小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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劇場版・SASUKE ~大疾走!雪姫忍法帳・その虹の先に~
その1


 

 

風が。風が、吹きすさぶ。モノクロの荒野の上、折れた矢と持ち主のいない剣の残骸がそこかしこに散乱していた。兵共の後である。生死の残骸が、ばらまかれていた。何もかもが居なくなったその中。それでもまだ、生きている人間達が居た。

 

誰もが疲れ果てた顔をしている。弱音を吐きながら、今までの旅、その辿ってきた道程の全てを否定する言葉を吐いた。だがその中の1人だけは、まだ諦めてはいなかった。

 

「………道はあります。信じるのです」

 

膝をついていた姿勢から、言葉と共に立ち上がり、その行く先を見据える。

 

「しかし、姫」

 

「………諦めないで」

 

弱音を重ねようとした従者の1人に振り返り、凛とした表情を浮かべた姫はその眼差しのように強い言葉を重ね、見つめる。

 

「姫………」

 

一言。だたの一言で。空気が変わった。風雲姫の言葉に気圧され、呟きを洩らす従者達。

その緊迫した空間横合いから、突如笑い声が差しこまれる。年を重ねた。そしてその年月の全てを、悪にのみ注いだ、そんな声だ。

 

一行の行く先の前、その荒廃した城壁後の上に、白髪白髭の老人が現れた。

 

「風雲姫よ。そなたらはこの先に行くことなどできんのだ」

 

「魔王!」

 

構えを取る一行。やがて始まる戦い。魔王と呼ばれた老人の一括の直ぐ後。荒野に倒れていた死体が突如起きあがり、その眼光を白く光らせた。

 

その手には、各に武器が握られている。一行へと襲いかからんと整列を始める鎧の兵士達。高みから全てを見下ろしている魔王、その最後の言葉が宣告される。

 

「諦めろ、観念するがいい」

 

絶対絶命の窮地。その上に更に重ねられた命令するかの如く一言は、しかし風雲姫の心を折ることは出来ない。魔王に背を向けたまま、従者達へ語りかけるように言葉を発する。

 

「私は諦めない。この命ある限り、その全てを力に変え」

 

荒れ狂う暴風の吹く荒野に長い髪を靡かせながら、振り返り、告げる。

 

「必ず道を切り開いて見せる!」

 

やがて吹き出すチャクラの光、白黒の世界にあって鮮やかに、七色のチャクラが風雲姫の全身から溢れ出す。

 

「行こう」

 

「俺達もチャクラを燃やすんだ!」

 

風雲姫の勇気とそのチャクラを眼前に見せられ。奮い立った3人の従者達は、互いに顔を見合わせ、姫の元へと集結する。

 

『笑止!』

 

それをあざ笑う魔王が、手に持つ杖を回転させる。地面の岩を吹き飛ばす、強大なる竜巻の塊。雄叫びと共に、その先から荒れ狂う暴風が放たれた。

 

『はあああああ!』

 

だが、その暴風は4人には届かない。七色に輝くチャクラが、その暴風を消し飛ばしたのだ。虹の奔流、その中央に立つ風雲姫。その美貌を見て、サスケは息を飲んだ。

 

「ああああああ………!」

 

やがて、風雲姫の雄叫びと共に、虹色のチャクラの砲弾がその前方に放たれた。

 

その奔流は暴風を消し飛ばし、その先に居る魔王を吹き飛ばした。虹はその勢いを弱める事なく、前方の空へと突き進んでいく。止められるものなどなかった。そうして空を覆う黒い雲の壁を突き抜けた後である。

 

空が、光りを発した。何も見えなくなる。

 

やがて、光が収まった後。

 

「おおおお……!」

 

観客が感嘆の声を上げる。前方の空の彼方には、虹の橋が掛かっていたからだ。

 

風雲姫と3人の従者は互いに顔を見合わせ、力強く頷き合う。

 

そして手に持つ剣を悠然とした動作で持ち上げ、次に行くべき場所を、いかなければならない場所を指して宣言した。

 

 

「さあ、行きましょう…………あの虹の向こうへ」

 

 

立ち塞がる者全てを吹き飛ばし。そこに行くのだ、と力強い声で、風の雲の名を持つ姫は、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小池メンマのラーメン日記

 

 SASUKE ~大乱闘!雪姫忍法帳~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は、昨日まで遡る。

 

「………富士風雪絵?」

 

メンマから告げられた、今回の護衛任務の対象となる人物の名前だ。サスケはその名前を自らの口で反芻しながらも、首を傾げた。

 

「もしかして、知らないのか? ほら、あの『風雲姫の大冒険』に出演していた女優だよ。あれはシリーズの一作目らしいけど、結構な話題になっただろ」

 

「ああ、映画の名前だけなら聞いた事があるが………」

 

その女優の事はよく知らないと答えるサスケに、メンマはため息を吐いた。

 

「その映画の主演女優を務めた、結構な有名人なんだけど………もしかしてサスケ、映画を見たことないのか?」

 

「無いな」

 

サスケは少し考えた後、眉間に皺を寄せながら頷いた。『風雲姫の大冒険』どころか映画自体、一度も見たことが無いと。

 

うちは一族が滅びたあの事件が起きるまでは、兄さんに追いつこうと、毎日修行をしていた。事件が起きた後も同じ。復讐のため、自らの牙を研ごうと、以前より修行に割く時間は多くなっていった。

 

真実を知り、木の葉を出るという転機が訪れてからは。修行の日々は相変わらずだが、それ以前の問題だ。人里そのものと縁が無かった。そんな環境では、映画など見られる筈もない。サスケの言葉に、メンマはまた溜息をついた。

 

「仕方ないな。明日、依頼人と会う約束をしているんだが、その約束の時間は夕方だ。幸い、それまでに時間はあるから、一度映画を見ておいてくれ。いまいち反応が薄かった多由也、白、再不斬もな」

 

サスケと同じく、よく知らなかったようだ。

 

「依頼人がどういう人なのかを知っておいてくれ」

 

何かの役に立つかもしれないからな、とメンマは肩をすくめる。

 

「しかし………よくそんな任務が回ってきたな。有名人の護衛、下手すりゃAランク任務じゃねえか………以前聞いた“網”という組織、それほどまでに力があるのか?」

 

「五大国ほどは無いよ。でも、今はちょっと緊張状態にあるからね」

 

五大国でも最大の勢力を持つ、木の葉隠れの里のトップ、火影が代替わりした。加えて砂隠れのトップである風影も今は不在だ。何が起きても即応できる体勢を保持しておきたいらしい。

 

「それに、依頼人の方がね。木の葉隠れの里には頼みたくないそうで………」

 

網の任務仲介人、通称“エージェント”の情報だった。内容は聞いていないが、どうもそういう素振りを見せていたらしい。

 

「で、実際の所。お前は今回の任務の事、どう思ってるんだ?」

 

何か裏はありそうか。再不斬の質問に、メンマは深いため息を吐きながら答えた。

 

「間違いなくあるだろうね。というか俺が受け持つ任務で裏が無かった事なんて………」

 

言葉の途中、メンマはマダオの方を向いて、「あったっけ?」と尋ねる。その問いに、マダオは笑顔で即答した。

 

「記憶にございません」

 

「そうじゃのう………毎回毎回、なぜだか事態がどんどんと大きくなって………」

 

哀愁を漂わせながら、キューちゃんが呟く。その視線の先にいるメンマは、慈母すら思わせる笑みを浮かべながら、ただ一言呟いた。

 

「大丈夫。裏があると最初から知っていれば、そうショックも受けないから」

 

それが、特異点の運命だ、と笑う。「ネオ・グランゾンていうか白河博士連れてきて誰か、誰かー」と切実に呟いていたが、誰も反応できなかった。

 

「取りあえず、だけど」

 

今までの任務と事件。バイオレンス的に彩り溢れる過去を振り返ったメンマは、1秒で全てを諦めた。

 

「成るようになるさ」

 

サムズアップしながら、告げる。もの凄い開き直り。最早、悟りの境地である。第3の目でも開眼したのか、メンマは仏様のような笑みを浮かべながら告げた。

 

「と、いうことで。最低Aランク、段階的にSランク任務になるかもしれないけど」

 

その時の覚悟だけはしておいてね、と言いながらも朗らかに笑うメンマに、一同は沈黙を首肯を返す事しかできなかった。

 

 

 

 

 

そして、時間は現在にまで戻る。映画館を出て、近くの空き地へと集合した7人。昨日の会話を思い出し、ぼうっとしていたサスケを見ていた多由也がどうした、と話しかけた。

 

「あ、ああ。すまん。考え事をしていた。で、何の話だ」

 

「いや、そろそろ依頼人の元へと向かうってよ」

 

「はーい、注目。ちょっと今から依頼人に会いに行くから………」

 

注目するみんなを見た後、メンマは各員に指示を出した。

 

「キューちゃんは俺の中に戻って。マダオはそのまま、外に出たままでいい。再不斬は俺とマダオと一緒に依頼人の所へ………っと。そのまま“再不斬”じゃあ、不味いよな」

 

“桃地再不斬”という名前は有名だ。霧隠れの暗部がうろついていないとも限らないため、をそのまま使うのは不味いだろうと、メンマは首を捻らせた。

 

「じゃあ………ジェット・ブラックでよろしく」

 

微妙な表情を浮かべながら言うメンマに、再不斬はため息を吐きながら答える。

 

「………まあ、いい。響きは悪くないしな」

 

その言葉の後、黒だしと呟いたが、その場にいた全員は聞こえない振りをした。

 

「あと白はいつもの名前ね。桃。多由也は………“クシナ”でよろしく」

 

「ちょっ、おまっ」

 

マダオが騒いでいるがメンマは無視して言葉を続ける。他の5人はマダオが焦っている原因が分からない。

 

「まあ、私もいいよ。響きが良いし、綺麗で覚えやすそうな名前だし」

 

承諾する多由也。マダオは少し引っかかった表情をしていたが、多由也の褒める言葉を聞いた後はうんうん頷き、やがて仕方ないかと呟いた後納得した。

 

「サスケは………まあそのままでいいか。この世界じゃあよくある名前だしな」

 

「………そうだな」

 

裏の世界で、『サスケ』と名乗っている抜け忍は多いらしい。メンマが実戦経験を積む為に、傭兵みたいな仕事を受け持っていた頃にも、よく聞いたという。

 

“うちは”の姓と続け、名を呼ぶことさえしなければ、ひとまずバレる事はないだろうとのことだ。変化の術を使っているため、その点はぬかりないといえる。

 

「完全に隠せてるとも言えないけど、取りあえずはこれでいいか。何か気づいた事があれば、俺に言って下さい。都度、対処致しますんで」

 

それじゃあここはひとまず解散、と言いながらメンマはポケットに手を入れた。

 

「じゃあ、サスケ、多由也、白は3時間後にここに集合ね。あとついでに、昼飯代を渡しておくから」

 

集合場所の地図と3人分の昼飯代を受け取ったサスケはそれを確認した後、首を傾げた。

「………これ、金。随分と多くないか?」

 

昼飯代で使う平均の金額の倍はある、と質問してくる。サスケの質問に、メンマはああ、と言いながら答えを返す。

 

「町に出て、買い食いでもしてきたら? 依頼人との話、どんなに短くても2時間はかかるだろうから。気晴らしに町に出てみるといいよ。集合する前に何かあったとしても、俺達でフォローするから」

 

任務に入ってからはそんな事もできなくなるだろうしね、と肩をすくめながらメンマは話す。サスケは少し悩んだ様子を見せた後、頷いた。

 

「………分かった。多由也と白はそれでいいか?」

 

「ああ、いいぜ」

 

「はい。でも、再不斬さんはメンマさんについていくんですね」

 

「ああ。初対面だからね。依頼人を安心させたいし」

 

見た目もそれっぽい雰囲気も持っている再不斬だ。一緒に居れば、それだけで効果があるとメンマは苦笑する。

 

「こういう任務はね。案外、第一印象って馬鹿にならないよ」

 

特に、俺達のような抜け忍にとってはね、とメンマは苦笑を返した。

 

5大国の忍びならばその里のネームバリューもあるし、それまでの実績による信頼感も抜け忍組織とは段違いなので、そのような信頼に対する心配は要らないかもしれない。

 

だが、メンマ達のようなはみ出し者は違う。組織の権威はあれど、信頼の重きは個人の見た目による場合が多い。その中で信頼を得ようとするためには、第一印象が特に重要となるのだ。

 

信頼を得るためには色々と必要なものがあるが、外見と言動は特に大事な要素だ。メンマの経験談だが、依頼人との初対面時、“頼りない”や“抜けている”などの負の方向の印象を持たれてしまうと、後々の任務の遂行にも、影響が出てくる場合が多い。

 

依頼人に「信用ならん!」と怒鳴られた後、代わりの者を呼べとか訳の分からない事を言われた事もあった。

 

自分が狙われているという事に対しての危機感が薄いのか、依頼人が護衛の者に非協力的になってしまい、結果余計な所に気を遣わなければならない場合もある

 

だから、再不斬とマダオを一緒に連れて行くのだと、メンマは全員に説明した。

 

再不斬は力。マダオは頭脳方面。それぞれの方向において非常に優れている。

 

「せっかくの機会だしね。初っ端でとちる訳にもいかないから」

 

説明の結の言葉を聞いたサスケが、反射的に言い返してくる。

 

「俺達じゃあまだ役不足って訳か」

 

少し険のある声。

 

「そういうこと」

 

メンマはサスケの言葉に即答を返した。そして時刻を確認すると、空き地の出口の方へ歩いていく。

 

「そろそろ、依頼人の所へ向かわないと不味い」

 

それじゃあね、と歩き出す。少し不満気な顔を見せるサスケを背に、メンマ達は依頼人の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ怒ってんのか?」

 

町中の、ラーメン屋の中。みそラーメンを食べながら、多由也はサスケに対して声を掛ける。

 

「怒ってねえよ」

 

「怒ってるって。ほら、眉間に皺が寄ってる」

 

多由也が自分の眉間を指さしながら、茶化すように言う。

 

「さっきのメンマの言葉のせいか? まあ実際そうなんだから、しょうがねえだろ」

 

多由也の言葉を聞いたサスケは今以上に眉間に皺を寄せながら手元のおにぎりを食べる。

「もしかして、怒ってるわけじゃない、とか?」

 

その隣、稲荷寿司ときつねうどんを食べている白が、サスケに尋ねた。多由也はそれを聞いて反芻した後、そういうことかと頷いた。

 

「久しぶりの忍務を前に不安になってんだな」

 

「………」

 

図星だったのか、サスケは言葉を返さずに、黙ってお茶を飲んだ。

その姿を見た白が苦笑する。

 

「大丈夫ですよ。あの3人に、お墨付きもらったんですよね? そう不安になる事もないと思います」

 

「いや、でもな………」

 

はっきりしない。自信が持てないのだ。以前つ比べ、自分はずっと臆病になったとサスケは思う。負けることを知って、信じる事を知った。でも、今自分は弱くなっているのではないか、そう考えてしまう時があるのだ。多由也はよくある事だと苦笑を返した。

 

「修行は目一杯やったんだろ? なら、あとは腹を決めるだけ。今できることは、腹一杯メシを食う………食べるだけだ。食事を取るのも重大な任務の一つだからな」

 

腹が減っては戦は出来ないから、多由也は笑う。その笑顔を見て、サスケはそうだなと同意する。あの地獄の日々を思い出し、精神状態を整える。背骨たる基礎はしっかりと鍛えた。嫌と言うほど。

 

とりあえずの落ち着きを見つけたサスケは、ふと白が食べているものに目がとまり、それを訪ねる。何ですか、と首を傾げる白。その手に持つ稲荷寿司と、置かれているきつねうどんを指さし、サスケは訪ねる。

 

「それ、どっちも油あげだよな。九那実さんと同じで、お前も好きなのか? 油あげ」

 

「いえ、これはですね。今度メンマ君が作るラーメンの資料用にちょっと」

 

「………もしかして、きつねラーメンとか作るのか?」

 

「そうみたいですね。以前、キューさんと一悶着あったようで」

 

 

その時の様子を、白が寸劇を混じえて説明した。

 

 

 

 

 

 

 

『笑止! うぬは所詮そこまでの男よ!』

 

『………聞き捨てならないな。この俺の麺に対する情熱が、全然足りていないだって?』

 

『そうじゃ! 何故お主はきつねラーメンを作ろうとしない?』

 

『いや、だからそれは邪道で………』

 

『だぁかぁらお主は阿呆なのだ! 挑戦もせずに、やる前から邪道と決めつけて、それで良いのか? 自らの内のみで世界の枠を決めつけ、囚われているだけの小さい男だったのか!?』

 

『俺が、小さい………?!』

 

『そうだ。何故やる前から諦める。何故挑もうとしない。いつものお前なら、言っている筈だ。“邪道?はっ、俺の麺に邪道なんてねえ!”とな』

 

『………!』

 

『留まるな、メンマ。お前らしく、走って見せろ。その先にあるものを目指して………!』

 

空を指さすキューちゃん。その先には、太陽が映っていた。

 

『眩しい………でも、俺には………』

 

『お前ならやれる。私はそう信じている。他の誰ができるのだ。お前以外の、誰か!』

 

膝付くメンマの肩に手を置き、キューちゃんは優しく語りかける。

 

『………俺、俺………俺、やるよ! キューちゃん!』

 

『ああ!』

 

2人は空を見上げた。その先にある太陽を見つめながらいずれは其処に辿り着いてやる、と。そう、お日様のような、キューちゃんの笑顔を求めて――――!

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうことがあったんですよ」

 

「何か、途中から話がおかしくなってないか?」

 

サスケが呟く。

 

「微妙に、論点のすり替えがあったような。いや、でもキューさんがそんな事できるわけないしな………」

 

多少はましになったものの、キューちゃんのおつむの方はそれほど賢くもなっていない。基本、食べる、遊ぶ、寝るしかしてこなかったので、仕方ないといえば仕方ないと言えるが。その事を聞いたメンマは、「お化けには学校も試験も無いんだよ、きっと」と頷いていた。

 

「誰かの入れ知恵か…………はっ!」

 

「どうしました?」

 

「いや………」

 

サスケと多由也の2人は微笑む白からさり気なく目線を逸らし、顔を寄せながら話し合った。

 

「白って結構策士だよな………」

 

「マダオ師もだけどな。というか、何故そんな事を………ってそうか」

 

白も、九那実がたまにするという極上の笑顔を見たいのだ。それが故の行動だと、多由也には理解できた。

 

「やっぱり、白も女の子だし可愛いものが好きなんだよ、きっと」

 

顔にはあまり出さないけどな、と話す多由也。サスケは今の言葉の中にあった“も”という部分に突っ込みを入れたかったが、逆に拳を突っ込まれそうだと思い、自重した。賢い選択である。

 

「………何か、失礼な事考えてねえか?」

 

「………ん、やっぱりおかかのおにぎりは最高だな」

 

半眼になりながらの多由也の問いに、サスケは話題の変更を試みる。

 

「そういえば、サスケ君はおかかのおにぎりが好きなんでしたっけ」

 

「ああ」

 

白が乗ってきてくれた。サスケは心の中でガッツポーズを決める。

 

「そうなんだよ。で、この前弁当でおかかのおにぎりを作って渡したんだけどな。こいつ、素直な反応を返さないでやんの」

 

「………まあ、嬉しい! とか、感激! とか言っているサスケ君は想像し辛いですね」

 

白の呟きに、2人は肩を振るわす。想像してしまったようだ。

 

「まあ、感謝されるために作ってる訳じゃねえけど。こっちとしては、こう………あのキューさん見たいなストレートな反応が欲しいっていうか」

 

それだと作った甲斐があるってもんよと頷く。

 

「まあ、ストレートですもんね。キューさんは」

 

ストレート過ぎて破壊力も凄いと白は笑う。

 

「………本人曰く、『何故嬉しいという感情を誤魔化さなければならんのじゃ?』らしいけどな」

 

サスケが苦笑を返す。そういう感情を隠す事が分からないと言う九那実の、その時の顔を思い出して。

 

 

 

 

(前よりは、素直になったつもりなんだが)

 

サスケは心中のみで呟く。誰かに教えを請うなんて事は、何時ぐらいだったか。いや、教えてくれてはいた。だが、肝心のサスケの方が、それを素直に受け入れていなかったのだろう。それなりに修羅場を潜ってきたメンマ、再不斬。

 

そして実際の戦争を経験し、本物の地獄を潜り抜けたというか本当は死んでいるのだが、四代目火影であるマダオ師の教えは深く心に響いた。

 

押すだけが戦いじゃない。戦術に拘るな。思考を固めるな。基本的な事なのだが、実体験を交えて説明されるそれは、大きな説得力を持っていた。実際の窮地に立った場合での話なので、臨場感に溢れている説明は、深く頭の中へと刻み込まれた。

 

『皮肉なものだけどね。死を前にして初めて、人は強くなるんだ』

 

戦場は難問の連続らしい。間違えた場合、支払う掛け金は命。だが、その分得るものも大きいと。命を失うかもしれないという、危機感が人を成長させるのだと教えられた。

 

その点でいえば、自分の今置かれている環境は恵まれていると思えた。荒唐無稽な人格だが、非常に優れた師である。そう認識できた。同い年であるメンマがあれほどまでに強いその理由が分かった気がした。

 

そして、教えを受けて数ヶ月。サスケの成長は早かった。メンマとマダオ師も言っていたが、サスケ自身もそう思っていた。1人でやっていたのが馬鹿らしく思える程に、自分でも急速な成長をしていると見て取れたからだ。

 

(それに………)

 

サスケが心の中で呟く。可能性が変わった事も関係しているのかもしれない、と。自分にはまだ取り返せるものがあるという事を知ったからかもしれない。そして、そこに辿り着くために。

 

(まずは、この任務をこなす)

 

お茶を飲みながら、サスケはこの任務に対しての覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

「まいどあり~」

 

会計を済ませた3人。店を出た後は、目的もなく町の中を適当に歩いていく。そんな中、多由也がサスケに話しかけた。

 

「そういえば、サスケ。さっきの映画だけど、お前凄い面白そうに見てたよな」

 

「………そうですね。スクリーンを前に、目を輝かせていましたもんね」

 

思い出したのか、白が同意する。2人のからかいの言葉に、サスケは少し頬を赤くして答える。

 

「そんなに、顔に出ていたか?」

 

サスケの問いに、白は微笑みを浮かべ答えを返す。

 

「出てましたよ………まあ、気持ちは分かりますけどね」

 

「凄いよなあ。特に、風雲姫。ウチ、途中からだけど完全に魅入ってたよ」

 

「あれが今回の護衛対象なんだよな………」

 

雑談を交わしながら、3人は町の中を進む。

 

「そういえば多由也、お前最近修行とかしてたっけ?」

 

「まあ、体力が衰えないように、ちょっとな。動かないままっていうのも、チャクラコントロールが衰えていくだけだし」

 

体術の方もな、と多由也は掌をグーパーした。

健全な肉体に健全なチャクラは宿るそうだ。

 

一理ある、とサスケは呟く。笛の術の事もあるのだろう。サスケの言葉に、多由也は説明を補足する。

 

術の研究やその他の事に専念し、根本である身体の能力が衰えてはチャクラコントロール技術も鈍ってしまい、逆に成果を得られなくなるらしい。

 

「適当に術の方も使ってるしな」

 

「………術? 結界術はまあ使わないとして、5行の術の………そういえばお前、得意な術なんだったっけ」

 

「土遁だよ。あそこに居た時は親衛隊、つまり護衛の任務を主としていたからな」

 

「土遁ですか………何か、イメージと違いますね」

 

「お前等はイメージ通りだけどな」

 

サスケは火遁と雷遁。白は主に水遁で、同時に風遁も使える。その血継限界から、氷を使った秘術も扱える。

 

「あの2人も、そうだな」

 

サスケがキリハとメンマの事を思い出し、呟く。あの2人が得意なのは風遁。恐らくだが、マダオ師もそうなのだろう。イメージ通りだと言える。

 

「キューさんは火ですか」

 

「ああ。主に火らしい。前に、無印で発動できるあの術の原理を聞いてみたけど、感覚的に扱っている所があるから、説明しずらいとも言っていたが」

 

以前、サスケがその術をコピーしてみようと写輪眼を発動したが、我愛羅の砂の術の時と同じで、全然コピーできなかった。人の扱う五行の術とは、根本的に原理が違うらしい。

「再不斬は………まあ、別の意味で水だな」

 

「そうですね」

 

水の厳しさというものを表しているように感じる。実は真面目な所とか。

 

「その点でいえば、多由也もイメージ通りだけどな」

 

「それはつまり、ウチが土臭い女だって言いたいのか?」

 

半眼で睨む多由也に、サスケは真顔で否定する。

 

「いや、料理が上手いし、しっかりしてるし、実は母性的な一面を持っている…………とか、何とか」

 

考え込みながら言葉を並べていく途中、素に戻ったのだろう。何を言ってるんだ俺は、と首を振り出す。対する多由也は、「あ~」とか気まずそうな声を上げた後、顔を背ける。その首筋がほんのり赤くなっていた、

 

何でしょう、この空気、と白が呟く。何とか空気を変えないと何かがいけなくなると思った白は、前方にとある店を発見し、2人に話しかけた。

 

「あ、あの店………すいません、アイスを買っていいですか?」

 

白の言葉にびくっと反応した2人は、店の方を見るとどうしようか考え出す。

 

「………ウチも欲しいな」

 

アイスは久しぶりだ、と喜色満面な顔を浮かべる多由也。

 

「お前、甘い物が好きなんだな」

 

俺はいいけど、と言いながらもサスケは店の方向へと歩き出した。財布を持っているのは自分だ。ここで財布を渡して買ってきてというのも違う気がする。

 

(マダオ師も言っていたしな)

 

女の子には優しく。そして日頃世話になっている人には、何か別の形で返す事。その言葉を思い出したサスケは、行動に移したのだ。

 

「いらっしゃい」

 

「おっさん、アイスを2つくれ」

 

「はいよ」

 

代金と引き替えに、手渡されるアイス。店の外に出たサスケは、待っていた2人に両手のアイスを手渡す。

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとよ」

 

「毎度あり………って坊主~」

 

店主はにやけ顔を浮かべながら、サスケの肩を叩く。

 

「おめえ随分と色男じゃねえか~、こんな可愛い娘を2人も連れてよ」

 

不意打ちとなる店主の言葉に、サスケは慌てて否定の言葉を返す。一方、多由也は「2人………?」と呟いていた。どうやら、昔から今にいたるまで、そんな言葉をかけられた経験がないようだ。訳が分からないという表情を浮かべている。

 

ちなみに今の多由也は、活発的な服装をしている。帽子は被っておらず、伸びた長髪を後ろで一つに纏めている。赤髪のポニーテールだ。服は黒のTシャツに、白の素朴なジャケット。胸元は開いている。あと、動きやすいように、下は黒のスパッツをはいている。

 

開かれた胸元に見えるのは、14の少女という年齢を鑑みればそれなりに大きい2つの大自然の象徴。音忍時代はサラシを目一杯、これ以上ないという程にきつく巻いていたそうだが、マダオと白の提案から今は動きの邪魔にならない程度のきつさで巻いている。

 

メンマがいう隠れ巨乳の秘密はここにあった。前隠れ家を脱出する時にあった、あのやりとり。メンマが怪我をしている多由也を背におぶったのだが、怪我の治療のため、通常時ならば巻かれていたそのサラシは、その時に限っては外されていたのだ。

 

全体的に細いが、出るところは出ている多由也の姿を見て、サスケの顔が少し赤くなる。表情も、1年前のそれとは一変しているらしい。サスケは見た事が無かったのだが、以前は濁ったような、何処か諦めたような表情がその顔には含まれていたそうだ。

 

今は、しっかりとした芯を持っている女性が浮かべる顔。嫌味の無い強気な表情が現れている。可愛いと言うよりは、綺麗。儚いというよりは、負けない。呪印で性格が変わる、その前の状態に戻っているのかもしれない。

 

一方、もう1人。白の方だが、こちらも同じようにメンマと出逢う前と比べて、浮かべる表情は随分と変わった。儚さを思わせる顔は成りを潜めて、今はその心の優しさからにじみ出るような、柔らかい表情が全身に現れている。身体の方も成長し、多由也のように胸は大きくないが、女性らしい丸みを帯びながらもほっそりとした体つきになっている。

 

「………何処見てんだよ」

 

「サスケ君?」

 

額に井の字を貼り付けた少女2人が発する言葉を受けたサスケ。

 

店主の指摘の後、2人の全身を見ながら物思いにふけっていたのだが、それが乙女の逆鱗に触れたらしい。怒りを撒き散らすその姿にただならぬ威圧感を覚えたサスケは、その圧倒的な雰囲気に押されて一歩下がった。ちなみに危険をいち早く察した店主はすでに店の中へと戻っている。振り返れど、その姿はもうない。

 

(あの店主………生きてこの場を潜り抜けられたら、覚えてろよ)

 

だがその前に、この2人の鬼をどうにかしないといけない。一歩一歩近づいてくる2人から後ずさりながら、何とか良い言い訳は無いかと思考を回転させる。任務前に、とんだ苦境である。

 

(ええと。胸………って言ったら殺されそうだな……………ん?)

 

その時である。サスケは後方へと振り返り、耳を澄ませた。そしてまだ遠くだが、店が建ち並ぶ広い道の向こうからこちらに走ってくる馬の足音が聞こえた。

 

視線を白と多由也の方へと向けると、2人は頷きこの足音について話し出した。

 

「………先頭に1、それを追って………4、5、いや、もっとですね」

 

「チャクラは小さいな。全員が素人だぞ、恐らく………来た」

 

視認できる距離まで近づいてきた、先頭の馬を見て3人は驚いた表情を浮かべる。

 

「富士風雪絵?」

 

「それに、後方のは………あれ、映画で見たよな」

 

あの鎧姿は、先程見た映画の、その劇中に登場していたものだ。

 

「現状が把握できない以上、迂闊な事はできないな。追手は白と多由也で引き受けてくれ。気絶させればそれでいいと思う。俺は風雲姫………富士風雪絵の方を追う」

 

「了解しました」

 

「………分かった。でもどさくさに紛れて、風雲姫の胸とか触るなよ」

 

「触るか!」

 

「どうだか………よっと」

 

了解をした2人は、食べ終えた後のアイスの棒をくずかごに放り投げた。視線を交わす3人。頷くと、サスケが号令を放った。

 

「散!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「近いな………」

 

白と多由也と別れて数分。サスケは風雲姫が乗っていた馬の足跡を辿りながら歩き続け、町の外れにまでやって来た。

 

「………いた」

 

河の横を走り、10数秒。馬の横、川縁で水の流れを見つめながら座り込む、1人の女性の姿を発見した。まるで、名のある画家が描いた一枚絵のよう。圧倒的な存在感を持つ女優の姿が其処にはあった。サスケは驚かせないように、わざと足音を立てながらその女性の元へと近づいていく。驚かせて河に落ちられでもしたらコトだ。やがて、ある程度の距離まで近づくと、声を掛けた。

 

「………富士風雪絵?」

 

「…………」

 

サスケの声に反応するも、力無く振り返るだけ。だが、その衣装、その美貌は先にスクリーンの中で見た、風雲姫のものだった。サスケの呼びかけに返事を返す事無く、ゆっくりと立ち上がると、即座に馬へと駆け上がる。

 

「………っておい!」

 

間一髪。横に避けたサスケの傍を、馬が駆け抜けた。

 

「………一体、どうしたってんだ」

 

スクリーンの中で見た姿とは、あまりにかけ離れているその姿。困惑しながらも、サスケはその後を追った。

 

「…………」

 

馬上にて。風雲姫事、富士風雪絵は何の感情も浮かばせず、今見た少年の事を考える。

 

「撒いたようね………」

 

「誰をだ?」

 

答える者はいる筈の無い、問い。独り言に対しての、返答。すぐ後ろから聞こえた声に、雪絵は驚いた表情で振り返る。

 

「あんた………?」

 

振り返った背後に見えたのは、馬の尻の上に悠然と立っているサスケ。雪絵の疑問の声に、サスケはため息を吐きながら質問をしようとする。

 

「あんた………って危ない!」

 

前方、町の入り口の方。遊んでいる子供達の姿が映った。

 

「…………!」

 

手綱を引き、馬を止める雪絵。それにより馬は確かに止まったが、余りに急な制動のため、馬は驚いたのだろう、前足を上げながら鳴き声を上げた。

 

「くっ………!」

 

馬の体勢に翻弄された雪絵は、そのまま馬上から放り出される。近づく地面、来るべき衝撃に備えて目を瞑るが、その衝撃はやってこなかった。その変わりに感じるは、自分を抱き上げる誰かの手。

 

「危なかったな…………」

 

「あんた………!」

 

安堵のため息を吐く少年の姿。だが、問題はそこではない。

 

「ちょっと………! 何処を触っているのよ!」

 

お姫様抱っこをされている姿勢で、雪絵が叫ぶ。普段には珍しく、声を怒りで染めている。それもそのはず。雪絵を抱き上げるサスケの手の一部が、その女性の神秘に触れていたのだ。女性の中央に位置する、大自然を象徴する双子山。全てを包み込むその雄大さは、いかなる悪者をしても許してしまう。

 

かつて、マダオ師は言っていた。胸は良い。胸は歴史で、そして神秘だと。胸は胸でそれ以上でも、以下でもない。でも、大きいに越したことないよね、とか。

 

白と多由也の白眼をものともせず語り続けるマダオ師の真剣な顔は、成る程4代目の火の影の名を継ぐに相応しい、確たる威厳に満ちていた。

 

隣ではメンマがうんうんと真剣な顔で頷いていた。でもでかすぎるのも勘弁な!とにかっと笑っていた。

 

ちなみに、再不斬は既に外へと逃げ出していた。経験の成せる技か、サスケには逃げる時の気配も姿も感じ取れなかった。流石は無音暗殺術の達人。

 

そして、メンマの一言………油に火を点ける行為が完遂されたコンマ数秒後、2人は九つに束ねられた紅蓮の炎が起こすその爆発に巻き込まれ、親指を立てたまま屋外へと吹き飛ばされていた。

 

サスケは、真っ赤な顔で荒い息を吐いている九那実嬢のナイムネ…………いや内心は如何なものだろうと思い、そっと涙を流した。

 

直後、サスケも殴られた。九那実嬢曰く、“同情するなら胸をくれ”らしい。

その言葉に深く頷いた多由也も、腕をかじられていた。ざまあ。

 

(って現実逃避している場合じゃあない)

 

サスケは、首を振って唸る。覚悟して任務を受けたはいいが、こんな覚悟は持ち会わせてはいなかった。というか、そんな覚悟を持てるのは変態だけだ。噂に聞くエロ仙人とか。そもそもそれは覚悟ではない。

 

現実に戻ってきたサスケはひとまずこの窮地を脱する方法を考える。長い現実逃避を終えたのだ、次は、この現実を越えなければならない。

 

(よし)

 

まずは、現状を一言で要約しよう。話はそれからだと息巻く。時間にしてコンマ数秒の思考。その後、ようやく現況の分析に入ったサスケは、愕然とした。思考に雑音が走る。解答が導き出せない。

 

それもその筈。護衛対象のおっぱいをタッチしているのである。サスケはこの状況を乗り越える知識を持たない。経験の差がここに出た。今ならばカカシを師と仰いでも良いかもしれない。でも遅刻はやっぱりゴメンだ。

 

「………!」

 

静止を続けるサスケを尻目に、雪絵方は顔が真っ赤に染まっていく。羞恥ではなく、怒りが故の赤であった。

 

「…………っこの!」

 

悲鳴は無かった。静かな呼気と共に放たれた、閃光のような張り手が、ただサスケの頬に炸裂した。乾いた音が、辺りに響き渡る。

 

そして、その場面を途中から見ていたものが居た。護衛の者達を気絶させた後追いかけてきた、多由也と白である。

 

その光景の結のみを見て、2人は頷きあう。胸を抑えて真っ赤になる護衛対象と、頬に紅葉を貼り付けるサスケである。

 

 

赤髪の鬼と黒髪の夜叉が、こちらを見て顔を青くしている少年を見つめながら、笑みを浮かべた。ただ、目だけは一切決してこれっぽっちも笑っていなかったのだが。

 

サスケはその日、絶望を知った。

 

 

 

 

 

 

「どうも、すみません」

 

「いえいえ………」

 

今日の撮影の全てが終わった後。楽屋の中で、依頼人である浅間三太夫と、変化したメンマが向き合っていた。顰めっ面をするマネージャーを前に、メンマは先の出来事に関しての謝罪をしていた。頭を下げるたび、身につけているコートが浮き上がる。

 

ちなみに今のメンマの外見は、顔は30代半ば、スーツの上にトレンチコートを着た探偵のような姿だ。むろん、変化の術である。

 

この姿は昔駆け出しの時代に使っていた姿で、同じ任務を請け負っていた抜け忍と組織の長からは、「(アース)」の2つ名で呼ばれているらしい。

 

何でも、まだ下積みの時代信頼度を審査する段階で行われた、土木作業関係の任務を請け負っていた時に、伝説を作ったのが原因らしい。

 

閑話休題。

 

謝罪と注意を終えた2人は、やがて席へと着く。そこには、“風雲姫の大冒険”シリーズの監督であるマキノ監督と、やや年若い助監督。そして富士風雪絵のマネージャーである浅間三太夫と、メンマ達6人の姿があった。

 

関係者が揃った所で、これからの事に対しての説明が成された。

 

護衛対象は女優、富士風雪絵。任務期間は雪の国で行われる撮影、その期間内。

内容を聞いた多由也が、不思議そうに尋ねた。

 

「雪の国、って………また随分と遠くまで撮影に行くんだな」

 

「ああ、完結編のラストシーンを、ね。その雪の国にある虹の氷壁の前で撮るんだ」

マネージャーの浅間三太夫さんのオススメでね、と助監督が説明をする。

 

「虹の、氷壁?」

 

「………ああ、確か、春になると七色に輝くっていう、あれ?」

 

マダオの説明に対し、三太夫がよく知っていますねと言いながら、説明を加える。

 

「ええ、完結編のトリを飾るシーンに相応しいと思いまして」

 

三太夫は糸目を崩さないまま、虹の氷壁と雪の国について説明を始める。

 

「………そうですか」

 

「はい」

 

笑顔を浮かべながら説明を聞いているマダオだが、少し様子がおかしかった。その事にメンマは気づいていたが、今は話す事じゃないと依頼人との会話を続ける事を優先した。

 

「で、その肝心の護衛対象ですが………」

 

「………申し訳ありません」

 

監督と助監督が言うには、雪の国にロケに行くことが決まってから、こうして撮影から逃げ回るという行動を取るようになったらしい。仕事をすっぽかすような女じゃなかったとのマキノ監督の言葉を聞いたメンマは、マダオに対して視線を送る。

 

(………分かるか?)

 

(断片はね。でも、それも後で)

 

「そういえば、その雪絵さんはどうしたんですか?」

 

「ああ、撮影が終わったので1人で町に出ているらしい。サスケとジェット、2人が追ってるから………」

 

途中、言葉を途切れさせたメンマは、やがて応答が帰ってきたと同時、その場にいる全員に笑いかける。

 

「心配ない、だそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………とは言ったもののな」

 

「する事が無いな」

 

表通りから少し離れた位置にあるバー。その正面に位置する屋根の上に、サスケと再不斬2人の姿があった。

 

「………痛い」

 

頭とほっぺたを抑えながら、サスケは呟く。

 

「手ひどくやられたようだな」

 

再不斬が少しからかうような声を掛ける。

 

「思い出したくねえよ」

 

あの後、駆けつけた多由也を白が見たのは、自分の胸を抑えながら後ずさる富士風雪絵と、顔に紅葉を貼り付けたサスケの姿だった。

 

その経緯を話す間もなく、である。まず多由也には思いっきりビンタされた。紅葉が2つに増えました。白には何もされなかった。ただ、任務が終わったら………分かってますね? と綺麗に微笑まれた。

 

「何を分かればいいんだろう」

 

「取りあえずは女心だろう。俺も未だに分からんが」

 

「そうか………」

 

2人の間に、寒風吹きすさぶ。そんな中、再不斬はふと考え込む仕草を見せると、サスケに話しかけた。

 

「………護衛対象から目を離し過ぎるのも不味いな。1人、至近で付いている方がいい」

「………もしかして、俺が?」

 

「他に誰がいる。それに、俺はどうもああいう女とは合わんからな」

 

再不斬の苦虫を噛みつぶしたかのような声を聞くが、サスケも眉間に皺を寄せて言い返す。

 

「いや、俺もそうだ。というか、先にやらかした件もあ「そうだ、先の失態もあるんだろう? 取り返してこい」」………

 

良い経験にもなる………かもしれないしな、と再不斬が言う。サスケは、ため息を吐いた後、分かったよと了承する言葉を返しながら、その指示に従った。

 

険のある表情を隠そうともしないサスケ。だが、離れ際に再不斬が放った一言によって、その険は取れることとなる。

 

「白も、怖いしな………」

 

サスケは再不斬のその言葉に成る程と言いながら頷くと、バーの中へと入っていった。戸を開けると、そのすぐ先には、酒を飲んでいる雪絵の姿があった。サスケはその近くにより、斜め後ろにある壁に背をもたれさせると黙り込んだ。

 

酒を飲んでいた雪絵はバーのマスターの訝しむような視線の先を追い、その先にあるサスケの姿を確認して、呟く。

 

「アンタ………」

 

「………護衛、だ」

 

バツが悪そうな顔をしたサスケ。雪絵は苦笑すると、酔った調子で手招きする。

 

「………何だ? っておい!?」

 

近づいた瞬間、雪絵のイヤリングから、なにがしかのスプレーが吹き出される。挙動を察知したサスケは一歩後ろに飛び下がり、そのスプレーを避ける。

 

「痴漢撃退用のスプレーよ」

 

あんたにピッタリでしょうと言う雪絵の姿を見たサスケは、何ともいえないという表情を浮かべる。スクリーンとは違う、其処には何かに疲れた女性の姿があったからだ。

 

「アンタ、酔ってるのか?」

 

「………そうよ、見て分かんない?」

 

「いや………」

 

サスケはその姿に、いや視線に含まれた感情を見て困惑を覚えた。何か、どこかでみたような、誰かの目。

 

「とにかく、俺は護衛だから」

 

「………分かってるわよ………」

 

呟きながら、雪絵は杯に酒を注ぐ。透明な酒が、小降りの陶器の中へと注がれる。

 

「…………」

 

音楽が流れる店の中、サスケは雪絵の背後にある席に座り静かにその後ろ姿を見つめた。

(全然違うな………)

 

目の前に映る女性の背中を見て、サスケは呟く。自分が今日見た映画の中で目を奪われた、大女優富士風雪絵のその姿は無かった。

 

そして、時間にして十数分。音楽が耳を鳴らす中、小銭が置かれる音が店内に響く。

 

「………」

 

奥で飲んでいた客が帰るようだ。

 

やがて、店の奥にいた男は酔った様子で歩き出す。

 

(…………)

 

胸中、悟らせないように緊張を高めたサスケは、じっと動きを止める。だが何事もなく、男はサスケと雪絵2人の間をそのまま通り、店の外へと出て行った。

 

(何もないか………)

 

緊張を解き、1人安堵するサスケ。そして、ふと視線を上げた時である。

 

カウンターの奥にある照明を後光のようにした、富士風雪絵の横顔が目に映る。雪絵は手元の杯を、何か悲しそうに見つめながら憂いの表情を零している。そこには、様々な感情が見て取れた。だが、表情を見るに、心中の大半を占めているのは、諦観が混じった悲哀。スクリーン越しからは想像もつかない、雪絵の小さな背中を見つめるサスケは、そのように思えた。

 

サスケには何故か、富士風雪絵が声を殺して泣いているように見えた。そして泣く代わりに酒を飲んでいるように見えたのだ。

 

(いったい………何だってんだ)

 

大女優が浮かべるような顔ではないだろう。だが、目をこすっても映るものは変わらない。サスケの目には、相変わらずの富士風雪絵の姿が映っていた。

 

杯に酒が注がれる音。店内に流れる音楽。マスターがコップを布で拭く音。薄暗い店の中、サスケはじっと動かないままでいた。その途中、ふと外の気配を探ってみる。

 

(………再不斬の気配が無い?)

 

先程まではあった筈だ。気配を消しているのか? と思ってみたが即座に否定する。サスケとて、修行した身。最初からそこにあるものとして気配を探れば、全く見つけられないという事はない。だが、感じられる気配は皆無。

 

訝しむ表情をうかべた、その数秒後だ。この店に入ろうとする者の気配を感知したサスケは、即座に立ち上がり、入り口の方を注視する。

 

が、その気配の主が分かったと同時警戒を解く。

 

「雪絵様!」

 

マネージャーの三太夫が店の中へと駆け込んできた。2人は船に乗る、乗らない、役を降りる降りないで揉めに揉めている。

 

その背後には、メンマとマダオと多由也、3人の姿があった。言い合う2人から離れ、サスケの元へと近づくと開口一番でこう言った。

 

「お疲れ、エロ猿」

 

「………」

 

出会い頭の一言に、サスケが沈黙する。やがて、頭に手をやりながら、多由也に訪ねる。

視線を斜め前にそらし、すっとぼけたような表情で「へっエロ猿はエロ猿だろ」とか投げやりに言ってくる。

 

そこに、メンマが命名の説明をした。

 

「いや、俺としては最初はエロ河童にしようと思ったんだけどね。桃が、波の国の時のやりとりを思い出して」

 

「ああ………」

 

写輪眼と口には出さないまま、サスケはため息を吐く。成る程、サル真似野郎とエロで、エロ猿ね。

 

「聞くところによると、最低接触事件前にもか弱き女性2人にセクハラを働いていたそうだね?」

 

最低接触事件とは先の女優の神秘に触れた事件を表しているらしい。サスケは優しい笑顔を浮かべるメンマから目を逸らし、誤解だと呟いた。か細い声だった。

 

マダオはか弱い………と呟いていたが、多由也の笑顔を見た後、黙って一歩下がった。そして背を向けた後、「違う、違うんだクシナ」とガタガタ震えていた。何か触れてはいけない所に触れてしまったらしい。

 

「………まあ、今はいいか。サスケ」

 

メンマは合図を送る。いい加減、船の時間だ。仕方ないかと呟き、多由也に合図を出す。多由也は三太夫の名前を呼び、少しお話がと言いながら、三太夫の肩をすっと掴み、後ろに引かせる。

 

それと同時だった。メンマとマダオが三太夫とバーのマスターの視界を塞ぐ。サスケは死角となった場所へ歩き、雪絵の方へと近づいていく。

 

「ちょっといいか?」

 

「………何よ」

 

面倒くさそうに振り返る雪絵。その目に、サスケの両眼が映る。時間にして2秒。雪絵は写輪眼の催眠により意識を失った。起きたときは写輪眼の事を覚えていないように若干の暗示を掛けながら。気絶し、倒れ込む雪絵の身体は、戻ってきた多由也によって受け止められた。

 

「行きましょうか」

 

出航の時間だ、とのメンマの言葉に促され、一行は店を出る。

 

「………戻ってきたか」

 

やがて、その場を離れていた再不斬と白が、一行に合流した。船のある方向へと夜道を歩きながら、再不斬とマダオは2人だけ後ろに少し下がり、小さい声で話しをする。

 

「どうだった?」

 

「………予想通りだ」

 

2人が一連の出来事に関して話す。内容は、先程店から出ていった男の事だ。屋上にいる再不斬に気づかず、店を出た後に怪しい動きをしていた男。

 

再不斬はそれを見て、こいつは何かあるかもしれないと思い、後をつけてみたのだ。結果はクロ。夜空に向かい、通信用の鳩みたいなものを飛ばしているのが見て取れた。

 

夜でも使える伝書用の鳥、というのは一般には流通していない。恐らくは口寄せの類で、特殊な生き物によるものなのだろう。男は鳩らしきものを飛ばした後、人混みの中へと消えていった。人が入り乱れている中、男の気配は何とか追えていた。だが深追いは藪蛇になりかねないし、船の出航時間の問題もある。

 

ここで尾行を続けるのは得策ではないと判断した再不斬は、ひとまず一行の元へと戻ってきたのだ。

 

「………ややこしい任務になりそうだな」

 

今までの忍務経験をふまえた上で分析し、再不斬は呟いた。マダオが同意する。

 

敵は十中八九、忍者だ。平時でさえ忍者が相手に回る任務は、Bランク以上となる。護衛しながらと言うことは、少なくともそれ以上。

 

加え、相手は不明。雪の国に忍びはいないと聞くが、それも分からなくなった。

護衛対象は有名人。厄介な任務になる事は明確だった。

 

一連の事を話し合った後、ため息を吐く再不斬。マダオは、そんな再不斬に対し、笑顔で答えた。

 

「いつもの事だよ。普通、普通」

 

「………おまえら、一体どういう人生送ってきたんだ?」

 

「ごらんの通りです」

 

ひきつった顔を浮かべる再不斬とは対象に、マダオの顔は笑みを浮かべていた。

人間、どうしようも無い事に対しては笑うしかなくなるというが、これはその典型であろう。メンマの方もこっちを振り向き、棒読みでいえーといいながら親指を立てていた。同じ、笑顔である。

 

 

その胸中。メンマは笑顔を浮かべながら、現状を分析する。先の話でも、きなくさい所というか、うさんくさい所はあった。

 

マダオが言うには、雪の国には春がこないそうだ。そして春になると虹色に輝く、虹の氷壁を撮りに行くという話。提案したのは浅間三太夫。これはマダオの推測だが、浅間三太夫は雪の国出身らしいという事。話の途中、まるで懐かしむかのような表情が見て取れたらしい。郷愁は結構だが、それを明確にしない理由も気になる。春がこないのにどうするつもりだ、あんた知っているだろとも言えない。依頼人に対しての余計な詮索は御法度である。

 

これで満貫。

 

そして、辺りを動き回る忍びらしき者の影というドラが乗っている。まだ断定はできないが、おそらくはその想定は正しいだろう。加え、今回の依頼を仲介した組織“網”の首領、地摺ザンゲツのこと。

 

メンマはその人物を知っていた。ある意味で“イイ”性格をしていると。久方振りの任務に随分な内容のものを回してくる可能性は、大と考えられる。組織加入の話を蹴ったのがいけなかったか。まあ、話して分かってはもらえたのだが、未だ思うところはあるだろう。

とどめは、砂隠れの里に行った後赴いた匠の里、その里で懇意にしていた刃物職人に聞いた“あの”噂である。

 

(これで到着直後に襲われでもしたら………数え役満だな)

 

リーチ一発平和ツモ、純全三色一盃口ドラ3といった所か。糞厄介な任務になる予感がする。だが、危険を犯すに足る見返りはある。

 

1に経験、2にお金である。

 

サスケだが、そうそう外へと連れ出せない。数少ない任務で、実戦の感覚を掴んでもらうしかない。それを考えると、困難な任務は逆に喜ばしい事なのかもしれない。報酬もそう。契約齟齬の部分を突けば任務達成料を引き上げる事ができるかもしれない。

 

非常に危険な任務になりそうだと、予感はする。それでも、今は取りあえずリーチせずにはいられないのである。何よりもまず、お金が無いのである。仕方ないのである。最低限の賃金を得られないと割とやばい事になるのである。

 

サスケ専用の刀を作るのにも大金が必要なのである。それに、これから先の事を考えると、お金は有るに越した事はないのである。麺開発にもお金がかかるのである。きつねラーメン開発にもお金がかかるのである。キューちゃんの笑顔を見るために、いわば太陽を取り戻すために仕方がないのである。

 

(さて、と)

 

分析をまとめると、眼前には今夜乗る船が現れていた。

 

 

(凪か嵐か、鬼か蛇か)

 

 

でも蛇は嫌だなーと呟きながら、メンマは船へと乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

――――その数十分後。

 

 

撮影隊一同を乗せた船は、夜の闇の中、目的地である雪の国へと出航を開始した。

 

 

 

 


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