「俺の勝ちだな」
「ああ………俺の負けだ」
目の前には、仰向けに倒れる我愛羅の姿が。でも、どこか清々しそうだった。
「夢うつつに見ていたが………無茶苦茶だな、貴様」
我愛羅のあきれた顔に、まーね、と笑ってやる。
が、全身を駆けめぐる痛みに顔が引き攣った。
「ああ、もう、いてー………」
胡座をかいて、我愛羅の横に座りこむ。全身がぼろぼろ。経絡系も痛いし、筋肉痛で全身が痛い。足も痛いし、爆風を受けて焼け焦げた背中も痛い。その痛みのせいで、いつの間にか変化は解けていた。
「それが、貴様の本当の姿か」
「ああ、驚いたろ。まあこれでも我愛羅よりは大きいけどな」
にしし、と笑ってやる。
「どうして………」
「ん?」
「どうして、お前はそんな風に笑える? 九尾の人柱力といったな。お前も、化物なんだろうと、そういう扱いを受けた事があるはずだなのに、どうしてお前は笑う………どうして、あんなにも、真っ直ぐに怒れる。どうして、そんなに強い」
聞きたい事が多くあるのだろう。俺はまとめて答えた。
「強くなんかねえよ。殺し合いは今でも苦手だ。ただ、決めているだけ………上手く言葉にできないが、あー、そうだ、ある人の言葉を借りることになるが」
唸りながら、未来という名の少女の言葉を思い出す。
「尾獣がどうか、知らねえ。運命がどうとか、わかんねえ。人柱力がどうとか、聞いてねえ」
それは空想の世界のお伽話、残酷な戦場で利用された少女が告げた言葉。
借り物だが、今の自分の考えが当てはまるのだ。
「ただ俺は俺の望む道を往く。押しつけられた役割なんてまっぴらだ。俺は俺の好きな道を行って、そこで楽しんで笑ってやる」
「…………はっ」
その言葉を聞いて、我愛羅は可笑しそうに笑う。
「俺には夢がある。俺が作ったラーメンで、誰かを幸せな気持ちにする。いつか、それで争いをなくすようにする。心を満たす。心を満たせば、いずれ争いなんか無くなると思うから。そのための、究極のラーメンを作ること。それが、俺の、麺道だ」
親指を立てて、笑う。
「変な奴だな。争いを収める力があるのに、回りくどいことを。その理想を叶えるために、持っている人柱力の力を使おうとは思わないのか?」
馬鹿を見る目で、我愛羅は訪ねてくる。そんな目で人を見るな。
「変わっているのは悪いことか? 俺がやりたい。その理由以外に何が必要なんだ?」
どの道を往くのかという問題における正解は一つではない。だけど、力を求めた先にある場所はどれも似通っているだろう。
「争いを収める力なんて無いんだよ。力で押さえつけても無駄だ、力は反発しあうもんだからな。ずっと昔から変わらない。言うじゃないか、剣に生きる者はいずれ剣によって死ぬって。戦って、戦って、戦って、何かを壊して殺して失わせても末路は決まってる。最後には、全部失う。自分の生命以外の何もかもを」
人、それを『不毛』と呼ぶ…………何つって。呟くと、我愛羅は苦笑した。
「だから、力を隠し続けるのか。お前のいう、夢のラーメンを追い続けるのか」
「ああ。木の葉隠れの里の人の中にある、九尾への憎しみの心が消えるまでな」
「…………だが、いずれ見つかるかもしれない。力を隠し続けて、正体を隠して逃げ続けて、その果てに見つかって殺されたらどうする?」
「殺されたくはないからな。その時は全力で抵抗するさ。それでも死んだら、仕方ない。最後まで、自分の生き方に関しては嘘はつかなかったと、胸を張って………あるかも分からないあの世で誇ってみせるさ」
立ち上がり、我愛羅に背を向ける。去ろうとする俺に、声がかかった。
「………俺を殺さないでいいのか。お前を殺そうとした、化け物を」
「回答の2を選んだんだろ? ということで、ぶっとばしたからその後だ。今度、ラーメン食べに来て下さい」
店の場所を示したメモを手渡す。
「ラーメン屋台『九頭竜』、そこの店主が俺だ。誰にもいうなよ。1人で来いよ。絶対だぞ。フリじゃないぞ、言ったら逃げるからな。空を飛ぶチキンのように」
「………ああ」
マジ逃げするぞ、という気持ちを込めた言葉に苦笑する我愛羅を確認し、背を向けた。最後に、指を一本立てた。
「ひとつだけ、宿題だ。今度くる時に教えてくれよ………お前が今後どうするのかを」
「――――俺は」
「今じゃなくていい。風影は既に亡いだろう。音隠れの首領が風影に化けていた。本物は殺されていると見ていい」
疑問符を浮かべる我愛羅に、言う。つまりは自由だと。
「お前を狙う馬鹿親は消えたって事だ。つけ加えるなら、俺とお前では立場が違う。その守鶴の力を抑えきれば、砂隠れの里の者はお前を認めるだろう」
「………だが、どうやって。今から、俺は…………どうすればいい」
「俺にはわからん。でも、一人じゃない―――――あの娘と一緒に考えるんだな」
こちらに近づいてくる、人影を指さした。その先には、金髪の少女が居た。
「我愛羅!」
我愛羅の姉であるテマリだ。倒れている我愛羅のもとに駆けつける。そして、俺を視界に捕らえると、驚いた表情になった。
「お前は………!?」
「ちっす姐さん。じゃあ後は頼むわ。俺はちょっと看取らなければならん人がいるし」
返答は聞かず、片手をあげて俺はその場を去った。
「待て!うずまきナルト!」
「何だ」
木の枝の上、振り返らないで我愛羅の言葉を待つ。
「――――ありがとう。俺を、殴り飛ばしてくれて」
背中を向けたまま、腕をあげて回す。
「通りすがったからだよ。言わば通り魔の犯行だから、気にすんな。あの一撃で、何かが変わったんなら、目が覚めたんなら、それは星の巡りが良かったんだろ」
親指を立てた後、一言だけ告げてその場を立ち去る。
「悪夢から覚めたんなら次の夢を。願わくば、笑っていられるような、良き夢をってな」
じゃあ、また会おう。あとは、我愛羅の姉君に任せようと俺は、前を見て走り出した。
全速力で、試合会場へと戻る。勿論、変化の術は使っている。
『………』
「ん?どうしたの、キューちゃん」
『いや、何でもない』
『それで、どうするの?』
「影分身が会場を見張っているんだが、どうやら大蛇○と3代目、まだ戦っているらしい。今から、そこに向かう」
『え、そこに、飛び込むの?』
「ん、大丈夫。手は打ってあるから。逃げる方法も確保しているし」
『で、そこに向かって、何をするつもりじゃ?』
「永遠の嘘をつきに、さ」
痛む全身を引きずりながらも、全速で試合会場に戻った。そして、ついた直後だった。屋上を包む結界が解かれたのは。
『結界、今解除されたみたいだね』
「決着、か」
取りあえず、4人衆が結界を解いたのを確認。
(おー、来てるわ、来てるわ)
あの時は、君麻呂に気を取られて、他の面子が見えてなかった。えーと、君麻呂、蜘蛛、双子、次郎坊か。名前がいまいち分からん。あれ、多由也がいないな。ま、君麻呂と仲が悪いみたいだったし………編成からは外されたか。
大蛇○は腕をだらんと下げている。死神に取られたか。と、いうことはだ。
『………屍鬼封尽、使ったんだね3代目………会いに行くなら、今だよ』
ああ………やり遂げたか。見事だ、爺さんよ。
大蛇○と4人衆が飛び去った直後、俺はこっそりと瞬身の術で、仰向けに倒れる3代目の所へと向かった。影分身を2体ほど、囮として離れた所に出す。そして、ありったけの煙玉を爆発させた。時間稼ぎのために。
そして、俺は倒れる火影の前に立った。
「………お主は?」
返答はしない。ただ、俺は変化を解いた。
「………その目、その髪、その顔は………もしかして、ナルトか?」
「ああ。見せて貰ったよ、爺さん。木の葉を守る火の意志ってやつをな」
「だが、ワシはお前を」
「星の巡りが悪かったんだ。あれは、爺さんのせいじゃない」
沈黙が流れる。でも、まだ納得が言っていないようだ。だから何か言おうとした言葉を遮って、告げた。
「許すよ。全部許す。だから、笑って逝けよ爺さん。一尾もぶっとばした。キリハも無事だ。それに、木の葉の忍び達は負けない。そうだろう?」
「…………」
黙る火影。しかたなく、俺は小さい声で伝えた。
「言葉だけじゃ、ダメか? 気持ちは全部あのラーメンに込めたんだけど。前に食べた火の国の宝麺、上手かっただろ」
悪戯をした子供のような笑みを浮かべる。
「もしかして、あれは、あの屋台の主は、お前だったのか?」
ああ、と返答しながら親指を立てる。
「ああ。木の葉に戻る事はないかもしれないが、俺にも今は夢があるんだ。世界一のラーメンを作るってな。だから、気に病むな爺さん。俺にも明日があるから」
「………そうか…………そうか」
「旨かっただろ?」
「ああ………あれの御陰で、大蛇丸に勝てたのかもしれんのう」
口から血を流しながらも、爺さんが笑う。
俺は別れの言葉を告げる。
「先に逝って待っててくれ。俺がそっちに逝った時にさ………鍛えに鍛えた、世界一のラーメンを食わしてやっから」
約束だぜ、と笑う。
「………ああ。楽しみじゃなあ………」
そうして、笑顔のまま。
優しすぎる伝説の忍びは、逝った。
「あばよ、爺さん」
目を閉じてやる。その直後、影分身が消されたのを確認した。
「………そこに居るのは何者だ!?」
煙の向こうから、声が聞こえた。恐らくは暗部だろう。
もう時間切れか………さあ逃げよう。この場所で、この姿を見せる訳にはいかない。
懐かしの我が家に帰るか。目を瞑り、飛雷神の術を発動させた。
「ジャンプ」
隠れ家に戻った。無事、戻れたのを確認した後、俺は前のめりに、床に倒れ込んだ。
「っつあ~~~~、相変わらず、この術使った後はくらくらすんなあ」
使った後の疲労が酷い。あと平衡感覚も取り戻せない。これは戦闘中に使える術ではないと、改めて認識した。全身に負った傷と合わさって、体の中がえらいことになっている。
『メンマ君………』
痛みにうずくまる俺の耳に、マダオの複雑そうな声が聞こえた。
ああ、悪いな。3代目に告げた、最後の言葉について、聞きたいことがあるのだろう。ま、あの言葉は、半分が嘘で、半分が本当だったからな。
………何しろ、ナルト少年は死んだのだから。
死人は語らない。だから、あの言葉は本人のものではないけれど。
………嘘をついた事。良かったのか悪かったのか、今でも分からない。でも、こうしたかったんだ。60年、この里を守ろうと、戦い続けた爺さん。せめて、笑顔で逝かせてやりたかったと思うのは俺のエゴか?
『………いや』
悪いな。マダオにゃあ、辛い思いをさせたか。長い旅路に出る爺さん。死後、あの英雄の魂どうなるのか、俺には分からない。死神に囚われるのか、それとも大蛇丸の方は魂は腕だけだったので、違う事になるのか。そもそも、死んだ後、人がどうなるのかなんて、誰にも分からない。
でも、長い旅になるのは確か。贈る言葉は決まっている。
さようなら。ごきげんよう。いざ、さらば。それは、木の葉隠れの忍びが言うだろう。看取った俺は、別の事を言って送りたかった。
(別れの時は涙の代わりに笑顔と約束をってな………)
意地通した爺さんを、さ。笑って逝かせてやりたかったんだ。
『………僕の気持ちはともかく………これで良かったんだよ、きっと』
『火の意志、人の意地か』
ああ、キューちゃん。すげえよな火影。今まで、色んな里を旅をしてきてさ。そんで、店を開いてみて分かった。この里の凄さってやつを。治安の良さもさることながら、住む人々の心の豊かさも。
『そうだね………でも、正体は告げられないけど』
それは仕方ねえよ。正体を告げる事が、真実を晒す事が良いこととは限らないんだから誰にだって、憎むものがある。人の流れと意志の推移。つまりは成り行きで、今は俺がそうだってだけだ。俺じゃなければ、どこかの誰かに向かっていただけの。
『それで、お主は寂しくないのか?』
キューちゃんが、つぶやく。
(二人がいるから寂しくねえよ。今更言わすなって、そんな事)
『………ふん、取りあえずは及第点じゃな』
キューちゃん、顔赤いぞ。あと、目を逸らさんといて。可愛すぎるから。
『てれりこ、てれりこ』
言いながら頬染めてんじゃねえよ
いつもの3人。胸に秘めた哀しみの表情を互いに隠しながらも、いつもの調子に戻る。
体調がやばくて拙いが、取りあえず重要なポイントだけ整理することにした。
うずまきナルトと名乗った事に関しては、問題ないと言える。小池メンマに化けてれば、支障ない。九尾が具現していないということで、生存はほぼ確実視されていただろうし。現れたという事実があるだけで、小池メンマの正体までは届かない。今までと変わりなく、小池メンマの姿でラーメン屋を続けられるだろう。
九尾を口寄せしなかった理由も、そこにあった。木の葉の暗部と『根』を刺激するのは良くないし。大人ナルトの姿で、マダオを出さなかった理由も同じ。
口寄せ・穢土転生で四代目を使って~とか、九尾を使って復讐~などと勘違いされたら、ヤヴァイ。誰よりも俺の危険度が超ヤヴァイ。そう判断されてしまう。
そうなったら多分、里総勢で血眼になってうずまきナルトというか、九尾の人柱力の探索。後に抹殺にという事態に発展するだろう。誤解からそういう事態になったら、笑えもしない。見狐必殺とか、やーなの。
まあ、今のところ、正体に関しては問題ない。我愛羅が言わなければ、というのがあるが。まあ、言わないだろう。言わないよな。
大丈夫、大丈夫。
残りは………再不斬と白は、戻ってないな。まだ戦っているのか。じきに戻ってくるだろう。引き際を間違える程バカじゃないし。
――――まあ、取りあえずの所はこれで一段落、か。
キリハも無事。と、いうことで任務完了ー。
安堵のため息をついたまま、全身を襲う疲労に身を任せ、深い眠りについた。