小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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12話 : 最後の帰郷(中)

 

 

「あれは………そんな、まさか!?」

 

「馬鹿な………あいつは死んだ筈だぜ!?」

 

うずまきナルトが居ると聞いて駆けつけた、木の葉の上忍達。しかしたどり着いた時、彼らの眼に映ったのはうずまきナルトではなく、別の者の姿だった。

 

彼らにしてもよく知った、英雄の姿。かつて里を守るために命を投げ出した、金髪の忍者がそこに居たのだ。

 

「四代目……!?」

 

眩しい程に輝く、金の髪。青空のような、蒼い瞳。

皆が失い悲しんだ、英雄の姿がそこにあった。

 

「久しぶり、といった方がいいのかな。シカクにチョウザにいのいち。ツメさんにシビさんに………ヒアシさん。綱手様に………カカシ君」

 

軽い笑みを浮かべ、ミナトは皆に告げる。その声を聞いた木の葉の面々は、一部を除いて驚いていた。

 

「ほ………本当にミナトか?」

 

シカクの、信じられないという風な問いかけ。それに対し、ミナトは苦笑しながら自分の足を叩く。

 

「一応、足はついてるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

~小池メンマ~

 

(………確かに足がついてるな。数は3本だけど………あいてっ)

 

(シモネタ禁止。で、これからどうするの?)

 

と、マダオは腰のホルスターに入れられたクナイ―――に変化した俺をかるく小突いた後、どうするのかを聞いてくる。

 

(どうにかして誤魔化して下さい。制限時間は一日。文字は五文字以内で)

 

( ぎ ぶ あ っ ぷ ! )

 

(感嘆符入れると6文字だから受け入れられません)

 

(メタっ! というか何で僕が直接のやり取りを?)

 

(いや、俺はこの人達とは面と向かって話したくないし。それにこれからの事を考えたら、ね。あと相手の数が多すぎるのもある。こうも手練の忍びに、しかも見知らぬ野郎共に囲まれるとね。条件反射で逃げ出したくなるし)

 

哀しいかな、逃亡者としての性である。もしかしたら、という疑念が消えてくれないのである。一応信じてはいるが、頼ることは今更できないのもある。

 

(だったら、逃げればいいじゃない)

 

(いや、どうせこれで最後になるだろうからな、マダオ、一度だけなら波風ミナトとして、面とむかって話をしたってバチは当たらんだろう。別れ際に言葉を残せなかった英雄として。なに、一夜の夢と思えばいいさ)

 

互いに、積もる話もあるだろうから、と言うとマダオはしばらく考えた後、静かに首を縦に振った。

 

(………分かったよ。ここはありがとう、と言うべきかな?)

 

(どうとでも。それより、ぼかす所はきちんとぼかしてくれな)

 

(了解)

 

と、いうことで俺とキューちゃんは全力で隠れる事に決定した。問題はあらかたの事情を知っている自来也、綱手、カカシにヒアシをどう誤魔化すかだ。まあ、ここはマダオに任せるしかないのだけれど。

 

(………何故かとっても不安になるのじゃが?)

 

奇遇だなキューちゃん。俺もだよ。と、そんなこんな言ってるうちに一人、マダオへと近づく人が居た。

 

「本当に、ミナトか? いや、しかしお前は九尾事件の時に………それに、今まで何処で何を?」

 

「それなんだけど………」

 

つらつらと、マダオは大事な部分をぼかして説明を始める。九尾を封印した際、最終の安全装置となるように自らの精神の半分を封印したこと。例の暗殺未遂事件の際に波風ミナトの魂と、うずまきナルトの魂が融合してしまったこと。先程うずまきナルトの魂は眠ってしまって、しばらくは目覚めないということ。

 

説明の途中、エロ仙人が何事かを突っ込もうとしていたが、それはマダオの視線によって阻止された。曰く、"バラしますよ?"

 

………色々な心当たりがあるエロ仙人は、それだけで黙り込んだ。

 

というかエロ仙人自身も、何故か壮絶な表情を浮かべている綱手自身に睨まれているのであった。ナメクジに睨まれた蛙というところだろうか。微妙に視線を逸らしながら、かたかたと震えている。こっちにかまっている余裕もないようで、一言視線だけで告げれば、すぐに指摘の指は引っ込めた。

 

(おとなしい………てか、何やったんだろうか。どうもただ事じゃないように思えるけど)

 

(あれは恥をかかされた女の顔じゃな)

 

(分かるの、キューちゃん)

 

(こう見えても、我は女じゃ。分からん道理があるか)

 

(いや、キューちゃん――――九那実は確かに女だけど………)

 

服の垣間に見える、雪のように白く染みもない、綺麗な肌とか。いつかの温泉で聞いた声とか。その夜背中に感じた、双丘の感触とか。あ、やべ、思い出しているうちに興奮してきた。

 

(な、お主何を笑っている? ―――今、変な事を考えたな? 変な事を考えたな!?)

(ちょ、落ち着いて、変化解けちゃうから!)

 

(ぐ………くそ。外に出たら覚えておれよ)

 

(う、後が怖い………とまれ、マダオ。何やら向こうさん、半信半疑だけど?)

 

(言葉だけじゃね。僕が本物か、って疑うのは当たり前だろ? 実際、死人だし)

 

手練の忍びは変化でない変装とかも用いるしね、とマダオが言う。

 

(仕方ないこれは禁じ手だったんだけど………)

 

マダオは一歩木の葉の忍び達の方に近づく。すると幾人か、警戒の動作を見せるものたちが居た。

 

「やっぱり、言葉だけじゃあ信じられないようだね………無理もないか。じゃあ、僕が本物という証拠を見せるけど………」

 

マダオは猪鹿蝶の三人の方を意味ありげに見ながら、口を開く。告げた言葉は3種類。どれも、愛を告げる言葉。いわゆるひとつのプロポーズの言葉であった。こんな時に何を言っているのか。その場に居たほぼ全ての人間がそのような事を思っただろう。

 

だが、3人だけ、劇的な反応を見せる者達が居た。

 

「な、それは………何故それを!?」

 

「お前、まさか………!」

 

「盗み聞きしていたのか!?」

 

ぶっちゃけ猪鹿蝶の3人でした。どうやら彼らが妻にプロポーズした時の言葉らしい。

 

「いやだなぁ、盗み聞きはしてないよ。あの時はみんなで相談したじゃない。プロポーズしたいんだけど、どんな言葉が良いかって。よその人も参考にしてさ」

 

「………そういえばそうだったな。すっかり忘れてたぜ」

 

「ぐ、しかし………ということは、本当にミナトなのか?」

 

そのような事―――他人に聞かれたくない言葉でいえば三指に入るであろう、プロポーズの言葉を知っているとは、他人ではありえない。まず、自分からは死んでも漏らさない。それに言われた妻の方も、色々な意味で漏らせないだろう。

 

「そうだ、って言ってるじゃない。ちなみに一番参考になったのは、あれだよね。童顔巨乳若妻をゲットした、日向ヒアシさんの――――」

 

「ば、てめえ、よせミナト! それは誰にも言わない約束じゃ―――」

 

慌てた様子を見せる3人。若気の至りかつ、知られてはならなかった秘密を知られた事によって3人は本気で焦っていた。

 

「ほう。その話、詳しく聞かせてもらおうではないか―――拳でな」

 

木の葉で最強の一角を担う、日向家当主日向ヒアシ。彼の足の下には今、太極の紋様が描かれていた。

 

「は、八卦六十四掌!?」

 

「ちょ、日向の、落ち着かないかい!」

 

鬼気迫る表情で奥義の構えを見せるヒアシ、それを全力で止める油女シビ、犬塚ツメ。本気と書いてマジと読むチャクラを前に、二人は珍しく慌てた様子を見せていた。

ちなみに太極の網に囚われた3人は、蒼白である。

 

(そういえば胸でかかったよなあ………しかも童顔だし)

 

一方、プロポーズ云々の下りを聞いた綱手は怒りを加速させていた。矛先は勿論自来也である。

 

「つ、綱手様!?」

 

「あひぃー!?」

 

「ちょ、自来也様、完全に首絞まってますから―――!?」

 

「ええい、止めるな3人共」

 

アスマ、シズネ、ガイが必死に止めるも無駄に終わった。自来也は綱手の怪力により襟元を締められぶんぶん振り回されたまま、意識を失った。背後に天国への階段が見えたような気がした。

 

(これで二人か。マダオ、恐るべし)

 

(………会話のペースを一気に持っていきおったの)

 

解説するしかない俺達は、じっとその混沌の様子を見守っていた。ちなみにキューちゃんは怒り気味。さっきのあれのせいだろうか。そんな中、一人マダオに近づく影があった。一応はこちらの事情を把握しているだろう、はたけカカシだ。

 

「先生………いくらなんでもこれは無いんじゃないですか?」

 

「ん、ちょっとした意趣返しにね」

 

目だけ笑っていない笑顔で、黒い事を言うマダオ。その直後に、ふっと表情を緩めた。

 

「……それに、色々と誤魔化せるにね。一石二鳥というやつさ。それもこれで終りにするけど」

 

自分にも責任はあるし、とマダオは肩をすくめた。

 

「で、本人は?」

 

「ここ」

 

(いてっ)

 

コツン、とマダオがクナイに化けている俺を小突く。

 

「成程。変化する直前、こちらに視線を向けながら口に指をあてていたのは、このためですか」

 

「あの距離でこちらが見えるのは、ヒアシさんかカカシ君だけだったからね。事情をそれなりに知っている二人だし、分かってくれてよかったよ」

 

「言われた通り、オレもそれなりに事情は把握していますから。それよりも、ナルトの奴が隠れたのは?」

 

「ああ、彼なんだけど、どうも大人数、しかも大人の忍びと対峙するのは苦手らしくてね………と、しかし子供が居ないね」

 

「キリハ達なら大事を取って入院中です。暁と戦った時の傷がまだ完治していないので。大事を前に、傷が深まっても困りますからね。同期の面子と一緒に、今は入院中です」

 

「そうか………後で会いに行こうかな」

 

「後で、で良いんですか?」

 

「いや、暁と戦闘した後、話はしたからね。それよりもこの面子が一斉にこの場に現れるって、どう考えてもおかしいんだけど」

 

何かあったの、とマダオが聞くと、カカシは眼を細めながら答えを返した。

 

「ありましたよ。実は先程、ペインが現れましてね………」

 

と、カカシから説明を受ける。ダンゾウ含む、根の構成員が幾人か殺された事。その後ペインは逃げていったこと。

 

それを聞いた俺達は、別段驚くこともなく頷きを返した。もとより予想していたことだからだ。音隠れを襲った黒い化物の情報、大蛇丸が殺されただろうという情報は、俺達の耳にも届いていた。関連付けとペインの目的を考えれば、容易に予測できることだ。

 

「しかしサスケ君は悔しがるだろうなあ。徹底的にボコりたいと言っていたし」

 

「そうですね………そういえば、サスケの奴は何処に? 先生達と一緒に行動していると聞いていましたが」

 

「まあ、ちょっとね。でもイタチ君、多由也ちゃん居るし大丈夫だと思うよ。一応の札は渡してあるし」

 

使わないにこした事ない札だけど、とマダオは言う。まったく同感だが、クナイが一人でに動くのは奇怪そのものなので黙ってじっとしておく。

 

「この後は、どうするつもりですか?」

 

カカシが問うてくる。思えば落ち着いて話が出来る機会は皆無だったし、カカシとしても先生と話したいのだろう。マダオは頷き、混沌が収まってきた場を見渡しながら、言った。

 

 

「今からちっとあの店に繰り出しませんか」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、数十分後。俺はキューちゃんと二人、とある居酒屋に居た。

 

「一夜限りの再会。といえば、酒盛りは基本だよね」

 

あの後、クナイを化した俺は、さりげなくその場に残ったまま。去っていったと同時に、変化を解き、距離を取って待機していたのだ。そのまま去っていく木の葉の集団を尾行する。歩いて数分後、木の葉の中心へ向かっていたマダオ達一行は、とある酒場に入っていった。そこは生前通っていた同期達のたまり場でもあった居酒屋で、自来也も時々顔を見せる程に酒と料理が旨い店らしい。

 

一夜限りの再会。笑って飲んで別れようじゃないか、という所だろう。思い出がある場所を選んだ気持ちも分かる。色々と複雑な背景、過去を背負っている木の葉の忍び達は、酒がはいらなければ出来ない話もあるだろうし。そう離れる事もできない俺達は、一行についていって店の中に入ったのであった。

 

「………しかし、その複雑な要因の代表格である、お主が抜けておるようだが?」

 

よいのか、と。キューちゃんは視線だけで問うてくる。

 

「それでいいんだよ。俺なんか、居ない方がいいって。それに、あの空気の中へ入っていく勇気も無いしね」

 

居心地が悪い空間に好き好んで入っていきたいとは思わない。俺に出来ることといえば、同じ店で飲むことだけだ。ある程度近くにいないとマダオが消えてしまうから、こうせざるをえなかったのだが。

 

「そういえば自来也の方はなにやら逃げたがっていたが?」

 

「ああ、綱手姫となんかあったようだね。どうでもいいけど」

 

男女の間に割って入るつもりはない。無粋も極まる。痴話喧嘩に巻き込まれるのも嫌だし。ちなみにふたりとも大人の姿に変化中だ。俺は黒髪の成長バージョン、九那実は17歳バージョンである。

 

「しかし、お主相変わらず木の葉の忍びからはある程度の距離を取るの」

 

「いやいや条件反射というか、パブロフの犬というか。木の葉の、しかも大人の忍び集団を見るとね………つい、逃げたくなっちゃうんだよ」

 

消防団の人が旅行に行った時には自然と避難経路を探してしまうのと同様、木の葉の忍びを見たら逃げろ、という判断基準が無意識のレベルで刷り込まれている。屋台の時のように店でひとりふたり相手するのは構わないが、あんな集団と対峙すれば何をしてしまうのやら、自分でも分からない。流石に無意識は無意識だからして意識的に干渉できないのだ。

 

「ふん、言い訳にも聞こえるが」

 

「確かにね………って、そんなことより料理を頼もうよ。せっかく来たんだから」

 

と、俺達はテーブルに置いてあったメニューを見る。

 

「ほう、これは………」

 

「うん。何でかしらないけど、油揚げ使った料理が多くあるねえ。数も豊富なようだし……って本当に豊富だな」

 

なんでだろう、と考えた時に、一つ思い当たることがあった。

 

「ああ、エロ仙人か」

 

そういえば何時だったか、エロ仙人に油揚げ料理について熱く語ったような気がする。

自来也もこの店によく顔を出すと聞いたし、料理についていくつか提案をしていたのかもしれない。

 

「でも、俺の料理よりは旨そうだなあ。和え方もまたにくいねー。流石は料理一筋の本職、ってところか」

 

他のメニューを見るに、どうにもここの料理長は只者ではないようだ。一品一品にセンスが感じられる。俺はメニューの中から、九那実が好きそうな料理を注文していく。ラーメンが無いのは残念だが、今日の所は仕方がないだろう。

 

「取り敢えずは、それだけで」

 

「………かしこまりました」

 

注文を受けた、18歳ぐらいの男店員。彼はわくわく感を隠しきれず笑みを浮かべているキューちゃんの方をちらりと見た後、下がっていった。

 

頬が僅かに赤く染まっていたが、なぜだろうか。不思議に思った俺だが、正面にいる人物を見てすぐに理解した。ここで唐突だが、キューちゃんはかなりの美人である。いや、とっても美人である。それは今更言う事でもない。そこで、そんな美人が、大好物を前にした子供のように、無邪気な笑みを浮かべている姿を想像しよう。

 

(うん、反則だね)

 

男ならば大概は、正面から直視した時点で幻術を受けたかのように硬直してしまうだろう。今は幼女モードではなく少女モードだから、余計にである。

 

(というか、変わったよな)

 

以前ならばもう少し堅い笑顔を見せていただろう。最初に出会った頃ならば笑みも浮かべなかったはずだ。こっちに来て12年、俺もそれなりに変わったつもりだったが、キューちゃんもそれは同じらしい。

 

変化したというのか、成長したというのか。それを本人に聞いてみると、意外な答えが返ってきた。キューちゃんが成長したのは、俺のせいであるという。

 

「って………"せい"?」

 

「"せい"、じゃ。全くあっちでドカン、こっちでボカン、それも不利な相手に挑みまくるわ。デタラメな夢を信じて疑わず、馬鹿みたいにまっすぐに突き進むわ」

 

文句が多そうなキューちゃん。だが、彼女はそのすぐ後に笑顔を浮かべた。いや、笑顔の質が変わったというのか。それは見たことのない顔。俺の知らない、九那実としての顔だった。

 

「だけど、退屈だけはしなかった」

 

ふ、と質の違う笑みを浮かべる。懐古の感情が含まれているかもしれない顔で、言葉は続いた。

 

「心の中で感じたお前の怒りは心地良かったし、お前に関わるものほとんどが馬鹿な意地を持っていた。人間故に無様で、しかし誇り高い何かを胸に秘めていた。嘘も無く、本気で笑って、泣いて、怒って。憎しみが少なかったのは何故だろうな。それもお主を見ていれば分かる気がするが」

 

ふふ、と笑う九那実。俺はその声を聞いた時、背筋走るものを感じた。それは、恐怖ではない。何か得体の知れない、感情の河のようなものが、俺の背筋を走っていく。

 

「………どうした、顔が真っ赤じゃぞ?」

 

「あ、え、と、これは………」

 

思わずどもってしまった。我ながら情けないが、顔の火照りを抑えられない。

それでも目の前の九那実から眼が話せない。俺はどうしたものかと慌てながら、先程の言葉で引っかかった部分を聞いた。俺の怒り、という点についてだ。

 

「自覚なし、か。まあ感情をある程度でも共有できるというのも本来ならばありえんことじゃろうしな」

 

「それは、そうだね」

 

話しあったり、同じような境遇であったり。抱く感情を分け合うことはできるが、全く同じ感情を胸の内に抱く、というのは本来ならば不可能なのだ。写輪眼による心写しの法でも、他人の感情を完全に理解することはできないだろう。人は一人一人違うのだからして当たり前のことなのだが。

 

「だが、我らは可能であった。あの夜より今まで、我はお主の胸に抱かれていたといっても過言ではないのだからな」

 

「そう言われると何か、照れくさいね」

 

「我の方が照れくさいわ。恥ずかしげもなく臭い言葉を発しながら憤りよって」

 

「ご、ごめん」

 

「冗談じゃ、謝らずともよい。本当に怒っているわけではないのだからな―――むしろ、感謝をしている」

 

「感、謝?」

 

俺の聞き返しに九那実は頷くと、あの夜を覚えているかと聞いてきた。

 

「鬼の国。巫女を攫うべく集まった手練達を相手に啖呵を切った、あの夜のことじゃ」

 

九那実は真っ直ぐに俺の眼を見ていた。その瞳は赤く夕焼けのように輝いていたが、少し潤いを帯びていた。そんな時、料理が運ばれてくる。店員の彼は取り込み中だと察したのか、声をかけないまま、料理を置くとすぐに下がっていった。

 

九那実は店員が去っていくのを確認したあと、言葉を続ける。

 

「馬鹿なことを、と思った。自らの命を危険に晒すお前を馬鹿だと思った。しかし、あの時―――あの焔を知った時に、その考えは覆った」

 

九那実は自らの胸にそっと手を添えながら、言う。

 

「憎しみのない、含むものの無い、天を鳴らす雷光のような。許せない事を許せないままにしておけないという、想いの奔流を知った。憎しみしか知らない私は、あの時に本当の感情というものを理解した。いや切っ掛けとなった、か」

 

まるで何かを思い出すかのように、九那実は遠い眼をしながら笑う。

 

「馬鹿をやったな。戦いもした。色々な人と出会った。平穏な日々を知った。一つ所にとどまって、隠れて過ごしているだけでは分からなかったかもしれん。そういう点でも、感謝はしている」

 

「………俺の、好きにやっただけだから」

 

許せないことを許せないからして許せないと言っただけ。だから感謝をされるのは筋違いだ、といいながら運ばれてきた料理をがつがつと食べる俺に対し、九那実は笑いながら首を横に振った。

 

「それでもじゃ。"人"を見せてくれたそなたに感謝を。そして―――感情というものを教えてくれたそなたに、最大級の感謝を」

 

視線をあわせそんな事を言ってくる九那実。それに対し、俺は言葉を返すことができなかった。なんと行っていいのか分からなかったからだ。

 

やがて、互いの間に沈黙の帳が落ちる。そんな中俺は、今の言葉について考えていた。

 

―――感情。何かを感じる人を、動かすもの。心の揺らぎとも言える。

九那実はそれを初めてしったのだという。それはどういうことだろうか、と考えた時、答えが閃いた。憎しみしか知らなかった、と言ったのを思い出す。

 

(憎しみだけじゃあ、感情とは言えないわな。ましてやそれが、外部からの干渉によるものなら)

 

誰かが言ったが、人は愛情の裏に憎しみのリスクを背負うと言う。

それは全くその通りで、人は誰かを好きになるからこそ、失った時にその原因となったものを憎む。しかしそれは大切なものがあって初めて成り立つこと。

 

自分の中に大切な何かがあってこそなのだ。九那実はそれを初めて理解したという。つまり今までは、大切なものなど無かったということだ。人の憎しみを貪るだけの怪物であった九尾の妖魔ならば、それもそうなのだろうが。俺はその過去を思って悲しい気持ちになるとの同時、今は違うという言葉に喜びを感じていた。

 

つまりは、九那実にも大切なものができたということだ。喜びを理解し、楽しみを理解する心が芽生えたということ。

 

―――本当に、良かった。意図した訳でもないが、俺の馬鹿な行動が原因となり、いつも傍に居た人、親友にして相棒が幸せになってくれて、本当に嬉しく思う。

 

しかし、これだけは言っておかなければならない。俺も、助けられたのだということを。その事を伝えありがとうを返すと、九那実は目を点にした後、はて、と首をかしげた。

ぱくぱくと食べていた動作を止め、俺の顔を見てくる。

 

俺はその様子に苦笑しながら、助けられた内容について説明する。

 

「何時も、さ。例えば戦闘中、苦痛に負けて挫けそうになった時………いつも、声をかけてくれたろ?」

 

膝を折る寸前、いつも言ってくれた。諦めるのか、と。

 

「………分からんな。それがなんで感謝になる?」

 

「思い出させてくれたからさ。今、俺の背中は女の子に見られているんだってことを」

 

「―――な。な、なぬを、いや何を言っておる!?」

 

「いやぁ、女の子を後ろにしてさ。挙句、諦めるのかなんて、そんなこと問われたらさ。もうやるっきゃないって。男なら、そう思うのは仕方ないって」

 

格好を付けたいのだ。女の子を前に、チキンにはなりたくない。誰かを見捨てるような下衆な所は見せたくない。そこは、全国共通、全世界共通の、男としての意地である。馬鹿な男の意地ともいうが、退けない所だ。

 

そう伝えると、何故か九那実は顔を真っ赤にした。

 

「お、女の子? 我が、か?」

 

「どこからどうみても。こうして、油揚げを食べている所とか特にね」

 

時々無邪気すぎて抱きしめたくなる。そう言うと、九那実は顔を真っ赤にしながら硬直する。

 

「お、お主………もう酔っておるのか!?」

 

「実のところ、少し。でも酔った勢いとか、そういうんじゃないから」

 

面と向かっては、あるいは誰かがいるなら照れくさすぎて死にそうなので言えないが、こうしてここに二人居るのであれば言える。顔が真っ赤なのはご愛嬌だと思っていただければ。そう言うと九那実は顔を真っ赤にしたまま「この、ヘタレが!」と叫んだ。それは己も自覚している所なので、何ともいえないが。

 

しばらく俺と九那実は無言のまま、黙々と料理を食べ続けていた。

 

 

 

ひとしきり注文した料理を食べ終わった後。俺は九那実に対し、味はどうだったか聞いてみた。ふたりとも、直後は沈黙のまま顔を真っ赤にしていたが、流石に数分過ぎた今では顔は元に戻っている。互いのやりとりも先程はどことなくぎこちなくなっていたが、酒が進むとそれも消えた。

 

酒の魔力というやつだろうか。結構恥ずかしい言葉を交わしたような気がする。酒は人に勇気をくれるというが、そのとおりなのか。いや、時には蛮勇というか、どうしようもない事を口走ってしまうので、酒の力に頼り切るのは駄目なのだが。

 

「………うむ、うまかったぞ。だが、白には及ばんな」

 

「そうだねえ。良妻賢母位階でいえば、五影クラスだもんね」

 

その五影は、良妻賢母レベルでいえば何級なんだろうか。

 

「うむ。しかし、あやつらももう、居ないのじゃな」

 

「……やっぱ、寂しい?」

 

別れの直後は実感できないが、今になって現実味というか、はっきりと認識したのだろう。九那実は少し寂しそうな顔を見せていた。

 

「ん、実のところはな。そういえばさっきの話の続きになるが、人が居なくなって寂しいと思うのは、あやつらが初めてじゃな」

 

「そうなんだ………でもまあ、永遠の別れ、ってわけでもないし。あの二人ならきっと、やってくれるだろうしさ」

 

「ああ。再不斬のやつだけでは心もとないが、白が付いていれば大丈夫じゃろ。あいつは何だかんだ言ってやる女じゃ」

 

「そうだね。ま、生きているなら、また会えるさ。この戦いが終わった後にね」

 

俺も、死ぬ気で“アレ”を使うが、死ぬつもりはない。そう言うと、九那実は―――しかし、その笑みを凍りつかせていた。

 

「………九那実?」

 

「―――いや。そう、じゃの。生きているなら、また会えるか」

 

「そうだけど………大丈夫? 顔色が悪いけど、食べ過ぎた?」

 

「いや、気にするな。あと我はまだまだいけるぞ」

 

「そうこなくっちゃね」

 

勇ましい九那実の言葉を聞いた俺は、追加の注文を頼む。

 

「ふむ、全部制覇してみるのも面白いか」

 

「そうだね………っと、九那実。ほっぺたに米粒がついてる」

 

「む、何処じゃ?」

 

「ああ、そこじゃないって………ここだって」

 

と、俺は九那実の頬にあるご飯粒を取ってやる。

 

「取れた取れた」

 

「………」

 

「ん、どうしたの? え、手をこっちに? いいけど………って、痛え!?」

 

ジャスチャーの通りに手を近づけると、九那実にがぶり、と手を噛み付かれた。

 

「―――こ、この馬鹿! 何の前振りもなく、肌に触れるでないわ!」

 

「いや、肌って。ほっぺたじゃ―――すみません、私が悪うございました」

 

目が非常に怖かったので、素直に頭を下げた。

 

「ふん、それでいい。次からは気をつけろよ」

 

九那実の眼光を前に、それ以上言い返すことはできなかった。普通に怖かったからだ。眉毛がある再不斬より怖かった。俺に優しいサスケより怖いかも。

 

「前半も後半もイマイチ怖さが分からんが………というより、サスケの件に関しては自業自得じゃろ」

 

からかい過ぎたお主が悪い、と九那実は呆れた口調になる。

 

「いや、からかった時のリアクションが面白いのでつい………」

 

やりすぎて警戒されるようになったのはいい思い出だ。任務中は流石にそんな様子は見せないが。俺もしないし。

 

「多由也に渡したあの切り札はどうなんじゃ」

 

「いや、俺も苦肉の策でね? まあ、サスケの心境を考えるに、使われないことに越したことないとは思うけど、備えあれば憂いなしというか」

 

「ふむ、それはそうかもしれんな。あやつも、そうは怒らんかもしれん。だが、部屋に仕掛けたあの罠があれば分からんぞ」

 

三位一体のジュウシマツを言っているのだろう。あれがもしサスケに命中すればどうなるのだろうか。

 

考えてみた。

 

「………雷遁秘術・武甕槌、かな」

 

「雷遁・神雷かもしれんのう」

 

多由也に授けた切り札に悪戯心はないのだけれど、荷袋に仕込んだ罠はある。むしろ満載である。その仕返しに、と白熱されれば厄介な事になるやもしれないなぁ。

 

「あやつが万華鏡に目覚めておらねば良いがの」

 

「ああ、そういえばそういう可能性もあったんだっけ」

 

カカシも開眼しているという、万華鏡写輪眼。大切な人を失う、という点に関連があると思うが、イマイチはっきりしないのだった。試してみる気にもなれんし。

 

「仮死状態の多由也………擬似的な体験と言える。もしかしたら開眼できるかもしれんしの」

 

「そうなれば………え、月読無双!?」

 

想像してみた。きっと俺は夢の中で永劫、大蛇丸の全裸を見せつけられるのだろう。

 

「うう、悪夢ってレベルじゃねーじゃんコレェってばよ、うん!?」

 

「………色々と混ざっておるぞ。あれを仕掛けた時点でそうなる事、気づいてもよさそうなものじゃが」

 

「いや、多由也に渡した仕込みクナイのね? 材料の残りでね? 吸盤と、墨の残りがあってね? それで、ふと思いついてね? ―――気づけば、罠は完成していたんだ」

 

「………しっぺ返しをくうとか、そういう事は?」

 

「うん、今考えれば確かに。でもあの時は、"引っかかった間抜けを笑う皆の顔が見れる"の一心で。他の事はあんまり………」

 

「………お主は出たての芸人か」

 

「しかも天然系だね☆」

 

「だね☆、じゃないわ、このおろかものが」

 

「といいながら、密かに料理を全てたいらげるキューちゃんであった」

 

気づけば、皿の上は空っぽであった。そういえば、会話している合間合間にもぎゅもぎゅしてたね。

 

「う、うるさいわ! ほら、次じゃ、次!」

 

「はいはい………」

 

俺は店員さんを呼び、追加の注文をする。あのテーブル異常に速い、とか、バキュームコンビ、とかいう声が聞こえたが、バキュームはコンビじゃなくてソロでございます。

 

「少し時間がかかるようだね………っと、そういえばマダオの方はどうなんだろう」

 

「覗いてみるのか?」

 

「影分身は配置しているしね……っと、つながった」

 

と、俺は影分身を中継に現場の言葉を聞いてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人形に化けた影分身が現場を映す。まだ十分程度しか経っていないというのに、場はすでに最高潮。宴もたけなわというところであった。そこで一人、金髪の馬鹿が立ち上がる

 

「一人目、波風ミナト! 一発ギャグ、行きます!」

 

「「「おー!」」」

 

ぱちぱちという拍手の音が聞こえる。その後、マダオの叫び声が聞こえた。

 

「はい!!!」

 

「………それは、火の実?」

 

罰ゲーム業界にその名を轟かせる、激辛の代名詞。別名、悪魔の実か。そんなシカクの問いに対し、マダオは答えた。

 

 

「いいえ、クシナです」

 

 

「「「………ッ!」」」

 

 

ミナトとクシナの同期らしき面々の馬鹿笑いが、個室に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が戻った後、俺が取った行動は一つ、嘆息であった。

 

「………何か、見てはいけない光景を、聞いてはいけなかった言葉を聞いたような。ていうかケフィアネタかよ」

 

あいつも器用だな、というか器用すぎる。流石は我が相棒。

 

「あやつも随分と弾けておるのう。すでに出来上がっていると見える」

 

これも、酒の魔力か。そう思った時、心の中で誰かが突っ込みを入れた。

 

「―――? ん、何か俺の中にいる何かが一瞬、煮えたぎったような気が」

 

あと、"潰れたトマトみてーにしてくれんゾ?" とかいう声が聞こえたような。

しかも女性の声で。

 

「うう、一体誰の声なんだ………つーかすげえ怖かったんですけど」

 

具体的にいえば油揚げを横取りした時のキューちゃんぐらい。

思い出すだけで震えがくるぜ、あの時の九蓮の焔。巻き添えで黒焦げになったサスケと再不斬。

 

「………ふむ、我にも聞こえたぞ。何者かは分からんが、どうにも気合が入った声だったのう。後でマダオの奴に話してみるか……と、どうやら追加がきたようじゃぞ」

 

―――そうして。

 

木の葉隠れでの最後の酒宴は、また加速していった。

 

 


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