小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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後日談の9―3 : 永遠の意味・3

かくして、胎動は終焉を迎える。

 

天に向かって疾駆するために。

 

『………aAaaa!?』

 

 

そして、ようやく気づいたのだ。

 

咆哮が、満月を震わせるように揺らいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴とギンが織りなした血の舞踏の後。俺達は気を引き締め、もう一度話を聞くことにした。

 

「それじゃあ、その主様とかいうのが?」

 

「水質を改善してくれたと、村長からはそう聞いています。ただ………その、水質を悪くしてる部分をどうにかする必要があって」

 

「それがあの日に死んだギンを依代にしたと」

 

だからギンは毎年ごとに復活する。悪いものに取り憑かれたまま、人に災厄を撒き散らすのだという。

 

「鈴はその、主様だっけ? そいつとは会ったことはないんだよな」

 

「はい。本尊はあの洞窟の奥にあるそうです。ただ、今まで誰もあの結界を乗り越えられる人がいなくて」

 

それもそうだろう。六道仙人、渾身の逸品だ。五影クラスでも連れてこないとあの封印術は破れないだろう。しかし、なんだ。

 

「その、メンマさん。あれは本当に?」

 

「主様なんて呼ばれるような存在じゃないよ。さっきも言った通り、龍脈を操る怪物さ

 

ともすれば尾獣に匹敵する化物だろう。って、ちょっと待て。

 

「ふむ、メンマ。あの奥にある存在じゃが、もしかしたら………尾獣と同じようなモノかもしれん」

 

「俺もそう思った所だ」

 

狼の尾獣といったところか。そうなるとまた、危険度が跳ね上がりやがるな。

 

「ってあの、尾獣なんですか主様が!? でも、だって、尾獣じゃあ………でも水は綺麗になったし、作物も育ってるじゃないですか!」

 

「それも能力のひとつだろう。チャクラを変換させて流しこめば、どうとでもなるさ」

 

性根はどうであれ、実力的には大した奴だと言わざるをえない。村で見たあれだけの量にチャクラを流し込むとなると、隠れ里の忍者、その総数の半分程度は必要になるだろう。勿論、それをなし得る技量も。あまりにも図抜けすぎている。

 

「そんな………それじゃあ、ギンは、その………」

 

「………依代にされてるってのも嘘だろうな。主様とやらに使役されているんだろう。生き返る理由は………もしかして卑遁・穢土転生の応用版か」

 

生き返る現象といい、すぐに修復する傷といい。二代目火影が開発した禁術に近い効果があらわれている。

 

「それを長期間となると………もしかして、この地域の輪廻を閉じているのか!?」

 

紫苑が悲鳴じみた声を上げる。俺も叫びたい。

 

「龍脈の制御の応用かもな。半端ねえな古代の技術。まさか"自分の懐で輪廻を回して力を得ている"なんて」

 

龍を喰うとはよく言ったもんだ。輪廻転生の理、そのすべては分からないが判明している部分もある。だが、人が死ねば土に、海に還る。魂もまた同じだろう。その場合、果たして何を介して生まれ変わるのか。六道のとっつあんは龍脈にこそその答えがあると言った。全世界に張り巡らされた不可視のチャクラの源流こそを龍脈と呼ぶ。六道のとっつあんが提唱している論理だが、あながち間違いでもないだろう。

 

話に聞く主様は。カックが口を滑らした"やつ"――――大神様は、その龍脈の一部を制御し、自前で輪廻転生を行なっていると見た。正直、常軌を逸している。気が遠くなるほどの時間が経過した今日、奴に蓄えられている力はいったいどれほどのものだろうか。

 

(やることが、できたな)

 

もう一つ。目の前の剣士のことに関しても。先程の話と、ギンの変わり果てた姿。その中でどうしてもひとつだけ、腑に落ちない点があるのだ。

 

「もう一度だけ確認するけど………あの日のギンの眼は、斬る前から赤かった。それで間違いないよな」

 

「………ええ。まるで血のようでした」

 

思い出したくないことなのだろう。鈴は声も小さく呟くだけだった。その声は、聞いていられないほどに痛々しい。今にも泣き叫びたいだろうに、我慢をしている。

 

俺は彼女をこうした存在に対して、内心で盛大に毒づいた。

 

「是が非でも確かめなきゃ、な」

 

「あの、メンマさん?」

 

目の前の女性はまるで少女のようだった。不安に揺れる女の子。

 

そんな鈴に、俺は告げた。

 

 

「ちょっと、待っててくれ。どうしても最後に………確認しなきゃならないことがあるからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、俺達はまた洞窟に赴いた。以前とは違う、調査だけではなく見極めるために。

そして、はっきりと分かったことがあった。

 

「………紫苑?」

 

聞くが、紫苑は黙って首を横に振った。つまりは、そういう事だ。

 

「やらなきゃならん、か…………全く厄介な代物だよ」

 

「網の二人に連絡は?」

 

「備えって大事だろ? 万が一のために、しておくさ」

 

だけどその前に、やらなきゃならんこともあるが。言うなり、俺達は洞窟を後にした

 

 

――――結界が綻び始めている扉に、背を向けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に翌日、俺達は村に戻ってきた。村の空気はいつものとおりだ。のどかで牧歌的な雰囲気。だけど誰が知ろう。この光景が、血なまぐさい業によって保たれていることを。

 

「カックとやらから、村長に。報告はされているだろうが、どうする?」

 

「もちろん、正面から行くさ」

 

議論するまでもない。キューちゃんと紫苑が頷き、俺もうなずきを返す。

 

―――最早、冷静に事を進められるような状態にない。それ以上にムカツイタ状況を殴りたいという想いがあるのだ。とはいっても、正面からクナイ片手に特攻する訳もない。

 

やるのは真意を確かめてからだ。それをすべく、俺たちは村に戻って間もなく、カックに会うことにした。本陣深く探る前に、それをする目的は主に二つ。

 

一つは、カックの父親だという、この村の長に会うために。なるべく穏当に事情を聞くためにだ。もう一つは、確かめるため。それを言い出す前に、カックは俺たちに向けて疑惑の視線を投げかけてきた。

 

「で、だ。親父の家っつーか、俺の家に案内する前に聞いとこうか………俺に聞きたいことって何だよ、よそ者」

 

警戒も顕にこっちを見るカック。きっと鈴のことがあるせいだろう。

その目には隠せない憎しみがあった。軽薄な印象は消え、今はまるで違うものに変質している。

 

(これが、こいつの本性か)

 

以前とはまるで別人である。銀張りの模造刀から、魂がこめられた真打の刀に変化したような。俺は遠まわしに言ってもはぐらかされるだけだと思い、単刀直入に聞くことにした。

 

「山の半ばにある道案内の看板。あれについた血が、誰のものかは知っているか? ………それとも、知らされているのか」

 

どっちかで"対応"が異なってくる、そのために聞いたのだが、カックは肩をすくめるだけだった。

 

「………知らねーな。見たことも聞いたこともないぜ」

 

「へえ。犯人が誰だ、とか気にならないのか。村の近くの"コト"だってのに」

 

「想像はつくさ」

 

ニヤリ、と笑いながらカックは告げた。

 

「きっと狼にでも食い殺されたんだろう?」

 

その歯は、不自然に尖っていた。

 

 

 

 

そうして、村長の家までは歩いてすぐだった。周囲とは明らかに違う、大きな家。村長らしい威厳に溢れる豪邸だ。カックがお手伝いさんに一言二言。それだけで頷き、俺たちは家の中へと案内された。通されたのは大きな広間。まるで旅館の大広間のようで、50人ぐらいの宴会ならば可能なんじゃないかと思えるぐらい。その中心に座布団が敷かれていた。こちらで待てということなのだろう。

 

「どうぞ」

 

座るとお茶が出された。素直に飲み込み、村長を待つ。間もなく、待ち人はやってきた。カックに似た容貌をもつ壮年の男性。その隣には村の入り口で会った老人の姿もあった

 

「それで、どっちが村長?」

 

「俺だ。それで、一体何のようだ」

 

「他でもない、鈴の家族について。あの日に起きてしまったことについて聞きたい」

 

口に出した瞬間、場の空気が少し硬くなった。これはひょっとしなくてもアタリか。

 

「――――それは」

 

沈黙の後、村長の口から出た言葉はそれきりだった。沈黙が広間を満たしていく。お手伝いさんの姿は、すでに無い。広々とした空間の中、俺達と村長ら3人が正面で向かい合う。次に口を開いたのは、老人の方だった。

 

「あれは………残念なことでした。あの娘のご両親は、それはもう働き者で。村の宝物でしたよ」

 

慈しむような表情。どことなく顔立ちが村長に似ているのを見るに、恐らくはカックの祖父かなにかだろう。その老人は一切臆する事無く言い切った。

 

俺は、わざとらしく頷いて同意する。

 

「彼女もそうですよ。真っ直ぐで、がんばりやで………健気な女性です」

 

本当に。鈴を見ていれば、彼女の未だ折れていない柔らかい気質を鑑みれば分かる。良いご両親だったのだろう。

 

だからこそ、聞いておかねばならない。

 

「嘘は、言わないで下さい」

 

「ええ。誓いますよ」

 

しっかりを頷く村長。老人も。

 

変な顔をしているカックはおいて――――では、とたずねる。

 

 

「あの日あなた達が殺したのは、ギンか。それとも、鈴の家族か」

 

 

どちらでしょうか、と質問を投げかけた後の反応は劇的だった。

 

「………どういう、ことでしょうか? 言葉の、意味が分からないのですが」

 

何でもないように聞き返してくる村長。が、動揺しているのを俺は見逃さなかった。視線がわずかにこちらから外れている。手に握られている力も強い。平静を装っているだけにしかみえない。

 

「確認ですよ。これからの行動について、その情報がないことにはどうにもね」

 

「………なにを」

 

それ以上は言わせず、俺は核心へと斬り込む。

 

「――――差し出したんだろう、鈴の家族の命を。あの滝の裏の洞窟の化物と。命で、命を買った」

 

それは、どこにでもある当たり前の話かもしれない。生きるために殺した。動物にそうするように。生きながらえるために命を差し出した。

 

「また荒唐無稽な………証拠はあっての言葉ですか」

 

「物的な証拠はありません。だけど鈴から聞いたあの日の状況………それにあんたらもこの村も。どうにもおかしい所だらけだよ」

 

だから聞きたい。そう告げると、村長の親らしき爺さんの顔が笑った。

 

「ほっほっほ………旅のお方。できればこれからのために、どこが不自然だったのかご教授できないでしょうかの」

 

笑顔は本来攻撃的なものである。否、これは"的"ではない、明確な害意だ。

怯まず、言い切ることにした。

 

「まず一つ。爺さん、あんたの肉体は元気にすぎるよ」

 

初めてあった時に気づいた。この爺さんに肉体は歪だ。これぐらい年齡になれば筋肉の衰えもある、そうなのだろうに重心が"ブレなさすぎた"。まるで歴戦の侍のように、重心が一定の位置に座っていた。筋肉が全く衰えていない証拠だ。それは小さいことだが、異質さで言えば並のものではない。

 

「次は、眼だな。あんたの眼は人殺しの眼だ。しかも………」

 

殺すことを受け入れて、慣れてしまった者がもつ眼。何より、瞳の座りに特有の"渇き"が見られる。長らく規格外の奴らを相手にしていたから、そういった人種は酷く分かりやすいのだ。

 

「最後にだ。よそ者にこれだけ親切に接してくれる村なんて、何かありますって宣伝しているようなもんだぜ?」

 

閉鎖社会において、先日の対応はありえない。そして、案内された空き家も。

 

「なあ、爺さん。あの家の中で――――いったい、何人の人間が死んだんだ?」

 

「ほっほっほ。いやいやお客人はおかしなことを聞きなさる」

 

 

ニタリと、笑いの質が変わると同時に、纏う空気も変わった。

 

 

「――――そんなもの、数えているはずがありませんでしょうや」

 

老人はそれまでとは違う、問い詰めるような口調になった。

 

「さて………それでもギンの答えには至らない。一体どういう事情を理解したので?」

 

「簡単だ。生物を乗っ取るより、死体を乗っ取る方が早い。だから"ギンが鈴に会うまでに一度殺された"ことはすぐに分かった」

 

眼の色の変質。すでに見えた時、ギンは主とやらの術中にあったのだ。

 

「考えられる状況は二つ。ギンはまずあんたらに殺され、その後に使役された。そして操られるがままに家族を殺したかと思った」

 

しかし、もう一つ。想像できる状況がある。

 

「あんたらがギン諸共に鈴の家族を殺した。そう考えれば、つじつまが合う部分が多い」

全員の死体が家の前に集まっていた理由。これならば、説明がつく。一歩も逃げ出せずに全員がその場で殺されたとも思えない。

 

「恐怖で足が竦んだとも考えられるけどな。だけどそれにしちゃあ、死体が綺麗すぎる」

狂った狼の凶暴さは野犬を上回る。なのに死体は原型を留めていた。それがまずおかしいのだ。

 

「で、どっちだ。一応は律儀に全部説明してやったぜ?」

 

「なんともはや………探偵のようですな。特に先の理由。3つ目の理由は盲点でしたよ。というよりも、貴方の用心が深すぎたということですね。しかし人様の親切を素直に受け取らないとは、可哀想な人達だ」

 

「元逃亡者なめんな」

 

ぐっと親指を立てて答える。

 

―――その、時だった。手が小刻みに震えていることに気づいたのは。

 

「なっ………これは!?」

 

「予定通りですな。王手ですよ。出されたものを素直に受け取るとは、迂闊でしたね」

 

「毒、か………!」

 

気づけばすぐだった。もう手に力が入らない。そのまま、膝から崩れ落ちる。踏ん張ろうにも足が、膝が動いてくれないのだ。倒れ伏した俺を見下ろし、爺さんは言った。

 

「冥土の土産です、答えてあげましょう。先程の問いですが――――殺しましたよ。私達が、彼らを殺した」

 

爺さんは続ける。すでにその顔に笑みはない。

 

「私達が生きていくために殺しました。健気にも立ち向かってきた狼ともどもに、ね。それが大神様との約束でしたから」

 

「生きていくために、一緒にがんばってきた仲間を、殺したのか。切り捨てたのか」

 

「それより他に方法はなかった。ええ、手が無かったんですよ。本当にできる限りの事は………それ以外の手は………」

 

爺さんの眼が上を向く。その目は何をも捉えていない。

 

「必死に祈りましたよ。それでも、誰も答えてくれなかった。だけどそう、大神様だけが私達に手を差し伸べてくれた」

 

村人たちはその手を取った。最小限の犠牲。それで皆が助かるものならば安いと。

 

「そもそもが理不尽だったのだ。どうして何も、悪いこともしていないのに、私達が苦しまなければならない! ああ、生まれた土地の、その水が問題だと? ………どうしようもないではないか! それでも蓄えた食料を、野党と化した山賊と抜け忍が奪っていく!」

 

「だから、この方法は許されて然るべきものだと?」

 

「………仕方がなかった。私は選択せざるをえなかったんだよ。旅をしているアンタには分からんことじゃろうが、ここは我らのすべてなんじゃ。ここで生まれ、ここで死ぬ。それ以外に方法はない」

 

爺さんの言葉に、村長が続く。

 

「武力もない。知恵だってない………だから、選択した。ほめられた方法ではないのは分かっていた。鈴には悪いと思っておるが、それしかなかったのだ」

 

「その上で、彼女に全てを背負わせた。毎年のギンの暴走も、全部任せたってわけだ」

 

「儂らには力がない………ならば、ある者に頼るのが道理だろう」

 

「恥知らずの道理なんて聞きたくはないね」

 

「恥を偲んで生きていく。それこそが唯一、私達にできる最善だ」

 

自嘲する。その顔は、爺さんと似たような色をもっていた。はっきりとした後悔の色。だけど、その息子は違うようだった。酷く面倒くさそうに、俺達を見下ろしながらカックは言った。

 

「なんだ、ほら、賢い考えだろうが。100人が生きるんだからさあ。なんだ、元はよそ者の3人と、危ない動物一匹で済むなら安いもんだろ」

 

「カック!」

 

「いいじゃねーか親父に爺さん。こいつもどうせ殺すんだ、格好つけて言葉取り繕っても仕方ないだろ?」

 

肩をすくめるカック。爺さんと村長の二人は、しかしそのカックを更に叱ることはなかった。

 

「よう、腐れ旅人。よくも鈴の前で恥ぃかかせてくれたよな。ま、その借りは隣にいる美人ちゃんに返してもらおうかぁ?」

 

下衆な眼でキューちゃんと紫苑を見るカック。心底濁りに満ちているその眼は赤かった。先日に見た、ギンのそれと全く同じものだ。それがどういう意味なのか、直感で理解した。

 

「お前は………お前も、大神とやらと取り引きしたのか」

 

「おうよ。ほら、見事なもんだろぉ?」

 

カックは湯のみを握りつぶした。だがその手には、一つの傷もついていない。

 

「力だ。これが、欲しいもんを手に入れる力。大神様が俺にくれた、俺だけの力だ」

 

心の底から誇らしげに、まるで自分が神様であるかのように。カックは語ると、動けない俺の首を掴んで持ち上げた。

 

「せめてもの慈悲だ。お前にとっちゃあひでー光景を見る前に、文字通り"縊り"殺してやる」

 

「ぐ………」

 

「心配すんな。そっちの二人なら、俺がたっぷりと"楽しんだ"後に送り届けてやるからよ」

その目は、軽薄につきた。まるで虫けらを見るかのような眼をしている。

 

 

――――それを見て、俺は笑いを我慢できなくなった。

 

 

「く、くくく………はっ、ははははははは」

 

「てめえ………何がおかしい!」

 

「笑うしかないだろ。テメエにも、爺さんにもよ」

 

この三世代。表の皮は似ていないようだが、それでも根本は一緒だ。同意した村人たちもそうだ。徹底した、他力本願。自分の手を汚す覚悟は持っているが、それに至る決意が軽い。自分の安全を最優先として、他人は二の次となっている。苦渋の決断だったのだろう。生き延びるためにってのも嘘じゃないんだろう。それでも、我が身可愛さに仲間を殺したってことも事実ではある。かといって、それがおかしい訳じゃない。咎め立てたりはしない。所詮は通りすがりの俺だ。賢しく諭せる立場にもない。

 

だから笑ったのは、もっと別の所に向かって。踊らされ、見当違いの選択をしてしまったことに対してだ。

 

「………どういう事だ?」

 

「大神様とやらを俺が潰すからだよ。あんな危険な代物、放置しておくとか有り得ないからな」

 

その術理の一片でも漏らすことはできない。それに、どのみちこの土地は限界にある。

 

「お前たちの大神様も、いよいよもって辛抱できなくなったらしい。"溜まった"みたいだからな………それを止めなきゃならん」

 

「な、にを言っている?」

 

饒舌に語る俺に不信を感じたのか、カックがうろたえ始める。俺が自信満々なのが、それに拍車をかけているのだろう。

 

「いや、それでも! お前たちはここで死ぬんだ、何もできやしない!」

 

「ああ、"此処の俺達"にゃあな。そこでひとつだけ、ヒントをあげようか。此処に来てから、俺だけしか言葉を発していないけど、それはどうしてでしょうか?」

 

「………まさか!」

 

「井の中の蛙大海を知らずってね。ましてや井戸にこもって満足している馬鹿に、な―――してやられてやる道理はないのよ、これが」

 

「お前ぇぇぇ!」

 

常軌を逸したカックの膂力。それは俺の喉を引き裂いて。そして、煙となって消えた。同時に、キューちゃんと紫苑に変化していた影分身の方も消える。

 

「な、なんだ!?」

 

「これは………まさか!」

 

二人の声に、答える者はすでにいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………メンマさん」

 

「これが真相さ。ギンは、鈴の家族を殺してなんかいない」

 

遠眼鏡の術。それを利用した伝言術を見た鈴は、最早言葉もなかった。理由が理由だ。それも、仕方の無いことだろう。だけど、伝えておかなければならなかったのだ。何よりもギンのため。そして鈴のため。すれ違いは、時と場合によれば国をも滅ぼしかねないものなのだ。そして俺は、心を通わせていた二者が勘違いをすることは許せない。だから真実を話したのだ。

 

こういう理由があって、だから全てがお前のせいじゃないと。そして告げたのだが、鈴の顔は見えなかった。ただじっと地面をみつめたまま、見えるのは前に流れている美しい黒髪だけ。

 

「あのギンも、今年が最後だ。来年からは斬らなくてすむようになる」

 

「それは………どういう、事でしょうか?」

 

「大神様を倒すってことさ」

 

そうすればもう、ギンが不完全に蘇ることはない。

 

「それは………メンマさんに可能なのですか?」

 

「俺達3人なら、なんとかね」

 

簡単にはいかないだろうけど、やってやれない事はないだろう。そもそもの目的が、その生物兵器の調査と、可能であれば撃滅すること。放置しておけない理由もある、もうやるしかないのだ。

 

「そう、ですか」

 

「ああ。鈴はどうす―――――」

 

振り返った後に見たものは、全くの想定の範囲外。俺は肯定の言葉を求めたわけじゃない。反発されるかもしれないと思っていた。だけど彼女がこうした行動に出るのは、はっきりいって予想外だった。

 

「鈴。なぜ、刀を抜く?」

 

「貴方を斬るためです」

 

淀みもなく、言い切る。構えは青眼だ。柄を自分の腹に。切っ先をこちらに向け、その刃先に揺らぎは―――――あった。

 

「迷ってんのか」

 

「ええ。これはきっと、正しくない行為ですから」

 

いつもの猪っぷりはどうしたことか。ここに来て鈴は、自分のしていることをこれ以上ないってくらいに自覚している。

 

「私は、愚かなんでしょう。馬鹿と言われても甘んじて受けます。だけど………父さん、母さん、菜々香の死を意味のないものにするなど、認めたくはない」

 

言わんとしていること。時間はあったが、理解した。例え死でも。認められてない死でも。それを、全くの無意味にはしたくない。刀を構えた侍娘は、そう言っているのだ。

 

「―――だから!」

 

告げてからの、鈴の行動は迅速だった。瞬く間に間合いを詰めると、一刀。横一文字に振り抜かれた刀は、しかし俺を仕留めるには足らない。

 

だけど、諦めるつもりもないらしい。呼気が続いたのは、その刹那の後だ。鈴は回避した俺の姿を見止めると、すぐに次の行動に移った。

 

「鈴!」

 

「メンマさん!」

 

白刃が閃光となった。俺の首の頸動脈を狙った一刀は、しかして捉えるもののなく、ただ空を切るのみ。

 

「どうして俺を殺す!」

 

「父さんの、母さんの、菜々香の死を、、その意味を!」

 

無かったことにはしたくない。斬撃とともに放たれた声に、俺はだけど頷くことはできない。風遁・飛燕を纏わせたクナイで、ただ受け止めるのみだった。

 

「その程度か、鈴!」

 

「………何を!」

 

鈴は叫びと共に、再度切りかかってきた。だけどそれも、俺の五体には遠く及ばず。ただ、空を切るのみだった。そして俺は、その理由を知っていた。

 

「悩みのある剣など!」

 

「くっ、なんで私に悩みが!」

 

「操られていた、ギンと対峙している時とは違う!」

 

あの時、彼女は使命に身を焦がしていた。果たせないままでは、朽ちることなどできない。そうした意志に満ちていた。何よりも、そうだ。

 

「………なぜ、誰にも泣き言を言わなかった!」

 

「許されるはずがないでしょう、こんな私が!」

 

問いに返ってきた答えは、率直なものだ。

 

「そうだ、私のせいなんです! 私の責任だった! 私が菜々香を、みんなを、みんな……! だから、私には悲しむ資格なんか無いって………っ!」

 

余計なことをしたから、死んだ。私が家族を殺したのだから。死の原因が自分にあって、だから悲しむことなど許されなかった。故に、鈴は無念無想に至った。

 

雑念に踊らされて悲しみに身を落とすなど、自分を慰める行為にしかならない。そう想い、心を殺したから極地に至ることができた。

 

その心境で鈴はずっと、ギンを斬り続けてきたのだ。自分が殺したのに悲しむことなど、どんな醜悪な偽善だと心の中で吐き捨てながら。いけしゃあしゃあと囀ることはは何よりの侮辱だと歯を食いしばりながら。

 

反語で答え、その果てに蓋をしたままで。鈴は言うがままに刀を奮う。その声は聞いている者にさえ、痛みを運ぶ質を持っていた。そして鈴は剣士の本性を全うする。言葉の途中にでも、斬撃の猛攻を途絶えさせることはなかったのだ。

 

「く、ぬっ、お前が悪いってことじゃないんだ! 原因はあれだ、お前に責任は無いってことが証明された! なのになんで、お前は刀を振る!」

 

「だって、メンマさんは大神様を滅ぼすんでしょう! 村のみんなも正しさに裁かれる! それは――――父さん達の犠牲が意味のないものだって、認めることになるから!」

 

掛け替えのない人達が死んだ意味さえもなくなってしまう。それならば果たして、一家はなぜあんなことになってしまったのか。鈴は叫ぶと同時、白刃を翻した。

 

「はっ!」

 

「くっ!」

 

無念無想とは程遠い。雑念と我意がたっぷりとこめられた一刀だったが、それが故に別の意味での速さがあった。清廉とした閃きとは遠い、だけれども悲鳴のように強く、鋭く。疑う余地もない、本気の一刀だった。俺はそれをクナイで受け止めると、いったん後ろへと飛んだ。距離を保ちつつ、鈴へと言葉を向ける。

 

「鈴………お前は、勘違いをしている。俺はなにも、力づくでどうこうしようってことじゃない」

 

「え………?」

 

「どうにかする。そのために此処に来た。お前に、真相を伝えた」

 

これからすることは、あまりにも突拍子のないことで。下手をすれば心臓発作を起こしかねず、また不可思議な事なので伝えたのだ。

 

「化物? 大神? 成程、強いだろうが世界を滅ぼす程じゃない。あの十尾ほどじゃないって。だから大丈夫だ、そんなものがどうしたって告げるために、俺は此処に居るんだよ」

 

「…………メンマさん?」

 

「信じろなんて言わない。言葉だけで済むなんて思わない。だけどここは、俺に任せて欲しいんだ」

 

その証明をすると、告げる。頑張っている少女を。残酷過ぎる運命を飲み干し、それでも前を向いて走り続けてきた人を。へこたれず、ここまで来た女性を見捨てることはしたくないのだ。

 

「………その言葉を、私はどうやって信じればいいのですか?」

 

「俺にも分からん。だから――――来いよ、侍娘」

 

言葉はすでに無粋。飾り立てた言語の羅列など、最早この娘には通用しないだろう。

だからシンプルに。ただ俺は、告げた。

 

 

「本気で来い。なんぼでも試せよ。きっとそれで、答えは出るから」

 

 

「―――承知しました」

 

 

構えが変わる。中段のそれから、上段のそれへ。中途半端な蜻蛉の構えなどではない。鈴の構えは、まるで全てを両断するような。

 

天を突き立てる切っ先。防御の理念を一切捨てた構え。最上段へと変わっていく。

 

「……………」

 

「―――――」

 

互いに言葉はない。存在しない。必要ない。すでに互いに間合いの内。一足にして一刀が届く間合い。

 

(そして、彼女は上段のまま)

 

切っ先を空に。柄を握った両手は、額の上に。それはまるで祈りの儀式だ。天へと訴える力無きものだけが許される、行為。だけど、鈴のそれは。ただ自分の腕力と、意志と、気概を持って構えを崩すことのない彼女の眼は。

 

気が遠くなるほど、酷く、綺麗に見えた。

 

――――しびれを切らしたのは、彼女が先だった。

 

剣が揺らいだと思った。直後に白刃は、俺の前にいて、

 

 

「―――――」

 

 

鉄をも裂きかねない両断の一閃。それは、ぴったりと俺の両手の間に、挟まれていた。

最上段。天に祈りを。そして振り下ろされる一撃を受け止めた。

 

刀に祈るしかなかった少女。悲しんで斬って悲しんで斬って悲しんで斬って泣き叫んで切り刻んで。だけど屈しなかった、彼女。美しい斬撃を保ち、妥協もせずに、ただ自分の一刀を振り続けた女性。それを俺は。両手で。見間違えること無く、見失うことなく、握りしめて離さない。

 

 

「――――受け取った。冷や汗もんだったが、確かに」

 

 

笑みと共に想いを返す。鈴の手は震えていて、それがこちらにまで伝わってくる。それでも一人で何もかもを背負ってきた美しい少女の顔は、驚愕に満ちていても、過ぎるほどに美しく鮮やかだった。

 

「祈りは、此処に、俺たちに届いたよ。だから、後は任せてくれ」

 

「あ………」

 

彼女の腕から力が抜ける。主を失った刀が、空を泳ぐ。

 

 

「ああああああああああああああああああっっっっ!」

 

 

堰が壊れたように。

 

幼い女の子そのものな泣き声は、彼女の思い出の家を響かせ続けた。

 

 

 

 

 


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