小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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7話 : うちはサスケ

「人は備えなければならない。己の身に降りかかる災難、問題をどうにかできるだけの力が必要だ。あらかじめの備えがなければ、問題に対して何をどうすることもできない。怠け者は、生き残れないんだ。災厄と死はいつどこにあっても、俺達の隣に居るのだから」

 

今も狙われ続けている、九尾の人柱力だと思われている少年は言った。あらかじめ練っていた策、忍術を両手に一人立ち、不利な戦いでも諦めることなく戦い、そし生き抜いた者の言葉は重くサスケの心に突き刺さった。

 

 

「忍者の戦いにおいては、基本の幻・体・忍は必須だ。どれかが欠けていれば、それを補える程の何かを持っていなければ、呆気無く殺されちまう。揃っているだけでも同じこと。鍛え、磨きあげられた力でなければ、呆気無く殺されちまう。戦場は全くもって"お優しく"ない………自分より強い相手と戦い生き延びるのは、至難の業だ。時には無様をさらすことも、覚悟しなければならない」

 

「………戦場というのは、非情なものです。そしてそれが何時、どこで発生するのか。それは誰にも予想できない。何故ならば戦いを起こすのは常に、人なのですから。そして運命は唐突に、無慈悲になります。だけどボク達は、慈悲に縋る真似はしない。自分達の頭で、腕で、想いで。困難を乗り越えてきました」

 

少し前までは霧隠れの抜け忍であった二人が、言う。カカシとの戦闘を思い出しているのだろうか、鬼人の方は苦虫を噛み潰したような顔だったけれど。突然の悲劇に見舞われた少女の顔は、少し儚げに、悲しみに歪んでいたけれど。

 

 

「誰もが、思い思いに生きているから。そこら中、好き勝手に走り回っている。だから互いの衝突は避けられないとも言えるな。ほんとうに………ふとした事で、日常が地獄に変わる」

 

かつては戦災孤児であった、戦場で大切なものを失った、母を失った赤髪の少女が言う。一寸先は闇。身をもってそれを体験した多由也の言葉は重く、少女と同じくその理不尽を体験したサスケも深く、その言葉に頷いた。

 

 

「だから備えが必要なんだ。基礎能力は勿論のこと、時には知識、いや戦術という武器が無ければ、戦いに勝ち続けることはできない。逃亡、交渉、といった駆け引きも必要になる。戦場において、あって困るものは無いよ。負ければ終わりというのは、生死を賭けた戦いの、戦場においての常だからね。想いという力が勝つ場合もあるけれど、そうでない戦場もまた、確かにある」

 

幾百もの戦場を駆け抜けた四代目火影が、珍しく神妙な顔つきになって、言う。数え切れない程の同胞の死を見てきた、かつては忍びの頂点に立っていた男の言葉は重く、サスケの胸に突き刺さった。

 

 

「憎しみは、何もかも覆い隠す。黒の霧は人の眼を曇らせる、視界を狭める。強すぎる感情は人の心を鈍くするからだ。あるいは生きたいという思いでさえも。………憎しみの黒は、どんなものよりも強い効力を持つ、心を壊す致死の毒薬だ」

 

かつては世界の憎しみを身に纏っていた天狐が、言う。妖魔であった頃の名残。かつては人が織りなす悲劇を急襲していた妖狐は、記憶の残滓の中で一つの真理を垣間見ていた。かつて憎しみに呑まれていたサスケも、天狐の少女の言葉に同意を示した。

 

 

 

それはいつかどこかの、言葉合わせ。戦いの悲劇をなくそうと、あるいは大切なものを取り戻すべく己を磨いていた一団の、日常の中の一幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦場に雷光が、ほとばしる。次の瞬間、右奥に居た音隠れの中忍のうちの一人が吹き飛んだ。中忍は吹き飛ばされた先にあった大樹で背中を打ち、強い衝撃に血を吐き出した。

 

「は――――」

 

速い、という言葉を言い切ることもできず。また一人、頬を殴られて、音の忍びが吹き飛んだ。だがそれは致命傷でなく、戦闘不能に至るダメージでも無かった。しかしサスケの動きは速く、カブトを含む音の忍び達はその動きを捉えられないでいた。

 

「くっ、ならばこれでどうだ!」

 

翻弄される中、音の忍びの一人が、鉄の網を投げかける。それは広範囲に広がり、直下にいるサスケを絡めとるべく迫る。サスケは、その網に構わない。思うがまま、自らの内に溢れる力を行使する。

 

「天に三宝、日、月、星」

 

納刀の最中、サスケは呟き、印を組む。

 

「地に三宝、火、水、風!」

 

結びの印は、うちは一族が最も得意とする火遁。サスケの全身から炎がほとばしり、すぐさま雷紋へと集中する。炎は束となり、刃に宿り空を斬る。

 

「火遁・龍炎剣!」

 

雷紋が振り下ろされると同時、火の一閃が鉄網を撫でた。一瞬の拮抗の後、鉄の網は高熱の炎刃に焼かれ溶かされ、無残に引き裂かれた。

 

「ば、馬鹿な!? ―――ぐあっ!」

 

動揺と苦悶の声を最後に、音の忍びが雷文に貫かれた。

 

「痺れろ」

 

千鳥流し。雷を切り口から体内に流された音忍の目から光が消える。刀を引きぬくサスケ。その背後から、また別の音忍が襲いかかる。

 

「っ、遅えよォ!」

 

サスケが煩わしいとばかりに、回し蹴りを叩き込む。しかしそれは防がれてしまい、今度は反対側からカブトがチャクラのメスを持って肉薄。

 

「見えてんだよ!」

 

それも雷文の強引な一薙ぎで追い払う。乱暴な一撃が、一歩下がったカブトの目の前で空を切った。サスケの体勢が崩れ、頭上からまた音忍が襲いかかる。頭頂を狙った振り下ろしの蹴打。

 

「チィッ!」

 

サスケは写輪眼でそれをとらえ、腕で防御しながらカウンター気味に音忍の顔面を右の拳で殴りつける。あまりに馬鹿正直な拳は、顔をひねった音忍の頬をかすめるだけ。

 

その様子を見て、カブトが一人心の中で確信していた。

 

(………これなら、やれるね。冷静を欠いたうちはサスケならば)

 

限定でも解除されている呪印の影響で、身体能力は上がっている。しかし運用の方が成っちゃいない。これならば浸け込む隙はいくらでもある、とカブトは判断していた。

 

そして、数分後。

 

残るのは、サスケとカブトだけになっていた。音の忍び達はみな、地へと倒れ伏していた。それを成したサスケは、肩で息をしていた。その全身には、隠しきれないダメージを負っていた。

 

「………後は、お前だけだ」

 

「そうみたいだね………いやはや、まさかここまでとは思わなかったよ。力任せに戦って"コレ"とはね」

 

サスケの言葉に、カブトは余裕を保ったまま言葉を返す。

 

「しかし荒い。それじゃあ僕には勝てないよ?」

 

「お前の知ったことかァ!」

 

叫びと同時、サスケはカブトとの距離を詰めると腰の刀で居合を放った。常人ならば眼にも止まらない早業。それを越えている熟達の忍びであるカブトは、二度三度の斬撃を躱しきった。

 

「はっ、見え見えだよ! そんな大ぶりな攻撃、僕には当たらない!」

 

「ちいっ!」

 

嘲るカブトに対し、サスケは更に距離を詰めて一歩踏み出し、必殺の意を込めた袈裟懸けの一撃を繰り出す。しかしそれも、届かない。あと一歩、届かないでいた。

 

「甘い!」

 

機を見ての反撃に、サスケは反応できなかった。カブトの一撃は横隔膜を捉えていた。。薬で強化された身体能力による拳打の威力は高く、怒りに我を忘れているサスケはまともに受け手しまい、たまらず後方へと下がった。

 

そこから先は一方的だった。考えなしに全身を振り回したせいで、サスケの身体はあちこち傷んでいた。憎悪に身を染めてそれを一時的に無視できても、動きが鈍くなることは避けられない。

 

やがて、サスケの腹部右に、カブトの拳が突き刺さった。狙うは肝臓。急所狙いの一撃に、サスケはうめき声を上げながら吹き飛び、地面に転がされる。

 

「これで決ま…………まだ、立つのかい」

 

咳き込むサスケに、カブトは哀れむ声をかける。

 

「ふん、随分と息が切れているようだね。無様なもんだよ。地味に鍛えた結果が"この程度"とはね」

 

その言葉に、サスケの肩がぴくりと動く。

 

「あの時、大蛇丸様について来ればこんなもんじゃなかったハズだよ。全く、情に絆されたか知らないけど………くだらない」

 

嘲りのような。カブトは挑発の意味も兼ねて、言葉の刃を叩きつける。対するサスケは言い返せないためか、悔しさに歯噛みすることしかできなかった。自覚していたからだ。音の中忍達を倒した時に、無駄な動きをしすぎたことは。らしからぬ怒りに任せた雑な攻防は、サスケ自身の想像以上に、彼の体力を奪っていた。

 

対するカブトは、まだ余裕を残している。カブトもまた、切り札といえるものを隠していた。

 

「ま、大蛇丸様の細胞がうまく身体になじんだからかな。それ抜きでも、君は酷いもんだけど」

 

告げるカブトは嬉しそうに笑った。自身の身の内から溢れる力に、酔いしれるように。

 

「君にも呪印がある、よね。それは………いや、ごく一部しか解除されていないのか」

 

「………!」

 

指摘されたサスケの顔が、僅かに引きつる。

 

「完全に開放しなよ、僕が憎いんだろう? その気持のままに、全てのしがらみを断てばいい。何もかも吹っ飛ぶほどの快楽を得られるよ?」

 

「………開放、だと?」

 

「ああ。そこに居た"ソレ"が何を言ったのか知らないけど、気にすることはないよ」

 

と、カブトはサスケが立っている足の下を指差す。

 

 

―――――そこには、多由也が流した血の跡があった。

 

サスケの鼓動の音が、一段と跳ね上がった。

 

「吹っ切ればいい。望めば手が届くよ? ――――かつて君は欲しがった、誰にも負けない力が」

 

「………誰にも負けない、力」

 

「そうだ。ひょっとしたら今の僕をも殺せるだけの力が―――――」

 

そこまで言って、カブトは黙りこむ。

 

サスケの様子がおかしいのだ。

 

 

「ちから、力………何のために? ………誰のために」

 

憎悪に駆られたサスケが、息絶え絶えになりながら言葉を返す。

 

 

そして、かつて自分で口に出した言葉を思い出していた。

 

この瞳は何のためにあるのか。地面の血の跡に視線を巡らし―――――思いを巡らせる

 

浮かんだのは、ある時の多由也との会話。修行に励み、孤児達を癒し。音を頼りに、更に高みを望み多くの人を助けようとする多由也に向け、サスケは質問をしたことがあった。

――――なんのために、進むのか。問いは当たり前のように返ってきた。

 

本当に自分が望んでいるものを見つけて、そのために音を奏でると。

自分が本当にしたいことをやりたいと、彼女は答えた。

 

――――誰のために、との問いには苦笑しながら返ってきた。

 

曰く、自分のため。理不尽に苦しめられている人が嫌いで、それを何とかする。笑顔が見れる。うちも、助けられて嬉しいと。互いに損はなく、どちらも幸せになる。これって凄いことじゃないかと、彼女は答えた。

 

(―――俺も。同じだって、考えた。そう在れたらって)

 

サスケは、そこで漸く思い出した。この眼の意味を。我愛羅に伝えた、この眼の意味を。多由也の答えで見つけた、自分の本当の望みを。

 

(この力は――――そうだったな)

 

サスケは、首を横に振った。先程とは違い、確かめるようにゆっくりと。否定の意志をこめて、横方向に三度、首を往復させる。

 

「遂に諦めたかい? それとも狂ったのか」

 

「どちらも、違う………いや、馬鹿だったよ………俺が、違ったんだな」

 

無様すぎる、と。怒りにうわずっていたサスケの声が、元の調子を取り戻したかのように太く、低い声となる。

 

それは本来のサスケの声だった。

 

「最後に………多由也に言われたばかりだってのによ。忘れて、繰り返しちまった」

 

サスケは倒れ伏す音の忍び達の姿を見ながら、呟く。

 

「我を忘れ、怒りのままに突き進んで、鍛えた身体の動きさえも忘れて、無様を晒しちまった………これじゃ、なんのための修行だったんだか………情けねえな」

 

サスケはそんな情けない自分の、頬を殴った。情けない自分を殴りつけた。怒りに我を忘れ、本来の動きを発揮できず、悪戯に無駄な攻撃を繰り返した。

 

そうして赤く腫れた頬。サスケは唇に滲む血を吐き捨てると、立ち上がった。

 

「何を…………?」

 

カブトが、言葉を挟む。明らかに、先ほどとは様子が違っている。

しかしサスケは、それを聞いてはいない。

 

 

「鍛えた己。備えた、戦術。磨き上げた体術………それも忘れて、この窮地だ。多由也が折角去り際に言ってくれたってのによ………」

 

 

その声にこめられたのは、悔恨。己の無様を哂う、だけど諦めない。

一人の、男の言葉であった。

 

「思い出したぜ、多由也。修行の日々を。隠れ家での日々を………そうだったな。確かにそうだ。憎しみだけじゃあ何もできやしない。出来ることは否定することだけ」

 

そして、戦う意味を。

 

言葉と同時、サスケのチャクラが一瞬途切れた。

 

 

「憎むなよ、ただ怒れ。そして戦え、理不尽な境遇に立たされている誰かのために。力とは、誰かのために振るわれ始めて、意味を持つ。自分で自分を誇れるような望みを。自分では無い誰かのために振るう――――それが、本当の"力"」

 

 

ずっと、もやがかかっていた言葉。それを頭と心で理解したサスケ。叫びをあげると同時、全身からチャクラを練り上げ、噴出させた。それまでの比ではない程に濃密に、気高く、そして意志に満ちた力強いチャクラであった。

 

目の前のカブトは、それをも哂った。

 

「弱いね。そんなもの、僕にも大蛇丸様にも通じはしない。呪印の力、呪われた力もなく、僕たちが積み重ねた十数年の月日を超えられるものか。害意無き力は、力にあらず! 力を得るためには、何かを差し出さなければならない! 欲しいものがあれば奪い取る!力とは本来そういうものだよ!」

 

力を得るために、己の一部を“捨てた”カブトが嘲りを返す。

己が野望を果たすために、差し出したカブトが、叫ぶ。

 

「そんな、想いなど! 誰かのためになんて、曖昧な力で――――僕を、大蛇丸様を倒せはしない!」

 

それは、純粋な"暴力"という観点から言えば、正しい言葉。だけど、サスケの眼に揺らぎはない。

 

「言葉で否定はしない。でも、最後まで見てから言えよ。それに、お前たちのそれは………力なんかじゃない」

 

「戯言を! 外法もなしに、呪印も無しに…………この距離を、力の差を埋められると思っているのかい!?」

 

侮蔑の念を乗せ、告げるカブト。それをサスケは、一笑に付した。

 

 

「ざけんなよ。外法、呪印だと?」

 

 

彼の脳裏に浮かんだのは、多由也の姿。

 

力無く、想いに満ちて溢れた姿。鍛錬の末に努力の果てに築き上げた術。不治の病と思われた傷でも癒して見せた音色。夢と想いが成した偉業、誇り高きあの音の轍。拳では絶対に成せない。一人の人を救いきった、美事としか言いようのない。

 

サスケはその時に聞いた旋律を、自らの心を癒してくたその曲を、その場に居た全員の心を震わせたであろう彼女の心を脳裏に描きながら、叫んだ。

 

 

「そんなもんが無くたってなあ………人は、強くなれるんだよ!!!」

 

 

そしてサスケは心の中で、仲間の姿を思い描く。

 

(そうだろ、マダオ師。再不斬、白、ナルト…………)

 

誰もが、あがいていた。サスケは、ずっと見ていたのだ。自らの身体を痛めつけ、それでも止まることなく、いつか来る明日を疑わない人達。

 

そして、もう一人。一番傍で、誰よりも近くで見ていた女性の名前を呼んだ。

 

 

「なあ―――――そうだろ、多由也ッ!」

 

 

雷光がほとばしる。そこでサスケは聞こえた気がした。

 

 

(―――負けるな)

 

最も親しき者―――多由也の声を。自らを応援する、多由也の笛の音が、聞こえた気がしたのだ。

 

「これ以上、誰も死なせたりはしねえ。あいつをあの世でまで悲しませたりはしねえ!

 見せてやる、思い出に残る全ての想い―――――その力を!」

 

思いもよらない、サスケのチャクラの力強さに、カブトがひるんだ。

 

「ああああっ!」

 

そのひるみを、サスケは見逃さなかった。

 

 

「ふっ!?」

 

眼にも止まらない動きで、カブトに突進すると、交差ぎみに一撃。防御の動作も取れなかったカブトは、あまりの威力を前に身体をくの字に曲げた。

 

「ぐっ…………くそ、舐めるんじゃない!!」

 

対するカブトも、本気を出した。自らの身体に、全力のチャクラを這わせる。サスケの攻撃を見きれないと瞬時に判断したカブトは、防御に専念してサスケの攻撃を全て耐え切ることを選択したのであった。

 

大蛇丸の細胞を自らの身体の中に入れたカブトの耐久力は強く、並の攻撃では倒しきることはできない。サスケのチャクラ残量を見切ったカブトの、策であった。

 

「いいぜ――――そんな力怖くねえ、真正面からぶち破れる!」

 

カブトの意図を察したサスケがは腰に差していた刀を、雷紋を背に背負った。

そして高速で印を組んだ後、左腕で右の手首を掴む。

 

同時、震脚。

 

大地が、鳴動する。

 

直後、サスケの右腕には、雷の塊が顕現していた。

 

サスケはここにはいない大切な人を、誰よりも傍にいた人を、そして背中に背負う自らの相棒、雷紋に告げる。

 

 

「みんな―――――雷紋、多由也!」

 

 

雷光がほとばしる。両目の写輪眼が、回り―――やがて、万華の模様を描く。己の無力と無様さ、そして守りたい誰かを再認識したサスケの魂が、うちは一族の力を覚醒させたのであった。

 

大切な人を失ったという想いが、サスケの魂を奮わせた。

 

そしてサスケはそれが故に、前に進む。

 

「千分の一秒の世界…………今、極めてやる!」

 

地面が爆発する。サスケは猛烈な速度で、カブトに肉薄していた。従来の千鳥をも上回る、圧倒的な速度。

 

カブトもさるもの、コンマ以下刹那の世界で、迎撃の方法を練っていた。防御しきれないと判断したが故の、選択であった。雷光の速さで迫り来るサスケの狙いを看破し、その上対処方を練ろうと、思考を回転させる。

 

(千鳥――――いや、普通の千鳥ではこない。見るべきは、背負った刀!)

 

カブトは、サスケが刀の位置を変えたことを見逃さなかった。あれには、何かしらの意味があるはずだ。

 

そう思ったカブトは、自分が取るべき迎撃の戦術を練る。

 

(千鳥にはなく、刀での一撃にある弱点――――懐、至近距離!)

 

避け切れないと判断したカブトは、間合いに眼をつけた。刀の殺傷範囲は、その刀身半ばから先。中距離だ。至近距離ならば、刃が当たっても鍔元。傷は負ってしまうが、致命傷にはなりえない。

 

(この期に及んで、普通の千鳥でくるはずがない………狙いは、刀による一撃!)

 

千鳥はあくまで見せの動きで、千鳥を避けるべく横に動いた自分を仕留めるつもりだろうとカブトは判断し、取るべく策を決定する。

 

(刀を動かしたこと、意味がないはずがない。ならば狙いは刀の一撃だ。そこに付け入る隙がある!)

 

サスケの踏み込みの速度は速く、カブトにしてもいちかばちかの賭けにでるしかなかった。だかカブトはそんな修羅場でさえもうろたえず、サスケの行動を把握し、自らの取るべき策を見出していた。

 

 

やがて、二人の間合いは生死を分ける距離に。先手はサスケ。雷光を纏っていない方の手が、背負った雷紋の柄に伸びた。

 

(っ、ここだ!)

 

踏み込み、カブトが疾駆する。その瞬間カブトの脳裏には、勝利の光景が浮かんでいた。チャクラのメスで筋を断ち、捕まえ、大蛇丸様の元へ連れ帰ると。

 

―――だが、それは叶わない。絵に描いた餅、カブトの夢想にすぎなかった。カウンターをとるべく一歩踏み込んだカブト、その直後に感じたのは勝利の予感ではなく、痛み。腹部に、猛烈な衝撃を感じた。

 

(!?!?!?)

 

繰り出した一撃は、あと一歩というところまで。指一本分、届かなかった。

 

(っ、千鳥でもなく刀でもない――――ただの、前蹴り………っ!?)

 

そう、千鳥も、背中に移された雷紋も、そして柄に伸ばされた手も、全てフェイントに過ぎなかった。

 

――――裏の裏。わざと武器を見せつけて、相手の行動を制限し、それを逆手に取る戦術。サスケは虚動に虚動を重ね、最後の一歩で更にスピードを上げて突進したのだ。

 

かつての隠れ家での修行で教わった戦法だった。肉体活性、極まった速度、その勢いが全てこめられた一撃。強烈無比なサスケの前蹴りが、無防備なカブトの腹部に突き刺さる。衝撃は速度の二乗に比例し、ただの蹴りが必殺の蹴撃へと進化する。極まった蹴りの一撃は、カブトの自動治癒さえも上回って、腹部の骨、臓器を蹂躙しつくす。

 

「おおおおおおああああああっ!」

 

 

サスケは突き出した前蹴りの体勢のまま、突進の勢いのままカブトと共に前方へと突っ込む。カブトは呼吸をすることができず、また自己治癒もできなかった。サスケの方も、無茶をした反動のせいか身体が軋みによる不協の和音を上げていたが、構わず突き進む。

 

「――――あァっ!!!」

 

呼気と共に、更に一段階動きを早めると体内門を一門開放し、カブトの顎を蹴り上げた。

「い、けええええええええええっ!」

 

自らも宙に浮きながら、叫ぶ。空中で連撃を加え、カブトを更に空へ、空へと打ち上げて行く。その打撃の全てが急所を。サスケはカブトの眉間、人中、顎、米神、鳩尾。およそ打ちやすい急所の全てを拳で打ち据えながら、天へとかけ上がっていく。

 

やがて、二人の軌道は放物線の頂点に達し。サスケは宙に浮いたカブトに鋼糸を巻き付けると、その体を踏み台に、更に空へと飛び上がった。

 

同時にカブトの身体が引っ張られる。サスケは体内門を更に開け、その力を持ってカブトを引き寄せながら、勢い良く落下していく。

 

「…………?!」

 

カブトが、驚愕に悲鳴を上げる。サスケの背中、その背にある雷文がまるで怒っているかのように輝いていたのだ。

 

(雷の、翼!?)

 

やがて引き寄せられたカブトに、サスケの右足が突き刺さった。

 

そのまま回転を加えて、自らの脚をカブトの腹にめりこませていき、添えた足を軸に、駒のように回転する――――!

 

 

「砕け、散れえええッッ!」

 

 

サスケの怒号が、森の空に響き渡る。雷の蹴撃。回転してカブトの全身を焼きながら、高高度から落下していく。

 

―――雷遁秘術・神雷。

 

 

カブトは雷のような勢いで地面へと叩きつけられ。

 

その衝撃に、大地が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イタチがシンとサイ、香燐と重吾を送って戻ってきた時。その時にはすでに勝敗がついてた。誰も動くものがなく、勝利を収めたサスケでさえも疲労のあまり動くことができなくなっていた。

 

「…………無事、勝ったようだな」

 

「兄さん………」

 

サスケの足元には、黒焦げのままぴくぴく動くカブトの姿があった。大蛇丸の細胞、自動治癒の力をもってしてもサスケの切り札の一つ、"雷遁・神雷"、のダメージを回復しきれずに、戦闘不能となってしまったのであった。

 

「大したものだ………強くなったな、サスケ」

 

イタチが、サスケに声をかける。しかしサスケは、涙を浮かべたままであった。

 

「勝ったさ。ああ、強くなったかもしれない………だけど――――――だけど!」

 

 

サスケは立つこともできず、跪いたまま。その体勢のままサスケは、地面を叩きつける。

「失っちまったよ………大切な。一緒に、ずっと一緒にいたいと思った人を」

 

サスケは悔恨の言葉を叫びながらなんども、なんども地面を叩きつけていた。

 

「サスケ…………」

 

それを見たイタチが、何とも言えない表情を浮かべる。ちらちらと背後を見ながら、ぽりぽりと頬をかいていた。

 

「何がうちはだ。何が写輪眼だ! こんな、大事な人一人守れないようじゃあ意味が無えじゃ…………くそっ、くそぉ!」

 

「サスケ」

 

「守りたかったんだ! あの音を、温もりも、声も、心も、あの笑顔も、みんな――――!」

 

「………サスケ」

 

イタチは静かに、サスケに言葉をかけるが、サスケは拳を地面に打ち付けたまま。

言葉も耳に届かなく、また気づかないでいた。

 

――――イタチの後方にある大樹の裏で見え隠れする赤い髪にも。

 

「くそっ、多由也「ぷぃ――――」……………?」

 

サスケは地面を叩きつけている途中。何やらどこかで聞いた音を耳にして、顔を上げる

大樹の幹。その影から、どこかで見たような赤い髪が見え隠れしていた。

 

「…………は、え?」

 

サスケが間の抜けた声を上げる。イタチは、明後日の方向を向いている。

 

赤い髪が、動揺したかのように動いた。

 

 

「…………お、おい?」

 

サスケが、眼を見開いた。

 

イタチは無言のまま、眼を閉じる。

 

赤い髪が、ぴこぴこと動く。

 

 

「―――――――――――――多由也?」

 

見間違うはずがない、その髪。

 

『ぷぃ~』

 

そして返答に、笛の音。申し訳ないという言葉を示した、その調子。サスケはまさか幻術か、と思い、再び声をかけた。

 

「………え、本当に…………多由也なのか?」

 

『ぽひぃー』

 

だが返ってくるのは、間の抜けた笛の音。大樹の影の赤い髪は申し訳なさそうに、見せる顔もないというふうに、もじもじとしている。

 

「――――」

 

埒があかないと判断したサスケが、痛む身体を引きずり走る。

 

大樹の裏へ、走り寄る。

 

 

そこには―――――

 

 

「………」

 

 

無言のまま、申し訳なさそうに頭をかきむしる多由也の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば、二人。イタチと多由也は、サスケの御前で正座させられていた。

 

「…………で? 二人とも。どういうことか、説明してくれるんだろうな」

 

サスケが淡々とした口調で、多由也とイタチに詰め寄る。その眼には、万華鏡写輪眼が顕現していた。大切な人を失って、自らの無力を心の底から痛感させられること。そして強くありたいと願うこと。サスケは奇しくも、かつての師であるはたけカカシと同じ条件で、万華鏡写輪眼の開眼を果たしていたのであった。

 

「………いや、その、あれだよ。ほら――――」

 

だがそれよりも顔が怖い。そう思ったイタチは、額に冷や汗を流していた。見たこともない強烈な殺気を放つ弟に、怯えていたのであった。その隣、また多由也も恐怖を感じながらも説明しなければならないと、自分の懐からとあるものを取り出す。

 

取り出されたのは、クナイ。だがその先には、何やら吸盤のようなものがついている。

 

「………これが、何だって?」

 

それを見たサスケは、大体の事情を察する。見ればそのクナイは、赤色に染まっていた。それでも、追求の言葉は引っ込めない。サスケは本気の本気で怒っていた。真剣と書いてマジである。腰の雷紋も、わずかに振動するほどに。

 

「………えっとさ。単刀直入に言うと………これが今朝、お前に言えなかったっていう………その、メンマから貰ったものなんだよ」

 

「は?」

 

「えっとさ………その、簡単に説明するとだな。人質に取られた時用の、死んだふり用の道具だ」

 

多由也がクナイの先を押す。するとクナイはピコピコと、その切っ先が柄の所へと引っ込んで行く。ぴゅっと、クナイの端から、赤い液体が飛び出る。

 

「………あの血は?」

 

「こう、ここに血糊を仕込んでさ。するとほら、刺したと同時に血が出てくるんだ。まあ、懐にも仕込んでいたんだけど」

 

ばれたらまずいから一応は本物だ、と多由也が言う。サスケは臭いをかいて、確かに本物のようだと頷く。

 

「………口から血を吐いていたのは?」

 

「あれも同じで血糊。煙玉に乗じて血糊がつまった袋を口に含んで、ばれないように相手を昏倒させて、そんでこのクナイを仕込んだんだ。咄嗟の策だったけど、カブトにはばれなかったみたいだ、けど……」

 

流石に煙無しじゃあ見破られただろうけど、と多由也は顔を逸らしながら言った。

 

「………鼓動が、止まっていたのは?」

 

「あれは………白のプレゼント。人を仮死状態にする、特別製の薬だよ。でもすごい高価なものだから、本来ならば千本を利用するって――――でも、万が一のためにって、別れ際にくれたんだ」

 

そこまで聞いたときサスケは、波の国での一件を思い出した。千本で首筋を貫かれ、仮死状態となる再不斬の姿を。

 

「………そうか。で、一応聞いておくが――――誰の発案だ?」

 

万華鏡写輪眼がぎらりと光る。サスケの怒りは、有頂天に達しているのだった。

 

「それは、えっと、みんな。いや、そのさ。最初は白がその、音の忍びが狙ってくるのなら、人質を取られる可能性も考慮した方がいいって………それで、ナルトも神妙に頷いてさ」

 

なんかすげえ変な、真面目すぎる顔だった、と多由也が呟いた。

 

「いざという時のための備えはした方がいいって、この吸盤つきクナイと、血糊セットをな?」

 

抑え、撚るとクナイは刃がへっこんだまま止まっていた。そこまで聞いたサスケの顔が、憤怒に染まる。

 

「っ、あの金髪の悪魔がァ………! それで、兄さんも知っていたのか!?」

 

「話しには聞かされていた。だが、演技ができないサスケには教えるなと忠告されてな………」

 

イタチもまた、申し訳なさそうな顔をする。

 

「死んだと思わせたのであれば、相手も襲いかかってはこないと思ってな。事実、あの状況で人質をとりながらの戦いというのも、厳しかった………」

 

「ホタルの事は完全に予想外だったし………。いざという時のために、ウチが"死んでも"、って、相手に聞かせて………その、前もってそう思わせる予防線も張ってたし………予想外のことが重なりすぎて、結果はアレだったけど」

 

声も絶え絶えに、二人は呟く。

 

「………もしも、お前が人質に取られた時用に?」

 

「そう。死んだ方がましだ、って自分の胸をこのクナイで抉るかのように見せて………それだけじゃあ怪しまれるから、奥歯に仕込んだ薬を、こう、な? これなら回復も速いし、万が一の時にもって、あの」

 

「そう、か」

 

説明を受けたサスケは、顔を伏せたまま無言となる。

 

「もしかしたら、の備えだったんだ。人質に取られた時の危険性は、それほどに高かったから………」

 

弱気のまま、多由也が呟く。それを聞いたサスケは、かつての下忍試験。カカシに言われた言葉を思い出していた。

 

『サクラ! サスケを殺せ! さもなくばキリハが死ぬことになるぞ!』

 

無茶をした自分のせいで、チームワークを拒んだ自分のせいで、失格の窮地に立たされたあの時のことを思い出していたのであった。そして、"こういう手もあるんだな"と、サスケは一人で納得していた。

 

備える事。いざという時、大事な人を失わないように、策を用意しておくこと。それを無意識で軽んじていたことを認識し、サスケは深い溜息を吐いた。

 

無言が、場に満ちる。

 

そして、多由也が後ろめたさにたまらず謝罪の言葉を口にしようとした時だった。

サスケはがしっと、多由也の手を握りしめた。

 

「!?」

 

殴られる、と思った多由也は眼をつぶる。だがそのまま十秒が経過しても、じっと動かないサスケに対し、眼を開けてその顔を見た。

 

その顔には、歓喜が――――眩しいほどの喜びの感情が満ち、そして溢れていた。

 

 

「脈がある………消えない。冷たく、ない」

 

震えた声で、サスケは何度も繰り返した。手首から感じる鼓動。それを認識したサスケは、ようやく―――――目の前の光景が、幻術ではないことを確信した。

 

そのまま、握りしめた手を引き寄せて、多由也を抱きとめる。

 

「きゃっ!?」

 

多由也はサスケの予想外の行動に対し、少女のような悲鳴を上げてしまうことしかできない。その全身には傷が残っており、仮死状態になったということで身体に"こり"が残っている。サスケはそんな身体の中にでも、確かな生の鼓動を感じ取っていた。

 

「――――え? あ、あの、おい、サスケ?」

 

一瞬置いて――――ようやく、自分が両腕で抱きしめられているということに気づいた多由也が、うわずった声を上げる。

 

「頼む。少しでいいから………このままで、いてくれ」

 

懇願するような、弱りきった声。多由也は自分を抱きとめる腕が震えているのを感じると、されるがままに自らの身を預けていた。

 

多由也は小刻みに震えながらも、自分を話さない腕を。わずかに聞こえた、嗚咽の声を傍にしながら。自分の顔が赤くなっていくのを感じつつも、自らの肩に顔をうずめて震えているサスケの頭をゆっくりと撫で続けた。

 

 




「今日から俺は!」ってところでひとつ。

でも一歩間違えたら全滅していた可能性もあるんですよね。

いや、作戦はほんと大事です。

あと龍炎剣はネタ技です。元ネタはジャングルの王者ターちゃんっす。
勿論発案者はメンマです。ネタとわかりにくいので追記しました。

ちなみにフェイントの蹴りは――――――



























       ∧_∧  千鳥足!
     _( ´サ`)
    /     )     ドゴォォォ _  /
   / ,イ 、  ノ/      ∧ ∧―= ̄ `ヽ, _
< | />/|   ( 〈 ∵. ・ (株  〈__ >  ゛ 、_
< | | >| ヽ  ー=- ̄ ̄=_、  (/ , ´ノ \
< | | >|  `iー__=―_ ;, / / /
< |ニ( >、)  =_二__ ̄_=;, / / ,'
<__ _> / /       /  /|  |
     / /       !、_/ /   〉
    / _/             |_/
    ヽ、_ヽ








でしたとさ。トンファーキックは前振りです。

いやー、長かった。

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