小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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13話 : 最後の帰郷(下)

 

それは、いつかの時。今はもう思い出せない光景だ。監視の忍びの目を抜けだしたオレは一人、ラーメン屋"一楽"の、のれんを潜っていた。

 

―――こんばんわ、てうちのおっちゃん。

 

「おう、ナルトか………まあ、座んな。すぐにラーメン出してやっからよ」

 

―――あ、りがとう。ありがとうってばよ。

 

「………ま、いいってことよ。いいから、水でも飲んで待ってな」

 

―――おいしい。

 

「おう」

 

―――おかわりってば。

 

「って早えな! よし………今日は俺のおごりだ! じゃんじゃん食え、ナルト!」

 

―――うん、ありがとうってばよ。

 

「いいってもんよ。しかし、おめえ………ラーメン食べてる時は笑えるんだな。え、笑うって何、って? ―――いや、まあ………くそ。ほら、お代わりだ」

 

―――おいしい。いつたべても、てうちのおっちゃんのラーメンはうまいってば。

 

「そう言ってもらえるとなあ。へへ、料理人冥利に尽きるってもんよ。しかし、感想もあの子と同じだな………っと。ああ、そういえばお前、あの子とは会ってるのか? 

ん、何、あの子って誰だって? ―――あ。ああ、すまん、忘れてくれ」

 

―――へんな、おっちゃん。まあいいや。たべていいってば?

 

「おうよ。ふん、相変わらずイイ食いっぷりだな」

 

うん、おいしいからな。

 

 

 

 

そうして俺は、目の前のご馳走に。いつもの冷たいご飯ではない、温かい食事に夢中になっていく。でも、楽しい時間はあっという間。気づけば残るは、一飲み分のスープだけ。

―――ん、っと。きょうも、ごちそうさまでしたっと。

 

「へへっ、まいど。どうだ、うまかったか? ―――ああ、そりゃよかった。じゃ、色々と辛いことあるだろうが………頑張んなよ」

 

うん、わかったってば。

 

「………分かった、か。その割にはお前………いや、いい。それより、今日も一人か?」

うん。さんだいめはふっこうとかでいそがしくて………ほかのひとたちも、いそがしいから、しかたないってば。

 

「そっか、一人か………寂しいか?」

 

うん。ひとりはさびしいけど、さびしいけれど………しかたないってばよう。

 

「……仕方ない、か――――そうか。」

 

うん。だから、それじゃあ………また。

 

らいしゅうもまた、くるってば!

 

「おう、また来いよ!」

 

そうしてオレは、手を振って約束をする。暗いくらい夜の道の中を帰る前に、明かりに満ちていた店に向かって。店の前に立っていた店主に。テウチさんに向けて、手を振る。

 

 

(でも、次はなかった。来れなかったんだよなぁ。その夜の帰り道、オレは――――)

 

 

「―――メンマ?」

 

唐突に、横からの声。少しハスキーで、それでいて艶のある。いつものキューちゃんの声が、俺の鼓膜を震わせた。

 

「………ああ、何だ?」

 

返事を一つ。隣に居る相棒に言葉を返しながら、オレは俺へと戻っていた。かつての光景は夢幻に消えて、視界には今の光景が映る。見慣れた店の中、見慣れたカウンター。数年前は修行の場だった、テウチ師匠の店。

 

ラーメン屋“一楽”。木の葉にきた目的のひとつでもあった、テウチ師匠への挨拶。この後夜明けまで飲み明かそうというマダオに一時間だけを借り、その目的を達成するため、俺達3人は一楽へと赴いているのだった。

 

最後に顔を見せたのは中忍試験の直後だから、実に3年振りとなる。師匠は俺の顔を見ると驚愕の表情を見せたが、すぐ後には笑顔を浮かべてよく来たなと言ってくれた。

 

そうしてラーメンを注文して、待っている時だった。今の光景が浮かんだのは。

 

「お主、顔色が悪いようだが………どうした? もしかして、もう酔ったのか?」

 

考え込んでいる俺に対し、17歳ぐらいに変化しているキューちゃんが心配そうに訊ねてくる。まつげ長え。

 

「ん、あまり酔ってはいないようだったから、心配ないと思っていたけど………水、飲む?」

 

同じく、17歳ぐらいの黒髪グラサンに化けたマダオが、これで酔いをさましたらいいよ、と水を差し出してくる。

 

俺はマダオに礼をいいながら、水を口に含んだ。冷やされた水は俺の口を嚥下し、体の中に落ちていく。と、少し酔いが冷めたように感じられた。それほどに飲んだつもりもないが、知らず酔ってしまっていたのだろうか。

 

「いや酔ってない、酔ってないもんね!」

 

「蟹座乙」

 

「ふふ、でもメンマ君ったら顔が真っ赤だよ? 知らないうちに飲み過ぎたんじゃないかな」

 

テウチ師匠の娘、アヤメさんがからかうような口調で言ってくる。俺は頷きながら、グラスを持って冷えた手を自分の頬に当てる。

 

「………そうかも。思ったより熱くなってるし」

 

酔っていないというのは酔っ払いの証拠だし。でも美味しかったら後悔はしていない。そう言うと、アヤメさんは店の名前を聞いてきた。店の名前を言うと、彼女は少し驚いた表情を浮かべる。

 

「え、メンマ君ってあの店知ってたの? まあ木の葉の中でも結構有名な店だけど、あそこ通しか知らないのにねえ」

 

「はは、木の葉通なら一人、ちょっとした知り合いが居ますから」

 

“通”っつーか元トップだけど。

 

「うんうん、あそこ料理もお酒もおいしいよね。あの店なら、知らないうちに飲み過ぎても無理ないかなあ。それに………」

 

と、そこでアヤメさんはキューちゃんの方に視線を向けた。

 

「こーんな綺麗な彼女さんが居たら、ねえ」

 

そりゃお酒もはずむってもんでしょ。アヤメさんはそう笑った後、すみにおけないねえと俺のほっぺたをつついてきた。

 

「ちょ、やめて下さいよ。それにキューちゃんはまだ彼女じゃないですよ」

 

そういいながら俺は、ほっぺたつつくアヤメさんの指を払う。するとアヤメさんは、なぜだかしらないがニタリと笑った。

 

「ふ~ん、へ~え、ほ~お」

 

「な、なんですか?」

 

「いやいや、本音が見え隠れしてるなあ、と思って」

 

キューちゃんさんもそう思わない、とアヤメさんが振ってくるが、キューちゃんは「知らん」とそっぽを向くだけだった。

 

そんなこんなしているうちに、ラーメンができたようだ。師匠は流れるような動作で麺の湯を切り、秘伝のスープの中に入れる。

 

具材を盛りつけ、完成だ。

 

「へい、お待ち」

 

俺の前にとんこつラーメン、キューちゃんの前に塩ラーメン、マダオの前につけ麺が置かれる。いただきますと唱和し、パキリと割り箸を割った。

 

「う、ちくしょうが………やっぱうめえなあ!」

 

師匠のラーメンはいつかに食べた味と同じで、すこぶる旨い。いや更に美味しくなっている。スープも麺も具も、ひとつの意志の元に見事に調和されている。中にあるもの、誰もが脇役でなく、誰もが主役でない。どれも必要不可欠な存在で、ひとつ丼の中に混ざり合い、"美味"というひとつの言葉を得るために全力で助け合っているように思えた。

 

俺も長年の修行を経た今ではそれなりのモノが作れるようになった。が、この味を前には一歩譲らざるをえないだろう。年月の差か、技術の差か、師匠の味の"深さ"は筆舌に尽くしがたいものがあり、俺のラーメンでは今一歩この域には及ばない。

 

「……やっぱ、師匠はすげえなあ」

 

「へっ、当たり前だ。ほらもう一杯いくか?」

 

「へっ、望むところだ!」

 

俺はマダオとつけ麺を交換しつつ、とんこつラーメンを完食。すかさずもう一つ、ラーメンを追加で注文する。注文を受けた師匠は、調理に入る。

 

と、そこで調理をしながら背中越しに話しかけてきた。

 

「そういえばオメエ、久しぶりに木の葉へ帰ってきたんだってな?」

 

「ええ、まあ」

 

「そんなら、あの四丁目の酒屋には行ったのか?」

 

「……ええ、行きました。あの時は少し世話になってましたからね」

 

四丁目の酒屋とは、頻繁に酒を買いに行っていた店だ。隠れ家での酒盛りをする時にはいつもあそこで買っていて、それなりの顔なじみになっていたので、ここにくる前に顔を見せていた。

 

「あそこの娘さん、今度結婚するんだってよ。聞いたか?」

 

「むしろ語られましたよ。愚痴混じりに。悪い人ではなさそうでしたが、酒屋のオヤジさんは随分と怒っていましたね」

 

「そりゃあおめえ、大切に育てきた一人娘なんだからよ。例えどこかの大名に嫁ぐとあっても、父親としちゃあはいそうですかと祝福できるもんじゃねえよ。娘ってなあそういうもんだ」

 

「そういうもんですか………なら、アヤメさんも?」

 

「おうよ、当たり前だろ………ってオメエ、まさかアヤメを持ってくつもりか!?」

 

「ぶっ、違いますよ!?」

 

「もう、お父さんたら」

 

顔を真っ赤にしながらぷんすかと怒るアヤメさん。俺は反射的に断ってしまったが、アヤメさんの様子を見ながら、それもいいかなあと思ってしまう。

 

(ラーメン屋に理解があって、愛想が良くて、なによりおとなしい。うん、もし結婚できても、案外上手くいきそうだなあ)

 

特に三つめの条件が素晴らしい。天然記念物並の貴重価値があるだろう。考えてみるとかなりの嫁度を持っている、魅力的な女性だといえよう。非の打ち所が無い、嵐も起きないごく日常的なラーメン生活が送れそうだ。

 

(でも、なあ)

 

しかし、と俺は首を振った。想像はしてみるものの、どうにも実感が沸かないのだ。アヤメさんが悪いというわけでもないのだが、どうにもしっくりこない。結婚する光景が想像できないというか。

 

(そもそも無理だしなあ。口説けたとしても、俺は木の葉に住めないし、なにより迷惑をかけることになる………ってか、あり得ないか。アヤメさんももっと大人な人が好みだ、って修行時代に聞いた覚えがあるし。でもその未来の大人の彼氏も大変だな。師匠の壁を乗り越える、ってのは並大抵の覚悟じゃ無理だし。頑固一徹親父だし)

 

麺棒もって追いかけ回されそうだ、と俺は未来の花婿にご愁傷さまですと手を合わせた。しかし、結婚か。

 

「………そういえば八百屋の娘さんも結婚するって言ってましたね」

 

ラーメンの食材である野菜を買っていた時によく行っていた店だ。確か娘さんは15で、来月あたりにずっと一緒に居た幼なじみと結婚するらしい。

 

「おうよ。こっちは知れた仲で、相手も家族みたいなもんだったからな。八百屋の親父さんも納得してるみたいだ」

 

「そうみたいですね。相手はアカデミーの先生らしいですし」

 

ちなみにその人は、かつてのキリハ達の授業を担当していたという、うみのイルカ中忍ではない。別の人だ。その相手のアカデミーの先生は中忍で、九尾事件が起こる更に前、17年も前に任務で二親共に亡くした過去を持っているらしいが。

 

ひとり残った彼はひとりで住むのは危ないと、親同士交流があったらしい八百屋の親父さんのところへ居候して引き取られたらしい。そしてその年に、娘さんが生まれた。それが二人の馴れ初めらしい。出会った、というのは少し違うと思うけど。

 

その後、八百屋の親父さんは懐かしそうに過去を思い出しながら、いろいろと話してくれた。感想としては、その彼氏全力でもげろと答えるしかなかったが。

 

赤ん坊のころからの知り合い。兄弟の様に育って、幼なじみというか家族で、双方ともに初恋で、娘さんは美人で、かつ看板娘を張れるほどの器量良しある。今年26に成ろうかという中忍に―――最高の若妻をゲットした中忍に、もげろと言う以外に何を言えというのか。

 

「素直に祝福してやんな。ま、俺も男だし気持ちは分かるけどよ」

 

「………美人の嫁さんゲットした師匠に言われてもなあ」

 

いまいち納得がいかないと師匠を半眼にで睨みつけてみるが、虚しいのですぐにやめた。

「はあ………でも、変わりましたよね。3年しか経ってないってのに」

 

「そりゃあおめえ、誰でも日々を生きてんだ。3年も経ちゃあ、変わる奴は別人みたいに変わるってもんよ」

 

「別人、すか」

 

「おうよ。まあ、大きく変わっても、根っこにゃあ"そいつらしさ"が残ってるモンだけどな」

 

師匠は俺を見ながら、言う。その目は俺を捉えていて、それと同時ここには居ない誰かを捉えているようだった。

 

「変わっちまっても、変わらないんだ。俺には魂なんてもんが本当にあるのかもわからねえが、それでも似たようなものはあると思ってる。それは"そいつらしさ"ってやつで、それは死なない限り消えないんもんなんだよ」

 

それが無くなった時、そいつは死ぬんだろうよ、と師匠は言う。

 

「随分と、含蓄のある言葉ですね………それは、今までに出会った客から?」

 

「ああ、本当に色んな奴が集まる場所だからな、ここは。別人みたいに成長した奴、クズに成り下がった奴、そりゃあ数多く見てきたさ。それを見て、ちょっとな。理解したとまでは言わねえが、分かった気がするんだよ………お前が此処に居ることとかな」

 

「へ?」

 

虚を突かれた言葉に、俺は間の抜けた返事をしてしまう。師匠はそんな俺を見ながら、何でもねえよと笑いながら言う。

 

「いや、気になるんですが」

 

「これ以上答えねえから、聞くな。それよりも、そうだな………なあおい、メンマよ」

 

「なんでしょう」

 

「おめえ今、幸せか?」

 

「―――は?」

 

また、予想外の言葉に、俺は間抜けた返事。師匠はそれを見ると、どうなんだと聞いてくる。その目に、からかいの色はなかった。俺は至極真剣な師匠の問いかけに対し、真面目に答えなければならないと感じた。

 

(幸せか、と問われてもな………正直分からん)

 

ラーメンをずるずると食べながら、考えてみる。死亡フラグ満載のこれまで。予想外の戦闘を繰り返しながら、なんとか打破できたのは、幸運だと言える。と思えばとびっきりの厄種が残ってしまったのだが。

 

(幸運は幸せとは言わないよなあ………どうなんだろう、そこら辺)

 

生き延びることに精一杯で、考えたことがなかった。今が幸せかどうとか、考えたことがない。「明日のためにその一だ!」とかそんなことしか考えない。抉り込むようにうつべしうつべし。

 

(我ながら切羽詰った生活を続けてんなあ、ちくしょう。しかし幸せかあ………分からんね、どうにも)

 

料理を旨いと言ってもらった、その時に感じる幸福感とはまた違う。師匠が聞いているのは、恒常的な今についてだだろう。そしてそれは、考えたことのない事柄だ。考えたことのないものを考えたとして、頭の悪い俺が短時間で答えを出せるわけがない。そう思った俺は、別の答えを用意することにした。すなわち、今がどうか、という点についての回答である。12年を経て実感できるようになったこと。俺はそれを言葉に表した。

 

「師匠。俺は今、幸せかどうか、わかりません」

 

正直に、分からないことは分からない―――けれども、師匠の顔が曇る前に言葉を挟む。

「ですが―――俺は。今、生きていることが楽しいです」

 

それは、俺の中の本音である。ようやく此処に来て、そう思えるようになった俺の真実である。新しい悪友もできた。かつて別れた、友達とも再会できた。苦しいことも多々あったり、好きなラーメンを作ることが出来なかったりする。

 

それでも、いいことがあった。そして明日はもっと良い日になるかもしれないという想いを、得ることができるようになった。だから楽しいと。苦しいけど楽しいと、今となっては自信を持って言えることだ。師匠はそんな俺の顔をじっと見て、その後ふっと顔を緩めた。

 

「―――そうか。そりゃあ、良かったな」

 

「ん? 師匠、泣いて―――」

 

「うるせえ、泣いてねえ!! ほら、もう一杯いくか!?」

 

「えっと………はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、俺たちは店を出てキリハが入院している病院に居た。俺とキューちゃんは屋上で、マダオのみが会いに行ったが。

 

「お主は行かなくてよかったのか」

 

「殊更に別れを告げるマダオの、その隣に居ろって? 怪しまれて引き止められるに決まってるよ。キリハは勘がいいっていうし」

 

「………勝率が一割を切る戦いに、なんの保険もなしに赴くのだ。一応でもよいから別れを告げればよかろうに」

 

「そうすると勝つ気が薄れそうになるから、嫌だ。死亡フラグなんてわざわざ立てたくないし」

 

「勝気にわずかでも淀みを作りたくないと? ―――ふむ、それならば話は分かるな」

 

「ああ。俺は勝つ。勝つから、また会えるんだ。わざわざ、別れの挨拶をする理由なんてない」

 

マダオは別だけど、と首を横に振る。

 

―――と、その時である。屋上より階下、キリハが居ると思われる病室から爆音が聞こえた。

 

「………えっと、なんか揺れてるね?」

 

「ちょんまげ小僧の悲鳴も聞こえるのう………どうする」

 

「娘を奪っていく婿殿への親父殿からの贈り物だろうから、介入するのは無粋ってもんだよ」

 

俺は階下で起きていることをなんとなく把握しながら、この場にとどまることを選択する。

 

「俺はともかく、マダオはもう会えないんだ。それにいい機会だろうし、まあ好きにさせとこう。これは娘を持つ父親としての、最後に仕事だろうから」

 

そこまで進んでるか分からんけど。

 

「ふむ、本音は?」

 

「巻き込まれるのも面倒くさいから放置。ああなった親父殿には勝てる気がしないし」

 

あの親父は本気になると“チャクラ量なにそれ食えんの”とばかりに彼我戦力の差を覆してくるから厄介なのだ。ふと、俺は今の俺の力量と四代目火影のころの波風ミナトとの力量を想像して比べてみた。影分身で鍛えたチャクラコントロール、体術は俺の方が上だと言えるけど、それ以外の方面に関してはマダオの方が上だ。やるときゃやる男なのである。

 

「そんな親父殿の、本気の襲撃か………南無南無」

 

俺はシカマルの無事を祈り手を合わせた。成仏しろよ、と。

 

「しかし、ただ待っているのも芸がないな」

 

言いながら俺は、屋上の端にある手すりへの上へ登った。そこから見えるは、木の葉隠れの夜だ。

 

「うむ、絶景かな絶景かな………と思ったけど、ここからじゃあ木の葉の街並みは見えないなあ」

 

「物見櫓にでも行かんと無理じゃろ。今の我らではそれも無理じゃろうが」

 

「警戒中だしね。仕方ない、諦めようかな………って、あれは」

 

どこか高いところはないか。俺は手すりの上に登りながら周囲を見渡し、そしてとある場所が視界に入った。その場所とは、木の葉隠れの里を象徴する場所だ。

 

「………うん、うってつけだな。じゃあ行こうか、キューちゃん」

 

手をのばす。キューちゃんはすぐには反応せず、俺の手と顔を交互に見て。

きっかり一分後に、ようやく差し出した手を握ってくれた。

 

 

 

 

目的地を目指し、夜の街を二人で歩く。時間は宴もたけなわな時間を過ぎて、夜中に入ろうとしている。それでも飲み屋がある場所などの界隈はまだまだ人の姿が見えた。

 

赤い提灯はまばらに配置されているようだ。蝋燭の炎はまた違った暖かさを覚えさせてくれる。何より、横に居る女性の顔が。提灯の傍を通り過ぎる時に明らかになるその横顔は、全面降伏したくなる程に綺麗だった。

 

「少し頬が赤いのが、また良し」

 

「………何か言ったか?」

 

「いやキューちゃんは綺麗だなってひぎぃ!」

 

照れ隠しだろうか、握る手に力がこもった。乙女の握力は尋常ではなく思わず悲鳴が溢れ出てしまった。

 

「いたた………それにしても、ここは変わらないな」

 

「そうじゃの。砂隠れとは全く違う」

 

夜にこうして人々が出歩くなど、木の葉隠れ以外ではあり得ないのでは。それを可能とする木の葉を見ると、ここの住人が里内の治安に対して絶対的な信頼感を持っていることが分かる。

 

「時には切り捨てて、か」

 

「………複雑じゃな」

 

キューちゃんの呟きが耳に入る。それは恐らく、自分たちに対しての事だろう。かつて里を急襲し、街を破壊し、何人もの命を奪った。それを宿すうずまきナルトは、失った事に対する憤りをぶつける的になった。必要とされたのは、四代目火影の血を引く娘だけ。男児は必然的に見放され、利用されそうになった所で壊れた。

 

そう考えると、確かに複雑だけど。

 

「でも、簡単と言えば簡単なんだよね」

 

「ふむ、その心は?」

 

「過ぎ去った時間に後悔を重ねるのは不毛。今日と明日が良ければそれでいいじゃない」

「………それよりも次の食事を、か。つまりは美味しいラーメンじゃな」

 

「よく分かってらっしゃる」

 

何をしても変えられないものに感情を割り振るのは賛成の反対で反対の賛成なのだ。そう告げると、返ってくるのはいつもの呆れた声。その顔に浮かんだ表情は笑いに近いそれだ。美少女は笑っている方が吉。これで良いのだ。

 

確かに木の葉隠れの大半の忍びにとっては、俺達は爆弾に等しい存在だろう。意志があるかどうかは関係ない、爆発の威力によってその存在性は忌避される。不安を覚えた人たちが、爆弾の解体をと叫ぶかもしれない。

 

だけど、無くなれば不安を覚える必要もなくなる。それで良いのだ。理想論や建前は置いて、居ない方が良いいうものは現実に存在するのだから。

 

「………残り、認められる存在になろうとはしなかったのか? その上でラーメンを極めると。一人で生きる事の辛さは選ぶ前から分かっておったろうに」

 

「ちょっとは考えたけど、状況的に不可能だった。その場所にはキリハが居たから」

 

人は近くにある者と比較する。将来の里の重鎮として適しているのは誰か、問答をするまでもない。

 

「マダオは辛かっただろうけどな。人情家だし。だから、あのちょっとフザけた態度も………うずまきナルトという存在が混じった俺へ贖罪をしようとしているのかも、って考えた事があるんだ」

 

「そうかもしれ………いや、あやつのアレは演技ではないと思うが」

 

「うん、そうなんだよね」

 

まったくもって底の知れない男である。それでも、あいつが居たからずっとやってこれた。

 

「里に帰ってきたのは、それか」

 

「ああ。俺の感情は置いといてな。最後にダチの未練を晴らしたいって思うのはおかしいことじゃないだろ?」

 

マジに友達(ダチ)なおっさん、それもまたマダオだ。

 

「………最後、か」

 

「ああ………もう時間だ」

 

時間はいつだって短い。

 

そうして俺は五代目に連絡をとったあと、目的の場所へと到着した。目立つ場所なので、暗部にはで払ってもらっている。ただ、五代目と自来也は横にいるが。

 

「おおおおおお、絶景絶景!」

 

「うむ、確かにのう」

 

「ん………15年ぶり、か。久しぶりだなあ」

 

屋上からみえた、木の葉の里を見渡せる場所。その場所とは、歴代火影の顔が刻まれた顔岩だ。ここからならば、木の葉の全景を見渡すことができる。

 

「あまり目立つことはしないでくれよ………しかし、本当に絶景だな」

 

「うむ」

 

背後から、綱手と自来也の声が聞こえる。前面には、絶景が広がっていた。

 

夜の闇の中に浮かぶ街。木の葉隠れの里は、人が生み出した灯りに照らされていた。現代日本のような明るさはないが、提灯や大型蝋燭などの火に照らされた街並みは街灯では得られない温かみのようなものが感じられた。実際に歩いたからこそ分かる。

 

夜の中、ぼんやりと浮かぶ小さな灯火たち。その中では、人の影がゆらゆらと動き流れている。灯火が重なる場所からは、明るく雑多な喧騒が聞こえている。耳をすませば、祭ばやしのような音も聞こえてくる。

 

先程綱手に聞いたのだが、本日だけは厳戒態勢を解除するらしい。五影会談が決定したこと、またペインが今日明日また攻めて来る可能性はないだろうこと、2点の理由から解除したのだ。厳戒態勢を敷きつづけると里の人たちも疲れるだろうし、賢明な判断だと言えるかもしれない。

 

(もうひとつの思惑もあるだろうけど)

 

ふと、横を見る。そこには、いつにない懐かしさに染まった親父殿の姿があった。

 

(木の葉隠れの里、そこに住む人達の元気な姿。祭りのような、喧騒………葬送祭、鎮魂歌ってところか)

 

かつて命を賭して守ったもの。その姿が、ここにあるのだ。それを見たマダオがどう想うのかなんて、顔を見れば分かった。

 

(そりゃ、守りたいよなあ……いや、守りたかったんだよな)

 

故郷を守る。そこに住む人達を守る。そのために、命を賭けている。それは砂も、雲も、岩も。内部事情は知らないが、あるいは霧も。再不斬がああだったのだ、皆が皆同じ想いを抱いているのだろう、きっと。そのために、何かを犠牲にしたとて。守りたいものを守るために、それ以外を排除するのだ。そして、そのために。守りたいものを奪われた誰かが、それを奪いに行く。

 

(おかしいことじゃない。ほんと、ままならないもんだよな………同じ人間なのに)

 

想い合い、殺しあう。矛盾しているそれは、しかし有史の頃より続いているのだと言う。忍術のせいだと、ペインは言う。火種になるのだと。そして、負の思念を生み出すのだと。

 

でも、火種を力づくで消したって何も変わりはしないのだと思う。あくまで予想だが、そんな気がするのだ。

 

(だから、ペイン。お前のやろうとしていることは、解決とかそんなのは抜きにして、許せないことなんだよ)

 

原因があった。だから、力づくでそれを排除する。それは違うと、絶対的に間違っていると俺は思うのだ。それは、今回俺が逃げないと誓った理由だ。戦うことを決意した理由は本当に多々ある、その中のひとつである。

 

そしてもうひとつ、いや二つか。それを確認できた。

 

「ん、考え事?」

 

「ちょっとな。それよりも、要件は済んだのか?」

 

「いや、まだだよ。さっきの酒宴ではカカシ君と話すことがあってね」

 

「えっと、どんな話? イチャパラのこれからについて?」

 

「―――それもあるけど」

 

あるのかよ、と半眼になる俺を無視し、マダオは言う。

 

「少し前の、カカシ君についてね。それと、次の火影について」

 

苦笑しながら、言う。

 

「どうやらカカシ君、自分は火影にふさわしくないと思っているらしいから。それで、話をしたんだ。酒を交えながらね」

 

本音を隠したがる癖があるから苦労した、とマダオは言う。

 

「キリハちゃんサスケ君ほか、7班を受け持つまで下忍試験の合格者を出さなかった理由。遅刻して、上層部の印象を悪くした理由。全て、ひとつの想いが根底にあったからみたいなんだ」

 

「………それは?」

 

「―――"大切な人ひとりを守れない奴が、火影になんてなれやしない"ってね」

 

いつかの誰かの言葉がフラッシュバックする。

 

「オビトを死なせてしまった。オビトと約束したのに、リンを守れなかった。そして、火影を―――最も死なせてはならない里の長を、大切な先生を、僕を守れなかったと言っていたんだ」

 

「それは………」

 

何を言えばいいのかわからなかった俺は、次の言葉をつなげなかった。

 

「分かると言えば分かるんだよ。大切な者を守って守りぬいて死んだ、先生には適わない。オレは、火影には相応しくない、何も守れなかったオレが火影になるなんてことは、できない………そう言いたくなる気持ちも」

 

「………それで、どう答えたんだ?」

 

「僕もクシナを守れなかったんだから、と答えたよ」

 

遠く。淡雪のように光る粒、街を見下ろしながらマダオは言う。

 

「守れなかったんだ………確かに、相手は強かった。でも僕が強ければ問題はなかったんだ。クシナを、君を、キリハちゃんを………全員を守ることができたんだ。

でも、力足らずに………クシナを、君を死なせてしまった」

 

マダオはそう言いながら、ぐっと拳を握る。

 

「大切な人を守れなかった………蘇った時、僕は後悔したよ。火影には相応しくなかったって、思っ「それは違うだろ」……?」

 

言葉を途中で遮る。自来也も口を挟もうとしていたが、俺の方が早かった。そのまま、遮った言葉の上に更に言葉を重ねた。

 

「それは、違う。だって―――諦めなかったじゃないか」

 

相応しくないなんて、そんなことは言わせない。

 

「人間は人間で、全知全能の神じゃないんだ。すべてを予測できる奴なんていないし、無敵の力を持っている奴もいない。だから失敗は起きる。どんな奴でも、絶対にだ」

 

天才でも凡人でも、悪人でも善人でも、間違えない人間なんていない。

 

そこは一緒だ。問題は―――その次だ。

 

「失敗したとして、そこからどうするかだ。諦めるのか? ―――いや、あの時"波風ミナト"は諦めなかったはずだ。不測の事態に対して、大切な人を失っても、強大な敵を前にしても、諦めることはしなかった。木の葉隠れの里を守るために全力を尽くし、文字通り命を賭して里の壊滅を防いだ」

 

その結果があれだ、と俺は街を指差す。

 

「木の葉で隠れて過ごした時間、僅かな期間。そこで………一緒にいたから勿論知っているだろうけど、たくさん聞いただろう? 四代目を称える声を」

 

守ってくれたその先に、今があると。不幸があって、でもその先の幸せの中に居られていると、彼らは自覚していた。里を守った英雄を、忘れることなく。

 

それがすべてだ。昨日は失敗したのかもしれない。今、どうしようもないのかもしれない。それは誰にでも訪れることだ。そこからどうするかで、火影にふさわしいかどうかが決まる。次に抱く想い、意志によって決まるのだ。

 

「それでも、明日を―――明日を、きっと良い日にすると、そう信じて戦うことだろ? いついかなる時でも火の影として。明日の木の葉を照らすと想い続けられるのが、諦めずに戦い続けられる者が、火影になるのだと思う」

 

カカシも分かってるんだろ、と俺は言う。

 

「育ったキリハを見た、サスケを見た、サクラを見た―――そうして、思い出した。だから、変わった。随分と強くなったと、俺は思うよ。中忍試験の最中、ぶっ飛ばした時とはまるで別人だ」

 

あの時は不抜けていたようだけど、今は見違えるように強くなっている。

 

「だから、ふたりとも、素直に笑えばいいと思う。そんでお前は、守ったこの光景を誇って胸を張ればいい。二人共それだけのことを成しているんだから」

 

木ノ葉崩しでの奮戦は聞いている。多くの音忍を屠り、木の葉の忍びを守ったことも。

 

「そう、だね。でも君は………」

 

「守れなかった、ってか? それもどうにもな。俺も最近、自信がない。俺がいったい誰なのかってことが」

 

「………それは」

 

間違いなく、元のうずまきナルトではなくなった。でも、それでも残滓としては残っている。そして、名前も思い出せない"誰か"という訳でもない。

 

「昏い方向に考え過ぎるなよ。完全には死んでない。形を変えども、うずまきナルトは生きている。だから誇れよ、そんな顔をするな。俺が戦う意味がなくなるだろうが」

 

「―――え?」

 

「ああくそ、わからねえかなあ。あのな、俺が戦う理由って知ってるだろ?」

 

「うん。死にたくないし死なせたくないし、後悔したくないからだよな」

 

「ああ。って、この、言い難いな―――そうだ」

 

名案を思いついたと、俺はその場を跳躍―――四代目の顔岩に乗る。

 

「こいつが―――このバカがな!」

 

そしてげしげしと顔岩を足蹴にする。

 

「ちょ!? はげる、はげるから!」

 

「うん、はげてしまえ。じゃなくて―――このバカが、俺の相棒が。親父殿が。こいつが守りたいことがなんなのかなんて、いやと言うほど分かってるんだよ」

 

こつん、と蹴りながらいう。

 

「守りたいんだろう、木の葉を。でも、ひとりでは動けない―――そこで俺の出番だ。動けないってんならしょうがない、一緒に居る俺が手を貸すしかないだろう相棒なんだから。それに―――」

 

と、再度跳躍。今度は三代目の顔岩にのる。そしてぺちぺちと、三代目の顔岩の頭にあたる部分を、手のひらで叩く。

 

「あの時の別れ際、爺さんに言っちまったからな―――"木の葉は大丈夫だ"って。そんで、そんなこと言っちまった手前、こんな状況になって、俺ができることがあって、それでも黙っているなんて―――そんなことしたら、ラーメンがまずくなるだろ」

 

料理は魂である。そして魂が腐れば、旨いラーメンは作れないのだ。あの世で爺さんにふるまうラーメン、まずくなるのは一大事だといえよう。

 

「……あの約束か。しかし、ラーメンのう」

 

自来也が苦笑する。綱手も同じだった。

 

「やっぱり、あくまでラーメンのためなんだね」

 

「そりゃそうだろう。俺は木の葉の忍びみたいに、故郷を守るため戦うなんてことは出来ない。だから留まらないし、戻ることもない」

 

戻ることは冒涜だ。あらゆるものに対しての。根底が違うオレが木の葉の忍びになるなんて無理だ。成ったとしても、それは偽物。偽から生まれる歪は不和に昇華するだろうし、嘘は木の葉、俺、マダオに対する不義理になるだろう。

 

「でも、戦う理由は別にあるんだよ。俺だけの、俺にしかできないことがある。最後の最後になって、"俺だけ"の戦う理由ができたわけだ―――傑作だな」

 

あまりにも出来すぎなのだ。お膳立ては完全に過ぎるから。でも、心地良いと思う自分が居た。

 

「結局、いつもどおりなだけだしな。俺は、俺のために戦う………ここまでペインだと乾いた笑いしか出てこないけど」

 

けど、だからこそ決着をつけるしかないんだろうとも思える。

 

「………あやつも。ペインも、自分の為に戦っていると?」

 

世界のためではないのかと自来也は言うが、俺は首を横に振る。

 

「ペインならばそうだろうけど、あいつはきっと―――長門だ。だから、あいつが何をしたいのかは、いくらか想像はつく。だから、思うところはあるだろうけど………邪魔はしないでくれ」

 

俺はマダオに視線を振った。マダオは、苦笑しながら答えてくれた。

 

「そうだね………話が逸れたけど、今一度元に戻そうか」

 

マダオは自来也の目を真っ直ぐに見る。

 

「先生」

 

「………なんだ」

 

「もしかしたら、と思っていました。しかし、綱手様に帰還を告げなかった理由。そして、その疲れ具合―――とどめは墓場でのやりとりです。そこで僕は、確信してしまいました」

 

「何を、だ」

 

「先に逝ってしまった弟子の、最後の頼みです。聞いてくれますか?」

 

「………うむ」

 

そうして、マダオは息を吸って―――まっすぐに。自来也に告げた。

 

「屍鬼封尽は、使わないでください」

 

空間が凍りつく。

 

「僕はもう、僕の術で誰かが死ぬなんて光景、見たくありませんから」

 

反応は劇的だった。自来也と、そして綱手が驚愕の表情に染まる。

 

「弟子を止めるために、師匠が―――三代目と同じですね。あの時は、あれしかなかった。でも、今は違う」

 

こっちを見るマダオ、それに対し俺はひらひらと手を振ってやる。否定する要素はもう、どこにもない。

 

「やり残したことがあるはずです、先生」

 

「う、む。しかし―――」

 

「キリちゃんを悲しませないでください。優しいあの娘のことだから、きっと泣きます。キリちゃん泣かすと先生でもぶっ飛ばします。それに、イチャパラって、まだ連載中ですよね? 描き続けてください。あれは、平和に繋がる第一歩になります」

 

音楽や食べ物と同じ。芸術とは、忍術では成せないことができると、マダオが言う。

 

「そう、萌えは世界繋ぐ………! って痛い痛い!」

 

余計なことを言うオレの頭に、キューちゃんがかぷりと噛み付いてきた。そんな俺たちを無視し、マダオは言う。

 

「それになにより―――女を残して死ぬなんて、最低ですよ? 紳士を自負する先生ですから、勿論そんなことはしませんよね」

 

「う、ぐ………」

 

「と、いうわけで後は任せてください。さっき聞いたとおり、彼はいつになくヤル気になっていますから」

 

「しかし、相手は十尾の―――」

 

「いえ、先程勝算が上がりました。だからあとは心配しないでください――――綱手様、後はどうぞ」

 

マダオは二の句を継げさせないように畳み掛けたあと、綱手に振る。

うん、見事すぎるね。

 

「―――自来也。今の話は本当か?」

 

「………綱手」

 

「言い訳もなしか………本当なんだな。しかもお前、木の葉に帰らずにそのままペインの元に特攻するつもりだったのか………」

 

震えるような、綱手の声。彼女は下にうつむいたま肩を震わせている。

 

「そ、それはその、のう?」

 

疑問符で応じる自来也。そこに、鉄拳が飛んだ。

 

「この―――馬鹿が!」

 

「げふぅ!?」

 

綱手の鉄拳。怪力による一撃は自来也の頬を弾き飛ばし、空の彼方へ飛ばす――――と思われたが、結果は違った。

 

「綱手………?」

 

「この、馬鹿が………そんなに私の事が嫌いなのか! 約束を違えて、死にたいほどに!」

 

綱手の両目からは、涙が溢れている。怒りによるチャクラコントロールよりも、悲しみによる想いが勝ったようだ。

 

「いや、違うぞ、誤解だ!」

 

「誤解もあるか………! 事実お前は死のうとしていたんだろう! 私に何も告げず、置いていこうと………!」

 

彼女は泣いたまま、自来也の胸ぐらに掴みかかる。そのまま、自来也の胸に頭を押し付け、俯いた。泣いているようだ。

 

「………じゃあ馬に蹴られるのは嫌だから、僕たちはこれで」

 

「ちょ、お前ら!?」

 

「自業自得です―――末永くお幸せに」

 

「ちょ、ミナト、待たんか!」

 

「ここで待たないのが、弟子である僕にできる最後の行動と存じます。さあさあ、シズネさんに報告だ! 現キリちゃん邸にジャンプだね! あと10分もすれば、みんな来るはずだからね!」

 

「じゃ、俺は別室で飲んでるわ―――っと、そうだ!」

 

ふと思いついた俺は夜空に向かって、全力でクナイを投擲する。

 

 

「つかまれ、ふたりとも!」

 

「了解!」

 

「何をする気じゃ?」

 

俺は二人が捕まった直後、印を結ぶ。

 

 

「飛雷神の術!」

 

時空間跳躍。目標はもちろん、今投げたクナイだ。

 

―――そう、街の上空に投擲された、クナイへと転移したのだ。

 

 

「おお………!」

 

「これは、すごいな!」

 

「そうだね!」

 

真下には木の葉隠れの里が見える。ちょっとした、スカイダイビングだ。

 

「ふむ、こうしてみるか?』

 

言いながら、俺はキューちゃんと繋がる。五感が、劇的に広がった。

 

『見えるか、聞こえるか?』

 

「うん。やっぱり、理屈は抜きにしても―――こんな光景を、消させたくないよなあ」

 

 

夜に浮かぶ星の下、地面に咲く人の灯火を見下ろしながら、俺は改めての決意を固めた。そこには、命があった。変わっていく、人の姿があった。

 

子供連れの夫婦、同僚同士で馬鹿をやっている男達、通りの男を物色している女性たち。

彼女に振られたのか、肩を落として歩いている青年。門では、鼻に包帯を巻いた忍びが、影の薄そうな同僚と一緒に外を見張っている。

 

窓から顔をだして街を見下ろす子供たち、町外れでは下忍らしき子供たちが隠れて修行をしている。ひとり、とげとげの頭をしている少年がいるが、かなり筋がよさそうだ。

 

大きな家の前から、サングラスをかけたムッツリスケベっぽい忍びが出てきた。修行をしている場所に向かっているが、少年たちは気づいていない。

 

街には団子食べているくのいちもみえるし、美人の妊婦と連れ添い歩いている熊も見えた。

 

ラーメン屋の方から、両手を握り締めやる気をだしている海苔眉毛一号と、それを呆れたように見るお団子のくのいち。ため息を吐くおかっぱの少年の姿。

 

火影邸に向かう道、眼の色が変わり今は輝いているマスクの姿がある。隣では青春が蘇った! と嬉しそうな海苔眉毛が居た。

 

物見櫓では顔に傷がついた忍びとサングラスらしきものをかけた忍び、街を見張っている。酒場から長いつまようじを加えた男が出てきた。

 

病院の方では、屋上に金髪の美少女とぼろぼろになったちょんまげ少年の姿がある。その後ろでは、先の一戦で大怪我をしているはずの、少年少女達の姿があった。

なにやら二人を見ながら賭けをしているようだが、何を賭けているのかは予想がついた

 

そして、見えた。かつてと今、ラーメンを食べさせてくれた師匠の姿が。

 

「元気でな、師匠。いつか絶対に追いついてみせるから」

 

憧れの背中に、追いついてみせると、そう誓う。

 

「しかし、色んな人達がいるなあ」

 

昔に出会った者、知識として知っている者、全然知らない者。それらは合わさり合い、笑い合っていて、その中でたくさんの人の輪ができている。

 

けれど、痛感することもあった。

 

―――ここに、俺の居場所はないと。

 

俺が居たかもしれない場所には、少女がいる。この里を心の底から守りたいと思う少女が。相応しい役だ。俺には、似合わない。別の役もあることだ。でも―――

 

「ちょっと、寂しいな」

 

今でも忍者に、火影になりたいとは思わない。けれど賑やかそうなあの場所は、ひどく暖かく見えた。

 

『………帰りたい、か?』

 

「いいや。分かれ道はもう過ぎたし、選ぶにはもう遅い―――別の道を選んだんだ」

 

あの隠れ家こそが、俺の帰るべき場所なのかもしれない。

 

「だから、ここは俺の帰るべき場所じゃない。でも―――」

 

俺は顔岩の方を見る。三代目の顔岩の上で、自来也と綱手が口づけを交わしていた。自来也の顔がぼこぼこなのはご愛嬌である。その下にある三代目の顔岩が、笑ったようにみえたのは、果たして錯覚だろうか。

 

いや、錯覚でも、これはいい錯覚だ。

 

俺は眼下に広がる光景を前に、改めて決意する。

 

 

「消させねえよ、絶対に」

 

 

俺はあの光景が――――ハッピーエンドが好きなんだから。

 

 

 

 


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