小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

51 / 141
その3

 

錨を降ろし、船を停泊させて一夜が明けた。朝の時。曇る空は朝日を見せず、ただ暗澹たるものを教えてくれるのみであった。船の上では鶏もいない。さあどうして朝を感じようかと言うときだ。助監督の叫びが甲板上に響き渡った。

 

「か、監督! 大変っす!」

 

興奮する助監督に、「何でえ騒々しい」と江戸っ子みたいな返事を返しながら外へ出てくるマキノ監督。だが爺さん、目の前に映るその光景を見て、驚愕した。

 

「こ、こいつは………!」

 

「朝起きたら、ここで針路が塞がれてたんですよ!」

 

どうしましょう、と助監督がマキノ監督聞に訪ねる。だがマキノ監督、そんなもん聞いちゃいなかった。

 

「バカヤロウ! 絶好のロケーションじゃねえか!」

 

ここでカメラを回さないでどうする! と大声を張り上げる。一方、メンマだが。

 

「………無いわー」

 

一夜明けました。船の針路の先に氷山が出来てました、まる。それで済むような事態ではない。隣で「この映画、化ける!」と興奮しているマキノ監督とは対照的に。メンマの方は頭を抱えていた。敵、恐らくは忍び数名が近くにいると分かったから。その事を告げた上で撤収を進言しようと思ったメンマだが、首を振り諦めることにした。自分が何を言っても聞いてくれないだろうと思ったからだ。

 

メンマは今のこの監督の様子を見て、分かった事があった。映画という芸術に、命を賭けている人間。骨の髄まで写真屋なのであろうと。半端な言葉は意味がないと悟ったメンマは、もう一度ため息を吐きながら、皆の元へと向かった。取りあえず最低限の方針を決めなければならない。

 

 

「総員、上陸準備だ!」

 

 

監督の指示が下される。撮影隊を乗せた船は、前方に見える流氷へと近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、上陸後。撮影の準備が整うまで役者とメンマ達は複数あるストーブの前で別々に暖を取っていた。あちらのストーブには役者達と護衛のサスケ。

 

こちらには俺とマダオだけだ。多由也と白は船の方に行って貰っている。再不斬は周辺を哨戒中である。単独行動となるが、あれだけの力量を持つ再不斬だ。心配は無いだろう。水も周りにあるから、水遁もつかいやすい場所。戦う場所としては悪くない。

 

それに、いざとなれば鬼斬り包丁を口寄せすればいいのだから。初対面時より更に強くなった、今の再不斬。その上、本気で本装備のフルアーマー再不斬ならば、そこらの忍び程度なら簡単に蹴散らせるだろう。

 

「しっかし、何もないなあ………」

 

「そうだねえ」

 

『氷ばっかりじゃのう。何か、動物などはおらんのか』

 

3人はストーブの前、周辺に声が漏れないよう、小声で話し合っていた。キューちゃんは相変わらずメンマの中だが。

 

「………気配は感じない。いないみたいだねえ」

 

「しっかし僻地も僻地。田舎だよなあ………そういえば、この国の君主ってどういう人なんだろう」

 

各地を放浪したが、雪の国には訪れた事が無かった。現君主はどんな人なのだろうか。

 

「そうだな………例えば………」

 

2人は頭の中で想像描く。

 

「冬と君主………冬と国王………」

 

そこでポン、と手を打って納得したとばかりに語り出す。

 

「私は王女オリゲルド………」

 

「冬将軍………勝てる気がしねえ………!」

 

アルディスはキリハかな、と呟くメンマ。

 

『………訳が分からんぞ?』

 

「「馬鹿な!?」」

 

目を白くして驚く2人。

あの大作を知らないとな、と叫ぶが無茶振りもいいとこだった。

 

『………だから………私には分からんもん、それ』

 

取り残されたせいか、落ち込みちょっと拗ねるキューちゃん。メンマとマダオはそんなキューちゃんの言葉を聞きながら胸をときめかせる。そしてテンションゲージをマックスにまで高めるのであった。実にどうしようもない2人である。

 

「………さあ。身体も温まった事だし、別の話題に移ろうか」

 

これ以上、からかうというか、キューちゃんをおいてけぼりにすると後が怖い。そう判断した2人は、即座にフォローに入る。

 

「………とはいってもねえ。何の話をしようか」

 

「雪の国、か。雪………北………ああ、そうだ」

 

「決まりだね」

 

メンマとマダオは顔を見合わせ、頷きあう。やがて手元のホットコーヒーを飲んだ後、何かを思いついたのか、虚空を見上げる。そして、キューちゃんに向けて口笛のような歌を聞かせる。

 

「「ルールルルル、ルールルルル………………」」

 

男2人が奏でる気持ち悪いハーモニー。だがキューちゃんは反応した。

 

『………何だ? 何か、誰かに呼ばれているような感覚が………』

 

「「マジで!?」」

 

目を白くして驚く2人。どうやら本当に効果があるようだ。

蛍、恐ろしい子………!とか呟いている。

 

そこに、助監督の声が聞こえた。

 

「はい、準備終わりましたー!」

 

スタンバイが終わったようだ。

 

「じゃあ、行くわよマヤ!」

 

「ええ、亜弓さん!」

 

『待たんかお主等』

 

どこへ行く、とばかりに殴られる二人。ノリと勢いのままカメラの前に行こうとする馬鹿の顔面へ、キューちゃんの拳が炸裂した。メンマの身体を動かしての、鮮やかな一撃である。

 

「………いや、流石に冗談だって」

 

メンマが自分の頬をさすりながら答える。

 

「でも、始まるようだよ」

 

精悍な顔つきで役者達を見つめるマダオ。だがその鼻からは血が流れていた。

 

「いや、拭けよ………」

 

 

 

 

 

そうして役者の方の準備も終わり、『風雲姫の大冒険』on雪の国、最初の撮影が始まった。

 

「うーん」

 

「寒いねえ………」

 

その後方。撮影が始まりいよいよ暇となった2人は、コーヒーを飲みながら雑談を始める。この寒さを紛らわすためだった。

 

「ああ、そうだ」

 

そこで、先程のやりとりを思い出したメンマがぽつりと呟いた。

 

「………いつか、シカマルに『妹だぞ!』とか言う日が来るんだろう、か………」

 

「いったい君は何を言っているのかな? かな?」

 

メンマの呟きから、刹那の後。瞬きする間もない一瞬。脾臓の真後ろ背中には、ヒタリヒタリと冷たい冷たい、クナイの先端が向けられていた。

 

「しょうじきすんませんでした」

 

だからそのクナイを仕舞って下さいと、メンマが平謝りする。

 

「………まったく。そもそもそんな事許すわけないでしょ。そんなふしだらな交際は認めません。最初は交換日記が基本でしょ」

 

文句を言いながらも、マダオは離れていく。メンマはその呟きの内容に何時の時代の話だよ、と突っ込もうとする。だが、そこであることを思い出したのか、小声で1人呟いた。

「………交換日記、か。そういえばキリハに聞いたことあるような、気が………」

 

「誰と?」

 

また脾臓にヒタリ。暗殺技能者真っ青のマダオの隠行である。その道の職人が見れば、こう評したであろう。何気ない動作に忍びの業が光ります、と。呼吸を読まれたのか、間を外されのか。相も変わらず無駄な才能を遺憾なく発揮する男である。

 

娘バカにゃあ適わないと判断したメンマは、素直に答えを教える。許せ、友よ。

 

「シカマル君です」

 

あの日の夜の酒の席で聞きました、とつけ加える。ガキの頃の事らしいけど、と更に付け足すが、マダオはその言葉には反応しなかった。

 

「………」

 

ただ無言でメンマから離れ、持ってきた包みからバットを取り出すだけだった。そして構える

 

「……そういえばお前、隠れ家で何か作ってたようだけど」

 

それか、と呆れた声を出すメンマ。

 

「こんな事もあろうかと」

 

だがマダオはメンマの言葉を無視し、鼻歌を歌いながら、木のバットをスイングし始めた。え、なに? ………キルゼムオール?

 

「………待てマダオ。さすがに皆殺しは不味い」

 

「大丈夫だよ? 肉体で語り合うだけだから………そう、何も、問題は、無い」

 

「ええ、問題は、ない………って大ありだよ。この馬鹿野郎」

 

「………お二人とも、一体何をやってるんですか?」

 

魔空間と化したそこに、白がやって来る。

 

「だって、暇だし………ねえ」

 

撮影の邪魔ができない以上、カメラの前に出ることはできない。後方で気配を探りつつ警戒を続けるしかないのだ。

 

「あと、船の上で真面目にしすぎたから。ギャグ分を補充しとかないと、顔が保たないんだよ」

 

冗談交じりに答えるメンマ。だが白は成る程、と頷いた後一言告げる。

 

「もう、シリアスには戻れない身なんですね………」

 

「うむ、5分以上はちときついのう」

 

帽子を持ち上げながらかんらかんらと笑うメンマ。

 

「じじむさいですよ?」

 

「ぐはっ!?」

 

天使の微笑で悪魔の言葉。鋭角の突っ込みである。そのあまりの威力に、メンマは吐血した。

 

「何やってるんだ?」

 

そこに、多由也が戻ってきた。

 

「こっちは一段落ついた………あれ、サスケが居ないみたいだけど、何処にいったんだ?」

 

「ああ、サスケくんなら」

 

あそこですねと白が居場所を指さす。多由也は白の指す方向の先を見ると、サスケの姿を見つけた。カメラのやや後ろ側。富士風雪絵の演技がよく見えるだろう、特等席にサスケはいた。

 

「………」

 

それを見た多由也は、何か面白くないという空気を纏いながら、目が半眼になっていく

 

「………ほ、ほら! 護衛ですから仕方ないかと!」

 

それを察した白が慌ててフォローをする。が、多由也の半眼は直らない。

 

「こらこら。そんな目つきを続けているとやくざ屋さんになっちゃうよ?」

 

あと某グロ魔術師殿とか、といいながら、多由也にココアを渡した。

 

「………ああ、ありがとう」

 

砂糖とミルクありありのココアを飲む多由也。半眼になっていた目がようやくほころぶ。甘いものが好きなようだ。まるで猫のような表情を浮かべる多由也を見た3人が笑う。

 

「でも、じっとしていると身体が冷えますね」

 

防寒着は着ていますが少し寒いです、と言いながら両手に白くなった息を吹きかけ、手をすりあわせる。

 

「そうだねえ。まあ戦闘とか始まったら、そうでもないんだろうけど………」

 

「それもそうですが、口に出すのやめましょうよ。噂をすれば影って言いますし」

ただでさえリーチ状態なんですから、と白がため息を吐く。

 

「このまま、何事もなく撮影が終われば………まあ、一番良いんだよな」

 

「そうだねえ。サスケに実戦を経験させるっていう目的は果たせなくなるけど………何事もなければきっと、それが一番………」

 

なんだろうけど。という言葉は続かない。メンマは何かに気づいたように一瞬硬直した後、手元のコーヒーを一気に飲み干した。

 

そして深く、白い息を吐いて2人にだけ聞こえるように、小さい声で言葉を発する。

 

「まあ、ね」

 

コーヒーを地面に置いた後、カメラの方向から背を向け、即座に懐へと手を伸ばす。やや遅れて察知した2人が手元の飲み物を飲み干すとメンマと同じく、構えを取った。

 

「やっぱり、そういう訳にもいかないねえ」

 

渋い表情を浮かべ、メンマは懐から黒い玉を取りだした。

 

「………!」

 

そのメンマの背後。海面を背に、という方向で言えば前方、雪山側にいたサスケは、突如変化したメンマの気配を察知し、振り向いた。そして2人と同じく、警戒体勢に入った。

 

メンマはやがて黒い玉、焙烙玉を手元で一度軽く放り投げると、口の端だけで笑みを浮かべる。そして、雪山の方に振り返った直後、走りだした。

 

そうして助走の最後の一歩踏み込むとそのまま踏ん張り、足を根に、そして腰に重心を落とし、腕は鞭のようにしならせ、そのまま振り抜く。

 

唸りを上げる腕。その手の先から、高速の弾丸が放たれた。

 

 

「鳥羽一郎、GO!」

 

 

チャクラで強化し、全身の筋肉を連動させた上での投擲。放たれた弾丸は、閃光が如く。その速さを保ちながら、空気を切り裂き飛んでいく。

 

数秒後、氷山の一角にぶつかった直後、黒い球は盛大に爆発した。

 

「なっ!?」

 

魔王役の役者が背後の氷山で起きた爆発に、驚きの声を上げる。爆発跡からは、黒い煙が立ち上がる。

 

「何するんだ、あんた!」

 

撮影の邪魔をするな、と助監督の怒声がメンマへと向けられる。

 

「全員、下がってくれ」

 

だが、メンマはそれを意に介さず、指示を飛ばす。そして、焙烙玉を投げ込んだ場所を睨み付けた。

 

すぐさま前方へと跳躍。撮影隊を庇える位置へと移動した。

 

――――そして。

 

 

「流石に、これ以上は近づけないか」

 

 

その爆発跡から、1人の男が姿を現した。白は出てきた男の姿を見て、その身に纏っている見慣れない鎧のようなものを見ながら、呟いた。

 

「黒い、鎧?」

 

「忍びか………?」

 

メンマは相手を観察する。男は氷のように鋭く冷たい視線をこちらへと向けながら、不適な笑みを浮かべている。その頬には、大きな傷跡があった。かなり古い傷のようだ。男は笑みを浮かべたまま、その場にいる一行を歓待するかのように両手を広げ、言葉を告げた。

「ようこそ、雪の国へ」

 

演技臭い男の仕草。

 

「歓迎するわよ、小雪姫。六角水晶は持ってきてくれたかしら」

 

視線の先。別の雪山からまた1人、今度は女性の忍びが現れた。メンマは2人が身につけている額当てを見た後、舌打ちをした。何処の里なのか分からない。その額当てに刻まれている紋だが、メンマが知っているどの紋にも該当しない。

 

女が身に纏っているのは、先の男と同じく黒い鎧。やや軽装になっているが、感知できるチャクラの大きさはそう変わらない。女が言った名前。小雪“姫”という名前も引っかかったが、今は無視だ。まずは目の前の敵をどうにかしないといけない。

 

それに、だ。メンマは不敵に笑いながら告げた。

 

「どうせ、歓迎するなら全員でして欲しいな………なあ、アンタ。別に恥ずかしがり屋ってわけでも無いんだろう?」

 

だから出てきてくれないか、と告げながら、メンマは最小限の動作でクナイを投擲した

 

一般人ならば目にも映らないだろう。かなりの速度で放たれたそのクナイは、一直線に飛んでいく。投げられたクナイの先。誰もいないはずの右方向の丘の上を狙った一撃は、そのまま地面に突き刺さると思われた。だが落ちる寸前、クナイは不可視の何かに弾かれて、あらぬ方向へと飛んでいった。

 

「はっ!」

 

直後、地面から人間が出てくる。熊のような巨体を持つ大男。他の2人と同じ、黒い鎧を身に纏っていた。

 

「この距離で気配を察知されるとはな………それに先程の動作。抜け忍の癖になかなかやるようだ」

 

不敵な表情を浮かべた男は、後方へと跳躍する。

 

それが開戦の合図だった。

 

 

 

 

悟ったメンマは即座に指示を飛ばす。指示に従い、多由也は撤収する撮影隊を護衛。サスケと白が前に出る。

 

「了解!」

 

「ああ!」

 

2人が即座に応答し、各の役割を果たすべく動く。だが、撤退していく撮影隊の方へと向かった多由也のみ、その場で足を止めた。

 

「おい!?」

 

撮影隊の中、ただ1人だけ、その場を動かないで佇んでいる者がいたからだ。その人物は風雲姫。最優先護衛対象である、富士風雪絵だった。

 

「………アンタ!?」

 

多由也が叫ぶ。

 

「ちっ!」

 

それを見たメンマは舌打ちをすると前方を向き、即座に駆け出した。

撮影隊が撤退する時間を稼ぐために、敵首領を抑えようというのだ。迎え撃つよりは打ってでる方を選ぶ。

 

かなりの速度で近づき、やがて一定距離まで近づくと印を組み、術を発動した。

 

「風遁・大突破!」

 

メンマの口から全てをなぎ払う豪風が放たれる。だが、その風は相手には届かなかった。それなりのチャクラが込められた暴風は敵の眼前で弾かれ、後方へ逸れていくだけ。男は悠然とそこに立っていた。

 

「その程度の忍術など………我々には通用しない!」

 

男の前方にはチャクラの膜のようなものが張られていた。それにより風を防いだようだ。

 

「その、鎧は………?」

 

「これは、雪の国が開発した最新鋭のチャクラの鎧」

 

聞けば、相手のチャクラを無効化する、逆位相のチャクラを発しているらしい。着ている者のチャクラを増幅してくれるとか何とか。それを聞いたメンマは、溜息をついた。

 

「つまり俺達の忍術、幻術は通じないってわけか………厄介な」

 

「そういうことだ」

 

男は笑みを絶やさないまま、メンマの問いに答える。一方メンマの方も内心では笑みを浮かべていた。

 

まさか、聞いた事に素直に答えてくれるとは思わなかったのだ。同時に匠の里で聞いた噂話を思い出し、それが眉唾ものではなく真実であることを知った。

 

――――チャクラの鎧。一つ情報を得たメンマはどうしたものかと思考を走らせる。

 

黙り込むメンマを見た男は、それを弱気になったと取ったのか、高らかに笑い声を上げて追撃を仕掛けた。

 

「所詮は抜け忍風情! この鎧を身につけている我々には適うまい!」

 

敵の首領格の男が空中へと跳躍。そして印を素早く組み、忍術を発動した。

 

「氷遁・破龍猛虎!」

 

突出しているメンマの元へ、氷で出来た巨大な猛虎が突進していく。

 

「水遁・水龍弾の術!」

 

その直後、横合いから水でできた巨大な龍が飛来する。荒ぶる龍はその水圧で猛虎を打ち砕かんと、その横っ面へ突っ込んでいく。

 

それでも水の龍は氷の虎を打ち砕く事ができなかった。逆に凍らされ、砕かれてしまう。だが、無駄ではなかった。術の圧力は猛虎の身に通ったのだろう、氷虎の軌道は逸れ、メンマから大きく離れた場所、氷の地面を抉るだけに終わった。

 

「ダンナ………!」

 

「誰がダンナだ」

 

哨戒に出ていた再不斬が戻ってきた。

 

「こいつは任せろ。お前は後方へ」

 

「ああ、任せた」

 

「ふっ、どちらが来ようと同じ事だ!」

 

 

 

一方、サスケの方は。

 

「ここから先は行かせねえ!」

 

女の雪忍を止めるべく、叫び前へと出る。女はサスケの力量を見ようと、ひとまず距離を取った。印を組み、術を発動する。

 

「氷遁・ツバメ吹雪!」

 

氷で出来た燕が数十羽、飛来しサスケへと殺到する。

 

対するサスケは虎の印を結びに、火遁・豪火球の術を使った。サスケの口から放たれた豪炎が、燕全てを溶かし尽くす。

 

「………!」

 

だが、その後方。棒立ちになっていた雪絵が、サスケの放った豪火球を見た途端、小さな悲鳴を上げた。そして手に持っていた撮影用の模造刀を地面に落とした。

 

「おい、アンタ! 早く逃げるぞ!」

 

多由也が怒鳴りつける。が、雪絵は何の反応も返さなかった。

 

「ん?」

 

そこで多由也は後方から、聞こえてくる誰かの声………三太夫の声が聞こえ、訝しげな顔を浮かべる。それは雪絵も同じだった。

 

三太夫の放った一言はそれほど場違いなものであったからだ。その言葉を聞いた雪絵は驚愕の表情を浮かべ、後方から駆け寄ってくる三太夫の方へと振り返る。

 

「………三太夫、あなた!」

 

「爺さん、あんた………」

 

続く声は、跳躍し後方へと飛んできたサスケによってかき消された。

 

「………何をしている! さっさと行け!」

 

怒鳴りながらサスケは印を組む。虎の印を締めに繰り出されるは、火遁・鳳仙火の術。

印を組んだあと手裏剣を素早く取りだすと手裏剣に火の小花を纏わせ、同時に敵に向け放った。

 

「氷遁・ツバメ吹雪!」

 

対するは氷燕。だが競り勝ったのは火の鉄花の方であった。鳳仙火手裏剣は氷の燕を溶かした後、その勢いを殺さずに標的へと殺到する。舌打ちした女は地面へと手をつけ、告げげた。

 

「氷牢の術!」

 

手裏剣は女の身体に突き刺さるその一歩手前で、防がれた。地面から生えてきた氷の柱に弾かれたのだ。

 

柱はそのまま次々とその数と勢いを増し、今度はサスケの方へと襲いかかった。かなりの速度で迫り来るそれを、サスケは後方へと跳躍し続ける事でかわす。

 

やがて、再び多由也の横まで下がったサスケは、気絶する雪絵の姿を見て驚いた。

 

「おい、何があった!?」

 

「わかんねえよ! 火を見た後急に叫びだして………くそっ、後だ、後! ウチが担いで撤退するから、援護を頼む!」

 

「ああ、分かっ………ってメンマ!」

 

「おいおい、その名で呼ぶなよ」

 

敵首領は再不斬に任せたのだろう。後方へと戻ってきたメンマは、多由也を見ながら指示をする。

 

「雪絵さんを頼む。俺は三太夫さんを運ぶから。急ごう」

 

「分かった」

 

多由也は雪絵を肩にかつぎ、後方へと下がっていった。その後方、殿としてメンマが追随する。その光景を見ながら、サスケはよし、と一息入れる。

 

(これ、使えるか)

 

地面に落ちていたある物を見つけ、手に持つ。そして敵、女忍者のいる方向へと走り出す。

 

チャクラで足を強化し、全速力。

 

「おおおおおぁぁ!」

 

「氷牢の術!」

 

突っ込むサスケの足下から、氷の柱が次々とせり出してくる。サスケはそれを走りながらも視認し、左右へジグザグに走りながら回避する。氷柱を後方へ置き去りにしながら、どんどん間合いを詰めていく。

 

その歩みは慎重だ。何故なら今のサスケは写輪眼を使っていなかった。

 

上陸する前にメンマから釘をさされたからだ。戦闘が起こった場合、一戦目はひとまず様子見に徹しろ、と。初戦の方針簡単。あくまで様子見程度に抑える事だ。切り札は見せない。適当にやりあった後、多由也の合図と共に退くとのこと。

 

サスケはその時のやり取りを思い出し、舌打ちをした。

 

『もし使わざるを得ない状況になったら?』

 

『そうしなきゃ勝てないって思ったんなら、使っていいよ』

 

思い出したサスケは、不敵に笑いながらも、叫んだ。

 

「誰が思うか!」

 

距離を詰め切ったサスケ。だが女忍者は鎧の背中にあったのだろう、翼みたいなものを展開し、宙へと逃れる。着地後、再び氷牢の術を発動。

 

先程より速いそれを回避しようと、サスケは後方へと跳躍する。

 

だが氷柱の方が速かった。

 

「しまっ」

 

氷柱に、サスケの足の一部が捕まってしまう。それを基点に、サスケの全身が氷に覆われていき、最後には氷で出来たの牢の中に囚われてしまった。

 

――――代わり身の偽物が。

 

「何!?」

 

 

代わり身の術。氷の中、囚われたと思われたサスケの姿が変化する。現れたのは、先程サスケが拾ったストーブ。表面には起爆札が貼られていた。直後、氷の中で起爆札が爆発した。

 

爆発はストーブ内の油に引火し、周辺の酸素を急激に燃焼させる。起爆札よりも大きい規模で、爆発が起こる。

 

「ちっ!」

 

氷柱を盾に爆発を逃れた女忍者。

 

「あいつは………!?」

 

その後方にサスケが回り込む。

 

「終わりだ! 火遁・豪火球の術!」

 

逃げられない間合いとタイミング。サスケの豪火球の術が女忍者へ向かい放たれる。だが、女は避けなかった。背にある翼を再び広げながら、火球に向かい突撃していった。

 

「なっ」

 

鎧から発せられた障壁だろうか。チャクラでできた膜のようなものが、火球を弾き飛ばしてしまう。

 

そのままクナイを取りだし突進する。術を放った後のサスケに向かい、襲いかかった。だがサスケは焦らない。反応できる速度なので、焦る必要もないと、冷静に対処する。写輪眼を使うまでもない。

 

サスケは相手のクナイの軌道を見切り、自分のクナイで横に弾いた。鉄と鉄がぶつかる、甲高い音が辺りに響き渡る。

 

「ちいっ!」

 

「そんな遅い攻撃で!」

 

余裕を持って避けきったサスケは、再び構え直す。女忍者はそれを見た後、地上戦では分が悪いと見たのか、そのまま空中へと浮かび上がる。

 

懐から黒い玉を取りだし、サスケへと複数投じた。玉は地面に落ちると同時に破裂し、氷の刃をはき出す。サスケはその刃も余裕で避けながら、何とか反撃しようとする。

 

だが、空中に飛び回っている相手を捉えきれない。術も放たない。中途半端な威力の術では、あの障壁を貫けないと判断していたからだ。

 

そうして、どうするかと考えている最中だった。背後から、笛の音が聞こえたのは。

 

「………合図か」

 

 

 

 

 

 

 

 

白の方だが、こちらも状況は膠着していた。熊男の攻撃は単調で、鉄製の板に乗って滑りながら突撃を繰り返してくるだけ。鋼線のついた鉤手を飛ばしてくる事もあるが、白とマダオならばゆうゆうと避けられる速度。

 

最初、男は2人の間を抜け、船の方へ行こうとしていた。そこにマダオが立ち塞がる。熊男の鉤手がワイヤードフィストよろしく、マダオに向けて発射された。

 

だが、マダオは「ゴーブリンバット!」の雄叫びと共に、手に持ったバットの一撃で鉤手をピッチャー返し。まさかそういう返し方をされると思っていなかったのか、熊男は戻ってきた鉤手を顔面に受け、そのまま吹き飛んだ。

 

足についていたスノーボードみたいな鉄製の板も、そのままどこかに飛んでいった。機動力を失った相手。そこにたたみかけるマダオ。

 

 

「ガトチュゼロスタイル!」とか、「ケンチャァァァァン!」とか叫びながら、熊男をたこなぐりにしようと一気に攻勢に出る。だがその攻撃は障壁に遮られてしまう。

 

「舐めるな!」

 

色んな意味で頭に血が上った熊男が、反撃に移る。だがそこは流石のマダオである。雪上の戦闘をも苦にしない動きで、攻撃を避ける。

 

そして隙を見て間合いを広げた後、遠距離戦へと持ち込む。白もそれに加わり、再び攻勢に移るが、千本やクナイは尽くが弾かれる。鎧から発せられる障壁に防がれ、ダメージを与える事ができない。

 

「………埒があきませんね。様子見程度の攻撃では駄目なようです」

 

「そうだね………でも、そろそろ時間だよ」

 

初戦、この状況。目的は時間稼ぎだ。そして、十分に時間は稼げた。

 

「そろそろ、ですか」

 

2人は後方から感じる気配を確認し、呟いた。撤収は完了したようだ。船が出ようとしている。残っているのは、自分たち6人と敵の3人だけ。

 

「仕上げっと!」

 

マダオが起爆札が付いたクナイを複数投じる。それも障壁に阻まれしまうが、男は爆風によって後方へと飛ばされてしまう。その後、岸の方から甲高い笛の音が聞こえてきた。

 

見れば、船は既に岸を離れている。頃合いだ。

 

「さて、退こうか」

 

「了解です」

 

 

 

 

 

 

同じ時、再不斬にも撤退を知らせる笛の音は聞こえていた。

 

「………悪いが、ここいらで退かせて貰う」

 

「………ふん、させると思うか?」

 

笛の音を聞きながら首領格の男は不敵に笑う。直後、逃がさないとばかりに、今までとは少し違う印を組み始めた。

 

 

「氷遁・一角白鯨!」

 

叫びと同時、氷で出来た地面の下から、一つ角を持った巨大な氷の鯨が飛び出してくる。だが再不斬はそれを難なく避け、そのまま船の方へと疾走する。

 

そこで、既に陸から離れているに出た船を見た。全員が既に、岸まで退避しているようだ。そのやや離れた場所には、敵の姿もあったが。

 

「来たぞ。どうする」

 

「俺と再不斬が残る。他は退避。でかい術で足止め。後に撤退」

 

時間が無いので、簡潔に作戦内容を告げる。

 

「メンマ、空のやつはどうする?」

 

少し離れた空中、女忍者は空に浮かびながらこちらの頭上を越え、船へ向かおうと機を伺っていた。それを、どうするかのサスケの問いに、メンマではなくマダオが答えた。任せて、と言いながら、あるものを頭上に掲げた。

 

「こんなこともあろうかと!」

 

バットだった。だがそのバットは普通ではない。その表面には、大量の起爆札が貼られていた。

 

「空を往け! ボンバー君4号!」

 

無能部下爆殺器、ボンバー君4号が空を飛ぶ。ちなみに火薬の量は企業秘密らしい。

やがて、ボンバー君は空中で爆発。宙に浮いていた女忍者は強風に吹かれた蠅のように、地面へと落とされた。

 

 

「………撤収!」

 

 

号令と共に。メンマと再不斬以外の全員が船へと走り出した。

 

「さて、やろうかダンナ」

 

残ったメンマは懐から煙玉を数個取り出し、炸裂させる。そして弱めの風遁でその白い煙を広がらせ、岸当たりを白い煙りで完全に覆い隠す。

 

「誰がダンナだ………ぶちかました後、一気に退くぞ」

 

「一目散だね」

 

メンマは親指を立てながら返事をする。再不斬は少しため息をはいた後、顔を真剣なものへと変化させ、構える。

 

「水遁・大瀑布の術!」

 

素早く印を組み、手をかざしたあとそれを振り下ろす。同時、海面が急激に隆起し、そのまま螺旋を描く瀑布となって敵へと襲いかかった。煙で視界を防いでいたので、敵から見れば白い煙を突き破って突如大瀑布が襲ってきた風に見えるだろう。

 

辺りに浮かんであった巨大な氷塊が組み合わさり、いつにもまして危険さを増した水の竜巻が、陸にある全てを押し流していく。

 

「風遁・大突破!」

 

加え、メンマも通常よりも多くのチャクラをこめた大突破を使う。風により氷塊が飛ばされ、陸の方へと飛んでいく。

 

 

不意を打たれた形になった敵は驚き、その場に留まるのが精一杯となった。術を放った2人は動かない敵の気配を察知した後、その場に背を向け、撤退を開始した。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。