小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

117 / 141
22話 : その一歩、踏み出すなら

 

 

~ 白 ~

 

 

 

「あ、れ………?」

 

痛みは無かった。来るはずの激痛は訪れず。でも、血の匂いがした。人体から流れる血潮の持つ、鉄の錆びた匂いがする。それに、胸元が濡れている。かかった液体は赤。

 

「え………?」

 

まさかと思って、正面を向く。

 

――――そこには。あの背中があった。

 

脇元に、誰かの手を抱え込む再不斬。白は折れそうになる膝を自らの意志で支え、目の前の人物を。赤く染まる脇腹の、えぐられたであろうその身の痛みを皆目みせず、体内を駆け巡るチャクラの色にその全身を染めながら、駆けつけてくれた最愛の人の姿を見る。

 

煤けるほどに満身創痍。だけど白の眼には、この上なく頼もしく見えている。そんな赤鬼は振り返らずに、言った。

 

 

「悪い、待たせたな」

 

 

大好きな背中と声を前に。

 

安心した白は、そこで意識を途切れさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

崩れ落ちる白をよそに。二人は息がかかる程に近く顔を寄せていた。互いの眼に宿るのは、殺意。

 

片や、千鳥を突き出した方の手を掴まれた者。片や、受け流しきれなかった一撃に脇腹をえぐられ、それでも背後に居る者を守るためにその身を赤く染めながら、駆けつけた者。

「その肌の色………!」

 

長門は、先ほどの光景を思い出し、訝しげな顔をした。そして思い出す。最後の一突きを放つ寸前に割って入った影の、雷光のような速度と受け流された時の腕力を。何よりも赤く染まったその肌を。ほのかな血の色に染まった全身を見て、悟る。

 

「貴様、体内門を………!」

 

問いに対する答えは、不敵な笑み。

 

「第五――――杜門、開!」

 

再不斬は骨がきしむ程に強く、滅殺すべき敵の腕を掴む。長門はその握力に舌打ちをし、でも振り払うことはできない。ならばと、開いている手で殴りつけようとする。

 

だがそれは身体能力が爆発的に高まった再不斬に途中で捕まれてしまい―――

 

「オラァッ!」

 

「ガッ!?」

 

隙をつかれ、その額に頭突きを受けた。至近距離からの頭突き、開門されたこともあり、その威力は普段とは比べ物にならない。たまらず、長門はよろけてしまう。しかし頭突きを放った再不斬も、脇腹から盛大に血を吹き出しながら後ろへよろめいてしまった。

 

衝撃と血流の増加によって、傷口が開いたのだ。だが再不斬は膝を屈せず、その場から後には退かんと踏ん張る。

 

「邪魔立てスるか、鬼人!」

 

「手前こそ、殴るだけじゃすまさねえッ!」

 

再不斬は叫び、背の大刀を手に取る。

 

そして一歩、雷影にも匹敵しようかという速度で迫り、一閃。一陣の風のような速さで、鉄塊を縦一文字に振り下ろす。

 

だが長門もさるもの、間合いへ踏み込んだ時の動作も、斬線も完全に見切っていた。余裕をもって、足を踏み出し、身体を横に流してその斬撃を置き去りにした。首切り包丁が空を切り、地面を砕く。

 

「そこだァッ!」

 

振り下ろされた斬撃。それが兎のように跳ねて、横に飛んだ。空振りし、地面に叩きつける力と、作用。それによりかかる反作用をくまなく活かし、そのまま横へと強引に振り払ったのだ。強化された身体能力と、自らの獲物の癖を知り尽くした者にしか出来ない離れ業。長門は側面に回りこもうとしていた所に跳んで来た大刀に反応しきれず、峰で脇腹を直撃された。そのまま、盛大に横へとすっ飛んでいく。

 

「まだ、まだあァァァッッ!」

 

下がった敵。進む足。好機と見た再不斬は、更にたたみかけた。首切り包丁を両手で持ち、間合いを詰めるやいなや一閃。渾身の力を込めて振り下ろし、間髪入れずに薙ぎ払い、避けられたのならば切り返す。

 

それは斬撃の網。蜘蛛の巣にも似た執拗さを持つ縦横無尽の斬撃が、長門を包囲する。長門は理性の大半をなくしているせいか、逃げずにその場に留めることを選択した。襲い来る殺意を見返し、両手を土遁で硬化させながら足を拡げ、斬撃を全て拳で撃ち落さんと、拳を打ち鳴らした。

 

瞬間、轟音が大気を鳴動させた。悪夢のような赤鬼の斬撃と、その身の半ばを正真正銘の人外に食われた、神如き者。二人の化物は互いに吠え、叫び、殺意を放ち続ける。

 

「おおオオオオオォォォォッッ!」

 

「あああああアアアァァァッッ!」

 

獣の咆哮が荒野に響き渡った。長門は、身の内よりほとばしる害意と悪意と本能に突き動かされて。再不斬は、身の内に宿るこれまでの想いに、突き動かされて。この想いがある限り、例え届かず、見切られ、鉄のような腕に弾かれても。瞬きの間に同質量の意志をチャクラと殺意を用意して相手に叩きこんでやると、壊れゆく身を動かし続ける。

 

殺すという意志、許さないという感情と決意がこめられた再不斬の連撃は、徐々に長門を追い込んでいく。

 

しかし、再不斬はそこで舌打ちをした。

 

(亀裂がッ!?)

 

愛刀より返ってくる手応え。そこに、崩壊の予兆を感じ取ったのだ。加え、自らの身も限界寸前にあることを、改めて認識した。もとより体内門開放による恩恵などは一瞬。巡り巡る膨大なチャクラの流れが、ただでさえ傷んでいた再不斬の身体を更にむしばんでいるのだ。武器も、そして持ち主の身体も軋み、崩壊の音を奏でていた。

 

だけど、再不斬は止まらない。ここで引けば、次は無いと知っているからだ。

だから脇腹に地獄のような激痛を覚えながらも、そして限界を悟りながらも、再不斬はここでは退けないと決める。何より、鬼の後ろに居るのは長年の相棒。無垢たる雪、白である。ならばなおのこと、これより後には下がれないと、前へと進むのみだ。

 

目の前の壁は堅牢だ。まだ奥の手を隠しもっているかもしれない。再不斬は具体的にどうやってこの相手を、牙城を崩すか考える。

 

―――その時だった。視界の端に、見覚えのある銀の髪を捉えたのは。

 

(ち、相変わらず嫌な野郎だ)

 

相変わらず良い位置にいやがる、と。再不斬は舌打ちする気持ちを覚えつつも、それを頼ることにした。しかしこの状態でも、この敵には当たるまい。そう思った再不斬は、まず相手の体勢を崩すことに努めた。

 

ならば、一当てしなければならない。再不斬はそれまでとは違い、斬り殺すのではなく、当てることのみを考え、その作業に努めた。

 

そして、変わる。知らず入れ込み過ぎていた力が抜け、程よい加減になった。自分の意識が、はまっていく。

 

それは真なる斬。正しい剣理。力任せに振るのではなく、鍛と錬によって練り上げた技術を使う、正当な剣の術。鬼の力に任せるのではない、自らの意志と研鑽を以て振るわれる、人の剣。

 

握りから振り下ろしまでの筋力の動作をより滑らかに、細く更に鋭く研ぎ澄ませて。心を根本に置き、気力と腕力を運用しながら剣を使うに最適な理を体現する。ならば剣が、刀が答えないはずはない。再不斬に振るわれるだけだった大刀が、まるで生きているかのように活発に飛び回る。暴風ではない、疾風の斬撃が呼気と共に長門へと襲いかかった。

 

そして、ついに。ひとつの斬撃が、長門の防御をすり抜けた。

 

「―――ッ!」

 

長門は、防御に出した手がすり抜けた瞬間、背筋が凍った。そして、直後に襲い来るは衝撃。自らの腹から、めきりという音が鳴るのを長門は聞いた。

 

そして太いガラスが割れたような音が、響き渡るのも。再不斬が歯を食いしばる。砕け散った愛刀、その最後を目に焼き付けながら、悔しげに顔を歪める。役目を終えたかのように刀身半ばから砕け散った相棒を見送り――――だが、止まらない。

 

刀が遺した最後の偉業は、敵の腹部に痛手として残っている。

 

「犬死にじゃ、ねえ!」

 

叫び、再不斬は追撃に移る。軋む身体を気力で動かし、大刀を振った勢いを殺さずそのまま身体へと残しその場で横に一回転する。途中、視界の中に白を捉え、拳に力が入った。そして再び前をむくと同時に一歩、深く、深く相手の間合いへと踏み出した。強く踏み出したその足を軸に、地面から伝わる反作用を足から腰へ。削ぐことなく、腰から拳へと伝達させる。

 

そして生まれた三つの力を一つに合わせた。砕けた大刀の残滓鉄塊の超重量により生じた遠心力を、踏み込みによる慣性力を、そして地面の反作用から伝わる力を、ただ一点突き出した拳に集中させた。

 

「ぶっ飛べェ!!!」

 

叫びと共に放たれた拳は矢のような速度で飛び、長門の顔面に突き刺さる。再不斬は、相手の頬骨を砕いた感触が拳に返ってきたのを感じ、笑う。

 

ぶっ飛ばしてやったぜ、と。成し遂げたという達成感に、再不斬は口の端を上げた。

そして吹き飛んでいく長門を見送り―――

 

 

(行け、カカシィッ!!)

 

 

その背後から銀髪が躍り出たのを見て、心のなかで叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

忍者は普通、多くの術をもたない。そのほとんどが、自らの得意とする術を軸に戦い、それを活かす戦術を用意して戦っている。そんな忍者の中にあって、千の術をコピーしたと呼ばれるはたけカカシは異例とも言える忍びだろう。

 

だが、術が多くとも、特別有利と言われるわけではない。いかに便利な術といえど、自分の性質に合わない術は日に何度も使えないし、なにより活かす術が無ければ意味がない。それなのになぜ、カカシが"木の葉一の業師"と呼ばれているのか。それは、彼の戦術眼と術を使う機会を見切るのが人より優れていたからである。

 

そして、師の教えを受けたカカシは、常に意識していることがあった。手持ちの術は万能にはあらず、だから過信をしないと。あくまで慎重に、相手の戦力を見極めた上で判断をすることを優先していた。その果てが、最適な術を選択し、最高のタイミングで使う彼の姿。

 

技を業たらしめた忍術使い。はたけカカシが木の葉の業師と呼ばれる由縁である。

 

だからカカシは迂闊には動かない。自分の状態を知っていて、敵の強さを知っているがゆえに。そして、カカシは無駄死にを許さない。友の命の上に立っている自らの生命、これはそんなに軽いものではないと思っているからだ。後進や人、里のためならば自らの死は厭わないが、無策無謀のまま突っ込んで死ぬといった安易な命の捨て方は絶対に許されない。

 

だから待った。そして、機は訪れる。怒れる七本刀は開門を以て鬼と化し、地獄のような斬撃の檻でもって相手をおいつめていく。

 

カカシは好機と見て、長門の背後から隠行で近づき、防御に追われている長門の死角から再不斬だけに自分の髪を見せる。後は、決定的な機会を待つだけだ。再不斬が、相手の体勢を崩すまで、カカシはその場から動かなかった。

 

――――しかし、これは一種の賭けである。再不斬が打ち負ければその時点で自分のチャクラは気取られ、即座にやられるだろう。

 

だがそうはならないと、カカシは判断していた。再不斬は一瞬だけ共闘しただけが、それに答えてくれることを、カカシは知っているのだ。

 

再不斬は、本気で殺しあったこともある相手で。一流の忍びは、一度拳を交えれば相手がどういった力量を持つのか分かるのだから。

 

そして、機会は訪れた。再不斬は見事としか言いようのない一撃で長門をぶちのめし、

 

「ここしかない…………!」

 

飛んでくる相手はまだカカシには気づいていないのだから。カカシは、斥力によって打ち据えられた傷と、十尾の欠片との戦闘で負った怪我の数々。身体のあちこちで踊って自己主張してくる深手達を無視し、意識が遠くなっても眼を閉じず、敵を凝視した。

 

オビトが遺してくれた、今は自らの眼に宿る写輪眼。それに、自らのチャクラを。リンが命がけで助けてくれた自分の、全生命力を注ぎこんだ。

 

二度と見えなくなってもいいと。親友達が守った里を守るためならここで斃れてもいいと、全チャクラを以て万華鏡写輪眼をぶん回した。

 

命の輝きが、チャクラが、写輪眼から溢れでる。

 

「――――っ!?」

 

流れる視界の中、長門はその力強いチャクラに気づいた。そこではじめて、自らの背後に銀髪の死神が立っていることを知る。襲い来るは、圧倒的な恐怖。理性を無くした獣が怯むほどの死の危険を感じた長門は、

 

「―――くそッ!」

 

自らに対する罵倒と共に、我を取り戻した。長門の瞳に、理性が戻る。着地し、逃れようと足に力を入れた。だがそれよりも一瞬早く、カカシの万華鏡写輪眼による瞳術が発動した。

 

「神威!!」

 

長門の身体の中央を中心として、空間が歪んだ。それは渦になりながら周囲の空間を、長門の肉を巻き取り、やがて虚空へと消えた。

 

 

後に残るのは――――

 

 

「仕留め切れなかった、か…………」

 

 

大口の獣にかじられたかのように。肩口から左腕までをごっそりと失った、長門の姿だった。頭を狙ったはずの一撃だった。長門は寸前で身を捩り体を逸らし、致命傷だけは避けたのである。

 

カカシは大怪我を負わせることはできたが、その生命を断つことはできなかったことに悔しさを覚えながらも力尽き、その場に崩れ落ちた。長門はそんなカカシを見下ろし、痛みながらも賞賛の声をかける。

 

「大したものだ……後一歩だったのにな」

 

常人ならば即死ものだが―――何故だか死んでいない長門はそう言うと、肩を抑えてその場にうずくまった。その近くで倒れこんでいる再不斬とカカシは、互いに悪態をつく。

 

「外すな、よ………この、マヌケが…………」

 

「避け、られたんだ、よ…………」

 

息も絶え絶えに、二人はうつ伏せに倒れながら言葉を発していた。だが、結構な深手を負わせることには成功したのだ。その代償は大きく、二人はその目を永遠に閉じようとしていた。

 

チャクラの残量は雀の涙ほどもなく、身体の至る所に内出血が起きている。骨折している箇所も、片手の指では足りないほど。再不斬に至っては全身の筋肉が断裂を起こし、指一本動かせない状態だ。

 

事実限界を越えた彼等に最早できることはない。出来るのは死を待つことだけであった。夢半ばに散るという無様さ、その悔恨の念に染まりながら、朽ちてゆくことだけだった。

カカシは父が、親友が、先生が、忘れ形見が守ろうとした里をこれ以上守れないということが何よりも悔しかった。再不斬にとっては里が―――クソみたいな里だがクソなりに好きな所もある里が―――自分の手で変えられないことが。そして白との約束を果たせないことが、淡雪のような少女の成長をこれ以上見守れないことが何よりも悔しかった。

 

そんな二人の頬を、柔らかな風が撫でた。

 

「…………?」

 

風に含まれる"それ"を感知した長門が、空を見上げた。

 

「この、感じは…………!」

 

"それ"の気配をよく知っている再不斬が、顔だけを上げて呟く。

 

瞬間、三人が集まるその場に、一つの苦無がひゅんと風を切って跳んできた。

 

どこから飛来したそれは地面にトッ、と突き刺さり。その苦無に刻まれた印を見て、カカシが呟く。

 

 

「…………遅刻ですよ、先生」

 

 

その言葉に、お前が言うなという再不斬のツッコミが入った直後。

 

 

 

「悪い、遅れた」

 

 

 

音も無く静かに、金髪の忍びが現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛雷神の術の転移で、姿を現したメンマ。それを見た再不斬は、半眼になりながら文句を叩きつけた。

 

「遅い、ぞ、このバカヤロウ」

 

死にかけなのに全然弱っておらず悪態をつく再不斬。メンマは苦笑しながら、その再不斬の身体を掴んだ。視線で長門を牽制しながら飛雷神の術を使い、サスケ達一行が居る場所へと跳んだ。

 

「な、お前!?」

 

「すまんが、再不斬達を頼む」

 

見張っていた一行は、突然のメンマの転移に驚く。メンマの方は、そこに居た治療が出来る面々――――多由也と、医療忍者として以前から知っていたアジサイ。何故か居た赤髪の眼鏡の元音忍に預け、さきほどの場所へと再び時空間跳躍する。

 

そこで死にそうになっている白とカカシ、そして離れた所で気絶しているキラービーを運ぶ。そして、瀕死の状態になっている者達を頼んだ。

 

「………分かった」

 

多由也は頷き、任せてくれと答える。しかし気になっている点――――先ほどから傍に居て無言のまま佇んでいる、ペインの影分身の“ような”ものを指差し、こいつは襲ってこないのか、と聞いた。

 

「大丈夫だと思う。こいつは見張り以上の役割を負っていないし、その力もない」

 

「しかし………」

 

サスケ達と応急処置を受けている再不斬とカカシは、襲ってこないというその分身に対し、訝しげな顔を向ける。先ほどは身震いするほどの殺意をむき出しにしていたのに、何故ここでとどめを刺しにこないのかと。

 

「あー………それは、まあ、理由があるんだろ。大丈夫、こいつは案内以上の役割を任せられていないよ」

 

メンマとどめをさしに来ない理由を何となく分かっていたが、確信を得られないが故に明言を避けて、ぼかしたままサスケ達に背を向けた。

 

「余裕がない、っていうのもある。後は俺が本体と対峙すれば、その余裕もゼロになるだろうから、こいつに関しては安心していい」

 

「ちょっと、待て。お前、やっぱり一人で………?」

 

「ああ」

 

「ああ、って………オレ達には手を出すなっていうのか」

 

納得できないと、シンが言う。彼も、此処に来てペインの戦闘力を実際に見るまでは手を出さないことに決めていたのだが、それにも限度があった。幾ら何でも強すぎると、そう考えたのだ。あんな化物、一人では絶対に勝てないと思ってしまった。

 

そして何も言わないようにしているが、サスケとサイも同じ意見であった。二人の表情から察したメンマは、それでも首を横に振った。

 

「お前………意地があるのは分かるけどよ! でも、幾ら何でもあれはあんまりだろ! あんな奴相手に一人で勝てると思ってんのか!?」

 

五影と護衛達をボコにした化物だぞ、とシンが叫ぶ。メンマは頭をかきながら、仕方ないと答える。

 

「見てたけど………それでも、な」

 

約束だし、とは心の中だけで呟いた。しかし、シンは納得しない。

 

「分かるだろうが! 随伴していた部隊も既にあの様だ! 一人じゃあ絶対に――――」

勝てない、とシンは言おうとする。だが、それはメンマの言葉によって止められた。

それ以上は言うなと、開いた掌でシンの次の言葉を静止する。

 

「違う―――俺はいつだって、一人じゃなかった。それに……」

 

メンマは自らの胸を親指でさして、言う。今此処には、四人が居ると。

 

「………は? それは、どういう」

 

「見れば、分かると思う………大丈夫だ」

 

詳しく話している時間はないけど、とメンマが言う。その言語の裏に含まれた意味に気づいた紫苑は、心配そうな顔をする。

 

「おぬしの魂は既に限界に近いところまで来ている………それでも、と――――覚悟してのなのか?」

 

「そうだな………そういう覚悟もある。それが怖くないと言えば嘘になるけど………」

 

「なら、何もお前でなくても! ここであの者を一人で相手にする必要は………!」

 

紫苑は眼に涙をためながら、その顔を下に向ける。メンマはそんな彼女の様子を見て、だけど頷かない。それでも、と。今までとは違うから、逃げることは出来ないと言う。

 

「これは逃げるためじゃなくて………あいつと戦うのは、俺の意志で。そしてあそこは俺が選んだ、俺だけの戦場だから。だから手助けは要らない。それがきっと、みんなにとっての最善だ」

 

だからごめんな、と。メンマはうつむく紫苑の頭をぽふぽふと叩いた。そして涙目になっている少女に小指を向けた。

 

「今度は、絶対に守るからさ」

 

「………!」

 

小指と、約束。紫苑はその符号から、いつかの約束を思い出した。葛藤しながらも、彼女は涙にあふれた自分の目をぬぐう。

 

「………分かった。今度破ったら、何でも言うことを聞いてもらうからの?」

 

白く綺麗な手の指と、今はもう傷だらけになってしまった手の指。二人の小指が絡まり、三度振られた。

 

メンマは、皆に視線を向け、改まって言う。

 

「帰ってくるさ、絶対に。白達も、死なせたくないし。だから、待っていてくれると嬉しい」

 

満面の笑みでの言葉。それに皆は知らず知らずのうちにつられ―――親指を立てて返した。あまり面識の無い灯香も、イタチでさえも。

 

「それじゃあ、行ってくるよ。相手が想像以上の化物なんで、ちょっと………遅くなるかもしれんけど」

 

周囲に居る面々。網のメンバーと紫苑達を見回し、メンマは言う。言いたいことを察したサスケは、不機嫌そうに返した。

 

「分かった………でも、いつまでもは待てない。だから――――日が暮れる前に戻って来いよ」

 

そっぽを向きながらの言葉。メンマは素直じゃないサスケの様子を見ながら、苦笑を返すことしかできない。

 

そして最後に、

 

「もちろんだ」

 

笑いながら手を上げた。

 

「ふん」

 

サスケも不機嫌になりながら、手を上げる。

 

ぱしん、と。ハイタッチが交わされた後、メンマはサスケの掌を掴み、身体を引き寄せた。メンマは驚くサスケに、一言だけ告げた。

 

後は頼んだぞ、と。

 

「っ、お前!?」

 

「はは、風向き次第だけどな――――万が一だ」

 

 

メンマは笑い、じゃあと手を上げて去っていった。最後の舞台、最後の相手が待つ場所へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………待たせたな、ご同輩」

 

「随分と待ったさ、小池メンマ」

 

十尾の欠片によって自らの肉体をつないだ、ペインの姿があった。その肌の色は若干黒くて完全に元通りとは言えないが、えぐられた部分はほとんど修復されている。

 

「あのままかかって来られれば、俺を殺せたのかもしれんのにな」

 

「そうすりゃ、白達は死んでいたからな。それにその程度で死ぬのなら苦労はしないし、何よりそんな殺し方しても………意味が無いだろうし」

 

「………そうか」

 

ペインはメンマの言葉に引っかかるものを感じた。今の言葉は、こちらの状態と思惑を知っていなければ、出ない言葉だ。全ては知られていないが、ある程度は気づかれているか。ペインはそれをふまえた上で、慎重に言葉を選んでいく。

 

「そちらこそ、随分と待たせてしまったようだが」

 

「いや、今来たところだけど?」

 

「………嘘をつけ」

 

「うん、言われた通りについたけど」

 

突如、場違いなやりとりに気まずい雰囲気と沈黙が降臨した。

 

しかし、その後の客員の反応は実に早かった。

 

『う~ん、テンプレ乙としか』

『捻りが足りないってばね』

『いや待たぬかそこのバカ夫婦。かじり倒すぞこのうつけものどもが』

 

途端、始まる漫才。キューちゃんのツッコミもかなり板についてきたな、とメンマは自慢げに笑みを浮かべた。かつてこれだけツッコミに特化した天狐が居ただろうか否いるわけないよね、と一人心の中で呟きながらどうしたこうなったと今までのやりとりを思い出す。飽きるほどとは言わないが、数えきれないほどに繰り返したやり取り。唐突に、寂しい気持ちになった。

 

なぜなら、このやりとりもこれで最後になりかねないのだから。メンマを含む全員は、ここが分岐点なのだと理解していた。この戦いは決定的な転機で、この戦いが終われば勝敗の行方に関係なく日常を象っていた"いつも"が消えることを全員が知っていた。

 

「でも、これ以上は待たせるわけにもいかないか」

 

この戦いは決して避けられないもの。それを分かっているメンマは、戦う前の最後の問答をすませることにした。

 

「見てたよ。さっきのやられっぷりは特にな。ほんと、手酷くやられたみたいだけど」

 

「油断していたのもあるが、あの劣勢から"これ"とはな。全く、人の意志力とは恐ろしい」

 

「それはアンタも同じようだけど。仙人を語って神を気取る――――人間様よ」

 

「………確かに。役割的には神に似るが」

 

「そうだろうけどな」

 

「お前………どこまでを理解している?」

 

「神様は嘘つきだってこと。後はそれを理解しても、俺のやることは変わらないってことも。なんだ、聞いたら教えてくれるとか言う?」

 

「いや、言葉では語れんな」

 

「ああ、実に神様らしい。全部無くして済ませようって考えも」

 

「他に方法が無かっただけだ。これが俺にとっての最善で、それを選んだに過ぎない」

 

「………神とはいえど、その身は人間。万能にはほど遠いって所か。それについては俺も何も言えないから、黙るよ。ただ…………戦う前に、三つだけ聞かせてほしい」

 

メンマは三本、指を立ててペインに問いかける。ペインは質問によっては答えようと首肯し、続きを促した。

 

「まず、一つ。俺は木の葉隠れの里の中に数ヶ所、飛雷神の術の転移先の目的地となるマーキングを残していたんだが…………先ほど、その全てが消された。"里の中央から外側へ順繰りに"だ」

 

メンマは険しい顔をしながら、これはいったいどういうことだと問い詰める。その問いにかけに対し、ペインは無言のまま手を前にした。

 

「これは………」

 

ペインの右手からチャクラが発せられ、瞬く内にその形を変えていく。色は透明で、形は楕円。メンマの目の前に現れた大きな鏡のようなものを見て、呟いた。

 

「これは、遠眼鏡の………?」

 

「その起源となる術だ」

 

ペインは説明だけを終えると、その鏡に見たいものを映しだした。ブン、と音が鳴り、次の瞬間には風景が映っていた。映しだされたその場所は、一面ただ黒色が広がっていた。

「これは………」

 

その黒色の中あちこちに見える、落ち着いた色の突起物や、緑色の変な草。メンマはしばらく見て、それが何なのかに気づいた。

 

「屋根と、樹の頭か………‥っ、これは」

 

そして、その建物があったと思わしき場所。その上に、見慣れたものが見えた。メンマもつい先日、その上にのって眼下の風景を見下ろしたのだ。忘れようはずもない。

 

そこに映っているのは、火影の顔岩だった。

 

「木の葉隠れの里………死体に仕込んでいた十尾を開放したのか!」

 

「…………ああ」

 

「ああ、って………俺は約束を守ったつもりだったんだが?」

 

「だから、最後の一線は超えてはいない」

 

「どういうことだ」

 

「十尾を開放し、それなりの抵抗はあったが………全ての里は掌握した。人柱力を除き、忍者たち全てを十尾に取り込んだが…………今はまだ、命までは奪っていない」

 

「………今はまだ、か」

 

「ああ、今はまだ、だ」

 

睨むメンマと、無表情に見返すペイン。双方の間に、一触即発の空気が流れる。メンマはここで切れてもなにもならないと思い、深呼吸して自らの気を落ち着かせた。息を吸って吐いて、頭に登った血を下に降ろしていく。

 

ある程度落ち着いたところで、知らず握っていた拳を解いた。ペインのしたことは、到底納得できるものではないが、この場は抑えて。メンマは、次の質問をすることにした。

 

「………二つ目だ。アンタ、本当は誰なんだ」

 

「誰、というと?」

 

「はっきりとは、言えるわけじゃないけどよ。意識の話だ。あんたが本当に名乗るべき名前はなんなんだ?」

 

その体の持ち主か、六道仙人か――――十尾か。問いかけると、ペインは困ったように答えた。

 

「言うなれば、そのどれでもあってどれでもないということだけだ。役名でいえば"ペイン"というのが正しい。だが、自分が誰なのかと聞かれると…………答えに困るな」

 

ため息をつき、ペインは言う。

 

「今であれば―――十尾という土台の上に俺と六道仙人の人格が立っている、というところか。侵食が進む前は長門と十尾の立場が逆だったが」

 

「侵食、か………あの身体能力を見れば納得だな。さほど慌てていないところを見ると………力を使い過ぎれば十尾に侵食されることを、前々から予想していた?」

 

「少し考えれば分かることだからな。純粋な魂の規模でいえば、人のそれは妖魔に遠く及ばない。封印術はその魂の仕切りを明確にするもの。だが、完璧な封印などありはしない。それも、尾獣のような規格外の魂ならば尚更だ。魂を活性化するたびに封印は綻びるのも、自らの魂が侵食されるのも、自然の純粋な理と本能で動く魂の理からすれば当たり前のことだ」

 

「自然………弱肉強食の理?」

 

「ああ。理性も感情もないのであれば、物事は理に沿って進められていくものだ。しかし…………お前は少し違うようだな。何故人柱力のシステムを使っていないお前が、戦いの度にあれだけ力を使っているのに………未だその形と意識を明確に維持できているのか」

「それは、まあ………」

 

メンマは頬をかきながら、眼を逸らす。ペインは若干の動揺を見せたメンマを少し怪しく思ったが、まあいいと切って捨てた。

 

「答えの続きだ。日常生活における意識としては、六道仙人に近い。戦う時の意識は、この身体の本来の持ち主である彼………長門の人格が主たるものとなる」

 

「そうか………とすると、屋台で俺と話したのは?」

 

「演技が下手な長門ではなく、私の方だな。時折、長門の人格もこぼれていたようだが」

苦笑し、六道の人は言う。

 

「癖だ、気にするな。どちらにせよ、望むべきことは変わらん。あの日よりこれまで、何も変わらぬ」

 

ペインはそう言うと、三つ目はと問いかけた。

 

「ああ、一番聞きたいことだったんだけどな――――アンタ、ペイン。いや“長門”がこの現在、この事態を望んだ理由と想いは………その根底にある心はなんなんだ?」

 

恐らくは、最大の。身の内でもっとも大きな意識を持つであろう主に、メンマは問いかける。その問いに対し、六道仙人は長門に変わる。超然とした振る舞いではなくなった、若干の未熟さを残すかつての忍びは、真剣な顔で答えた。

 

復讐心だ、と。

 

答えた長門は、そのまま空を見上げた。

 

 

「世界はこの空と………雨隠れの空と同じだ。黒い雲は未だ消えず、青空なんて見えやしない。確かに大戦は終わった、そして休戦協定は結ばれた。だが中途半端な不可侵の約定は、人と人の距離を遠いものにしてしまった。殺しあいませんと言い合いながら、裏ではいつかの時に備えて殺す力を蓄えている………今の平穏は未来に通じていない、偽りの平和にしか過ぎない」

 

そして、偽りは時によっては毒となると長門は言う。

 

「偽りの平和の下ならば、空は黒くとも雨は降らない。だが………十尾の記憶を見て痛感させられたことがある。時は流れても人の心は変わらず、要因があれば必ず悲劇は繰り返されると。雨雲あればいつか雨が降るように。見上げる空に暗雲があれば、いつか必ず死の雨が降る。前よりもずっと強い、雨となって。黒い空の下、目指すべき場所が見えていないのであれば、いつか必ず戦争は起きるのだ」

 

次はないということを、長門は知っていた。メンマも、知らされていたことである。

忍者たちも同じだ。十尾という化け物が居ることを、知らされたのだから。

 

「戦争が起きて………死が満ちれば、滅びが甦る。そして忍者は、それを更に加速させる存在だ」

 

お前も見てきただろうとの、長門の問いかけに、メンマは無言のまま頷いた。

 

「忍界に属さない人間として。お前はその視点から、今の世界を見ることができた」

 

「ああ」

 

メンマは頷き、一歩。長門へと近づいていく。

 

「見せられはしないと忍者が隠してきた暗部も、その汚さも見てきた」

 

「ああ」

 

更に頷き、一歩。迷うこと無く、その距離を縮めていく。

 

「そして十尾も見た。それでも………お前は、忍者が滅ぶべき存在ではないと、そう思えるのか」

 

その言語に。メンマは一切の淀みなく答えた。

 

 

「ああ、その通りだ」

 

 

「…………そうか。ならばもう、何も言うまい」

 

 

 

長門はその答えに満足して―――――空から正面へ、その視線を戻す。

 

 

目の前には、メンマの姿が。手を出せば届くような距離で、二人は視線を交わしあう。そこにあったのは、決意の眼。長門も同じで、双方ともに偽りのない決意に満ちた瞳をしている。

 

その奥に居る者たち――――メンマの方は、九那実、ミナト、クシナ。長門の方で言えば、六道仙人。彼等は視線の中で互いの意識を感じあっていた。

 

そこに宿る決意も、また。

 

 

「………それでこそ、だ。気張ってくれよ、人間!」

 

 

長門は眼を閉じると同時に叫び、身に宿る十尾の欠片を活性化させてチャクラを練り上げた。そしてチャクラを変換し、雷を見にまとう。

 

それは、今までに比べ倍する規模のもの。長門の身体の周囲に、大蛇のような太さを持つ雷が展開された。

 

 

「そっちこそ…………あっさりとやられてくれるなよ、神様!」

 

メンマは叫び、自らの腹にかけられている封印を緩めた。かつての四象封印の上に展開された封印術。身体の中、マダオが新たに構成した封印の術式。メンマは自己の意識を守るそれを。自らの安全を保証するそれを、束縛するそれを緩めた。

 

「さあ、最後の時間だ………起きろ、行くぞ!」

 

『応!』

 

『承知!』

 

『了解!』

 

号令と共に眼を閉じ、自らの意識を薄めて、3人の意識を励起させる。“ミナト”の精神エネルギーが漏れ、それは肉親が故に近しい性質を持つ“ナルト”のチャクラと同調する。同時、メンマの身体から暴風のようなチャクラが漏れでる。メンマとマダオ、そして補助に入ったクシナによってチャクラは変換され―――――身体の周りに、風が漂う。

 

それは、小規模の竜巻とも言える密度を持つ、風の塊。

 

両者の間で、雷と風が交差する。

 

 

「―――お前は九尾と、四代目火影」

 

苛烈なる風の奔流は空間を荒れ狂い、

 

 

「―――お前は十尾と、六道仙人」

 

激烈なる雷の疾走が空間を蹂躙し、

 

 

「「相手にとって不足なし」」

 

 

高まるチャクラ。鼓動の音さえ早くなり、やがて閉じられていた二人の瞼が開かれる。互いに人外。範疇を逸脱したチャクラが、世界を踏みにじった。

 

双方笑みを交わし、踏み込む足に力をこめて。

 

 

「いざ!」

 

「尋常に!」

 

 

世界を置いていく程の速度で。

 

 

二人は互いに風を、雷を纏いながら、戦いの始まりを告げる一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。