小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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後日談の5(上) : 桃地再不斬と桃地白

 

鳥の囀りが聞こえる。どうやらもう、朝のようだ。目を覚ました俺はいつもの通りに横にいる、腕を圧迫している人物を見る。規則正しい寝息の鼓動。腕の血管が圧迫され、感覚が怪しくなった腕から鼓動の音を感じる。安心しきった、穏やかな顔。帰ってきた日からずっと、九那実は俺から離れようとしない。特に寝るときはこうしてどこかを触れ合わせた状態でいる。こうしないと安心して寝れないそうな。

 

俺も、"あの遺跡"で幻術にかかってからは、同じになった。こうして隣に居ないと、不安になるのだ。そうしたまま、俺はいつものとおりに10分程度その光景を堪能する。

 

外からは小鳥の羽ばたく音が。やがて堪能しつくし、起きる時間になると、すっと腕を揺さぶった。ゆっくりと、だ。あまり激しくやるとかぶりと噛み付かれかねない。振動に気づいた九那実の呼吸がわずかに、乱れ「んっ」という声が漏れた。

 

緩やかに、目が開かれる。

 

「おはよ、九那実」

 

「………おはよう」

 

 

今日も、一日が始まった。

 

 

 

 

 

 

「まだ寒いなー」

 

明けきっていない空を見ながら呟く。後ろには居酒屋兼ボロ旅館である、あの女将の家が見える。網に戻ってからは、この旅館の一部を改装というか補強、補修をして、ここに泊まっていた。中では紫苑がまた寝ていることだろう。改装してからは、なかなかに居心地がいい寝場所になっていることだし。

 

(まあ、あのままじゃあ、紫音と菊夜さんには酷だったもんなー)

 

俺と九那実ならともかく、特に紫音にはあのボロ部屋はきついだろうということで改装したのだ。サスケ達と木の葉から派遣されたヤマト上忍の手を借りて、それでも一週間をかけて、満足のいく部屋に仕上げられた。居酒屋の外装は変えていない。柱や壁など、建物を支える部分の芯の部分は補強してもらったが、趣のある内装はそのままだ。これで、気温の急激な変化や台風にも耐えられるだろう。

 

(冬になる度に床とか壁とか、ぎしぎしいっていたもんなー。直したからその音も消えてー………って、寒いなおい)

 

吐く息が白くなっている。冬真っ只中だった先月ほどではないが、それでもまだ気温は低い。ここ、網の本拠地は雪の国程ではないが、冬には寒くなる。内陸よりも海に近いせいだろうか。それが原因ならば、この寒さはきっと寒流のせいなのだろう。

 

「もう、一月も、経てば―――春の花も咲こう。それまでの辛抱じゃ」

 

隣で俺と同じに準備体操をしながら、キューちゃん。服は運動用で、気温に合わせ少し厚めに着込んでいる。俺の方は少し肌寒いくらいの服だ。こっちはちょっと激しいので、着こむと逆に苦しくなる。念入りな準備体操を終えると、俺は足の調子を整えるようにその場で軽く跳躍。キューちゃんは足をとんとん、と地面を踏みしめる。

 

「そういえば、今日は軽めにするのか?」

 

「うん、明日の準備もあるしねー」

 

明日は、待ちに待った日である。旅を一度中断して戻ってきたのも、明日に行われる再不斬と白の結婚式に出るためだ。出席者は俺、キューちゃん、サスケ、多由也、そして小雪姫こと富士風雪絵。霧隠れからは護衛として先代水影が来るらしい。何でそんな重要人物が来るのかと聞いたら『婚期が』らしい。うん、よく分からん。

 

料理はおばちゃんに頼んである。材料代は俺とサスケが出した。かなり奮発している。俺が食べたいのもあるけど。

 

決まったのはつい先週。本当は先月にする予定だったのだが、再不斬側と小雪姫が予想外に忙しいせいで、この3ヶ月延期に延期となったのだけれど。

 

「こちらはOKじゃ」

 

「俺も………OK」

 

跳躍を繰り返しながら、足にチャクラをまとわせた。そして問題ない事を確認した後、キューちゃんに横目で合図を送ると、いつもの朝のランニングを開始した。

 

 

一歩踏みしめて自分の全速の半分、そして二歩目には8割の速度域に至る。一般人には突風か何かにしか感じられないだろう。直視しても輪郭すらとらえられないだろう。この新しい体はチートに過ぎる。その分、こういった調整が必要になるのだが。

 

「よっと」

 

跳躍し、足場を樹の枝の上に移す。そして枝が軋む前に再び跳んだ。繰り返し、木々の間をすり抜けていく。

 

コースはいつものとおり。本拠地に駐留している侍達や、網の護衛部隊―――例えば多由也を除いた4人衆とか重吾とか――――とは違うルート。俺と一部の者しか使用していないランニングコースだ。表向きはただのラーメン屋の店主なのだ、俺は。だからばれると面倒くさいことになるだろう。なんせ、並の忍者ではおいつけない速度で走っているのだ。変化すれば正体まではばれないかもしれないが、毎朝変化を繰り返すのもまた面倒くさい。それにキューちゃんと一緒に居ると何かと面倒くさい輩が湧いて出る可能性がある。それも仕方ないだろう。綺麗と可愛いを極めてしまった(主観)のだから。

 

「……何やらまた恥ずかしいことを考えておらんか?」

 

「いや、考えてないよ」

 

俺にとっては、とは口に出さず。そんなやり取りをしながら走って、5分程経ったぐらいだろうか。前方に、見知った人物が現れた。まだ背中しか見えないが、その人物の後頭部からは最近彼女にプレゼントされたというバンダナが見える。腰元には、いつもの変わらぬ愛刀。やがてあちらも、こっちに気づいたのだろう。少し速度を落とし、速度を変えない俺たちと並行する。

 

「よう」

 

むかつくぐらいのイケメンフェイス。最近幸せ絶頂だという噂の網の護衛部隊のトップ、うちはサスケが片手を上げながら朝の挨拶をしてくる。

 

「うっす」

 

「今日は早いの」

 

挨拶を返しながら並走を続けた。速度はほぼ同じで、このチートな身体性能にひけを取らない。一月前はまだ俺の方が速かったのだが。仕事に一段落がつき、修練に時間を割けるようになったせいか。ただでさえ卑怯臭い総合力を持っているのに慢心しないとか、本当にあの頃からは想像できない。ザンゲツの元で駆け引きを、イタチの元で思考の幅の広さを鍛えているせいか、戦闘ではない方の実務でもめきめきと頭角を見せているのだとか。それは各隠れでも噂になっている程。

 

境遇は人を変えるが、環境も人を変えるのだ。もともと復讐に対して真面目すぎる思考を持っていたサスケ。そのベクトルとやる気がでる根本の理由が変われば、こうにも変わるものなんだな。

 

余談だが、あの十尾事件が終わった後。サスケが木の葉の面々と再会した時に、ひと騒動があったらしい。主にサスケの人格面での成長を知らなかった面々、特に日向ネジとかロック・リーあたりが呟いた『だれてめぇ』という言葉に発した、うちはサスケ別人疑惑とかなんとか。そりゃ無理ないっす。中忍試験でしか会ってない面子からすれば正に別人だと思う。

 

というか今のサスケが中忍試験前のサスケを見たらどうなるんだろう。

 

―――うん、きっと顔をトマトのように赤くして地面に転がるんだろうなきっと。

そんな事を考えながら、生温かい目でサスケを見る。

 

「なんかむかつく事考えてないか」

 

「いいえ、ちっとも」

 

危ねえ、勘も鋭くなってやがんの。でもいつかゲンドウポーズで「俺の夢は―――ある男を殺すことだ(キリッ」ってやってやろうか。

 

「なあ責任者さん、鯉口切っていいか?」

 

「内容によっては雷までOK」

 

 

考えてること言ったら、雷華の術くらいました。まる。

 

 

 

 

 

「ういーす、準備OK? ってなんで朝から焦げてんだメンマ。あと、なんでサスケが不機嫌なんだ」

 

「雷遁食らった。原因は、うん、いわゆる…………あの日のポエムを暴露された的、みたいな?」

 

「次は火遁で焼くぞテメエ!?」

 

「ハイハイ、いいからスタート地点に並んでよ」

 

参加しないキューちゃん、多由也、イタチはそれぞれのペースで走ると、俺たちとは別のコースへ消えていく。こちらは横一列に並び、それぞれにスタートの体勢に入る。これは一週間に一度だけ行われる、決められたコースを一周回る競争。修行するにも張りがないと、との声に応えた景品アリレースだ。景品は"小池亭のラーメン一週間タダ券"。俺を抜いて見事一位を取ったらやると約束している。

 

ちなみに屋台の名前を小池亭に変えました。流石に九尾狐はまんま過ぎてヤヴァイです。

レースの参加者はごらんの3名。サスケとシンは生身で、サイは高度を上げすぎないことを条件に超獣戯画を使用してもいいルールになっている。

 

よーいドンの掛け声と共にレースが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、今日もお前が一位と」

 

「ふっ、流石にあのルールでは負けんよ」

 

居酒屋の中。昼から開店なので客が居ない広いテーブルの上で、俺たちは朝食を取っていた。メンバーは俺、九那実、紫音、菊夜――――そしてザンゲツ。

 

「あ~、紫音。ほら目え覚まして」

 

朝食を作ったのは紫音だ。朝の鍛錬に出かけている俺と九那実、菊夜は作れないので、作ってもらっている。料理の腕はスパルタで教えた甲斐もあってか、今ではもう相当なものになっている。こんな半分覚醒状態でも熟練の主婦に匹敵するほど、旨いものに仕上がっている。上達が早いのは、おそらくは味覚が人一倍敏感なのが原因。味覚が鋭いのは、かつて視覚が閉ざされたせいでもあろう。あの辛かったであろう日々にも、意味があったのだ。まあ割と食い意地が張っていたのも理由の一つに数えられるんだけど。

 

「あ~、ほら。可愛いからもっと見てたいけど、起きて起きて」

 

ぺちぺちとほっぺたを叩く。すると、甘えたようにこちらに倒れかかってきた。

って、肩に、胸が、当たって、柔らかい感触が!髪からいい匂いもするし。こうして見ると育ったよなあ。特に胸の辺りとか。綺麗になったなあ。鬼も十八、番茶も出花って言うし、紫苑は元が綺麗だし。

 

「いい加減におきんか」

 

「ひだだだだ!」

 

紫苑に九那実のアイアンクローが炸裂した。そんな主の様子をみて菊夜さんだが、しかし完全にスルー。「あ、すみません醤油取ってください」と言っている。人間とは慣れる生き物なんだなー。あ、いま取りますよ。

 

「うむ、うまい。紫苑も腕を上げたな」

 

「………お前はどこでもマイペースな」

 

ずずと味噌汁をすすっている網の頭領、ザンゲツこと紅音にツッコミを入れる。彼女はいつもならば旦那に朝食を作ってもらっているのだが、先週に遠征に出かけたので、こちらに朝飯をたかりに来ているのだった。

 

自分で作ったらどうだ、とは言わない。本拠地の"本社"にある食堂で食べたらどうだ、とも言わない。網の首領はまじりっけなしのガチンコ激務だ。この程度で癒しが得られるというのならば、いつでも来いってなもんだ。

 

「で、お前はいい加減に落ち着く所を探さないのか? 宿住まいでは色々と不便があるだろう」

 

「あー、そうだなあ」

 

たしかに不便なところはある。一応持ち家としては山の奥にある例の隠れ家があるが、いかんせん遠い。今は旅をしているが、戻ってきてからはこの本拠地近辺を中心に展開する予定なのだ。近場に一軒家があればいいのだが。

 

「あるぞ、ちょうどいいのが近場に」

 

「マジで!?」

 

「ああ。超が頭に5つは重ねられる弩級の曰くつきだがな」

 

「鼻フックかますぞこの女郎」

 

聞けば自殺者が累計二十人超だそうな。うん、それもう曰くつきってレベルじゃねーよ惨劇の館だよ。うん、鼻フックだな。このメンマ、そんなホラー系ゲームの舞台になりそうな家を薦める輩には、例え女とて容赦せん。

 

「最後まで聞け。その家をサスケに調査してもらったのだが、そこはどうにも龍脈の坪になっているそうなのだ。負念が溜まっている、とも言っていた」

 

「………龍脈?」

 

紫音が反応する。そういえば大陸最大の龍脈穴の管理者でもあったな。

 

「ああ、噂に聞いたかつての桜蘭ほどではないがな。それなりの土地の上に立っているそうだ」

 

「ん、桜蘭……どこかで聞いた名前だな」

 

「昔にマダオのやつが言っていただろう。ほら、あの」

 

「ああ! 『赤髪の凛とした王女様にちょっとときめいてしまったよ赤髪だけに』とかほざいてた、あの桜蘭か!」

 

「……いや、そんな話聞きたくないんだけどな。というか、商売柄顔を合わせる機会が多いんで、それ以上は言わんでくれ」

 

相変わらずどこに地雷があるか分からん奴らだ、と赤い髪のザンゲツが疲れた顔をする。失敬な、意識してやってないぞ。

 

「逆に恐ろしいわ。まあ、いい。それで、"あれ"はお前たちの得意分野だと聞いたのだが、どうにかなりそうなのか?」

 

「話を聞く限りは大丈夫っぽい。とはいっても、何とかするのは俺じゃないけど」

 

俺はキューちゃんと紫苑の方を見る。

 

「大丈夫じゃろう。私の方には問題がないし、九那実の"アレ"制御も完全になってきておる」

 

自信満々に紫苑が言う。ちなみに周囲を意識してか、最近は一人称が私になっている。

年の頃だもんね。

 

「神楽舞か………いつも思うのだが、いいのか?」

 

「紫苑様は結界術の方で手一杯ですし、それに九那実さんの方が上手く舞えます」

 

「うう………元は天狐である我が、あれを舞うのは、かなりおかしなことなんだが」

 

九那実の方は苦笑している。それもそうだろう、俺も数ヶ月前には思ってもみなかった事だし。

 

「役割分担、じゃな。流石に盲目生活のハンデは如何ともしがたい」

 

「その分、結界の制御力が尋常じゃないけどね」

 

あの音韻術の影響か、長く4感だけで生活していたせいか、紫苑のチャクラコントロール技術は俺をもしのぐ。本気の結界を破るには、上忍が1ダースは必要になるだろう。

 

「詳細は分からんが、解呪の方は大丈夫そうだな。で、その話は後日持っていくとして………今は、明日の事を優先しようか」

 

「って、そういえば集合時間は………15時だったっけ?」

 

「ああ。分かっているとは思うが、要人だ。無いとは思うが、絶対に遅れるなよ?」

 

「らーじゃ」

 

手をひらひらさせながら、答える。

 

「"例の物"はすでにこちらに届いている。昼前にここの二階に運ぶが………」

 

「ああ、受け取りは私の方で」

 

「じゃあ頼んだ。くれぐれも取り扱いは慎重にな。明日を逃せば、そうそう時間は取れんだろうし」

 

ザンゲツに、菊夜が答える。紫音はまだ眠いようで、眼が横線になっている。九那実は豆が掴めず、必死に箸で格闘しているようだ。

 

そんな、いつもの光景の中、今日が始まる。

 

 

「さ、てっと」

 

伸びをしながら、呟く。そろそろ店の仕込みを始めますかね。

 

 

 

 

 

 

 

昨日の内に用意しておいたスープをかき混ぜる。紫音はさっき手打ちで仕上げた麺の数を数えている。九那実は食器類その他のチェックだ。開店時間の午前10時には十分に間に合いそう。

 

「おい~っす、精が出るね」

 

「おはようマスター」

 

「おう、ご両人いつもの時間通りだな。で、いつものでいいか?」

 

「ああ」

 

「頼みます」

 

開店時間の十時。俺はいつものとおりに一番客として店に来たシンとアジサイに、いつものラーメン――――というか、つけ麺を出す。

 

麺は特性の手打ち麺。チャクラによる身体強化をして丹精と真心を込めたこの麺は、一部の濃い客に大人気だ。スープは鶏とカツオっぽい味がする魚の合わせ技。つけ麺用のスープなので、特別に濃くしている。豚よりは癖がない鶏ガラと、魚介系出汁の巨塔の一つであるカツオが合わさって、得もしれぬ深みのある旨味が出ている。

 

麺もスープも、準備が大変なので旅の途中の屋台では出せない。あの二年間と旅の途中で草案をまとめてこの本拠地で初披露したのだが、これが大絶賛の嵐だった。

 

ちょっと前まで、俺は「あのラーメン屋台の美人の姐さんをかっさらった男」として一部の男共に恨まれていた。キューちゃんがキューちゃんなので、裏ではファンクラブも出来ていたらしい。最初は、俺が帰ってくる前のキューちゃんが悲しんでいたことから、"あの彼女をほっぽりだしてどっかに行ったとんでもない男"と認識されていた。まあ、前にも網に居たけど、今じゃ容姿は別人そのものだもんね。

 

そんな野郎どもの心も、このつけ麺を食べてはらされたらしい。今ではそいつら含め、多くに客が普通に通ってくれている。仕事柄遠征が多く、本拠地に長期間留まっている人員も少ないため、何度もこれる奴はそう居ないが。

 

「へい、お待ち」

 

「ありあっす」

 

「ありがとう」

 

ラーメンを出しながら周囲を見る。

 

「それにしても……今日はやけに侍部隊のやつらが多いように見えるんだが」

 

「………まあ、な。どうやら今日に来る要人の情報がどこからか漏れちまったようで」

 

「まじですか!? って、そういえば彼女、網もそうだけど侍部隊には特に人気が高かったよな」

 

「そうらしいな。噂ではミフネ氏も彼女のファンだとか」

 

「今や大名というか主君にしたい人物ナンバーワンだもんなあ。そりゃ侍の連中は憧れるか」

 

直接確認したことはないが、彼女はあれから"かなり"上手くやっているらしい。聞くところによると、五大国の大名より確実に手腕は上であるとか。まあ、火の国の大名とかまじで何のために居るのか分からんし。

 

「って、あの堅物で有名なミフネさんもかよ」

 

「そうらしい。それより、俺には今だに納得できんけどなあ。"あの"鈴がミフネさんの孫だってこと」

 

「鈴………というと、最近サスケが面倒をみているあの娘か」

 

キューちゃんが二人におかわりの水を出しながら、言う。

 

「うん、そう。サスケも言ってたけど、もうちょっと、こう、贅沢いわんと一段階でもいいから状況と物事を考えたその上で行動することはできねーのか、って」

 

俺も同感だ、とシンが疲れた顔をしている。そういえばあの子、猪突猛進突貫娘って二つ名がついていたっけ。

 

「無理だろ、ありゃあ。アタシも見たが正に処置なしだぞ」

 

「医療忍者の、しかも網の荒くれ者を華麗に捌いてきたアジサイがそういうのか………こはサスケの手腕に期待するっきゃない」

 

つまりは全部投げよう。別にこちらに被害が来るわけでもなし。

 

「その性格が実力に繋がっているのもなあ。無理に言って聞かすのもまた違うし」

 

「放っておいたら?」

 

「見てるこっちがハラハラするんで色々と無理。まあ、近いうちに"何とか"しなけりゃなんねーんだろうけど」

 

シンはそう言って考え事をしながら帰っていった。隣にはアジサイの姿。あの二人、ここ最近ようやく付き合い始めたらしい。苦節十年以上、とはサイの言葉だ。その後のサイのヤサグレっぷりというか、暴走っぷりは慌てたけど。なんだっけ、「もげぬなら もいでみしょう ホトトギス」だったっけ。

 

そんなことを考えながら、俺はやおら増えてきた客に対処するべく、準備を始めた。

 

紫苑ももうすぐ来る頃だし、頑張りますかね。

 

 

 

 

 

 

そうしてやってくる客を捌いて捌いて、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

14時ぐらいになって、一段落がついた時だ。店を一端閉めて、遅めの昼飯を取ろうとしてたが、妙に入り口の方が騒がしい事に気づいた。

 

人だかりが出来ている。老若男女問わずで、侍が特に多い。どうやら到着したようだ。

 

「ん、約束の時間まであと一時間はあるけど」

 

「そうだねー」

 

ザンゲツと話でもするのか。

 

――――と、思っていた頃が俺にもありました。

 

やってくるなり、何故か店の前に立ち止まる大女優。

 

「まだ、やってる?」

 

「………へい、やってます」

 

終わりました、とは言えない。というか、背後の侍さん達が怖いんだけど。こう、やってないと言えばどうなるか分かってるか的な空気が。ファンって怖い。

 

「うっとうしい、お客さんの邪魔になるじゃろうが!」

 

と思ったけど、キューちゃんの一喝で散っていった。貫禄のある怒鳴り声に圧され、網のあらくれどもは去っていった。まあ、それぞれ手にはサイン済みの色紙を持っていたので、満足はしたんだろうけどね。

 

「で、なんでこんな時間に食べに来てんですかミフネさん」

 

「なに、いつもの時刻だろう。それに変な輩がいては姫様に申し訳がたたんのでな」

 

はっはっは、って何その爽やかな笑顔。ってアンタそんなキャラじゃねーだろ。大体姫様呼ばわりは――――いかん、違和感がないさすがは侍、というか後ろを見ろ。持ち場をサボってこっちに来ていた侍達が「ずるい」と言いたそうに………流石に口には出さないようだけど。まあいいか、客は客だし。

 

「いらっしゃい、ご注文は?」

 

「んー、スタミナがつくやつでお願い」

 

「私も、それでお願いします」

 

ああ、マネージャー兼筆頭家老の三太夫さん、居たんですね気付かなかった。というかおつかれのようですね。筆頭家老というより必倒過労ですよ。小雪姫も心なしかやつれて見えるけど、やっぱり女優との兼任は大変なのね。

 

「ワシも同じものを」

 

「へい」

 

"宝麺"の作成に入る。これは昔に出していた"火の国の宝麺"から色々と改良を加え、スープの味の無駄な味を省き、麺を一工夫した新しい定番メニューだ。構成は変えていない。豚骨の角煮が入ったとんこつラーメン。ゴマの風味をアクセントにしているので、味が更に深まっている。一口飲めば喉の奥まで、二口飲めば胸の奥まで届く旨味と、しつこすぎない豚骨風味。コラーゲンたっぷりなので、美肌効果もある。

 

チャーシューの方も、噛めば口の中でとろけるほどの堅さの調整してある。味はスープの特異性を殺さないよう、濃すぎず、それでいて豚特有の甘さが緩まないように。食べた後はすっと口の奥に抜けていくことだろう。

 

ネギとモヤシはここいらで取れる新鮮なものを使用。シャキシャキ感あふれる食感は、ちょっとしたアクセントになっている。

 

さて、これがどれだけ旨いのかと言うと――――

 

「「「ごちそうさま」」」

 

こうして説明している間に全部食べきってしまう程だ。顔には満面の笑みが。うん、ご満足いただけたようでなにより。で、そこのミフネさんちょっとこの人と話があるんであっちに行ってくれないかな。

 

「む、知り合いか?」

 

「ええ、まあ」

 

「ならば仕方ない」

 

ミフネ氏は去っていった。あの人もなー、有事には頼りになるし、人格は尊敬できるところあるんだけど、妙にはっちゃける時があるからなー。

 

「時に気のせいかしらんが、あの背中に書いてあるのは」

 

「え、さっき頼まれたからサインしたんだけど。というか、この距離でよく見えるわね」

俺も見えるヨー。ああ、なんかもう色々とカオス。

 

「それで、アナタはあの時に居た金髪の?」

 

「―――よくお分かりで」

 

外見は全然違うのに。

 

「伊達に女優と大名やってる訳じゃないわ。変装をしても息遣いを変えないのなら、分かるわよ。まあ、ヒントが無かったら気付かなかったかもしれなかったけどね」

 

「ヒント?」

 

「ラーメン、よ。あなたあの後に、うちの国の一番のラーメン屋に行ったんでしょう? 店長から聞いたわよ」

 

ああ、秘伝のレシピをもらったこと聞いたんだ。それで見当をつけた、と。流石は雪の国の偉大な姫だな。ザンゲツから聞いたが、内政や外交の手腕も大したものらしい。発熱機器技術を結構な高値で他国に貸し付け、その金で奥地を開発。最近では難病の特効薬になる薬草や宝石の鉱脈が発見され、それもまた自国の経済を支える柱となったとか。

まあ、外交という面で言えばこの姫に叶う大名や大臣、家老はいないだろう。芸能界の荒波を見てきた、本物の猛者でっせ。修羅場を知ってそうにない"ボンボン"どもでは、相手にならない。

 

「ここのザンゲツ殿には負けるけどね。特に"あの"侍部隊。表向きを討伐に、裏で駐屯地を展開させた時の手際は………五大国の隠れ里にとっては本当、ぐうの音もでないぐらい、脱帽ものだったと思うわよ」

 

駐屯地、というと、あれか。魔獣討伐のために侍部隊を派遣して、最後には駐屯地兼戦時法監視所を作った。まあ、俺も気付かん内にあちらこちらに侍達が居たからなあ。

 

聞けば、商人の護衛と称して人員を徐々に、密かに移動させていたらしい。そして状況が整った後、各国の主要都市に戦時法監視部隊の駐屯地として申請、しかも一斉にしたのだ。

 

あの一連の流れは、見事の一言だった。忍者達が里の復興であちこちに手が回らなかったのも大きい。表向きの理由である、"最近出没しはじめた魔獣の討伐"を盾にしたのだから、駐屯地建設に対して疑う声も反対する声も無かった。黒い雲と謎の巨獣が国民の不安をあおっていたこともある。見た目鎧がっちりで礼もきちんとできる侍部隊が駐屯してくれるのだ、反対する理由がない。

 

認可がでれば、あとは裏に"滑りこませる"だけ。そういったやり方は、忍者より網の組織人の方が格段に"上手"だ。

 

もちろん、侍とサスケ達網の戦闘部隊は、魔獣の討伐の方もきちんとこなした。依頼料を無料とした、"善意の救援"としたのも大きいかもしれない。された方としては、ただより高い物はないという教訓を学んだことだろう。まあ網って資金力だけとれば隠れ里を凌ぐからなー。

 

それで何がすごいって、魔獣という不測な事態を前に、その困難な状況をただの厄介事として捕らえず、流れを殺さないまま"誰もが望む方向"に事態を変転させ、展開させきったザンゲツの発想と手際がすごいって話だ。有事は有事としとらえ、その中で何が出来るのかを冷静に考える。平時であれば、駐屯地を置くことに対し、隠れ里側からの反対の意見がいくらか出たことだろう。その結果、侍部隊の駐屯地展開が十年遅れただろうことは想像に難くない。

 

「ってやめやめ。今日はそういうの抜きで来てるんだから」

 

「ですね。あと、あの二人は、約束の時間ぎりぎりになるそうですよ」

 

「今や水影様、だもんね………えっと、そういえば彼は?」

 

「彼というと………ああ、サスケ? あいつは本拠地の中央にある、あの建物の中。今日は多由也と………兄貴のイタチと一緒だったかな」

 

「へえ………兄、ね」

 

なんかちょっと複雑そうに小雪姫。あれ、二人の関係知ってたっけ。

 

「ありがと、これお題ね」

 

「まいどー」

 

きっと受付付近でサイン攻勢の壁に阻まれるだろうけど、頑張ってくださいねー。建物に向かう小雪姫と三太夫さんの武勇を祈り、ハンカチを振って見送った。入れ違いに、様子を見に戻ってきた紫苑がやってくる。

 

――――その時、背後から声がかかった。

 

「お久しぶりです、メンマさん」

 

振り返れば、最後に別れた時より幾分か成長している、懐かしい二人の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「へいお待ち」

 

「ありがとうございます………ほんと、久しぶりですね」

 

「2年、いや3年ぐらいか。そっちもおひさね眉なしー………それで、ここに海苔があるんだけど」

 

「貼らねえよクソが」

 

そのやり取りで、再不斬は俺がメンマであることを確信したようだ。見た目、変わったからそりゃ怪しむよね。まあここまでの威圧感が出せるようになった再不斬に対して、初対面からこんなかっ飛ばした会話が出来るのは他にいない。いてもマダオくらいか。

 

ついでにいえば旨そうなラーメンを作っているのと、隣に居る九那実の笑顔。然るに、答えは一つしかない。

 

「変わらんな………戻ってきたのは何時だ」

 

「鉄の国で爆発騒ぎがあったでしょ? あの直後」

 

「結構前じゃねえか………なぜすぐに連絡しなかった?」

 

「え、何でって………というか、気にしてくれたんだ」

 

「………ちっ」

 

舌打ちする再不斬に、白と九那実が苦笑していた。

 

(まあ、一応の貸しはあるしなー)

 

それを無視できる程、再不斬の面の皮は厚くないようだ。意外と人情派だしね。同じ釜の飯を喰ったし、共闘もした仲である。素直に言えないのは、やはりツンデレなのか。流石はサスケとタメを張るツンデレ男。でもあんたらはそれぞれの相方にツンデレ発揮してなさい。ともあれ、それはおいといて。

 

「連絡しなかったのは、水影の代替わりのゴタゴタで忙しそうだったから。それに、俺が生きているってことは多くの人には知られたくないし」

 

先約もあったし、と言うと再不斬は成程と頷く。

 

「英雄扱いはごめん、ってことか」

 

「以前と変わらない逃亡生活になりそうだし」

 

"追われる"という点で言えば以前と変わらなくなる。それは嫌だと眉しかめると、何故か再不斬は、戸惑っている様子。まあ、普通の人間ならば、ラーメン屋よりも英雄扱いを望むものだしね。男ならばなおのこと。

 

「………色々と言いたいことがあるが、まあいい。お前が変な奴だってのは知ってたし、ラーメン狂いのいかれ野郎って所も変わってねえようだ」

 

「照れるな」

 

「褒めてねえぞ」

 

顔を赤くする俺に、再不斬はまたため息をつく。「ほんとに変わってねえコイツ」って死んだ程度で俺は変わらんよ。隣の白は「ぶれませんね」と苦笑している。

 

「……で、つまりは――――この先は、どこにも出張る予定もないってことか?」

 

「勿論。オツトメは既に果たしました。あとは悠々自適のラーメンライフを送る予定だから、わざわざ誰かと事を構えようなんて気はさらさら無い」

 

「それを聞いて安心したぜ」

 

ほっ、と再不斬は安堵の息をついている。今はもう、隠れ家に居た時のような共闘関係にはないからな。それぞれの立場から、場合によって敵対する可能性もあるのだ。だから気になっていたのだろう。実力でも心情でも、俺たちは最も敵に回したくない相手だろうし。

 

「ほら、だから言ったでしょう? 大丈夫だって」

 

「まあな」

 

笑う笑顔に、応じる再不斬。俺はそれを見ながら、しかしと言葉を付け足す。

 

「でも白を泣かせるような真似をしたら……行っちゃうよ? 霧に」

 

「うむ。いち乙女として、文句を叩きつけにいくこともやぶさかではない」

 

「なんか分からんが私もな」

 

「お前はじっとしていろ」

 

「ひだだだッ!?」

 

アイアンクロー炸裂。白は苦笑している。再不斬といえば、何故か青ざめていた。

 

「冗談抜きで止めろ。お前ら二人に来られたら洒落にならん」

 

バレた時のことなんて考えたくもない、と再不斬は冷や汗を流す。それだけ、この二人は忍界にとっては大きい存在なのだ。

 

「なに、変化していくから大丈夫だぜ! …………多分。きっと。めいびー」

 

「何故段々と声が小さくなっていく」

 

「言いがかりは止めろ!」

 

「いや、雪の国」

 

キューちゃんのツッコミ。

 

「くっ、それがあったか!」

 

「極めつけは十尾」

 

紫苑のツッコミ。

 

「それもあったか………」

 

ラーメン道を求めながらそれを邪魔するトラブルを排し、戦い続けて………最終的にはなんかすげー英雄になってしまった。いかん、と立てた親指をへにゃへにゃと降ろす。これが完全論破というやつか。

 

「ま、泣かせはしねえよ………ラーメン、旨かったぜ。味に深みが増してるな」

 

「ええ、魚介と鶏の合わせ技ですから!」

 

揃えなきゃならん器具と材料が多いから本拠地でしか出せないけど。

 

「え、二重のスープなんですか!? 一体どうやって………」

 

ぶつぶつ、と呟きながら白。流石は元助手だ、興味しんしんか。

 

「そもそも煮込み時間も、調理法も違うスープを………一緒にすればぐちゃぐちゃになりますし…………って、ああもしかして?」

 

「うん、ご察しのとおりだよ。流石元助手。旨みを出すのに必要な煮込み時間はそれぞれ違うからね」

 

それぞれの素材に最適な時間で煮込む。つまりは、別の鍋で煮込むのだ。腕が無いとバラバラになって、まとまりのないまずいスープになるけどね。

 

「まあ、言うだけ美味しいですが……場所と器具が複数要りますね。ああ、だから本拠地でしか出せないんですか」

 

「うん、それぞれで煮込む時間が別だからね。でも双方の旨みを合わせることが出来る。色々なものを模索中だけど、これは完成形の一つだね」

 

「ほう、なら複数あるってのか?」

 

「うん、常に新しいものを、ね。挑戦はいいものだ。試す度にたたき落とされるし、色々と学ばされる」

 

謙虚にならんとね。山登りは慎重なぐらいがいいのだ。

 

「………失敗した後は見ているのが気の毒なぐらい凹んでるがの」

 

「はは、やっぱりそうですか」

 

「うん。やっぱり地方によって好みの味は違うからねー。『お客様のニーズに合わせる』『極上の美味で満足させる』。"両方"やらなくっちゃあならないってのが"料理人"の辛いところだな。覚悟はいいか?俺は出来てる」

 

「え、究極のラーメンは一つあればそれで良いと言っていたはずでは?」

 

「そんなに甘くないって気付かされたよ。人間は皆千差万別。人の数だけ至高があるってね。全く、大変に過ぎるよ」

 

「あはは……でも目は死んでませんね。むしろやり甲斐があるって感じです」

 

「しかし"両方"か………俺の場合は『部下』と『任務』ってことになるのかね」

 

「ディ・モールトよしッ! それでこそ俺たちの再不斬だ!」

 

グッジョブと親指を立てる。

 

「いえ、僕のです。渡しませんよ。というかメンマさんには九那実さんが居るじゃないですか」

 

"小池亭"というのもそういう意味ですよね、と白が問いかける。

 

「うむ。流石に九尾狐ではな。木の葉の関係上、九頭竜でも問題があるし――――三人の店なんでな」

 

「そうですか………え、三人?」

 

「うむ。小池メンマに、小池九那実に」

 

「そして"小池"紫苑―――つまりはそういう」

 

最後まで言わせんと、三度キューちゃんのアイアンクローが紫苑に炸裂した。

 

「それでは、そろそろ時間ですのですみませんが」

 

「うむ、引き止めて悪かったの。じゃあ、ヘタレイケメンによろしくな」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ 桃地白 ~

 

 

「お、来たか」

 

「ええ、サスケ君もお変りなく――――でもないようですね」

 

以前みたときと比べ、何とも覇気がない。ああ、ヘタレイケメンってそういう意味で………でもどことなくメンマさんも様子が変だったような気がしますね。前に会った時より活気がなかったというか。ちらりと再不斬さんを見ると、『え、あれでか?』と変な顔をしています。ここ2年で何か会ったのかとも思いましたが、後で多由也さんに聞いてみますか。

 

「ん、どうした?」

 

「いえ………というか、サスケ君やつれましたね」

 

「………やる事が多かったからな。しかもチャクラを振りかざせばいいって問題じゃないことが」

 

その通り、実力行使は最終手段ですしね。特に人付き合いで一番大事となるのは、忍び耐えることですから。

 

「胃ばかり痛む。まあ、その分やり甲斐はあるがな。そっちに比べてしがらみも少ない」

「それは………事実ですね」

 

網は隠れ里とは違い自由な風潮を愛する組織と聞きました。此処に来るまで色々な所を見ましたが、実状は間違ってなさそうです。以前サスケ君が「やりたい事があって、同調してくれる人も多い」と言っていましたし。

 

「その分、こちらは大変でしたよ。負の遺産も多かったですし………まあ、問題の内の何割かは整えられましたので、これからは幾分か楽になるでしょうけど」

 

膿も出し切れましたし、と思わずため息をついてしまう。穏健派かつ和平派を自負する僕にとっての膿とは――――三度の飯より血が好きな、血継限界保持者。

 

「十尾の"あの"光景がなかったらどうなっていたことか考えたくもありませんよ」

 

「そうだな………面白くないと思う人間も居ると聞いた。木の葉ではあまり聞かないが」

「奴らにとっちゃ、切り捨てた遺児と負債が英雄になって、だからな。その分印象もでかかったんだろう」

 

お茶を飲みながら、再不斬さん。よく似た立場であった再不斬さんは、印象というものが集団にどういった影響を及ぼすのかを実地で理解していますしね。

 

「それに、木の葉内部では元より非戦派、穏健派が多い」

 

「ああ………初代から続く火影の意志の裏にある想いは、今もその熱を失ってはいないからな。腕も経験も確かだった大蛇丸やダンゾウが火影に選ばれなかった理由が、はっきりと分かったよ」

 

「"千住"の意志、ですか。逆にこちらは"うちは"の―――いえ、人のせいにするのはいけないですね。そもそも、三代目自身がそれを望んでいたふしがあるように思えますし」

 

「人柱力、三尾か」

 

「ええ。そこで聞きたいのですが、人柱力でもある一人の人間を完全に掌握してずっと意志のままに操る、というのは可能ですか?」

 

「理論上は不可能でもないが………一人では綻びは隠しきれないだろうな」

 

そこは同意します。実際に組織の中で部隊を運営する、という立場について、知ったのでしょう。一人では、見える面は限られてくるのだと、僕も思い知らされましたし。

 

「それで、どうなんだ?」

 

「―――同意見、です。が、そのことに僕達は気づけなかった。いえ、気づける部分が皆無に等しかった」

 

「クーデターのための情報を集めていたあの頃の俺たちでさえ、うちはが裏に存在するなど考えもしなかった………なら、答えは一つだ」

 

つまり三代目水影は、うちはマダラと協力関係にあった可能性がある。それだけが、完全な隠蔽を成し得たのだと。

 

「まあ、どこからどこまで協力していたのか、というのは今となっては永久に空の果てですが」

 

「……俺が、三尾に聞けば分かるかもしれないが」

 

「そうかもしれません。ですが………やめておきます。今は復興と進化の時ですから」

 

「余計な過去は、軋轢に繋がりかねないってことか?」

 

「ああ。単純に知れば良いってことでもないからな」

 

その真実は、過去を慰めてくれないでしょう。そして、全てを知ることが必ずしも最善になるとは限らない。余計な知識と真実が組織の歯車を歪める力になりうる。水影の真実が、その最たるものだということも。

 

「それに、人柱力に関しては"網"が………というよりサスケ君がなんとかしてくれるんでしょう?」

 

「ああ。代役の居ない、唯一俺だけが成しうることだからな」

 

例えば、あの大女優のように。そこでふと、サスケは壁にかかっている時計を見た。

 

「そういえば小雪姫が来ていないな………もうすぐ約束の時間になるぞ」

 

「あ、敷地内には居ますよ。ですがファンにサインの集中砲火を浴びていましたから………邪魔すればそれこそ押しつぶされそうな雰囲気で」

 

苦笑しながら説明すると、サスケ君はああと頷いています。

 

「そういえばウチの部隊にも、富士風雪絵のファンだっていう奴が多かったな……」

 

特に、組織に一部編入された"侍"部隊でのファン率は多く、ゆうに全体の9割を超えている。サスケ君はそう言って――――大将のミフネもファンだったな、と難しい顔。何か嫌な思い出でもあるんでしょうか。

 

「いや、実はな――――」

 

「隊長、一大事です!」

 

と、そこで唐突に扉が勢い良く開けられた。バン、という大きな音と場の乱入者。それに対し、僕と再不斬さん、サスケ君が反応して各々に戦闘体勢を取りました。同盟関係にもある、知らない仲でもない相手との過剰な反応かもしれない。

 

だが、分かっていても身体が反応してしまう――――かつて逃亡者であった者たちの癖で、悲しい性ですね。そんな事は露知らず、闖入者は興奮を顕にしてサスケ君に言葉を投げかけています。

 

「なんとここに富士風雪絵が、って何で雷紋を構えてるんですか!?」

 

黒髪のポニーテールに、"侍"が着る独特の衣装。そして、鼻筋がくっきりしている、凛とした美貌。立ち方と重心を見るに、なかなかの手練。意識することなく、最低限必要な脚作りが出来ている。

 

体躯は小さく、ともすれば木の葉に居た頃のサスケ君を少し上回るぐらいか。だが、刀の間合いもある。この力量なら、近・中距離は不利になるかもしれない。僕はそこまでを判断し、しかし敵意が無いことにも気づいて構えを解きました。

 

「おい………鈴よ」

 

「は、はい!」

 

「朝、お前に。今日は来客があるからいつもより注意しておけ、って伝えたよな?」

 

「はい! ―――って、ああすみません! こちらが例の! これはとんだご無礼を!」

深々と腰を折り、90°の礼をしながら快活な声を出す闖入者。なんだか、毒気を抜かれました。こうまですっぱりと謝罪されれば、特に言うこともありません。ですがサスケ君は無言でちょいちょいと指図し、呼び寄せ、間合いに入った所で鞘の一撃。ゴン、といい音がして、闖入者は痛っと頭を抑えています。

 

「うう、隊長いきなり何を!?」

 

「やかましい、ちょっとは学習しろ! 一応俺より年上なんだろうが!」

 

怒鳴り声を上げるサスケ君。それを見た僕達は、この鈴という人物がどういった性格をしているのかを何となくだが理解しました。そして「大体お前は~」を最初の言葉にして、始められる説教。僕は再不斬さんと一緒に茶をすすりながら、その物珍しい光景を観察することにしました。

 

「ちょっとは考えてから」「慎重に」「もしこの二人じゃなかったらどうなって」とか。

至極真っ当な意見を叩きつけるサスケ君と、言葉が積み重なる度に小さくなっていく鈴という女性。開かれた扉の向こうには、その二人の光景を見ながら、何とも無い風にスルーして通路の向こうに消えていく者も。って、あれは多由也さんを追っていた音隠れの………今は、仲間なんですか。

 

3人の様子を見るに、どうやらこれは日常の風景のようです。そして僕達は、サスケ君の胃痛の理由を頭ではなく心で理解しました。

 

(でも、面白いですね)

 

割と突っ込み癖があったサスケ君。それをたしなめる多由也さん。かつての隠れ家での風景を思い出し、そして今は逆に怒る立場になっているとは不思議です。

 

僕達は内心で笑い声をかみ殺しながら、その説教が終わるまで耐えていました。

 

 

 


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