小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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後日談の終 : 終わらない空に

 

昼の休憩が終わり、店が暇になってきた時間のこと。カウンターには何故か、網の部隊長殿が酒を傍らに突っ伏していた。

 

「………何があったの、こいつ」

 

非常に関わりあいになりたくないのだが、聞いておかなければならない。ちょうど店に着ていた左近に聞くが、こいつも知らないらしい。だが、イタチさんは知っていたようだ

 

「昨日、多由也がな。火の国の城下町にいる音楽家からスカウトされたんだ。私達と一緒に、是非ともその素晴らしい演奏の腕を大きな舞台でと」

 

「あー、まあ多由也の腕ならなぁ。で、なんでサスケが凹むことに?」

 

「引きとめようとしたんだが、逆に完全に論破されたらしくてな」

 

言っちゃなんだが、サスケは多由也に惚れてる。水をかけても炎の勢いが増すだけなんじゃないかってほどにベタぼれである。当然、火の国に、遠くにいかれるのは嫌だろう。

 

しかし、その音楽家とやらに問われたらしい。君は彼女の技術を知った上でそう言っているのかね、と。チャクラは関係ない、技術としての事。サスケは戦闘や戦術の知識に関しては相当のものを持っているが、音楽に対しての造詣は深くない。糞真面目な性格もあってか、下手な嘘をついて場を流すこともせず、ただただサンドバックのように滅多打ちにされたと。

 

「あー………まあ、専門家にはなあ。かけた時間が違えば、そりゃあな」

 

芸術は一朝一夕で身につくものではない。情熱を燃料にした上で何年もの時間をかけて没頭し、初めて大衆に見せるに足る質になるのだ。過剰表現ではない。人の心を動かすからには、それぐらいの努力が必要だ。ある意味では狂気とも言えるほどの熱情がなければ、人の心は動かせない。見せかけだけではない、根っこを揺さぶる程の。その音楽家とやらは世界でも有名な人で、サスケもそれは認めたらしい。

 

「だけど納得いかねえと。サスケが突っ張ってな。忙しい時期だし、取り敢えずは後日また話をすることになったんだが………」

 

「あー、分かるかも。ちょっといらん事言っちゃって、売り言葉に買い言葉?」

 

「その通りだ」

 

今でさえ恋人になっている二人だが、喧嘩はよくする。以前、秘密基地にいた時もそうだった。大抵が、サスケの空気を読めない発言が原因になっていたのだが。

 

「で、凹んでると。真昼間から酒を飲んで」

 

「この状態のサスケを放っておくこともできなくてな………」

 

「久々の帰還だってのに、お疲れ様ですイタチさん」

 

イタチさんと菊夜さんは網に一時的に帰還していた。小雪姫の護衛が、一段落ついたらしい。なのにこの部隊長の有様と来たらどうだろう。遠路はるばるってのにこの野朗は。

そう思ってると、ざざっと登場する人物が現れた。

 

「全ては聞かせてもらったわ!」

 

「………何してんですか、国主兼大女優さん」

 

見れば、小雪姫が腕を組んで仁王立ちになっていた。イタチさんをちらりと見るが、目を閉じてふるふると首を横に振られた。いつもの事らしい。

 

で、大女優さんはサスケを指さして告げた。

 

「そこの、器が小さくて情けない男!」

 

「いきなりズドンと来たな」

 

「あれ、富士風雪絵だよな………だよな………」

 

小雪姫の素を知らない左近が若干引いていた。実はファンだったらしい次郎坊が凹んでいる。俺もちょっと引かざるをえない。だけどキューちゃんと紫苑は何故か、よくぞと言わんばかりにうんうんと頷いていた。サスケは肩をびくんと跳ねさせている。どうやら狸寝入りしていたらしい、っていつぞやの我愛羅かこの野朗。

 

「ふん、ちょっと喧嘩したぐらいでなによ。酒に逃げるなんて最低よ、分かってるの?」

その後も、小雪姫の口撃は続いた。いちいち最もだが臓腑を鋭角からえぐり込むような内容に、サスケの身体がびくんびくんと跳ねた。俺達は傍観していた。なんて言うか、魚みたいに跳ねるサスケが見ていて飽きなかった。

 

「で、サスケ。貴方はこのまま何もしないで引き下がるつもりなの?」

 

「っ、そのつもりはない!」

 

それだけは認められなかったのか、サスケが身体を起こし反論する。真正面から小雪姫を睨む。しかし流石は大女優、真っ向から受け止めた上で、指を一本立てた。

 

 

「ならば、40秒で支度しなさい――――抗うために」

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。灯りが映える夜の屋台に、多由也が訪れた。盛大に落ち込んでいるという顔を隠す余裕もないまま、注文したラーメンを食べる。

 

「あー、お姉ちゃんせんせーさよーならー!」

 

「こ、こら! 夜、暗くなったら出歩くなって言っただろ!」

 

「えー、この人がいるもーん」

 

多由也の怒った声。子供は保護者として迎えに来た孤児院担当の構成員に連れられ、宿舎の方へと戻っていった。

 

「慕われておるの、お姉ちゃん先生」

 

「九那実まで………あーもう、柄じゃないってのに」

 

言いつつも、まんざらではなさそうだ。まあそうでなくては、子供の9割9分から好かれはしまい。多由也は組織の子供達からは、口は悪いが面倒見が良い、優しい美人なお姉さんで通っているらしい。からかいがいがあるとも。

 

よく店に来る同じ保護者役の人から聞いた話だ。彼女にしかできない笛による精神治療という効果もあるだろうが、純粋な人柄によるものも大きいのだろう。時折りに見せる笑顔に、男児諸君がドキリとしているとか何とか。昼にサスケが愚痴っていたことだ。

 

「あー………すみません、酒を」

 

「あいよ」

 

ラーメンを食べた後の注文に、何も言わずに最高級の酒を提供した。九那実と紫苑が、サスケとはえらい違いだな、とか言っているが俺はおおいに肯定した。

 

野郎と美女。これは区別だろう。だけどその主張に返された答えは、3つの噛みつき跡だった。

 

「痛えっす………で、多由也。サスケと喧嘩したってのはもう"網"中のうわさ話になってるぞ」

 

「ええぇ」

 

困ったように多由也。で、喧嘩の原因を色々と聞いてみた。発端となったのは、音楽家。そいつは、はかなりの技術を持っていたらしい。俺も、幾度かは聞いたことがある、著名な人物だ。

 

世界的に認められているとおもわれる。そして提案されたらしい。忍術ではない、多由也の純粋な奏者としての腕を認めている。ここではもったいないと。どうかもっと大勢の人間に聞かせられる場所に出てはどうかと、そう言われて。

 

「少し、心が動いたのは事実だけどな………」

 

「お主にとってはあり得んことだろうな」

 

多由也の言葉に返したのは、紫苑だった。だが正鵠を射ていたらしく、多由也も即座に頷きを返していた。

 

「なのに、あいつは………」

 

そこからは盛大なる愚痴大会になった。互いの不満点が出るやら出るやら。女心はわかってないだの、鈍感だの、アホだの。ていうか紫苑さんに九那実さん、すみません謝りますからそれ以上は勘弁してください。割りとSAN値に影響が。最近、来る客来る客からの壁ドン床ドンが増えて大変だってのに。特に鈴がたまに店を手伝いに来るようになってからは、その事態は加速した。

 

美人すぎる店主さんとして有名だったキューちゃんをかっさらっていった――――ように見えるだけだこのダアホ―――――事情もあって、壁ドンてーか嫉妬パワーが酷いのに。

そんなこんな話をしていると、噂の音楽家さんが店にやってきた。年は40頃だろうが、独特の雰囲気を纏っていた。今日は宿に泊まるそうで、明日には返事が欲しいと多由也に告げているそうだが、俺はそれどころではなかった。

 

「音楽家さん………明日って、今さ!」

 

「あ、すみません。この人、ちょっと心にダメージを受けているようで前後不覚になってまして」

 

多由也のフォローが入るが、違う。原因は―――――まあさっきの事も多少ではなくあるが――――そうじゃない。俺は、内心でひどく焦っていた。まさか、こんな所でこんな顔に会うとは思ってもみなかったからだ。

 

だが、なんとか正気を取り戻す。

 

「お、なんとか持ち直したな」

 

「まあね。人のラーメンタイムを邪魔するとか、ラーメン伝道師にあらず」

 

「その心は?」

 

「うん、ラーメンを食べる時にはね。誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで………」

 

「それ以上いけない」

 

なんやかんやで、場は賑わっていった。音楽家さんも最初は面食らっていたが、どうしてか顔を少しほころばせて、アルコールに顔を赤くしていった。そこで俺は聞いてみたのだ。音楽家さんが、この道に入ることになった切っ掛けを。

 

「………切っ掛け、か。そうだな、あれは今から何十年も前のことだったか」

 

当時、音楽家さんはあるチームに入っていたらしい。だけどもっと大きな別のチームに潰されてしまって、なんとか生き残ることができたと。そうして、その業界に戻ることができなくなった音楽家さんだけど、当時のリーダーの言葉が忘れられず、別の道を模索することになって。元から才能があったという音楽の道でそれを成すことになったんだと。

 

「へー、波瀾万丈ですね。人生、山あり谷あり天国あり地獄ありといいますが………」

 

「いや、普通は天国と地獄には行かんだろ――――メンマ以外は」

 

「やめてよして触らないで汗が出るから」

 

目から汗が。てーか多由也の言葉が今、俺の胸に必殺のサン・アタック。確かに地獄は経験したし、仮初の天国にも行ってきたけど。この子、親友の白の影響もあってか、稀にだけど臓腑をえぐる言葉を吐いてくるんです。頷くなよキューちゃんに紫苑に鈴よ。

 

「その、リーダーの言葉とは?」

 

「人は、誰かを想うことが出来ると」

 

言葉は濁されていた。しかし、言葉の欠片を組み立ててみると、何となくだが分かった。人と人は分かり合える。共通する思いがある。だから、胸の内を隠すことなく晒せば、争いはなくなる。あるいは、感動を。共感すれば、同じ人同士で、殺し合いをすることもなくなると。

 

そこまで聞いた時、俺の疑念は確信に変わった。まさか、という所だが間違いないだろう。まあ俺の確証は置いて、そんな背景があったとは知らなかった。多由也やキューちゃんでも知らないだろうが、色々と知っている俺はこれ以上の深追いはやるべきではないと判断して。

 

だけど、どうしても聞いておきたいことがあった。

 

「ここ、"網"はどうですか」

 

「――――良い、場所ですね」

 

最近は、火の国でも噂になっているらしい。

 

左近を筆頭とした、重吾達の廃村復興や街道整理。

 

シンを筆頭とした、飢饉や戦傷が原因で、村や山賊に落ちぶれることしかできなかった村人の保護、救済。

 

サスケを筆頭とした、魔獣討伐や忍里との交渉。

 

構成員は尋常ではあらず、荒事にも精通し、だけど人に起きる理不尽を未然に防ぐ人の組織として。構成員同士のやり取りも、幾度か目にしたらしい。とても忍術を扱い、武器にする組織には見えないと。

 

「昔を思い出しましたよ。ちょうど仲間たちが語った夢が、こんな風な…………」

 

そこまで言うと、音楽家さんは首を横に振った。飲み過ぎたと、苦笑をして水を飲み、心機一転と。多由也に、是非ともにとプッシュを続けた。多由也は慌てているが、完全な否定はできないようだ。実際、悩みどころだろうからな。

 

俺もいちラーメン屋として分かることがある。誰かから言葉で、態度で、腕が認められていると示されるのは、本当に嬉しいのだ。そのためにやっている訳ではない、自己満足な部分もあるが、認められるというのは何ともいえない高揚感を得られる。

 

だからこそ、もっと大きな場に出るというのも。多由也も、より多くの人の心を音で癒したいという願望は、少なからず持っていると思うから。加えて言うなら、音楽家さんが所属する楽団は全体的にレベルが高いらしいとのこと。切磋琢磨は成長の助けとなる。ライバルがいれば余計にだ。負けたくないという気持ちは、成長したいという気持ちの燃料と成りうる。好待遇で、普通の音楽に携わっている人間であれば、一も二も無く頷くほどの。

 

 

それでも、翌日のこと。多由也は音楽家の申し出を断ったという。だが音楽家も諦めておらず、一週間後にまた来るといって去っていった。俺もその場にいたが、彼の言葉と眼光からは、半端ではない執着心が見て取れた。それだけに多由也のことを買っているのだろう。

 

決めるのは本人だから、俺が何を助言するもない。夢に迷っていた子供はもう居ない。

どころか、俺でさえたじろくほどに立派過ぎる人間になった。なにをも言えることはない。その権利も。あるとすれば唯一、あのアホのサスケだけだ。

 

だから、俺は日常に戻った。左近と、廃村に出てくる高機動の魔獣の対策を考えていた。

「やっぱり、広範囲に渡る術とか有効だよな。でも火遁は森の延焼という問題が………」

「それなら、風遁・大突破とかどない?」

 

「ヤメロ」

 

そうして新しい術、『忍法・魔貫光殺法』を考えてた時に、やってくる人の姿が。前触れもなく現れたサスケは、真顔のまま開口一番に告げた。

 

 

「バンドを、しよう」

 

 

「おい、唐突に何を」

 

 

「バンド名は、リトルバスターズ」

 

 

「聞けよ」

 

 

関係各所から苦情のお便りが寄せられそうな提案だった。小雪姫の"小"を取ってリトルってやかましいわ。真顔でそう言われても、何がなんだか分からんだろうが。取り敢えず小雪姫と相談した結果と、今に至った経緯を聞いて、要約した結果はこうだった。

 

――――男ならやってみろ。

 

――――男なら行動力。取り敢えずは動いてなんぼ。

 

――――さあ、音楽について勉強しよう。

 

で、実践派であるサスケは取り敢えずバンドを組むことにしたらしい。俺は左近と鬼童丸、次郎坊と目を合わせながら、アイコンタクトをしながら頷いた。

 

なにこいつ、めちゃくちゃ面白え。

 

「でも、あのな」

 

それでも、さっきから気になっている事だけは聞いておかなければならない。

 

「その、アナタの後ろで虚ろな目をしてるサイ君と蒲焼丸君は………?」

 

「サイもウナギ丸も、実に快く協力してくれてな」

 

らしいが、サイの隣にいる正気を保っているっぽいシンは、凄い勢いで首を横に振っていた。恐らくは写輪眼による幻術だろう。唯一、シンだけは被害を免れたか。

 

「ていうか、一体なんのバンドをやるつもりだ」

 

「それは今から考える。問題は立つか立たないかだ。先生はそう言った」

 

あ、駄目だこのサスケ。わかりやすいぐらいに暴走してる。流石は他人の口車に乗せられやすい男ナンバーワン。先生らしい小雪姫の熱弁を、全て素直に受け止めたようだ。根が真面目ってのもあって、極端から極端へと爆走してはるで。

 

「心配するな、モノなら用意してある。お前が言っていた和太鼓っぽいものと、笛とか」

「………そんな楽器で大丈夫か?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

自信満々だが、問題ありすぎだろ。それじゃお囃子バンドじゃねーか、祭りでしか出番ねーぞ。

 

「いけるさ。お前が言っているギターらしきものも発見した」

 

「それ、ウクレレだから」

 

ずい、と目の前に出されてもなんというか、その、困る他ないというわけで。本格的に逃げ道がなくなってきた。なので、俺はシンにアイコンタクトで告げる。

 

(行け、やれ、弟の仇をトルノデス)

 

(いや、死んでないから。此処で仕掛けたら、俺が死ぬから)

 

ちっ、役に立たない奴め。ていうか本格的に逃げ場がなくなってきたな。というか、主に誰に聞かせるつもりなんだ。聞くと、当たり前という風にどや顔で多由也に、とか言ってきた。

 

「あー………まあ、そうだよな。で、ライブの日は?」

 

「一週間後だ」

 

「できるか!」

 

てめ、音楽家を舐めんじゃねーぞ。どう考えも一週間で人に聞かせるレベルになるわけねーだろうが。怒りながら言うが、サスケは舐めているつもりはないと言った。それでも諦めないと、綺麗な目で言ってくる。ああ、面白いんだけどちょー面倒くさい。

 

「確かに、駄目かもしれない。だけどやってみなければ分からない! そうさ、探さなきゃ見つからないんだ!」

 

「自分の眼鏡が?」

 

「違う!」

 

ビ◯ョン・眼鏡じゃないらしい。多由也に残ってもらう方法を、とのこと。別の方法でもあるんじゃねーかと言うが、サスケは聞いてくれなかった。ていうか、こっちの言葉を受け入れるつもりがないようだ。ああ、グッドバイ・コミニケーション。

 

「サイとドジョウ丸はバッドアイ・コミニケーションをされたようだけど」

 

「何か言ったか。いや、今は返答を!」

 

滅茶苦茶に本気だった。嘘偽りなど欠片も見当たらないサスケの意志は、まるで鋼鉄のようだ。それこれでもかと叩きこまれた俺は、力一杯に胸いっぱい、肺を振り絞った挙句にため息をぶちかました後、たっぷり40秒は顰め面をした後に答えた。

 

 

「――――分かった、協力しよう」

 

 

 

 

 

 

そこから先は思い出したくない。教える者もいない音楽初心者がどうなるのかは、言うまでもないことだ。だが、サスケには執念があった。俺も出来る限りの事をやって、サイも協力してくれた。ウナギ丸が一番才能があったのが業腹だが、それはここでは言うまい。

あるいは、サスケと多由也の正念場になるかもしれないと思った俺は、キューちゃんに半ば店を任せた。本当に、今までは絶対にやらなかった事だが――――この二人のことだから仕方ないと思った。ある意味で、キューちゃんと紫苑の修行的な意味もある。そうして、練習に練習を重ね、サイとウナギ丸と相談して。

 

そして、運命の日はやって来た。

 

「――――よう、多由也。来てくれたな」

 

「………久しぶりだな。それで、見せたいものって何だ」

 

集会や多由也の演奏会用に建てられた講堂の中で、多由也と再度来訪した音楽家を呼び出したのだ。その多由也は、少し気まずそうにしていた。灯香さんと紅音―――残月から聞いた話だが、どうにもこの二人は一週間ほど会話らしい会話もしていなかったようだ。あまり外面には疲れをみせない多由也だが、今ははっきりと元気が無いのが分かる。

 

子供達もお姉ちゃん先生に元気がないと心配していたから、よほどだろう。

 

やがて、その眼が俺達をとらえると驚きに変わった。

 

 

「――――行くぞ!」

 

「「「「「応!」」」」」

 

 

ここまで来たからには、やってやると。俺達5人の心が一つになった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何て馬鹿なんだろう。サスケが頭が切れるのに実はバカなことは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。じっと、二人で演奏を見つめる。音楽家も、演奏を見ながら質問をしてきた。

 

「どうして、笑っているのですか」

 

横目で見ていたのか、音楽家さんの声が。ウチはすぐに、肯定の意志を示す。酷い演奏である。リズムもバラバラ、音階が外れている楽器もあるし、ミスも多い。一週間だから当然だろう、相応の――――だけど、可笑しくて笑っているのではない。

 

人は、嬉しい時には笑うものだから。

 

「断った理由。あの時は言わなかったけど、2つあるんだ」

 

事を荒立てたくなくて、だから。しかし、ここはもう言わないままではいられない。

 

「アンタの理想は立派だ。だけど、それはウチのやりたい音楽じゃないんだ」

 

胸の内を晒し合い――――腸を見せ合い、分かり合う。だけど、ウチはそうじゃないと思う。確かに、隠し事をしなければ、人は知り合えるかもしれないけど。

 

「でも、人は違うんだ。誰一人として、全く同じ人間は居ない。だから………同じ事に対して何を思うか、それは人によって違う」

 

知り合っただけでは、分かり合えないことがある。例えば、自分を産んだ母について。誰しもが同じ価値観を持っていることはない。ウチのように、本当に大切な失いたくない人だったと思う人がいる。

 

色々な人間がいるのだ。過去に死に、話さえできなかった人間もいるだろう。あるいは、酷い仕打ちを受けた人間も居るだろう。同じことを見せ合ったとして、全てが分かり合えるとは思えない。人の心を読んでも、それは本を読んでいるのと同じだ。大切なものは、人それぞれに違う。それが何なのか、分からないし全てを分かり合えるとも思わない。

 

他人は所詮、突き詰めた所で他人でしかないのだ。寄り添えるかもしれないけど、人は自分の足で立つしかない。争いも苦境も、後悔もあるこの世界で。

 

「それでも、諦めたくないから………だからこそ、ウチは笛を吹く。分からないから、音に乗せて曲を謳う」

 

どうか、と(こいねが)う。だって、ウチは思うのだ。人と人は異なっているのが前提で、だからこそ曲を。日常を、自然を歌ってもいい。恥ずかしいけど、恋愛を奏でてもいい。だけど、根底にあるのは祈りだ。解釈も様々で、同じ曲に異なった感想を抱くものも居るだろう。だけど、どうかウチの曲を聞いて。

 

「少しでも、悲しみが消えますように。明日を、幸せな気持ちで向かい合えますように。添え物だっていい、少しでも笑ってくれれば………戦争の根絶なんて、大それたことは前提にしない。ウチは、人のために音を奏でる。少しでも、幸せな気持ちに――――人を殺そうなんて思わなくなってくれれば」

 

目の前のサスケのように。本気であるサスケを助けようと、協力してくれた4人のように。助けになればいいのだ。その同道で、共感しあうのもいい。同じ曲を好きだと行って、語り合えば少しの共感に繋がっていくから。メンマさんも、同じ思いを抱いているのだろう。言葉にはせずとも、分かることがある。腸を見せ合わずとも、共に歩くことはできるのだ。

 

それこそが、形にならない。日々の音楽と、鼓動の音が2つ。

 

曲ですらない、人が足掻くという音韻術。

 

その名も、秘奥・八音。メンマに曰く、『エイト・メロディーズ』らしいが。途絶えさせるつもりはない、ずっとこれからも奏でていくべきものだと思うから。

 

「ならば………貴方は私の音楽が、方向性が。間違っていると、そういうのですか」

 

「まさか。アンタの音楽は否定しないし、できよう筈がない。本当に立派だと思うぜ。でも、ウチにはウチの音楽があるって、それだけだ」

 

「否定はしないが、正しさを曲げるつもりはないと?」

 

「ウチはウチの正しいと思うように演奏する。だからってアンタの正しさを否定できるわけないだろ」

 

「それでも、自分の正しいを譲らないと?」

 

「いや………自分の正しさなんて誰かに迎合して曲げるもんじゃないし、預けるもんでもないだろ」

 

正しさは仮託するものじゃない。自分で考えて、自分の両手で責任を持って抱くものだ。そうして行動した結果を受け入れることも。それを誰かに全て渡して、責任さえも擦り付けるのは間違っている。ウチは、かつて間違えた。生きるために捨てて、血に汚れて、その責任さえも誰かに。気づけば、音にして受け継いだ母の"正しい"も血に汚れていた。

 

仕方ないと思って――――だけど諦めるのは、無責任だと知ったから。

 

「しっかりと抱いていくよ。だから、あんたと一緒に行くことはできない。これが音楽性の違いってやつかな?」

 

「…………………そうですね。そうかも、しれません」

 

音楽家は、帽子を深くかぶり。眼を隠すと、すみませんとだけ言った。謝ることはないのに。そう言うけど、返ってきたのは苦笑と、そして質問だ。

 

「そういえば、もう一つの理由は?」

 

「あの、サスケがな。ウチがいなくなると、絶対に泣くから」

 

自惚れではないけど、きっとそうだろう。この行動を見ても分かる。朝も昼もなくなるんじゃないのか。ウチと同じで、なんてのは絶対にあいつの目の前では、口に出してやらないけれど。

 

「似たもの同士だからこそ分かる、ですか。いや、ごちそうさまでした」

 

「………ウチの言葉、ちゃんと聞いてたかおっさん」

 

「これぐらいの仕返しはさせて下さいよ」

 

言うと、音楽家はくるりと入り口の方を向いた。

 

「なんだ、もう行くのか」

 

「ええ………これ以上は聞いていられませんので」

 

侮蔑ではない、憐憫でもないそれは、哀愁の声。

だけど音楽家は次の瞬間には元に戻っていた。

 

「お邪魔虫は、さっさと退散しますよ。馬に蹴られて死んでしまわない内に」

 

「おい、おっさん!」

 

「それでは、これで―――――――どうか健やかで、美しい音楽家さん」

 

歩いて去っていくのと、曲が終わるのは同時だった。サスケがドヤ顔でこちらに歩いてくるのも。そうしてサスケは、音楽家さんの背中を見ながら言った。

 

「ふむ。どうやら、俺の演奏に恐れをなして逃げたようだな」

 

「いや、まあ………下手だったけど、そうだな」

 

違う、とも言いがたい空気だ。しかし、このアホはとんでもないバカだけど、人のために何かを出来るやつだ。

 

 

「なあ、サスケ。ウチが居なくなるのは、嫌か?」

 

「当たり前だろ」

 

「行きたいんなら好きにしろ、なんて言ってたくせにか?」

 

売り言葉に買い言葉だってのはわかってた。だけど、とサスケは言う。

 

「俺には、音楽の知識はない。演奏する人の気持ちも、夢も分かるとは…………だから、お前にとっちゃそっちの方が良かったんじゃないかって」

 

「だから、自分も音楽をしようって?」

 

「そうすれば、多由也の気持ちが分かるんじゃないかって小雪姫に言われてな」

 

「………バカ」

 

大馬鹿野郎である。ここで他の女の名前を出すのもそうだし、何より腹が立つことがあった。ウチは、言って欲しかったのだ。こいつがここから出て行くわけないって、あり得ないことだって否定して欲しかった。

 

お前の隣を離れることなんてないのに。

 

ほら、そうだよ音楽家さん。

 

これだけ長く、近くても全部を分かり合えない。だからこそ、人ってのは難しい。

 

「何だよその顔………で、多由也。俺達の演奏はどうだった?」

 

「20点って所か。つーかお前が一番下手なのな」

 

正直に告げると、サスケは壮絶なショックを受けていた。顔が土気色になって、シュンとなって落ち込んだ。ウチは畳み掛けるように、これから練習を厳しくいくぞと。

 

その前に罰ゲームだと言った。

 

「顔、上げろ」

 

見えた顔は、子犬のようで。いつぞやの雨の時と、変わっていなく。ウチは自分の両手で皿を作り、ついと持ち上げた。

 

「これ、覗き込め」

 

サスケは言うとおりに、素直にウチの両手へと顔を落とした。本当に、昔から素直過ぎて怖いのだコイツは。小雪姫の口車に乗ったのもそうだ、こいつは純粋過ぎるのだ。

 

 

だからこそ、お仕置きだと。顔を落としたサスケの頬に手を添えて。

 

荒れている唇に、ウチの唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

「エンダァァァァーってか? て、何で泣いてるんだよウナギ」

 

「うう、心の底から羨ましい。俺にもあんな彼女がいれば………っ」

 

「ならせめて落ち着きなよ、ウナギ………ってあれ、メンマはどこに?」

 

 

 

 

外野の声は無視して、ウチはたっぷりと1分、サスケにお仕置きをかましてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと、追いついた」

 

「君は………さっき、和太鼓を叩いていた、ラーメン屋の?」

 

「もう一回遊べるドン! じゃ、なくてな」

 

音楽家の前に降り立ち、言葉をかける。すると音楽家は意外そうな顔でこっちを見てきた。隣にいる、赤い髪の女ボスの姿を見て驚いているようだ。

 

「もう諦めるのか? あれだけ執着していたのに、随分とあっさりだな。それに、何で下を向いて歩いている?」

 

「………彼女は正しいと、そう思ったからさ。聞きたいのは、それだけかな」

 

それならこれで、と。すっと、俺の横を通って後ろに。去っていこうとするその背中に、告げる。

 

 

「この組織を創設したのは、長門だ」

 

 

ぴたり、と。音楽家の動きが止まった。

 

 

「先代の斬月と、長門が網を作った。理念もな」

 

「………何故、僕にそれを聞かせる」

 

「生き残りがいるとは、思っていなかった。長門も、俺も」

 

いつぞやに十尾の中で見せられた記憶があった。弥彦と小南、そして長門が創設した、ダンゾウと半蔵に潰された組織の中の人間。その中に、この音楽家の顔があったのだ。

 

「弥彦の想いに共感した、長門が。果ては忍里の争いを、根深い恨みの大半を晴らした」

事実を語っていく。全ては、弥彦という少年から始まったこと。長門が受け継ぎ、そうして成した一大計画の結果を。世界は急速ではないが、確実に。本当にゆっくりだが、良くなってきているのだ。音楽家は何も答えず、黙ったままその場に立ち止まったまま俺の話を聞いていた。

 

その背中に、告げる。

 

――――弥彦の想いは。そしてアンタ達の戦いは、無駄にならなかったと。

 

 

「………そうか」

 

「ああ、そうだ」

 

「…………そう、かぁ」

 

 

音楽家は、ただ――――あぁと、だけ呟いて。少しだけ、上を。前方の空を見上げるようにして、去っていった。

 

 

「………これで良かったんだな」

 

「わざわざすまんかったな、ザンゲツ。説得力にさせちまって」

 

嘘ではないと、信じさせるための今代の斬月だった。役割はきっと、果たせたのだろうけど。

 

 

「あの音楽家、これからどうするつもりかな」

 

「分からん。でもまあ、悪いことにはならないだろうさ」

 

多由也に拘っていた理由はきくまい。だけど、その道は諦めたようだ。だけどきっと歩いて行くのだろう。変わらずか、あるいは少しでもいい方向へ。死にかけても忘れなかったという、あの言葉が本当であれば。

 

「好きに生きるだろうさ。自分が正しいと思う方向に」

 

「そうだな。各々が好きなように、歩くか。私と、お前と同じように」

 

「人の生とは、一冊の本を書くが如く。だけど縁があれば、また会うことになるさ」

 

これからも俺は、俺の望むがままに生きるだろう。至高のラーメンを、食べた人が幸せな気持ちで帰途につけるようなラーメン屋を。ラーメン開発の日誌を、キューちゃん達との生活の日々を。

 

サスケも、平和を守るために戦うだろう。生き残った兄と一緒に、手に残った赤の陽だまりと手を握り合って。

 

再不斬は、里を正しき形にするのだろう。白が抱いている悪夢を消し去るのと同じで、これからの良き夢を霧の忍者に見せるために。

 

シンとサイも。左近達も、いつかは故郷を復興させたいと奔走している。

 

キリハやシカマルといった木の葉隠れの忍者達。我愛羅にテマリにカンクロウといった砂の忍者達。

 

聞けば、他の里も同じらしい。弥彦から長門に受け渡された願いは、これから形になっていくのだろう。

 

「誰も彼もが、戦っていくか。昔から今になっても変わらず、明日のために」

 

「一人じゃ、何もできないぐらいに弱いだろうけどな」

 

敵は自らの中にいる悪意だ。憎悪、嫉妬、疑念、欲望、ありとあらゆる負の思念だ。だけど、忍者はそれに抗うための目に見えない武器を持つようになった。痛みを知ったのだ。眼には見えないが、確かにそこに剣は残っている。モノじゃない。形にはならない。だけど、そこにはあるのだ。長門が残していった、誰かを思う“痛み”という名の剣が。

 

中にある、人の良き心も――――誰かを信じるのには、十分なほどに。だから忍者は、そして普通の人々もこれからは選択し続けるのだろう。自分の生活という本の中で、願い生きるのだと思う。いずれ新たな苦境が訪れるだろう。魔獣の脅威は消え去ってはいない。様々な難題も抱えている。

 

未来永劫、平穏無事にというのは不可能だ。

 

――――それでも、だ。

 

 

「人の目に見えなくても。世界は、想いという名前の言葉で繋がっている」

 

 

感情を、感覚も、想いという名の言葉を元にして。だからこそ、本は孤独にならない。繋がり、連なりあって次代へと続いていく。

 

紡がれていくのだ。誰も彼もが幸せになる物語を目指して。

 

「俺も、そう長くは生きられないだろうけどな」

 

「メンマ………」

 

いずれその時はくるのだ。身体を構成したとしても、ボロは出る。人は永遠を生きない、いつかは死ぬのが当たり前だ。キューちゃんも同じだろう。紫苑も、鈴だってそうだ。人間と同じになったからには、いつかは時間に死ぬ日が来る。だからこそ、必死になって生きていこうと思うのだけど。

 

「と、噂の人物が来たぞ。何やら怒っているようだが………そういえば、長らく店を離れていたようだな」

 

紅音はささっと俺から離れた。そのまま、自分の職場へと帰っていった。

 

「ちょ、ま、紅音ちん! どうか説得をお願いします!」

 

「やらんよ。それに、説得は無理だ。いったい何年の間あの二人から離れていたか、分かっていないお前でもないだろう」

 

手を上げて、去っていく。直後に、腹に体当たりを受けた。なんとか受け止めて、転ばないようにする。見下ろすと、噂の二人がこちらを涙目で見上げていた。

 

「あー………元気?」

 

「元気、じゃないわ馬鹿者が!」

 

怒られた。演奏の後、もしかしたら少し遅くなるかも、との置き手紙が悪かったらしいその上で出口付近に居るのだから、とほっぺたを抓られた。

 

「ま、またっ、何処かに行かれたらどうしようかと………っ!」

 

「………キューちゃん」

 

キューちゃんの肩は震えていた。そういえば、戻ってきてからはずっと一緒だった。朝も昼も夜も。最近は離れている時間も多かったが、その前まではいつも隣に居た。

 

「そうじゃ! ずっと一緒だと、そう言ってくれたではないか!」

 

「紫苑………」

 

紫苑も、旅についてくると言われた後はずっと一緒だ。どこにいくのも、何をするのも隣で。

 

「受け止めるって、言ってくれました」

 

「いや…………うん、言ったな」

 

言い訳はすまい。確かに、俺が言ったことなのだ。というか、こうも泣かれたままには心が辛すぎる。泣かせたのが自分だと思うと、余計に辛い。

 

だから素直に謝ったが、許してくれなかった。取り敢えず、今夜は会議らしい。議題は、言うまでもないだろう。

 

「よし、そうと決まれば…………っと、その前に多由也から伝言じゃ。今後はウチがビシバシと仕込むから覚悟しろって」

 

この3人も参加することにしたらしい。いずれは網で音楽団をつくるとか何とか。いや、これ以上はちょっと勘弁して欲しいんだけど。どうにも、こう、才能の無さを痛感させられるというか。

 

 

「でもまあ、取り敢えずは打ち上げだな。おばちゃんとこ貸しきって、宴会でもするか」

「ふむ、メインディッシュは?」

 

「ラーメンです」

 

何を当然のことを。それにあいつら、普段は厳しいにも程がある訓練してるから、結構な量を喰うのだ。何も問題はない。

 

「小鉄達と、ウタカタ達も呼ぶか。左近も戻ってきてるだろ」

 

最近は、下の妹がハンさんと仲良いらしいし、そっちも。あと、白のウエディングドレスを作ってくれた人も。色々と、頼まなきゃならんことがあるし。

 

「仕込み、手伝うぞ」

 

「助かるよ」

 

歩きながら、笑いあう。そしてふと、思い出したように質問をした。

 

隣にいる、3人の女性に。出会うことになった切っ掛けはわかっているが、今も一緒にいるようになったことは、何だったのだろうと。

 

キューちゃんは、言った。

 

「ずっと、私の名前を呼んでくれた。九尾ではなく、九那実とな」

 

紫苑は、言った。

 

「命を賭けて怒ってくれた。死にかけても、会いに来てくれた」

 

鈴は、言った。

 

「お二人ほど、大きくはありませんが。全て受け止めてやると、そう言われましたから」

 

なんというか、照れるよりほかにない。とはいっても、彼女達が特別なわけではない。普通の人なのだ。出会いは、特別だったかもしれないけれど、思うことは普通の人間と変わらないからで。

 

だからこそ、暴走してはいけない手前、全力で自分を律しているのだけど。好きだからこそ、問答は無用で。例え3人であろうと、全員を好きになるのなんて仕方ないだろうとの問いかけに――――風に乗った声が。

 

 

『いやいや、もげもげもげろの三連呼だね。うん、万歳三唱しながら?』

 

 

「――――え」

 

 

立ち止まり、振り返る。しかし、そこには誰もいなかった。

 

「どうした、メンマ」

 

「いや、今ちょっと」

 

マダオの声が、と言おうとする。だけど首を横に振って、また歩きはじめた。まるでダメなオッサンで、まじでダチだった親父。いつかは転生し、この世に降り立つのだろうけど、それは今じゃない。

 

託された願いも、力もあるのだ。

 

 

「俺達ならやれるよな――――――マダオ」

 

 

俺にも出来ることはあるのだ。そうして動き、次代に繋げていくことが。ラーメン屋としての自分。小池メンマのラーメン日誌を書きながらも、誰かと手を取り合い、人が自分に負けない世界を作るその手助けを。

 

せめて戦争が少なく、憎しみの連鎖が酷くならない世界に近づけることができる。

 

想いと共に、戦い続けることはできるのだ。ラーメン屋と、世界の平和、2つではあるが方向性は同じだ。全然辛いことでもなんでもない、だからこそだ。

 

マダオとの日々、約束したことを忘れたことはない。楽しい記憶に楽しい夢、それを途絶えさせるつもりはない。

 

三代目火影が、うずまきクシナが最後まで願ったように。弥彦が想い、小南が頷き、長門が世界に発信したこと。

 

 

―――――誰も彼もが幸せになる、そのために。

 

 

いつかは、きっと昔の夢さえも飲み込んで。

 

誰もが、明日はきっと良い日だと、そう思える世界のために。

 

 

 

「行くかぁ」

 

 

 

見上げた空は、いつの日と同じ、変わらずにただ青かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長斗ー、見つかったか?」

 

「いや、まだだけど………矢彦、これじゃない?」

 

「もう、そっち探し終わったんなら、こっちも手伝ってよ矢彦」

 

「あ、わりい胡南。でも、長斗が見つけたそうだぜ」

 

古い古い、建物の中で。取り壊すまえに、探してほしいものがあると頼まれた僕達は、瓦礫を撤去しながら目的のものを探していた。木箱に入っているらしいが、きっとこれがそうなのだろう。中身は教えてくれなかったが、宝物なんだとか。

 

「開けるよ、いい?」

 

「おっし、どんと来い!」

 

「もう、また無駄に自信満々なんだから………」

 

幼馴染の声を聞きながら、箱を開けた。

 

見えたのは、巻物らしきものと――――写真。

 

「これ………もしかして、結婚式?」

 

見れば、綺麗なウエディングドレスを来た人が居た。

 

金色の女性は、どこかラーメン屋さんの久那妓さんに似ている。

亜麻色の髪をした人は、巫女のカスミさんに。

黒い髪の人は、侍部隊の芙蓉さんに。

 

真ん中に居るのは、赤い髪の、なんていうか普通の人だった。だけど、三人のお嫁さんらしき人たちは、綺麗な笑顔でその男の人の腕に、自分の腕を絡ませていた。

 

「おー………すげえ美人」

 

「もう、矢彦ったら!」

 

「あだだだ、耳引っ張んなって胡南!」

 

「いやでも、確かに美人だよ。こっちの人も」

 

腰に笛を持っている、赤い髪の女性が。隣にいる男の人は、どことなく鳶丸大将に似て女性にモテそうな顔をしていた。赤い髪の人は、照れくさそうにしながらも大将に似ている人と腕を組んでいた。大将に似ている人はといえば、凄く緊張しているのか、身体を硬くして背筋をピンと張りながら立っていた。

 

周囲には、大勢の人がいた。強面の人から、綺麗な黒髪の女性、そして様々な人たちが中心に居る人達を囲むように、一枚の写真の中に収まっていた。

 

―――いいな、と。見ているだけで、この場の空気が感じ取れるような、それは幸せな写真だった。

 

いつかは僕もと、そう思わせてくれるような。

 

「っと、やべぇもうこんな時間が。見つけたんなら、戻らないと」

 

「あ、そうだね。午後からは訓練があるし」

 

矢彦の言葉に頷き、立ち上がる。世界は、平和になったと言われている。でも、いつまでもそうとは限らないのだ。

 

「だけど、何時また戦争が起こるか分からない」

 

「そうだね、胡南」

 

だからこそ、僕達が頑張って、いずれ起こるかもしれないけれど、防ぐために頑張るのだ。何代も続く首領・ザンゲツの名の下に。多くの"網"の先達がそうしたように。

 

 

「――――もう二度と、あんな事が起きないように」

 

 

子供の頃からずっと一緒にいた、矢彦と胡南を見ていると、何故か言葉が出てきていた。

 

「………長斗?」

 

「って、何を言ってるのかな僕は」

 

「この家の埃のせいかもな。って二人とも、いい加減やべーって!」

 

木箱を持って、立ち上がる。だけど、最後にもう一度写真を見ておきたい。

 

じっと、凝視して。

 

すると、何故か赤色の男の人が幽霊のような姿で、浮き上がったように。

 

 

『アンタに託されたものは、繋げた。次はアンタの番だぜ――――英雄』

 

 

気づかないままに上げた手に、手が重なったかのように見えた。次の瞬間には虚空に消えてしまったけど、今のは一体なんだったのだろうか。

 

チャクラを練って、急いで家に戻ろうと走る。すると、巻物が光ったように見えた。

 

 

「これ………!」

 

 

多由也って人が開発した、記録された音が再生できる巻物だった。そういえば、表に日付と一緒にこう書かれていた。

 

 

"◯月✕日、合同結婚式で愛すべきバカ達と一緒に"、と。

 

 

そうして流れでた曲は、網では有名な歌だ。

誰もが知っている、聞くだけで走りたくなるような。

 

 

「はは、家まで競争だ、胡南、長斗!」

 

「もう、待ってよ矢彦!」

 

 

先に行く二人の背中を見ながら、僕は額を抑えていた。時々、何故だか分からないが、二人のこうしたやり取りを見ていると涙が出てくるのだ。

 

だけどこれは悪いものじゃないと、不思議と今日はそう思えた。

 

「よし、負けないよふたりとも!」

 

声を上げて、走る速度を上げた。二人に追いつき、追い越すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――昔はちょっとした事でも、人は人と争っていた。

 

時には戦争が起きて、大勢の忍者たちが昼夜問わずに殺しあっていたらしい。今でも忍者たちは居るし、人間同士で争うことだってある。

 

だけど昔に起きた魔獣戦争以降は、同じ人間同士での戦争は起こっていない。

 

これからも、起こさせない。前方に広がる空を見上げ、思う。

 

 

 

僕達が頑張って、途絶えさせない。紡いでいくのだ。

 

 

きっとこれからも終わらない―――希望という名の未来へ続いていく物語を。

 

 

 

 

 





これにて後日談も完結。

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