小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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37話 : 脱出(中)

 

~ 波風キリハ~

 

「もっと早く………!」

 

陽が落ち真っ暗になった森の中。足をチャクラで強化し、ただ走る。兄の元へ。ようやく会えた兄。幼い頃生き別れになった兄。ついこの間まで、その存在すらも知らなかった兄と再会して、色々と話をして。見守ってくれていたという事実を知った時は、涙が出る程嬉しかったっけ。

 

………私が生まれた日に死んだという、父さんとも再会できた。厳密には違うと言ってはいたが、私に向けられるその暖かい感情と柔らかい表情は、きっと生前の父さんそのものだったに違いない。

 

勝手だと、今なら思う。だけどずっと続くと、そう思い込んでいた。九尾の事があるにしろ、木の葉の忍びに戻らないにしろ、ずっと傍に居てくれると思っていた。

 

「………行かないで、欲しいのに」

 

焼け焦げた手鞠を思いだし呟く。何があったかは聞かされた。木の葉暗部の襲撃。あの手鞠の惨状を見た時に、察しはついたが実際に聞かされると、もっと堪えた。その理由も分かってはいる。他ならぬ兄さんから聞かされた事なのだから。

 

木の葉隠れの里、忍びにとって、九尾とその人柱力と認識されている兄さんは、憎悪の対象になっていると。

 

『うちはマダラの意志とはいえ、九尾が里を襲ったのは事実だから』

 

キューちゃんは悪くないけど、憎まれるのを止める事はできない。兄さんは悲しく笑ってそう言った。

 

『どう思う? 例えば、さ。九尾を目前に出して、これこれこういう理由があったから、九尾は悪くないんです………とか聞かされて。それで、家族を失った人が納得すると思う?』

 

無理だ、と首を横に振った。勿論、うちはマダラにも憎しみの感情は向く。だがそれでも九尾への憎しみは消えてくれないだろうと言った。

 

『もう、里の者にとって、『九尾』とはそういう存在なんだ。何よりも憎むべき対象であること。それが共通認識………常識になっている。12年が経過した今、言葉だけでその認識が覆るなんて、さ』

 

有り得ないと。

 

『考えてみりゃあ、暴力さ。事情を話して納得しろっていうのは。それまで憎み続けた十何年かは嘘で、こっちが本当なんだと。突きつけるのは』

 

ため息を吐きながら。

 

『いい人達なんだよ、本当に、本当に………本当に、そうなんだけどなあ………ままならないよ。生きるってのは』

 

どうしようもないってところが、特に悲しいね。そういいながら、兄さんは笑みを浮かべた。何かを隠すかのように。

 

「兄さん………」

 

暗部に襲撃を受けた兄が、どういう選択をしたのか。さっき、兄は新天地へ~と行っていた。自分なりに察しはついている。木の葉に戻れない事情、それを聞いたときから薄々と感じてはいた。予感はあった。考えないようにしていた可能性。現実に起こってしまった事。

 

『里の人達に憎まれている兄が、それ故に木の葉隠れから出て行く』

 

考えないようにしていた。十分に起こりえる事だったのに。そう聞かされていたのに、考えて

 

――――現実はどうあっても現実で。夢は何処までも夢だ。

 

そう、誰かに笑われた気がした。突きつけられ、目が覚めた今でも。それでも、例え、そうだとしても。

 

「………一緒に、いてほしい」

 

無理だと思ってはいても、そう願わずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ 小池メンマ ~

 

 

「………悪いけど、先に行っててくれ。影分身に案内させるから」

 

綱手との約束を了承した後、俺は他の皆に説明をした。俺を追ってキリハが来ると。終末の谷といえば国境付近。そのまま帰ってこないと思っているのだろう。それを止めに来るだろうキリハと、対峙しなければならない。キリハとしては、ようやく会えた兄である俺に行って欲しくないのだろう。でも、それはできないのだ。

 

「………マダオとキューちゃんはこっち。再不斬、一応影分身は付けるけど………万が一敵に遭遇した場合はよろしくな」

 

「ああ」

 

「………キリハさんが来るんですね」

 

「ああ………でも、どう話したらいいやら」

 

頭を抱えて唸る俺に、サスケが訪ねてくる。

 

「キリハに全てを話さないのか?」

 

「………話さないっていうか、話せないよ。全部包み隠さず言った場合………その後、キリハがどういう動きをするのか。それを考えると、ね」

 

それに、“根”の事とか、うちは関連に対する木の葉上層部の暗部とか。知るにはまだ早すぎると思う。今頃、自来也が綱手に説明しているだろう内容を、そのままキリハに聞かせる訳にはいかない。まだ一介の下忍でしかないキリハが知るべき内容ではない。四代目の娘だとしてもだ。火影を目指す者として、いずれは知るべき内容なのかもしれないが、それは今ではない。

 

「………でも、話して欲しいと思っている筈だ」

 

イタチの事を思い出したのだろう。サスケが、真剣な顔で詰め寄ってくる。ため息を返しながら、一つ呟いた。

 

「………裏を知るには、まだ早い。今、“根”に食ってかかられるのも不味いしな」

 

戦争の傷跡が癒えていないのだ。忍びの総数は減ったままなので、今“根”と対立するのは上手くない。内乱になるともっと不味いし。それを他国に知られたら、更に面白くない事態になるだろう。

 

大蛇○の襲撃後、また内部抗争でごたついているとか知られたら、木の葉の威信は地に落ちる。戦力ダウンしている木の葉の体勢を綱手が整えるまで、ダンゾウに関する問題………内に抱える火種は、種のままにしておきたいのだ。ダンゾウが暗躍を続けるのであれば、それなりの対応を取る。だが、時機が悪い。然るべき時に処置するのが最善だ。そのための逃亡でもあるのだから。

 

「………まあ、それでも。できるだけ悲しませないようにはするよ」

 

「ああ」

 

渋々、といった表情でサスケが了承する。

 

 

 

「それじゃあ、行くか」

 

俺は1人、今から終末の谷へ向かう、さっき綱手と自来也に教えた場所は大嘘だ。今現在、俺達がいる場所は火の国の南西部。そして、音隠れの国境付近に存在する“終末の谷”がある場所は火の国の北側だ。ようするに、追ってを北側に意識させる為のブラフなのだ。ちなみに脱出路が延びている方向は北側である。

 

「よっと」

 

キューちゃんとマダオを戻し、少し準備運動をした後、気配を消す。その気配を消す時の俺の様子を見ていたサスケの顔に、驚きの表情が浮かぶ。

 

「………凄いな。全然気配を感じない。“根”の気配を簡単に察知したこともそうだ。一体、どんな修練を積んだんだ?」

 

「それも、新しい隠れ家についてからね………まあ、気配察知と気配遮断は隠密行動する際の必須スキルだから」

 

幼少時から数えて7年。それはもう、念入りに鍛えました。基本、遭遇戦=死亡フラグだったので。

 

「1人だったし、余計に鍛えたよ。頼れる誰かもいないしね………そんで、その鍛えた結果が、ほら。波の国のあれだよ」

 

再不斬の方を見る。無音暗殺術の達人は舌打ちしたあと、全く持って情けないが、と前置いて話し出した。

 

「不覚にも程があるが………俺も、後ろを取られた事がある」

 

不意打ちだったしね。

 

「波の国って事は………俺とキリハを気絶させたのもお前か!?」

 

「ご明察………っと、時間が無いな」

 

木に登り、当たりを探る。この当たりの地形は把握している。見つからないよう、ぐるりと回り込んで終末の谷へと向かうか。

 

 

「じゃあ、行ってくるわ」

 

「行ってらっしゃい」

 

白の言葉を背中に、俺は夕焼けに染まる森の中駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕陽が落ちて当たりが薄暗くなってきた頃。1人の忍びが、かなりの速度で夜の森の中を駆け抜けていた。

 

『………日が落ちたね』

 

「ああ………今日は満月なんだな」

 

走りながら、空を見上げる。

 

『でも、よく引き受けたね』

 

「頼まれると嫌とはいえないタチなんで。あと、俺にとっても悪い話じゃないし」

 

逃げた方向を勘違いさせるのにも役立つしな。ちょっと面倒臭いけど、手間をかける事で安全が買えるのなら、そっちを選ぶ。

 

「………もうすぐ………ついたな」

 

『キリハの方はまだ来ていないようじゃの』

 

気配を探ってみるが、キリハの気配は感じられない。というか、誰の気配も感じ取れない。

 

「………少し待つか」

 

 

チャクラを足に纏わせ、水面の上を歩く。足下の水面には、満ちた月が映っていた。それを見ながら、頭の中で状況を整理する。

 

キリハの方は、こう思っている筈だ。

 

『木の葉暗部(根)に襲撃されたであろう兄が、この里を去るという選択肢を選んだ』

 

だが、実際は違う。俺の方はこう思っているのだ。

 

『自分の居場所が知れた場合、木の葉内部で混乱が起こる可能性がある。“根”が現存し、時機も悪い今、自分が里にいても厄介な事態しか引き起こさない。

 

サスケの事もあるので、この里を出て行った方が良い』と。だが、その事は言えない。言うことができない。

 

どうしようかと悩んでいるが、答えはでない。互いの認識がずれている今、色々と話してもそれは無駄にしかならない。説明できないのだから。

 

 

「ままならないよなあ」

 

『そうだね………』

 

 

そうして、世の無常さを嘆いている暇もなかった。

 

 

「来たか………」

 

 

月明かりの下。

 

 

「………来たよ」

 

キリハが水面歩行を使い、俺の元へと近づいていく。満月の夜の下。静かに対峙する以外の選択肢はあったのかどうか。分からないまま、言葉は紡がれた。

 

「サスケ君を連れて、この国を………出て行くつもりなの?」

 

「………ああ」

 

「どうして?」

 

「サスケがそれを望んだからだ。それに、サスケを木の葉に残したままだと、色々と厄介な事になるんでな」

 

詳しいことは説明できないが、と首を振る。

 

「そのことを、あの2人は了承しているの?」

 

「………ああ。事後承諾になったけど、先ほど了承させた」

 

「………そう。それなら、私が話しを挟む余地はないね。残念だけど…………でも、兄さんが出て行く理由は………やっぱり、今日の事?」

 

「それもある。それだけじゃないが、今は言えない」

 

「………どうしても、出て行くの?」

 

ああ、と頷きため息を吐く。そして真剣な表情を浮かべ、告げる。

 

「どうしても、だ。俺が木の葉に残る事で、厄介な事態に陥る可能性がある」

 

火種は撒かれている。爆発すれば、大勢の人にとって望ましくない事態となる。その爆発が、他国へと飛び火する可能性…………無いとは言い切れないのだから。

 

「だから出て行く。そう出て行った方がいいんだ、きっと。誰にとっても、俺のいない方が「でも!!」」

 

 

俺の言葉を途中で遮り、駆け寄ってくる。服にしがみついてくるキリハに手を伸ばそうとするが、止めた。しがみついて離れない少女。そのの柔らかい髪が、風に靡く。

 

「私は兄さんに傍にいてほしい」

 

あまりにも真っ直ぐな。含むものもなにもない、ただ純粋な想いが篭められた言葉。だが、ここで俺は頷く訳にはいかないのだ。キリハの頭を撫でながら、優しく告げた。

 

 

「大丈夫だ、キリハ。これっきりって訳じゃないから………いつか必ず、戻ってくるから」

 

「………いつか何て日は、いつなの? それに、兄さんは暁に狙われているんでしょ?」

 

1人じゃあ、危ないよとぐずるキリハ。何とか説得しようと、言葉をかける。

 

「俺は強いから大丈夫だ。それに俺は1人じゃない。だからいつか………必ず戻ってくるから。戻ってきたら、一番先に………お前に、会いに行くから」

 

説得しようと、連ねた言葉。それを聞いたキリハが、何故だか硬直した。

 

『………君、今自分が口に出している言葉の意味………ちゃんと分かってる?』

 

(………え? 俺何か不味いこと言ったか)

 

『『…………はあ』』

 

呆れたかのように、ため息を吐く2人。

 

 

(ん?)

 

 

キリハの方はというと、顔を少し赤くしてこちらを見つめていた。

 

 

「………絶対に戻ってくるって………約束してくれる?」

 

「ああ」

 

「っ、だったら!」

 

とキリハは少し離れ、構えを取った。

 

「証明してみせて。生きて必ず帰ってくるその日まで、絶対に死なないって事を………誰にも負けないって事を、私と戦って証明してみせて」

 

「いや、だけどな」

 

妹との真剣な殴り合いはちょっと。正直、勘弁して欲しいのだが。だが、キリハはそう言っても退いてはくれなさそうだ。

 

「………絶対に戻ってくるんでしょ? なら、私ぐらい簡単に倒してみせてよ。安心させて欲しいから………それに」

 

「それに?」

 

悲しそうに笑うキリハ。俺は言葉の続きを訪ねた。

 

「………この模擬戦で、兄さんの強さを目に焼き付けるから………その背中に追いつけるよう、兄さんが戻るまで私も頑張るから………だから!」

 

叫びと共に、キリハの表情が真剣なものとなる。同時、そのチャクラが膨れあがった。

 

「………分かった」

 

 

水面の上、対峙する2人。月が雲に隠れ、辺りがより一層薄暗くなる。

 

 

「「………」」

 

 

そして月が再び雲から出た瞬間。

 

 

「「…………!」」

 

 

2人が同時に走り出し、それが開戦の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああああぁぁ!」

 

交差する手前、キリハが更に加速。拳をメンマの顔面に向け突き出す。メンマはそれを目で捉え、いつもの通り左手で捌く。身体の外側に弾かれるキリハの拳。

 

「…………はっ!」

 

だがキリハはその流れに逆らわず、体を弾かれた方向へと傾ける。向かって左、捌いた手の側へと倒れていくキリハ。自分の左手が邪魔になり、メンマは捌きの後の返しである、右の掌打を打つ事ができなくなる。逆にキリハの方は、身体が傾いていくという動作を利用し、メンマの右顔面に左足で蹴りを放つ。

 

「!」

 

だがそれは掌打を打とうとしていた、メンマの右手で防御された。

 

「しっ!」

 

直後、キリハが身体を縮め、今度は左足の前蹴りを放つ。メンマ、今度は左腕で防御する。キリハはその蹴りの衝撃の勢いを殺さず、後方へ跳躍。再び水面へと降り立った。

 

元の距離に戻る2人。互いの顔を見て笑い、そして互いにまた走り出す。

 

一合、二合、三合。月光に照らされる水面の上で、幾十もの攻防が繰り返される。

 

片方が攻め、片方が凌ぐ。攻め手の動きがどんどんと鋭さを増していく中、それでも守り手は凌ぎきる。

 

秒を重ね、分に届き、やがてそれが10を数えた時。

 

「はあっ、はあっ」

 

息切れしたキリハが距離をあけ、両手を自分の脇元へと引き寄せる。それを見たメンマも、ゆっくりと掌を脇元へ引き寄せた。

 

――――発動は同時。

 

「「螺旋丸!」」

 

走り出し、距離はつまり、その距離がゼロとなった。面前で急停止し、双方の螺旋が突き出される。

 

眼前で、螺旋のチャクラが衝突する。

 

「「ああああああああぁぁ!」」

 

互いに打ち消しあうチャクラの塊、それが完全に相殺された。直後、メンマが一歩踏み出す。余力を残しての一撃だったので、体勢は小揺るぎもしない。

 

キリハの方は、全身全霊を篭めた螺旋丸の一撃、そしてその衝突による衝撃にチャクラコントロールを乱され、体勢を崩す。

 

「………しまっ?!」

 

そして突き出されるメンマの掌打。それをキリハは回避するも、完全に体勢を崩され、死に体の姿勢になる。メンマは避けられた掌打を手元に引き戻す動作を利用し、キリハの襟元を掴み、引き寄せる。自然、抱きしめるような体勢となった。

 

「………終わりだな」

 

「………そう、みたいだね」

 

一瞬の硬直。キリハは全身を弛緩させ、メンマの元へと体重を預ける。

 

 

「………待ってるから。絶対に、帰ってきてね」

 

「ああ、承知した」

 

 

次の瞬間、メンマの手刀がキリハの首筋を捉えた。

 

 

「………っ」

 

キリハは気絶し、メンマの方へと倒れてくる。その顔には、涙が浮かんでいた。メンマは身体を黙って受け止め、そのまま横抱きにする。

 

「………ゴメン、な」

 

聞こえていないだろうが、呟かざるを得なかった。やがて、地面に降ろそうと川の上から川岸へと移動する。そこで、気配を察知した。

 

キリハが来た方向、木の葉隠れの方向からこちらに接近する気配を察知。

 

 

 

 

すぐさま変化し、面を装着した。変化した後、髪は赤………春原ネギの姿だ。面は、暗部の面。木の葉ではまず見られない狐の型。

 

 

「―――ー来たか」

 

待っていたとの言葉。だが、追手はそれに反応せずにキリハの姿に叫んだ。

 

「………キリハ、無事か!」

 

「キリハ!」

 

「波風さん!」

 

気配の主。それは木の葉の下忍達だった。シカマル、いの、チョウジ。ヒナタにキバにシノ。サクラにネジにテンテン。キリハを含めれば、総勢10人。

 

 

「………てめえ!」

 

シカマルが俺に横抱きにされているキリハの姿を見て、怒声を叩きつけてくる。

 

(………まあ、いいタイミングなのか)

 

内心で呟く。

 

 

 

 

 

下忍達がここに来たのは、理由があった。それは、五代目火影から与えられた任務を果たすためだった。五代目火影から託された任務それは、『うちはサスケ奪還任務』である

 

「返すぞ」

 

キリハをシカマルの方向へと投げる。

 

「………っ!」

 

シカマルがキリハの身体を慌てて受け止め、まだ息をしているのを確認した後、静かにその身体を地面に横たえる。その身体の各部には、青痣が浮かんでいた。

 

「………やってくれたな………」

 

下忍達の怒りがヒートアップする。やがてサクラが、「キリハ、後は任せて」と言った後、歯を食いしばり一歩前に出る。

 

「っ、サスケ君を攫っていった犯人はあなたね!! サスケ君を返して!」

 

サクラが俺を指さし、その怒りの声を俺に叩きつけてくる。

 

 

 

――――そう、俺はサスケ拉致の犯人。そういう事になっているのだ。まあ有る意味で事実なのだがそれはおいといて。下忍達がここにいる理由、そして今この場で俺が彼らと対峙する理由は、双方共に同じ理由だった。

 

それは、綱手の依頼を果たすためであった。五代目から俺に向けての依頼の内容は、こうだ。

 

『奈良シカマル以下9人の下忍と真剣勝負をして………そして完全に打ち負かしてくれ』

 

確かに、才能には溢れている者達。砂との戦争もあったので、実戦に対する緊張感も満たされてきている。だが、まだ緊張感というか、下忍になったという事実に対する逼迫感が少し足りない。そう感じた五代目が、その緩さをある程度ひきしめるため起案した有る意味での“模擬戦”なのである。

 

(まあ、本人達はそれを知らされてないけど)

 

俺を本当の敵だと思っているのだ。そういう意味では、実戦と変わりない。しかし、荒療治にも程があると思う。実戦で敗北し、自分の力の無さを自覚すれば、そして生死を賭けた勝負である実戦での本当の恐怖を知れば、気が引き締まる。

 

慎重な思考ができるようになるし、修行にも身が入る。そう考えての事なのだが………

 

(でも趣味が悪いし、人が悪いな………まあ、今の木の葉の下忍達には必要な処置なのかもしらんけど………正直、ようやるわ)

 

そしてそれは、命を賭けた本気の勝負で無くては意味がないとの事だ。加え、仲間を取り戻せなかったという無力感が、意識向上の効果をより上げてくれる筈だと言っていた。

 

(………まあ、今の状況では俺が適任だよな………正直、こういうのは趣味じゃないんだけど)

 

原作では、シカマルとネジとキバがその事実を思い知ったであろう事件…………対“音の4人衆”戦は起きまい。

 

それを考えればこれから起こる戦闘、無くても良いとは言い切れないが。ちなみにキリハの方は、その必要は無いと言われた。この行動を予想していたのだろうか、それとも大蛇○とカブトという、かなり格上の相手と対峙した経験があるせいなのか。

 

(確かに、自来也より数段頭がキレそうだな………)

 

五代目火影に相応しい、て事か。

 

(でも、こういう依頼は………)

 

本来ならば受けなかった依頼である。それでも受けたのは、二つの理由があるからだ。一つ目は、あの声。既に原作から筋は外れた。その上でのあの声。

すでにあった不安要素に加え、あれである。しかも、完全に常軌を逸している声で、『殺す』なのである。

 

………何が起こるのか分からない今、木の葉側の力を付けるための方策は、出来るだけ講じておいた方が良い。

 

まあこれはおまけだ。そして二つ目の理由。むしろこれが本命だといってもいい。

 

(………『縄樹と同じような死に方だけはさせたくない』ってなあ)

 

正直反則だろ、と思う。年齢関係なく、女の悲しい顔は反則だと。悲しそうに言う綱手の依頼………断れる筈もなかった。

 

(………受けたからには、役割を果たす)

 

そう、ここは悪役に徹しなければ依頼を受けた意味がない。

 

(………でも、悪役か。誰かの真似を…………そういえば、今晩は満月だったな)

 

それで悪役というと………決めた。

 

(あれ、行くぞ)

 

『了解。でも力の加減間違っちゃ駄目だよ?』

 

分かってるよ。ほんとに殺してしまったら、本末転倒だもんな。

 

(まずは広い場所へと移動しよう)

 

まず岩場から降り立ち、森の方へと走る。

 

「………っ待て!」

 

追ってくる下忍一同を確認。目的の場所へと移動する。

 

 

 

 

 

そして、数分後。あたり一帯、広い平原。その中心に立つ俺を、下忍達が包囲する。

 

「………もう逃げられんぞ、諦めろ」

 

ネジが正面に回り、腰を落として構えを取る。そして掌を前に………柔拳の構えだ。ヒナタの方も俺の背後で、同じ構えを取っている。

 

「綱手様の依頼………何がなんでも果たさせて貰うわ」

 

テンテンがやや離れた距離で忍具口寄せの巻物を取りだし、構える。シノも似たような距離を保ち、静かに虫を外に出している。

 

「めんどくせーけど、サスケは木の葉の忍び………俺達の仲間だ。返してもらうぜ? それとよりにもよってな………キリハ、を泣かせたんだ………ボコボコのズタズタにしなければ気がすまねえ」

 

シカマルがやや離れた距離から、俺を観察している。動きを見て対策を講じ、そして封殺するつもりだろう。チョウジはシカマルの傍にいる。何か作戦があるのだろうか。というかモノホンの殺気を放ってきてますがな。愛されてるな、キリハ。

 

「仲間がいる場所まで、案内してもらうわ! サスケ君は返してもらう!」

 

側面、いのが叫び、クナイを取り出す。サクラもそれに呼応し、クナイを取り出す。

 

 

「………いいだろう」

 

気持ち、殺気を多めに。チャクラを開放する。

 

「……………!?」

 

キバと赤丸が総毛立った。一歩後退する。俺の力量を嗅ぎ取ったようだ。顔色が急激に悪くなっていく。

 

「みんな、気をつけろ! こいつ、相当ヤベえぞ………!」

 

「ワンワン!」

 

同時、やや近くにいた近接戦闘組も、キバの言葉と自分に降りかかってくる威圧感に気圧され一歩、後ろに下がる。

 

 

(できるだけ悪役風に、できるだけ悪役風に………行くぞ?)

 

 

『了解』

 

 

 

 

 

 

 

 

風が止んだと同時、俺は一歩踏みだし、地面を打ち鳴らす。

 

 

――――幕は上がったと、震脚で知らせると同時にマダオが叫んだ。

 

 

『謳え!』

 

 

マダオのオーダーに従い、俺は静かに謳い出した。

 

 

 

 

「私は、ヘルメスの鳥」

 

 

 

チャクラが膨れあがる。

 

 

 

「………!?」

 

 

 

趣味じゃないが、仕方ない。全員、実戦に対する本当の恐怖と、己の無力を知って貰うために。この敗北が、明日への糧となる事を信じて。

 

 

 

「私は、自らの羽根を喰らい」

 

 

顔の眼前で、指を十字に合わせる。いつも使っているあの術だ。

 

ただ、いつもとは――――

 

 

 

「虫達が、怯え………!?」

 

シノの呟きを無視し、俺は最後の言葉を発する。

 

 

「飼い、慣らされる」

 

 

 

――――規模が違うが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何!?」

 

「分身、いや違う?!」

 

「これ、多重影分身の術!? でも、何て数よ………!」

 

平原を埋め尽くす程の影分身。それを見た全員が、驚愕の表情を浮かべていた。

 

「………さて」

 

完全に、形勢は逆転。数だけは勝っていた状況から一転、数で劣る事となった下忍集団に、俺は一歩詰め寄り、問う。

 

「哀れな哀れな雛鳥諸君。小便は済ませたか? 神様にお祈りは? ズタズタのボコボコにやられた後、命乞いをする準備はできたか?」

 

殺気を含ませ、意識的に低い声を放ち、脅しの言葉を叩きつける。

 

「………っ!!」

 

しかし下忍達は圧倒されてはいても、その場を逃げ出す者は誰1人としていない。

 

「は、っははは、そうこなくちゃなあ。Aランク任務だ、あれだけじゃあ無いとは思っていたよ!」

 

キバが獣人体術特有の構えを取る。だが、その声は震えていた。強がりなのだろう、本心では恐怖を感じている筈だ。だが、強がりとはいえそれだけの言葉、言えるだけでも大したものだ。

 

………俺達が思っているより、下忍達は強いのかもしれない。だがまだ足りない。圧倒的に足りていない。そして足りなければどういう事になるのか。実地で知って貰う。

 

実戦では敗北=死だ。それが、戦いに生きる者の理。それを考えれば、これは破格の状況だと言えよう。片方が本気で、片方は模擬戦という状況、普通ならば有り得ないのだから。今宵の戦闘を、貴重な経験とさせるためにできるだけ悪役を演じきる。

 

 

「では教育してやろう。本当の“闘争”というものを」

 

 

蹂躙が、始まった。

 

 

 

 

 

 


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