~ 九那実 ~
始まりはなんだったのだろう。迎える結末に至るのを、一体何処の誰が決めたのか。運命という者が人ならば、きっとそいつは変態に違いない。こちらの都合などおかまいなく、右往左往させられて、行く末さえも指定される。
最初は憎んだ。そして、気づけば笑っていた。因果も皮肉も合わさって、我らはなんとも言えない関係になって。それでも、未来は無かったと知らされたのは何時の頃だったが
我とあやつ。元々が奇跡だったのだ。一つの器に複数の魂、均衡を保てる方が異常。時間が経つにつれて必然的に歪み、そしてそこから始まって。
「このまま行けば、器である肉体が壊れるし、魂も肥大化し、メンマ君の魂も侵食される。最後にはみんな混ざり合い――――僕も彼も君も。みんな、誰でもなくなる」
人格が融合してしまうとマダオが言う。それはすなわち、誰も居なくなるということ。
そして、全ての原因は我の魂にあるのだという。
―――"我があやつを望んだから。だから魂の均衡が崩れたのだという。望んだが故に共鳴し、侵食してしまうのだと言われた。
心当たりは、あった。しかし納得はできない。求めたがゆえに喰ろうてしまうなどと、いったい何の冗談なのか。その事実を知った我は、笑うしかなかった。我が居る限り、望む未来は得られないと分かったのだから。
つまりはあやつといっしょに居たいという我の夢は、未来永劫適わない。何も永遠を望んだわけでもないのに、一時の安らぎを望んだに過ぎないというのに。
あまりの皮肉に、涙が出る。滑稽ではないか。
あれだけ望んだのに、最初から何処にも用意されていなかったのだ。
我の望む夢へ続く道はすぐ目の前で途絶えていた。
もしあやつを殺せば、我の魂は残る。しかしそこに、あやつは居ない。
もし我が死ねば、あやつの魂は残る。しかしそこに、我は居ない。
どうあがいても、共に生きる事はできない。そしてあ奴の求めに応じることもできない。融合すれば、我らはそこで終わる。
これも因果かという諦めの心が生まれて。どうしてこんな、という怒りの心も生まれた
それでも結末は刻一刻と迫り、予想外の事が起きすぎて、悩むことも許されなかった。
結局、選べる道は一つであったのだ。そして我は望みを伝えた。
ミナトに頼み、封印の術式を変えてもらった。負担も何もかも、我が全て引き受けると告げた。本当の最後まで、夢を見続けるために。つかの間の夢でも、それが幻にならないように。
自分の望んだ夢。そして見つけた意地を、通すために。覚えていてくれる誰かを残すために、覚えていて欲しい誰かに生きてもらいたいために。告げた時のマダオの顔が、また意外なものだったけれど。
「家族を引き離した怨敵だろうに………笑えばいいものを」
眼を伏せて謝った馬鹿を想い、苦笑が溢れる。お人好しにも程がある。身内に甘いのは家系なのか。だが、悪くない。だからこそ選ぶ価値がある。
――――そうして、ここまで来た。
距離を置いて、心を一定距離に保ちつつ。過度の共鳴を抑えるために、あやつの心に応えることもできず。その結果、最大最後の切り札である口寄せ憑依、空狐変化の術は成された。その術にあるリスク、無謀の無茶の果ての融合の先にあろうリスクも、全て我が引き受ける。この術式は、"そう"なっている。例外はない。負ければもとより死以外はあり得ないが、勝っても我は死ぬだろう。
魂が軋む。魂までも砕け、輪廻の輪には入れない。でも、この役目は誰にも譲らない。他の誰に譲れるというのか。
――――あやつと過ごして来た時間の中で見つけた、自らの望みを叶えるために。
――――往くか留まるか迷った末に見つけた、我の中にある真実に従って。
――――幻に終わるだろう夢を夢見て、誰かに決められた宿命に抗うために。
――――例えあやつには気付かれなくても、それをあやつが望まないとしても。
――――寂しくとも。愚かと言われようともかまわない。
我は行くのだ。我の理由を以て、我だけの恋を貫くために。
「キューちゃ………九那実?」
『いや………なんでもない。それより、いけるか?』
「ああ………尋常じゃない力が溢れてくる」
全身から、間欠泉のように吹き出すチャクラ。メンマは十尾に対抗出来るだけの力があると確信しつつ、九那実に尋ねた。この、馬鹿げた無茶がいつまで続くのかを。
(………全力でやったとして、どれくらいもつ?)
(もって10分。それ以上はもたん、魂諸共に爆砕する)
(左腕と腹の傷は?)
(外見は取り繕えた。が、完治はさすがに無理だ。血も足りん)
危機に代わりなし、と九那実は言う。それに対し、いつもの事だと返したメンマは、拳を打ち鳴らした。
「10分か…………いや、上等だ!」
そして吠えると同時。メンマは体内に巡るチャクラを、右腕に集中させる。腕の周りに、性質変化された風の塊が収束して、まるで巨人の腕のようになる。
吠えながら、跳躍。思いっきり踏み出した足元の地面が爆発する。彼我の距離はゆうに100間。しかしまたたく間があればこそ、メンマは肉体の力だけによる踏み出しで、疾風となって駆けた。目標は、吹き飛ばした十尾。メンマは相手の迎撃の用意が整わない内に接近し、
「っラアァッ!」
気合と共に腕を振った。馬鹿げた量と質を伴った巨大な風の槌が十尾に炸裂する。間もなく、尻の当たりから"尾のような白いチャクラの塊"が現れ、火に代わり、風の塊を食い上げて爆発した。
『ッ風に火か!』
「応さ、狐火だ! ただし火遁は尻から出る」
『おい!?』
中から聞こえる割と酷い罵倒の声を無視し、メンマは追撃に入った。先ほど同様に両腕にチャクラを集中させ、再び風に変化させながら息を思いっきり吸い込み、吐き出すと同時に拳を突き出す。速射砲に似た拳が、次々に十尾へど叩き込まれていく。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァアッツ!!」
お約束の叫び。弾幕のように間断なく満遍なく、風の拳が打ち込まれた。十尾に拳が当たると同時に表面の黒がたわむ。そして直後に起こった爆発で、更に削られた。
メンマが風の拳を連続打つと同時、狐が得意とする性質変化である火を走らせ、一気に風を喰らわせたのだ。風と火による爆烈の拳が、当たるたびに十尾の表面を傷つけた。
爆圧による衝撃も、芯まで通る。しかし十尾も、黙っている訳ではなかった。拳打開始よりまもなく、メンマの拳の速度がわずかに衰えた隙に、反撃に移る。
『舐めるなあぁッ!!』
怒りと共にチャクラを練り上げ、開放。十尾の表面がうねり、巨大な龍の頭が九つ出現した。そのまま、メンマの身体を捕えた。
「グッ!」
弱くない衝撃に打ち据えられたメンマが、苦悶の声を上げた。吹き飛ばされ、地面に打ち付けられ、しかしすぐに立ち上がる。
しかし間合いは開いてしまう。遠距離の攻撃しか届かないこの間合は、十尾が得意とする間合いだが、のこのこと真正面から近づいてもあの龍に吹き飛ばされるだけ。どうしようかとメンマが悩んだところに、軍師役が口を挟んだ。
『おっと、僕を忘れてもらっちゃ困るねえ!』
「お前居たのかマダオ!」
『居たよ?! 空気読んだんだよ色男!』
「うっせえ、それより策はあるのかマダオ!」
『それは後で説明を―――一端、後ろに下がってから!』
何が出来て、何が最善か。会話をしながらも頭を巡らせ、対応策を考えたマダオは完結に二言三言、メンマに告げた。
「っ了解ぃ!」
そして告げられたメンマは疑わず、笑いながら後ろへと跳ぶ。
『風蹴鞠――――そんなもので逃げ切れると思うてか!』
風を踏み台にしてまた距離を開けるメンマに、十尾が嘲笑を浴びせた。
しかしメンマは、不敵な笑みを崩さない。
「逃げたんじゃねえよ―――――」
風遁の印が組まれ、
『――助走の距離を取ったんだ!』
メンマの前に、巨大な風の塊が生まれた。それは小規模の竜巻といっていいほどに強く、消えない風。メンマはそれを眼前にしながら、クラウチングスタートの体勢に入り――――――踏み出すと同時、躊躇いもなくそれに突っ込み――――"烈風を纏う"。
触れると同時、自らの性質変化で生み出した烈風に問答無用で干渉し、かつ完璧に制御。更に風蹴鞠を連続で爆発させ、メンマの走る速度が加速度的に高まっていく。烈風を纏った、"破壊の弾丸"と化したメンマは正面から側面から迫り来る龍を"関係ねえ"とばかりに切り裂きながら、一直線に十尾の元へと突進する。
「ダラッシャアアアアアアアアぁぁッ!」
吠えて、気合の一撃。速さに対応できなかった十尾に、メンマは正面から体当たりをぶちかます。轟音と共に、城以上の大きさを持つ球体が空へとぶっ飛ばされる。
『このぐらいでェ!』
衝撃に圧された十尾は、すかさず反撃に打って出る。先に圧倒した術、陰遁・屑星による飽和攻撃を仕掛けたのだ。間もなく、空が弾幕で包まれた。
『これは防ぎきれまい!』
怒号による号令。間もなく、弾幕は一斉にメンマへと襲いかかった。
しかし、メンマも先ほどまでとは全く違う。その肉体、チャクラ共にケタ違いに上がっていた。身体を大きくする役割がある天狐のチャクラを、人の身体のサイズまで圧縮したのだ。共鳴による増幅で、メンマの状態はとんでもない事になっていた。写輪眼や白眼、輪廻眼で直視すれば目がくらむ程に。
しかし、時間も限られていることに違いはなく。逃げるのは悪手と判断したメンマは、跳躍。望むところとばかりに飛び上がり、被弾しながらも弾幕の中央まで突進すると空中で止まると同時に結びの印を組み、風遁・大突破を放った。
口から突風が溢れる。術者の力量が顕著に出る術、人外の力で放たれた大突破による烈風はまるで台風の如く吹き荒れ、
「廻れ竜巻ィ!!」
メンマは吹き出す勢いを活かし、そのまま身体を横に回転させる。そして吹き荒れる風の中、周囲の大気を鷲掴みにしながら、周囲にある大気そのものを、洗濯機の如くブン回した。
里ひとつを包み込める程の竜巻が吹き荒れ、弾幕も何もかもその風の激流の中に飲み込む。数が多いだけのチャクラ弾に抵抗する力はなく、取り込まれたすぐに竜巻による遠心力で弾きだされるか、メンマが回転しながら全方向に放っている風の爪によって裂かれて消えた。風の渦の中で砕けるか、外に弾きだされるか。吹き飛ばされた弾は地面や森に叩きつけられて砕かれた。
そして間もなく、全ての弾が打ち消された。しかし、それは本命ではない。屑星を囮にした十尾が、とどめの一撃を放つべく、攻撃体勢に入る。
十尾の中心で高まるチャクラ。はっと気づいたメンマが、十尾の方を見やる。
すると十尾の核から、巨大な黒い弾が出で、どんどんと大きくなっていた。それは急場に作られたチャクラ弾ではなく、九つに分たれた龍でもない。純粋に、一点を破壊するために作られた砲弾で、すなわち対個人用に特化された砲弾である。
(飛雷神の術で避け―――)
クナイを取り出して迷うメンマだが、今自分の居る場所と背後に居る者たちを思い出し、舌打ちをした。
(背後には紫苑達が…………くそ、駄目だ!)
これをどうにかするしかない。そう判断してからのメンマの決意は、速かった。
「アレ、使うぞ!」
言うと同時に風を飛ばし、地面に落ちているクナイを拾い上げ、まだ残っているクナイを手に取る。
『ん、それしかないね!』
意図を察したマダオが答える。別案を考えている暇もなく、それ以外の方法も皆無。
ならば仕方ないとばかりに、全力でフォローに入ろうと決めたのだ。
『クシナは結界術! "アレ"を用意して!』
「マダオ!?」
『一度劣勢になれば終わりだ! ならばここで決めるしかない!』
「っ、分かった! 九那実は切り札を、これを凌いだ後に使う!」
二人の指示に二人が答える。
『分かった、でも!』
『絶対に防げよ!』
『「もちろん」』
女性二人の応援を受けた男二人が、気合をいれる。手に持つクナイを四つ投げ、十尾の死角となる直下の地面に突き刺した。とすとす、とクナイが刺さる。十尾を空に、その下に正方形を描くように。
そして自らの傍らにもクナイを突き刺し、印を組み始めた。干支の印を順繰りに組みながら、体内のチャクラの変化を導いていく。
『ふん、血迷ったか!』
それを見た十尾はチャクラの増幅を止めないまま、紙で大砲を受け止めるつもりかと嘲笑した。事実、十尾のチャクラ今までで最高に高まっている。
この尾獣球をも越えるチャクラ砲が放たれれば、防ぐすべなどないだろう。並の術者は勿論のこと、専門家である紫苑が持つ最高の結界でも防ぎきれない程だ。それを知っている十尾は、紙メンマ達に哀れみを向けた。
メンマも知っていた。だから、退けないのだ。沈黙を保ちつつ、ひとつずづ慎重に組み立てていく。体内に荒れ狂うチャクラ流を制御しつつ、目的の術式へ至るための肯定を登っていく。一つずつ老朽化した階段を壊さないように上がるように。
そして、術式が組み終わり、クナイが光を上げると同時、
『くたばれ!』
十尾の尾獣球が発射された。城を蒸発させかねない威力を持つ"小型の太陽"が、周囲にある全てを薙ぎ払いながら突き進んでいく。
その球の進む先にあるメンマは、眼を開き、
『防げないのは分かっている。それならば――――』
「ああ――――"跳ばす"だけのこと!!」
メンマの前にある空間が歪み。小型の太陽はその歪みに呑まれた後、時空間空間転移で"跳ばされた"。それが飛雷神の術の結界であると気づいた十尾だが時既に遅く、十尾の真下に跳んだ球が、そのまま十尾の球の底を抉った。
『グ、キサマァァァァッ!?』
衝撃に、十尾が鳴く。
「ここだ!」
機を見るに敏。結界で防ぎきれなく痛めた腕の傷も出血も無視し、メンマは足元の地面を両手で叩いた。
『封印術――――結界縛鎖!!』
同時に、クシナが術を発動。メンマの背中から、先が尖った巨大な鎖が幾重にも飛び出した。鎖の槍は出るやいなやの素早さで十尾へと殺到、十尾の表面を抉った。そして先が食い込むんだ直後、鎖は十尾の表面を巻き付いていく。
『封印の鎖に、このチャクラ――――っ、うずまきクシナか!?』
『「ご名答ゥ!」』
驚く十尾に応えながら。メンマは鎖を背中から取り外し、手に持ち全力で引っ張った。
「一本釣りぃぃぃぃッ!」
『なあアアアッ!?』
一本釣りにされた十尾は、あえなく地面へと墜落。メンマはそれと同時に、土遁の術を使い、鎖の元となる部分をずぶずぶと、地中深くに埋め込んでいく。
土遁を使ったのは勿論クシナの方だ。鎖に引っ張られた十尾が、地面に縛り付けられる。メンマはそれを見届け――――忍具口寄せで巻物を取り出し、一息に開いた。
そして出血している手を口寄せの巻物に押し当て、そのまま一文字に横へ血を引き、バン、と地面へと叩きつけた。そこに現れたるは、ただの忍具口寄せでは呼び出せない巨大な物体。白い煙と共に現れたのは巨大な筒だ。空を向く、鉄で出来た大筒。錆止めの塗装もないが、ただ只管に頑丈。この一回のために作られた特性のものだった。
(見事過ぎる、職人さんには頭が下がるッ!!)
メンマは目の前の品を見て網の花火職人を思い出し、彼等に感謝と尊敬を捧げる。同時に、道具が果たす目的のために、動いた。
「狐火」
メンマのつぶやきと同時に導火線に火が灯り、しゅわわと火が走る。そして一瞬の後、火が線の根本まで到着すると同時、ドン、と筒の内部で爆発が発生し、筒の中央から一直線に"何か"が空へと放たれた。
煙を尾に引き飛んでいく何か。その勢いは眼にみえない程に早く、放たれた物体はすでに目視できないほどの高度に上がっていた
メンマはそれを見届けていたが、目眩を覚えて巨大筒にもたれかかった。口からは、血が流れている。メンマはこんなもの、と無視して地に縛られた十尾をまっすぐに睨んだ。
「へっ………ご覧の有様だ。でも、正真正銘の、最後の一撃が残ってる」
ゆっくりと、急ぐわけでもなく、バ、バ、バ、と印が組まれる。
その印の順は飛雷神の術。目的のマーキングは、"たった今打ち上げられたクナイ"で、
「命を賭けて申込む――――本当の最後だ。逃げて、くれるなよ?」
返事を待たず、メンマは空へ跳んだ。
「転移成功―――って、寒ッ!?」
飛雷神の術でクナイに転移したメンマは、直後に叫んだ。そこは雲のはるか上で、周囲には絶景が広がっていた。鉄の国を覆う黒雲も、はるか先まで広がる地平線も見える程に高い空に転移したのだ。通常ならば気圧の差で身体がどうにかなる所だが、半人半狐となったメンマの身体には変調を来さなかった。
『だが、限界は近いぞ』
「分かってる――――その前に」
術を組んだ時に感じた違和感――――経絡系でもなく、筋肉でもなく。それよりも大切な"何か"が酷く傷んでいることを感じたメンマは苦笑し、頷いた。
「でも、これで最後だから………っと」
答えるとメンマは、血が出ている手に簡易の包帯を巻きながら、当たりを見回した。
そこには遠く、広がる世界が在った。
「…………言葉に出来ない、とはこういう風景に対して言うんだよな」
『綺麗、とはまた違うがの』
「うん、それ以上だ――――この世界を、何の不安もなく巡ることが出来たのなら、最高だよな」
『………ああ』
「さて……約束もあることだし、っと」
そこまで呟いたメンマは、頭を下に下げた。空気抵抗がなくなり、降下速度が上昇する。
『ふむ、いつもの調子を取り戻したようだな?』
「ああ………ちっと腹立ったもんでな。"役割もあるし"」
『ほとんどが本音だったろうに』
「九割がたは」
『そういうことにしておいてやろう………うむ、だがそれでいい。最後まで、“そう”でなくてはな』
九那実にしては、らしくない言葉だ。メンマは何か引っかかるものを感じたが、追求する時間もない。動くべく、マダオに呼びかけた
「地面に着くまであと3分か…………いけるか?」
やれるのか、と挑むような口調。
ミナトは、いつものように自信に満ち溢れた口調でで答えた。
『ああ、やるしかない。完成させよう―――――最後の、螺旋丸を』
「消えた…………いや、飛雷神の術で跳んだのか?」
「ああ。目的地は恐らく空の上。先ほど打ち上げた何かに、マーキングを刻んでいたのだろう」
結界の中。十尾の檻につつまれながら、一同は映像が映る鏡を凝視していた。そこにはすでにメンマの姿はなく、鎖に縛り付けられもがく十尾の姿があるだけだった。
「あれは………結界術の亜種じゃな」
「随分と強力なチャクラで………って、まずい!」
鏡の向こう。十尾を縛り付けている鎖を見て、サスケが叫んだ。
「鎖を、飲み込んだ!?」
砕くのでもなく、引っこ抜くのでもなく。鎖を泥で覆い尽くし、喰らい尽くした十尾を見て、拙いと呟いた。
「あいつは雲の上だ…………見えていない!」
『グゥ――――』
忌々しい鎖を飲み込んだ十尾は、考える。内に宿る何者かの理性が消えたのだが、それもどうでもいいとして、考える。
(まさか鎖が砕けないとは、思っていまい)
ならば何故、鎖で縫いとめたのか。そして何故、空高くに舞い上がったのか。
(鎖は――――飛び上がるまでの時間稼ぎ。ならば空へ転移したのは――――攻撃の準備か)
加速度を利用するのか、何をするのか。十尾はそれを並び立て、考えるのをやめた。
(他にも術式が………どこかにクナイが、否、小細工があるやもしれん)
ならば、どうすれば良いか。十尾は考えずに、チャクラの充填を始めた。
(全力の我に適うものなどなし………だが、転移の結界は厄介だ。ならば"させなければ良い"。それに、真っ向からと言うのだ)
ならば逃げはしまい。十尾は呟き、真っ向から叩き潰すべく、自らの体内でチャクラを練り始めた。圧倒的な質量。チャクラが零れ、余波で地が鳴動し、大気が泣き喚いた。
空間が歪むほどのチャクラ。それでも足りないと、十尾は更なる力を求め、遠く五大国に展開している分体を転移させる。五影も飲み込み、護衛の忍び達も飲み込み、護衛部隊も飲み込み。
そして離れた場所に居る紫苑達を囲んでいる分体はそのまま、呼び寄せる。分散させていた分体を呼び寄せ、全ての力の集結をさせたのだ。掛け値なしの全力である。本気となった十尾の身体が、三狼山の頂きのほとんどを覆い尽くせるほどに大きくなっていく。
そして自らの中にある全て――――六道の力を収束し始めた。
天の理、人の理、地獄の理、畜生の理、地獄の理、修羅の理。
それらが内する莫大なチャクラを、全て一点に集中させていった。
絶賛落下中のメンマ達は、十尾の動きを感じ取っていた。ひゅうひゅうと、身体が風を切る音。頭を下に、風圧にゆらゆらと揺らされながら、メンマは鎖が破られたことを感知していた。
「………もとより想定内だけど」
メンマはいいながら、しかし一つの誤算に眉をしかめた。
「想定以上の、物凄い量のチャクラを感じるんだけどなぁ………なんぞこれ」
『アホか、と言いたくなる量じゃのう。なんじゃこれは何かの冗談か? それともあ奴は月でも穿つつもりか?』
『九尾の全力でも足りないってばね………でも』
『そう一人なら無理だね』
そうして笑うミナトに、全身が応じ。
――――そして、始動する。
下準備として、メンマは頭を下に向けたまま目をつぶった。自らの魂に意識を集中させたのだ。
(ん……)
暗闇の中、メンマは融合している魂の持ち主である九那実と、背中合わせになっているように感じた。それは九那実の方も同じだった。
一つの器に、肉を持つものが二つ。人間としてのメンマと、天狐としての九那実。魂だけとなったミナトとクシナとは違う、正真正銘の生きている生命。その二人の魂が、共鳴していく。同時に魂の皺である"記憶"がかき乱され、ゴチャ混ぜになる。
メンマと九那実の脳裏に、無数の人物の顔が、浮かんでは消えていく。
「ぐ――――っ」
『ク――――ッ』
閃光のように現れては消える、様々なもの。それは記憶で、または感情で、思い出だった。二人は頭の中がまるでスープのように融け合う感じを覚えつつも、自分を保つことに努めた。
光景が河のように次々と流れていく。
テウチ師匠。アヤメさん。かつて手に駆けた忍び。木の葉の暗部。
かつてナルトであった頃の。
そしてザンゲツ、食堂のおばちゃん。紫苑。シン。サイ。菊夜。ハル。ゴロウさん。根の忍び達。紅音。乱蔵。那来。円弥。灯香。根の頭領候補。網で関わった人達の顔が。
我愛羅。テマリ。マツリ。ヒナタ。いの。シカマル。キリハ。カカシ。眉毛師弟。おぱーい。ハヤテ。イビキ。三代目。
旅で、屋台で知り合った人達の顔が。中忍試験に木の葉崩し。
出会った多くの忍び達の顔が。
この未知の世界に来てよりこっち、出会った人。
――――そして、再不斬に白に、多由也にサスケ。
あの家で過ごした仲間たちの顔が、浮かび上がっては消え、また浮かび上がる。
そうして、眼を開けた時。メンマの片目は青く、そして片方は赤くなっていて――――
『「一つ――――五行相生」』
足を下に。腕を引き絞り――――印を印を組み始める。
最初は雷遁、メンマが使用できる性質。
次には火遁、九那実が得意とする性質。
続いて土遁、クシナが得意とする性質。
更には風遁、メンマが得意とする性質。
最後に水遁、ミナトが使用できる性質。
一人が組み終わると同時、次の者が印を組み始める。それによってチャクラは霧散せず、逆に高まっていった。五行に曰く、木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず。雷遁が火遁を、火遁が土遁を、土遁が風遁を、風遁が水遁を。そして水遁が雷遁を高めていく。幾度も繰り返される印の中、"互いを活かす理"により、高まりきったチャクラが更に増幅されていく。
体内で性質を変化させ、瞬時に変更を繋げているのだ。理に理を重ね、チャクラを更なる高みへと導いていくという、気が遠くなる程の精密さが必要とされる術。足にも手にも気を使わない空中だからこそできるのだ。
チャクラの制御へ全ての感覚を投じたからこそできるそれは、真に神業と言えた。やがて加速度的に高まった激流が、体内の全ての門の閂を破壊し始めた。五行相生は順繰りに相手を産み出していく、生の理。
即ち、肯定の理。
そして、必然的に。肯定され続けたチャクラは有頂天な子供のようににはしゃぎまわり、安全弁である筈の、体内門が崩壊させた。
更なるチャクラが溢れ――――その莫大過ぎるチャクラが、強化されたメンマの肉体を軋ませる。血管のいくつかが破裂し、メンマの身体が鮮血に染まっていく。
それでもチャクラを止めることはしない。メンマ雲海に突っ込み、黒い雲に包まれながらも、更にチャクラを練り上げ、加速させ、増大させる。
やがて、チャクラが外に漏れ始めた。青い汗が零れ、それが体内の熱で蒸発する。
メンマの身体が青に染まって、手の先から白い光が溢れた。
雲海を抜けた直後にメンマは軋む腕を振り、固めた決意を燃やした。敵を見据え、恒星のように膨らみきったチャクラを、その掌の中にかき集め、回転させる。
しかし完全に抑えきれるはずもなく、暴れ回るチャクラがメンマの手を切り裂いた。苦悶の声をこぼしながらもメンマは諦めず、それを抑えながら徐々に安定させ、膨らみきったチャクラをやがて混ぜ合わしていく。
やがて――――螺旋が、五行の更に上である性質を帯び始める。終には右回転、"時計回り"に。チャクラが陽の遁に変化し、メンマはそれを掌の中に具現させ。
途方も無い量のチャクラを回転させ、圧して、留め――――
―――同時に。
十尾は最大限まで高まりきったチャクラを砲弾にして、標的へと、打ち放った。
蛇が巻きつき、メンマと同程度でありながらも全く性質の異なる黒い恒星のようなチャクラが、輝きを放つ。
月をも穿ちかねない、規格外の天災が。
一方で、その光景を見つめている者たちが居た。それは十尾に囲まれていたサスケ達。だがその闘いに介入する余地もないと、空を見上げた。
そこに、メンマの姿を見た。全身から青いオーラを放ち、その掌に光を携えるものを。
空から落ちていく。まるで鳥のように、一直線に降下してくる人間の姿があった。
「青い、鳥?」
雲海を抜けた。目も開けていられないような風圧の中、メンマは吠えに吠えきった。最大最高の質を持つチャクラを極限まで圧縮させた、これ以上ない一撃を。
最後の切り札となる一撃を、放った。
「陽遁・太極螺旋丸!」
天の光のように輝く、純白かつ勾玉の形をした螺旋丸が。
陽遁の性質変化を加えられた螺旋の宝玉が、具現する。
そして十尾も内に秘めたチャクラを開放し、叫んだ。
『陰遁・六道輪廻丸!』
黒の極光が、放たれる。
両者最後の一撃が激突し、それはまた完全に拮抗した。
「ぐ、ううううううううううううううううううゥ!!」
極大の勾玉の向こう。信じられない圧力をもって襲いかかるチャクラの砲弾を、メンマは何とか押しとどめていた。
いや、"押しとどめることしかできなかった"。増幅と共鳴によって、ついぞ人には出せないだろう馬鹿げた規模と密度を誇る螺旋丸は、正真正銘の切り札だが、これは完全に予想外であった。
(ここまでの威力とはな………でも!)
いかなる結界術をもっても、六道仙人、あるいはペイン、または十尾を抑えきれるはずがない。このような真っ向からの反撃が来ることは、メンマ達も予想していた。それは望むところで、逃げられるのと比べればむしろ上等の部類である。
しかし押されてしまうまでとは、思ってもいなかったのだ。生命エネルギーのほとんどを捧げた螺旋丸をもってしても負けるなどとは。しかもこの砲弾は、徐々にその威力を増している。
次々にチャクラを送り込んできているのか。メンマはそう呟いた直後により一層、眉をしかめた。
(圧されて………!)
威力でさえも劣ったのか。圧されたメンマの身体が、緩やかに上へ、上へと押し上げられていく。
やがてメンマの身体は、雲海の中にまで身体が押し戻された。十尾が展開した、黒い雲海のただ中へと飲まれたのだ。
(きついが――――往くか)
メンマは、右手に籠める力は緩めず集中し。
『頃合いだな――――五行相剋!』
九那実が、謳った。
一方、包囲の解かれたサスケ達は、三狼山の端まで逃げながら、空を見上げていた。
サスケは、気絶している香燐を背に。イタチは疲弊している紫苑を背に。その他全員も、背に迫る十尾に呑まれまいと、自らの足で逃げていた。
しかし、途中。ようやっと放たれた両者が放つ攻撃を見て、サスケが叫ぶ。
「拮抗………互角か!? いや――――」
徐々に、圧されている。白い勾玉がわずかに退くのを見たサスケが、歯ぎしりをした。サスケは、あるいはイタチも。あるいはその場に居る誰もが、理解していた。目の前に映る白の極光、あの螺旋丸がどれだけの威力を持っているのかを。
そして最後の一手である、禁術に位置するだろう口寄せの術の仕組みも。あれを使った後、彼等がどうなるのかを理解しているから、サスケは悔しくて仕方がなかった。
「命を賭けやがったんだ…………あれだけやっても駄目なのかよッ!?」
理不尽の塊である十尾、その力を見せつけられたサスケが、悔しげに叫ぶ。やがて白い勾玉を持つ蒼い鳥は、十尾の負の念が包む空へ消えていった。
だが十尾は油断せず、またチャクラを集中させている。
「二撃目………、まずい!?」
叫ぶが、声は届かない。一瞬で移動する術ももたないし、仮に届いてもどうしようもない。これで終わりなのか。サスケがそう呟いた時、背負っていた香燐が悲鳴と共に起きた。
そして空を見上げた。一体何を、と。
サスケは香燐と同じ方向を、メンマが消えた空へと眼を上げた。
――――それと同時。
膨大な地域にまで広がっている黒い雲海が、轟音と爆風と共に全て吹き飛ばされた。
「ハ――――なッ!?!?」
雷鳴をも上回る、途方も無い激音
自らがいる場所をも巻き込む、嵐のような爆風の中、サスケは見た。
嵐の中心に居る、赤い霧を纏った男を。
白と黒が混じった球を掲げている者の姿を。
「右手に、陽の遁」
白く淡く神々しく輝き回転する、太極の螺旋丸。十尾の砲弾を防ぐそれは、先ほどと同じ輝きを放ち、
「左手に―――――陰の遁」
もう片方の手に黒く禍々しく輝く、太極の螺旋丸。
それは五行相剋――――"互いを喰らいあう"という理にとって生まれたもの。弱を強が喰らい、更なる強が強きを喰らう。否定の性質そのもので、陽遁とは太極に位置する陰の遁。正に逆し左に回転する、負の性質をもった黒い勾玉の形をしていた。
そして、掌の先に白い勾玉と黒い勾玉の二つを合わせた。
何の抵抗もなく融合し、"太極の図"を描く。
陽はメンマで、陽中の陰にミナトのもの。
陰は九那実で、陰中の陽にクシナのもの。
4人の魂を現したそれはすぐに混ざり合い、共鳴し、震え、やがて見事に合致した。全てのチャクラ、全ての想い。
生きろと言ってくれた人も、死ねと言ってきた人も。
肯定、否定、喜に怒に哀の楽。
向けられる憎悪も、自分の中にある愛情も。
陰も陽も、全てを見た上で受け止め、認め。
―――そして、陰陽交わる玉が完成する。
『八門より入りて、四象に至る』
クシナが、
『法に相生、相剋をもって告げよう』
ミナトが、
『陰陽五行の印以て、天地相応の理を成さん!』
九那実が吠えた直後、メンマの手に、万物の根源を示す太極の図が描かれた。その反発力は常軌を逸したもの。だがメンマはその力を体内の八門全てを流れ出るチャクラによって強引に解放し、押さえ込みながら。
「陰陽・太極図――――――!」
四人が、叫んだ。
『『『「真・螺旋丸!」』』』
声が空に。同時に融合の余波による爆風が、周囲の万象全てを吹き飛ばした。
そして、六道輪廻の砲弾も一息に爆散させられる。
『ナ――――あアぁ!?』
「洒落臭えぞ神様ァ!」
放たれた2撃目も同じ。太極の丸の螺旋に触れるや否や、まるで紙のように吹き飛ばされてしまう。
そして、迎撃の攻撃を出す間もない十尾の身体に、太極の螺旋丸が直撃した。
十尾の砲撃の中央である"力の基点"へと叩き込まれ、
『――――――ァ?』
発生した、一瞬の硬直と静寂。
そうして、メンマが空へ退避した直後だった。
抑えがなくなった太極の図を描く螺旋が開放され。まるで世界が引き裂かれたかのような爆発音が起き、爆心地である十尾の身体が、“巨大な三狼山もろともに吹き飛んだ”。
「ァァアアガアアっ、アアアアア、ああああああぁぁァあッッ!?」
経験したことのない、世界が分たれるが如き圧倒的なチャクラの蹂躙。砕ける山が散らばって、太極の爆発に吹き飛ばされた泥も散らばって。そして重力に引かれ、何もかもが落下していく。城の残骸も、残っていた城の土台部分も、飛び散ったクナイも、起爆札も、積もっていた雪も、森も。
十尾の依代――――本体の核があるペインの身体も、まとっていた巨大な負の思念が全て吹き飛ばされたことで、むき出しになってしまっていた。
しかし、その輝きは絶えていなかった。太極の螺旋丸もまた、ほとんどが爆散させられたが、その全てを吹き飛ばすまでには至らなかったのだ。
十尾は安堵し、爆風に呑まれたのか落ちてくるメンマの姿を見て、勝機だと呟き。
(惜しかった、な?!)
十尾はメンマを見ながら賛美し、安堵し、そして蹂躙を返そうと攻撃の準備を始め、間もなく、驚愕した。
(目が、開いて―――――っ!?)
ドス、と音が鳴った。ペインは自らを身体と、メンマの“左手”。そこから伸びている物体を見て、悲鳴を上げた。
目に映るのは、剣。実態のない、チャクラのような塊で出来た、巨大な刀のようなもの
『まさか、キサ――――!?』
「さっきは、出せなかった、けど、な」
息も絶え絶えに、メンマが言う。イタチから譲り受けた切り札に、残りわずかなチャクラを注ぎこみ、言う。
古代の人が、十尾対策に作ったという武器だ、と。
これは――――十束剣だ、と。
「グ、あ、ぁぁあァアアアアアアッッ!?」
剣はペインの中にある核の部分を確かに捕らえた。十尾が、始めての苦痛に悲鳴を上げた。そして傷を負の念で癒そうとするが、それも足りない。
――――全ては、メンマの策であった。戦い、傷を負わせ、十尾のチャクラの源である負の念、黒い泥をふきとばした上で。補填する材料を全て消し去った上で、十尾の核を捉えうる十束剣で、その中心を貫くという。
ここに、策は成った。今までにはない、何か捉え貫いたたという手応えを感じたメンマが、勝利を確信し。
しかし、口の端をあげようとした時。
「っ、な!?」
ひび割れているだろう、核。貫いた剣の切っ先からおぞましい泥が溢れ、剣を遡って来る。避けようとするが、剣は微動だにせず。
(まず、身体が、逃げ切れっ―――――!?)
瀕死の状態だであるペインの身体も、満身創痍であるメンマの身体も十束の剣も、十尾の核から爆発するかのように溢れた漆黒の泥に飲み込まれた。
OPは「とある狐の恋の歌」、劇中歌は「ブルーバード」。
一連のシーンはNARUTO疾風伝のオープニングを意識しました。
次回、本編の最終話です。