小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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32話 : 抗いの少女

 

「うーし、じゃあ出発するかあ」

 

翌日、早朝。俺達は宿の前で集合し、里に戻るための準備をしていた。

 

「それにしても頭が痛い………」

 

昨日の夜の事を思い出す。あの後、キリハの攻勢を凌ぎきれず捕まった俺は、色々なことを話すはめになった。人柱力とか、暁のこととか。

 

それで、木の葉の忍者になるつもりはない事を告げると、仕方ないかもねと、悲しそうに笑いながらも納得してくれた。予めこちらの事を考えていたんだろう。だからこその納得か。そして、マダオとかキューちゃんのことを説明した時だった。

 

「ええ?!」とか「お父さん!?」とか滅茶苦茶驚いていた。キューちゃんに向けられた視線の中、含まれている感情は複雑そうだったが、何とか納得してくれたらしい。

 

ちなみに、マダオのマダオっぷりについて聞いてみたところ、

 

「え? 別に想像の範囲内だよー」らしい。

 

まあなあ。

 

自来也(エロ仙人) → 【  】 → カカシ(遅刻王とイチャパラ狂)

 

という構図で、「【 】に入る答えを書きなさい」という問題の答えだからなあ。

 

それに、小さい頃からそういう人達に囲まれて育ってきたしなあ。キリハの常人のラインは何処にあるのか、激しく気になる出来事だった。我が妹に幸あれ。

 

なんかもう、強く生きてくれ。ちなみに好きな人はいないのか、と聞いたところ、「いない」だそうだ。笑顔で断言された。

 

「サスケは?」と聞くと、「チームの仲間だよ?」らしい。

 

「シカマルは?」と聞くと、「幼なじみだよ?」らしい。

 

………あの二人に幸あれ。まあ、サスケの方はどう思ってるのか知らんけど、シカマルの方はなあ。たまにラーメン屋に来ていたが、キリハを見る視線が、こう、あれだ。

 

言葉を飾らずいうとバレバレだった。いのとサクラとヒナタ辺りは気づいているだろう。ああいうのは女の子の方が聡いもんなあ。この妹はかなり天然入ってるし気づいてないだろうけど。

 

ちなみにマダオだが、キリハの「いない」発言を聞いた後、手に持っていた釘バットを静かに床に置いた。何するつもりだった、とは聞かない。

 

………あとその赤い染みはケチャップだよね? てかどこから取りだした?

 

そして、テンション上がった全員で酒盛りをした。何か色々とめでたいということで、飲めや歌えの馬鹿騒ぎ。そして、その後、酔ったキリハが俺の部屋にやってきて、「今日は一緒に寝ようよー」と主張したが却下。

 

………キリハの背後で素振りしているマダオが怖かったし。スイングスピードが速すぎて、バットのヘッドが霞んでたし。何をかっとばすつもりだったのだろう。あと無表情でバットを振らんでくれ怖い。

 

あの夏の空に消えた白球には成りたくないので、必死に説得した。てか、その速さでジャストミートされたら、頭蓋が粉微塵に砕け散るわ。

 

え、何?「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~♪」?

 

………色々な意味でふざけんじゃねえよ。と、いうことでマダオとキリハが一緒に寝ることになった。ま、その方が良いよ、きっと。親子水入らずってね。次の機会がいつになるかも分からないし。

 

だが、1人布団に入って眠った後だ。思わぬアクシデントが俺を襲った。夜中にふと目覚め時に気づいたのだが。

 

………いつの間にか、キューちゃんが俺の布団に入り込んでいたのだ。

 

誇張ではなく、一瞬鼓動が止まった。間近で見るキューちゃんの顔。すう、と静かな寝息を立てて俺の顔の真正面。もうあれだ。今まで近場でみたこと無かったので、気づかなかったけど一言で表すとヤバかった。

 

金糸を思わせる髪。肌は真白の輝きに、寒気がする程の美貌が。子供ながらに反則級の綺麗さだった。幸せそうに笑っているその表情が倍率ドン………今思えば意味が分からない。それだけ錯乱していたということだろう。

 

大人の時の姿を思い出し、なんか、こう、今までにない変な感情が湧きでてきた。

 

『……違う! 俺はペドじゃないロリじゃないんだあああぁぁあぁぁあ! はっ、これはまさか魔導探偵の罠!? おのれチョウジぃぃぃ!』

 

とか、一晩中心の中で錯乱していたので、眠れなかった。朝、起こしに来たキリハに見られて、怒られたし。

 

「えっと、流石にそれはどうかって思うな。ってキューちゃんもあくびしてないで聞いてよ!」

 

「眠いし、また今度」

 

床をばんばん叩いて怒るキリハと、目をごしごし擦って面倒くさそうにしているキューちゃんの対比が面白かった。ちなみに俺は隣で悟りを開いていた。目玉は狩らんけど。

 

というか、思い出す度に顔が赤くなるような。ええい煩悩退散だ。今ならば仙人になれるかもしれない。

 

「えっと、現実逃避してるみたいだけど、止めなくていいの?」というマダオの言葉に

 

しゃーねーなーと応えながら、口を挟む。

 

………でも何か怖かったので

 

「えーと、波風さん? そのへんでどうか」

 

と言うと、予想外の反応が。涙目になったキリハに、「名前で呼んで!」と怒鳴られたのだ。そして何故か、今度はこっちが怒られることに。キューちゃんはあっちの方で二度寝してるし。いや、こそばゆいっていうか面倒くせえな、おい。

 

とまれ、そんな事があった。色々と思い出して、また頭が痛くなる。

 

「なんじゃ、元気ないのう」

 

「ちょっとね『メンマさん、事件です!』ん?」

 

「あれ、呼んだ?」

 

「ワシじゃないぞ」

 

「僕でもない」

 

(………あ、木の葉に置いてきた影分身か)

 

「ちっと悪い。外すわ。マダオ、キューちゃん」

 

「うむ」

 

「了解」

 

二人を中に。

 

「おい!? ちょっと………」

 

「お兄ちゃん!?」

 

自来也とキリハが叫ぶが、取り合わない。今の声は白だ。焦ったように事件、と言っているからには、大至急に対処する必要がある。

 

「先に木の葉に戻っておいて。大丈夫、絶対に戻るから」

 

「………うん」

 

返事を聞いた後、俺は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「事件、か」

 

呟く。そしてふと頭をよぎった単語について、マダオとキューちゃんに聞いてみた。平穏ってなんだっけか、と。

 

俺にとって、平穏とはラーメンだ。ラーメンがが恋しい。お家帰りたい。ラーメンを食べたい。白い鳩並に平和の象徴となってもおかしくないぜ。

 

『平穏、か………風よりも疾く、過ぎ去るもの?』

 

忍びねえなマダオ。無駄に詩的だけど的確に抉ってくる。流石は元火影。

 

『風と共に漂い、また何処かへと流れ伝わっていくものじゃろう………一つところには決して留まらぬもの』

 

追い続けないとすぐ無くなるし、下手に留めると濁るしの、と笑うキューちゃん。うーん、経験談みたいで、反論できん。でも、何か台風みたいな厄介毎が次から次へとやってくるんですがどうしたらいいんだろう。いっそ旅にでようかなあ。でもなあ。

 

「平穏はコボルトよりも弱く、トーレナ岩よりも消えやすいしなあ」

 

『誰が分かるのそのネタ』

 

反省。でも赤宝箱は男のロマンだと思うんだ。

 

『白宝箱はだめ?』

 

リスクのない冒険は冒険とは言わないよ。危険の無いギャンブルなどちっとも面白くないしね。

 

『-1000000G、次ターン即死』

 

それでも、だ。その果てに得られるものがあると信じて、人は挑み続ける!

 

『何を言っておる?』

 

いかん、話がそれた。取りあえず、だ。

 

「これが終わったら、絶対に休暇(ラーメン三昧)取ってやるーーー!!」

 

小池メンマ13歳、魂の叫びだった。このままでは「 ガ ッ ツ が 足 り な い !」という事態になりかねんし。

 

『そもそも、この面子で平穏に暮らせると思うのが間違いなんじゃない?』

 

 

嫌な締め方をするなよ、マダオ。そんなんだからマダオなんだよ。

 

そして、数分後。

 

「ここまで離れたら、十分か」

 

白にこちらの言葉を返す。

 

「何があったの?」

 

影分身を媒介とした連絡方法だ。相変わらず便利すぐる。ま、維持に馬鹿みたいなチャクラ使うし、そうそう使えるもんでもないんだけどね。

 

『あ、はい。今木の葉の外れの………森の中に居るんですけど』

 

「うん」

 

『その、女の子が1人………こっちも、忍び………うん、抜け忍みたいなんですけど。4人の追忍らしき忍びに襲われてるみたいなんです』

 

「特徴は?」

 

『追われている方は………額当てを外してますので、どこの抜け忍かは分からないんですが………赤毛の、女の子です』

 

赤毛。もしかして、と思ったけどビンゴか。

 

『追っているのは音隠れの忍びです。何やら、不穏なチャクラを纏っているようです。あと、面はつけていないようですが………』

 

こっちもビンゴ。

 

「………もしかして、その女の子を追ってる連中の中に、デブとか麻呂とかいる?」

 

『ええ? ………はい、太っている人はいますけど、麻呂ってどういう意味ですか』

 

「あ、ゴメン。何か、眉毛がこう、黒丸二つみたいな」

 

『あ、はい。います。こっちはまだ気づかれてないみたいなんですけど、どうします?

 

「再不斬は?」

 

『隠れ家です。留守番してます』

 

じゃあ、不味いな。白だけじゃ危険だ。今の白なら、2対4でも勝てるかもしれないが、万が一があれば再不斬に顔向けできんし。

 

「取りあえず、すぐそっちに向かうから………っち、遠いな」

 

間に合うかどうか微妙だ。いや、ちょっときついか。

間に合わない可能性の方が高い。ということで、白には釘を差しておいた。

 

「なるべくだけど、戦闘は避ける方向で。相手は相当に厄介だ。それに、敵の中にはあのかぐや一族の生き残りもいるから」

 

『………』

 

え、何か白の空気が変わったんだけど………俺、地雷踏んだ?

 

『かぐや一族、ですか。そうですか………まだ、生き残りがいたんですね?』

 

「そう、だけど」

 

怖ええええ。なんで怒ってるのか不明だけど、見たことがないぐらい憤ってるよ。

 

『そうですか』

 

「え、ちょっと、手を出さないで欲しいなー………なんて」

 

下手に殺すと、ね。サスケは向こうに渡す気ないし、次の転生先であろう君麻呂を殺すと、音とのあれこれが、色々とややこしいことになりそう。

 

『………はい、わかりました』

 

「悪いね」

 

 

 

 

 

 

通信を終えた後、マダオが言葉を挟む。

 

『かぐや一族って、霧隠れの………骨の血継限界のあの一族だよね、確か』

 

「そう。クーデター起こしたけど滅びたっていう………あ、そっか」

 

その事件のせいで、血継限界持ちの立場が余計に悪くなったのかも。そりゃ怒るわ。いらん事思い出させたかな。

 

『まあ、それはともかく。急がなきゃ拙いよ』

 

分かってるよ、いっちょやりますか。

 

「さてと」

 

一度止まり、屈伸する。

 

(それが少女の危機ならば、それを阻止するのが我ら影ってね)

 

格好だけじゃない。ノリで言った言葉だけでもない。心の中にある言葉だ。見ず知らずの少女でも、目に映れば助ける。それに、追われているということは、抜けたのだ。

 

彼女は選んだのだ。生命を惜しまず、誇りに殉じる生き方を。

ならば、やるべき事は一つ。

 

力、有る。

 

機会、有る。

 

方法、有る。

 

以上を前提に、改めて自己に問うた。

 

 

――――見捨てるか。

 

 

「その答えは、ノーである」

 

 

声に出して決意を固めて、さらに問う。ただの女の子が、それでも夢に命を賭けた女の子が、助けを必要としている。

 

 

――――その手が砕けるのを良しとするか。

 

 

「その答えは、ノーである」

 

 

――――ならば、死神に追われている彼女に手を差し伸べるか。

 

 

 

『「その答えは、イエスである!」』

 

 

マダオも同じ意見なようだ。格好つけの男のやり取り。でも、悪くない。

悪くない、酔いだ。

 

 

彼女は、多由也を助けよう。力に生きる道を選ばずに。別の道で、力に頼らない道を選び、誰かを幸せにしようとする少女を。それでも夢を諦めない、意地を通すと決めた誇り高い馬鹿者を助けない道理などない。

 

 

傲慢結構。そうしたいから、そうする。俺の十八番だ。危ない橋を渡る事になるが、今は忘れよう。この世界は戦争だらけで、無慈悲で、優しくなんてないが、それほどでもないと教え行こう。

 

そして戦友のために血を流す勇気を、俺はまだ持っている。

 

 

「ならば俺は手を差し出しに行こう! 木の葉を駆ける閃光となって!」

 

 

『応!』

 

 

マダオも、同じ気持ちなのか、応えてくれる。

 

 

 

「チャクラ全開!」

 

 

 

全速力で現場へと急行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ 多由也 ~

 

 

うちはサスケを音に勧誘する任務の前。ウチは、かつての仲間に追われていた。

 

(甘かった)

 

任務中の死亡、ということにして里抜けしようと思ったのだが、考えが甘かった。ウチの思惑など、大蛇丸には既にお見通しだったらしい。

 

先ほどの事を思い出す。周囲の地形を確認して、逃走経路を確認していると、いつの間にか4人に囲まれていたのだ。

 

「任務前に………大蛇丸様からある事を伝えられた」

 

正面の君麻呂が、淡々と話し出す。

 

「多由也が、木の葉に寝返った可能性があると」

 

心臓が跳ね上がる。

 

「動揺したな?」

 

背後から、左近の声が聞こえる。それは確認の声じゃない、まるで裁断する時の声のよう。正面に立つ君麻呂が、眉間に皺を寄せながら首を振った。

 

「妙な真似をすれば………また、木の葉のだれかと接触するようなことがあれば直ぐさま殺せとのお達しだ………僕としてはまさか、と思っていたんだけどね」

 

君麻呂が信じられない、と言った風に首を振る。彼にとっては、大蛇丸を裏切る事など、既知の外の理念なのだろう。

 

「裏切り者には、死を」

 

四方から、制裁を目的とした死の一撃が繰り出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ………」

 

走りながら、毒づく。先程の攻防。囲まれた状態での初撃こそ何とか避け切れたものの、浅くない手傷を負ってしまった。

 

(これじゃあ、血の臭いのせいで………)

 

追手を、あの4人を撒けないだろう。かといって、木の葉に行くこともできない。今の音隠れの忍者がどういった扱いを受けるのかなんて想像がつく。せいぜいが、拷問されて情報を聞き出されて終わりだろう。

 

木の葉の忍びは甘いと聞くが、火影を失った直後だ。捕まった結果どのような目にあうかなど、想像もしたくない。

 

走り続けながら、また毒づく。

 

「八方塞がり、か」

 

「その通り」

 

呟いた瞬間、上の方から返答が返ってきた。

 

「!?」

 

その声の主を視認、左近だ。

 

「多連拳!」

 

「くっ」

 

増えた腕での連続拳打。その左近の多連拳は、紙一重で避けても意味がない。掴まれる事だけはさけたいと、大きな動作で何とか避けきった、だが足が止められた。

 

(っ、殺気!)

 

瞬間、後方から飛来する何かを感じたと同時、横に跳躍する。直前まで乗っていた木の枝が、骨の弾に貫かれた。君麻呂の十指穿弾だ。

 

「――――くっ!」

 

回避できたと安堵している暇もない。誘い込まれた事に、舌打ちをしたくなった。回避した先には左近が、後ろには君麻呂が居る。動けないまま警戒していると、遅れて次郎坊と鬼童丸も追いついてきた。

 

「くそが………」

 

また、囲まれた。手負いの今、この包囲を抜けられるとも思えない。でも、ここで死ぬわけにはいかない。

 

(まだだ、諦めるな!)

 

弱気になる心を奮い立たせるが、状況は絶望的だ。数十秒、硬直状態が続いた後、

 

「………何故だ、と聞いてもいいかな?」

 

君麻呂が後ろから話しかけてくる。

 

「何故、大蛇丸様を裏切った?」

 

声には、硬質の殺気が篭められている。その鋭さは左近達も汗を流す程だ。それでも四方への警戒を消さないまま、背後の君麻呂を肩越しに見ながら答えた。

 

「へっ、カマヤローについていっても、先は無いと思ったんだよ」

 

空気が凍る。殺気は冷たく、まるで凍てつくようだ。

だが、構わず続けてやった。挑発して怒らせて怒りに我を失ってくれれば、抜けられるかもしれないと考えたからだ。危険な賭けだが、このままの状況では包囲殲滅される。

 

それに、こいつらに向かって、言いたいことでもあった。

 

「真実だ。実際の所、木の葉崩しの結果はどうだ? あれだけ大口叩いておいて、無様に失敗したじゃねえか」

 

そして、と告げた。

 

「あとは………首輪付きで飼われている状況に嫌気がさした。だから、抜けさせてもらうぜ」

 

途端、ウチを囲む3人の呪印が解き放たれた。同時に、怒号が飛ぶ。

 

「で、外に出て野垂れ死にたくなったのか? ………けっ、雌野良犬風情が、まあよくも語ってくれるもんだぜぇ!」

 

「ふん、飼われているんじゃないぜよ。牙を与えてくれた大蛇丸様に仕える、忠実な狼になっているだけぜよ!」

 

「図に乗るなカスが………!」

 

殺気とチャクラと怒声が荒れ狂う中、それでも言いたかった一言を告げる。

 

「へっ、野良犬で結構。鎖で繋がれた家畜よりはなよっぽどマシだ!」

 

同時、チャクラを解放する。でも、呪印は使わない。使えない。精神暗示を断ち切った結果、ウチは呪印を解放できなくなっていた。

 

以前と同じように、殺意という黒い感情に身を任せれば別かもしれないけど。それはしない。もう、堕ちないと、そう決めたから。

 

場が沸騰しきった後、初撃が来た。

 

「………終わりぜよ!」

 

右から、鬼童丸の蜘蛛巣花が複数飛んでくる。だが、いつもより狙いが甘い。顔を真っ赤にする程の怒りのせいか、通常時より精度が低く、遅い。

 

飛来音から空間を把握、回避。

 

――――何とか避けきることができたが、安心などできなかった。

 

(そのまま左………次郎坊!)

 

「突肩!」

 

左に抜けようとするが、待ちかまえていた次郎坊が肩での体当たりの一撃を繰り出してきた。だが、それは読んでいた。

 

「な!?」

 

咄嗟に次郎坊を踏み台にして跳躍。囲いを抜けた、かと思ったが、その先には左近が待ちかまえていた。また誘いこまれたと、驚く暇もなかった。

 

 

「いい音奏でろよお!」

 

空中なので逃げ場はない。呪印解放状態での多連脚はまともに受ければ一撃でお陀仏だ。余裕はないと判断し、チャクラを腕に全力で集め、ガードする。

 

今までの比じゃない衝撃に、思わず苦悶の声が漏れる。直撃は避けたので、致命傷ではない。だが、腕が折れた。

 

脳髄に稲妻のように奔る痛み。

 

 

ウチはそれに耐えながらも何とか着地して――――全身に鳥肌が立った。

 

 

 

「死ね」

 

 

背後から、声がする。あまりにも簡潔な一言。だが、全ての意志が篭められている。

先ほども感じた、骨の如く硬質で、かつ膨大な量の殺気。

 

振り返る直後、ウチはみた。

 

君麻呂は、呪印を解放していなかった。だが怒りのせいか、そのチャクラは解放状態に匹敵する程に高まっている。

 

考えるまでもない、避けられない。既に、君麻呂の間合いに入ってしまっている。そして君麻呂の手には人一人を惨殺するに十分な凶器があった。

 

 

(骨の、刀、まず………!)

 

 

模擬戦をやった事があるから、分かる。この構えから来る舞は一つだけ。

 

 

「椿の舞」

 

 

骨の刀による、連続刺突。5つある舞の中でも威力は低めだが、その分速度に優れる舞だ。

 

「あああああああぁぁぁあ!?」

 

 

腕が、足が、肩が、胴体が。貫かれ、血を吹き、その度に激痛が頭の奥を襲う。

 

「っ殺ぃ!」

 

そして止めとばかりに、後ろ回し蹴りを繰り出してきた。

 

「ぁあっ!」

 

吹き飛ばされ、背後の木へと叩きつけられる。その拍子に、懐に隠し持っていた笛が、前方に転がる。

 

だが、手を伸ばすこともできない。激痛の中、俯せに倒れ込むことしかできない。

 

「……う………ち、の………………ふ…………え………」

 

痛みで意識が朦朧とする中、それでも眼前に転がる形見の笛を求めて、必死に手を伸ばす。でも、掴んだ瞬間、更なる痛みに襲われた。

 

「無様だな」

 

「ぐっ!?」

 

笛を掴んだ手が踏まれた。折れたのだろう、更なる激痛が意識を揺さぶる。君麻呂は、ウチを見下ろし、つまらなそうに呟く。

 

「ふん、咄嗟に急所は外したか。忌々しい雌犬め」

 

「う………」

 

五月蠅えよ、という声も出せない。椿の舞、避けきれずとも急所だけは避けられたし、最後の蹴りも受けられた。それでも、このダメージだった。

 

何とか一矢を報いてやろうと、腕を動かそうとする。

でも、身体のどこもウチの言うことを聞いてくれる箇所はなかった。

 

 

「終わりだ」

 

君麻呂の背中から、背骨が抜かれるのが見えた。最硬を誇る禍々しい形の槍だ。それが君麻呂の手に高く掲げられる。

 

(な………ん……て、顔を………して………)

 

憎悪に染まったその顔は、人間のものとは思えなかった。

鬼。そんな単語が浮かぶ程に。そうして鬼は、涙を流していた。

 

「………まったく、気が遠くなるよ。この僕の前で大蛇丸様へ暴言を吐くとはね」

 

狂おしい程の憎悪を隠そうともせず、言葉と殺気と共に叩きつけてくる。

 

(そう、いえ、ば)

 

怒る程、強くなるタイプだったな、と思い出す。策の失態を悟るが、もう遅いだろう。

 

 

「万死に値する」

 

 

防御も無駄。振り下ろされれば肉を貫き骨を砕くだろう。

それはウチの生命活動の全てを停止する、死神の槍だった。

 

 

「不様な犬が………這い蹲ったまま、死ね!」

 

 

ウチは地面に俯せになったまま、目を瞑った。

 

(………ダメ、か……………外道は所詮、外道止まりか…………………一度堕ちたら………それで終わりか………)

 

 

元に戻ろうなどど烏滸がましい。この結末は、一度諦めたウチへの、そしてまた戻ろうとしたウチの傲慢さゆえの、罰かもしれない――――それでも。

 

 

(最後まで、嘘はつかなかった………だから、後悔だけは、ない……………こっちの道を選らんだことを…………)

 

 

誇る。逆に、この選択を選ばなければ、ずっと悔やんでいたと思うから。

 

 

(でも………悔しいな………)

 

 

槍が。

 

(悔しい)

 

振り下ろされる。

 

(死にたくない)

 

背中に向けて。

 

(助けて)

 

思いながらも、分かっている。助けてくれない。誰も。昔と同じだ。痛い程に分かっている。それでも、言わずにはいられない。

 

(誰か)

 

ずっと前、忍びになる前も、叫んだ。母が死んで。路頭に迷った時もだ。

だが、誰も、応えてくれるものはいなかった。誰もいなかった。

 

その時に悟った。世界が優しくないって事を。見返りなしに、世界は動かないのだと。

 

(たすけて)

 

それでも、だから、きっと。

思うだけは、いいだろうと。最後まで諦めないと思い、縋る。

 

 

(だれか)

 

 

誰もいない。助けにくる者など、居はしない。このまま、骨の槍に貫かれて死ぬのだろう。

 

 

 

 

そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………え?)

 

 

 

そこで、気づいた。いつまでたっても、槍が降ってこない事に。手を踏んでいたままだった、君麻呂の足もどこかに消えていた。

 

 

「………ううっ」

 

 

呻き声を上げながら、何とかうつぶせの状態から仰向けになるよう、横に転がって、そこには。

 

 

 

「はぁ………何とか間に合ったか」

 

 

 

太陽を背に重ねながら安心したように微笑む、金髪のあの人の姿があった。私の頭上にしゃがみ込み、傷の状態を確認している。金髪が背後の陽光に照らされ、煌めいている。まるで後光だ。その姿はまるで、昔母に読んで聞かされた絵本の中の英雄のよう。『死の夜に輝き、平穏の昼に幻となる』という、どこかで見たお伽話の言葉を思い出した。

 

母の言葉だった。『それでも、そこにいるのよ。呼べば、必ず応えてくれるはず。だから、諦めないで』、と。

 

嘘みたいな光景。知らない内に、涙が溢れていた。それを見たあの人は、歯ぎしりをした後、立ち上がる。

 

 

「…………さて、お前等。事が前後になったけどな」

 

 

これだけは、言わせてもらう、との言葉と同時、チャクラの奔流が吹き荒れる。警戒する4人に背を向けたまま、宣告する。

 

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

 

 

 

 

 


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