小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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二話 : 宿は道連れ湯は色気・後編

 

 

 

~ 小池メンマ ~

 

数時間後。

 

「で、シカマル君との話はどうったったの?」

 

マダオが訊ねてくる。先程、俺は手紙で呼び出したシカマルと情報を交換していた。こちらは暁の構成員について。前もって紙に書いていたのを渡したのだ。シカマルの方は、最近の各地の動向についての情報をくれた。後、一つある事を依頼された。

 

匠の里の話を聞いたシカマルが、キリハ専用のお守り作ってくれと頼んできたのだ。材料もあるので、後は加工費だけになるだろう。交換条件もあったし、何よりキリハの事もあるので、俺は後払いでその頼みを聞くことにしたのだ。

 

「お守り、か………どんなものを考えているの?」

 

「職人と相談して考えるさ。それより、だ」

 

一息区切って、話し出す。

 

「どうも、最近雨隠れの里の動向がおかしいらしい」

 

「雨隠れって………確か、あの“山椒魚の半蔵”が頭の里ですよね」

 

無敵の忍びとして名を馳せた程の実力者。その強さは伝説になる程だ。

 

「………少し前までは、ね。今は、暁の首領であるペインっていうのが頭張ってるらしいけど」

 

「ということは………あの雨隠れの半蔵を殺ったのか、そいつは」

 

「らしいね………」

 

それにしても、雨隠れの行動がおかしいとはどういう事だろうか。メンマは1人、唸っていた。

 

(何か、変わった事があったのか? ………くそ。イレギュラー要因が多すぎて、何が起こっているのかさっぱり分からん)

 

雨隠れに侵入するという手も使えない。相手が輪廻眼である以上、迂闊な手は使えないのだ。どんな術を使ってくるのか分からない。有り得ないかもしれないが、影分身体の逆探知でもされたら事だ。

 

「まあ、地道に情報収集していくしかないね………」

 

「そうだな。それで、暁の動向は分かったのか?」

 

「いや、分からない。けど、痕跡は見つかったらしい」

 

「………痕跡?」

 

多由也が訊ねる。

 

「ああ。どうも、三尾が狩られたらしい」

 

シカマルの話を聞くに、三尾がいたとされる沼で戦闘が行われた痕跡があったらしい。

 

「暁、と見るべきだろうね。それに、他にも奇妙な点があったらしい」

 

「………奇妙な点?」

 

「ああ。何でも、戦闘が行われた辺りのね………その一帯の植物が全部死んでいたらしい」

 

「………それはどういった風に?」

 

「まるで何かに吸い取られたかのように、しおれて枯れていたらしい。調査班が調べたけど、原因は不明だって」

 

「………うーん、何とも不気味ですね」

 

「俺が中忍試験の予備戦で戦ったグラサンのように、チャクラを吸収する能力じゃないのか?」

 

「違うと思う。植物そのものから生命エネルギーを吸い取るなんて、できない筈だし。それこそ、あの伝説の木遁忍術の領域になるだろう」

 

「加え、沼も濁っていて………そこにいた魚というか、水棲生物の全てが死んでいたらしい。まるで、死神が通り過ぎたかのようだと言っていたよ」

 

「死神…………と言うことは、例のあの声の主ですか?」

 

「残念ながら、その可能性は高いだろうね。皆殺しっていう感じだし」

 

声の印象と一致する。そしてその異様性を見るに、同一としていいのかもしれない。

 

「断定するのは危険だから、あくまで可能性としておくけどね」

 

「それで、こちらはどう動くんだ? 暁とその死神ってやつ、関連性はあるのか?」

 

再不斬が訊ねてくる。

 

「それは帰ってから検討する。今はとにかく食べよう。ちょうど用意もできたようだし

 

麺は熱いうちに食べろという言葉もある。今はとにかく食べるべきだ。

 

「………そうですね」

 

海鮮の幸が並べられる。

 

「あと、例の味噌もらってきたから。これで、味を調整して………よっと」

 

影分身が調達してきた業務用の麺を取り出す。

 

「海鮮味噌ラーメンに挑みます。キューちゃんはこれ」

 

と、少し焦げ目がついた油揚げを取り出す。

 

「味噌塗り油あげ焼き~メンマ風~でございます。冷めないうちに召し上が」

 

瞬間、風が生まれた。既に箸はキューちゃんの箸の中にあった。それを見た再不斬が呟く。

 

「………この俺が、見えなかっただと?」

 

全員が戦慄する。

 

「いただくぞ」

 

「たべてたべて」

 

はむっ、とかじりつくキューちゃん。

 

熱いのか、はふはふと白い息を吐きながら、結構大きめな油揚げをものすごい勢いで食べ尽くす。

 

 

「………感想は?」

 

 

遠雷を背後に浮かべるイメージで、訊ねる。

 

対するキューちゃんは飲み込んだ後、すぐさま答えた。

 

 

「うまい!95点!」

 

「っっしゃああああああああ!」

 

マダオとハイタッチ。白とハイタッチ。初めてなので分からない、という顔をするサスケと多由也にも強引にハイタッチ。どうでもいいけどハイタッチとパイタッチって似てるよねと、思わずエロい事を考えてしまう程にテンションは最高潮になる。

 

「うむ、腕を上げたの」

 

「恐悦至極。さあ、どんどんどうぞ」

 

その一時間後。

 

「ふい~」

 

勢いに任せ、いつもよりハイぺースで飲んだせいかアルコールの周りが早い。少し酩酊状態になりながら、俺は例の去り際の言葉について聞いた。

 

「結婚式………ということは、プロポーズは済んだんだね君達」

 

俺の唐突な断言に、再不斬が酒をはき出した。

 

「げほっ、ごほっ………突然、何を言い出す」

 

「えー、だって雪絵………じゃなかった、小雪姫が言ってたじゃん」

 

思い出したのか、再不斬の顔が赤くなる。

 

「で、プロポーズの言葉は?」

 

「してねえよ!」

 

再不斬が顔を真っ赤にしたまま怒鳴る。

 

「まあまあ、それぐらいで。ちなみに、どんな言葉を考えているの?」

 

「まだ考えてねえよ!」

 

マダオの言葉に怒鳴る再不斬。その一瞬後、言葉を理解した5人がにやりと笑う。

 

(((まだ、だって………)))

 

ちなみに白の方は顔が真っ赤になっていた。

 

「ふん、お前の方はどうだったんだよ」

 

「ええ、ぼ、僕? ………ええと、何だったかなあ」

 

焦るマダオ。矛先を逸らそうと、こちらに訊ねてきた。

 

「ちなみに、メンマ君はどんな言葉を考えているの?」

 

「え、俺? 俺なあ………」

 

アルコールの勢いのせいなのか、真剣に考えてしまう。

 

(うーん、やっぱり、結婚相手には麺に対する理解が欲しいし………)

 

それに、定番もやはり必要だろう。

 

(“毎朝俺のラーメンを作って下さい”………いや、やっぱり違うな。”一緒の墓に入って下さい”…………これも違う)

 

常に一緒にいて、隣にいて、それで…………同じ湯に………うん、これだ!

 

 

「俺の出汁になって下さい!」

 

 

場が静寂に包まれる。

 

(あれ? 何か、口に出したら違う感じが………)

 

その一瞬後、酔った多由也が箸で陶器を叩く。ちーん、という音が部屋に響いた。

 

「残念、不合格です」

 

「メンマ君、それプロポーズと違う。宣戦布告や」

 

役に立てっていう意味でのヒモ宣言やという、マダオの突っ込み。

 

「ちなみに、それ誰かに言ったことある?」

 

「いや、そりゃ無いけど」

 

「「「良かった………」」」

 

再不斬とキューちゃんを除く全員が頷く。

 

「ん?」

 

例の味噌油揚げに加え、それに御飯を加えて海苔をまぶした味噌焼き油揚げ御握りをようやく食べ終わったキューちゃんが、顔を上げた。

 

「何か言ったか?」

 

「いいえ、何にもないですよ………ああ、ほら御飯粒がついてます」

 

さっと頬にある御飯を取る白は、まるで母のようだった。それを横目に、俺はマダオに耳打つ。

 

(そういえば、マダオ。こっちの結婚式ってどんなだ?)

 

(各地で違うようだけど………里によっても違うね。ちなみに、君の所は?)

 

「何を男同士で内緒話をしておる?」

 

キューちゃんが訊ねてくる。

 

「いや、宣誓の言葉とかどんなかなって」

 

「………ほう。ちなみにお主が知っておる言葉はどんなじゃ?」

 

「ええっと、確か………」

 

何とか思い出しながら、言葉を紡ぐ。

 

「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、 悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも…………」

 

そうだ。こんなだった。

 

「スープを愛し、出汁を敬い、具を慰め、麺を助け、その魂のある限り………真心を尽くすことを誓いますか」

 

メンマ流のアレンジである。

 

直後、多由也の箸が容器を叩く。キンコンカンコーン、という音が鳴り響いた。

 

「………韻が美しいので合格」

 

酔った多由也はちょっとお茶目になっていた。

 

「ちなみに、元の言葉は何ていうんですか?」

 

「ええっと、それはねえ…………」

 

元になった言葉を教えると、白は真っ赤な顔をして頷いていた。興奮しているようだ。

 

(そりゃあ、なあ。白にはぴったりの言葉だもんな)

 

と、いうことはもう何年も前から2人は結婚していたのかもしれない。

 

(というと暴れるからな)

 

一応、自嘲しておいた。

 

「ふーむ………」

 

キューちゃんも思う所があるのか、腕を組んで唸っていた。

 

「どうしたの………ってそろそろ仕上げというか最後のラーメンに入るけど………」

 

食べられる、と聞くまでもない。既に全員が準備完了であった。

 

「じゃあ、味噌を入れましてっと」

 

即興の海鮮味噌ラーメンである。味噌の風味と魚の風味、それに野菜出汁の甘みが加わった今日だけの一品。今回は味噌は薄目である。魚の風味を殺さない程度の量でいい。後は、魚の風味と合わさってくれる。これから開発する新ラーメンへの実験を兼ねたものである。ちなみに事前に味は検討済み。

 

「で、近場でとれた海苔を上において、と」

 

完成である。具は鍋の残り物の野菜しかないが、それでいい。出汁の味が生きているので、後は海苔を添えれば問題はない。

 

「ん………暖まるな、これ。それに、スープに深みがあっていい」

 

「未完成ですし、要検討と思いますが………面白い方向性ですね、これ」

 

「………うまい」

 

細かい事はわからない男連中は、ただうまいと言っていた。

 

「あと、キューちゃん。これ」

 

「ん? これは、油あげか。随分と薄いし、味付けもしていないようじゃが」

 

「スープに浸して、麺と一緒に食べてみて」

 

 

「ん………ほう、これはこれは」

 

「まだ完成にはほど遠いんだけどね」

 

「でも旨いぞ、これ」

 

「いや、油揚げの味がまだ勝ってるから。周りの味との調整がまだまだ。至高の一品とは言い難い………でも、例のラーメン。やるなら味噌ベースかな」

 

前に約束した、きつねラーメンの案である。試してみるが、俺の作るしょうゆラーメンとは合わないような気がするし。塩は………無理だろう。味の方向性が違いすぎる。

 

「………ふむ。約束を守ってくれるのか」

 

感慨深げな表情を浮かべ、こちらをじっと見るキューちゃん。俺は照れ隠しに頭をかきながら、言う。

 

「………当たり前じゃん。何より、キューちゃんとの約束だし」

 

長年付き添ってきたキューちゃん。今や、家族も同然だ。それに、麺について嘘を付くわけにもいかない。笑顔でキューちゃんにそう告げる。

 

「………うー………」

 

すると、何故か顔を真っ赤にしながら俯き出した。

 

「あれ、どうしたの?」

 

キューちゃんも酔ったの、とのぞき込む。

 

「………何でもないわ!」

 

と言いながら、目をそむけられた。

 

そして。

 

「おかわり!」

 

鍋に残っているラーメンに向け、器を突き出すキューちゃん。白が苦笑しながら、器におかわりのラーメンを入れていく。

 

「………ああ、そうだ、多由也。例の屋台の事なんだけど」

 

「え、決まったのか?」

 

「ああ。出来れば全国を行脚したかったんだけど、雨隠れの動向がおかしいらしいし………“網”の紹介で、孤児院とか、現場周りに屋台を開く事にした」

 

「ということは、極々短期間の出店になるのか」

 

「時機を調整してね。安全には気を付けないといけないし」

 

「それも、そうか。うん、ウチはそれでいい」

 

「工事現場とか、特に良いかもね。疲労回復にも役立つし」

 

夕方、もしくは宵の口。仕事が終わった後の疲れている作業員に、スタミナ満点のラーメンを出す。そして満腹になった後、疲労を回復する演奏会っていうのも乙なもんだ。

 

「孤児院も、ね。ラーメンも音楽も、子供に好かれるっていうのは大事だと思うし」

 

率直な感想を聞かせてくれそうだ。

 

「そうだな」

 

多由也が笑う。

 

「まあ、暁対策に移った時は休むようになるけど」

 

始まるまでは。そして終わった後は、その範囲で動いて行こう。終わった後、っていうのは気が早いかもしれないけど。

 

「そういえば、キリちゃんとか、木の葉隠れで言われた感想をふまえて………ここ数ヶ月で、整理したんだっけ」

 

「よりよいものを、ってね。俺もまだまだ、まだまだ未熟だし」

 

道はとてつもなく長い。だからこそ、やりがいがあるのだが。

 

「………ウチも、頑張るから。よろしくお願いします」

 

「勿論」

 

「俺も、だな。雪の国での一戦で、足りない所は見えた。これからも頼む」

 

「ああ。今以上に厳しくなると思うけど………まあ、諦めないか。今のサスケなら」

 

「ボクも、ですね。秘術に磨きをかけます」

 

「………ふん、俺もだな。まだまだ、あの鬼鮫のヤロウには勝てそうもねえ」

 

「………そうだね」

 

指名手配犯のA級とS級の壁は厚い。かつてのカカシ、再不斬がA級、S級は大蛇丸クラスと言うとわかりやすいか。鮫肌の性能も厄介に尽きる。再不斬も相当強くなったが、まだ鬼鮫の力量には届かないだろう。

 

「ま、それぞれの夢を………叶えるために、頑張りますか」

 

「僕も、手伝うよ」

 

「…………そうじゃの」

 

「じゃあ、部屋に戻りますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして深夜。俺達は男女で別々の部屋で眠っていた。再不斬もサスケも寝入っているが、俺はというと。

 

(………眠れんな、畜生)

 

目を閉じても眠る事ができない。それには原因があった。

 

(………痛え………)

 

身体の奥底に響く、痛み。外傷でもない。内臓器官の痛みでもない。ただ、身体の芯がシクシクと痛むのだ。数ヶ月前からだ。チャクラを特に多く使った後の数日間だけだが、全身に痛みを感じるのだ。考えられるのは一つだけだった。

 

(魂、か)

 

癒着している魂の連結部に異変が生じているのだろう。心身共に酷使し続けたのが原因と思われる。

 

(それでも、仕方ないことだよな………)

 

他の人柱力はもっと苦しんでいるだろう。それに比べれば、軽いものだ。

 

(でも、眠れないのはつら………い?!)

 

背後に、気配。思考に没頭している隙をつかれてしまった。

 

(………入るぞ)

 

(キューちゃん!?)

 

キューちゃんが背後から布団の中に入ってくる。少し離れた場所にいるサスケと再不斬との距離は遠い。気づかれていないだろう。

 

(しかし、すごい隠行………)

 

(元が獣じゃ。この程度、造作もない)

 

布団の中、小声で話し合う。

 

(のう、メンマ)

 

(何か…………って!?)

 

背後から、優しく抱きしめられる。背中に、キューちゃんの胸の感触が感じられた。14歳バージョンになっているのだろう。そういえば声も少し違う。とっさに何かを言いそうになる。だが、続くキューちゃんの一言に、俺は何も言えなくなった。

 

(………身体は、痛むか?)

 

一瞬の硬直。直ぐ後、何のことか分からないと言うが、取り合ってもらえなかった。

身体の事、確信されているらしい。

 

(何で分かったの?)

 

上手く隠しているつもりだったのに、と訊ねる。

 

(何となく、な)

 

これでも長い付き合いだ、とキューちゃんが背後で苦笑するのを感じる。

 

(大量のチャクラを使うたびに………大きめの術を使うたびに、そうなるのだろう)

 

(………そうだけど)

 

(やはりな…………)

 

キューちゃんが黙り込む。

 

(先程、な)

 

(ん?)

 

(それぞれの夢、と言っただろう)

 

(………うん)

 

(多由也は音楽。サスケはイタチを取り戻す事。再不斬と白は………霧隠れの里を立て直すことだろう)

 

前に、ちらりと零していた事。思い出して、俺は同意する。マダラの傀儡であっただろう、先代水影を殺そうとした再不斬。目的を察するに、それ以外は無いだろう。訊ねると、再不斬は否定しなかった。少し違うがな、と返しただけで。

 

(それぞれに、夢がある。お主の夢と同じような、成すべき事が、叶えたい夢ある)

 

(そうだね)

 

(………我の夢がなんだか知っているか?)

 

(………いいや、知らない)

 

聞いたことが無かった。聞くのが怖かったのかもしれない。もし、“自由になることだ”と言われたら、この上なく悲しい気持ちになるだろうから。だが、俺のそんな考えを。キューちゃんは一言で吹き飛ばしてくれた。

 

(ずっと、お前と、マダオと………いっしょに居たいんだ)

 

息が止まる。

 

(お前と一緒にいると、な。楽しいんだ、毎日が)

 

感じた事も無かった。一緒に馬鹿をやれる相棒など。孤独の中、そんな生き方があるなど、知りもしなかったとキューちゃんは言う。

 

(マダオも、な………色々抱えていて、隠している事もあって………今は全部は言えないけど、優しい奴だ)

 

(………隠している事?)

 

(ああ。最近、徐々にだが色々と分かってきた。あいつの考えが)

 

(訊ねても、答えてくれなさそうだな)

 

(お前のためだろう。お前が隠していた痛みと同じく、な)

 

互いに思い合っている以上、話したくない事もある。キューちゃんは暗にそう言っているのだ。

 

(多くは、言えん。だが、これだけは一度問うて見たかった)

 

(………何を?)

 

そう返す事しかできない俺に、キューちゃんは告げた。

 

(あくまで、遠い未来じゃが)

 

一泊置いて

 

(………このまま戦い続ければ、チャクラを酷使し続ければお前は死ぬだろう))

 

その後に続く言葉。それは、半ば予想していた事だった。だから、その可能性を聞かされた時に、俺は驚かなかった

 

けれど言葉にして突きつけられると自分の弱さが見えてしまう。死の恐怖が、俺の全身を支配した。

 

(………原因は、何て………分かり切っているか)

 

何とか声を絞り出す。

 

(九尾………いや、天狐のチャクラか。それを使うたびに、我の魂の締める範囲が大きくなっている)

 

名前を思い出せたのも、その影響らしい。

 

(………ちなみに、マダオの量は一定だ。元が分御魂のような存在じゃからの)

 

例の屍鬼封尽を使うとき、分割した魂の一部を、八卦の封印術式に組み込んだらしい。そして、暴走時に再起動した。

 

(………あやつも大した奴じゃ。お主が呼ばれた後の数日間。あの短期間で、内部の我と己自信、そしてお主の魂に関する制御術式を描ききったのじゃから)

 

(………その結果が、あの童女姿か)

 

(我も、当時は気づけなかったしの)

 

制御術式による封印。そして、妖魔核が抜けた後、キューちゃん錯覚していた外観をあるべき姿に戻した事。

 

(そして、内部のチャクラ循環による、我の力の抑制までもな。まったく天才というのはあやつのような者を言うのじゃろう)

 

(………じゃあ、普段のマダオは)

 

(いや、あれはあやつの素じゃ)

 

(素なのかよ!)

 

思わず突っ込んでしまう。

 

(じゃが、最近の酷使で状況は変わってきている。我達を正しく認識した事もある。不安定な魂の揺らぎがお主を蝕んでいるのだ。

 

同時に、我の魂の分量も大きくなっている)天狐の霊格は、人間の霊格より上位に位置する。術式を利用してようやく、対等近くに持って行けるのだ。

 

だが、俺は違う。癒着した原因が歪だし、本来のナルトの精神、魂がほぼ死滅しているのが原因で、安定していないそうだ。天狐のチャクラを使い、術式が揺らぐたびに天狐側の浸食が大きくなっていく。そしてそれは戻らない。

 

塑性を保てる限界を超えてしまうのだ。繰り返す度に天狐の容量が増し、魂の歪みは大きくなる。いずれ、破砕点を迎えてしまうだろう。容易に想像がついた。

 

(………歪みを止める方法は、一つしかない)

 

ごくり、と唾を飲み込む。

 

(それは…………)

 

(それは?)

 

(………ラーメンを作り続ける事じゃ)

 

(そうか、ラーメンを………っておい!)

 

てっきり戦いを止める事か何かだと思っていた俺は、布団の中で突っ込む。

 

(………食べる事じゃないんだ)

 

(うむ。まあそれもあるが、不思議な事にお主が誰かにラーメンを食べさせて、の。それを美味しいといわれるたびに………魂が充足するのか、満ちたりるというのか。術式も安定して、その量を増していくのじゃ)

 

(そうなのか………)

 

(我だってそうだった。長き時を生きて、様々な事を経験しつつ、魂を錬磨して………天狐となったのじゃ)

 

今はほとんど忘れておるがの、と呟く。

 

(そういえば、納得も出来るか)

 

仙人も、己の魂を錬磨、充足させながらより高純度なものに変えていき、そしてその位を高めていくと聞く。俺に取っては、“魂の充足”=“ラーメンを美味しいと言われる”、なのだろう。うむ、隙が無い理論だ。

 

(………しかし、お主のラーメンに対する思い。そこまでのものに至らせた原因は、何じゃ?)

 

(………どん底から、救い出してくれた。生きる理由を、教えてくれた。世界が変わっても、変わらずに生きられるっていう事を、教えてくれた)

 

思いつく限りの言葉を並べていく。

 

(前も今も変わらない。俺の誇るべき夢そのものだ)

 

(………そうか)

 

(まあ、今は他にも守りたいものが増えたんだけどな)

 

キューちゃんに聞こえないよう、小さい声で、呟く。

 

(ん? 何か言ったか)

 

(いや、何も………で、話の続きだけど)

 

(まあ、回復するといっても、徐々にじゃ。その回復速度を上回る勢いでチャクラを酷使し続ければ、危ないからの)

 

(戦うのを止められたらいいのに、ね)

 

(といっても、夢を叶えるため。あと、許せない事があったらお主は戦うのじゃろう?)

(独善的に、ね。まあ夢に対する障害………暁なんかは、避けて通れない障害だから仕方ないんだけど)

 

(そうじゃの………力があるが故に、狙われる。じゃが、力があるが故に乗り切れる………何とも複雑な話じゃのう)

 

(隠遁生活を送れば、誰かを見殺しにすれば、あるいは狙われる事もないのかもしれないけどね)

 

(それを選ぶお主でもあるまいに)

 

(いや、考えたことは考えたよ。でもね、やっぱり無理だ)

 

俺が馬鹿だって事は分かってる。頭の悪い選択だって事も分かってる。突きつけられた選択肢を前に。逃げる道が、目に浮かぶ事もある。見捨てる事も、考える時がある。

 

(だけど、無理だった)

 

もっと綺麗に生きられたらいいのに。もっと賢く生きられたらいいのに。

 

(不器用なお主らしい、というべきかな………どうせ、止めても戦うのじゃろ)

 

キューちゃんは抱きついたまま、俺の後頭部にそっと頭を押しつけてくる。石けんの香りがした。

 

(………ああ。でも、キューちゃんの夢を叶えられるよう、頑張るよ)

 

(………うん)

 

そういいながら、更に抱きついてくるキューちゃん。

 

(あの、九那実さん?)

 

(何じゃ?)

 

からかうように、キューちゃんが俺の耳元に囁いてくる。

 

(実はですね。先程から、ずっと言いたかったんですけど………)

 

(何を、じゃ?)

 

(背中に、その………胸が、当たっています)

 

(当てているのじゃ)

 

こうすればイチコロだと教わったんでのう、と悪戯口調で返すキューちゃん。

 

(何、皆は寝ておるのでこのまま………ん?)

 

そこで、異変に気づく。

 

(あれ、いつの間にか布団がもぬけの殻に………っておい)

 

少し開いた襖の向こうから、5対の視線がこちらを除いていた。

 

全員が目をチャクラで補強しているらしい。微妙に光っている。

 

そして、その中の一対に至ってはおたまじゃくしが浮かんでいた。

 

(何この才能の無駄使い…………「って違え!」

 

叫びながら勢いよく立ち上がる。

 

「何時から見てた………!」

 

俺が問いかける。返答がわりに、文字を書いた紙が部屋の中へと投げ入れられた。

 

「………何々、“オープン・ザ・ワールド。世界が始まるその時から、世界が終わるその時まで”………って何じゃこれは!」

 

答えになってないわ! とキューちゃんが襖の向こうに怒鳴りつける。その直後、一枚の紙がまた投げられ、そっと襖が閉められた。

 

「………“こちらの事は気にせずに。いけいけゴーゴージャンプ(意味深)”ってマダオてめえぇ!」

 

 

今日こそ決着つけたらぁ!と叫びながら俺は部屋を出て行く。背後、キューちゃんを1人残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ーメンマはこの時、気づけなかった。九那実が1人、部屋に残った後。最初に投じられた紙の裏に書かれた文字を読みながら、悲しく笑っていた事を。

 

 

「どうか“永遠になる嘘をついてくれ”、か………ふん、分かっているわ、そんな事」

 

 

呟きと共に紙は焼かれ、一瞬で焼失した。そこに刻まれた言葉を、胸の内にだけ残して。

 

 

 

 


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