小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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最終話 : 夢の空へ

一緒に居た人が居た。

 

 

―――――夢にまで見た、空があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光も遮る闇。誰も何も見えない、墨のような漆黒の闇が広がる空間で、メンマは眼を覚ました。

 

「っ……………ここは」

 

起きて見回して、首を傾げる。自分が気絶する前の状況を思い出し、眉を潜めた。

 

「そうだ。俺は十尾に、呑まれて…………」

 

メンマは痛む全身に構わず、周囲を見回す。動く度に身を切るような激痛が走るが、動かないでもいられない。その時、脳裏に色々な光景が過った。実際に見えている訳でもない。だけど眠るときに見る夢のように、知覚できる映像としての何かが、頭の中を駆けていく。

 

「っ、これは…………!?」

 

映ったのは、過去の光景。

 

――――人間の愚かさが限度にまで達した時の、その光景の数々。

 

物言わぬ絡繰兵の軍団。想像もできないような技術が使われているのだろう、全自動で動く人型の兵器が感情も無く人間を引き裂いていく。憐憫の情ももたず、しかし人の形をしながら人を素手で引き裂いていくそれは、言葉にできない気味の悪さが感じられ。

 

そして、爆音。先の十尾の一撃か、あるいはもっと大きいか。問答無用に容赦なく気化される大気の帯。直後、鮮やかに橙に輝く炎の華が周囲全てにあるものをなぎ払った。兵も、男も、女も、老人も、子供も。区別なく差別なく、万便に全てを酸化させ炭化させる。人だったもの赤い何かが炒られた豆のように跳ね上がる。

 

「これは………じゅうびが、ほろぼ、した………」

 

メンマは、子供のように呟くことしかできなかった。なぜなら、あまりにもあまりに過ぎる。見ているだけで涙が出てくる、情け無さと心の底から恐怖が湧きでてくる。

 

痛い。痛い。痛い。傷ではなく、心が痛む。目の前の光景を許容できないと、胸が悲鳴を上げる。次の瞬間、また景色が変わった。

 

「………忍者、か」

 

深緑の中、青い空の下。散歩にでもでれば気持ちいいだろう、そんな空気の中鮮血が踊っていた。クナイ、手裏剣の鉄塊。火に水に風に土が交差し、果てには人の肉を抉る。

 

里の中、里の外、様々な場所で忍者達は殺し合っていた。やがては、その対象は他にも映る。明らかに無関係な農村の人々や、多くの食料を運んでいた商人。その中には、見知った顔もあった。

 

「ザンゲツ………」

 

まだ若い頃のザンゲツは、長い黒髪を持つ女性を、血を流し横たわっていた誰かを抱き抱えながら、必死に叫んでいた。眼からは涙が、鼻からは鼻水が出ている。しかしそんなことに露にも気を払わず、ただ獣のように叫んでいる。

 

そのような光景が、幾度と無く繰り返される。墓を前に復讐を誓う誰か。後を負い、谷底へ飛び降りる誰か。

 

やがてすぐに、見覚えのあるものが視界に映った。

 

「九那実!」

 

暗闇にあってなお輝く、美しい金の髪。メンマはその持ち主の名前を呼び、立ち上がり駆けつけた。だがメンマは、九那実の姿を間近で見ると言葉を無くす。

 

九那実の身体には、身体のそこかしこに罅が入っていたのだ。まるで温度変化に耐え切れなくなった陶器のように。その隙間からは血が溢れていて、血まみれになっている。

 

やがて、その目がゆっくりと開いた。

 

「メンマ、ぁ…………」

 

口を開く九那実。その唇の端からは、つつと赤い雫が零れ出ている。

 

「なん、で………」

 

「何を………そうか、ここは十尾の中なのか」

 

ならば"魂がむき出しになってもおかしくはない"。九那実はそう言って苦笑すると、苦しそうに咳き込んだ。赤い血が、更に舞う。

 

「だったら………なん、で」

 

九那実はそんなにぼろぼろなのか。そして、何故自分は"こんなに傷が浅いのか"。そこまで思いつくと、メンマは何かに気づいたように、はっとした顔を見せる。

 

「チャクラを使った後の………痛みが、少なくなったと思ったんだ。治ったかと思ったけど………違ったんだな」

 

"全部引き受けた"のか。メンマの言葉に、九那実は苦笑を返す。

 

「やれやれ………お主はほんと、気づいてほしくない事には鋭いの」

 

「なんで! ひとこと、言ってくれれば!」

 

「なら、やめたか? 止まったのか? ………その程度の覚悟で、この化物に挑んだわけではあるまい」

 

「それは…………」

 

「それに、の。我の終着点は、ここなのじゃ」

 

どちらにせよの、と。九那実はわずかに首を傾げて笑った。血に塗れたその顔はとても儚く、途方もなく美しく見えた。

 

「お主も覚えているのだろう、あの声を。殺すという、ペインの声を」

 

「聞こえた………けど、それとこれとは!」

 

「関係あるのじゃよ。考えても見るといい。あやつは尾獣だけに聞こえるように、あの声を送った。だが―――――何故、妖魔核を失った我に声が聞こえる」

 

「それ、は………まさか!?」

 

「そうじゃ。九尾から昇華した妖魔核は十尾となった。しかし核本体は未だ残っていて、忌々しい繋がりは消えておらん…………そして、十尾を倒したとしてその妖魔核はどこに向かう」

 

眼を伏せ、九那実は決定的な根拠を示した。

 

「あの時、"声は聞こえた"のじゃよ。それが証拠じゃ」

 

「でも………何か方法が!」

 

「あるかもしれんの………しかし、我は御免なのじゃ。もう二度と、九尾の妖魔には戻りたくない」

 

お主の事を忘れたくないのじゃ。そう言うと、九那実は泣きそうな顔でメンマを見た。

 

「憎しみに呑まれるのは嫌じゃ。お主らと過ごした全てを忘れて、暴れ回る畜生に成り下がるのは嫌じゃ……‥そして――――この想いを忘れるのは嫌じゃ」

 

それぐらいなら、と九那実は言う。

 

「一度"成れ"ば、もう戻れまい。それだけは許せん。それが我の、退けない最後の一線じゃ」

 

出来るならば、お主への想いを抱いた女のままで逝きたい。そう告げた九那実の顔は、決意に満ち溢れていて、メンマは何も言うことができないその、想いっていうのは、誰に対するなんという気持ちなのか。それを問いただそうとした時、突如声が湧いてでた。

 

天から響くような声。それはペインの声色だった。

 

『来たか』

 

「………うるせえ」

 

『そうもいかん』

 

「っ、何のようだ!」

 

言いたいことがあった。九那実にしろ、ペインにしろ、長門にしろ。ここには居ない、九那実のことを隠していたミナトやクシナにも。だがメンマはぐちゃぐちゃになっている内心を押し殺し、引き絞るように声を出した。

 

「さっきの映像は………そうなのか」

 

『――――ああ。呑んだ者達に見せている。飲み込まれた者の五感は、十尾に支配されるからな』

 

それはまるで幻術のように。その気に成れば、二度と覚めない夢を見せられるのだろう。

「サスケ達は?」

 

『最後の膨張に飲まれた。今は別の場所に居るが』

 

「そうか………俺達は支配されていないが?」

 

『それこそが十束剣の効力だな』

 

「………何? 十尾を滅ぼせるものじゃ無かったのか」

 

だから使ったのに。訝しげな表情を見せるメンマに対し、ペインは違うと答えた。

 

『十尾は切り裂いただけで死ぬような、そんな生やさしいものじゃないさ。その程度で死ぬなら苦労はしない」

 

「じゃあ、剣の役割は別にあると?」

 

『ああ。対十尾用のそれが、何故剣の形をしているのか知っているか?』

 

「考えたこともない。そもそも、この剣が十尾に効果があるってのも、アンタから聞いた話だ」

 

『思惑通りにな。それは別として剣の役割は…………"道を切り開くもの"、だ』

 

「……"草薙"か」

 

『お前は………そうだったな。その通りだ。火の難を払うもの。道を塞ぐものを排除するもの、それが剣が持たれている幻想だ。それは過去より今まで、変わったことがない』

 

人間の武器こそが剣である。長門はそう言った。

 

『十尾の中は一つの世界となっている。そして世界そのものを滅ぼす術はない。それほどの威力を持つ武器はないし、あったとしてもそんな威力を持つ武器を使えば、外の世界まで滅ぼしてしまう。

 

「だから、この世界の中で。動き、急所となる部分をつくしかない。そこまでの予想はつけていた。俺も、マダオも」 

 

『ああ。だが一度呑まれたものは、十尾支配されてしまう。だからこその剣だよ』

 

「"斬り込むためのもの"。蛇の剣を名乗るのもそれか」

 

『ああ。幻術世界に誘うのは副次効果で、本領はそこに無い。同質の性質はふくんでいるがな。そもそもが同じものだ』

 

「………原料は十尾か」

 

『破片だがな。十種の神宝とでも言おうか』

 

「そこまで詳しくはねえよ………だが、その情報をくれたのはお前だ。つまりは、全部仕組んでやがったな?」

 

切り札を持つイタチを殺さなかったのも、あの時それとなく十拳剣、否、十束剣の話をしたのも。頭をかくメンマに、長門はそれだけではないがと答える。

 

『あの兄弟の出す答えを"見たかった"のもある。そして見られて………満足しているよ。そして、お前がやるべきことは分かっているな?』

 

「ああ」

 

メンマは、九那実を見る。二人は視線を交わし、頷きあった。

 

「言いたいことがいっぱいある。だから‥………」

 

「待っているさ。看取られるならばお前がいい」

 

くっ、とメンマが顔を伏せる。しかし、何も言えない。

 

 

『時間もない、こちらに呼ぶぞ―――――』

 

 

 

告げる長門の声。瞬間、メンマは空間の歪に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇しかなかった景色が歪む。それは飛雷神の術を覚えたての頃に感じたそれと似通っていた。ということは、転移させられたのか。それを感じながらもメンマは、じっと時を待った。時空間転移中に暴れれば、二度ともどってこれない場所に出てしまうかもしれない。そうなれば、聞くことすらできなくなる。

 

メンマは膝を付きながら、じっと待った。やがてそれらは間もなく収まる。歪んでいた空間は正され、はっきりとした視界が晴れる。

 

まず見えたのは、青と緑の色。やがてそれらは形を成し、あるものを型どり始める。

 

(ここは………一軒家?)

 

完全に空間が形成された後。メンマの目に、一軒家と3つの岩が映った。一軒家はそう大きくなく、何処にでもあるようなもの。岩は規則正しく並べられていて、空に向かって立つそれは墓碑のようにも見える。メンマは、墓碑の先の家の中に、見知った一つの気配があるのを感じた。

 

「来い、ってか………」

 

いよいよの最後だ。メンマは立ち上がり、自分の身体の状態を確認しながら、一軒家に向かって歩き始める。

 

(チャクラが練れない………身体は十分に動くが)

 

痛みはあるものの、支障はない。憑依融合して、八門までこじ開けたのにそれだけで済んでいる。メンマはその奇跡を知り、その奇跡を叶えるための犠牲となった九那実を想像し、何故気づけなかったのかと情けない自分を罵倒する。

 

「…………いや、まだだ」

 

―――どうにかする。メンマはそれだけを考え、一軒家の扉を開けた。

 

 

「ようやく、来たな」

 

 

そこには予想の通り。赤い髪、そして痩けた頬を見せ、力なく壁にもたれかかり座っている、老人のような眼をした者。

 

かつて長門と呼ばれた者の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったな。だが、あの九尾の妖狐はまだ死なない」

 

最も、あと一時間もたないだろうがな。告げられたメンマは、激痛が走ったかのように、眼を強ばらせた。

 

「何のためにああなったのか。それが分からないお前じゃないだろう」

 

「お前が言うなよ……‥いや俺も言えないか」

 

顔を片手で覆い隠し、メンマは言う。

 

「こちらも、色々と聞きたいことがあるんだが…………時間がないか。取り敢えずは、一つだけ」

 

「なんだ?」

 

「建前はどうでもいい。だがあんたは、"人柱"力となる事を選んだ。それは間違いないな?」

 

抽象的に問いかけるメンマの言葉。長門は、苦笑だけを返した。

 

「……エロ仙人に聞いたことを、思い出したよ。ここはあんたらの隠れ家だな」

 

「ああ」

 

「そうか――――このためか」

 

ならば、もう何も言わないと、メンマは眼を閉じた。

 

「例え、ここに来るまでの全てが、アンタの筋書き通りでも、やることは、ひとつだ」

 

望む結末も。メンマは告げると構え、腰を落とした。呼応するように、長門も立ち上がる。

 

「一応、説明しておこうか………今回の騒動の結末は二つあった。こちらにたどり着くには、必要な部品があった。何もかもが本当に終わる前にそれを見い出せた事に、感謝しよう」

 

「ありがたいと拝むのか―――神様に?」

 

メンマの問いかけに、長門はまさかと返す。

 

「神だと? 復讐する相手、それを生み出した親玉に感謝する馬鹿がどこにいる」

 

あるいは因果の流れに。そう告げると、長門は盛大に咳き込んだ。メンマは特に声をかけず、その時が来るのをじっと待つ。やがて咳が止まった後。長門は顔を伏せながら、メンマに聞く。

 

「言うまでもないと思うが………やることは、分かっているな?」

 

「勿論だ………いや、もう一つだけ聞きたい。九那実と妖魔核との繋がりを断つことは可能か」

 

「………一応は可能だ。そのためには最低限、今からお前が勝つ必要があるが」

 

「分かった」

 

ならば問題ないと、メンマは笑った。心底嬉しそうな、満面の笑顔。心よりの喜びをその顔に集中させたような、見ているものをそれだけで幸せにしそうな。

 

それを見て長門は、弥彦の事を思い出していた。

 

「なら、大丈夫だな」

 

そして、長門は抵抗を止めた。

 

「―――負も影も闇も、全部俺が背負う。だから、俺を殺せ」

 

言うと同時に、長門は十尾の核を自らの身の内に引き寄せた。途端、部屋が崩れる。長門をかたどるもの、その大切なものが黒の波濤に蹂躙されていく。長門の身体も、間もなく黒に覆われていく。しかし長門は笑い、黙ってそれを受け入れる。崩壊する景色。大気が脈動し、その度に長門の眼の光が失われていった。

 

直後、背後から一人の人物が現れる。

 

「……六道仙人か」

 

「ああ………世話をかけるな」

 

「あんたのためじゃない。それで、負の思念はどうする?」

 

「十尾による束縛が無くなった時点で、私が月の中まで持っていく」

 

滅びた後ならば可能だと、何でもないように言う。

 

「全て計画の内か………見事の一言だよ。尊敬すら覚える」

 

決意を見出した後、たった一人で。恐らくは仲間も居なかっただろうに。

 

「各地を周り、禁術を闇に葬り」

 

侵食されていく。ずっと耐えていただろう闇に、長門が呑まれていく。

 

「下調べの果てに、奇襲に見せかけ、十尾の分体をそれぞれの里に送った」

 

だが、眼の光は消えていない。その眼の光だけは、ずっと長門のままだ。

 

「里に溜まっていた負の思念を飲み込み。妖魔核を生み出す温床となるものを全て此処に集めた」

 

考えもつかない量の負念に飲み込まれず、暴走せずに。飲まれつつも、抑えているのだろう。この世界にある憎しみを嚥下したというのに。

 

「忍者達には、滅びの光景を見せ。その行き着く果ての虚しさと、愚かさを見せて………過去の光景をもって、"痛み"を覚えさせて」

 

世界を敵に回した男は、諦めなかったのだ。

 

「負の思念を全て纏い、俺と戦う。偽悪的な立ち振る舞いを続ける。役割を担い、俺に担わせた。忍者を否定するもの、肯定するもの、その全てを語らせた。戦うことによって、負の思念の量を少なくさせて」

 

茶番なのかもしれない。だけど、負けていればもう一つの結末が待っていたのだろう。ちっとも笑えない、誰もいなくなる結末が。

 

「どちらにせよ………最後は、全てを抱えた自分ごと殺される。死ぬことによって"妖魔核を九尾に戻す"のか」

 

それで九尾の妖魔が生まれるだろうが――――月は堕ちなくなる。

 

あるいは妖魔核を滅ぼすのかとも思ったが、それは不可能だろう。できるならば、六道仙人がやっているはずだ。だが九尾の妖魔を戻すことによって、また猶予ができるはず。一時的に時間稼ぎが出来るのだ。負の思念も大部分が散った。各地を周り、負の思念を十尾に吸わせたのだから、もうほとんど残ってはいまい。

 

「そして全ての忍者は元に戻る。ここ数年内に飲まれた者ならば、生きて戻ることができるからな」

 

長門の語った言葉の、どこまでが嘘でどこまでが本当だったのか。それも最早どうでもいいと思えた。制御しきれなかったのだろうことは分かる。あるいは前言の通り、忍者を全て飲めこみ、そのチャクラを利用すればなんとかなったのかもしれない。

 

だけど、機会を与えた。十尾を相手に、その強大すぎる規格外の力を削げる者を。

ここに乗り込み、自ら諸共に屠ってくれる者を、探していたのだ。

 

それが自分だと、長門は言う。お前を見つけたと、長門は言う。だから、任されたのならば、応えなければいけない。

 

何よりも、心の底で思う。平和を、と願った彼の心を。無駄にするには、あまりにも忍びないではないか。

 

鬼の国での一件を見たから、と言った。その言葉。少し意味が違ったが、別の意味では本心だったのかもしれない。

 

「そろそろだ……」

 

六道仙人が注意しろと言う。それと同時、隠れ家の風景が砕けた。最後の砦が陥落したのだ。そしてメンマは前を見る。

 

「始めようか、マダオ。才能はなかった。だけど死なないためにと鍛え上げたこの拳、あと一人の英雄の望みくらい叶えられるはずだ」

 

相棒の名前を呼びながら、前を見る。ペインの役割を演じることに決めた、長門という英雄の介錯人とは、まったくもって役者不足だ。

 

だが、どこか誰かの言葉を借りて貫き通す。

 

出来ない訳がなかった。尊いものを見つけたから。

 

「―――長門、お前を許す。お前の望む未来(あした)を肯定する。そして、お前に宿る十尾を滅ぼす」

 

この上ない朝日を昇らせよう。望んだ光景にたどり着けるのならば、やらない理由はどこにもなくて。

 

「お前は、信じたんだな。暗い絶望と嫉妬のゆめではなく、小さいが確かに輝くよき夢を。憎しみの上に更なる憎しみが積み重なっていく、そんな負の連鎖を断ち切ろうと」

 

抗うために決意し、全てを捧げた。並み居る忍者、それを敵に回しても退かないと決めたのだ。六道仙人は誇るように言った。

 

「弥彦と小南が見守っていると信じていた。影で、人知れずとも戦った。自らの屍を以て、平和の架け橋になろうとしたのだ」

 

それは暁という組織の志だ。戦争を無くそうと、平和の架け橋になって憎しみの鎖をぶっ潰さんという当たり前の想いを貫くこと。

 

「そのための、最後の(きざはし)は出来た。最後は、俺の役割か…………感じるよ」

 

泥の闇に飲まれた忍者。その全てが、負の思念に支配されてはいない。太古の昔に滅ぼされた人間も、全てが悪かった訳ではない。光あれば、影があるように。影があれば、光もあるはずなのだ。

 

光が、メンマの拳に集まる。それは誰もがもつ、良き夢だ。生きている者が持つ希望。死にゆく者達も願う、希望。

 

影が、長門の身の内に侵食する。それは誰もが持つ、あしきゆめ。生きているものが持つ絶望。死にゆく者達が願う、絶望。

 

どちらも真実だ。どちらも人の、そして忍者も持つものだった。死にゆく者が願う。殺した者へ呪いあれと、そして里が平和でありますようにと。いつも人はそれを抱えながら前に進んできた。

 

忍者も同じ人間だ。出来ない道理はない。過ちを悔いてきた。罪を犯した事を嘆き、繰り返すまいとして、繰り返して。想いを受け継がせて。繰り返して。ちょっとづつ、前に進んできた。

 

その意志を希望と呼ぶ。人の心を照らす、光と言う。その眩しさに、六道仙人は眼を閉じる。だがその眩しさに、安堵を覚えて笑う者がいる。

 

「………ああ」

 

長門は思い出していた。闇の中でも消えない光を。

 

――――弥彦と小南。仲間たちと駆け抜けた、戦いの日々を。

 

 

「やっと、みんなの所へ逝ける」

 

 

微笑む長門。その胸板を、メンマの拳が捕らえ、輝く拳が十尾の核ごと吹き飛ばした。

 

「ご―――――ふッ」

 

血を吐く長門。同時に核を穿たれた十尾の、断末魔が響いた。束縛が解かれていく。負の思念は漂うだけのものとなり、飲み込まれていた忍者達がその夢から解放されていった

 

「転送、開始」

 

六道仙人はそれを確認すると、手をかざした。陰陽を操る眼と身体を以て、飲まれた忍者の肉体と魂を開放する。

 

五影も、護衛の忍びも、里に居た忍びも。そして暁の内の、数人を。全てを開放し、全てを元居た場所へと戻していく。

 

光が乱舞する。それはメンマがいつかの池で見た、蛍が踊る様子に似ていた。それを見上げながら、メンマは長門にたずねる。

 

「お前の復讐の相手は………忍者では、なかったんだな」

 

復讐のために戦っているといったが、それは大国の忍びではなく。

 

「怨敵の名は、運命。滅びを呼び寄せる忍者の定めをぶっ潰したかったのか。クソッタレなものしか押し付けない神様を、ただぶん殴りたかっただけなのか」

 

「ああ。一番の所は………弥彦と小南と、みんなの想いと。全員で戦ったあの日々が無駄になることを認められなかっただけだ」

 

それに、と長門は言う。

 

「忍者は愚かな存在かもしれないが、それだけじゃないって………知ってたよ。俺は知ってたんだ。先生が居た。戦争を嫌う人達も居た。道具になりきれないって、泣いている人達も見てきた。各々の想いがあって。それは全て正しくて間違っている。灯香だったか。正気を失ったまま、半蔵も雨隠れの護衛達も皆殺しにした時、思い知らされたよ。全部、同じなんだって。そして自分が、弥彦の志と……みんながやってきた事に、泥を塗ったことも」

 

「だから、正気に戻れたのか」

 

「ああ………復讐を果たした後に、な。十尾の泥から弥彦を開放して…………すぐに逝ってしまったけど、遺言を聞かされた」

 

「それでこの計画を建てたのか。誰も彼もが幸せになる世界を、呪われた運命に縛られない世の中を創り上げるために」

 

「やるしかなかったからな……俺が与えたのは予備知識と、それぞれの想い。そして傷つけられる痛みだけ。世界が押しつぶされるその前に………」

 

どうか、変わって欲しい。そう、長門は願っていたのだ。

 

「知った忍者がどうするかは分からない。彼等次第だけど…………それでも繰り返すなら、そう遠くないうちに滅びるだろう」

 

それも必然だ、と長門が言う。その言葉に、別方向からの言葉が重なる。

 

「しかし、そうならない可能性も出来た。痛みを知った今なら………変わるかもしれないね」

 

「いや、きっと変わるってばね。知ったのなら、絶対に」

 

「っ、生きていたのか!?」

 

金と赤の夫婦、波風ミナトとうずまきクシナ。二人の身体は、透明になってすでに消えかかっている状態だった。その背には、九那実を背負っている。

 

「もう………逝くのか」

 

「限界だからね。それに、君の肉体はボロボロで、ほとんど無くなった状態だし」

 

九那実を地面に下ろしながら、マダオが言う。

 

「覚悟はしてたけど………流石に八門開放の代償は大きかったか」

 

「うん。でも、肉体そのものが人外になってたから、どうにか治せるよ」

 

「そうか………それよりも」

 

メンマは横たわり、荒い息を出している九那実を見て、長門と六道仙人を見た。

 

「………九尾のことか。先ほどに言った通り、繋がりを断つことは可能だ。いや、誤魔化すと言った方がいいのか」

 

「誤魔化す?」

 

「ああ。九尾の肉体と魂ならば、放たれた核は………・この開放が終わった後、九尾の元へ帰還する。だが、九尾の魂と――――人間の肉体であれば、その限りではない。その場合、妖魔核は帰る場所を見失い、また世界の裏に変えるだろう。復活の時が来るまでな」

 

「………肉体に魂を、か」

 

「形も、彼女本来のものに変えられる…………そして、器としての適正があるのは一つだけだ」

 

つまりは、お前の肉体だと六道仙人は、端的に告げた。

 

「肉体を一から作るには、時間が足りない。別の肉体では拒絶反応が出る」

 

「………口寄せの融合が成った今だから出来るってか。侵食があって、地金がある今だからこそ」

 

「ああ…………そして外の世界ならば不可能だが、今ならば可能だ。膨大なチャクラが満ち溢れているから、不足はない」

 

「代償は…………俺が帰れなくなるってことか」

 

「ああ」

 

「………なら」

 

 

 

どうするか、とメンマは眼を閉じる。選択肢は二つ。自分が帰れなくなるか、キューちゃんが帰れなくなるか。そして眼を開けた。考えるまでもあるまいと。

 

決まりだ、とメンマは答えた。

 

「キューちゃんを………九那実を、頼む」

 

「本当にそれでいいのか?」

 

「きっと、いいのさ」

 

「分かった」

 

六道仙人は頷いた。長門はお前が選ぶなら、と言う。

 

ミナトとクシナは、苦笑するだけ。二人とも分かっていたのだ。こういう選択肢が出た時に、メンマがどういう答えを選ぶのか。だから無粋な言葉は出さない。何より二人は、メンマ自身が選んだ答えを否定しない。かつての責任として、彼の選んだ方針には口を挟まない。それだけが、二人のずっと守ってきたルールだからだ。

 

「でも………ほんとに、良いんだね?」

 

「俺は、一度死んだ身だ。死んでいたはずなんだ。だから、譲る時が来たならゆずる。怖いけど………二択しかないのなら、それを選ぶ」

 

「紫苑ちゃんと約束したのに?」

 

「ああ………悪い男だな。それでも、答えは変えない、変えられない」

 

震える自分の手を見ながら、言う。

 

「託すものはキリハに託した。ラーメン日誌も、キリハならば相応しい人物に託してくれるだろう」

 

それに、と。メンマが言う寸前、その足を横たわっている九那実の手がつかんだ。

 

「待…………て! 何を、勝手に!」

 

「キューちゃん………」

 

「お前は、生きたいのだろうが! なのに………ッ!?」

 

九那実は叫びながら立ち上がり、メンマの胸を掴んで叫ぶ。その姿はかつての少女のものではない。既に、肉体の譲渡が始まっているのだ。察した九那実が、更に激昂する。

 

「夢のために! そのために、抗ってきたのだろう!」

 

「うん」

 

迫る死の運命を退けてきた、とメンマは答える。

 

「全ての障害は排除された! ここからが、お前自身の物語の始まりだ!」

 

「うん」

 

究極のラーメンを求める道。それこそが夢で、それに繋がる道こそが物語かもしれないと、メンマは答える。

 

「あれだけ望んだのに…………何より、お主は死にたくないと言っていたではないか! そのためにここまで戦ってきたのだろう!」

 

「うん」

 

メンマは、死を知っていた。あるいは、ここにいる誰よりも。その上で無言で頷いて肯定した。

 

既に決めたという顔で、眼で、九那実を見る。見られる九那実は、我慢ならないと叫ぶ。

 

「ならば………何故だ!!」

 

 

「愛してるから」

 

 

九那実が死ぬことを、納得していない。だから、見過ごせないとメンマは答える。

 

「本気だから、許せない」

 

「な――――んっ」

 

 

何かを言おうとする九那実。その唇を、メンマの唇が塞いだ。

 

 

「約束、守れなくて御免」

 

 

 

直後、九那実の姿が消え。魂が、肉体へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、残された者達は苦笑を交わしていた。

 

「………行っちゃったなあ。勝手かなあ。無責任だよなぁ」

 

「そうかもね。だけど、後悔してないってばね?」

 

「それに関しては間違いない。何度言われたって変えるつもりはなかった」

 

「なら言うことはないよ………幸せになれるといいね」

 

ミナトとクシナが、九那実の魂を見送りながら、言う。

 

「ん、次は僕達の番のようだね」

 

「おうよ。でも野郎にまでキスしてやる気はねーぞ」

 

1019(テン・ナインティーン)乙。てーか僕も御免。後悔なく逝くよ。なにせ、輪廻の輪に戻れるからね」

 

「お前は………そういえば、魂は死神とやらに飲まれたらしいけど、可能なのか?」

 

「それは私が引っ張ってきたよ。死神に飲まれた、妖魔核の一部と一緒にな」

 

ちょっと苦労した、と六道仙人は何でもないような表情をしながら言う。

 

「う~ん流石の陰陽遁。何でもありだね………」

 

「運が良かったという所だろう。妖魔核が無ければ不可能だった。あれとの付き合いは長いからな…………しかし、思えば、不思議なものだ」

 

「何が?」

 

「"情けは人のためならず"………白と再不斬が、ペインのチャクラを削り傷を負わせ。カカシもそれに加わり。多由也は、うずまきクシナの魂を呼び起こした。そしてサスケがイタチを説得し、それを導いたお前は信用を得て、打開策となる剣を得ることが出来た。そして最後の融合を果たすために必須だった、秘伝の薬も同じだ。紫苑が死んでいれば、受け取れるはずもなかった」

 

「因果は巡るんだよ。例えそれが良いものであっても」

 

「それは………痛感したってばね」

 

頷き、満足に笑う二人。その身体が、粒になって消えていく。

 

「お前、死ぬのか。消えるのか」

 

「いや死んでるし」

 

「間違えた………正しい輪廻に戻るのか」

 

「ああ。死んで、生まれ変わる。一つの生が終わり、また始まっていく」

 

「そうか………」

 

頷き、メンマはミナトと視線を交わす。

 

「何か、言い残すことは?」

 

「ううん。別れに多くの言葉はいらないさ」

 

「カエル乙。てーか最後まで真面目にやれねーのな、このマダオが」

 

「マダオ、か…………何もかも懐かしいね。意味は、まるで駄目な親父だったっけ?」

 

その問いにメンマは笑う。

 

「ああ。別の意味もあるけど」

 

「それは?」

 

「―――マブでダチな親父、さ」

 

「俺を親父と呼んでくれるか…………最高の気分だぜ」

 

ジーザス、とメンマが頭を抱える。

 

「地獄に落ちても忘れねえよ………ていうかちょっとは真面目にしようとか、そう思わないのか? ―――そりゃ、俺が落ち込んで、絶望しないようにそう努めていたのは分かるけど」

 

「ありゃ、気づかれてたんだ」

 

「まあ、何となくだけどな」

 

「そうか………でも、いつしか素になってたよ」

 

道化でも良くて。君と過ごした日々は、本当に楽しかった。マダオこと波風ミナトは、そう言って笑った。

 

「だから、最後まで笑顔で。三代目と一緒だよ」

 

「別れの時には、涙のかわりに笑顔をってばね」

 

「"いつもこんなもんさ、俺達は!"ってか………そうだな」

 

 

なら最後に笑わせてやるよ、と。

 

メンマは、亡くなった少年の代わりとして、二人に告げた。

 

 

「生んでくれてありがとう。守ってくれてありがとう」

 

 

感謝と。

 

 

「世界は回る。いつかどこかで会おうな―――――父さん、母さん」

 

 

親指を立てて、笑顔で。飾らない言葉に、万の意味を感じた二人は嬉し涙を流しながら。

 

「いや………さよならだよ」

 

「そうね………でも」

 

 

二人は顔を見合わせ、笑い。

 

 

「「ありがとう、さようなら………いつかまた、何処かで!」」

 

 

明日を思わせる声と共に、輪廻の輪に戻っていった。

 

 

「さて、と…………アンタも逝ったのか」

 

長門も、もう動かなくなっていた。崩壊し始めている彼の顔みながら、それでもこれ以上ないぐらいに嬉しそうな顔しやがって、とメンマは言う。

 

その顔も笑みを保っている。掛け値ない、尊敬を思わせる顔。そうしてメンマは、最後に空を見上げた。

 

崩れていく自分の足を見ないまま、ただ天上にある何かを見上げる。

 

 

 

 

――――やがて全てが、流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これにて、俺達の復讐は成った。後はお前達に託す」

 

六道仙人が告げる。聞かされた五影は、それぞれの表情を浮かべながら頷いた。

 

「ああ………うずまきナルトは?」

 

「死んだ」

 

六道仙人は、そっけなく答えを返す。疑問の余地を挟ませない即答に、綱手と我愛羅が拳を握り歯を軋ませ顔を伏せた。

 

「彼が望んだことと、長門が望んだこと。今更、多くは語らない。お前たちに見せたことが全てだ」

 

「………分かった」

 

「良き夢を望んでいる。今日のことを忘れそうになったら…………そうだな。夜ならば、月を見るたびに思い出せ」

 

 

私は見ているぞ、と背を見せる。

 

 

「そして、昼ならば」

 

 

六道仙人は、すっと空を指さした。

 

 

 

 

 

 

 

そして輪廻の輪の中の、赤い髪の少年は。

 

「やり遂げたよ………弥彦、小南」

 

『見てたよ………本当によくやったな、凄いよお前は』

 

『うん…………長門!』

 

3人で、ハイタッチを交わす。

 

3人を見守っている。かつての仲間も笑っていた。

 

 

やがて英雄たちの魂も、輪廻の輪の中に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………終わったのか」

 

目覚めた紫苑が、呆然と呟く。

 

「そのようだな………」

 

白を背負いながら、再不斬が言う。

 

「彼は…………」

 

背負われた白が、悲しそうに呟く。

 

「………」

 

大人たちは言葉もない。ただ、見せられた光景とそれぞれに見出したことがあった。

 

託されたモノの重さに、無言のまま下を向いた。

 

「それでも、ウチらにしか出来ないことがある。立ち止まっている場合じゃない。でも………」

 

多由也が、空を見上げる。

 

「上を向いて、な」

 

下向いてたら、あいつに笑わちまうとサスケが頷き、空を指差す。

 

 

皆が空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん………」

 

キリハは無言で、空を見る。シカマルも、テマリも、同じ。護衛の忍者達も、空を見る。

奇跡のような、その光景を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、九那実は森の中で目覚めていた。

 

起きてすぐに周囲を見回す。その眼は、遠くを見いだせた。森の匂いも感じる。風が肌に触る感触も。鳥が無く声も、良く聞こえた。

 

五感の鋭さが、先までの比ではなく。

 

――――その感覚が、完全な別れを証明するものだった。

 

もう、あいつは居ないと否が応にでも知らせてくる。九那実はたまらなくなり、地面を拳で叩きつけた。

 

衝撃波で砂塵が舞きあがり、地面にあるものが軽く宙を舞う。下を向いたまま。九那実は、地面に落ちるものを見た。

 

「これ、は………青い包帯?」

 

見覚えがある。血を止めるために、空で手に巻きつけたものだ。思い出し、九那実は空を見上げ、そこで言葉を失った。

 

空には、穴が空いていた。黒い雲は螺旋丸に全て吹き飛ばされたのだ。変わりに現れたのは雲一つない澄み切った蒼穹――――涙色の空だった。

 

 

「…………往くか」

 

 

九那実は立ち上がる。自らの双眸から流れる涙はぬぐわないまま。頬に伝わる涙を感じながら、足に力をいれた。

 

 

「あいつが、見ている」

 

 

メンマの残した青空の下、進むための一歩を踏み出す。

 

黄色く見える太陽が、九那実を見守っていた。

 

 

 

 


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