう意味か」

 

諌めるべき仲間がいれば、また違った結果になったのかもしれない。違う視点で状況を分析できる誰かが、サソリが信頼できる相棒のような者が傍にいれば、今伏している者と立っている者、その立場が逆転していたのかもしれない。

 

だがサソリは未だに1人で、勝負にもしもは無い。この場で下された結果が全てだ。

 

「そして、付け加えるならもう一つ。アンタは、私たちを舐めていた。いつも通り、繰り出す人形の一挙手一投足で容易く刈り取れる命だと思っていたのか? お生憎さま、そうはいかないよ」

 

それほどまでに、私たちの生命は軽くないと。テマリは笑って言ってのけた。

 

「……命は軽くない、だと? 忍びの言う言葉か」

 

呆れるようなサソリの言葉、それを聞いたカンクロウが眉をしかめる。

 

チヨバアが言っていた、砂隠れの悪しき風習。命に頓着をするな、任務達成こそが最善だと思えという教え。それを忠実に守ってきたサソリならば、確かに今の言葉は理解できないだろう。何かを言おうとするカンクロウと、今の言葉を聞いて顔をしかめる我愛羅。テマリはそんな二人を手で制したまま、言葉を続けた。

 

「……忍びだからこそだ。アンタも今までにいろんな光景を見てきたんだろう? なら、ちょっとは分からないか。命は軽くないってことが」

 

「……」

 

テマリの問いに、サソリは答えられなかった。確かに、忍びとしていきてきたのであれば、命が失われる場面に出くわす機会も多い。

 

だが、人としてのあり方を捨て、人形になった彼は、答えられない。捨てたものが実は重くて大切なものだったのか、ということは。教え通り忘れ、完全に捨て去るために肉を捨てた。時の彼方に置いてきたサソリには、今更そのようなものを思い返すなどということは不可能だった。言葉を発さず、ただ空を見上げるだけのサソリに3人はゆっくりと近づいていく。

 

「俺を、どうする気だ?」

 

「…まずは、チヨばあのところに連れて行くじゃん」

 

約束だからな、とカンクロウが零す。体調の優れないチヨばあから、情報や人形を貰った事。その引換として、もう一度孫であるサソリと話したいという要望に、我愛羅は承諾の意志を示した。だが、抜け忍であり三代目風影を殺したサソリがその後どうなるかは火を見るより明らかだ。

 

チヨばあも里の重鎮、我愛羅達が生まれる遥か昔から砂隠れの忍びとして戦ってきた忍びの中の忍びだ。よもや逃亡に手を貸しはすまい。また別の事を話したいということを、我愛羅は理解していた。

 

(木の葉の白い牙と戦って死んだという、チヨばあの息子……サソリの両親のことで話があるのだろう)

 

そう判断していた我愛羅は、特に反対の意見を出さなかった。カンクロウの答えを聞き沈黙するサソリに、捕縛の縄をかけようと一歩踏み出す。

 

その時、地面が揺れた。はじめは、微細な振動。だが時間が経つに連れて、徐々にその振動の大きさも膨れ上がっていった。

 

「っ、何が起きてる!?」

 

テマリが鉄扇を構え、周囲を警戒する。カンクロウ、我愛羅もそれぞれの武器を構えた。

 

その時だった。耳が震える。多由也の音韻術だった。3人にだけ分かるように震え、その耳膜を震わせる。

 

 

 

『っ、地下だ! 全員地面から離れろ、跳べええええええええええええぇぇぇ!!!』

 

 

 

多由也の、必死の叫び声。

 

―――同時。横になっているサソリの全身を、何かが掴んだ。

 

「……あ?」

 

起きている現象と、言葉。二つを理解すると同時、3人は飛んだ。正誤を疑う暇も無い、あまりにも必死な声に、考えることもなかった。本能的に、その得体のしれない黒い何かから逃れようと思っただけなのかもしれない。

 

 

チャクラを足に込めた上での、跳躍。地面から離れ宙にある状態で、3人は見た。

 

跳躍した直後、地面から生えた黒い蔦がサソリの全身を覆ったのを。

 

 

―――そして。

 

 

 

「……来る!」

 

 

巨大な黒。それは周囲の地面を全て吹き飛ばし、その威容を見せた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……何だ、これは!?」

 

我愛羅達と全く同じ時間。宙に在ったサスケも、同じ光景を見ていた。寸前まで相対していたデイダラが、不意に黒い蔦に覆われたのを。

 

そしてその直後に、黒い化物が地面から噴き上がったのを。

 

らしくもなく、うろたえてしまう。それほどまでに、目の前に突如現れた存在は圧倒的であった。数年前、木の葉で見た守鶴に匹敵する程の巨体を持つ黒い塊。見た目からもその異様さが感じ取れる程の異物。

 

サスケはメンマやマダオからも聞いた事がない存在に圧倒されていた。敵の正体について、推測もできない。あるとすれば、ただ一つ。最近の情報だ。打ち合わせの段階で聞いた、雲隠れの人柱力が敗れたとされる相手。黒い尾で山肌を突き破ったとされる、正真正銘の化物の話。

 

「……これが、そうなのか?」

 

写輪眼でその化物を見据えながら、サスケは唇を震わせながら呟いた。写輪眼だからこそ分かる、目の前の怪物の異様さ。あまりにも高密度な、チャクラの塊。

 

いつか見た尾獣よりも濃いかもしれない、醜悪なチャクラの権化。

 

(でも、何故だ? 何故、あいつを、デイダラを捕まえる必要がある?)

 

立場でいえば、間違いなく敵方である筈の化物が、サスケではなくデイダラを捕まえている。サスケはその理由を幾通りも考えてみるが、思い当たる中で適していると思える回答は一つだけだった。

 

(もしかして、仲間割れか?)

 

それ以外ないだろう。これが何処かのかくれ里の切り札、ということは考えもつかない。これは間違いなく、人の手で御せるものではない存在だからだ。だが、サスケには腑に落ちない。狙いがこれだけとは思えなかったからだ。わざわざ敵方に姿を晒してまですることではない。この怪物がここに在る理由は、まだ別にあるはずだ。

 

そして、それは考えるまでもなかった。

 

暁が動く理由は一つだ。気づくと同時、サスケは我愛羅達が居る方向に視線を移す。

 

「……っ我愛羅!」

 

サスケは着地した後、周囲の警戒を保ったまま、写輪眼による遠視で護衛対象である我愛羅達を見る。

 

そこに移されたのは、絶望的な光景。黒い蔦に捕まって宙に釣り上げられたテマリと、その傍らに立つ見たことも無い忍び。我愛羅とカンクロウは目の前で膝をついていた。

 

――どうみても、万事休す。

 

サスケは目の前に捕まっているデイダラを無視して窮地に陥っている我愛羅達を助けようと、足に力をこめて走り出した。

 

だがその途中、着地した地面の下から再び黒い蔦が這い出した。

 

見るからに悍ましい黒が、サスケを潰さんと上下左右から襲いかかった。

 

 

 

「っ、クソッタレええええええッっ!」

 

 

 

 


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