小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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6話 : コミニケーション(1)

 

 

一方、その頃。メンマの話を聞いた自来也は妙木山に足を運んでいた。輪廻眼を持った襲撃者、その能力と容姿を聞いた自来也は妙な胸騒ぎが消えないでいたからだ。妙木山は、古来より忍界に多大な影響を与えてきた蝦蟇達の総本山である。ここにくれば。そしてこの妙木山の長老である大ガマ仙人に聞けば、何かが分かると思ったのだ。だが、大ガマ仙人から帰ってきた答えは、自来也をもってしても予想だにしないものであった。

 

「何も、見ることができないですと?」

 

「うむ。こんな事は初めてじゃ」

 

渋い表情を浮かべながら、大ガマ仙人はため息を吐く。

 

「ううむ。しかし………何か、分かる事は無いのですかの?」

 

「そうじゃのう。手がかりがあるとすれば………あの時の夢か」

 

「夢、ですか?」

 

「そうじゃ。お主が言うところの、五大国の里の同時襲撃の前日に見た夢の事じゃ」

 

「それは………一体なんですかの?」

 

不安そうに、自来也が訊ねる。音に聞こえたガマ仙人の頂点である長老、大蝦蟇仙人が見たことのない程に憔悴していたからだ。

 

「夢といっても、大層なものではない。ワシが見たのは一人の人間。とある男の姿じゃ

 

「それは一体………」

 

一息ついて、大ガマ仙人は言った。

 

「混沌の色を帯びたチャクラを纏い、誰かの亡骸を抱えて………叫ぶように泣きながら笑っている男の姿じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滝隠れの里からの返事を受け取り、木の葉の里を発ってから二日後。砂隠れにいる我愛羅とサスケ達に連絡を取ったその日の夕方である。

 

「あ~、やっぱり癒されるなあ」

 

滝隠れの里と火の国との国境線より少し離れた宿場町で、メンマは口寄せ式簡易屋台を開いていた。

 

(テウチ師匠に会いたかったけどなあ)

 

なんやかんやで日向家に居候だった身。迂闊に「外に出たい」などと口に出すことはできなかった。師匠のラーメン、今一度食べてみたかったものだけど。

 

『それでも、ヒナタちゃんが料理作ってくれたでしょ。贅沢な』

 

(ヒアシさんの眼が怖かったけどなあ)

 

恩があるとはいえ、娘の胸に顔を突っ込んでいた輩だ。あれで内心複雑だったのかもしれないが。

 

『ヒザシさんとかネジ君と一緒に、お礼は言われたでしょ』

 

(まあ、そうなんだけど)

 

日向ヒアシは娘バカということだろう。マダオと同じく、とメンマは頷いた。

 

『ありがとう』

 

(褒めてないぞ。胸を張るな、鼻をかくな、頬を染めるな!)

 

『それはともかく、無事合流できたようだし、明日には滝隠れの国境を越えられるだろうね』

 

(そうだなあ………まあ、何事も無くというのは有り得ないだろうけど、今度はどんな奴らが出てくるのか)

 

メンマも前情報として、不死コンビが出張ってきているということは分かっていた。

 

(それでも、イレギュラーはあるだろうな)

 

『まあ、そうだね』

 

メンマの言葉を聞いたマダオは、苦笑しながらもとある質問を投げかけてきた。

 

『それにしても、大丈夫なの?』

 

(………ああ? 言っただろ、傷はもう大丈夫だから心配は無い)

 

メンマは茶化そうとするが、途中でやめた。どうせマダオの事だから、内心の事についてはお見通しなんだろうと。

 

『勿論分かってると思うけど、僕が言っているのは傷の事じゃないよ?』

 

(大丈夫だ。次は、ちゃんと戦うさ)

 

『…………』

 

2人、黙り込む。メンマはマダオの言わんとしている所は分かっていた。先の長門との一戦、どうも覚悟があやふやになっていたからだ。遭遇戦故の気の動転も多分に含まれてはいたが、どうにも集中力が続かなかったのだ。最後の風遁・風神砲弾への対処の仕方など、戦闘思考のキレもいまいちだった。

 

『まあ、相手の方も強かったしね………殺気も凄かったし、弱気になるのは分かる。失敗するのは仕方ないかもしれないけど』

 

次は恐らくないよ、とため息を吐くマダオ。

 

そして小さい声で何事かを呟いた。

 

(ん、今なんか言ったか?)

 

『いや………まあ、次は大丈夫だろうと思うから。今は心の安息を優先した方がいいかもね。明日は恐らく戦闘になるだろうし』

 

(………ああ。言われなくても分かってるよ)

 

 

 

そして、夜。夕飯時を過ぎた後、そろそろ店を閉めようかとした時だった。メンマは少し離れた場所にいる、一人の男がこちらの方を見ていた事に気がついた。男は懐を何度も探りながら、ため息を吐いていた。みれば、随分と薄汚れた格好をしている。

 

着物自体はそう悪くない。水色をした羽織に、赤い帯。メンマは服に関してはからきしなのでそれがどうなのかは分からなかったが、それでもそれなりに映えるもののように見えていた。だが、あちこちに付いている汚れがそれを台無しにしていた。

 

(それなのに、パイポみたいなのをくわえているし………うむ、訳が分からん)

 

見るからに怪しい。とても怪しい。メンマとしては正直関わり合いになりたくない手合いだったが、あんなにじっと見つめられると無視もできなかった。

 

『………どうやらあの男、お金を持って無いようだね。それでも食べたくて一生懸命ポケットを探している、と…………どうする?』

 

(いや、そりゃ、見れば分かるんけどなあ………というか、何度も探しては諦めを繰り返しているのは)

 

なんでだ、とマダオに聞く。

 

『あー、もしかしたらポケットのどこかにお金が入っているかもしれないっていう淡い希望にすがりたいけど世界って優しくないよね?』

 

(むしろ局地的に大雨で切ねえよ。特に俺の頭上とか。ともあれ、どうするか…………材料もちょうど2人分余ってるし)

 

ちょうどいいか、と言いながら立ち上がった。まあ、残った材料の事もあるし………捨てるよりはいいだろうと考えたのだ。メンマは周囲を見回し、近くに誰もいないのを確認した後、その男に向かって手を振りながら大声で呼びかけた。

 

「おーい、そこの不審人物。こっち来てラーメン食べるか?」

 

すると、男は有り得ない速度でこちらに近づいてきた。そして口のパイポのようなものを口から放し、「………いいのか?」と低い声で聞いてくる。

 

「ああ、いいよ」

 

あまりの男の俊敏さに、メンマは内心でびびっていた。だが、余程お腹が空いているのだろうと解釈し、再び言葉を返した。

 

「しかし………俺には持ち合わせがない」

 

男は呟き俯くとパイポを加え、こちらに背を向けてその場を立ち去ろうとする。

 

「そんなんさっきから見てたから分かってるよ。いいさ、代金はツケってことで」

 

メンマの言葉を聞いた男はぴたりと動きを止めた。予想だにしない解答だったのだろう。一歩踏みだそうとしたままの体勢のまま、全身が硬直していた。

 

「どうする?」

 

そのまま動かない男に対し問いながら、メンマは苦笑した。

 

(ま、いきなりこんな事を言い出した俺に対して、不信感を抱いているのかもしれないけど………)

 

その言葉を聞いた男がどうするのかなんて、分かり切っていた。なんせ、死角になっていてこちらからは見えないが、男が加えていたパイポから次々とシャボン玉が出てきているからだ。

 

『背に腹は変えられないってやつだね。一名さまご来店~』

 

(しかし、色が無いな)

 

『ほっといてよ』

 

『…………』

 

 

 

 

 

数分後。

 

「お待たせ」

 

塩ラーメンは嫌いだと聞いたメンマは、男に豚骨ラーメンを出した。

 

そのラーメンを出された男は驚き、目を見開く。それはそうだろう。何せ、火の国の宝麺・絢爛舞踏バージョン。宝船のように具だくさんにチャーシューを多めにした、まさに至高の大盛りなのだから。材料が余っていたのと、先程の見事なリアクション芸を見せて貰ったお返しとして。また腹を空かせているだろうと思っての大盤振る舞いだった。

 

『おーおー、美味そうに食べてるねえ』

 

(だろ)

 

上に山盛りになった角煮にかぶりつき、その肉汁を口の中で堪能している。そして食べる度に驚いていた。メンマはその様子を見て満足に頷く。

 

(この2年の間、孤児院での子供達や現場でのおっさん達から感想を聞き、修行に修行を重ねたこの腕………とくとご賞味あれ)

 

砂隠れでの塩を気持ち程度にいれて出来上がったスープ。深みがあり、しつこくなく、後味良く。この三つの点に気を配った至高のスープだ。時間が無かったので麺は店で買ってきたものとなったが、それでも上手いこと間違いなしだ。

 

添え物のモヤシを食べる音。新鮮なものを選んでいるので、噛むたびに口の中にしゃきしゃきと音がしているだろう。そして、アクセントとなり食感も工夫した自家製のメンマ。加え、今回は半熟玉子も加わっている。

 

『それでいてどの味も殺されていないんだよねえ………まさに職人。腕を上げたね』

 

(当たり前だ。停滞してる職人なんざ、無価値も同然)

 

子供達の真っ正直な感想と、おっさん達の罵倒に耐えながら研鑽を積んだこの2年。感想に胸を貫かれ、罵倒に全身を締め付けられながらも、メンマは諦めなかった。涙で枕を濡らしながらも、試行錯誤を加え、やがてはほぼ誰の口からも“上手い”という言葉を引き出せるようになった。

 

『それでも油あげラーメンは未完成なんだよね』

 

(そうだなあ………噛み合う具とスープ、そして麺。未だに未知の部分が多いから)

 

どうにもぴりっとくるものが無い。だが、こちらはほぼ完成といっていいほどに極まった一品。見れば、音を立てて麺をすする男の姿がある。一心不乱のその視線、まるでラーメン以外のなにものも見えていない様子だった。

 

そして、食べ終わった後。

 

「………本当にいいのか?」

 

「ああ、いいよ。まあ今度あった時にはきっちり取り立てるけどな」

 

メンマが笑いながら告げると、男は「………分かった」と頷きながら、居住まいを正した。

 

「………俺はウタカタという。店主の名前は?」

 

「小池メンマだ」

 

「………分かった。小池メンマ氏。この借りはいつか必ず返す」

 

「おう。で、俺としてはこっちの方の感想を聞きたいんだけどな」

 

からかうように言ってやる。すると、男は腕を組んで黙り込んだ。

 

「え、もしかして不味かった?」

 

『いや、そんな今にも死にそうな表情を浮かべなくても』

 

男も俺の顔を見たのだろう。慌てた様子で急に話し出す。

 

「いや………俺は、そう、人に何かを伝えるのには慣れてなくてな」

 

そう前置いたウタカタは、率直な感想を言った。

 

「こんなに、暖かいものを食べたのは、美味しいものを食べたのは生まれて初めてだ」

 

本当に、美味しかった。どうも、ありがとうと頭を下げるウタカタに対し、俺は心からの笑顔を浮かべながら言った。

 

「ありがとう………まいど。また、縁があれば」

 

「ああ」

 

そう言って立ち去る男の背中を見ながら、メンマは一息をつく。

 

「………行ったな」

 

『そうだね。しかし、随分と大盤振る舞いだったけど、良かったの?』

 

「ああ、景気づけだ。これから先、何があるか分からないからな」

 

もしかしたらラーメンを作れるのは、今日が最後になるのかもしれない。

 

「それに、あの笑顔と言葉は俺にとって一番の薬となるからな」

 

その笑みが深ければ深いほど。その言葉が喜びを帯びていれば。今度はもっと美味しいものを作ろうと、そういう想いが浮かんでくるのだ。メンマはそう考えていた。自分の心も満たされるだろうと。怖さも辛さも、つまらないもの全てが吹き飛んでしまうほどに。

 

『喜びは人を癒し、また人を強くする、か』

 

「決して一人では出来ない、人と接して分かること鍛えられる事ってな」

 

胸を満たすこの充足。それこそ金に換えられない、大切な感覚だ。

 

「………よし、そろそろ時間だ」

 

移動をする時間だ。俺は、店を閉める作業を始めだした。

 

 

 

 

そして、夜。メンマは一人で、木の枝の上にいた。大樹の幹に背をもたれかけ、満月が輝く夜空を見ている。遙か昔に見たあの夜空より、星の数は多く、まるで賑やかな町を見ているようだ。

 

『星が綺麗だねー』

 

「そうだなあ」

 

メンマはマダオと2人、何も話さないまま夜空を見ていた。

 

「ああでも、野郎2人で見る星空は、何処か濁って見えるな」

 

『ちょっ、それ酷くない?』

 

「事実だろ。それより、キューちゃんの事だけど」

 

言葉を切って、俺はマダオにキューちゃんの事を聞く。

 

「なあマダオ。キューちゃんは本当に大丈夫なのか」

 

『うん。取りあえずはね』

 

考える間がない、用意していた答えを返すよう、即座の返答だった。意識不明の状態から回復してこっち、キューちゃんの様子がどうもおかしかったのだ。明らかに、以前より口数は少なくなった。その口調も、何処か暗いものを感じさせる。メンマはその事についてマダオにも相談していたのだが、「気のせいだよ」とか「疲れているんだよ」と簡潔に単語だけの言葉を返されるだけだった。

 

(何かがあるっていうのは間違いないんだろうけど)

 

メンマは落ち込み、ため息を吐いた。

 

(そういえば、胸が痛まないな)

 

ふと思いついたメンマは、自分の腹と胸の当たりを触った。あれだけのチャクラを使ったというのに、その後に訪れる筈の痛みが、予想していたものよりもずっと小さかったのだ。

 

『まあ、この2年で随分とラーメンを作って、あちこち回ったからね』

 

例の魂の回復の度合いが大きいのだろう、とマダオが言う。だが、どうにもしっくりこないのは何故か。メンマはこの2人が何かを隠しているかもしれないと考えていた。直接聞いてもこの2人、答えてはくれないだろうと思いながら

 

見た目に反して、根は頑固な2人だ。おちゃらけていても、話さない事は話さない。俺が何度聞いても、それが必要でないならば、そして話したくないのであれば、決して説明をしてはくれないだろう。

 

(来るべき時が来たるまで、待つしかないのか…………ん?)

 

音は無い。だが、下方から人間の気配がする。即座に構えるが、その気配の主が分かった途端、メンマは警戒態勢を解いた。

 

「まいど、今夜も治療に来たわよ」

 

「いの、か」

 

 

 

 

 

「………これでよしっと」

 

今日の治療を終えたいのは、一息ついた後体調を説明してくれた。

 

「これでほぼ完治したわ。それにしてもあれだけの傷を負ったっていうのに、この数日でここまで回復するなんて」

 

「それも体質です。それはそうと、治療ありがとう。これなら明日は戦えそうだ」

 

「………本当に大丈夫なの?」

 

「ん、何が?」

 

「いえ、あれだけの怪我………瀕死の重傷を負ったっていうのに、その、まだ一ヶ月も経ってないのに………」

 

言いにくそうに中断する。だがいのは、意を決するようにして続きの言葉を紡いだ。

 

「また戦う事になるけど、怖くはないの?」

 

「………怖い?」

 

『ほら、いのちゃんが心配しているのはあれだよ。戦闘恐怖症』

 

(ああ、あれか)

 

戦闘恐怖症。それは実戦に出始めの忍び、戦闘の際に大けがを負う事により発生する心の病。程度にもよるが、場合によっては引退を余儀なくされるほどのものだ。熟練の忍者をもってしても、怪我の痛みとかシチュエーションによっては発令する厄介な戦争病。

 

『そういえばいのちゃんも医療忍術を修得しているし、そのことについて心配するのは当たり前か』

 

(………そうか)

 

メンマは考えた後、言葉を選んで答えた。

 

「大丈夫だ。けっこう、慣れてるからな」

 

「………本当? 無理はしなくていいのよ。私も、あの時助けられた後は、その………恥ずかしいけど、修行も出来なくなるほど落ち込んだし」

 

一事はクナイも持てなくなるような状態だったらしい。だが、シカマル、チョウジ、キリハや親父達の助けもあって何とか克服したとのこと。

 

「え、ていうかあの時起きていたの?」

 

「少し前に目が覚めてた。パニックになったわよ」

 

それはそうだ。あのまま連れ去られていれば、まず間違いなく殺されていたのだから。

 

「だから、あの時は本当に嬉しかった。どうもありがとう」

 

いのが頭を下げる。どうしたしまして、とメンマは答える。そうして照れくさくなりながら、自分の頭をぽりぽりかきながらどうしようかと呟いた。

 

(どうも、テマリに似た感触が………きっとそれは勘違い、あくまで吊り橋効果によるものだってのに)

 

テマリも、恐らくはそうなのだろう。

 

(まあテマリの場合は、あのとき何よりも恐怖の対象であった守鶴を前に敢然と立ち向かった俺がーとか、そういった事を考えているのかもしれないけど)

 

メンマは心外だと思っていた。見返りとか、そういう事を考えて助けた訳じゃない。あくまでその場にいたからだ。

 

(そんな想いをぶつけられても………困るな。それにつけ込むってのもなんか卑怯だし

 

『でも、面と向かって礼を言われて、悪い気はしないんでしょ? いのちゃんもテマリちゃんもヒナタちゃんも可愛いし』

 

(そうだなあ…………って言わすな。このマダオが)

 

それに吊り橋効果で結ばれた恋愛は長続きしないんだぞ、とメンマは言う。

 

(あのラーメン大好きなキア○・リーブスさんも言っていたんだし、間違いない。そもそもそれは安堵の心と憧憬が混じり合った錯覚だって)

 

『錯覚大いに結構。恋愛自体大いなる錯覚だってどっかの長老が言ってたそうだよ』

 

《いや、確かに言ってたけど)

 

「………えっと、急に黙り込んでどうしたの?」

 

「え、いや考え事を………っていうか何を話してたっけ」

 

「え、あの戦うのが怖くないのか、っていうことだけど」

 

「………ああ、それ? いや、本当に大丈夫だって。何て言うか、今更だし」

 

「今更ってどういう事? 見た限り大きな傷跡は無いようだし………負けるのはあれが初めてじゃ無かったの?」

 

その言葉を聞いて、俺は「ああそういう事か」と苦笑を返す。

 

「駆け出しの頃だけど、何度か敗走した事はある。死ななかっただけで。それに最近でも、無傷での勝利は少なかったしな。それらの傷跡が無いのは体質だ。九尾の自己治癒能力。人柱力ならばほとんどが体験していると思うけど、傷を負っても徐々に消えていくんだ」

 

メンマは答えながら、意図的に隠した事があった。それでも掌仙術の方がずっと治りは早いし、大きすぎる怪我は跡が少し残ると。

 

「だから、別に死にそうになったのはあれが初めてじゃないから心配は要らないよ」

 

戦うのが怖いっていうのは今でも変わらないけど、少女相手に口には出せない。

それは格好悪いというのがメンマの持論だった。

 

「………そうなの。御免なさい」

 

いのが少し落ち込んだ表情になった。それを見たメンマは慌ててフォローをした。

 

「い、いや詳しい事を話して無かった俺も悪いんだし。気にしなくていいよ」

 

そも、正体を知ったのが一昨日ぐらい。それからあれやこれやで忙しかったため、メンマが結構な戦闘を潜り抜けてきてると言うことを説明できなかったのだ。

 

『まあ、説明したとしても心配したと思うけどね。彼女、優しい娘だし』

 

今までの道程を遠目で伺っていたけれど、いのはどうやらみんなの姉貴分的な役割をこなしている。キリハの話を聞くに、気配りも細かいし、決断力にも優れているらしい。

 

「心配してくれて、どうもありがとう」

 

「………どうしたしまして」

 

少し頬をかきながら、いのが言う。

 

 

 

 

「………何、2人で良い雰囲気を作ってるの?」

 

2人だけだった空間に、ある人物の声が入り込む。

 

「っ、キリハ!!」

 

いのが足場にしていて木の幹の裏側から、キリハが姿を現した。

 

「あんた、居たの!?」

 

「居たよ。具体的に言うとほぼ完治云々の下りからだね」

 

「聞く前に答えるな!」

 

「いたっ!」

 

いのがキリハに拳骨を落とす。キリハは「いたたた」と頭を抑えながらも、メンマに言葉を投げかけた。

 

「それはそうとお兄ちゃん、気づいてたでしょ?」

 

「………何の事やら」

 

と、頬をかきながら視線をそらす。当然、気配には気づいていたのだが空気的に声をかける事はできなかった。

 

「お兄ちゃんってばちょーっと冷たくない? いのちゃんはいのちゃんで、私に声をかけずにサクラちゃんに声をかけただけでさっさと行っちゃうし」

 

「………何の事?」

 

「ヒナタちゃんからの伝言。後で「お話」があるそうだよ」

 

「…………」

 

途端、肩を振るわせるいの。ヒナタはそんなに怖いのだろうか。

 

「お兄ちゃんもなあ。あのときの約束を守ってくれなかったし………」

 

「………あのときの約束?」

 

正直覚えのない俺は、キリハに聞き返す。すると、キリハの眼がきらりと光った。

 

「………覚えて、ないの?」

 

うん、ちっとも。

 

………と答えたかったのだが、あまりにもキリハの殺気がゴイスーでデンジャーだったので、俺は口を閉ざして貝のようにならざるを得なくなった。

 

「………一番先に会いに来てくれるって………言ってたのに」

 

眼に涙を浮かばせながらキリハは詰め寄ってくる。

 

(そういえばそんな約束をしたような………!)

 

メンマはそこでようやく思い出したが、後の祭りであった。

 

「それなのに、帰ってくるなりヒナタちゃんの胸に顔を埋めてたそうだし」

 

『ビックパイズ・ヒナたんですね分かります』

 

メンマは覚えていないんだけど、と答えながらも更に悲しそうな顔をする妹の顔を見て焦った。

 

「いのちゃんと、今みたいに深夜満月の下でロマンチックに語り合うし」

 

「いや、治療の後のただの雑談でから………っていうかキリハも居ただろ?」

 

「カカシ先生とか自来也のおじちゃんとか、カンタロウさんと一緒に一晩を過ごしたらしいし」

 

「人聞き悪い事を言うな! あとカンクロウね」

 

「………聞いたよ? 夜中まで、オパーイオパーイ言いながら騒いでたんだってね?」

 

「いや、それは自来也先生のカップ講義があまりにも素晴らしかったので。おっぱいは決して怖くなーいから。あと年頃の娘がおぱーいとか言うんじゃありません」

 

「………お兄ちゃん?」

 

メンマはキリハの背景に雷雲を幻視した。その勢いのまま、キリハは更に詰め寄った。

 

「キ、キリハ?」

 

かつてないキリハの様子にいのも戸惑っている。援軍は当てにならないだろうと判断したメンマは、マダオに助けを求めた、が。

 

『ピー。只今留守にしております。発信音の後に遺言を残してささっと覚悟をお決めになって下さい』

 

(役立たず! くそ、かくなる上は………!)

 

 

メンマは思った。退いてはならぬ! 俺は虎、虎になるのだと。そう、あくまで虎の如く生きるのだ。

 

 

 

「奥義、猛虎落地勢!」

 

 

虎が伏すような格好での土下座。

 

 

直後にメンマは踏まれた。

 

その上泣かれた。

 

 

心身ともに痛かったという。

 

 

 

 

 

 

 

「………なにはともあれ」

 

仕切り直して。

 

「ええと、鼻血が出てるけど大丈夫?」

 

「問題ない」

 

と言いつつ、鼻をすする。血が垂れた。

 

「………はい、これどうぞ」

 

いのは呆れた表情を浮かべながら、鼻紙を差し出してくる。流石はいのの姉御。気配り上手に偽り無し。

 

「いのはきっと、いい嫁さんになるね」

 

鼻に紙を詰めながら、唐突に口に出すメンマ。

 

『………傍目で見てるとアホそのものなんだけど』

 

そうだね。でも、いのはメンマの急な言葉を聞いた後、聞き返し、そして理解したと直後に驚きの声を上げる。

 

「………オニイチャン?」

 

「すんません。ほんとうにすんません」

 

眼光をギラリと光らせるキリハ。メンマは理由は分からなかったが、取りあえず謝った。あのまま行けば頭からかじられそうだったから。

 

『………で。情報をまとめるんじゃないの?』

 

おお、そうだった。

 

 

 

 

 

「それで、滝隠れの動きとしてはどうなんだ?」

 

メンマは結界の中で地図を広げながらこれからの事と、現時点で把握している状況について話をした。

 

「明日この場所に、人柱力のフウって娘を連れてくるらしいから、私たちはそこに向かう………んだけど」

 

「何かあるのか?」

 

「うん。火影様が言うに、滝隠れの里も一枚岩ではないそうだから。きっと、人柱力の保護についての案件、それに対する反対意見も出ていると思うんだ」

 

「まあ、一枚岩で団結している組織っていうのは少ないからな」

 

3人いれば派閥が出来る。木の葉でいえばダンゾウみたいなアレな立場の人が、滝隠れの中にも存在しているのかもしれない。まあ、そこまで深くは探れてはいないのだが。

 

「保護についてのやりとりを交わしたのは、現滝隠れの里の長。そして、それとは別のグループがあるって事までは、把握してる。そのグループの構成員は、若い忍者達なんだけど………」

 

「ああ、才能溢れるエリート組ってやつね。それで、そいつらの派閥が今回の事について、何か反対意見を出しているとか、そういった情報はあるの?」

 

「………無い。時間が無かったから、確証は得られてはいないとのこと。あくまで推測の範疇だね。だけど、保有している人柱力を他国に大人しく引き渡すだけっていうのはちょっと、」

 

気性的にも有り得ないとキリハが言った。だが、それはおかしいのでは。

 

「………道中、あるいはその現場で某かの妨害があるってことか? でも、木の葉の使者相手に攻撃を行えば、今築き上げてる同盟関係もパー。戦争を目前としているような状況で、そんな事をするかな」

 

報復もあるし、ただではすまないだろう。メンマはそう言うと、キリハは腕を組みんで唸りながら話し出した。

 

「勿論、そうなんだけどね。だけど、どうしても何か違和感が………引っかかるものがあるんだ」

 

「………あんたの勘は頼りになるからね。万が一に備えていた方がいいか」

 

「そうだな」

 

「お兄ちゃんは臨機応変に対応して。何が起こるか分からないから」

 

「了解」

 

「ちょっとキリハ。そんな指示でいいの?」

 

「大丈夫だよ。お互いの連携を考えれば、私達だけの方が良い。それにお兄ちゃん、遊撃は得意中の得意でしょう?」

 

きっぱりと言い切るキリハ。成る程、判断に私情は挟まないか。

 

『上忍だからね』

 

いや、日向邸でのやりとりを見てると、とてもそう思えなかったもんで。

 

『どの口が言うのかな?』

 

この口で。いや、まあいいかとメンマは頷いた。

 

「得意中の得意だ。あと国境沿いの警戒だが、どの点が緩い?」

 

聞けば、現在は緊張状態にあるので、国境沿いの警戒が厳しくなっているとのこと。火の国を出る者、火の国に入る者、全てを厳重に警戒しているらしい。

 

「ええと、ここと………ここらへんかな」

 

地図を指し、説明をするキリハ。ふと、その耳に光るものが見えた。

 

「分かった。其処を抜けよう………で、キリハ」

 

「え、何?」

 

「その耳飾りの事だけど」

 

それは確かシカマルが特注した耳飾り。風遁術の制御、威力を助長する役割を担う職人渾身の作。莫大な製作料を投入して仕上げてもらった、世界に二つと無い逸品だ。

 

『そのために匠の里の職人と掛け合ってたね………案外、妹バカ?』

 

(いや、だって金余ってたし、シカマルの胃痛を少しでも抑えたくて。あとシカマルの願いが報われるようにって)

 

そう思って作ったものだ。

 

「………やっと、気づいた?」

 

笑顔のキリハ。その頬は少し赤に染まっていた。

 

(………ああ、シカマル。お前、やったんだなーーー!)

 

メンマはガッツポーズ。こんな表情を浮かべると言うことは、シカマルの想いは通じたのだろうと思ったからだ。あるいは彼氏彼女の関係になっているのだろうぁ。

 

(そう、2人は………ってあれ?)

 

メンマはふと違和感に気づき、いのの方を見た。すると、何故か目頭を押さえながら首を振っているではないか。どうしてそんな顔を。メンマの疑問は直ぐに氷解した。

 

キリハが、耳にある碧色玉の飾りを触りながら、とある事を伝えてきたのだ。

 

「これ、お兄ちゃんのプレゼントだってね! シカマル君から受け取ったよ! 今まで話振ってくれなくて、切っ掛けが無くて………どうしようかと思ってたんだけど………今、言うよ。どうもありがとう!」

 

すげえ可愛い、満面の笑顔でお礼を言ってくる妹さん。メンマはそれを前に、何だかおかしいことがあると首を傾げた。

 

『………えーと』

 

(だよなあ。あれ、シカマルからのプレゼントの筈なんだけど………どういう事?)

 

隣のいのはなにゆえ目頭を押さえたまま何かを嘆いているのだろう。メンマは分からないまま、キリハのべったり攻勢を受け続けた。

 

 

 

「じゃあ、また明日ね」

 

「ああ。おやすみ」

 

「おやすみー」

 

去っていくキリハ。そして、容態を見た後でいくからといういのと2人だけになる。

 

「………シカマル、ね」

 

「ああ」

 

「渡したんだけどね」

 

「うん」

 

「あのとき、中忍試験が終わった後だったしね。例の説得をし始めた頃でね。キリハは心身共に疲労していたから」

 

くっ、といのは首を振りながら話を続ける。

 

「それで、大好きなお兄ちゃんの事をね。薬になると思って、朗報になると思って、よかれと思ってね」

 

「………」

 

あとは言うまでもないだろう。

 

(シカマル…………あんた、アホや。アホすぎるで……………でも、アホやけど)

 

思わず零れた涙を拭い、空を見上げながら心中で呟く。

 

((本物の漢やで))

 

いのと2人、瞬間心重ねて。

 

メンマといのは夜空にシカマルの笑顔を思い浮かべながら見続けた。そこには夜の闇に負けないよう、いくつもの星が輝いていた。

 

 

「「シカマル………」」

 

無茶しやがってと言いながら、2人は男泣きに泣いた。

 

 

 

ちなみにそんな2人の背後では、自分の名前を呼びながら空を見上げる2人に対し突っ込もうか突っ込むまいか考えている悩み多き青年。

 

 

最近は胃薬が主食となっている奈良シカマル上忍(16)の姿があった。

 

 

 

 


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