小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

127 / 141
後日談の3 : サスケと多由也

 

「じゃあ、頼めるのか」

 

「……木の葉としては、断る理由は無いわ。そちらの組織には借りもあるし。それに、医療忍者も数が揃ってきているし………」

 

火の国の中央、大名のお膝元の大きな茶屋の中。そこではとある二人が、お茶を飲みながらとある打ち合わせを行っていた。

 

片方は、桃色の髪。顔立ちは可愛いと言えるだろう、木の葉の額当てをしたくノ一。先代火影の直弟子でもあり、里からは将来の医療忍者を束ねるだろうと、一目置かれている女子、春野サクラ。もう片方は、赤色の髪。顔立ちは綺麗と言えるだろう、腰に一本の笛を差した奏者。何ともなく噂になり、その成してきた事で網の中では一目置かれる存在となった女子、多由也。

 

二人は当初の目的である、遺跡調査とその際に発生するであろう魔獣の戦闘。そして怪我人に関する処置をどうするかを、前もって打ち合わせていた。

 

「魔獣、か。やつら、それなりにやるって聞いたけど」

 

「しかも群れで動くからな。単体の強さは下忍より上、中忍より少し下って所だ。網としても護衛に大勢の人手を割くわけにはいかねえから、死なねえまでも大なり小なりの怪我人は出る」

 

「探索隊は10人程度だったわね? ………それなら私ともう一人………そうね。いのも随伴した方がいいと思うけど」

 

「いや、今度の探査はあくまで仮だ。予算も限られてるからな。医療忍者への依頼料は高えし、どちらか片方でいいさ」

 

「でも、私だけじゃ………もし、チャクラが足りなくなったらどうするつもり?」

 

「問題ないだろ。薬も持ってく。それに10や20の魔獣が来たって、サスケが手早く片付けてくれるさ」

 

「………分かったわ」

 

複雑な表情を浮かべながら、サクラは頷いた。

 

「それは重畳だ………で、他に話あるって聞いたが」

 

なんの話だ、と多由也はお茶を飲みながらサクラにたずねる。サクラはそんな多由也をじろりと睨み、一言告げる。

 

「決まってるでしょ、サスケ君のことよ」

 

「サスケの事と言われてもな。多すぎる、具体的に言え」

 

「何で………何でサスケ君は木の葉に帰ってこないの?」

 

全部終わったはずなのに、と。多由也は呟き俯くサクラを見ながら、めんどくさそうに頭をかく。

 

「ずいぶんと今更な………戻らなかった理由なんてウチにわかるか。直接聞けよ、あいつが決めたことなんだからよ。それに、木の葉に戻らなかった理由………大体の事情を知ってるお前なら、察することはできるだろうが」

 

木の葉の上層部と他国、人柱力の新しいシステムとの折り合いもあるしよ。多由也はそう言いながら、じっとサクラの眼を見返す。サクラは、その目を逸らした。彼女自身、かつてのうちは虐殺の真相を聞かされた内の一人なので、サスケが里に戻らない理由については何となく察していたのだ。

 

「それは………分かってるわよ。でも…………」

 

「でももクソもねーよ。お前、他人の口からそんな大事な理由聞かされて、それですっぱりと納得できんのかよ」

 

「分かったわよ。もう言わない。今度、本人に聞くから。でも………」

 

サクラは何事か言おうとして、口を開く。その言葉は喉に留めたまま。口を閉ざし、首を横に振った。

 

「ま、いいわ。私も諦めた訳じゃないし」

 

「お前もしつけーなー。そもそもお前とアイツって接点持ったのは下忍になってからだろ? それに任務中でも、そんなに接点なんて無かったそうじゃねーか」

 

「それでも好きなのよ!」

 

むんと気合を入れるサクラ。多由也は心底うぜえと思いながらも、律儀に言葉を返す。

 

「ま、お前の医療忍者としての腕は、木の葉でもトップクラス。医療の観点から見れば、今度の任務に随行するだろうお前を歓迎するが――――そっちの面じゃあ、逆だぜ?」

 

むしろ、一昨日きやがれ。多由也はにこりと笑い、そう告げた。

 

「えらく挑発的ね」

 

「知るか。あいつは渡さねーぞ」

 

「なによその男前な返事。アンタって、もっと、こう、何ていうか………女らしさってやつを持ってないの?」

 

何でサスケ君はこんなやつ、とサクラはぶちぶち零す。

 

「それこそ本人に聞け………いや、やっぱりやめてくれ」

 

凹みそうだ、と多由也は何事かの言葉を想像し、手を立てて横にふった。

 

「言われなくても聞かないわよそんなこと。それより………そういえばアンタって、サスケ君の何処を好きになったの?」

 

「はあ? 何処がって…………」

 

そこで多由也は言葉につまる。

 

「いや、何でそこで悩むのよ………」

 

何かあるでしょ、とサクラが怒る。多由也はサクラの怒った理由がわからず、取り敢えず思いつくものとして、もう一つの理由を挙げてみる。

 

「う~ん…………眼、かなあ」

 

明確でない多由也の一言。しかしその言葉に、サクラの眼が険しくなる。

 

「………写輪眼が好き、ってこと?」

 

血継が目当てなの。そう言いたげに、サクラは露骨に嫌悪感を顕にする。

 

「はあ? って、あったなそういえば、"そんなモン"も」

 

忘れてた、と多由也はお茶を飲みながら呟く。サクラはそんな多由也を見ながら、不可解な面持ちを向けた。

 

「あったなってアンタ………ま、いいわ。それよりも、一緒に過ごしてたんならさあ」

 

何かあったんでしょ?と、サクラが多由也に視線を送る。

 

「私生活で良いところ、なあ…………ねえよそんなもん。あいつ、メチャクチャだらしねえし」

 

「はあ!?」

 

「いや、だってよ。脱いだ服をすぐに共有の洗濯かごに入れねえし。部屋に溜めるし。酷い時はタオルが床に落ちたまんまだし」

 

隠れ家での生活を思い出返しながら、多由也はしみじみとサクラに語る。一緒に生活していた中でみえた、サスケの一面。多由也は、それを淡々と列記していくように語った。それを聞いているサクラの眼が、どんどん険しい顔になっていることに気づかず。

 

「愛刀手入れした後の道具も出しっ放しにしてるし…………って、何で睨む」

 

「白々しいわね!」

 

分かってるでしょ、との怒鳴り声が茶屋に響いた。

 

「そんなもんだぞ」

 

「馬鹿にして。サスケ君はもっと格好いいにきまってるじゃない」

 

夢見る乙女の顔をしたサクラが言う。多由也はそれを鼻で笑った。

 

「ハン。あいつは格好いいっていうよりは、むしろ―――――」

 

 

 

続く言葉を聞いたサクラは、水をかけられた猫のような変な顔をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

網の本拠地より、遠く。火の国と砂の国の国境より少し南にある隠れ家に、サスケと多由也は訪れていた。二人は先の遺跡探査が終わった後に、長期休暇を取ってこの別荘にやってきたのだ。

 

「あー………何だ、これ。埃だらけじゃねえか」

 

「流石になあ。4ヶ月放っておくと埃も貯まるさ」

 

「そうだな………じゃあ、後は頼んだぞ多由也」

 

「心配しなくてもお前の家事能力なんかには最初っから期待してねーよ」

 

いいからその食料を中に入れて、さっさと行って来い。多由也はそう言いながら、とじていた玄関の扉を開けて、家の中に入っていった。

 

「ただいま帰りましたっと………感慨に浸っているヒマはねえか」

 

先に片付けなきゃな、と多由也はつぶやき、気合を入れる。

 

「ウチは取り敢えず、そこら辺を片付けておくよ」

 

「ああ。俺は基礎修行の方を先に済ませておく………すまんな、せっかくの休暇なのに」

申し訳なさそうに、サスケ。多由也はそれに対し、気にするなと答えた。

 

「ウチとしちゃあ、お前の腕が落ちる方が問題だ。気にするところを間違ってるぜ」

 

多由也は手にぶら下げている食料の袋を持ち上げ、笑う。

 

「旨い飯でも用意して待ってるさ、隊長殿」

 

「そりゃあ、頑張らない訳にはいかないな」

 

サスケはそれを見て、楽しみだと快活な笑みを返す。荷物をおろすと、修行をすべく家の外へと出て行った。そして森に囲まれた、細い道を行く。サスケは修行時代には毎日のように通った道を見ながら、心の中で呟く。

 

(変わって、いない)

 

まだ弱かった頃、通った道。サスケはその時の状況を思い返し、今の現状を比べた後にひとりつぶやいた。

 

「去り逝く人、巡り会えた人、か」

 

別離に永別、再会に逢瀬。居なくなった人が、新たに知り合えた人が、そして戻ってきた人が居る。思えば色々とあったな、とサスケは思い返して道を歩いていく。数分後には修行場へと到着した。

 

「懐かしいな………って言っても、まだ2年と少しか」

 

修行場に放置された修行に使う道具。それを見ながら、サスケは郷愁のようなものにかられた。手裏剣術や打剣術を鍛えるために的とした木の板。いったいその的に何度クナイやらを投げ込んだんだっけか、と思い返す。

 

顔色を変えず。一瞬の内に懐からクナイを取り出し、的に向かって投げつける。予備動作を極限まで殺した投擲。カン、と甲高い音が鳴り、クナイが的の中心より少し外れた位置に突き刺さった。

 

「外れた、か」

 

中心より指一つ分。外れた所に突き刺さるクナイを見ながら、サスケは眉をしかめた。

鈍っている、と。

 

「鍛え直すか…………ん?」

 

修行を始めようとするサスケ。その時に、見慣れた物体を見つけた。それはいつかの日に押した、木の樽だ。その上に紙が置いてあるのを見つけたサスケは、また眉をしかめる。紙は何処からか飛んできたものでなく、きちんと折りたたまれて石の重しを載せられている。

 

「なんでこんな所に…………書き置きか?」

 

訝しげな表情を浮かべ、紙を手に取る。そして書かれていた文字の筆跡を見たサスケは、眉間に皺を寄せた。見慣れた文字―――メンマの筆跡だ。

 

「まさか………」

 

あの最後の戦いの前に、メンマがここで修行を行ったであろうことは、サスケにも分かっていた。ここで修行を行ったであろうことも。ならばこれは、その時に書いたものなのだろう。つまりは死を決する戦いの前に書いた手紙である。もしかして、有り得ないだろうが――――遺書の類ではなかろうかと、サスケは書かれている文字に目を走らせ、間もなくして肩をカクンと落とした。

 

「 "押してもいいんだぜ、懐かしいドラム缶――――違った。木の樽をよ"………って、何書いてんだあいつはよ」

 

ウスラトンカチが、とサスケはぼやき、ため息をついた。木の樽を延々と押す修行と、その時に味わった辛さを思い出してしまったのだ。これは基本である足腰と忍耐を鍛えるために行われた修行で、確かに役にはたった。しかし単純すぎるこの修業はサスケには辛く感じられた。終わりだと告げられた時は二度とやるかとも考えた苦行ともいえるもの。

 

押して押して押して押して押し切った日々。大量の食料を抱えて運んだ修行は、まだ意味があるのでやり甲斐があった。しかし実質的に無意味なこの修業は、本当に辛いもので。

「ったく、俺が今更そんな修行をやる馬鹿に見えんのかよ」

 

舌打ちし、コツンと樽を叩く。

 

「ん?」

 

その中には、砂が入って。木の樽の前に障害物はなく。引きずった跡は当時のままで。

 

 

――――そして、2時間が経過した。

 

 

「おま、サスケ!? なんでそんなにバテテんだよ!」

 

「く………恐るべし、ドラムか―――いや違った、木の樽」

 

何故か押したくなっちまった。そう告げると、サスケは玄関に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーえらい目にあった」

 

多由也に振舞われた、豪勢な食事の後。サスケは後片付けを多由也に任せて、筋肉痛が走る身体を温泉に沈めていた。

 

「料理、美味かったな………」

 

また腕を上げたんじゃないか。サスケは先ほど食べた食事と初めて作ってもらった時の味とを比較して、そんなことを思った。料理ができると聞いて驚き、腕も確かだと聞いて驚き、実際に食べた後に驚き。意外だと呟いたら刺すような視線で睨まれたのは、懐かしい思い出だ。

 

そう、思い出になる。しかも懐かしいと思えるほどに、色々と過ごしてきた日々。ひとつひとつ思い返しながら、サスケは浸かる湯の浮力に身を任せた。浮き上がるように出てくる、思い出の光景。思い出し、笑いながらゆったりとした時間を堪能する。

 

「しかし、あいつには驚かされてばかりだな」

 

ぽつりと、サスケの口から言葉がこぼれた。そして、それに答える声があった。

 

「何がだ?」

 

サスケの背後。木の板で仕切られた向こう側に居る多由也が、言葉を返す。

 

「………聞いてたのか?」

 

「今の言葉だけな。で、誰に驚かされて…………って、メンマのことか。動くびっくり箱だもんな」

 

納得納得、と多由也は一人で頷く。

 

「………ああ、そうだな」

 

特に異論の無いサスケは頷き、ごまかした。今の言葉が多由也をさしているものだと悟られるのは、なんとなく気恥ずかしかったのだ。

 

そのまま沈黙する。多由也も特には言葉を発さず、黙って日頃に酷使している身体をほぐしていた。時折湯の揺れる音が、二人の間で流れた。あたりからは、森のざわめきと何かが鳴いている音が聞こえる。

 

(………きまずい)

 

しかしここに、困っている男が一人。背後から聞こえる、身体を動かした時に聞こえる湯の音。それがなんか、妙に生々しく感じられたのだ。

 

(この木の板の向こうには、生まれたままの姿の…………って何を考えてんだ俺は!)

 

それでも音は途絶えず。妄想も消えず。サスケは目を閉じて首を振り、それを振り払おうとする。しかし、目を閉じた暗闇に映るのは、いつかの光景。ノックをせずに開けたドア、その向こうに見えた鮮やかな赤と柔らかい肌色のコントラスト――――

 

「―――サスケ?」

 

「はい?!」

 

唐突に投げかけられた、多由也の声。それに対し、サスケは大声で返事をし、そのあまりの音量に多由也は驚く。

 

「何でそんなに大声で…………な、なんか鼓動の音も凄いぞお前」

 

自慢の聴力でサスケの高まりきった鼓動を察した多由也は、のぼせたんなら上がれよと心配そうな声をかける。

 

サスケは取り敢えず大丈夫だと返すが、

 

(いかん、話の流れを変えねば………!)

 

嘘が下手な自分のこと、この流れでいくとまずいことになる。そう考えたサスケは、話題を変えた。

 

「九那実さ………九那実のことだけどよ!」

 

「な、なんだよ」

 

大声に驚きながらも、多由也は返事を返す。

 

「家………宿か。なんであのボロ料理屋の2階にある部屋にずっと泊まってるのか、知ってるか?」

 

住みにくいことは間違いないのに。サスケはそう言うと、また言葉を続ける。

 

「確かに料理屋としては一級だと思うけど、上の宿は………あれは酷いなんてもんじゃなかったよな」

 

「まあ、確かにな」

 

ボロの10乗。宿としては致命的なまでに老朽化していた部屋を思い返し、多由也は肯定の返事を返す。

 

「少し離れた場所に住む場所もあるのに、なんでだ「寂しいからだろ」」

 

遮り、断言する。

 

「気が遠くなるぐらいに、長い間………ずっと、一人だったんだ。九尾として生きて、でも自分が何処にもいなかった。そして"自分"を見てくれる人が現れた」

 

少し前の、酒の席。白と一緒に飲んでいる最中、こぼすように語られた九那実の本音の欠片を思い返して、多由也は言葉を続ける。

 

「12年、ずっと一緒に過ごして、今は居なくなった…………お前は、一人の寂しさは知っているだろ?」

 

あるいは、ウチよりも。その言葉に、サスケは沈黙で答えを返した。

 

「なら、分かるだろ?」

 

「………ああ」

 

そうだな、とサスケは頷き答えた。

 

「起きている内はいい。やることもある。けど、寝るときに、灯りを消した部屋の中で自分は一人なんだと思い知らされる」

 

「その通りだ。しかも、あの身体だろ? 並外れた体力がある分、身体の疲労度が少ないから………余計にな」

 

泥のように眠られたら楽なのにな。サスケはそう言って、頷いた。

 

「だから、残り香が。一緒に居た時の思い出が残っている光景を見ながら、眠りにつきたいと考えてるんだよ」

 

「………そういや、あいつも修行時代はあそこに宿泊していたんだっけか」

 

だから、寝床をあそこに選んだのだと。知ったサスケは、それに至らなかった自分を不甲斐なく思った。だがその胸中を察した多由也は、はははと笑う。

 

「心配しなくても、お前に対して乙女心の理解なんざ求めてねーよ」

 

「それは酷すぎねえか!?」

 

サスケが反論する。しかし多由也はそれを鼻で笑った。

 

「いやお前、先の任務でサクラに何言ったか覚えてねーのか?」

 

「ん?」

 

「何で帰らないのかって聞かれただろ。その時に、何て答えたんだ?」

 

「正直に答えただけだけど………"任務で向かうことはあっても、木の葉には戻ることはない。ここには兄貴と、守りたい人が居るから"ってな」

 

昔は仲間だったんだし、嘘はつきなくなかったからよ。サスケがそう答えると、多由也はため息をついた。

 

「いくらなんでも直球過ぎんだろ………いや誤魔化せって言ってる訳じゃねーけどよ」

 

「何がだ?」

 

「………ウチが"それ"すると、嫌味にしかなんねーから、しねーけど」

 

それでも流石に同情しちまったと、多由也は呆れ声で言う。

 

「意味が分からないぞ」

 

「分かられても、ウチが困る」

 

ただでさえ女共に人気絶好調なのに、と多由也は再びため息をついた。

 

(香燐を筆頭に、侍部隊からの出向の――――蓮、だったか)

 

侍の中でも、上から五指に数えられるというポニーテールの剣士を思い出し、多由也はため息をつく。

 

(手合わせの際に一方的にぼこられたのに、何でああなっちまうんかなー)

 

仕方ねえけど、と多由也は半ば諦め顔で空を見上げた。

 

「訳が分かんねえ…………」

 

「気にすんな。それが多分、世界のためだ」

 

主にウチの、とは声に出さず。この面と性格で女の扱い心得られちゃあ、ダース単位で女が出来ちまうと多由也は心の中だけで呟いた。

 

(まあ、メンマに比べたらマシだけどよ)

 

あの、運命を決める一戦と言っても過言ではない決戦の後。それを中継されて見ていた忍者共の反応は劇的だった。曰く、最大の英雄。強大も極まる敵に対し、伝説の尾獣を従えて身一つで挑んだ、"最も新しい伝説"。女どもの憧れになるには十分だ。ましてや、本人は死んだと思われているのだ。

 

ミーハーなくのいち、特に下忍やアカデミー生の間では、"うずまきナルト"という英雄の名は、やかましい程に騒がれているのを多由也は聞いたことがあった。

 

(でも、選んだんだよな)

 

身を呈して、と聞いた後に多由也はそう思った。命を賭けてまで、守りたい人。図抜けた善人とも言いがたい、ある種自己中心的な倫理観と行動理論を持つメンマのことを、多由也はある程度分かっていた。

 

彼が命を賭けてまで、と実行したのだ。その想いの強さは、九那実を除けばある意味誰よりも知っているぐらい。メンマは選んだのだ。好きな人を死なせない。一人を選んで、悲しませたくないと。あるいは失いたくないと、そう思って命を差し出した。

それは女にとっては、何よりも嬉しく。そして悲しいことだろう。まだ死んでいないとは多由也自身も信じていたが。

 

(失いたくないから、か――――焦がれるぐらいに)

 

まるでお伽話のような恋。そこで――――多由也は、ふと考える。

 

(そういえば、何でこいつは………ウチのことを意識したんだろ)

 

外に、戦いに出る前。隠れ家に居た頃からお互いにどこか意識しあっていたことは、多由也も感じていた。そのきっかけはなんだったのだろうかと今更になって考える。

 

(白みたいに女らしくねーし、眼つきも悪いし、口も悪いし、きっかけが………いかん、凹んできた)

 

世間一般と照らし合わせた場合の、自分の女性としての欠点を挙げていくうちに、多由也のテンションはだだ下がりになるが、俯いているのも性に合わないと空を見上げた。

 

その時、顔にわずかに落ちる水滴に気づいた。

 

「小雨か………」

 

「そうみたいだな」

 

多由也が呟き、仕切りの向こうにいるサスケも同意する。

ぽつりぽつり、と水の粒が顔をうつ。

 

(雨、か)

 

上半身をうつ雨。湯につかっているため寒くはない。むしろ心地良い、優しい霧雨にうたれながら。

 

 

(そういえば、こいつを意識したあの日も…………)

 

 

多由也は目を閉じて。断片しか覚えていない、その時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外は雨。目の前には、布団の中で唸るサスケと、額に手を当てるマダオ師の声。

 

「う~ん、風邪みたいだね………無理をするから」

 

達したい目的を考えれば根を詰めるのも無理ないけど、と苦笑しながら。

 

「じゃあ、申し訳ないけど頼むよ」

 

「ウチがこいつを?」

 

「うん、看病の方よろしく。僕達は食料を確保しなきゃならないし、もしかしたら村の方で風邪に効く薬を売ってるかもしれないし」

 

備蓄も少なくなってきたしね、とマダオ師が言う。白と再不斬さんは雨の中で試してみたい術があるとかで、朝から出かけている。無理に断る理由もない。それに、マダオ師が簡単にまとめた、論文のようなものも読んでおきたい。チャクラと音韻術の可能性について書かれた秘文書もあった。それを読みながら、看病をすればいい。そう考えたウチは、分かりましたと返事をする。

 

「ありがとう。じゃ、頼むよ」

 

去っていくマダオ師。ウチは布団の横に座布団を敷いて座り、論文を読み始めた。替えの布は用意している。時間がくれば熱の原因になるというか熱を冷ませるとかいうその脇下に、白が冷やした布を入れるだけだ。時間を計りながらウチは、ぱら、ぱら、と手にある論文を一枚一枚。読みながら、書かれた内容を自分なりに理解していく。ひょっとしたら間違っているかもしれない。買い物から戻ってきたらマダオ師に聞けばいい。

 

(………雨足が、強くなってきたな、屋根を打つ雨の音が大きくなった…………ん?)

 

外の様子と出かけた5人を気にしている時。布団の中で唸っていたサスケの声が止み。気づけば、こちらに視線を向けていた。

 

「………かあ、さん?」

 

「………は」

 

鼻声で、か細く。告げられた言葉に対し、ウチは「誰が母さんだ!」と反射的に叫びそうになる。だけど横になりながらこちらに視線を向ける、サスケの。瞳の中に映る光の、そのあまりの弱々しさに何も言えなくなった。

 

(………こいつ)

 

修行の時に見るそれとは違う。弱々しい、別人のような瞳を見たウチは、思わず黙りこんでしまった。修行を傍らに見学する中、サスケの眼差しを見る機会はあった。死の森で見た時とは違う純化されたその意志の輝きを見て、大したものだと思ったものだ。でも、今のこいつは違う。

 

(なんて、弱い――――)

 

今にも消えてしまいそうな、という表現が似合うほどに儚い瞳の色。それを見たウチは、黙って目を逸らすことしかできなかった。サスケは気がついたのか、熱で赤くなった顔を更に朱に染めて、慌てた様子を見せた。身体をわずかに起こしながら、言う。

 

「ち、ちが、今のは――――」

 

「いいから………安静にしてろ」

 

鼻声で、声も枯れ枯れ。それを聞いたウチは、そのばかをじっと見かえしながら。

 

「風邪ひいたときゃ、弱気にもなる………分かってるさ、そう言いたくなる気持ちもよ」

ウチもそうだったし、と小さく呟く。

 

「別に誰にも言わねーし、笑いもしねーよ………だから、大人しく寝てろ」

 

茶化さず、答える。するとサスケは安心したのか、ウチの言う事をきいて、身体を横にする。そして再び目を閉じる。ウチも論文に目を戻す。ぱら、ぱら、と論文を見ながら。でもさっきとは違って、没頭できずになんとなくの時間を過ごす。

 

10分は経っただろうか。ふと、サスケが声をかけてくる。

 

「なあ…………お前も、自分の母親の事を覚えてんのか」

 

「当たり前だろ………忘れたくたって、忘れられねーよ」

 

大蛇○には忘れさせられたんだけどな。自嘲しながら答えると、サスケはちょっと黙って、その後に問いかけてきた。

 

「お前のおふくろって…………」

 

「ずっと前に死んだよ。ウチの目の前でな」

 

そこでウチは、端的に説明をした。できるだけその時の光景を思い出さないよう、無表情に無感動を努めながら。旅の途中、忍者の忍術で崩れたであろう道。それを迂回して獣道に入った直後に、山賊に襲われたこと。後で聞けばそれは近隣の村の元村民で、道が塞がれ、田畑を焼かれ、家を壊され。仕方なく山賊に身を落とした奴らだったという。

 

「山賊は………何とか、凌いだんだけどよ」

 

その後に野犬の群れに襲われたのが致命的で。深手を負って逃げた後に、病を患って死んでしまった。墓はその村近くにある共同墓地に作った。強がってはいた母が、実はさみしがりやだと知っていた多由也は、皆とともに眠りにつけるようにと、村人に頼んだのだ。

(そういや、母さんが死んだ日も土の下に送った日も………こんな雨が降っていたな)

 

窓から見える外。今や豪雨と言っていいぐらいに強くなった雨を見ながら、思い出す。

枯れるぐらいに泣いた、大好きだった母が死んだ日のことを。

 

そこから先はあまり覚えていない。村が貧しくて、そのままそこに住める雰囲気でもなくて。僅かな路銀を頼りに移動し、そこで大蛇丸に拾われたのだ。今になって想い出せば、大蛇丸は自分の赤い髪を凝視していた。そして何かを察したかのように笑い、言ったのだ。

 

――――力は欲しくないか、と。母を守ることもできなかったウチは、知らぬうちに力を求めていて。その言葉をきっかけに、そんな自分に気づいて。生き延びたかったという気持ちもあるが、何よりこれ以上弱いままで居たくなかったのもあった。

 

その結果があれだ。母の遺言を破るどころか、この笛とあの夢に泥を塗ってしまった。

 

「だから、音隠れを抜けた……?」

 

「ああ。これ以上、裏切りたくなかったからな」

 

夢を、母を。そう告げると、サスケは口を閉ざした。そして視線を逸らす。

 

(顔に、でちまったか)

 

気を使ったのだろう、サスケは黙ったまま、咳を出しながら。ばつの悪い表情を浮かべていた。想い出せば泣きたくなる。表情も、変わってしまっていたのだろう。それを見たサスケが、気を使ったのか。

 

(………悪いって思ってるけど、口には出し難い、ってところか)

 

天邪鬼なのか、謝罪の言葉を使うことに慣れていないのか。ウチは情けない顔に複雑な表情を浮かべているのを見て、後者だなと直感的に判断した。

 

「母さんのことなら、謝る必要はねえよ………死んだことも。昔の、ことだから」

嘘だ。吹っ切ってなどいない。自覚しながら言うと、それを察したのかサスケが言う。

 

「…………そうか。でも」

 

「いいさ。ウチも、お前の過去は聞かされたからな」

 

同情されたくないのも分かるだろうと。告げるとサスケは、黙ったまま頷いた。

 

「そう、だな」

 

「そうさ」

 

答えながら、思う。その弱い声を、押せば吹き飛ぶような声を聞いて。ウチは知らず、胸の奥から湧く何かを感じていた。

 

(似合わない顔してるぜ………でも、これが今のこいつなのかよ)

 

かつて死の森で見た、ひねた光は見られない。白も言っていた。"サスケ君はもっと、純粋な人なんでしょう"と。聞いた時には白の正気を疑ったものだが、成程、納得できる。

 

こいつは弱い。そして純粋だ。だから、強い。一見すれば矛盾している心を持っている。純粋で、誰かに認めて欲しくて頑張って。その挙句が裏切られて、怒りに飲まれて。裏切りが偽りのものだとしって、悔やんで。今は、取り戻すためにこうして無茶をする。呆れるぐらいに単純で、心が弱くて、それでも強くあろうとする。プライドが高いから、人前で泣くこともできないのだろうことも分かる。

 

ずっと引きずっているけど、素直にそれを外に出せないということも。でも足を進めようとするぐらいには強い。それは、修行の時に垣間見たあの瞳の輝きを見れば分かる。

 

(なんか………危ういな、こいつ)

 

納得できる材料を揃えて、矛盾の無いように説けば面白いぐらいに勘違いしてくれる事だろう。傀儡にするにはもってこいの性格。復讐だけを考えてずっと生きてきたせいか、物事の裏というか、自分がやろうとすることを深く考えないのだ。自分の行動によって、どのような影響が発生するか分かっていない。ようするに視野が狭いのだ、それでも。

 

(変わりつつあんのか? 少なくとも、嫌な感じはしなくなったし)

 

マダオ師達の判断は正しかったのだろう。こいつをここに連れてきたのは、間違いではないと思う。

 

(それにこいつ、意外と面白そうだ)

 

具体的に言えば、からかい甲斐のある性格をしている。つつけばきっと、激しく反応してくれるんだろう。そういえばマダオ師達もこいつのことを時々からかって遊んでいたことを思いだす。

 

(風邪が治りゃ、からかってみるか………ん?)

 

布団が動く音。見れば、サスケは身体を起こしてこっちを見ている。

 

「寝てろっつっただろ」

 

「ああ。でも、今はそれより――――」

 

ちゃんと謝っておく、と。そう言おうとするサスケの鼻の穴から一筋の鼻水が垂れた。

 

「うおっ!?」

 

瞬きもすればこそ。サスケは布団の横にある鼻かみをしゅばっと手に取り、素早く鼻水を拭きとった。しかし、それももう遅い。ウチは、見てしまったのだ。

 

「………」

 

「………っ」

 

見つめ合う瞳。サスケの顔が真っ赤に染まる。それを見たウチは、耐え切れず吹き出してしまった。

 

「く、はははははっ!!」

 

床を叩きながら、腹を抱えて笑う。見た目イケメンの鼻から垂れる鼻水。シュールにも程があるってもんだ。真っ赤に染まる顔が、余計に笑いの衝動を助長させる。

 

「わ、笑うなっ!!」

 

「わ、悪い! でも―――――」

 

腹を抱えながら、横目で見る。するとまた、思い出してしまった。駄目だ、耐え切れない。その後私は腹筋が痛くなるぐらい笑った。もちろん笑われたサスケはふてて寝てしまったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは傑作だったなあ………」

 

多由也は遠くを見つめながら、その時のことを思い出した。その後も酷いものだった。笑い転げている多由也を見たメンマが事情を聞いた後に言った言葉。「きたぜぬるりと」を思い出し、その場は再び爆笑の渦が生まれた。その時の光景。真っ赤な顔のサスケと、久しぶりに笑ったこと。それらを思い出した多由也は、満足気に頷いた。やっぱりこいつ格好いいとは違うぜ、と。

 

「おい、なんか嫌な事思い出してないか?」

 

「いや、全然?」

 

からかうように言うと、それきりサスケは黙った。ひっかかるものはあるけど、強く言い出せないのだろう。そんな様子を見て、多由也は心の中だけで呟く。

 

(格好いい? どこかだよ)

 

後ろで若干拗ねているだろうサスケを感じながら、多由也は小さく笑った。

 

格好いいというよりは――――可愛い。照れた時の真っ赤な顔などが、最たる物だ。

 

(ウチとしちゃ、こっちの顔の方が好きなんだけどな)

 

ころころと変わる感情と、それを処理しようとしてできない。感情豊かだけど不器用な所が、こいつの魅力かもしれない。からかいの果てに気づけば好きになっていたサスケの事を、多由也は想う。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で、サスケの方も思い出していた。奇しくも多由也が思い出した光景と、同じ。あの時、風邪をひいた日の、雨の夜の事を。

 

 

 

 

 

頭痛と吐き気が襲う中。俺は布団の中で、先ほどのあいつの笑い顔を思い出していた。

 

屈託の無い、含むもののない笑顔。こいつも笑うんだな、と思ったと同時に――――

 

(晴れやかな笑顔だったな)

 

悪いといいつつも、盛大に笑いやがった。でも、そこに嫌味は含まれていない。連鎖的に思い出す。語られた過去と、これから先に挑むための決意を。

 

ただ、強い。聞いた時に抱いた正直な感想がそれだ。辛い過去から目を背けず、取り戻せた今に感謝して前に進む。断固たる決意というやつだろうか。言葉の端から、絶対に退かないと、そういう意志を感じられる。

 

正直、見惚れた。元の顔が整っているのもあるが―――――それが無くても、純粋に綺麗だと。女らしさとか、そんなことは関係なく。ふと見えたその笑顔に、意識を奪われたように思う。

 

俺を見る瞳も、心地良いものだった。ただまっすぐに、俺だけを見ていたのか。見る目に含まれる光に、余計なものが消えていたように感じたのだ。使命や血継限界などという、煩わしいものがなくなっていたように思う。サクラとはまた違う。飾り立てた俺ではなく、何かを投影した目でもなく。なんの虚飾もない、俺自身を見ているように感じられたのだ。

 

そう感じたのは、そう。あの時は、ただ一人の俺と。俺の顔を見て笑う、あいつだけだったから。

 

(………何を考えてるんだ)

 

熱のせいか、余計なことを考えてしまった。でも動悸が激しい。妙だ。そんな時、あいつがタオルを片手に戻ってきた。思わず寝たフリをしてしまう。そんな俺を見ながら、多由也は横に座ったようだ。

 

「おい? ―――寝た、か」

 

確認の言葉。俺は黙って、布団をかぶり目を閉じ続ける。

すると、ふと笛の音が聞こえる。

 

(これは………開発中とかいう、術?)

 

毎夜聞こえた旋律に似ている。身体の芯に訴えかけ、力づくで癒してしまうその術。実際に傷が癒えるわけでもない。でもただ、内を洗い流される感覚を覚えるその術は、厳しい修行と風邪とでボロボロになった自分の身体によく染みる。

 

綺麗な音の粒と、清流のように流れる旋律。艶がある、というのか。夢の中のような、でも生きている。生々しく、それは真に生命の旋律。

 

暖かい何かが、心に訴えかけてくる。それは言葉ではなかったけれど。

 

気づけば、俺は涙を流していて。意識が遠くなっていった。

 

 

――――目覚めたのは、一時間後。寝たフリが熟睡に変わり。いつの間にか、風邪なんか吹っ飛んでいた。

 

目を開けた後、視界に飛び込んできたあいつの笑顔が。歯をみせてしてやったりと笑うあの顔が、太陽を直視した後の名残のようにいつまでも目に焼き付いて離れなかったのは覚えている。

 

 

 

 

 

 

そして、現在である。

 

からかう女と、からかわれる男。同じ夢を抱きながら、戦い抜いた二人。過ごした日々の中で感じた互いの男と女。同じ切っ掛けを持って、ひとつ屋根の下で夢を目指し、戦友とも言える間柄となって日々を戦い、やがては何かを求めるようになった二人は、沈黙が支配する夜の空の下。ただ黙ったまま相手を感じていた。気づけば傍に居て、それが当たり前になった。ふと離れたくないと思い辿りついたこの場所で、二人はそれぞれの奥にある熱を燃やし続けていた。

 

その炎は消えず――――そして、互いにそれを理解していた。

 

「くっ」

 

「はは」

 

ふと、笑い声が重なった。心地良い湯の中で昔を思いだした二人は、どちらともなく言葉を紡いだ。

 

「なあ…………」

 

「ん?」

 

「あの荷物、見ただろ? 旨い酒が手に入ったんだ」

 

だから、風呂でた後にそっちの部屋に行ってもいいかと。問いかける言葉に、うん、という肯定の言葉が重ねられる。

 

互いの顔は真っ赤である。それは湯にのぼせたせいか、あるいは。

 

 

やがて黒の少年と、赤の少女は一つの部屋に消えた。

 

 

隠れ家を、空に浮かぶ月が祝福するように仄かに光を降らせていた。

 

 

 

 





あとがき

あれ、なんか役割的にヒーローとヒロインが入れ替わってね?

ちなみに二人のこの後は、それぞれのご想像にお任せします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。