小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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15話 : 最後の備えを

 

木の葉宴会大戦から明けて翌日、メンマ達は我が家でもある拠点、火と風の国の国境付近にある隠れ家にたどり着いていた。

 

「到着ーっと。しかし何か、久しぶりだな」

 

『半年ぶりぐらい留守にしていた気がするねー』

 

「『………ダウト』」

 

メタな発言をするマダオ、略してメタマダオに二人で駄目出しをしつつ、メンマは食料庫に残っている食料や結界の状態などを調べ始めた。数十分の後、それら全てに問題がないことが分かると、ここに来た本来の目的を果たすことにした。

 

やってきたのは隠れ家の演習場―――そこは主にサスケや再不斬、白が使っていた修行場で、地面は草もなく地肌を晒していた。演習場として使われる前は、地面いくらか雑草が生えていたが、サスケや再不斬達の苛烈な修行の果てに踏みならされ、はげていったのだ。誰かが見れば、ここでどれだけ激しい修行が行われていたかが分かるだろう。

 

「まあ、サスケの火遁のせいでもあるんだけどね……っと、これはクナイの練習に使っていた………」

 

そういえば片付けていなかったか、とメンマはぽりぽり頬をかく。演習場の端には、穴の開いた的やくたびれた木人、木製の大きな樽などの修行用道具が前に使った状態のまま放置されていた。穴のあいた的はクナイの的、木人は近接格闘時の無意識反応を鍛えるため、木製の大きな樽達は精神修養のために使ったものだ。今からとある修行を始めるのだが、それを行う前にもう使わない道具を片付けた方がいいか。

 

「………いや、やっぱいいか。もう、使われることはないだろうけど―――」

 

残していてもいいんじゃないか。そう呟き、メンマは背負っていた荷袋を地面に下ろした。ここを使用していた者たち―――再不斬と白はあるべきところに帰った。サスケや多由也はきっと、新しい場所に向かっている。あの二人やメンマがこの隠れ家を別荘として使うことはあるだろうが、修行場として使うこともない。既に熟達の域まで達した彼や彼女らが、単純修行を行うためにあるこの演習場を使うことはないからだ。

 

使われなくなった修行場はいずれ寂れ、踏むならされた雑草達も蘇り、1年も経過すれば元に戻るだろう。

 

だけどここで修行したという残滓みたいなものが、あったっていいじゃないかとメンマは思っていた。要らないからって、片付ける必要もないじゃないかと。

 

「メモも残しておこうか」

 

メンマは取り出した紙にスラスラと文字を書いて、木製の樽の上に貼り付けた。

 

「"押してもいいんだぜ、懐かしいドラム缶――――違った。木の樽をよ"っと」

 

『ああ、あれのことか………ん、まあ確かに精神修養にはもってこいだったけど、半ば拷問に近い修行法だったからね』

 

まずくじを2枚引かせる。次に引いた本人に見せないように、その紙に書いてある数分だけ、土砂が入った木の樽を押させる。一枚目は1~9の数字、2枚目は+1~9回、×1~9回といったものだ。

 

「でもくじ運悪かったよなあ。傍目で見ている俺が泣きそうになるぐらいに」

 

『基本、あの別荘に居た人達って幸運値低いよね。ランクで表すとD以下ぐらいかも』

 

『まあ、その分精神的にタフになったから良しとせんとな。あやつ才能はあるが脆そうだし』

 

「もう心配はないと思うけど。まあ、それよりやることをしようか」

 

感傷に浸るのを止めたメンマは懐からクナイを取り出した。クナイの柄には結界の術式が描かれている札が巻かれている。それを片手4本ずつ両手に8本を持ち、息を吐き出すと同時に四方八方へ投げつけた。

 

先端がやや膨らんだクナイ―――飛雷神の術を使う時に使用する特殊クナイが、樹の幹や太い枝に刺さった。

 

その中央部、投擲を終えたメンマは目的の場所にクナイが刺さっているのを確認すると、じっくりと印を組みやがて両の手を平をあわせる。

 

パン、という柏手が鳴り響く。

 

同時、結界が作動。堅牢な防御力を誇る結界術が作動する。

 

「………これで準備は完了。お次は頼むぞ?」

 

メンマは口寄せの術を使い、マダオを呼び寄せる。煙と共に呼び出されたマダオは地面に置いてあった荷袋の中に手を入れ、目的のものを探しはじめた。

 

「了解、了解………っと、あったこれだ」

 

「………それが、ガマ寅っていう蛙に託した?」

 

「うん。生前僕がガマ寅さんに託した、八卦の封印式の鍵が書かれている巻物だよ」

 

マダオは質問に答えながらも印を組みはじめた。

やがて、封印の効力が薄まっていくのを感じる。印と共に封印の術式が解かれていくのを感じる。

 

なんでもこの巻物にある封印式は、腹に刻まれている封印式と対になっているそうな。

 

「………くっ」

 

メンマは目眩を感じその場に膝をつきそうになったが、なんとかもちこたえた。そのまま数秒を耐えていると、やがてマダオから声がかけられた。

 

「これにて完了………さあ、そこの四角の所に手を押して」

 

「っ、了解………」

 

答えながら、メンマは指し示された場所に自分の右手を合わせる。術式が流れるのを感じた。目の前で広がる見事な術式をじっと見据えていると、ふと背後から声がかかる。

 

それはいつになく真剣な声。

 

―――覚悟は、という確認の声だった。

 

メンマはいつのまにか高鳴っていた鼓動――ー緊張による心拍数の増大を無視しながら、大声で答えた。怖いが、退けない。それが分かっている今、躊躇するのは惨めさを示すことになるだけだ。

 

マダオはそんなメンマに笑いかけると、やがて最後となる印を結んだ。

 

「―――解除!」

 

 

叫びと共に、メンマの視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

暗転する視界。何か網のようなものが破られるのを感じたメンマは、その場に倒れてしまった。

 

「――――あ、ぐッ!?」

 

メンマは体を常に走っているチャクラ。それが電気に似た何かに変わったかのような、そんな感じを覚えていた。激痛の鐘が脳を直撃し、体が痙攣する。そのせいか視界が黒に染まってしまったが、それは一瞬のことで徐々に体は元の状態へと戻っていった。

 

「………く、は、っと…」

 

うめき声をあげながら、なんとか立ち上がる。すると、横から声が聞こえた。

 

「ふむ、無事か。どうやら上手くいったようじゃの」

 

「うん………そう、みたいだね」

 

周囲を見回しながら答えた。視界に映るのは、先程まで居た修行場ではなく―――だだっ広い平原だった。

 

「精神世界へようこそ―――まずは第一段階クリアーだね」

 

「そうみたいだな………でも、キューちゃんの方は大丈夫?」

 

「……ああ、こっちは気にするな」

 

なんでもないと、キューちゃんは答えた。しかしその顔に、一瞬だが痛苦が浮かんだ気がする。気のせいかもしれないが、違うかもしれない。メンマはどこか具合が悪いのか、と訊ねようとしたが、マダオの言葉に遮られた。

 

「クリアーなんだけど、今の気分はどうかな。体はちゃんと動く?」

 

「え、俺か? そう、だな………うん、大丈夫だ」

 

自分の体の状態を確認し、良しと判断したメンマは足の反動だけで立ち上がった。

 

「ほっ、よっ………っと。動きに問題はないな。外に居た時と同じに動ける」

 

メンマは一折体を動かしながら、確認をする。そのまま、再度周囲を見渡して―――いつも見えてたもの、見える筈のものが無いことに気づいた。

 

「………あの檻の残骸が見えないな。遠くの方に残骸としてあったのに」

 

「まあ、あれもいわばイメージだからね。人柱力だった時と同じで、実際にあんな巨大な檻が人の体内に入るわけないし」

 

檻とは、九尾の妖魔を閉じ込めていた檻だ。あれもいわば精神世界のイメージにすぎないもので、封印と同時に九尾の精神の奥底に叩き込むものらしい。

実際のチャクラの束縛と、"ここから出られない"という暗示を刷り込み完全に封印するそうな。

 

風景を平原に変えられたのは、精神内に存在しているメンマ、キューちゃん、マダオの3者の合意があったからだ。

 

「………ん、僕の方も大丈夫だね」

 

マダオは軽く体を動かしながら、全盛期と同じように体が動くことを確認する。それを聞いたメンマはさりげなく距離を詰め、拳を突き出す。

 

「ん」

 

勢いには若干の手加減があった。だがこれは、死角からの攻撃。並の忍びならば感知しても受け止められないだろう。それだけの一撃は、放ったつもりだったが、拳の先に返ってきた手応えは硬い顎のソレではなく、柔らかい手のひらの感触だけだった。

 

「反応しやがったな………しかも力を流しながらかよ」

 

「ん、ちょっと危なかったけどね」

 

「いやいや、余裕に見えたんだが」

 

今の一撃を停滞なく捌いてみせたのだ。力は完全に戻ったと見ていいだろう。全盛時のマダオの力量は知らないが、反応速度は段違いだし、何よりチャクラの流れが綺麗に過ぎる。口寄せで呼び出した時のような、チャクラ量の低下も見られない。

 

「………行けるのか?」

 

「ん、往けるようだね―――さあ、練習、練習!」

 

「トラウマスイッチは止せ!」

 

メンマたちはぎゃーぎゃ言いながらも、互いに後方へと飛び退いた。彼我の距離は数にして二十間程ひらく。開始の言葉は無い。ただ、視線だけで会話を交わす。

 

「まあ、冗談はおいといて―――やろうか、最後の修行を」

 

「ああ」

 

答え、メンマは修行の内容を反芻した。今から行うのは、いつものような外郭―――肉体という器を鍛える修行ではなくて、魂、チャクラ、そしてマダオ達の意識を高める修行だ。

 

今までは危険すぎて行えなかったこと。しかし今回に限っては違った。

相手が相手だから必要になると判断したが故、禁じていた切り札を使わずに勝てないと判断した上での決断だった。

 

「それでは、不肖波風ミナト―――お相手つかまつらん」

 

「………いやいや、不肖って………どの口でそれを言うんだよ」

 

思わず突っ込んでしまった。四代目火影、波風ミナト。昔も今も忍界最強の里と言われる木の葉隠れの―――かつての頂点だった忍び。

 

その全力は把握していない。全力のマダオを見たことはない。しかし、火影なのだ。時代によっては最強と謳われてもおかしくない程の力量を持っているだろうことは間違いないだろう。修行相手の質としては、最高峰と断言できる。願ってもない相手だとも言えよう。今まで相手取った連中の中でもトップクラスに位置することは疑うまでもない事実として認識できる。

 

現五影以外では――――いや五影を含めて数えたとしても、間違いなく三指に入る。

 

(足かせがあった今までならば、全力で戦えば勝てたけど………でも、それが無くなった今であれば、正直勝てるかどうか分からないな)

 

そこまで考えたメンマは、武者震いを抑えきれなかった。格上相手に明確な攻略法を持たずに戦うということは久しくなかったことだからだった。

 

(まあ………望む所だ。いち相棒というか悪友というか息子(笑)として、四代目火影の全盛時の強さは一度見てみたかったし)

 

そう思っていた所に、声がかかる。

 

「………そうだね。これは修行、殴り合いの範疇で、殺し合いじゃないのだ。ちょっと過激な模擬戦といった所?」

 

表情から、メンマが何を考えているかを察したらしい。的確な洞察に畏怖しながら笑いを保ち答えを返した。

 

「ああ、ちょっと過激な殴り合いだ。クナイも飛べば人も跳ぶ、螺旋も回れば時空間も跳ぶような。そんなちょっとした肉体言語での語り合いで、死人は出ない………そうだろ?」

 

「………いや、またんか。それは"ちょっとした"という範疇に入るのか?」

 

「「え、入んない?」」

 

「―――入らんわこのたわけ共が。どこの世界に………いや、馬鹿だから仕方ないか」

 

「「ちょ、ひど!?」」

 

「やかましいわ。しかし、派手な戦闘になりそうじゃのう」

 

互いの間に居たキューちゃんは我は避難しておくぞ、といいながら遠く離れた場所に移動した。知らず、伝わったのだろうか。

 

場が沈黙に包まれる。途端、空気が戦場のそれに変わる。これで舞台は整った、といわんばかりに。

 

「さあ、いざ尋常に………っと、その前に確認しておこうか。ここは精神世界だからして、致命傷を与えても死にはしない?」

 

「ん、まあそうだね。でも体の感覚や痛覚は残っているから、死ねば文字通り死ぬほど痛い目にあうけど………怖い?」

 

「いや、上等だろ。リスクがあってこそ修行になると思うし、勝ち負け競うから修行になるんだろ? リスクない勝負なんか勝負じゃないし、痛みの伴わない修行は修行じゃないって言ってたのは誰だったっけ」

 

「ん、僕だね。あとは………そうだね、ここが君の心の中、いわゆる精神世界だからといっても、それほど融通がきく訳じゃないよ。現実と同じで、印を組むかチャクラを練るかしないと、忍術は発動しないと思ってね。飛雷神の術然り、螺旋丸然り」

 

「然るべき順序を踏まないと術は発動しない?」

 

「うん。デタラメな空想をしたとしても、それが現象として起こりえないことなら起こらない。むしろ霧となって散るだろうね。ましてや、ここは君だけの世界じゃなくて、"僕たち"の世界だ。夢であって、夢じゃないような世界だし」

 

「だからこそ修行になる、か………了解した」

 

そして、顔を引き締める。

 

「………開始の合図は?」

 

合図無しにしかけてもいいのだが、どうにも味気ない。そう思った俺は、マダオに聞いてみた。

 

「そうだね。これで、どうかな」

 

不敵な笑みの後。気づけばマダオの手には、クナイが握られていた。柄には、マーキングの術式が組まれた符が巻かれている。

 

「いいね」

 

同意を返し、"同じもの"を手元に出すとメンマは腰を落として重心を下げた。クナイを持つ方の腕を振りかぶり、体重を後ろ足にかける。同時にチャクラを練り、全身を活性化させた。マダオの方も同じで、クナイを全力で投擲する動作に入っていた。

 

(………おいおい)

 

―――大業物と言われる銘刀。それはきっと、眼前に感じられるようなチャクラを纏っているのではなかろうか。折れそうな程に細いけど、津波の直撃を受け手も折れないような、そんな強靭さを感じる。それでいて、金剛石をも切断するほどに鋭利な、白刃を連想させられた。

 

そこら辺の忍び。いや例え上忍だとしても絶対に出せないだろう、研ぎ澄まされたチャクラ。それが殺気と共にメンマの全身を揺さぶった。

 

メンマも、それなり以上に修羅場をくぐってきた猛者である。感じるチャクラに脅威は覚えど、実際の動作には一点の曇りも出さないで済んだ。

 

振りかぶりきったその瞬間、マダオの目が見えた。視線が交錯したのは、一瞬だった。その瞬きのあと、メンマはクナイをマダオに向けて投擲する。相手もまた同じ。

 

互いの手から放たれた小振りの鉄塊は、正面中央で衝突。

小さいが柔らかくない鉄は、同じ鉄とぶつかり、甲高い擦過音が周囲に響き渡る。

 

火花が散った。

 

―――そして、直後。

 

「―――!」

 

「―――っ!」

 

火花の残滓が見える位置に、"メンマ達"は現れた。

 

 

―――飛雷神の術。

 

ぶつかり弾かれ飛び散ったクナイ。メンマとマダオは、その柄に描かれている互いの目的地へと跳んだのだ。

 

直後、時空間跳躍によって発生する視界と意識の歪みを気合で封じ込め、くるくると回転しながら飛んでいくクナイの柄を掴む。先の欠けたクナイは、再びメンマの手の中に納まった。

 

同時、左足を相手に向けて一歩、大きく踏み出す。マダオも同じ、欠けたクナイを片手に、こちらに向けて一歩攻撃のための動作に入っている。

 

既に互いに、間合いの中。そんな至近距離で、再び視線が交錯した。

 

停滞は一瞬。メンマは軸足を踏ん張り腰を回転させながらクナイを持つ腕を鞭のようにしならせながら、横一閃。呼気と共に振り抜いた。

 

視界に、軌跡が映る。共に致死必死の間合いの中で、二相の鉄刃の軌跡が弧を描いた。

 

それは疾風のような速度で終点へと向かい、交錯した。互いを狙った鉄と鉄が、中央で衝突したのだ。先程よりも大きく、より甲高い音が周囲に響き渡った。

 

―――まるで、それが開始のゴングであったかのように。

 

 

 

「………派手じゃのう」

 

九那実の眼前では、時空間忍術が乱舞されていた。現れては消え、消えてはまた現れる。有利な体勢で攻めているはずが、気づけば不利な体勢に追い込まれている。互いに攻めながら攻められ、だが一瞬でその状況を覆せる。まるでオセロのように、有利の白と不利の黒が入れ替わる。奇妙かつ極めて高度な攻防を繰り広げている二人を見ながら、九那実はため息をついていた。

 

互いに有利な位置に跳びながら不利な位置に追い込まれ、でもまた仕切り直すことができる。相手の喉元にクナイを突きつけたかと思えば、逆に喉元に刃をつきつけられている。一瞬の油断が勝敗を分ける、閃光が飛び交い、複雑に入り乱れる戦場というところか。

 

イニシアチブという概念を蹂躙する時空間跳躍術。

 

「………それを使える忍び同士が戦えば、こんな珍妙な戦いとなるのか」

 

どこがちょっとした模擬戦だ、と九那実は呆れ顔でつぶやいていた。二人の攻防、その全てを目で捉えきれている彼女も大概と言えるのだが。

 

ただでさえ動物は人間より五感が優れている。その上、彼女は天狐だ。身体能力も反射神経も人間のそれとは断然違うのは当たり前なのだが。

 

「しかし一日の長か、はたまた経験の差か………マダオの方が優位に立っておるのう」

 

チャクラコントロールや体術において、両者に明確といえるほどの差はない。上下はあれど、勝ち負けを明確にするほどの差はなく、状況によっては容易く覆すことができる程のものでしかない。

 

それでも戦況は徐々に、だが確実に―――マダオの方に傾いていた。

 

「………跳んだり、跳ぶ振りをしてその場に留まったり………ふむ、瞬身の術も併用しておるのか。虚実の使い分けが実に上手いのう」

 

マダオの方はできるだけ無駄な動きのないように、消耗の少ない瞬身の術を併用しながら攻撃を捌いていた。間合いの外し方や、虚動も絶妙の一言。わざとらしく印を組んで、跳んだと想わせ、印のある場所へと意識を逸らさせながら、そのまま普通に攻撃する。

 

対するメンマは、それに振り回されていた。消耗が大きい飛雷神の術を多用しているのも、劣勢に追い込まれている原因のひとつだ。精神世界だからこそ聞く無茶だが、これが現実世界であればとっくにばてている。使用限界を超え、結果その場に倒れ伏していることだろう。

 

「腐っても鯛、というやつか」

 

知らず、メンマから教えられた言葉を口ずさむ九那実であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ん、何か失礼なことを言われた気がする!」

 

「ちいィっ!」

 

だからといって攻撃の手を強めんなよ、とメンマは文句を言うが、マダオは取り合わない。なぜなら尽く攻撃を外されているからだ。

 

「ん、でも凌げてるじゃないか!」

 

「ほんとギリギリだよ、くそ!」

 

叫びあいながら、二人は互いに拳を交し合った。マダオはマーキングの術が刻まれた符をばらまきながら飛雷神の術を使い、メンマからは死角となる場所からの奇襲を繰り返していた。メンマはまだ飛雷神の術の副作用を御しきれておらず、跳躍後の動作がどうしても一歩、遅れてしまっている。

 

(くそ、旗色が悪くなってきたな)

 

このままじゃあ、負ける。メンマは舌打ちをしながら、反撃の手段を考えた。

 

(同じ土俵での競り合いは分が悪すぎる―――なら、勝てる場所で勝つしかないか!)

 

そう判断した彼は、一か八かの賭けに出た。全身をチャクラで活性化し、正面から突っ込んでいったのだ。猛スピードで突進するメンマ。対するマダオは、螺旋丸で迎撃をしようと、手にチャクラを集中させる。

 

「―――」

 

だが、メンマは相手の間合いに入るや否や、足の裏にチャクラを集中。おもいっきり、"横へ"と弾いた。

 

「っ」

 

直進する慣性力に突如加わった、横向きの力。メンマの体は横に流され、彼はそれにされるがままとなった。そのまま足を踏ん張ること無く、横にくるくると駒のように回転しながら、マダオから見て左側へと移動する。

 

「―――ふっ」

 

今度は、足の裏をチャクラで吸着。しっかりと軸足を地面に固定し、跳んだ。跳躍しながら、マダオから見て死角となる後頭部へと右の回し蹴りを放つ。

 

「――とっ!?」

 

右手に構えた螺旋丸では、迎撃する前に後頭部を蹴り飛ばされる。言うまでもなく、後頭部は人間の弱点だ。マダオは即座に迎撃を止め、その場にしゃがみこんだ。その頭上を、メンマの足が通過する。

 

だが、もう一撃。メンマは蹴りによって生じる力を殺さず、そのまま左足で後ろ回し蹴りを放つ。しゃがみこんだマダオは、それを避けることはできなかった。

 

咄嗟に防御には間に合ったものの、回転が加わった二段回し蹴りは強烈無比なもの。両腕で防御したにもかかわらず、マダオの体は後方へと盛大に吹き飛ばされた。だが、メンマの顔に浮かんだのは、やったという喜色ではなく、まずいという危険色だった。

 

(―――手応えが軽すぎる、跳んだか!?)

 

防御の腕、どちらか片方ならば折れる程度の力はこめたはずだ。しかし返ってきた手応えは、想像よりはるかに下のそれだ。あの場面において、マダオは咄嗟に足を浮かせて受け止めていた。

 

まだまだ、相手は戦闘可能―――メンマが思った瞬間だった。吹き飛ばされていくマダオの姿が、掻き消えたのは。

 

「っ、後ろか!」

 

叫びながら、メンマは突如沸いた気配の方を見やる。右斜め後方にあった、転移符。そこに、マダオは存在した。そのまま、転移の余韻も感じさせず、クナイを片手にメンマへと切迫。

 

これは、間に合わない。

 

二段回し蹴りの後なので、メンマの体勢は不十分だった。この体勢では、相手の攻撃を受け止めるのも、咄嗟に飛んで逃げるのも無理だ。そう判断したメンマは、咄嗟に足の裏へとチャクラを集中させ、そのチャクラで地面を弾いた。緊急回避用の体術だ。不安定な体勢がより酷いものになる。だが、背後からの一撃を回避することには成功した。

 

(―――ここからだ!)

 

だが、体勢を崩したままだと追撃を受けるのは自明の理。

そう判断したメンマは体勢を崩しながらも、振り返りざま風遁を纏わせたクナイを投擲した。投げられたクナイを防ぐ方法は二つ。同じく風遁を纏わせたクナイで弾くか、避けるか。その一瞬で崩れた体勢を立て直し、反撃できるような所まで持っていく。

 

そのつもりであったメンマだが、その後眼前に繰り広げられた予想外の光景のせいで、一瞬だけ思考を停止させてしまう。

 

マダオは投げられたクナイを前にして、だがそのクナイを弾こうともせずに、ただ眼前でクナイを水平にしているだけだったのだ。

 

どういうつもりか、何のつもりか。メンマは思考を回転させ、刹那の判断の後に結論をだそうとして―――だが、問いかける暇も無く。

 

奇妙な音と、組まれた印。

 

―――"背後"に、悪寒。

 

「―――っ」

 

瞬間的に取れた行動は、崩れるように倒れこむことだけ。声も出せず、無様に横へ崩れ去る。その時に見えたのは、 "飛燕を纏ったクナイ"

 

飛んできたクナイ掴み、構え、投げ返したわけではない。一瞬の停滞もなく、飛んでいったクナイが何か転移したかと思うと―――後方にクナイが飛んでいた。

 

(―――できるとは聞いた。けど、こんなに厄介なものなのか!)

 

マダオが使ったのは、恐らく時空間結界こちらが放ったクナイを、そのままこちらの後方へと転移させたのだ、とメンマは分析していた。

 

「って、グランゾ○かお前は―――!?」

 

メンマは叫びながら、再度飛来したマダオの放つ複数のクナイを両手で弾き飛ばす。

ひとつ弾き、ふたつ弾く。みっつよっつと、視界にクナイを、掌で横へ弾き飛ばす―――が、あからさまに投げられたクナイの、その影にあった影のクナイには気づいていなかった。弾き、両手が外へと広げられた状態でようやくそれらを認識したメンマは、焦りの声をあげる。

 

「くっ!?」

 

足や手では間に合わないと判断したメンマは、首をおもいっきり横に曲げる。ごきり、と首の骨から嫌な音がした。だが影のクナイはメンマに当たること無く、頬を切り裂くにとどまった。

 

メンマは頬に走る痛み、出血を無視しながら、意識を眼前に集中させる。

 

―――再度、クナイを投げながら追撃を仕掛けんと迫る、マダオの方へと。

 

(あんな術があるんじゃあよ。逃げてもダメだろ!)

 

むしろ長引かせる方が不利になる。そう思ったメンマは、首を捻ったせいでよけいに崩れた体勢で、しかしよろけながらもふんばり、なんとか体勢を立て直した。右手にチャクラを集中させ、左手で飛来するクナイを弾く。

 

さすがに片手で全部は防げないため一部を身に受けることとなったが、それでも痛みを感じながらも退かず、ここしか無いと更に間合いを詰めた。

 

繰り出すは迎撃、カウンターとなる掌底を前菜に、本命の螺旋丸を叩き込むのだ。

十分に練られた螺旋の一撃は、マダオを吹き飛ばして余りある程の威力を有していた。決まれば勝敗を決定づける一撃となろう。

 

―――決まれば、だが。

 

「グガッ!?」

 

放つ前に、最後の一歩を詰める寸前に。メンマは"後頭部"に一撃を受けて、そのまま前のめりに倒れていった。

 

 

 

 

数分後。きつめの一撃を後頭部に受けたせいで気絶していたメンマが、ようやく目を覚ますと、おもむろに呟いた。

 

「………知らない、天井だ」

 

「いや、それ地面だから」

 

「知ってるよ! 草が口に入ってるからね! てか、せめて仰向けにしてくれよ!」

 

「……ん、どうやら元気そうだね」

 

「聞けよ!」

 

メンマは叫びながら、打たれた後頭部を痛そうにさする。そして先程の攻防を思い出しながら、悔しそうに舌打ちをした。

 

「見事に負けたか。つーか最後の反則臭い術、あれはいったい何なんだ?」

 

「知っての通りの飛雷神、その"二の段"って術だよ。投げたクナイに刻んでいるマーキングに跳んだんだ」

 

「いや、理屈は分かるけど………」

 

投げてから跳ぶまでの時間が短すぎだろ、とメンマは呆れた表情を浮かべた。投擲し、空間把握して、認識して、跳ぶ。マダオはその作業を実質一秒足らずでやってのけたのだ。

「いやいやせめて3秒はいるだろ常識的に考えて………」

 

桃白白モドキの転移をした時に必要だった時間は5秒だし、とメンマは愚痴る。事実あの時、投げてから印を組み術に必要な準備を整え、投げたクナイに刻まれた目的地の座標を若干補足しながら、そして突き刺さって固定された後に転移するまで、ゆうに5秒はかかったのだった。

 

「まあ、飛雷神の術はあの戦争の時に、馬鹿みたいな回数を使ったしね。実戦の中で煮詰めたものだし、何より僕の"売り"である術だ。そう単純な、転移だけなんて応用の利かないような状態で放置しておく筈がないでしょ?」

 

「"練度があれば何でもできる"か………それでも反則だろ。木の葉の閃光って名前を痛感したよ」

 

その身はまるで閃光の如し。そうそう捉えきれそうにないと、メンマは苦笑しながら首を横に振った。

 

「いやいや、そんな事いうけど、さっきのは結構危なかったんだよ?」

 

「………劣勢に追い込まれた上、作戦も上手くいかずに逆にはめられたんだぞ………完全に実力負けだろ。くそ、もう少しやれるつもりだったんだけどな」

 

「ん、十分に強かったよ? それこそ、現実の戦場では遭遇したくないぐらいにね。特にあの、横に移動した体捌きは見事だった」

 

視界から一瞬にして消えたから本気で焦ったよ、とマダオは頬をかきながら汗をたらした。

 

「一撃がまともに入れば勝ちだったんだけどな」

 

「だからこそ逃げたんだよ」

 

さすがの僕でも、肉体強化と体術、力と技が合わさった一撃をうければまずいからね、とマダオは頷いた。

 

「でもそういえば………顔岩の上でも思ったんだけど、やっぱりそこそこは使えるようになったんだね? 多由也ちゃんの笛を聞いた後、チャクラの流れが少し変になっている、とか言っていたけど」

 

「ああ、まあな」

 

「そう………やっぱり、というべきかな。でも、いったいどういう切欠で使えるようになったのかな」

 

「切欠? ………いや、分からないな。戻ったのは―――ああ、居酒屋で飲んでた時だったけど、何かあったかな」

 

「あ、時期もやっぱりそうなんだ。それは僕の方でも感じられたし、急にチャクラの流れが良くなって、その上チャクラの勢いも強くなったから、こっちも驚いていたんだけど………えっと、酒飲んだからじゃないよね。何かあったの?」

 

「何か………キューちゃんと話したこととかな」

 

「いや、違うと思うぞ」

 

二人の会話に、九那実が割り込む。

 

「原因は我ではない。もっと、別のところだ。我はあの時聞こえた声が怪しいと思うが」

「………え、声?」

 

九那実の言葉を聞いたメンマは、ああ、あれかと手を叩いた。

 

「あれは………そうだ、ちょうどマダオが一発芸やった時だったか。何か、内なる声が聞こえたんだよな」

 

しゃーんなろ、とかそういう類の。

 

「内なる声………えっと、聞くのが怖いけど………"彼女"はなんて言ってたの?」

 

心なしか震えながらマダオさん。顔色は蒼白だった。

 

「いや、"トマト"みてーに、"潰して"くれんゾ? とかなんとか………ん、どうしたマダオ。お、面白い顔で固まってるけど?」

 

あと、顔が蒼白になり過ぎ。硬直するマダオに、その顔色を前にして、メンマは思わずどもってしまった。

 

―――そんな時だ。

 

ふと、3人の耳に、とある音楽が聞こえてきた。

 

「こ、この曲は………!」

 

耳に覚えがある旋律に、メンマは戦慄してしまう。

ぴろろぴろろという静かなイントロ―――から一転、激しい音階が並べられた。

 

「これはたしか………ヤルダバ○トの!?」

 

ノリスケおじさんが、ノリスケおじさんがやってくるぞとメンマは狂乱した。

 

「ああ、しかも辺りがいつの間にか夕陽に!? って、あ、あの影は………!?」

 

「知っているのか、マダオ!」

 

気がつけば周囲は夕陽に変わっていた。そして、夕陽を背に歩いてくる人影が見える。

 

「馬鹿な、ここは俺の精神の中! 結界も張っているし、外部からは干渉できない筈だぞ!?」

 

混乱するメンマ。動揺するマダオ。

そうしている二人の頭の中に、突如、声がかけられた。

 

『そうね………確かに、外部からの干渉は不可能だけど―――――でも、ね。"内部から"なら、どうってばね?』

 

女性の声。あの時聞いた声と同じだった。メンマはそれを発した女性―――気配の方向を察知した。そこには、赤髪の女性の姿があった。

 

「赤髪、内部………ということは、まさかっ!?」

 

「―――ご名答」

 

いつの間にか実体化していた女性。年齢は、20代の半ばだろうか。瞳の中に強い意志を想わせる女性は、メンマ達の方を見ると、やがてニコリと笑みを向けた。

 

「あの日から今まで―――17年ぶりの再会を祝いたいところだけど………先に、済まさなきゃいけないことがあるってばね?」

 

だからちょっと待ってて、と。言う彼女の双眸が、キュピーンと光った。彼女の体内で膨大なチャクラが練られ、その余波で赤い髪が放射状に広がる。それはまるで夜叉のようで、握られた拳からはメキメキという物騒な音が。

 

「―――ちょ!? ちょちょちょ、ちょっと待って。落ち着いてって―――クシナ!? あれはちょっとした冗談で、宴会芸でもあって!」

 

両手をわたわたとさせながら、焦るマダオ。その時聞こえた名前に、九那実はやはりかと頷いた。そしてうっすらと残る妖魔時代の記憶から、クシナがこれからどういった事をするのか、彼女は理解していた。

 

 

「おいィ、今の話し聞いたってば?」「聞こえてない」「何か言ったってば?」「俺のログには何もないな」

 

メンマが問い、メンマが答えた。多重影分身を応用しての一人劇場だ。

 

「ちょ、小芝居してる場合じゃなくてね!?」

 

うろたえるマダオのツッコミ。しかしメンマはそれを無視し、笑みを浮かべ、さようならと手を振った。

 

「………御免、マダオ。俺、本能的に長寿タイプだから」

 

怒れる赤鬼には勝てんのよと答え、メンマはマダオが居る場所から更に二歩下がった。

 

「良き旅を―――まるでダメな親父、略してマダオ」

 

「親指立てないで!? ああでも下げても駄目………はっ!?」

 

マダオが気づいた時はもう、遅かった。修羅はすでに、間合いに入っていたのだ。

 

「それで、覚悟は完了かしら―――気をつけてね?」

 

クシナは踏み込む。チャクラ、膨大な威力がその拳の先に収束し、それはやがてマダオの顔面ではじけた。

 

「ひでぶっ?!」

 

強烈な一撃だが、それで終わるはずもない。宙に舞う夫の元へ届けと赤い鬼嫁から繰り広げられるは、悪夢のような拳の弾幕。

 

虐殺が、始まった。

 

 

「私の拳はレボリューションよッッッッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして場面は、前話の最終へと戻る。肉体言語で色々と"語ら"れたマダオは、気づけば潰れたトマトのようなものになっていた。クシナは、血まみれのミナトを地面にごろり転がすと、ひとつ息をついた。

 

「ふう………これで終わり、と」

 

クシナはやり遂げた顔を浮かべると、息子であるナルト―――メンマの方を見る。メンマの方は、頬に返り血をつけて笑いながら迫ってくる彼女を前に、"俺の寿命がマッハでやばい"と忍者らしからぬ思考に陥っていた。

 

―――だけど。

 

「え………?」

 

次の瞬間には、その腕に抱かれていた。背中に回された腕と、顔に押し付けられた胸。その両方から、メンマは今まで感じたことのない温もりを感じた。

 

「ちょっ、ちょ!?」

 

「―――いいから。しばらく、こうさせて貰えない?」

 

静かに。だが、幾分かの悲しみがこめられた声を聞いたメンマは、その場から離れるべく力をこめていた足から、力をぬいた。抜かざるを得なかった。

 

「何があったのかは………全部、知ってる。貴方が誰で今どうなっているか、なんとなく分かる」

 

「……俺は」

 

「ナルトじゃないからって? ―――そうかもしれないってばね。欠片を取り込んだ魂は変質して、記憶も混沌とした。あるいは、貴方が今名乗っているように、貴方は小池メンマという人物かもしれない。でもね」

 

「………?」

 

「それでも、私にとっては、息子なのよ。変わってしまったとしても、残っている。ミナトと一緒に戦って、誰かのために―――妹のために戦って。キリハのために命を賭けて、誰かのために戦ってきた貴方は、私にとって息子と同じ」

 

「………」

 

「細かいことは考えなくていいと思うわ。私も、そういうの苦手だし。それに、こうして抱きしめられたことないんでしょ?」

 

「………そういえば。そうかな」

 

「うん。貴方の元となる人物の欠片も少しだけ見たけど、母親は居なかったし。だからしばらくこうさせて。力を抜いて。今この一瞬だけ、あの笛を聞いても多由也ちゃんの笛を聞いても、母親の事を想えなかった貴方の、あなた達の―――母親になるから」

 

その言葉に。メンマは、黙らざるをえなくなる。言うべきことはあったし、理屈もあったが、だけど、そんな事はどうでもよくなったからだ。この温もりを前に。"ほんとう"ではなくとも、掻き抱く腕と、その温かさを前に、細かい理屈は吹き飛んでいた。

 

「貴方にもナルトにも………ごめんなんて、言えないってばね。重い荷物を背負わせた張本人が言える言葉じゃないから。許してくれとも言えない。だけど、それでも、ありがとうって言わせてもらえるかな?」

 

「………えっと、ありがとうって、なんで?」

 

「それは、そうね。ありがとうは―――生きていてくれて、ありがとうってことね。うずまきナルトとして、そして小池メンマとして」

 

予想外の名前がでたせいで、メンマの目が丸くなる。

 

「ふふ、まるで馬鹿親子のように、そして親友のように。長い間、ミナトと一緒に馬鹿やって、夢を追いかけて、女の子を助けて」

 

見てたのか、とメンマは複雑な心境になる。メンマも、今までに結構無茶な馬鹿をやったことは、自覚しているところだったからだ。

 

「そして………三代目を安らかな眠りにつかせてくれて、キリハを助けてくれて。人を助けるために生きて。夢に生きて、私と再会してくれて――――ありがとうってばね?」

 

「………いや、全部自分のためにやったことだからなあ。ありがとうって言われることは………」

 

「照れないの。貴方は立派よ。貴方の中にずっと居たんだもの。私が知ってる。私たちが知ってる、誰よりも」

 

ぽんぽん、と。背中を叩く優しい衝撃に、メンマは黙らざるをえなくなる。本当はどう、とか、どうでもよくなったからだ。それに、この温もりは実に悪くなかった。クナイ片手に、警戒心片手に過ごした12年間の中で、感じたことのない温もりだったからだ。

 

(なにやらキューちゃんの視線が怖いけど)

 

それでも、今この時だけはこのままで居たい。メンマはそう思いながら、静かに目を閉じた。

 

 

(………暖けえ、な。知らなかった、こんな温もり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、具体的にはどうするんだ? いったいどういう修行を? ―――勝率が上がった、って言ってたよな。それは………」

 

メンマはちらりとクシナの方を見つつ、あぐらをかいて座っているマダオに聞いた。マダオのほっぺたは3倍に腫れていて某菓子パン男(友達は愛と勇気オンリー)みたいになっていたが、当然の如く二人はスルーした。

 

だってマダオだし、とは共通の見解である。

 

「あれ、さっき僕が勝ったよね? なのに何でこの扱い? まるでどこぞのキレンジャーみたいな………」

 

「いいから、ミナト。早く次を言ってくれないかしら?」

 

「イエス、マム!」

 

笑顔のクシナに敬礼をするマダオ。さすがは夫婦喧嘩戦績、1勝1024敗だけのことはある、とメンマとキューちゃんが頷いた。

 

「勝率が上がったっていうのは………メンマ君の言うとおり、クシナのおかげなんだよ。まあ、九尾の力が開放できるから、っていうのもあるんだけどね」

 

「しかし、我のチャクラは妖魔時代よりも少なくなっておるぞ。それでも問題はないのか?」

 

「無い。元々スタミナ勝負じゃあ勝ち目が無いわけだし。文字通り、相手は世界だから」

「なるほど。と、いうことは………」

 

把握した、とメンマは頷く。

 

「そういうこと。いつもの通り―――最後の一撃に繋げるまでの道筋を、明確に見つけられたってことだね」

 

「そうか。しかし………本当にあるのか、そんな都合のいい術。"アレ"ぶち込んで終わらせる所まで持って行くには、十尾の力の大半を削るのが必須だって」

 

「うん。前に話した通り、今まではそれがなかったよね。だけど、今ならばそれが可能なんだ。"あの術"を使える。クシナが力を取り戻した今ならね」

 

「……私?」

 

「正確には、この4人だね。生きていた頃から、そしてこの12年間考えて、それでも実現は無理だろうからって諦めてたんだけど、この4人が揃っている今ならば、どうにかやれそうなんだ」

 

「……すごく、大層な術に聞こえるんじゃが。本当に可能なのか?」

 

「うん。概要を説明すると――――」

 

マダオは皆に切り札となる術について、説明を始めた。チャクラはあるが理屈は知らん、というキューちゃんは説明されてもさっぱり、という顔をしていたが、メンマとクシナは理解をした後、深く頷いた。

 

「………毎度のことだけど。やるときゃやるんだな、マダオは」

 

「退かないときは退かないからね………でもその術、かなり経絡系と肉体に負担がかかりそうってばね?」

 

「うん。まあ、そうなんだけど……」

 

マダオはちらりとキューちゃんの方を見た。二人の視線が一瞬だけ交錯した。

 

「……キューちゃん、マダオ?」

 

「いや、なんでもないぞ……術のことだが、なんとかやれるだろう。問題は、ない」

 

「そう、か。なら特訓だね。一週間しかないけど、チャクラコントロールは出来ているし、そもそも封印解いて修行できるのって、今の状況じゃあ一週間だけだしね」

 

「それ以上は体がもたないって?」

 

「実際に戦うことを考えればね。できそう?」

 

「やるしかないんなら、やるだけだろ」

 

「ん、いい返事だね。それじゃあクシナはキューちゃんの方とお願い。二人共、勘を取り戻す必要があるからね」

 

「………分かったわ」

 

「……了解じゃ」

 

複雑な表情になる二人。だがマダオはそれを意図的に無視しながら、修行の続きをしようとメンマに言う。それを聞いた二人は、そのままメンマとマダオの方を離れ、修行をするために遠ざかっていく。

 

「………僕の方も、勘を完全に取り戻す必要があるからね。いこうか」

 

「ああ………分かったけど、あの二人を置いといて大丈夫なのか? 意味ありげな視線を交わしていたけど」

 

「きっと、大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

「………さて、望み通りの二人きりじゃ。ここでなら邪魔は入らんぞ―――話があるんじゃろう?」

 

お主達を殺した我に、話がないはずがあろうこともないからの、と九那実は言う。クシナは頷きながらも、違うと答えた。

 

「話はあるけど………言いたいことはあの事じゃなくてね」

 

「別の話か?」

 

虚を疲れたキューちゃんは、目を丸くした。

 

「まあ、あの時私とミナトは確かに、九尾の妖魔の爪に貫かれた。そうだけど、それは"貴方"じゃなかったでしょ?」

 

色々と知っていることは知っているから、とクシナが言う。それに対し、キューちゃんは反論した。

 

「い、いや確かにそれはそうじゃが………じゃが、我に全く関係のないことでもなかろう!?」

 

「―――刃を研ぎ澄ますのは職人よ。チャクラを練るのは忍者。でも、人を殺すのは意志なのよ。木の葉に怨みを持っていたのはあの忌々しいグルグルお面の変態忍者で、貴方はただ利用されていただけでしょうに」

 

恨むならあのお面の方よ、と言うクシナ。キューちゃんは焦った様子になる。

 

「いやいや、しかし、我は!」

 

「………まあ、ほんとの所はね。貴方にも言いたいことはあったんだけど………」

 

クシナは視線をそらしながら、言う。

 

「でも、何も。恨み言ひとつも、言えなくなっちゃったから」

 

「何故だ? 言えばよかろう。お主が普通の忍びとして生きられなかった原因は、我にあるだろうに」

 

「………そのことについてはね。もう、私に誰かを責める資格なんて無くなったわ。だって私も同じことをあの子したんだもの。それを忘れて、誰かに何を言える口は持っていない」

 

恥は知っているからね、とクシナは言う。

 

「それでも、それは理屈だろう。あるべき時間を奪った者と、関連する者たちを憎む気持ち全てが消えているとは思いがたいのだが」

 

大切なものだったんだろうと、九那実は聞いた。

 

「確かに、全部消えた訳じゃない。憎しみは確かに、残っているわ。だってキリハとナルト、ミナトと私―――きっと、明るい未来を過ごせていたはずだもの………でもね」

 

一旦言葉を切って、クシナは九那実の頭に手をのせる。

 

「貴方も同じだったんでしょ? 自分の意志の外で、憎しみの塊を胸の中に叩き込まれて。纏わされて、飲み込まされて。それって、私と同じじゃない。だから気持ちは分かるし、本意じゃなかったってことも理解している」

 

「あれが我の本性かもしれんぞ。事実我は、人間ではなく化物なのだからな」

 

「化物、ね………力を持っているという意味ではそうなんでしょうけど、私には貴方が化物に見えない」

 

「それはなにゆえ?」

 

「だって、もっと汚いモノを知っているから。さっきも言ったと思うけど―――」

 

「………なるほど。人を傷つけるのは、人の意志ということか」

 

記憶の残滓にあった"色々"を思い出して、九那実は呟く。

 

「アナタは誇り高い。確かに図抜けた力はあるんでしょうけど、それをむやみに振るう事は好まないでしょう。だから化物じゃないわ。天狐だっていう肩書きも、私にとって見れば"そんなもの"よ」

 

「そ、そんなものとは………いや、お主―――"お主達"らしいといえばらしいのか」

 

「そうよ。だって私も忍者だもの。刃を向ける相手ぐらい心得ているわ―――そんなことより、聞きたいことがあるの」

 

「………今更、何を聞くことがあるのじゃ。我とマダオの話は聞いていたのだろう」

 

「話は、ね。私が聞きたいことは会話の内容じゃなくて………無粋だとは思うのだけれど、知っておきたいのは貴方の考えよ」

 

クシナは真剣な表情を浮かべながら、小さい九那実のその両肩に手を置いた。

 

「単刀直入に聞くわ。全ての傷を背負おうとしたのは、何故? ―――魂の負担を全て自分の所に来るようにと、人柱力の術式の改変をミナトに頼んだのは、どんな理由があっての事?」

 

声にでた直後。場は、沈黙に満ちた。

 

「器である肉体の痛みと、それに伴なう魂への損壊と負担を、ほとんど貴方の所にくるようにと―――あの時、貴方は懇願した。再確認するミナトに、その意味を知りながらもしっかりと頷いてみせた。それはいったい何故なのかしら」

 

クシナの赤い目が、低い位置にある赤い目を見据えた。九那実は質問の内容を心の中で反芻する。

 

(背負ったのは、何故………その理由、か)

 

そして、九那実はクシナに向けて笑顔を見せた。その笑顔は、心底おかしそうで、それでいて明るい何かに満ちていた。

 

「例えば、じゃ。聞いてもいいか?」

 

「………ええ」

 

「あやつ、マダオ―――ー波風ミナトが死地にあるとして。うずまきクシナは、それを黙って見ていられるのか?」

 

「それは………うん、絶対に出来ないってばね」

 

クシナは苦笑を返しながら、答える。

そして自分の額に手を当てながら、「参った」と言った。

 

「ごめんなさい、本当の意味での愚問だったようね」

 

「そうじゃの」

 

「でも、アナタは………その、いいの? あの作戦じゃあ、確実にアナタの魂は………」

「全て承知の上でのことで、それも覚悟の上じゃ………九尾として、天狐としての矜持もある。何よりも、譲れないものもあるしの」

 

「………それは?」

 

尋ねるクシナ。対する九那実は目をつぶり、静かに宣言した。

 

「女の、意地というやつじゃ」

 

それは、クシナにとっては予想外の答え。そして九那実にとっても、はるか昔であれば考えもしなかった答え。

 

分かるじゃろ、と九那実は問い。クシナは、苦笑しながらも頷きを返した。

 

「………それなら私にも、理解できるってばね」

 

「そうじゃろう?」

 

「うん。でも…………薄々と感じていたことだけどアナタ、あの子に随分とお熱なのね?」

 

クシナは九那実の方を向きながら、からかうように笑った。九那実はクシナの笑みにこめられた意味と、そして今自分が何を言ったのか―――否、"言わされたのか"を理解し、自分の頬を真っ赤に染めた。

 

「く………お主、謀ったな!?」

 

「いいええ、ひとつめの問いは、母親として聞いておきたかったことだからね? だから別にそういう気持ちで聞いた訳じゃないわよ。二つめは完全に自爆だと思うけど」

 

「う………」

 

言われた内容を自覚したキューちゃんの頬が真っ赤に染まる。

 

「………ああもう………我慢出来ないってばね!」

 

「ちょ、な!?」

 

キューちゃんの恥じらいを正面から見てしまったクシナは、そのあまりの可愛さに暴走。走り、両腕で思いっきり九那実を抱きしめたのだ。

 

「ああもう、この、可愛いったら! 前々から思ってたけどアナタ本当に可愛すぎるってばね!? まさかあの九尾の妖魔がこんなになるなんて、人生は本当に分からないってばね!」

 

「ぐえっ!? く、このッ、離さんか! ええい、親子そろって貴様らぁ………!」

 

加えお主は死んでおるだろうか、と九那実は叫びながら力づくで腕を引き剥がそうとするが、天狐の腕力をもってしてもその腕は外せなかった。

 

「な、馬鹿なこの我の力がッ………ぬ、いつの間にか結界が!?」

 

「フフフ、気づいたわね。ここはもう私のテリトリー! いくらキューちゃんの身体能力が図抜けていても、この精神世界の中かつ結界の中ならば、それも無意味ってばね!」

 

「お主そんなくだらんことに術を!?」

 

「だって可愛いから仕方ないじゃないってば!? こんなに小さくて可愛くて柔らかくて、この、ええい金髪もサラサラね! ………あらでも胸はやっぱり未完成」

 

抱き抱えられながらくるりと反転させられ、背後から抱きしめられるキューちゃん。そっと胸を触られた彼女は、思わず悲鳴を上げてしまった。

 

「うきゅ!? くゥ、こ、この………い、いい加減にせんか!?」

 

キューちゃんは精一杯の力で自分を捕まえている腕を引き離し、ガブリと噛み付いた。思わず離してしまったクシナ。キューちゃんはそのまま離れ、荒い息を吐きながら言った。

「ふ、ククク………はじめてじゃぞ。我をここまで虚仮にしてくれたお馬鹿さんは!」

 

「えー、そんな、減るものじゃなし。それに可愛さは罪なのよだから私は無罪ってばね」

「馬鹿な理屈を並べるな、この馬鹿トマトが! ―――それに我は色々と知っておるのじゃぞ?」

 

九那実の反撃。その思いもよらなかった言葉を聞いたクシナの、全身が硬直した。

 

「僅かじゃが………お主のアカデミー時代の事は、記憶として知っておるのじゃぞ! 一時期は記憶も同調していたからの! やーいやーい、このチャクラ馬鹿、ピザトマト、赤い血潮のハバネロ!」

 

羞恥のあまり若干壊れてしまったキューちゃん、その彼女から放たれた言葉の矢がクシナの胸に直撃する。実のところ、うずまきクシナは『チャクラは大人、座学は子供!』の逆○ナン君状態で、それをキューちゃんはなんとなく覚えていたのだ。

 

「く………あ、あの時は、そう、仕方なかったのよ! 引越ししたばっかりだったし! みんな木の葉でずっと勉強していたし!」

 

「ふん、アカデミーを卒業した時も座学に関してはドベじゃったくせに。よくそんな事が言えるの?」

 

「そ、それは………そう! 下忍の、ミナトと一緒の班に成るために、わざと………」

 

自分をも誤魔化し切れない嘘の言葉が尻すぼみになるのは、周知の通りである―――ご多分にもれず、クシナの言葉もだんだんと小さくなっていった。キューちゃんは、あさっての方を向きながら表向きだけの理解を示す。

 

「ふーん、へーえ、そうじゃったのかぁ………………………………プッ」

 

吹き出すキューちゃん。その時、クシナの額に井の文字が浮かんだ。

 

「ふ、ふふふ………九那実さん? ず、随分と、言ってくれるわね? 言ってくれちゃったってばね? しかも思い出したくない仇名まで言ってくれちゃったてばね!?」

 

「ふん! 我の体を許可も無しに触るからそうなる」

 

「ああ、温泉での失態を思い出しちゃった訳ね? それはそれは、ごめんなさい………………まあ、随分と可愛いらしい胸だったけどねえ、ちっぱいちっぱい」

 

「いい、度胸じゃ。戯言は終わりか?」

 

顔を真っ赤にしたキューちゃんが、四つん這いになる。キバの四脚の術に似た格好―――それは完全なる戦闘体勢だった。

 

「………アナタもね」

 

クシナも、構えを取る。完全に精神年齢が幼児と化した二人から、膨大な量のチャクラが立ち上った。

 

「そういえば、我らは殴り合―――修行をする必要があったのじゃな………ふん、実に好都合じゃのう」

 

「その点に関しては同意しようかしら………さあ、言葉は最早無用! いざ、尋常に!

 

世界でも有数。かつての世界最強の尾獣、九尾の器をもつとめた人柱力のチャクラが。

 

「望む所じゃ!」

 

天狐―――人を超えた存在、妖狐の頂点でもある人外のチャクラが。

 

砲弾となって、両者の正面で衝突する。直後、二人のチャクラは合わさり弾けて混ざって、勢い良く四散した。

 

それは巨大な爆発となって、周囲の大気を揺るが尽くす。

 

 

そうして、それぞれの修行は始まった。

 

―――最後の一撃を放つ、そのための修行が。

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

 

「お、おいおい。なんかキューちゃんとかーさんが居る方向から洒落にならない規模の爆発がドカンドカンと!」

 

二人の修行(OHANASHIAI)は、離れたところにも居た二人にも、音として届いていたのだった。あまりのチャクラに、素で引く二人。

 

「こ、このままじゃ俺達まで巻き添えになりかねんぞ……どうするんだ、マダオ!?」

 

うろたえるメンマが、マダオに尋ねる。マダオは、落ち着いた笑みをただ、空へと向けた。

 

「―――いい、天気だね」

 

「オィィ!? ここは精神世界の中だろうが!? 夢の中で現実逃避するなってば!」

 

「あ、口癖がでた。やっぱりクシナ似なんだね、小池トンマ君は」

 

「中途半端に混ぜんなよわざとか! ってか現実に戻って来いよ! いや、夢の中だけどよ!」

 

「つまり………夢だけど、夢じゃなかった! 夢だけど、夢じゃなかったッ!」

 

「バンザ~イって違うわこの阿呆マダオが!? ってああ、爆発がこっちに、間に合わ―――ウボァ」

 

「白い光が見える――――ウボァ」

 

 

その後、戦争は数時間に渡って続けられたという。

 

終わった頃、二人の髪は金髪のアフロになっていたとかなんとか。

 

 

 

 

 


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