空は雲一つない、快晴。
鳥の声が囀る静かな森の中、一人の少年の歌声が響き渡った。
『go! go! Rarmen!』
「どーんーぶーりー、いーなづまはーしるー」
ピリッとピリ辛の四川ラーメンでした。木の葉から遠く離れた所。旅路の途中、暇なので歌う事にした。
マダオのコーラスが良い感じだ。
『………わしは歌わんぞ』
分かってるって。でも殺気のようなものを飛ばしてこなくなったあたり、丸くなったなあ。あの日から、もう二年あまりか。
力量はある程度の域に達したので、旅に出ることにした。いや、まだまだ足りてないのは分かるんだけど、どうも修行だけだとストレスがたまっちゃって。
キューちゃんも最初の一年はつんけんしてたけど、ここ最近はようやく構ってくれるようになった。ツンデレ乙!
『諦めただけだがの………』
キューちゃんも疲れているようだ。あ、あの町で一休みしよう。
『結構栄えてるね』
大通りに出る。人の数が多いし、建物も大きい。これだけ大きい町だと、さぞ美味しい店ラーメン屋があることだろう。大きい町ほど、味は洗練されている事が多い。店の味は競争して磨かれるものだからだ。
「行くぜぇッッッ!!!!!!!!!!!!!!」
気合いは十分。待ってろよ、未だ出会わぬ麺達よ。
今、同胞がそちらに行くからな――――
『でもちょっと待って欲しい』
なんだよ。水さすなよ。
『お金、もう無いよ?』
「何ですと!?」
『いや、前の町で散々食い散らかしたでしょ。そりゃ無くなるよ』
そうだった。あまりにも久しぶりだったから、つい勢いに任せて………ああくそ。
『どうする?今日は我慢する?』
「しない。食べたい。稼ぐ」
シーケンスタイムゼロセコンド。極めて動物的な思考回路。当然の帰結といった風な面持ちで、俺は賭場のある場所へ向かった。
「え?あれってもしかして………」
賭場につくと、ある二人に目がとまる。肩を落とす、黒髪の女性。美人だ。その隣には、その女性を慰めるナイスバデーなお姉ちゃんがいた。
おぱーい+背中には「賭」の一文字。
『あれはもしかして………!』
「知っているのか、マダオ!」
『誰だっけ』
「ズコー!」
どうみても綱手姫と付き人のシズネ女史です。
『冗談だよ。でも、どうやらまた負けたみたいだね』
流石は伝説のカモ。っていうか三忍にまともな奴はいないのか!
エロ、オカマ、バクチ狂。大三元です。親の役満です。
「あの人達の師匠である、三代目って………」
不憫すぎてため息をつく。
『まあまあ。それより、だよ。………行くんでしょ?』
ああ、ちょうどいいしな。
「倍プッシュだ」
俺は元岩隠れの抜け忍。今はやくざの用心棒をやっている。
そんな俺がこの雀荘に呼ばれたのは、こいつが来たからだ。
伝説のカモ相手に大きな稼ぎができた、と喜んでいたすぐ後、急にやってきた優男。
年は10代半ばだろうか。鬼のように強い。
「くそっ」
代打ちの連中は焦っている。あまりにも一方的過ぎるからだ。俺から見ても、分かる。天から授けられたかの如き指運。魔法のように、次々に役が出来ていく。
開始から三時間。負け続け、倍、倍、倍の掛け金で、負け分がいよいよ本格的に不味い域に達している。
もう、体裁を構っている余裕は無いと、3人組のコンビ打ちで仕留めようとする。
そして、何とか追いつめた時だった。
「オーラスです」
最終局。点差は十分にある。
ここからの逆転は、役満でも上がらない限り無理だ。
そして、手は全て封殺済み。このままいったら、勝てる………!?
「ロン」
優男の静かな声。場が沈黙する。ゆっくりと、牌が倒される。
まさか………いや、四暗じゃない、三暗刻か。翻数が足りないのに、どういうつもりだ? このままじゃ負けだってのに。
戸惑う俺たちをよそに、男は余裕を崩さない。口の端を上げ、山に手を伸ばす。
「ああ、俺の暗刻はそこにある………」
裏ドラ――――だと?
「まず一つ、ドラ3」
まさか、
「これで対子、ドラ6」
こんな逆転があるか!
「最後だ。ドラ9、数え役満。逆転だな」
あまりにもあり得ない逆転劇。その場にいた全員が総立ちになった。
男はテーブルに肘を立てて手を組んだ。
「さあ、しめて100万両。払ってもらおうか」
「………何の事だ?」
「何?」
その場にいた者のなかでは一番地位が高い若頭の言葉に、優男は眉をつり上げた。
「ドラ6どまりだろう。役満じゃない。お前の負けだ。お前こそ、100万両………いや教育了込みで200万両、払って貰おうか」
ドラ牌とは別の牌をつかみ、若頭はもう一度繰り返す。
驚いた表情から一転、組の者の顔が、ニヤニヤしたものに変わる。
「そういうことか」
優男はため息を吐く。随分と肝が据わっている事だ。この状況で落ち着いていられるとは。
「さあ、小僧、もう一度だけいう。払わなければどうなるか、分かって………っ?!」
脅しの意味を含めて肩を掴もうとした時だ。そいつは後ろに飛び上がると、瞬時に入り口まで辿り着いた。こっからは俺の仕事。
逃がすか!と距離を詰めようとした時、そいつの奇妙な行動に全員が首を傾げた。
男は逃げず、そこらにある椅子を扉の前に置いて、まるで閉じこめるかのようにくみ上げたのだ。
そして、一言。
「これでもう、だ~れも逃げられない」
肩をすくめて、嘲るかのように嬲る言葉。組員全員の頭に血が上る。それはそうだろう。こんな小僧に舐められて、怒らない筈がない。
「てめ「殺ァ!」がッ!?」
殴りかかった一人が吹き飛び、床に叩きつけられる。男は振り抜いたそのネギをゆっくりと手元に戻し、やがて十文字に構えると、宣告した。
「我は麺の代理人 麺罰の地上代行者。我が使命は麺に逆らう愚者共を その肉の最後の一片までもスープに浸すこと」
男の背後に幻視する。弁髪、細目の異人の姿を。優男の顔は、前髪に隠れて見えない。ただその異様な眼球だけが刃のような危うさで輝いている。
そして、最後の言葉。
更に倍へとふくれあがった威圧感が俺たちを蹂躙した。
「ラーメン」
祈るような言葉。眼光が、その場に居た全員を金縛りにした。
俺は、これでも結構腕は立つ。修羅場もいくらか潜ってきた。
そんな者だけに働く勘がある。
俺は
ここで
掘られる。
アッーーーーーーーー!
「まったくもう、酷い目にあったわプンプン!」
『お主の方が酷いと思うが………』
ネギ、ネギ、ネギの大乱舞。今日はヤクザ者の厄日だね。薬味だけに。まあ生前、散々やくざには悩まされたんで。それにイカサマやって儲けてる人には、あのぐらいの扱いでちょうど良いんだよ。
『それにしても、取り返したね』
綱手姫の負け分も取り返した。っていうかあえて言わせて貰おう。姫って年か。
『それ絶対に本人の前で言わないでね、トマトが出来るから………あ、噂をすれば影。綱手さんいたよ、ナイスタイミング』
店から、出てきたおっぱい&ちっぱいのコラボユニットに声を掛ける。先ほどの店、実はイカサマしてたんですよ、と言って、取り返してきました、と返してやる。
「あ、ありがとうございます!」
シズネさんがもの凄い勢いで頭を下げる。苦労してんだなあ。
やがて2,3言話すと、その場を去った。
バレると厄介だから。それなりに強くなったけど、三忍にはまだまだ敵わないし。
例えるなら、マスターリュウとダンぐらいの差がある。俺はダンの方が好きだけどね。
「ふいー、食った食った」
『いくらなんでも食べ過ぎでしょ………』
大盛り3杯、完食しました。結構やってくれるぜ、この店。チャーシューとネギのバランスが良かった。あと、スープも深みがあった。
牛骨スープをベースとした、塩ラーメン。普通ならありきたりな味になるのだけど、ここの店長、出汁に仕事がしてあった。
チャーシューに味を付けて、ネギを多めにして、アクセントが聞いていますそうなると、スープの役割も変わってくるというものだ。逆にあっさりとした方がいいので。
『で、どうするの? また野宿?』
いや、今日は宿に泊まる。それに、
『あ………』
寿司屋の方に走り、そこにあった稲荷寿司を買った。
宿でその包装を外した後、キューちゃんと感覚を共有します。
「好きなんでしょ?」
『………ふん』
脳裏に顔を背けた映像が浮かぶ。
ていうかキューちゃんってば、照れた顔を。少し横に背けてるけど、視線は横目で稲荷を捉えている。頬は少し赤に染まって、ものっっそい可愛い。
さあ、これ喰って今日はもう寝るかね。明日からはまた厳しい修行だし。
「じゃあ、いただきまーす」
『『いただきます』』
いや、マダオは引っ込めよ。