「さてと。気を取り直して」
血まみれで転がるマダオを足で端によけて、話を続ける。複雑そうに横を向くキューちゃんに苦笑して、サスケと向き合った。
「まず、俺が木の葉にいなかった理由についてだけど………分かる?」
「いや、はっきりとは分からない。だが………」
サスケがキューちゃんの方を見て、呟く。
「九尾絡みで何かあったか。いや、元九尾の妖魔と言っていたが、それはどういう意味だ?」
「それは今から説明する。九尾の伝承について、覚えてる?」
歴史の授業みたいなのがあった筈。それで習ったと思う。
「ああ」
サスケは頷き、口に出す。
「“昔、妖狐ありけり。その狐 九つの尾あり。その尾一度振らば、山崩れ津波立つ。これに困じて人ども、忍の輩を集めけり。僅か一人が忍びの者、生死をかけこれを封印せしめるが、その者死にけり。その忍の者名を四代目火影と申す”―――だった、はずだ」
血まみれで痙攣するマダオを見て、自信がなさそうにするサスケ。その気持はよく分かる。
「いや、うん、突っ込み所はそこじゃなくてね。確かに十分に突っ込みたい所ではあるんだけど」
腕を組んで
「うむ」
頷くキューちゃん。影では再不斬と白も頷いていることだろう。
「ヒント1。封印された、ってあるよね。さて問題。四代目火影は九尾を何処に封印したのでしょう」
その問いを聞いたサスケが、考え込む。
「ヒント2。九尾は、尾を持ち多大な力を誇る妖魔、尾獣の中の一体でもある」
「つまり、尾獣は一体じゃない。他にもいる………妖魔?」
何かに気づいたかのように、顔を上げる。
「………妖魔………化物?」
「最近、何処かで見たことある筈だ」
気づいたのかくい、と顔をあげ、サスケが答えた。
「………砂瀑の我愛羅、か」
全てを理解したのか、サスケが唸る。頭の回転は早いんだよなあ。暗記力も凄いし。俺ならそんな長文、5秒で忘れる自信があるね。
「九尾を………息子であるお前の中に封印したのか。でも、元九尾の妖魔と言った。それは、どういう理由で………」
話している内に、サスケは訝しげな表情になっていった。
「見たところ、今は違うようだが………四代目の娘であるキリハが知らないのも、おかしいんじゃないのか」
「ああ、騙した訳じゃないからそう身構えるなって。俺の方は生まれてすぐキリハとは隔離されてね。ま、尾獣を宿す人柱力としては、周囲の人間から忌み嫌われるのは宿命とも言えるけど」
肩をすくめて答える。
「知っての通り、木の葉隠れの忍びは九尾の妖魔との一戦で、多くの仲間を殺された。その恨みと憎しみは消えなかった。後は簡単だ」
単純だ。川が上から下へと流れるように、簡単な一連の流れ。問題は、その流れを止めきれる堰が無かったって事だね。
「7年前に木の葉の暗部に襲われてね。それで、九尾を封印していた術式に組み込まれた四代目火影の意識が覚醒。緊急の封印を施そうとするが失敗。術は暴走して――――」
キューちゃんを見る。
「狐の変化を妖魔たらしめる、妖魔核と言われるものだけが飛んでいった。だから、ここにいるのは長年生きた狐の変化。“天狐”と呼ばれる存在だ」
「………気づいておったのか」
「そりゃあ、ね。ていうか、ほんとに天狐っていうんだ」
余談だが、千年を生きた妖狐のことを“天狐”と言う。前世の知識だ。この世界でも同じ意味をもつようだが。
「だから元妖魔。今は妖狐。それでも俺と魂レベルで癒着してるから………俺とキューちゃんの関係は、人柱力と尾獣と似たような関係となるね」
少し違うけど。それに九尾の妖魔程にチャクラが多いわけでもない。
「………で、だ。俺の事はともかく。ここからが本題」
「本題?」
「そう。そもそも、聞きたい事があるから、俺に会いに来たんでしょ? 拉致するような形になったけど、ここでなら答えられる」
ここにいる者に聞かれても、問題ないからね。
「さて、何が聞きたい?」
「………俺が聞きたい事は一つだ。兄貴は、うちはイタチは何処にいる?」
「暁という、大蛇○クラスの手練れ………S級犯罪者のみで構成されている組織に所属している。ちなみに今現在、その組織の主な目的は尾獣の回収。だから俺も狙われてる」
「………大蛇丸クラス、か。全員で何人いるんだ?」
「大蛇丸が抜けて現在9人。全員が抜け忍だ。うちはイタチ、元霧隠れ、霧の怪人の異名を取る干柿鬼鮫、元岩隠れ…デイダラ、元砂隠れ…赤砂のサソリ、元滝隠れ…角都、元湯隠れ…飛段」
「………今上げた名前の総数、9人に届かないけど他の構成員は?」
「それについては調査中だ。だが他の面子同様、異能染みた固有の忍術を持っているんだろうよ」
「そうか」
忌々しげに唸るサスケを見ながら、隠した事について考える。ペインと小南については伏せておくか。いまいち技とか術とかの詳細がはっきりしないし。知っている情報を全て話す必要もない。
「しかし、組織だろ? まとめ役………頭はいないのか?」
「そりゃあいるさ。組織よろしく表と裏2種類のまとめ役が、な」
「それも、調査中なのか………なあ、表の頭と裏の頭、どちらも分からないのか?」
「実は、裏の方は分かっている。名前だけはな………でもなあ」
頭をかく。
「順序だてて説明する必要がある」
だからひとまず座って話そうか、とサスケの肩をたたき、促す。
「………ああ」
椅子に座り、対面に座る。俺は目の前に腕を組み、淡々と話し続けた。
「発端は、木の葉隠れの里設立にまで遡る」
千手一族の話とうちは一族の話だ。サスケが訝しげな顔をしたが、無視して続ける。
「このとき、うちは一族の先頭に立って初代火影………伝説の忍び、千手柱間と戦った者がいた。その時のうちはの頭領だな。それが誰なのか知ってるか?」
「ああ。うちはマダラだろう。父さんから聞いた事がある。確か、追放された後、もう一度戻ってきて木の葉の里を襲撃したとか」
「………補足しよう。当時のワシを瞳術で従えて、だ」
キューちゃんが不機嫌な顔で言葉を横合いから差し込む。
(あちゃー、嫌な話だったか)
後で謝ろうと思いつつも、話を続ける。
「その時の対立………結果、勝利したのは千手一族の方だった。その時の争いのしこりが残っているのだろう。うちはは木の葉隠れの中の忍びではあれど、木の葉自体との関係は良好とも言えないものだった。木の葉を襲撃したマダラの件もあったしな」
千手一族とうちは一族。木の葉設立のため手を結んだ、ともあるが、実際は千手一族が勝って、うちは一族が負けた結果の果てに、手を結んだに過ぎない。
それまで互いに争っていたという事実が消えるわけもない。木の葉の下で一緒に仲良くやりましょうなんて、時間をかけずに出来るはずがない。それまで、互いに殺し合いをしていたのだから。人の心は理屈だけで白黒つけられるほど、簡単なものじゃない。
互いの関係を結ぶものを橋とすると、その橋は急な事情で仕方なく建てられたもので、実は建設当初からあちこちに罅が入っていた、と表現するのが正しい。
「そして後年だ。四代目が死んだ時、九尾が里を再襲撃したあのとき………里の上層部が何を考えたか、分かるか?」
「………!」
疑念が橋に負荷を掛ける。疑いが疑いをよび、罅は加速度的に増え続ける。
「そう。背後にうちは一族がいたと考えた。そして、だ」
いつの間にか隣にきていたマダオが、波風ミナトが説明を引き継ぐ。
「それはある意味で正しかった。僕はあの時、対峙したんだ………男は自分の事をうちはマダラと名乗ったよ」
「………何ぃ!?」
サスケが立ち上がる。
「待てって。とりあえず話を最後まで聞いてくれ。続きは、木の葉上層部の対応についてだ。うちは一族としては直接関与していなかった事だが、過去のマダラの所業もあって疑いをかけられた。そのため、確たる証拠もなく中枢から遠ざけられ、縮小を迫られた」
橋を壊した。壊れたのではなく、上層部側が壊したのだ。同じ木の葉ではあれど、うちはは中央、つまり政治に携わる役職には関わるな………“こちらには来るな”と、そう告げたのだ。
「だが、うちはは警務部隊を任されていた!」
嘘をつくな、立ち上がりながら叫ぶサスケ。だが、俺は間髪入れず答えた。
「警務部隊。警務のみを任務とする部隊で………中枢には、関われない」
警察が政治に関われないのと同じ。俺は首を横に振る。
「当然、うちは側は不満を抱く。当たり前だろうな。事実、“うちは一族”としては身に覚えのない事なんだから。そんで………謂われのない罪を被せられて、不満を抱かない者なんかいない」
覚えのない罪を着せられ、罰を背負わされ、怒らない人間など居ない。当然の反応から、悲劇が始まる。俺は目を瞑りながらサスケに問うた。
「………さて、うちはサスケ。本題はここからだ。今日この家に連れてきたのは他でもない、ここからの話を聞かせるためだ。そしてこの話は………お前の心を更に抉ることになるだろう」
覚悟はいいか、聞く準備は出来たか? と目を開け、真正面からその目を見据え、問う。
「………ああ。ここまで来て、退けるか。さっさと話してくれ」
すでに憔悴しているサスケ。若干うなだれながらも、いつもの強気を保ちながら続きを促す。
「………その一連の出来事が原因だった。九尾襲撃、四代目死去からいくらか経ったある日………うちは一族の中である事が決定された」
一息おいて、告げる。
「クーデターを起こす事だ。木の葉隠れの里を乗っ取るための計画が立案され、そして実行に移されようとしていた。革命のリーダーは当時の警務部隊部隊長だったうちはフガク。そして里側の動向を探る役として選ばれたのが………うちは随一の天才忍者、うちはイタチ」
「………!」
二重の衝撃。だがそれだけでは終わらない。
「だが、クーデターは起こらなかった。里側が事前にその情報を察知していたからだ。それは何故か? ………うちはイタチが里側に情報を流したからだ」
「嘘だ!」
サスケが泣きそうな叫び声を上げる。だが俺は無視して、続けた。
「本当だ。うちはイタチは二重スパイだった。そして役を任せられたあの時………あの時、もう既にうちはイタチは決断を迫られていたんだ。木の葉とうちは一族の間に立たされた状況の下。信じられるのは自分のみ。選択肢は二つで、選べるのは一つしか無かった」
里か、自分の係累か。木の葉の平和か、一族の更なる発展か。
「………!」
あまりにも非情すぎる選択。その結果、幼少の頃から戦争というものを嫌ほど知らされてきたうちはイタチが選んだ選択は、木の葉とこの世界の平和だった。
「後は、お前が一番知っているだろう? うちはイタチは木の葉の平和を選んだ。そしてその時里側から与えられた任務は一つ。うちは一族全員の抹殺だ」
写輪眼には写輪眼で対処するのが一番、ということだ。そんな理由があるにしろ、あまりにも酷な任務だと思う。里の上層部もたいがい黒い。組織としては当たり前なのかもしれないが。
俺が木の葉に戻らない理由もここにある。血なくして平和は語れない。だが、あいつらは自身の血を流そうとしない。平和ボケしているのか、自分たちが里に必要だと思っているのか、それは知らないが。唯一違ったのは三代目火影だったが、今はもういない。
目の前では、憔悴しきったサスケが肩を震わせながら、問いを投げかけてきた。
「聞きたいことが、ある。何故…………なぜ、俺だけは殺されなかった」
父さんと母さんも殺したのに、と呟くサスケに、再び俺は目を瞑る。
「それを改めて問うのは酷だと思うぞ。お前を殺さず里を抜けた理由、未だにお前が生きている理由。考えれば分かる筈だ………それに、だ。うちはイタチは去る前に何かを告げてなかったか?」
「………あ」
力無く、サスケが椅子に座り込む。背もたれに身体を預け、虚空を見ながら思い出した言葉を呟く。
「別れ際………『俺と同じ眼を持って、俺の前に来い』と言っていた。あれは………」
うちはイタチの取った行動として。その心境とした。殺さなかった、そして再び来いと言う言動。続く言葉は一つだろう。
「………『そしてお前の手で俺を殺せ。それを手柄として』」
俺の続きの言葉にサスケは俯き、静かに言葉を発す。
「『うちはの仇を討った英雄となれ』、か」
顔を両手で覆い、サスケは呟く。
「………馬鹿だよ兄さん。アンタ、本当に馬鹿野郎だ。全部、自分で背負い込んで。全部、自分の、心の内にしまいこんで………不器用な、馬鹿野郎だ。そしてほんと、う、に………っ」
――――優しすぎる。最後は泣くのを我慢しているのか、言葉が途切れ途切れになっていた。
「……わる、いけど……ひとりにしてくれないか」
頷き、静かに部屋の外へと出て行く。マダオとキューちゃんもそれに続き、部屋の戸を閉める。
「…………っ………あ」
やがて、戸の向こうから、声を殺して泣くサスケの声が聞こえだした。
「ちょっと時間を空けるか。それと、だ」
修練部屋に入った後、ポケットから黒い札を取り出す。
「ちゃんと聞いた? …………自来也さんよ」
さっき、サスケの肩を叩いた時だ。サスケの背中についていた、服の色に紛れ込んでいた黒い札を剥がし、自分のポケットへとしまい込んだのだ。
「確かに………先日、影分身の有効利用については教えたけど、まさかこういう使い方してくるとはねえ。
家の周囲に展開している結界が無ければ気づかなかったかもしれんよ」
『………』
「だんまりか。ま、それでもいいよ。それと、サスケは連れて行くから………抑え役だった三代目が死んだ今、ダンゾウと木の葉上層部がうちはサスケに対してどんな動きをするか分からないし」
『………一つだけ聞いてよいか?』
「何なりと」
『ワシですらも知らなかった、その情報だが………どこでどうやって知った? 』
「………明かすと思ってんの? ああ、明かすけどこれ貸しね? ………我が組織『機動食品』の努力の賜だよ」
社長:俺、参謀&ギャグ担当:マダオ、マスコット:キューちゃん、出向社員:白、用心棒の先生:再不斬、音楽家:多由也、若手のホープ:うちはサスケ(予定)
協力会社:影分身建設、影分身運送、影分身警備。
………何かどこかの海賊団みたいだなー。後半から突っ込み所満載になってるし。まあようするに超嘘なのではあるが、ハッタリにはなる、かもしれない。
(まあエロ仙人だし………最早どうでもいいか)
盗聴するし。俺の中の自来也株価、大暴落である。
「五代目になら話してもいいけど、それ以外には話さないでくれよ? ああ、それと---」
と、続きを話そうとした瞬間だった。
予兆も何も無く、声が頭の中に響いた。
『殺す』
「っっっっっっっっっっっっっっっ!?」
前触れも無く聞こえたその声に、全身が総毛立つ。自分の奥底を鷲掴みにされたかのような感覚。だが、それは俺だけではなかった。
キューちゃんのチャクラが爆発したかのように高まる。
「ヲオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」
獣のような咆哮。同時、チャクラが吹き出す。
「くっ、キューちゃん!?」
余波だけで壁にまで吹き飛ばされる。くそ、何てチャクラだ。
「眼が赤く………!」
そして獣の眼になっている。暴走しているのか。チャクラの質は変わっていないみたいだけど、このままじゃ拙い。
「くそっ!」
辺りを見回しながら、息を荒立てているキューちゃん。
(興奮状態なのか?)
取りあえず、放ってはおけないので、すぐさま駆け寄る。
「キューちゃん!」
「………っァア!」
間合いに入った途端、迎撃の一撃が俺を襲った。俺の目でさえ見えないそれは、神速と表現するに等しい抜き手。回避できず、俺の肩が貫かれた。
「ぐ………っ!」
激痛に眉をしかめる。でも、致命傷ではない。途中で軌道が逸れたからだ。視線と挙動と動きから、どうみても最初は心臓を狙った一撃に見えたのだが………放つ前に不自然な挙動が生まれ、狙いが若干横にずれたようだ。
「っ!?」
鮮血が舞い散り、それを見たキューちゃんの肩が驚いたかのように跳ねる。怯えている? 気が立っているのか………ええい、ままよ!
一歩退いたキューちゃんに、一歩詰め寄った。
「キューちゃん!」
そのまま、思い切り抱きしめる。
「……………っ!」
途端、キューちゃんの全身が跳ね、その後硬直した。
「大丈夫、大丈夫だから」
声を掛ける。どうも怯えているみたいだ。あの声のせいで恐慌状態に陥ってしまったのだろう。安心させるため、キューちゃんを抱きしめたまま、後頭部辺りを撫でる。
「…………」
キューちゃんは無言のまま俺の背中に手を回し、抱きしめてくる。
「「…………」」
無言で抱きしめ合う二人。
「あの、二人とも………?」
「!?」
マダオから声を掛けられた瞬間、キューちゃんが俺の腕から逃れようと後ろに下がる。そこで、俺はキューちゃんを抱きしめたままだったので、前に引っ張られたのだ。そして、体勢が崩れる。
「おわ!?」
更に体勢が崩れた。地面に飛び散った血で、足下が滑ったのだ。そのまま、二人とも前方へと倒れた
「っっっつ~~~………?」
咄嗟に手をついてキューちゃんを潰さずにすんだが、貫かれた肩が痛む。
「………あ」
痛みが治まり、正面を見る。そこには、
「…………」
呆けた表情をするキューちゃんの顔が見えた。眼が丸くなっているのが可愛い。
(………睫長えー肌きれいー………とか、言ってる場合じゃねえ!)
体勢に気づき、慌てて起きようとする。
(これじゃあ、押し倒しているようにしか見えん!)
だが、神様はどうにも俺の事が嫌いらしい。
「ナルトさん!? 今のチャクラは…………」
白登場。同時に硬直。
「……………」
そして俺とキューちゃん、視線を交互に向けた後、笑顔でおっしゃった。ただ、何故か眼だけが笑っていない。
「 な に を や っ て い る ん で す か ? 」
「え?」
何で怒って………いや、ちょっとまて。現状を確認しよう。
押し倒されてちょっと涙を浮かべているキューちゃん。(何で!?あと顔が真っ赤になってるし!)血が出ている俺。(肩が痛い)
先ほどのチャクラ。(相当な大きさだったからな。そりゃ分かるか)
壁に吹き飛んで、後頭部を押さえているマダオ。(そそくさと逃げようとしている)
あれ、客観的に見たらこの状況…………やばくない?
「実は――――」
と事情を説明する間もない。白の黒いチャクラが吹き荒れる。
「そんな、チャクラが具現化するなんて………!?」とか言っている場合ではない。
そこに、白い夜叉が顕現した。
悲しい事件の後。俺達はサスケの居る部屋に戻ってきた。
「邪魔するぜー、ていちちちち」
「………どうしたんだ? それにさっきのチャクラは」
寝ころび、天井を見上げていたサスケが身体を起こした。
「ああいい。気にしないでくれ。白も謝らなくてもいいから」
誤解が生んだ悲しい悲劇だ。こちらは語るまでもない。白も謝ってくれたので良しとしようか。キューちゃんにも後で謝ろう。
………でも一つだけ、気になる事がある。あの声は何だったんだろうか。
初めての体験だ。声を聞くだけで死を連想させられたのは。それに、あのキューちゃんをあそこまで恐怖させるとは尋常じゃない。
他の皆には聞こえなかったようだが、俺だけの空耳では有り得ないだろう。あの声、あの感触。耳にこびりついて離れてくれないのだ。
頭の深奥に刻まれたかのよう。それに、嫌な予感が止まらない。共通点は、人柱力か………ここを出たあと、我愛羅にも接触してみるか。あるいは、他の人柱力にも。居場所はまだ分かっていないが、探せば分かるかも知れない。
しかし、あの声はどこから………いや何より『誰が発したのか』を突き止める必要があるな………予想はある程度ついているけど。それも、ここを出てからにしよう。キューちゃんが元の状態に落ち着いてからにした方がいい。
今は何故か顔を真っ赤にして、部屋の隅で三角座りしたまま、こっちを睨みながら1人唸ってるし。うん、後で聞こう。この状態で話しかけたら、今度は噛まれそうだ。
でも柔らかかったなあ。
「………おい? 急に黙り込んで、何か俺の顔についてるのか」
「うん。赤い眼だね」
「ああ………」
と、頬をかいて眼を逸らして照れるサスケ。泣いたのが丸わかりだ。気が動転していたのか、気づいていなかったようだが。うーん、自分が泣いた、という事実を恥ずかしがっているのだろう。泣いたと悟られた=弱さを見せたとか思ってるのかねえ。
「悲しい時に泣けるのも、強さだと思うけど」
泣ける強さと泣かない強さ。二つあるが、今は泣いた方が良い状況だし。
「うるさいな」
だが怒るサスケ。反骨精神溢れる若者、青臭いのう。重畳重畳。
「おっさんくさいよ。あと君が言うな」
腕を組んでいると、マダオに突っ込まれた。ていうか心を読むなよ。でも、少年をからかうのはここら辺にしておくか。
「で、だ。ここで、話は戻る。うちはイタチ。現在抜け忍となり、暁に所属している理由は一つだけ」
「さっきいっていた暁の裏リーダー………うちはマダラを見張るため、か」
「そうだ。うちは強襲の折、うちはイタチに手を貸したのもあいつだからな」
「………成るほどな。兄さんがいくら強くても、うちはを1人で壊滅させるのは………」
拳を握る。
「実際の所1人では無理だと思っていたんだが………謎は解けたよ。そういえば、うちはマダラは昔追放されたんだったな」
「その通り」
後、色々と現状について説明する。3代目の死。“根”の存在。イタチが提案した、木の葉上層部との取引。
「つくづく………自分が情けねえな。俺だけが、何も知らなかった。知らされていなかった。いや、知ろうともしなかったのか」
「反省は後だ。3代目が死んだ今………抑える役割を担う者がいなくなった今、サスケがこの里に残るのは危険だ。“根”の首領、ダンゾウの存在もあるしな」
「俺が邪魔なのか。はっ、それも分かる話だがな」
うーん、吹っ切ったのか、頭の回転が早いし、現実的なものの見方が出来てる。
(どうだ?)
マダオの方を見る。
「決まりだね。大丈夫だと思うよ」
「了解」
「何だ?」
座り込んだまま、サスケが訪ねる。
「えーとね…………!」
だが、その時。
『………探知結界作動』
突如鳴り響く警報音。アラームレッドだ。
「………何!?」
突然の警報に、場が緊張する。俺は即座に影分身を使い、森の入り口へと向かわせる。俺のチャクラでは、罠は発動しない。
そして、1分後。
『影分身から入電中………結界内に入り込んだ敵を確認。練度B、数は8。チャクラ量と身のこなしから、最低でも中忍クラスと考えられる』
「………くそ、見つかったか」
さっきのチャクラの暴走が原因だろう。試練場とはいえ、相当な大きさだったからな。試練場に張っていた結界札も最近張り替えてなかったし、家の壁面に張っている隠避結界の上限を越えてしまったか。ここのところ忙しくて忘れていた。うーん、失敗失敗。
「マダオ」
視線で合図する。このタイミングで来る、しかも2小隊編成ということは。
「そうだね。恐らくは“根”だと思う。まあ森の入り口からここまで、幻術系…物理的な罠を色々と張り巡らしてあるからすぐには来られないでしょ。
………ここに辿り着くまで、最短でも一時間はかかると思う」
「………そうだな。白、多由也を連れてきてくれ」
「はい」
白が出て行く。
「そして再不斬、脱出に持っていくものは以前説明したよな?」
戸の向こうにいる再不斬へと話す。
「………ああ」
数秒経った後、再不斬が姿を見せた。
「………お前!?」
サスケが驚き身構えるが、俺は手で制して、説明をする………時間もないか。
「あー、細かい話は後で。今は俺の仲間だから。別に見られただけで噛みつくわけでもないから、心配しないで」
「………お前には噛みつくかもしれんがな」
「いいねえ、久しぶりにガチでやってみる? でもそれは避難した後な………頼むわ」
「………はあ、分かったよ。でも貸し1だぞ」
「了解」
ため息を吐きながら、再不斬が部屋の外へと出て行った。
「サスケも、説明は後ね。ついでにいうと、さっき君がちょっと見とれてたあの美少女は白といって、波の国で戦ったお面ちゃん」
「………は?」
眼を点にするサスケ。どうも、あれ程の美少女だとは思っていなかった模様。
「まあ、それはおいといて、だ」
組んでいた腕を降ろし、サスケの眼を見ながら問う。
「選択の時だ、うちはサスケ君…………今から俺達は木の葉を出て、新しい隠れ家へと移動する。そして、対暁のため、動き出す。再不斬も白も、それが目的で俺に協力している」
鬼鮫がマダラのことを水影と言っていたからな。大名暗殺の時の水影、その詳細はまだ分からないが、水影と言われていたうちはマダラが絡んでいない筈がない。これも後で言ってやるか。
「そこで、提案だ………手を組まないか?」
「………手を組む?」
「ああ。俺にとっての今一番の強敵………それは暁に所属しているうちはイタチだ。万華鏡写輪眼は厄介すぎる代物だからな。それに対抗するには………」
サスケは頷いて答えた。
「………写輪眼には写輪眼を。俺がイタチ兄さんを抑えるわけか」
「ああ。鍛えるに相応しい場を提供する。師匠も、このマダオがいる。普段はあれだが、師匠としては超一級品と言っていい。5歳の時点では何も知らなかった俺を………大蛇丸とほぼ互角に戦えるまで鍛え上げたのだからな。たった7年で。腕に関しては俺が保証しよう」
やるときゃやる男だぜ、と推してやる。実際、能力的には文句なしだ。
「お前ほどの才能があれば、3年程鍛えれば十分だ。いや、もっと早くうちはイタチに匹敵する腕前にまで成長するかもしれない。元々、兄を討つために鍛えてきたのだろう? 今の目的は知らないが、俺達はその手助けができる。それに、今の木の葉にとって、お前が成長するという事態は望ましくないことだろうからな。色々と妨害があるかもしれない」
「………」
それも予想に過ぎないが、十分に考えられる。
「そこで、問おう………選択肢は二つに一つ。共に来るか、1人で木の葉に残って戦うかだ」
見下ろし、続ける。
「悪いが今この場で決めて貰う。制限時間は一分だ。時間がないからな」
「………ここに来るまで、後1時間はかかるって言ってなかったか?」
「ああ………っと白」
白が多由也と共に急いだ様子で戻ってきた。うん、流石は元追われる身。分かってるね。
「レッスン1だ、サスケ君。“動くと決めたらできるだけ早く”………悪戯好きな神様に足下をすくわれないよう、な」
常に余裕を持って、が望ましい。鈍間は沼に沈んでお陀仏だ。
「それに、相手が血継限界持ちの場合もありますしね。数分の遅れが生死を分かつ状況も十分あります。逃げる場合は特に、です。ノロノロしたせいで追いつかれて、結果、後ろから討たれるって事もありえますから」
そんな不様で間抜けな死に方はまっぴらゴメンです、と白がフォローする。
「問おう。うちはサスケ」
共に来るか、残るのか選択を迫る。手は差し伸べない。自分で選んでもらう必要があるからだ。この状況でも一人で立ち上がれないようなら、利用する価値もない。
「………俺は、今まで流されるままだった」
サスケは座ったまま俯いて、ぽつりぽつりと呟きだす。
「そうだな」
即答する。選択肢など無かっただろう。復讐の一択のみ。それも兄の言葉に誘導されて、だ。それはまるで運命の糸に繰られた人形。舞台で踊らされる道化に他ならなかった。
「この眼に、うちは一族の力と宿命とやらに、その流れで起きた悲劇に飲まれて、流されることしかできなかった。血の池の中で道を見失って………自分で道を選んだことなんて、無かったのかもしれない」
「………力は血を求める。才能がある者ほど余計に、な。それが力持つものの運命、そして宿命らしいが」
それを聞いたサスケが、キューちゃんと白と俺を見た後、ため息を吐く。
「………そう、なんだろうな。だけど…………それは、嫌だ」
そして面持ちを上げ、意を決したかのように一歩踏み出す。
「ああ、俺は嫌なんだ………そうだ。運命がどうとか、知るか。知るもんか。俺は、俺のやりたい用にやる」
自分の拳を握り、それを見つめながら宣言する。
「俺は強くなる。自分で、自分の道を選べる程に強くなってやる、そして………俺に何も告げないまま、1人で全てを背負う道を選んだ兄さんを! ………一度ぶっ飛ばして、そして一言だけ言ってやる」
「命がけで文句を叩きつけに?」
「そうだ。兄弟なんだから………辛い事なら一緒に背負わせろと。それを言うために、殴りに行くために、俺は行く」
眼に光りが灯った。明日何かを遂げて終わらせるという瞳ではない。復讐に囚われた餓狼のものとは違う。それは、生きて再び明日をみようとする瞳。
「選ぼう、うずまきナルト。俺を連れて行ってくれるか?」
サスケは座ったまま、手を差し出す。
「ああ、もちろんだ」
俺はそれを握る。新たな仲間の誕生だ。同じ志を持つもの。運命を敵に回し、それをぶっ飛ばしに行く者。
「だけど」
一つ置いて、告げる。
「機会は用意できる。鍛えたいなら、手伝おう。だが、その中で選び勝ち取るのは自分自身だ。血反吐を吐きながらも、つかみ取るのは自分次第になるだろう。はっきりいって楽な道じゃない………それでもいいな?」
悪戯な笑みを浮かべ、サスケに問う。
そしてその問いに対し、サスケは挑戦的な笑みを浮かべ、答えた。
「上等だ」
握った手を引っ張り、立たせる。ここに、約定は成った。
俺は機会を用意する。鍛える場を用意する。サスケはそれに答え、イタチを抑える。そして、できればだけどうちはマダラの方も抑えて貰う。
それぞれの目的のため、道を同じくする。あるいは、それ以外の何かが含まれているのかもしれないが、それを口に出したら、安っぽくなってしまう。
同情でもないし、哀れみでもない。ただ、言ってやるだけだ。
「じゃあ、決まりだな………一緒に行こうぜ?」
腕を振りかぶる。
「ああ!」
勢いよく、ハイタッチを交わす。
――――木の葉隠れに外れた場所で、警報響く家の中。
世界に抗う男二人の、始まりの音が鳴り響いた。