小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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後日談の5(中) : 密談

 

富士風雪絵一行が到着した、その翌日。とあるおばちゃんの居酒屋の中は、それはもうすごいことになっていた。

 

「く~、何よこのお酒! 滅茶苦茶美味しいわね!」

 

「ええ、他国に誇れる品揃えです」

 

「あ、おかわりお願いします」

 

快活に声が響く。よく通る声に大女優富士風雪絵こと小雪、少し小さい声で紫苑の付き人菊夜。そして護衛に来ている先代水影こと、照美メイの3人だ。

 

料理を作っているのはメンマ一人。おばちゃんと九那実、紫苑は明日の準備で大忙しだ。菊夜は「この二人の監視を頼む」と冗談ぎみに紫苑に言われ、こうして飲んでいる。

“どうみても暴走しそうだったので”というのはメンマの言だ。

 

「あー、それにしても納得いかないわ~」

 

渡された酒をくいと飲みながら愚痴る小雪。

 

「ヤケになってるわね。一体何があったの?」

 

もう酒の勢いでタメ口である。アルコールと心の共感は全ての壁を取り払うのである。

共感している部分は、言わずもがな"彼氏なし"の"行かず後家"。

 

「サスケよ! あの時からあの赤髪の娘は怪しいと思ってたけど………あれ、入る隙間なんて無いじゃないのよ!?」

 

「ああ、そういえば赤髪の"十代"の娘が居たわね………」

 

十代という言葉に怨念が篭っているのは、気のせいではないだろう。おばちゃんの手伝いとしてカウンターの中に居るメンマは、表情を変えずスルーした。今突入するとマジで命が危険に危ないと思ったからだった。

 

「もうゴールイン寸前、って感じだし。あーあ、結構楽しみにしてたのになあ」

 

「雪の国での一件、ですか。そういえば現水影様も絡んでいたとか」

 

「助けてもらったわー。まあ、それはいいのよ。感謝してるけど………問題はサスケよ!」

 

「仕方ないと思われます。聞くところによると、ずっと二人で頑張っていたとか」

 

戦友の絆は厚いですからねと、ちびちび酒を飲みながら、菊夜がこぼす。

 

「は~、やっり激務だからさあ。頼れる人というか、よりかかれる人が欲しいのよね」

 

「それはよく分かるわ」

 

女で忍びの頭を張ってたメイは、深く同意する。

 

「飛び込んでも受けとめてくれる、さあ………頼りになる人。どっかに居ないかなあ」

 

「頼りになる人、ですか」

 

菊夜がぽつり、と呟いた。そこに何かを感じ取った小雪姫が突撃する。

 

「誰か思い浮かべたでしょ………近しい人と見た」

 

ずばり来た直球に、菊夜が酒を吹きそうになる。動揺を見抜いたメイが更に追い打ちをかけた。料理を作っているメンマは静かに聴覚をチャクラで強化した。

 

「え、っと、それは………」

 

ごにょごにょ、と菊夜が下を向きながらぼそぼそと。普通にショートカット美人の菊夜だが、こういう仕草をするのはあまりないというか全く無いので、メンマの眼が眼福に溢れた。網の中でも、人気はあるのである。しかしその全ての誘いを断っていたとも。

 

(その理由があるのか………!)

 

緊張感にあふれる室内。しかし、それは意外なところから途切れることとなった。

入り口の戸ががらりと開いたのだ。

 

「お、シン。何かあったのか?」

 

「いや、メイって人に伝言だけど――――」

 

呼ばれ立ち上がる先代水影。再不斬が呼んでいるらしい。いいところだったのに、と愚痴りながら去っていた。

 

「で、どうなの実際の所」

 

(ああ、忘れてくれてない………)

 

誤魔化せると思ったのに、と顔をそむける菊夜。もう二人きりだ、逃げ場はない。

 

「えっと………言わなきゃ駄目ですかね」

 

「うん」

 

問答なぞ無用、聞きたいから聞かせいとばかりの満面の笑み。大女優だけが持つその威圧感はすさまじく、菊夜は完全に圧されていた。

 

「………」

 

 

 

~ 菊夜 ~

 

 

無言のまま、考える。思い出す。8も年下である、かつて一緒に暮らしていた男の事を。その彼は、優秀だった。天才過ぎたと言っても過言ではない。実際に試合ったのは最初の数回だけだ。ひとつ屋根の下で暮らすようになった次の日、護衛としての腕を確認したいとの申し出に答えてくれた時。それでも桁の違いを思い知らされた。

 

最初は5秒だった。次は1分。最後は、5分だった。最後は慎重に慎重を重ねたつもりだった。それでも、一度も触れることすらできなかった。

 

鍛えた体術もとっておきの幻術も、切り札だった口寄せの術も全く通じなかった。忍術、幻術、体術その全てにおいてほぼ完璧。年は20に満たないというのに、一体どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのか。戦術面でさえ敵わない。実戦経験の数もケタ違いなのは、戦ってみてはっきりと分かった。こちらに後遺症を一切残さないという手加減の上手さは、経験によるものだろう。逆をいえば、殺す気になればいつでも殺せるのだということも分かった。

 

斬るべき時に斬れるし、斬りたくない時は斬れない。正しく、一振りの名刀のよう。

 

それ以上に気になったことがあった。それは彼の眼だ。写輪眼が、ということではない。その瞳の奥に秘められているほの暗さに心を奪われたのだ。

 

最初は分からなかった。紫苑様がいたずらをするようになって、彼と私の間にあった緊張感も薄れて、そこでようやく気づいた。彼は優しい。不器用だが、その気遣いや言動には根底の優しさがあることが分かった。

 

それでも、その瞳の中に希望はなかった。優しさが見え隠れするその瞳に、必ずしも混ざっているものがあった。それは、深い悔恨。自戒というような、生やさしい言葉ではない。己よ焼けよと言わんばかりの、自分に対する憎悪の炎だ。

 

―――この人は自分を許せないんだ。気づいてからは、悲しくなった。

 

彼の眼の中には希望がない。光を感じさせる感情など、どこにも見受けられない。何か過去にとてつもない事があって、彼はそれを文字通り死ぬほどに後悔している。

 

彼の持つ強さは、それに起因するものだろう。壮絶な煉獄を見てきたからこそ、その業火に鍛えられたからこそ、彼はここまで見事な"刀"になったのだ。最後に、己の役割を果たそうとしている。それまでは自分からは決して折れず、いつか折ってくれる人が現れれば、折れるのだろう。そして果てる時には、きっと笑うのだ。

 

それでいい気にするなと、折った人が自分の死を嘆かないように。言い残しながら、笑って地獄へ落ちていく。

 

気づいてからは、見ていられなくなった。折りに来る人が彼の弟なのだと知ってからは、更に苦しくなった。だ弟の話をする時だけ、彼の表情は変わったから。日頃見せる暗さも疲れた様子もなく、"年相応"の表情が見られたから。

 

紫苑様も気づいていた。その話をするのは、彼が弟に―――紫苑様を重ねていたから。

年上の私では不可能な役割だ。子供に甘い、優しい、彼だから。紫苑様もそれに気づいて、何とかしようとしていた。

 

徐々に剥がれていく、絶望の塊。その黒い全てが消えずとも、薄れたことによって彼は笑顔を見せるようになった。そのギャップは卑怯だった。

 

だって、そんな顔を見せられたら―――――どうしようも出来ないじゃないの。

 

(イタチ)

 

優しい自分が世界に許されなかった人。否応なしに狂乱に巻き込まれ、優しさを隠さざるを得なくなった人。それでも信念のもとに頼れる刀であって、自らは折れない人。

 

今この時に彼が生きているなど、あの頃は想像もできなかった。それを成したのは彼の弟と、紫苑様の想い人と、紫苑様の恩人。救われたのはあれで二度め。今では三度か。感謝してもしきれない。そこからはめまぐるしく過ぎていく日々。今でも、彼の中に絶望は残っている。でも、それ以上の希望がある。暗い感情を打ち消してくれる仲間も。

 

「………タチ」

 

言葉が溢れる。あの時から、想う気持ちは変わっていない。でも、言い出せない。彼を救ったのは私じゃないから。何も、できなかったから。今もそうだ。私の責務は紫苑様を守ること。その笑顔を消さないこと。もう二度と、あの絶望の日々には戻らせない。そのために、私は彼女の傍にある。

 

だから、言えない。

 

「イタチ」

 

言えないってのに、あふれてこぼれる。

 

どうしようも――――

 

 

「……呼んだか」

 

 

ガラリと扉が開いたのは突然のことだった。

 

 

 

 

 

 

~ 小池メンマ ~

 

 

菊夜さんが黙り込んだ末にこぼした名前に、俺は驚かなかった。うすうすとは感づいていたことだったから。でもそのタイミングでイタチが現れた時には驚かざるを得なかった。その腕には明日ようの酒が多数。ってなにそのタイミング、完璧すぎるじゃん。

 

予期せぬ登場に顔が真っ赤になる菊夜さん。見たことがないほどにあたふたしている。顔も真っ赤だ。そりゃそうだろう、考えていた相手が唐突に目の前に現れたのだから。

対するイタチは困惑顔。今北産業な眼でこちらを見てくるが、そんな恥ずかしいこと説明できるか。

 

残る一人の小雪姫はにやにやしている。やはり大女優と言えど女、こういうシーンが好きなのは全世界共通らしい。そうこうしている内に、菊夜さんが一歩前に出た。

 

「イ、イタチ!」

 

「は、はい」

 

圧され、一歩退くイタチ。そのまま菊夜さんはイタチの眼を見て――――うつむいた。

 

その眼からは、こぼれ落ちる涙。恐らくはイタチの顔というか、眼を見て色々と複雑なことを思い出したのだろう。でも、言えないからか、ひっく、ひっくと鳴き始める菊夜さん。正面に居るイタチはマジで慌てていた。右見て左見て、どうしたらいいのかと回答を探している。なにその慌てっぷり、今まで見たことねーんですけど。サスケでもこんなイタチを見たこと無いんじゃないか、ってくらいあたふたしている。

 

それも無理ないか。自覚のないイタチにとっては、「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!」な状況だ。やがて俺が手で「連れて行ってやって」とジェスチャーする。イタチはそれに納得しないまでもそうした方がいいと思ったのか、菊夜さんを連れて外に出て行った。うん、グッジョブ。

 

「えーっと………彼が、サスケの?」

 

「うちはイタチ。兄貴だね」

 

「ふーん、話には聞いていたけど………」

 

考え込む小雪姫。そしてぱっと顔を上げ、口を開いた。そこに、先ほどまでの遊びの口調は含まれていない。

 

「それで、彼ともう一人。ザンゲツの言うとおり――――派遣してくれるのね?」

 

真剣な眼。一国を救った英雄、いや女神の眼か。

 

「他に適任も居ないからな」

 

仕方がない、とため息をつく。

 

「例の宝石の鉱脈に関する報告、見たけど規模が大きすぎる。"変な考えを持つやつがいてもおかしくないほどに"」

 

ザンゲツが言うには、だが。

 

「すでに国外からはいくらかの人間が入り込んでいるだろう。大国は、復興に追われているから無いだろうけど――――」

 

「小国や小さな隠れ里までは、そうはいかない。全く、鉱脈が見つかったのは本当に助かったけど………規模が大きすぎるのが問題になるとはね」

 

「悪い虫の習性ってやつさ――――強い光に惹かれる、ってのは」

 

「虫だけじゃないんだろうけど、悪いこと考える輩は確かに悪い虫ね。それで、大丈夫なの?」

 

「うちはイタチは英雄さ。詳しくは言えないけど、今の五影をも越えるぐらいの」

 

「五影、ね。いまいち私達一般人にとっては、よく分からないんだけど」

 

「あの時の雪の国の忍びを、一人で相手にできる。そういえば分かってくれるかな」

 

「うん、よく分かったわ」

 

正しく英傑だ。戦争の経験もある。実戦経験もともすれば俺より上。戦術も戦略ができて、忍者としての基礎の実力もケタ違い。大戦を回避したという功績もある。並の忍びじゃあ、あれだけの決断を踏み切って、その目的を果たすことも出来なかった。

 

「裏の世界にも詳しいからな。洞察力は網でも随一だろうし、頭も切れる。もう一人の菊夜さんは忍犬のスペシャリストだし、相性も抜群だ」

 

鼻で方向を探り、眼で詳細を探る。二人で行けば、問題など出ないだろう。

 

だから――――と。でもその言葉は途中で切られた。

 

「それだけじゃあ、無いんでしょう?」

 

「………何が?」

 

「だってあなたって、損得だけで動きそうに無いんだもの」

 

私の時もそうだったでしょうに、と小雪姫はおかしそうに笑う。

 

「仲間か、大切な人に? ――――頼まれたんでしょ」

 

ああ、そこまで察してくれるならば、言ってもいいか。

 

「ああ、"二人"にな」

 

一人は、紫苑。彼女は菊夜に感謝していた。母の遺言を守ってくれた事に、自分を守ってくれたことに。だからこそ、幸せになってもらいたいと。一人の女として後悔のないように生きてもらいたいと。

 

もう一人は、サスケ。あいつはイタチを自由にしてやりたかった。自分とずっと一緒に居れば、辛いことを頻繁に思い出してしまうんじゃないかって。勿論離れるわけじゃない。でも、今は距離を少し置いた方がいいんじゃないかと。あとは、活躍できる場を用意してやりたいとも。富士風雪絵の援助となれば大役だ。組織の内でも、一目置かれる存在になるに違いない。少数で目的を達成することが可能な力量を持つのも、イタチ一人だけだし。あと、菊夜の兄に対する想いにも気づいていたらしい。

 

「しがらみを切って、ってやつ?」

 

「詳しくはアレなんで言えないけど、そんな粘度を感じさせるものじゃないな。それぞれの幸せを求めて、その先で繋がっていたいってやつ?」

 

幸せに繋がるだろう道があって、それを誰よりも自分達が邪魔したくない、と二人は言っていた。イタチと菊夜にとってはどうか知らんけど、その考えは多分だが間違いではないと思うし。

 

「でも、損得抜きに組織の人員は動かせないって?」

 

「ああ、能力的に一番適任だ、ってのもあるからな。少数精鋭の方が相手側に気づかれにくい。特に、取れる鉱石に物騒なものが混じっているから失敗も許されないし」

 

あの鼻オヤジの鎧が量産されたら、とか考えたくもない。その技術は失われたが、それだけで安心するほど網もザンゲツも間抜けじゃない。

 

「騒乱の可能性は潰しておきたいんだ。今の時期に、"小事"から"大事"に展開されるのは、絶対に避けたいしな」

 

今の平和は仮のもの。強引な手によって築かれた、砂上の楼閣に過ぎない。土台を固めるまでいましばらく時間が必要だ。すぐに戦争という短絡的な行動を繰り返す愚は犯さないだろうが、それでも何がどう作用して取り返しの付かない事態になるのか、分からない。

「仕上げは網の方でするさ。あくまで監視だけど、あの二人が居れば問題はない」

 

俺の術は距離を無視する。手遅れにならないうちに人員を派遣することも可能だ。

 

「あーあ、白の晴れ姿を見に来たんだけどなあ」

 

やだやだ、と酒を飲む小雪姫、ストレスが溜まっているのだろう。

 

「まあ、これはこれだし。明日は明日で、徹底的に愉しめばいいさ。今日とはまた1ランク違うとっておきの酒に、これ以上のごちそうだ。"仕掛け"も十分に用意してるから、退屈はさせない」

 

「………そうね。そうした方がいいか。それでも………ひとつだけ聞いていい?」

 

「なんなりと」

 

「彼は雪の国に行くことを、望むと思う?」

 

「ああ、思うさ」

 

うちはイタチは、忍びにあるまじき優しさを持っている。それは確かだ。サスケが言った通りに。だけど――――だからこそ。

 

「誰かにやらせるぐらいなら、ってな」

 

優しさに甘えない。それは、絶対に許しはしないだろうから。

 

と、その時。

 

 

「この、気配は?」

 

二人が去っていった方向にある気配を感じた俺は、慌てて走りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ うちはイタチ ~

 

 

「落ち着いたか?」

 

「ええ………らしくないですね、ゴメンなさい。それじゃあ………」

 

「………気をつけてな」

 

「ええ………一人で溜め込まないで」

 

そう言って恥ずかしそうに、やや駆け足で去っていく菊夜さんを見送る。彼女の顔は真っ赤になっている。俺も、やや赤くなっているだろうが。それも仕方ない、あんな話を聞かされたのなら。

 

―――泣いた理由。それを、彼女は自分の口から話してくれた。

 

「………そんなに上等な男じゃないのだが」

 

彼女が語った俺と、あの時の俺の心境について。その概ねは、あっていたように思う。

ただ、優しいとは違う。俺は甘かったのだ。結果だけが全てである忍者の世界で、目的の達成を遮る感情は"甘さ"にすぎない。あの時、早期に父を斬っておけば、うちは一族の全てを斬ることはなかった。首謀者たる父がいなくなれば、わだかまりは残るが決起には至らなかっただろう。

 

それでも、殺したくなかった。当たり前だ、自分を生み育ててくれた存在を殺すことを誰が望む。それでどうにか説得しようとして、シスイさんの手も借りようとして―――"アレ"だ。一族か、世界規模の戦争か。決断をしたというが、結局のところあれは俺の尻拭いに過ぎなかった。最善ではないが、もっと良い方法があったはずなのに、選ばなかった。そのツケを払っただけだ。想像していた以上より、辛かったが。

 

あの光景と、手にかけた時の感触は今でも思い出す。生涯忘れることはないだろう。この重荷は、サスケに背負わせることはない。ずっと俺が背負っていくものだ。

 

それでも――――幾分か、気持ちは軽くなった。許されないことなのかもしれないが、昨日までとは、また違う自分が此処に居る。

 

ぶるぶると震えている、自分の手を見ながら思う。彼女は言ってくれたのだ。誰にも言えない、自分の心境と、感情を。それを同情ではなく、悲しいと想って泣いてくれる人はサスケ以外では、はじめてか。

 

どうやら一人であるという事は、自分が考えていた以上に辛いもののようだな。あの夜から、自分の感情のその大半を殺してきた。サスケに許された今でもそれは変わらない。辛いという感情も殺してきた。だから、一人が辛いものだとも、気付かなかった。

 

だけど、今は違う。気づいて、知って、軽くなった。彼女が、誰にも言えない俺おnこの気持を理解して、泣いてくれたからか。救われたということはない。それは未来永劫ないだろう。それでも、心にずっと沈殿していた黒い泥が幾分か取り払われたように思う。今までずっと、胸の中にあった暗い感情が。全てではないが、消えてくれた。

 

―――でも、それでいいのか。ずっと、一人で背負っていくべきではないのか。

 

軽くなったと、喜んでいいのか。

 

「………許されはしない、か」

 

サスケ達は上手くやっていくだろう。時々考えてしまうことがある。自分は、もう必要ないのかもしれないと。死んで、父達に断罪されに行くべきではないのかと。

 

そこまで思考が陥った時―――俺の声に、答える者が居た。

 

「まったく………何でそちら側へ結論が転げるんですかね。アナタらしいですが」

 

「っ、誰だ――――!?」

 

答えた、声の先。そこから、ゆるりと人影が現れた。大柄な身体に、上忍クラス以上の忍び足。手には、白い布に包まれたそいつを現すシンボルが握られていた。

 

「お前………鬼鮫!?」

 

「ええ、お久しぶりですねイタチさん」

 

「何故ここに。いや、それよりも―――」

 

「見ていましたよ、一部始終ね………聞きましたよ。それで、何故そういう風にマイナスの方向へ思考が向かうんですか」

 

本当に、心底呆れた顔で鬼鮫が言ってくる。それは、見たことのない顔。

 

「お前は………いや、お前も俺の罪は知っているだろう」

 

「知っていますよ。けれど、まったく………イタチさん、アナタは生真面目すぎる。こんなにいい加減な世の中で、アナタは生者にも死者にも相応に接する。本当に、人に対して真摯に応えすぎです」

 

ため息をはく鬼鮫。やれやれと首を振っている。

 

「死んだ奴らは何も語らない。そんな無言を貫く相手の思考を勝手に考えて、その上で勝手に対応するというのは、ある意味間抜けのすることですよ」

 

「な、にを。死者に報いるのは―――」

 

「言ったでしょう。報いる相手など、とうに輪廻の向こうに消えていますよ。その上で報いようとするのは、究極の自己満足。それに従って生きるのもある意味は“正しい”んでしょうが、それだけに囚われてどうします。答えを返さない相手をずっと思って、考えて、このまま生きるつもりですか?」

 

「………俺は」

 

「迷っているなら尚の事。もっと自分勝手に生きたらいいんですよ。アナタが本来望んだように」

 

「……俺の望みだと?」

 

「水影様―――いや、マダラさんから聞きましたよ。アナタ自身が大切に想う人を助け、幸せにしてやればいい。幸い、アナタの周りには“本物”が居るんですから」

 

「………鬼鮫」

 

「それで、ついでに周囲を幸せにしてやればいい。死後のことは、死んだ後に考えればいい。それをせずに放って逃げるのは、死者に対する最大の冒涜です」

 

「随分と、自分勝手な話だと思うが」

 

「自分勝手でない人間は居ません。アナタだってそうだ。戦争を回避するために、一族を殺した。自分の望みのために、誰かを“喰った”」

 

「………そうだな」

 

「食って生きる道を選んだはずだ。それなのに自分の望みを言わず死に逃げるというのは、喰った相手に―――死者に対する礼儀に反しますよ」

 

「礼儀、か………お前はどうなんだ? 偽りの無い世界を望み、マダラの計画に乗っていたようだが」

 

「ワタシはアナタとは違いますね。特別喰った相手に何も思ってはいません。大切な人をこの手で殺したこともない。と、いうよりも――――」

 

本物が居なかったんですよ、と鬼鮫は自嘲する。

 

「皆、どうでもいい存在でした。そうなる可能性はあったのでしょうが、そうなる前にこの手にかけた。それが任務でしたから…………いや、“本物”ならば――――」

 

あるいは、と。そこまで言って、鬼鮫はかぶりを振った。

 

「どうせ殺していましたね。命令を下していた相手にさえ裏切られていたというのも、本当に滑稽な話ですが」

 

「だから、マダラに?」

 

「ええ。計画を聞いて、こう思ったのですよ。真実と本物があるから、嘘と偽物がある。ならば、全てを偽りにしてしまえば良い。幻想の上に築かれた偽りの平和でも、平和には違いありません。なにせ真偽を判断する誰しもが、計画の最終には居なくなるのですから」

 

「自分の本物を、見つけるつもりは無かったと?」

 

「ええ。再不斬の小僧のように………ああいった小娘と出会えたのならば、また違ったのでしょうけど。いえ、その気概が無かったせいですか」

 

里のためにと水影暗殺を実行した桃地再不斬。与えられた偽りの楽園のため、水影に手を貸した干柿鬼鮫。分けたものは、きっと。イタチはその答えを口にせず、問いかけた。

 

「………これからどうするつもりだ?」

 

「特になにも。不死コンビと同様に、取り敢えずは大陸の外に行きますよ。今の情勢なら私たちの居場所は無いに等しいですからね。気ままに旅でもするつもりです――――そこの人が許してくれるなら」

 

指差す俺の背後から、見覚えのある赤毛の青年が出てきた。さっきまで店で料理をふるまっていた小池メンマだ。だけど臨戦態勢というわけでもない。

 

「いや、このまま立ち去ってくれるならなにもしないよ。というか、何のために此処に来たか聞いていいかな。もしかして、今代と先代の水影の首を取りに来たとか?」

 

「今更しませんよ。此処にきた用事の一つは果たしました。もう一つは―――」

 

と、鬼鮫は手に持っている鮫肌をこちらに投げてよこした。

 

「再不斬の小僧に、これを渡して欲しくてね」

 

「………いいのか?」

 

「ええ。それはもう、ワタシには必要ありません。あると頼ってしまいそうですし。何よりも――――嫌いなんですよ、その刀」

 

実はね、と。そう告げる鬼鮫の顔は、満面の笑みが浮かんでいた。

 

「……“荷物になるから”、か?」

 

「偽物だったワタシの象徴ですから、それは」

 

だから今は要りません、と鬼鮫は言う。

 

「それより、本当にワタシを殺さなくても?」

 

「私怨があった山椒魚の半蔵と、志村ダンゾウ。そして生ける屍という名の災厄になりそうだった大蛇丸以外は、誰も裁かない。それがあの時六道仙人とペインが下した決断だ。だから、俺は何もしない。仲間を傷つけるってんなら別だけど」

 

「そのつもりはありません。でも、いいんですか?」

 

「なんだかんだいって常識人だ。大蛇丸みたいに、一般人には手を出さないだろうから。過去のあれこれは隠れ里とマダラの失態だし、俺にとっては命を賭けるに値しない。

目的を失った今は、そんな危険人物にも見えんし」

 

「まあ、暴れるつもりはありませんね」

 

「ならさようなら、だ………いや、“またな”かな」

 

横目で見ながら、メンマが言う。そっちはいいのか、と。

 

明日の事があるしな、と答える。それに、今この場で捕まえるのもまた違う気がした。暴れるつもりもないのなら、無理をすることもないだろう。それに、この俺がどの顔を下げてこいつ裁くというのだ。

 

―――それに。

 

「助言は助かった………少し、考えることが出来たよ」

 

あのまま負の思考の渦に陥ってしまっていたら、と考えると感謝に値するだろう。

 

「だからまたな、と言っておこうか。いつか、あの木の葉隠れにあった屋台でも食いに行こうか………今は別の場所にあるし俺の奢りだから心配ない」

 

ぶっ、と隣に居るメンマが吹いたが、気にせず見送る。

 

「ええ、それでは………」

 

そう言って、鬼鮫は去っていった。

 

 

気のせいか、その背中は昔に見たそれよりも広く、大きく見えた。

 

 

 

 


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