小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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14話 : 道を選ぶ

 

「と、いうわけで釈放だ。鬼灯水月」

 

「何がというわけなのか分からないんだけど………」

 

網の本拠地、地下にある牢獄。サスケは捕らわれていた水月に対し、素っ気無く事実だけを言う。驚いた水月は説明を要求する、とばかりにサスケをジト目で見た。

 

「余計な火種にしかならんお前には早々にお引き取り願いたい。つまりは―――霧に帰れこの軟体動物が」

 

「いきなりすぎない?! あと説明してって言ったよね!」

 

いきなりかつ色々と理不尽なことを並べるサスケに対し、水月が噛み付く。サスケは不機嫌な眼で見返すのみ。そこに、横から声を挟む者がいた。牢獄に張られていた結界を解いた、結界術のエキスパート、紫苑だ。

 

「止せ、二人共。サスケ、お主もだ」

 

「………」

 

「怒る理由は分かっている。だからこれ以上は聞かぬが―――」

 

視線で問いかける紫苑に対し、サスケは不承不承に頷く。

 

「ああ、分かってる」

 

若干ふて腐れながらサスケは水月に説明をする。今、五大国は緊張状態にあること。音隠れに捕らえられていた水月は、立場が微妙で、うかつに木の葉に引き渡すわけにもいかないこと。

 

「いや、なんで? 木の葉と砂にとって、音隠れというか大蛇丸は一番の怨敵でし。一応は音に居たボクに、聞きたいことがあると思ったけど」

 

先代の影が殺されたのだから、と水月が質問をする。

 

「アイツは木の葉の抜け忍だった。所属していた里、つまりは木の葉としても責任があるし、各国の忍びを拉致していたという事実も見逃せねえんだよ」

 

「………だから、ボクを木の葉に渡せば、新たな火種になるかもしれないと?」

 

「加え、現在は五大国全て………いや、小国も含め全ての国が緊張状態にあるんだ。余計な火種には火種にならず種のまま里に返したい、というのがザンゲツの意向だ。カブトだけは木の葉内部のことを知りすぎているため、木の葉に引渡したけどな」

 

「へえ………今は大蛇丸のことはどうでもいいって?」

 

「死んだ奴の事よりは迫り来る危機を考えるべきだと思ったんだろう」

 

「………へ? ちょ、ちょっと待って。大蛇丸がどうしたって?」

 

「ああ、そういえば伝えてなかったか? 音は滅びたぜ。大蛇丸はとうに亡い、というのが、網と木の葉の見解だ」

 

「亡いだろう、ということは………死んだかは、分からない―――木の葉は動かなかったのか? いやでも、木の葉が動かずに音隠れがこんな短期間に落ちるって………あり得ないと思うんだけど」

 

「はっ、あり得ない存在が実行犯だろうからな。正しけりゃあ、五大国と正面きってやりあえるだけの規格外だ………まあ俺も、まさかここまでとは思っていなかったけどな」

 

いや、あの化物ならありうるか、とサスケは首を横に振った。

 

「話だけじゃね。ちょっと、想像つかないんだけど」

 

「当たり前だ。あれは想定外も想像外も、それこそ埒外の怪物だからな。お伽話に出てくるような怪物で………しかも俺たち忍びを憎んでいるらしいぜ」

 

だから、とサスケは水月を横目で見た。

 

「今は対抗戦力が必要なんだよ。誰でもいい、ってぐらいにな」

 

「誰でも………だからボクに、霧へ帰れって?」

 

「そういうことだ。ま、今のお前じゃあ戦力として数えられないだろうがな。霧時代での師匠に………例えば霧隠れの鬼人あたりに鍛え直してもらえば、少しはマシになるだろうよ、鬼人の再来さんよ?」

 

プッと笑いながらの言葉に水月は怒りを見せた。

 

「ちょっと腕が立つからって随分と言ってくれるね………」

 

「事実だろうが。戦って分かったぜ。お前の刀は速いけど軽い。腕力に技量が伴ってねえ。それじゃあ俺は切れねえよ」

 

「………へえ。じゃあ、ここで試してみるかい?」

 

水月の一言で、場が一気に緊張の色を帯びる。

 

―――が。

 

「……いや、止めておくよ。今は武器もないしね」

 

緊張の空気の中。水月は肩をすくめて、誤魔化し―――機を外す。

 

(―――ここだ。)

 

緊張から安堵の空気を"見せ"、水月は動く。標的はサスケではなく、紫苑だった。近接戦に関しては素人とふんだ水月は、正面からいっても勝ち目のないであろうサスケよりも、紫苑を相手として選んだ。全てはこの場から逃げるためだ。水月はサスケの話を信用しておらず、それが故の決断だった。

 

(取った……!?)

 

―――だが、その目論見は儚く散った。

 

動き出そうとする動作。足に力をこめて駆け出そうとする寸前。水月の喉元には、刀が突きつけられていた。サスケは水月の動作に一瞥もくれず、ただやることをしていた。見せられた虚動に惑わされず、ただ刀を抜き放ち水月の喉仏に刀を示していたのだ。

 

「動くなよ鬼灯水月。動いてくれるなよ――――"間違えるぞ"?」

 

殺気をはらんだ声、そして視線。水月は動けなくなった。サスケの殺気は本物だ。偽りの色などどこにもなく、隣にいる紫苑も青ざめる程に鋭い。

 

雷紋を握るサスケの手に力がこもる。その白刃は、例え水月の喉を切り裂いても致命傷を負わせないだろう。それでも、水月はその場から動けなかった。

 

刃は水月の肉を切り裂けない。白刃は水に喰い込むだけで、赤い液体は流れない。

しかし、それでも――ー"もしかしたら"と。そう思わせるほどに、サスケの殺気は苛烈だったのだ。水月は動けず、サスケもまた動かない。紫苑は動けないまま、しかし止める方法をさがす。

 

互いにそのまま硬直。そのまま無言のまま数秒が過ぎ―――

 

「チッ」

 

舌打ちと共にサスケが刀を納めた。納刀の音が辺りに響き、紫苑が安堵のため息をついた。水月の方も安堵のため息をついていたが、こちらは殺気にあてられ動けなくなっていた自分に気づき、不甲斐なさに舌打ちをする。

 

淀んだ大気。水月の不満感とサスケの抑えられた怒り。紫苑はそんな二人を見ると、今度は呆れた意味での、盛大なため息をついた。

 

「あれ、そいつまだ送っていなかったのか?」

 

後方から男の声。振り向いた紫苑はその声の主を見る。

 

「おお、シンか!」

 

地獄に仏だ、と紫苑は笑いながら答える。これでいてシンという友は、空気をぶち壊すのが得意なのだ。あと、危機においては割と上手く立ちまわることを、紫苑はサイやザンゲツから聞かされたので知っていた。

 

「これから出口まで送るところじゃ。説明は済んだからの」

 

「うん、そりゃ良かった。って空気悪いねーココ。何か、あったの?」

 

シンは何か、のところを強調しながらサスケの眼を見る。

ちなみに額にはバンダナが巻かれていた。言うまでもなくアレを隠すためである。

 

「………何も無い」

 

眼をそらして返答をするサスケ。シンは紫苑を横目でちらりと見る。

紫苑は苦笑しながら首を横に振っていた。

 

「………あっそ。ああ、そういえばサスケ。さっき多由也が君を呼んでいたんだけど」

 

「多由也が?」

 

「うん。あそこ、医療棟に居るから、顔だしといて。病室は東側の、そうそっち側だよ。あの四階」

 

シンは後方、網の建築物がある方向を指差す。その方向を見たサスケ、そこに写った不可解なものに対し、訝しげな声をあげる。

 

「屋上から―――何だあれは? 黒い帯、いや墨か。ということは、あれはサイで………えっと、吊るされてるのは………?」

 

サスケは写輪眼を使い遠視、指し示された方向を見る。見れば、女らしき人物が一人、屋上から吊るされていた。

 

「あの赤い髪は………音隠れと一緒に行動してた、香燐って奴か?」

 

「ああ、そうなるね」

 

「なんで吊るされてるんだ?」

 

「いやそれは彼女、というかあのナマモノが今朝君が脱いだ汗がついたシャツを嗅いでたから―――げふんげふん。いや、何でもないよ?」

 

「ちょっと待て。今ものすごくツッコミたい部分があったんだが」

 

「聞かない方がいいよ。言いたくもないし、何よりもサスケ君―――世の中には知らない方が良いってこと、たくさんあるんだよ?」

 

と、シンは虚しそうに笑う。そのあまりの虚ろさに危険を感じた、サスケはそれ以上突っ込むことが出来なかった。賢明である。

 

「わ、分かった。それじゃあこいつを出口に送り届けてから―――」

 

「いや、いいよ。ボクも手が空いたし、後は任された」

 

「いいのか?」

 

「いいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして一行は出口までたどり着く。水月は歩き、振り返った。追いかけてこない二人、シンと紫苑の方に向かって口を開く。

 

「………本当にボクを逃がしていいのか?」

 

「ああ。首領、ザンゲツの意向だからな。誰も文句は言わないし、言わせない」

 

「サスケの方には聞けなかったけどね。なぜ、と聞いて君は答えてくれるのか」

 

「ああ、そんなこと? 今はどこも緊張状態だからな。木の葉に渡すのも砂に渡すのも………どうにもね。ともすれば余計な火種に成りかねないし、網としても木の葉としても霧としても―――そんなゴタゴタ、今起こすのは心底御免だ。皆が望んだ。だからこその釈放、というわけだ」

 

「へえ………僕も、舐められたもんだね」

 

あるいは自分がどうなろうとも、後でどうにも出来ると思われているのか。水月は先程も不覚を取ったことを思い出し、また機嫌を悪くした。

 

「いや、舐めていないぞ。だからこそだとも言える」

 

「………?」

 

「いやいや、この後に起こるだろう争いの戦力として、だよ。暁の首領と"アレ"を止める戦力として、戦ってもらいたいからだと思う」

 

「暁の首領って、音を潰したっていう? そんな化物が居るのか本当に居るのかね」

 

「まあ証拠は無いね。ここで言葉だけで伝えても埒があかないし、霧に帰ってから聞けばいいよ。修行がてら噂の鬼人とやらにでも聞けばいい」

 

「再不斬先輩に―――いや、ちょっと待って。あの再不斬先輩が、霧に戻ったっていうのか」

 

訝しげな表情で問いかける水月の言に、シンはそのとおりだと答えた。

 

「そうそう。幸い師匠になりそうな人も居るらしいし、早く帰るといいよ。面倒起こさないでね。それじゃあ、これで」

 

シンはそう言うと、あー肩こったー、とボヤきながら踵を返す。紫苑はだらしないのう、とシンに言いながら、同じく踵を返して網の建物群がある道へともどっていく。まるで隙だらけだ。それを見た水月は一瞬仕掛けようか、と思ったが―――やめた。

 

先程もそう。敵意を当てて、感じているはずなのに返してこない。

 

「なんか、毒気を抜かれちゃったなあ」

 

去っていく金髪の男の方を見ながら、水月は変なやつ、とつぶやいた。そして振り返る。目指すは故郷へと、だ。だがその前に、彼は自分の拳を握り締める。

 

「………霧に帰る、か」

 

拳で成せなかったことの数々。水月は、大蛇丸に捕まってからの自分を思い出していた。やれると思っていた彼は、今になってようやく自分の力のなさを実感することとなった。

「………そうだね。うちはサスケの言を信じるに、再不斬先輩は更に強くなっているようだし―――」

 

何より、自分に足りないものはなんなのかが、水月には分からなかった。才能があり、鍛えてきて、力量は上がったつもりだった。しかし足りないと言われた。力とは全く別の方向から見られ、断言された。お前の剣は軽いと。大樹をも切り裂く自分の剣が軽いと言われたからには、水月にしても確かめなければ気が済まない。

 

「………でも、出戻りかあ。情けないなあ」

 

道中聞いた話では殺されずに済むらしいが、氷漬けは覚悟しておかなければならないらしい。水月は一人の少女、幾度か手合わせをしたことがある先輩の傍らに何時も居た少女の姿を思い出した。なぜか、震えが走った。

 

本当に情けないことばかりだ、と水月は肩を落とす。しかし、彼は立ち止まらなかった。不甲斐ない自分の顔を下を向けながらも、歩くことだけは止めなかった。突き動かすのは、野望。亡き兄と約束した出来事が、彼をその場に留めることを許さなかった。

 

「………まだ、ボクは生きてる。なら、まだまだ強くなれる」

 

そう呟き、やがては駆け出した。水月にしては意味が分からない、怒気に染まった天才忍者。全く叶わなかった同い年の少年の顔を思い出しながら。そしてあまりの戦意の無さに脱力させられた変人忍者、全く戦う気が起きなかった金髪の忍者の顔をなんとなく思い出しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったようだね」

 

「そうじゃな………しかし、サスケの奴。あやつ、今日は何か変じゃなかったか?」

 

「変、って?」

 

「いや、もう少し自分を抑えられる奴じゃと思っていたのでな。あんなにあからさまな敵意と殺気を撒き散らす奴ではなかったように感じたのじゃが」

 

「ああ、それは仕方ないよ。それが主たる目的じゃなかったにせよ、多由也を殺そうとした一味の一人だからね。サスケが怒るのも無理はない―――けど、ボクもね。話した事は数える程しかないけど」

 

意外だったよ、と前置いて、シンは言う。

 

「あんなに切れるとは思っていなかったな。ほんと、感じたことないよ、あんな密度の高い殺気。多由也を殺されかけたこと、よほどに腹に据えかたんだろうけど」

 

そこまで言いながら、シンはあっという声を出した。

 

「いや、違うな。怖かったのかも。あの殺気には、もう俺には―――多由也に手を出すなっていう、脅しの意味もあったのかもしれない」

 

「ふむ、多由也は愛されておるのう………羨ましい」

 

「………へ? 紫苑ってば、サスケ狙いなの?」

 

「アホか!」

 

紫苑の金的。シンは死んでしまった。

 

「何をいうかと思えば………妾はメンマ一筋じゃ! まったく、言うに事欠いて………」

とブツブツ文句を言う紫苑。だがシンは悶絶していて、聞いていない。

 

「サイよ………先立つ兄さんを許しておくれ………ぐふっ」

 

やがて光の階段がシンの頭上に現れる。天使がラッパを吹いていた。

 

「ふん、羨ましいというのは、女としてに決まっておるだろう。"いち"女として、アレほどまでに一途に想われてみたいものじゃ……っと、聞いておるのかシン」

 

「………」

 

返事がない。ただのしかばねのようだ。紫苑はそんなシンを尻目に、良い機会だと乙女心をいうやつを教授し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説教をする少女と、悶える少年。その二人の姿を、少し離れた場所から見る者の姿があった。

 

「全く、何をやっているのですか………」

 

ため息。黒髪の妙齢の美女、菊夜が守るべき主のいきなりな行動に、頭を抑えながらぼやく。

 

「………仲が良い、ということだろう。久しぶりの再会で、はしゃいでいるのだと思う。最も、紫苑の方は少しはしゃぎ過ぎだと思うがな」

 

背後にはもう一人、苦笑をする者がいた。うちはイタチである。イタチは、いつかの暁のコートは既に脱ぎ捨てて、今は黒一色の服を纏っていた。

 

「五感が戻って、間もないですからね。色々な人と話す機会も増えましたし、活発になるのは良いのですが………」

 

「慎ましさを身につけて欲しいと?」

 

「はい。女だから、と言うわけではないですが……先代様の姿を思い出しますと」

 

「………紫苑は紫苑だろう。無理に"らしく"を求めるべきでは無いと思うが」

 

育ちが育ちだからな、とイタチは言う。菊夜は苦笑しながら同意した。

 

「それもそうなんですけどね……しかしイタチ、貴方もここ最近で変わりましたね」

 

「オレが?」

 

「ええ。前とは大違いです。いつも弟さんの事を想っていたからですかね………どこか上の空でしたが、今は違います」

 

「自覚は無いが………」

 

「ならば無意識にですが。重症ですね」

 

と、菊夜は笑う。それはもう嬉しそうに。それを見たイタチは何をそんなに喜んでいるのか分からず、問うた。

 

「何か良いことでもあったのか?」

 

「はい、色々と………しかし奇妙な縁ですねえ」

 

虚空を見上げ、言う。

 

「本来ならば出会う筈がなかった。でも今、私達はこうしてここに居る。木の葉隠れ、鬼の国、根の構成員候補、網………どれも、つながりがあるようで無い、そんな出自ですのに」

 

「そうだな。サイやシン、サスケはともかくオレや紫苑、貴方にザンゲツは本来ならば出会う事はなかったのだろうな。あの、一人の少年が居なければ」

 

―――遠く。最終決戦を前に修行に入っているであろう、金の少年の姿を思い出し、イタチは苦笑した。

 

「未来のためにも、紫苑様の為にも。彼には何としても勝って欲しいですが………イタチ。貴方の眼から見て、どう? 彼はペインに勝てそうかしら」

 

「………正直、難しいと言わざるを得ない。切れる札の一枚は託したが………問題は、あれを活かせるような場面を作れるかどうかだ」

 

それで勝敗が決る、と厳しい表情でイタチは言う。

 

「輪廻眼を前に、小細工は通用しない。ペインより自分が勝る部分を活かして、勝てる理を以て挑んでようやく土俵に立つことができる」

 

それが無ければ勝負にもならない、とイタチは険しい顔になる。

 

「そこからは小細工無用の力勝負になるだろう。幸いにも、材料が揃っているのでなんとかなるかもしれない、と四代目は言っていたが………」

 

「そうですか………貴方も託したのですか」

 

「ああ。そちらも?」

 

「ええ。最終手段として、最後に切れる札の一枚として欲しいと言われたので、渡しましたが………」

 

菊夜の顔が曇る。

 

「使わないでいてくれたら最上なのですが………どうも、そういう訳には行かなさそうですね。成熟した経絡系を持つ自分ならば大丈夫だと言っていましたけど……」

 

ぶつぶつと不安気に呟く菊夜。イタチは何を渡したのか訊ねようとした。

 

が、どうにも答えてくれなさそうなので諦めた。自分もそうだ。聞かれても、答えないだろう。万が一、身内より外の他人に知られれば、追われるひとつの原因となる。イタチは、そんな恩を仇で返すような真似をするつもりはなかった。

 

「しかし、参加できないか。業腹だな………自分が。例えあいつがそれを望んだとしても―――」

 

もう万華鏡写輪眼は使わないでくれ。四代目火影ことマダオ、そしてメンマに一対一で戦わなければ理由と共にそう言われたイタチは、最終決戦に参加しないことを誓わされた。

『死なせるために助けた訳じゃないし、"うちはイタチ"を助けたのは、弟だ。うちはサスケだ。そしてこれは俺の戦いで、参加するのは俺だけでいいんだ』

 

屁理屈だ。俺にも戦う理由はある。そうイタチは返したが、メンマは苦笑しながら首を振るだけだった。

 

『ああ、屁理屈だ。もしかしたらペインは………約束を破り、木の葉を襲うかもしれない。だけど、俺はそうならないと思うんだ。確証はないけど、そう思う。だから、納得してくれれば嬉しい』

 

あくまで強制せず、頼むような口調。

 

そして、続きの言葉を聞いたイタチは、頷かざるを得なかった。

 

 

「"誰も彼もが幸せになる、その為に"―――か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、網の病院の、とある一室。そこでは、ベッドで寝こむ

 

「………何しに来た」

 

「久しぶりの再会だってのに、随分な挨拶だな……左近」

 

起きているのはお前だけか、と多由也は並んだベッドを見ながら言う。

 

「ふん、タフさなら俺が一番だからな………チッ、出て行けよ。あいにくとお前と話をする気分じゃない」

 

いいから出ていけよ、と左近が言う。左近としては大声で出て行け、と言いたい気分であったが、全身に走る激痛がそれを許してくれなかった。こうして話をしているのも億劫で、常人ならば気絶している程の痛みだから無理もないことだ。

 

「………」

 

それを見た多由也は一歩、下がると腰元から笛を抜いた。

 

「………っ」

 

止めようとする左近。だが、なぜだか動けなかった。反射的な意志ではなく、体がそれを止めたのだ。

 

そうして、奏でられる旋律を前に左近の顔が驚愕に染まった。

 

「………体が?」

 

体を支配していた激痛が、旋律と共に徐々に安らいでいくのだ。左近は、激痛の原因となっているのは恐らく経絡系の破損だろうと考えていた。呪印の暴走による、経絡系の酷使が原因だろうと。だから、この旋律の効果がなんなのか、左近は直感的に理解した。

 

「………その笛は、経絡系の流れを?」

 

「ああ。そのものを操れる訳じゃなくて、あくまで正常に戻すぐらいだ。まだ、呪印が暴走した時の"残滓"が残っていたようだからな」

 

だから流れすぎているチャクラを抑制した、と多由也は言う。

 

「経絡系自体の修復は………やってみないと分からないが、できると思う。今は痛みを抑えることしかできないけど………少しはマシになったか?」

 

「………ちっ」

 

左近は答えず、顔を横に逸らした。今更ありがとうなど、言える間柄ではない。

多由也もそれを理解しているが故に、二度は問いかけない。

 

沈黙が場を支配する。やがて、左近は顔を逸らしたままで口を開いた。

 

「……なんで、助けた」

 

何故殺さない、と不機嫌な口調。多由也はその問いに対し、首を横に振った。

 

「助けたわけじゃない。これはそんなに便利なものじゃない。あくまで、補助をすることしかできない」

 

「補助、だと?」

 

「ああ。"戻りたい"と。お前たちにそういう意志があったから。体は元に戻ったんだ。ウチはそれを増幅しただけ。あのまま、戦いたい………違うな。死にたいと思っていれば、そのまま体は死を選択していただろうよ」

 

「………」

 

「戻ってるんだろ、記憶。呪印の拘束も、外れているんだろ」

 

「………」

 

多由也の問いに、左近は舌打ちをもって答えを返した。逸らされた顔と、沈黙が肯定の意を示していた。多由也はそんな左近の態度を特別どうこう言うことはなく、背後にあった荷車を前に持ってきた。その荷車の上には、握り飯があった。左近、右近、鬼童丸、次郎坊の4人分の昼食だ。

 

「音隠れのことも聞いて、混乱しているだろうけど―――取り敢えず、飯だ」

 

それぞれのベッドの横にある簡易テーブルに、それぞれの握り飯を置きながら、多由也は皆の容態を見ていく。

 

「経絡系と………筋肉もボロボロのようだな」

 

「………ああ」

 

「そうか………暴れるなよ。今はまだ応急処置しかできていない。こんな状態で無理に酷使すれば、二度と戻らなくなるぞ」

 

それだけを告げ、多由也は部屋を出ていこうとする。その時、多由也の背中へと声がかけられた。

 

「待てよ。まだ答えを聞いてねえぞ―――なんで、俺たちを殺さないんだよ」

 

お前を殺そうとしたのに、と左近は不機嫌そうに問いかける。理解できないが故の問いかけで、心底分からないこと。多由也は、振り返らずに答えた。

 

「………自己満足だよ。左近、右近、鬼童丸、次郎坊―――今のお前らの立場は、もしかしたらウチが立っていた場所かもしれない」

 

ただ運が良かっただけだ、と多由也は言う。

 

「あの言葉を聞いていなければ、ウチは呪印に囚えられたままで、夢を忘れていただろう。切欠はウチ自身のものじゃなくて―――運が良かっただけだ」

 

だから返さなければ、と多由也は笑う。

 

「ウチらは間違えた。孤児だった所を、大蛇丸様に拾ってもらって―――壊された。だけど、それを選んだのは結局の所自分自身だ」

 

孤児だった頃に、それぞれが望んだ夢。色々あったけど、全員が全員、逆の事をしてしまった。そこで左近は思い出した。修行時代、多由也が語っていた夢のことを。

 

「音で、人を助けるか」

 

「ああ。そんで、戻ったウチはそれを続けていこうと思う。間違ったけど、間違ってしまったからには―――だからこそ、償いをしなければならない。母さんの薫陶も、胸に残っている」

 

施しには感謝を。そして恩には音を。多由也は、それを実践するだけだと言う。

 

「………償い、か。死んだ相手に?」

 

「いや、自分自身にだよ。あの日孤児院から出てきて、音隠れの里に来て、修行をしていた宿舎で―――あの時に夢を誓った、自分自身にだ」

 

死んだ相手が許してくれることはない、と多由也は言う。死んで許してくれる者などどこにもいないと多由也は言う。罪を放り投げて死ぬことこそが、最低の選択だと。

 

「結局のところ、これも自己満足なんだけどな。けれど選択はいつだって二つ、生きるか死ぬかだ。そして生きるのなら、何ができるかを考えた。助けるか、壊すか。そうしてウチは選んだ」

 

死んで出来ることなど何も無いと。そう自分を誤魔化してもいると、多由也は言った。

 

「放っておけない奴もいるし、死なせたくない奴も居る。だから身勝手ながら、ウチは生きる事を選んだ。生きて、多くの人を助けようと、そう決めた。だから―――お前たちを助けた」

 

選びなおす切欠も無いまま死なせるのは不公平だと、多由也は考えているからだ。

 

「………俺たちが壊す事を選んだら?」

 

「ウチが止めるさ。暴走もしていない今のお前らに、万全のお前らに一人で適うとも想わないけど、死んでも止めてみせるさ。助けるために」

 

そうして、けれど、と多由也は振り返る。

 

「選んだこととか、その理由を教えてくれると嬉しい。互いに悔いのないように、な。正直、暴走しているお前らを見るのはちっと耐えたよ」

 

「………ああ」

 

「じゃあな。お大事に」

 

ばたん、とドアの閉じる音。去っていく多由也の足音を聞きながら、左近は不機嫌そうに口を開いた。

 

「………さっさと起きろよお前等。今の話を聞いてたんだろうが」

 

狸寝入りはやめろ、と左近が殺気を飛ばす。それに反応して、他の2人が起きる。

 

「どこから聞いてた?」

 

「笛の音を聞いた後ぜよ」

 

「同じくだ。体の痛みも、いくらか和らいだからな」

 

「………ちっ」

 

特にどうということもなく、左近は融合を解いた。弟の右近が出てくるが、場は沈黙に包まれた。それぞれに考えることがあるのか、誰ひとりとして口を開かない。帰る場所が無くなったこと、呪縛が解けたこと。解かれた暗示と蘇った記憶に、4人は何も言うことはできなかった。

 

「……取り敢えず、温かい内に飯を食おうぜ。握り飯は人数分用意されてるようだし」

 

「そうだな」

 

腹が減ったままでは何もできないと、他の3人は賛同する。握りたてのおにぎりはどうやら炊きたての米で作ったようで、少し湯気が出ていた。

 

左近はまず、盆の用意されていた冷茶を飲む。冷えた水分が食堂から全身に染み渡った。次に握り飯に添えられた海苔を巻いた。ぱりぱりの海苔が白ご飯に巻かれ、次に握り飯にかぶりついた。温かく旨みのある白い米粒が、塩の味と共に口の中で解けてゆく。

 

「……ちっ、相変わらず旨えな」

 

「そういえば、料理関係は全部アイツに任せていたんだっけか」

 

4人は、『クソ、なんでウチがこんな事しなきゃなんねーんだ』、と口悪くぼやきながらも料理を作っていた多由也を思い出す。

 

「………そういえば、サバイバル演習中は世話になりっぱなしだったな」

 

「………宿舎でも、ぜよ」

 

イナゴの佃煮じみたゲテモノ料理を作る鬼童丸。大きめの肉を切り刻んで焼いて"飯だ"という次郎坊。単純に下手くそで、油ぎったものしか作れない左近、右近。それを前に、母親の教えから、それなりの知識と腕があった多由也が飯番を任されるのは、いわば必然という流れでもあった。

 

思い出した4人は、再び無言になる―――その、直後。

 

「……これ、は」

 

おにぎりの、中心。そこに含まれていた"具"に、全員が驚いた。

 

「………ちくしょうが」

 

左近には、鮭。右近には、昆布。

鬼童丸には、辛子明太子。

次郎坊には、梅干。

 

全てが、それぞれの好みであった具。

 

「覚えていやがったのか………」

 

口悪く悪態をつく。つかざるを得なかった。

 

 

4人の脳内で、その時にあったやりとりが、想起された。

 

 

『ああ!? なんでウチがそんなもん作んなきゃなんねーんだよ!』

 

『おい、口が悪いぞ多由也。女というものはだな……』

 

『口うるさく説教垂れてるんじゃねーよ、デブ! ってかお前ら自分で作れよ!』

 

『え、作っていいぜよか?』

 

『『『お前はやめろ』』』

 

『ちっ、なんだよ、好みの具くらい言ってもいいだろうが』

 

『そうだぜ、せっかくなんだから』

 

『うるせーよ! それなら具を統一しろよ! なんで全員バラバラなんだよ! 用意するのクソめんどくさくなるだろうが!』

 

『だから多由也―――』

 

『うるせえっつってんだろデブ!』

 

『おにぎりにイナゴはだめぜよか?』

 

『いいけど布団の下で一人で食べろよきもちわりーんだよ』

 

『と、いうことで俺昆布』

 

『俺は鮭ね』

 

『………梅干だ』

 

『辛子明太子ぜよ』

 

『てめえら………っ!』 

 

口悪く悪態をつきまくる多由也。それでも全員分を作った彼女に、4人は意外そうに、それでも満足しておにぎりを食べたのだ。

 

 

「……」

 

思い出した4人は、黙々とおにぎりを、噛み締めるように食べていく。

 

「………?」

 

そこで、左近が手を止めた。その後に、何かあったのを思い出したからだ。

 

「おい、そういえば――」

 

口を開こうとした左近が、硬直する。見れば、次郎坊が顔を真っ赤にしていた。左近はそんな次郎坊の手にあるおにぎりの、中にある具を見た。

 

問答無用のカラシの塊だった。

 

「ああ、そうだったな」

 

4人の中で、過去と現在が重なった。あの時もそうで、なんだかんだいって全員の無茶を聞いておにぎりを作った多由也だったが、腹いせにひとつ爆弾をしこませていたのだ。

 

はじめに発覚したのは、食べるのが一番早い次郎坊のおにぎり。

 

「ぷっ………」

 

知らず、笑い声がこぼれていた。それは鬼童丸、右近も同じで、次郎坊から顔を逸らしながら笑いをこらえていた。あの時と同じで、耐えきれなかった。顔を真っ赤にした次郎坊はまるで達磨のようで、顔を真っ赤にして藻掻く姿は爆笑必至なおかしさだ。耐えることを放棄した3人の笑い声が、病室に広がっていく。

 

藻掻く次郎坊。左近は笑いながらも、盆にある茶を取って、投げ渡した。次郎坊はそれを受け取り、勢い良く飲み干す。

 

「さーて、どうしようか」

 

残る一つのおにぎり。中を見れば、ひとつだけカラシが入っている。

 

「………」

 

無言のまま。3人も、中身を確認した上で、口の中にカラシおにぎりを放りこむ。鼻を刺す激痛。あまりの辛さに、全員の眼から涙が滲み出た。もがき、用意していた茶を飲む。それでも辛さの残滓が、鼻を苛んでいた。全員の顔が赤い。特に鼻のあたりは真っ赤になっていた。

 

「ぷっ………」

 

爆笑が、病室に広がる。全員が、笑っていた。笑いながら、うつむいていた。

 

 

――――両の眼から溢れる涙を、カラシのせいにしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何だ、あの笑い声は」

 

多由也に作ってもらった大好物のおかかのおにぎりを食べながら、サスケは不気味だと呟いた。

 

「いやいや、なんでもねえよ。それより、水月の方は無事送り届けられたのか?」

 

「………ああ」

 

一瞬口ごもるサスケ。何かあったな、と感づきながらも、多由也は追求しないでいた。

 

(わりと子どもっぽい所があるからな………)

 

決まりが悪そうな顔をしているサスケ、こんな表情を見せている時は問い詰めてもごまかすばかりだ。それよりも、と多由也はサスケに部屋に呼んだ理由を説明する。

 

「手紙の件だけど……」

 

言いにくそうな多由也の言葉に、サスケはああと頷いた。

 

「どうするのか、決めたのか」

 

問いかける言葉に多由也はうなずき、口を開く。

 

「ああ―――私は、網に残る」

 

「………そうか」

 

「………」

 

多由也は無言になる。何も言えない自分の、その頭の中で手紙の内容を思い出していた。辿々しい文字で書かれた、置き手紙。それには、こう書かれていた。

 

『これを見ているということは、俺は既に網から去っているだろう。まず、何も告げずに別れる不義理を許して欲しい。本当に唐突に状況が変わったんだ。どうやら相手は俺との一対一をお望みのようでござい。連れていけない理由は色々あるが、これも語れない。相手から止められているからだ。まあ、そんなことは置いておいて、多由也、今までありがとうな』

 

時間がなかったのだろう。文字は汚く、走り書きのようだった。だけどありがとうという文字だけは綺麗だった。

 

『毎日、いい音楽を聞かせてくれてありがとう。紫苑を助けてくれてありがとう。大切なことを思い出させてくれてありがとう』

 

ありがとうを言うのはこっちの方だと、多由也は苦笑をする。切欠を与えてくれたのはお前だろうが、と。

 

『紫苑を治療したあの演奏は本当に良かった。言葉にはできないほどに。母親の記憶は無い俺だけど、それでも自分の中の何かが脈動を打って、なんか心地良くなった』

 

うずまきクシナがどういった人物なのか、何時死んだのか多由也は知らない。知らないが、メンマがそう感じてくれたのならば自分も嬉しいと、頷いた。

 

『往く道を選んだことは既に聞いたっけな。その上であちこち色々と振り回してしまったけど、それも今日で終わりだ。明日からは戦場に連れまわされる必要もない。辛かったと思うけど、今まで本当にゴメンな。いやありがとうというべきだな。ここから先は、多由也の自由だ』

 

助けられたあの日と同じ。唐突すぎるメンマに、多由也は苦笑せざるを得ない。

 

『ザンゲツには話を通している。多由也が今まで受け取らなかった、給金もそこに預けている。木の葉の方にも、指名手配の令状を外してもらった。木の葉崩しのアレと、先の角都と飛段との戦闘の時借りを作ったからだけど、しぶしぶながらも了承してもらった』

 

おそらくは、襲撃を予想していたのか、手紙にはそう書かれていた。なら言っとけよ、と多由也は思ったが、そうしたら相手が警戒して別の方法を取ったかもしれないので、一概には言えないかと難しい表情を浮かべざるを得なかった。

 

『別れじゃないんで、多くは語らない。多由也の行く末に関しても心配してない。多由也はしっかりしてるからな。ただ、ひとつ。横にいる暴走しやすいサスケ少年を抑えてくれれば助かるな、なんて』

 

後半の一文に、多由也は笑いながら、同意した。多由也も同じ感想を持っていたからだ。サスケは頭は回るし、切れるが、感情に振り回されやすい傾向がある。それを抑えてくれれば助かる、と言っているのだろう。

 

『あの隠れ家は自由に使っていい。だけど暗号の印は変えないでね。自分の家の罠にひっかかるとか、間抜けにも程があるから。』

 

了承し―――少し呆れる。信頼してくれるのは嬉しいが、あんな広大な家を自由に使っていいとか、どれだけ懐が深いんだと。

 

次の一文。結びとして書かれた言葉で、その呆れは喩えようのない感情に変えられたが

 

 

『――また会おうな。叶うならばいつか、俺達のあの家で。前のように、酒を酌み交わせれば――』

 

 

そこまで思い出した多由也は、現実に回帰する。そしてサスケが怪訝そうな表情を浮かべているのに気づいた。

 

「なんだ、その百面相は」

 

「いや、何でもない。それより、お前はどうするんだ? ―――手紙、見せたくないっていうから見せてもらってないけど」

 

多由也の問いに、サスケはばつが悪い表情になった。

 

「……いや、見せられるかよ。特にお前には」

 

「あんだよ、悪口でも書かれてんのか?」

 

「いや、悪口じゃない。ない、けど………」

 

と、サスケは手紙に書かれていた内容を思い出す。

 

『拝啓うちはサスケどの。噂のペインさんはどうも一対一をお望みのようで、それを邪魔したり多人数で喧嘩挑めばマジでヤバイ事になりそうです。具体的にいえば、油揚げを目の前で食べられたキューちゃんぐらい。あと、再不斬の浮気現場を見た白ぐらい』

 

前半は見たことがあるが、後半は見たことが無い。しかしそれはもうものすごいことになりそうだ、とサスケは身震いする。再不斬が居れば勝手に浮気すると決め付けんな、と首斬り包丁の一閃ぐらい飛んできただろうが。

 

『俺としてもあんな規格外なデタラメーズを相手に一対一で戦うのは正直辛い。すげー辛いけど、やらなきゃいけないらしい。だったらやるしかないよね、男の子ですもの』

 

サスケは口調がキモイと正直な感想を携えつつ、やらなきゃいけないという部分には同意した。

 

『ちゅーわけで、解散。あるいは撤収。あとは各自自由行動かつ自己責任でよろ。マダラもなんだかんだで死んでたし、イタチとも戦わずに済んだし、いい事尽くしでハッピーエンド。世界はこんな筈じゃなかったことばっかりだよね。今回はいい意味で嬉しい方向に転んでくれたけど。というわけで、完』

 

勝手に終わらせるなとサスケは悪態をついた。返すものも返せなくなるじゃねーかと。

 

『このひと騒動の後、サスケが往く道は多々あると思う。ザンゲツは選んだ。シンとサイも選んだ。再不斬と白は言わずもがなだ。紫苑も、選んでいるとは思う。みんなそれぞれの夢があって、夢見る絵を餅ではなく現実にしようと頑張っている。オレも同じだ。だからおまえら兄弟が選ぶ道に、あれこれは言うつもりはないけど………多由也は滅多に居ない良い女とだけ付け加えておこう。まあ、俺よりもお前の方が知っているだろうけど』

 

当たり前だ、とサスケはふんぞり返る。それに関しては、世界の誰にも負けない自負があった。最も多く、傍にいて接していた自分には。

 

『けど、木の葉には連れていけないぞ。多由也もそれを望まないだろう。彼女には彼女の夢があって、網に残ることが夢にとって一番いい選択肢になりそうだからな。後は、お前自身だ………という言い方は卑怯だな』

 

誘導尋問のことを言っているのだろう。けどサスケは、選択を縮められているとは想わなかった。長いとは言えない付き合いだが、分かっていたのだ。メンマは嘘を付くが、肝心な所で卑怯な真似はしないし嫌な嘘もつけないと。

 

『遠く離れた地にあっても、故郷を思うことは出来る。また、木の葉の外でしかできないこともある。尊敬すべき兄の言葉で、マダオも同じ意見らしい。だから、選ぶといい。その卑怯臭い性能を持つ眼を以てして』

 

続く言葉に、サスケは悩んだ。数秒悩んで―――選んだ。

 

『出来ることはひとつ。野望の元に、野望の障害となるものを壊すかあるいは、守りたいものを守ることだけ。だけど、お前に野望を達成できる程の素養はない。なぜならお前は優しすぎる。家族の敵を討つと心に決め、それ以外何も要らないと言えるほどに。自分の欲望を抑え、自身を省みない、そんな純粋一途な馬鹿に他人を陥れることはできない。単純で純粋なお前は、非道にはなりきれない。必然、悪党に成りきれない甘さを残しているお前は、いつか道の途中で間違えた道を示され、信じて、もっと悪どい輩に利用されるだけだと思う。だから本当に守りたいものを、失いたくない者を見つければいいと思う。いや、人だな。特に傍に居る人間を守れれば、一緒に居たいと思える人間の傍に居られれば。朝も昼も夜も共に生きられれば、毎日笑い合えれば、夢を追いかけられれば。これ以上の幸いは無いと俺は考える』

 

想像してみて、サスケは深く頷いた。死にかけた多由也の顔を思い出し、頷いた。二度、あのようなことがあれば―――自分は狂うかもしれないと。

 

死にかけて、本当に思い知らされた。ひとつ、隠れ家での生活の中、いつしか当たり前だと思うようになっていたことが、泡沫の夢に過ぎないということを。日常というのは容易く壊れるということを。そしてもう一つ、失って壊れそうになるほどに、目の前の赤毛の少女を失いたくないと想っている自分に。

 

『その眼でどこを見るか、誰を見つめるか。それが誰にとってもの幸いになればいいと、俺は願う。お前にしか出来ないことがあって、お前もそれを望むのならば、それも良いと思う』

 

ザンゲツから聞かされた話を思い出す。わずかでも、世界に秩序を。暴走する尾獣と、人柱力の居場所と存在意義を作るために。うちはの眼が、誰かに誇り続けるものであるように、と。

 

結びの文は、単純爽快。そして、分かりやすい一文。

 

 

『だから死ぬなよ、サスケ。俺も、絶対に死なないから。そしてまたいつか、あの家で――』

 

 

結びの文を思い出し、サスケは決めた。迷っていた選択肢。選ぶ道を、決める。来るなといった馬鹿の、最後の戦いを―――邪魔はしなくとも、見届けることは同じ。

 

その後にどうするかを、サスケは告げていなかった。すなわち、木の葉に戻るか、網に残るか。後半の一部は自覚していないものだったが、そうなのかもしれない。少なくとも自分には、他人を踏みにじって生きるという大蛇丸のような道を選べそうにない。

 

木の葉に残っても同じ。きっと、あらゆる制限をかけられて、あるいは何も出来ないまま一生が終わってしまうかもしれない。

 

色々な情報を元に。サスケは迷いに迷いを重ねた上で、多由也の回答を聞いた上で―――結論をだした。

 

「いや、思えば簡単なことだったのかもな………」

 

「え、何がだ?」

 

不思議そうに言う多由也に、サスケは苦笑する。脳内で想像してみた結果だ。分からないのも無理はない。

 

なんかみょーに多由也の方を見つめている重吾。おそらくは多由也に気があると見た。

もしも自分が木の葉に戻って、多由也と別れて、そんでもって多由也が重吾と付き合うとかそういう事になったら、と。

 

「お、おい!? なんか眼が万華鏡に……!?」

 

「ああすまん」

 

落ち着け、落ち着けオレ、とサスケは深呼吸をする。思っていた以上にきついというか想像しただけで幻想の重吾に天照発動寸前。

 

「何でも無い。けど、そうだな……さすがに会ってばかりだし、積極的になりそうにないあいつなら―――いやちょっと待て」

 

そしてまた想像してしまった。みょーに粉をかけてくる金髪の兄の方が、多由也と一緒に笑い合っている所を。

 

「くっ、あの野郎許さねえっ………!」

 

「えっと、あの、サスケ……? なんか変なもんでも食ったか?」

 

「いや、多由也が作ってくれた旨いおにぎりだけだ。つまり無問題」

 

「ならいいけど………って、いつになく素直だな。あと何か壊れてないか?」

 

「大丈夫だ………ただ、想像しちまっただけでな」

 

なんというか、思った以上に辛い。否、辛すぎる。理屈以前の問題で、絶対に認められない。

 

―――サスケ自身は自覚していないが、彼は親しい者を失うことを、極度に恐れていた。

多由也を目の前で失いかけてからは、より一層その程度が酷くなっている。隠れ家で家族のように一緒に過ごして、数年。しかも料理を作ってくれて、悪態を付き合える親友のように、また頼ったとしても折れない強さを持った女性。

 

割と一途かつ家庭的な面に飢えていて、また男友達が少なかった彼にとっては両方の面において"ど"が付くほどのストライクだった。

 

たまに自分に見せてくれる母性あふれる面と、笑いながら馬鹿をやれる所と―――あの夜に見せた、夢に対する苛烈一途な信念と。どれもが過去に憧れて、失ってしまったもので、一人孤独に暗い道を進もうとしていたサスケにとっては、眩しい太陽のようなもので。

そして、心配そうに添えられた手は温かく。感じた温もりを、何よりも失いたくないと思った。だからその選択肢を選ぶ前、七班の面々それぞれの顔がサスケの脳裏に浮かんだが―――すぐに消えた。選べるのは二つで、サスケにとってはどちらが大事かは自明の理であったからだ。

 

網での役割もまた魅力的で、かなりの裁量が与えられるだろうことは彼としても理解していた。そして、それが平和に―――世界の、木の葉の平和に繋がることも。

 

「決めたよ」

 

笑い、サスケは多由也の眼を見る。緋色。炎のような、鮮やかな赤。この炎を、失いたくはない。二度と消させたくはないと、その想いがどれよりも一番だった。

 

 

「オレは―――」

 

 

 

かくして、また一人の歴史が変わった。血塗られた道が用意されていた、少年の眼前に決められた道は既になく。

 

一人の少年としての道が開ける。決められたものではなく、誰とも同じ―――険しい道が。

 

 

余談ではあるが、決意を告げた時の多由也の表情―――多由也にしては珍しく、歓喜の想いを全面にだした笑顔は、見せられた彼だけしかしらない生涯においての彼の一等の宝物になったという。

 

 

 

 

 

 

 

「で、何で君は泣いているのかな?」

 

吊るされながら涙を流す香燐―――読唇術で病室の会話を聞いていた赤髪の彼女が何故か涙を流していたので、サイは笑顔でたずねてみた。

 

返答は涙ながらの愚痴言葉。

 

「うう………ちくしょう、お前にこの気持ちが分かるかよ………くそぉ、サスケェ」

 

「………いや、分かると思うよ、きっとね。でもそれとこれとは別だよ」

 

サイは墨での拘束を緩めない。しばらくして、香燐はサイに聞いてみた。

 

「なあ………お前も男だろ? 一応聞いてみるけど、あの女にあってウチにないものって、何だ?」

 

唐突な問いに―――でもサイは真剣に考えた後、たっぷりと余韻を含めて、言った。

 

 

「………胸?」

 

 

「表ぇ出ろぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃。とある誰かの心の中で、同じく叫び声を上げている者が居た。

 

 

「君がっ、泣くまでっ、殴るのを、止めないってばよっ!」

 

急ぎ喋っているせいで語尾があれな感じになっている、女性。

 

「たわばっ、ひでぶ、あべしっ!」

 

空中で左右のフックを食らい続けている、金髪の男性。

 

「まっくのっうちっ! まっくのうっちっ!」

 

その背後で足踏みをしている、少年。

 

全ては仲の良い―――親子のふれあいの一幕。その背後で一人佇む天狐は呟いた。

 

 

 

「………え? これ、我がぜんぶ収集つけなかきゃならんのか?」

 

 

 

 

 


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