小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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5話 : 音隠れの刺客

 

音隠れの中忍である二人は走りながらほくそ笑んだ。謹製の光玉は効果も大きく誰であっても数分は視界を奪えるものだったからだ。

 

止まる理由もない、そのまま奇襲を敢行した。一方は、側面から。もう一方は樹から降り立ち、背後から。無音のまま忍び寄り、眼が見えなくなっている多由也へ一撃を喰らわさんと攻撃の動作に入る。

 

――――だが。

 

「ぐっ…………!?」

 

 

苦悶の声を上げたのは奇襲を仕掛けた音の中忍。その鳩尾には、多由也の蹴り足が突き刺さっていた。苦悶と、驚きの混じり合った声を零す音の中忍。多由也は構わず、そのままもう一方へと近接する。

 

残る一人は予想外の展開に狼狽え、近寄ってくる多由也から遠ざかろうと下がるが、まるで見えているかのように仕掛けてくる相手に、怯えた声を上げた。

 

「っ、眼は見えていない筈だ!」

 

「光はなくとも、音があるんだよ!」

 

多由也は足音や声などから相手の位置を割り出していた。中忍は実戦経験も浅く、まだ殺し合いの場に立った事がない。故に未熟。忍び足も完璧でなく、多由也からすれば忍んでいないのと同じだった。鼓動の音も、多由也にすれば煩く感じる程に聞こえている。

 

その様子を観察した多由也は、相手の力量を大体だが把握する。動揺していることも悟った。ならばここで決める、とチャクラを足に集中し、一気に近接戦へと持っていく。

 

「オラァ!」

 

「ぐうっ!?」

 

多由也の繰り出した右の拳が、音の中忍の顔面に飛ぶ。音の中忍はそれを両腕で防御するが、勢いを完全に殺すことができなく、そのまま後ろへとたたらを踏んでしまった。

 

「舐めるな!」

 

中忍はこの程度で、と多由也の拳の衝撃によって戦意を取り戻した。全身に広がった動揺も消えている。

 

多由也はそれを察し、動揺の内に力で押し切る作戦から、新たな作戦へと切り替えた。前に踏み出そうと前傾姿勢になっていた所を戻し、踏み出した足に力をこめる。

 

そして、跳躍。

 

一端後方へと大きく退き、中忍との距離を空けたのだった。多由也は不敵な笑みを音忍に向けた後、切り札である術を使うべく、腰元の笛を取り出そうとする。

 

「させるか!」

 

中忍はさせじと、多由也の腕と腰元の笛目掛けて、クナイを複数投げつけた。うなりを上げて飛ぶクナイ。多由也は腰元に伸ばしていた手を引っこめ、そのまま回避の動作に入る。足底に纏わせたチャクラで地面を弾き、そのまま横方向へと飛ぶ。

 

それを見た音の中忍は、悔しげな表情を浮かべる。咄嗟とはいえ全力で投げたクナイを、余裕で避けられるのか、と。しかも相手は眼が見えない状態だ。その心象を察した多由也は、バカにしたような笑みを向けた。

 

「こんなもんか? ――――落ちぶれ変態蛇の、家畜忍者さんよ」

 

音の内情を知っているが故の、分かりやすくも効果がある挑発の言葉。その言は見事、音忍の心を揺らすことに成功する。

 

「まだまだぁ!」

 

怒った音の中忍は怒りのままに叫び、再びクナイを投げつけた。だが、そのクナイは先程と同じではない。クナイの尻には尻尾のように糸が括りつけられ、その先には火の着いた起爆札があったのだ。

 

点火された起爆札から、じじじ、という音が鳴る。多由也はその音に気づき、驚きの表情を浮かべながら防御体勢に入る。

 

爆発。

 

クナイは地面に突き刺さると同時、土と共に周囲に砂埃をまき散らした。

 

(――――見えた)

 

中忍は煙の向こうに多由也の影を見つけ、追撃を仕掛けようと接近する。今の爆音で、聴覚にも影響が出ているのだろうと判断した上での接近だった。機を見て敏なるは、忍びの常。それを体現すべく、そして勝利をもぎ取るべく賭けに出たのであった。

 

足のチャクラで地面を弾き、真正面から突進する。

 

一方で多由也は、唇の端だけで笑う。舞い上がった砂埃に紛れ、多由也は印を組んだ。

結びの印は土遁。結びの印を最後に、地面に手を叩きつけてついて叫んだ。

 

「土遁・土流棍の術!」

 

直後、多由也の足元から三つ、土で出来た太い棍が前方に向かい出現した。

 

「なにへぐっ!?」

 

それは馬鹿正直に真正面から突っ込んできた音忍の顔、鳩尾、急所へとぶち当たった。マヌケな声を出しながら、その場に昏倒する。どうも三つ目が致命的だったよ。鼻血を出して悶絶しながら、腹と股を抑えている。

 

「いっちょうあがり、っと」

 

倒れ伏す二人を見届けると、多由也は近づいてく。中忍は、「耳は………」と呟いていたが、多由也はそれを一蹴する。

 

「鍛え方が違うんだよ」

 

格の違いを思わせる言葉で戦意を喪失させると共に、手刀を落とす。チャクラの、そして微細な音の振動が籠められた一撃が、悶絶している中忍の延髄を正確にとらえた。多由也は二人の鼓動の音を聞き取り、完全に気絶したのを確認すると、うち一人の額当てを指でなぞった。

 

そこに、音の紋様が刻まれているのを確認する。

 

「眼が見えなかったんで、さっきのは勘だったけど………こいつらやっぱり、音隠れの忍びか」

 

そう呟くと、多由也はきびすを返した。一刻も早く、サスケ達と合流しなくては。そう思い、駆け出そうとする。

 

だが、それは出来なかった。草むらの向こうから、光のようなものが飛んできたからだ。多由也はその光のようなものが飛ぶ時に鳴らす風切り音を察知すると、咄嗟に横へと飛び退いた。

 

「な――――くっ!?」

 

だがその光の砲撃は先程のクナイとは比べ物にならない程に早く、避けきることができなかった。僅かにかすった光に、多由也は足を焼かれた。歯を食いしばって、激痛に耐える。だが、痛みに硬直している暇も無かった。

 

「新手………!」

 

数にして3人。それも、手練の足運びを思わせる音。多由也は不利を察し、舌打ちをした。

 

(眼は…………まだ完全じゃない。それにこの3人、様子が何処か変だぞ)

 

言葉を発さない新手の3人の鼓動音を聞き取った多由也が、眉を顰めた。その鼓動があまりにも整っていなかったからだ。不整脈というレベルではない。急激に早くなったかと思うとリズムを崩し、遅くなったかと思うと急激に早くなる。常人ならば、死んでいてもおかしくはないだろう。鍛えられた忍者でもどうか、という程にそれは酷かった。

 

(状況は不利。それもかなり拙い)

 

多由也は眼をこすりながら、毒づく。暗かった視界は徐々に晴れてきているが、完全回復まではあと少しかかる。この一合は眼が見えないままだけど、なんとか避けなければと気合を入れる。

 

「グ、ゥギゥ………!」

 

呻き声。同時、何か弦を引くような音が聞こえた。寒気を感じた多由也は、弦の音が途切れる直前、後方へと飛んだ。直後、今まで多由也が居たあたりの地面が弾ける。薄ぼんやりとしか見えないが、長い矢のようなものが地面に突き刺さったようだ。

 

計算外だったのはその後。矢によって砕かれた地面が飛び散り、宙にいる自分に届く程の威力があったのだ。

 

「ギ、グゲギィ!」

 

「グアッ!」

 

着地した多由也に、更なる追撃。残りの二人が左右から挟み込むように接近戦を挑んできたのだ。多由也はこの陣形は拙いと判断し、近接する二人の内の片方、動きが鈍い方に走り出した。

 

同時に攻撃を受ける前に仕掛ける目算だった。多由也はついに近づき、敵から突き出された掌打を見極めると、間一髪で回避。掌打の余波に起きて巻き起こった風が、多由也の髪を撫でた。

 

その威力に、多由也は戦慄する。まともに受けていれば一撃で昏倒していたことだろう、と。一方で交差ぎみに身を躱した鈍重な方とすれ違いに、もう一人が近接してくる。

 

その動きは早く、それなりの速度を持つに至った多由也よりも一段上の動きだった。

 

(だけど動きに精細は無い!)

 

少し晴れてきた視界から相手の動きを見据えた多由也は、攻撃の予備動作を筋肉の起こりの音と共に捉えた。敵の拳が振り上げられ、振り下ろされる刹那に、相手の懐の内へと身を滑らせると一歩深く踏み込みながら、掌打を放った。

 

カウンター気味に相手の胴部を捉えた渾身の一撃。相手はその威力に押されて吹き飛んだが、多由也はそこで困惑の顔を浮かべた。

 

掌打の感触が、あまりにおかしかったのだ。岩のように堅い、という訳でもないが、それは明らかに人体に有り得ざる“厚み”を持っていた。

 

――――そして。

 

その感触を、多由也はよく知っていた。

 

「まさか………」

 

直後、視界が晴れた。はっきりと、相手の顔が見える。

 

鬼童丸、次郎坊――――そして左近と右近。

 

そこには、呪印に全身を犯され変わり果てた、かつての同期の姿があった。予想だにしていなかった光景に、多由也は驚きを隠せなかった。眼を見開いたまま、硬直する。

 

そして、その隙は大きかった。

 

「クアッハァぁーーーー!」

 

背後から、重戦車のようなものが多由也の背中に向けて突進する。

 

「っ、しまっ―――――!」

 

身を捻り、足にチャクラを集め、跳躍する――――その最後の行動に至る、一瞬前だった。足の傷が一連の動作を阻害する。それが、僅かな停滞を生んだ。

 

そして戦場では、その一瞬が命取りになる。背後から迫る、呪印の王。殺人衝動に駆られた重吾の、体当たりの一撃が多由也の身体を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

イタチとサスケは、ザンゲツとの会談が終わると、屋敷の外へ出ていた。会談は提案の話が出た後すぐに終わった。返事は待って欲しい、とイタチが告げたためであった。

 

「兄さん………さっきの提案の事なんだが………」

 

どう返事するつもりか。サスケは兄にそう訊ねた。

 

「………悪くない話だとは思っている。何より、償いの場が与えられるというのは大きい」

 

「償い?」

 

「ああ。大昔だがな。俺達の祖先の事は覚えているか?」

 

「支配は心で諭すより力で抑えつける形式の方が相応しい。そう謳った、六道仙人の息子の兄の方だな」

 

「そうだ。そしてその思想が、後の忍びの一端を担っているとも言える」

 

うちはマダラの事もそうだ、とイタチは言う。

 

「霧隠れを裏から支配したのも、九尾の事件を起こしたのも。暁だってそうだ。うちはとして、マダラは平和を乱しすぎた」

 

「そのマダラの尻拭いをするために?」

 

「それもある。だが、戦争は起こらないのが最上だ。平和による腐敗も、勿論勘案すべきことだが…………戦争は、腐敗以上に人を壊す。それに、木の葉が戦乱に巻き込まれないのであれば、やる価値はある」

 

最も俺は表には出られないがな、とイタチはサスケに苦笑を向ける。

 

「どちらにせよ、木の葉内部でうちは一族を再興するのは難しいだろう。俺達の心情、そして木の葉上層部の心情を考えれば、俺達が木の葉に戻るのは不味いとも言える」

 

「それは、何故だ。俺達はもう………」

 

「事件が在った事が重要なのだ。俺達が報復する、と思われたらそこで終りだ。また悲劇が繰り返されるだろう。それに、それだけの力をこの写輪眼は持ち合わせている」

 

「それは極論だと思うけど………」

 

「―――サスケ。忍びというのは基本、極論的な生き物なんだ。上層部や暗部は特にその傾向が強い。正しく問答無用に物事を解決するきらいがあるんだ」

 

「問いも答えも必要無い。可能性あるならば、芽の内に叩き潰す、って方針なのか」

 

「それはダンゾウの思考だな。どの里にも、そういう存在が一人二人は居るものだ。だが、俺達も一皮剥けば同じ穴のムジナかもしれん」

 

だから滅びたのかもしれんな、とイタチは悲しく笑う。

 

「………難しいな」

 

「ああ、難しい。こと血継限界というものは特にな。だが、使い方次第でもある。そこで――――サスケ、お前はこの先に何を望む?」

 

「そうだな………ダンゾウは殺したい程に嫌いだ。けど、木の葉隠れの忍者そのものが嫌いだって訳じゃない」

 

むしろ色々知った今では、あの里の空気は好きだ、と言える。サスケの呟きにイタチは安堵した。

 

「嫌いじゃない………けど、今の話を聞くに俺と兄さんが木の葉へ揃って帰るというのは、正直難しいだろうな」

 

「ああ。お前だけならば、そう難しくはないが、俺と一緒となれば格段に難しくなる」

 

「そうだよな………」

 

「………それに。お前としてはもう一つ、懸念すべき事項があるだろう?」

 

「うん、もう一つ?」

 

出掛けに貰った水を飲みながら、サスケは首をかしげる。

 

「あの、さっきの………赤髪の彼女の事だ。多由也といったか」

 

ぶふっ、とサスケが水を吹き出す。

 

「あの音の忍術………あれは素晴らしいと言える。音もそうだが、効力もな」

 

イタチはサスケが修行途中に、多由也の笛の音で一日の疲れを癒していたのを聞いていた。それが故の言葉だった。間違いなく――――里の軍力増強に利用されるということ。

 

「困ったな。アイツはそういうの望んで無いんだけど………どうにかして防げないか」

 

「木の葉ならば、あるいはな。だが知られれば間違いなく、他の里から狙われるだろう。そしてお前が木の葉の一員となるならば、その事実を知らせる義務が生まれる」

 

組織とはそういうものだ、とイタチは苦味を含んだ表情を浮かべる。

 

「義務なんて糞くらえだ―――とは言っても、な。多由也は音の抜け忍だ。木の葉内部から、密告される恐れがあるな」

 

一枚岩の組織というものは存在しない。イタチも、そしてサスケもそのあたりは理解していた。集団の中、一人を守るのがどれだけ難しい事なのかも。

 

「少し、考えてみる。それよりもメンマの事だけど――――」

 

そこまで話をした時。あるものを感じ取った二人の眼が、鋭くなった。

 

「兄さん………」

 

「………これは、戦闘の気配だな」

 

戦場独特の気配を感じた二人は頷きあうと即座にその場所へと向かった。

 

二人並び、全速で走って数十秒。

 

 

到着したその場所では、シンとサイが戦っていた。相手は音隠れの忍び。額当てが、その正体を告げていた。

 

「苦戦しているようだな………っと、多由也がいない?」

 

姿が見当たらない、とサスケは顔を不安に染める。そして、敵に手裏剣を投げ放ちながら、シンへと近づいた。助かったぜ、と言うシンに対し、サスケは多由也の居場所を訊ねた。

 

「………近くに居た作業員に聞いたんだけどな」

 

シンが少し顔を曇らせる。

 

「少し前に森の奥に入っていったらしいよ」

 

続きの言葉は、サイが紡いだ。それを聞いたサスケが、叫ぶ。

 

「――――何!? っ、そうか花火職人のところへ………!」

 

サスケは舌打ちしながら、表情をより一層険しくする。

 

「あの3人は………俺とサイに任せろ」

 

ちったあ出来るみたいだが問題は無い。だから先にいけ、とシンはサスケに向けて笑みを浮かべた。

 

「俺達であいつらを抑えるからよ………サイ、頼む!」

 

「了解っ」

 

返事をするとサイは手早く巻物を開くと、告げた。

 

「忍法・超獣偽画」

 

同時、巻物から大きな鳥と、小さな虎が2体出てくる。どちらも黒く、荒い。それもそのはず、その身体は墨で構成されていたのだから。

 

「一番、シン―――――行きます!」

 

シンはサイの出した墨の鳥の上にのり、そのまま相手に突進する。その後方、シンの背中には小型の墨虎達が張り付いていた。

 

「と、ぶ、ぜっ!」

 

鳥の飛ぶ速度そのままに、シンは大きく前に跳躍しながら牽制のクナイを放ち、そのまま一気に相手の懐へと飛び込む。間髪いれず、ひるんだ相手の胴部に掌打の乱撃を食らわせる。それは決め手とはならず、いくつかは防がれていた。

 

だが、相手は防戦一方で、サスケ達の動きを妨害できないでいる。一方、二体の小型虎は、右前方へ居たもう一人の忍びに向けて跳びかかった。音の上忍は、舌打ちしながら体当たりを避ける。そしてクナイを投げるが、小型の虎は素早くそれを避ける。

 

そこに、包囲網の穴が生じた。

 

「今だ! 行け!」

 

シンの叫びに対し、サスケは頷くと全速力で走り出すと、その猛烈な速度で音忍の包囲網を抜け出した。

 

そのまま全速を維持して森を駆け抜ける。道なりに真っ直ぐに、多由也の元へと走った。背後には同じく、包囲網を抜け出たイタチが居た。

 

「写輪眼………居た! やはり、この先か!」

 

走って数分の距離の所に、多由也が居た。距離にして数キロは離れているため、その詳細は分からないが音の忍び相手に苦戦しているようだ。それを察知したサスケが、速度を上げる。だが不意に、頭上に影を感じた。

 

サスケが顔を上げた先――――そこには、再不斬の首斬り包丁にも匹敵する、巨大な刀があった。

 

持っているのは、色白の忍び。見れば、不自然なまでに片腕の筋肉が盛り上がっていた

 

「まずは挨拶代わりだよっとォ!」

 

言葉と共に、大刀の一撃が振り下ろされる。

 

「くっ!」

 

サスケは咄嗟に横に飛び、その大刀の一撃を避ける。

 

「こちらもか………」

 

呟き、イタチは複数の襲撃者の方を観察していた。数秒も経たずに、その表情を険しいものに変える。

 

「………大蛇丸、そして薬師カブト共同制作の、戦闘人形といった所か」

 

相変わらず趣味の悪い、とイタチが低い声で告げる。その声に、サスケに斬りかかった襲撃者の方から感嘆の声が上がった。

 

「へえ、その人形の正体を初見で見破るんだ。流石は音に聞こえたうちはイタチ。なら、それがどれだけ厄介なものかは分かるよね?」

 

「薬により痛覚を消したか。そして、暗示により精神さえも壊されている。薬での肉体強化も、限界まで施しているようだな」

 

これでは月読も通じん、とイタチは呟いた。

そこに、新たな声が降り注いだ。

 

「――――痛みを感じないから、炎に焼かれても止まらない。天照を使うのは、自殺行為だよ? 燃え尽きる前に抱きつかれたら、それで終わりだからね」

 

「この声………薬師カブト、アンタか」

 

「その通り。久しぶりだね、会いたかったよサスケ君」

 

「こちらとしては会いたくなかったがな………」

 

サスケは忌々しい、という表情を浮かべながらカブトに訊ねる。

 

「それで、何が目的だ?」

 

「忍びが目的を聞かれて、答えるとでも思っているのかい? ――――って、ばればれか。そうだよ、大蛇丸様の命でね………」

 

君の写輪眼が欲しいんだよ。そう言いながら、カブトは酷薄な笑みを浮かべた。イタチの方には、月詠を恐れてか視線を合わせない。同時にイタチの周囲は4体の強化人形が展開されていて、イタチからカブトに通じる視界を塞いでいた。

 

「それと………裏切り者を、取り戻しにね」

 

「多由也をどうするつもりだ?」

 

「ああ、連れて帰るのさ。色々と便利な術を覚えたようだからね。そう、音隠れの発展に役立てたいと思って」

 

「………何をするつもりだ?」

 

サスケの額に、青筋が浮かぶ。

 

「とてもここでは言えないねえ。取り敢えず人格は消すかな」

 

何でもないことのように、カブトは言った。

 

「取り立てて必要の無いものだし――――裏切り者には、それなりの罰を与えなきゃ、うちとしても示しがつかないんだよ」

 

ははは、と笑うカブト。それに対して、サスケは怒りの色を濃くする。

 

「………させると、思うのか」

 

「いいや、“する”のさ。厄介な九尾の人柱力も、何処かに行ったようだからね」

 

その言葉に、サスケは眉をぴくりと動かせる。

 

 

「それにあの娘を人質に取れば、サスケ君も素直についてきてくれるだろうしね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、森の奥では、多由也が本格的な危地に陥っていた。

 

「く………」

 

多由也は横腹を抑えながら、ダメージを確認していた。

 

(折れた、か…………だが、危なかった。あの威力、直撃されていればそこで決着はついていた)

 

一体何者が、と。

多由也が問う前に声は返ってきた。

 

「へえ、咄嗟に身体を捻って直撃だけはまぬがれたか。良い反応をするな、お前」

 

「しぶといのが売りでね………それで、お前は誰だ?」

 

「香燐だ。一応は、音の忍び扱いされてる」

 

嫌そうに答える香燐に対し、多由也は意外なものを見た、という視線を向ける。

 

「音の忍びにしては珍しいな………お前は、大蛇丸の信奉者じゃ無いのか?」

 

「あんなオカマ野郎を奉ってたまるか。それでも、任務は任務だ、気は進まねーけど………と、戻ってきたな」

 

と、走り去っていった重吾が、再び戻ってくる。多由也は香燐に背を向け、再び重吾に視線を向ける。香燐の方は、戦闘力は大したことが無いと判断したからだった。一番警戒しなければならない相手を正面に置き、多由也は後方にいる香燐に言葉を向ける。

 

「………一応聞いてはおくが、こいつらに何をした?」

 

答えないだろうな、と思いながらも聞かずにはいられない多由也。香燐に対して、周囲に展開している次郎坊達が何故“こう”なっているのかを聞く。

 

「分からないね。カブトの野郎が何かしたらしいけど、それ以外知らされていない」

 

「そうか………ああ、あとひとつ。この猪ヤローはもしかして重吾って奴か? あの呪印のオリジナルの」

 

多由也は呪印のあった場所を抑えながら、聞く。、

 

「その通りだ。まあ、ウチでも止められな………ひっ!?」

 

途中、香燐の声が悲鳴に変わる。前方にいる重吾が狂ったように笑いながら、多数の大砲のような大口を展開したからだ。多由也越しとはいえ、そんなものは気休めにもならない。香燐は作戦前、カブトからいくらかの情報を与えられていた。その中に、重吾の事もあった。一度暴れたら、殺人衝動が収まるまで当たりの者を殺し尽くすという質の悪い性質を聞いていたのだ。

 

「って、やべえ…………!」

 

光はみるみるうちに大きくなっていく。そして周囲にいる次郎坊達も、動き始めていた

絶対絶命。だが多由也は、諦めてはいなかった。

 

(謝るんだ………サスケに)

 

そして、話しあうのだ。これからの事を。こんな所で死んでいる場合ではないと、多由也は即座に決意を固めた上で、思考を全速で回転させた。一縷の望みでも、無いとは思わない。生き延びることを最優先に、行動を開始する。

 

まず、相手の特徴を観察。そして正しいと思われる推測を重ねていった。

 

(………次郎坊、左近、鬼道丸………こいつらは呪印を暴走させられているのか。カブトの野郎、一服盛りやがったな!)

 

まるで捨駒だ。多由也は次郎坊達の姿に、こんなものに変えた者に対する憤りを隠せないでいた。

 

(それに、この重吾って野郎………ケタ違いだ。正面から当たっても勝ち目は薄い)

 

そうして、多由也は、一つの結論を出す。

 

(共通する言葉は、呪印!)

 

そして自分が持ちうる最大の武器はなにか、多由也は腰元にある笛を叩き、決意をする

 

(これは、賭けだ。だがやるしかない)

 

捕まれば、足手まといになる。音隠れに連れ戻されるかもしれない。多由也としては、それは文字通り死んでも嫌なことだった。

 

(まずは、隙を作る)

 

瞬時に作戦を組み立てた多由也は、まずは印を組みはじめた。ここで、相手を攻撃する術は使わない。そんな事をしても焼け石に水となるのは理解していた。それに手持ちの術はほぼ守りの術ばかり。相手を攻撃する術は少なく、またチャクラの残量も多いとは言えない。放てるといえば、先程に使った土遁・土流棍だけだ。多由也はあの程度の術など、この相手には通じないだろうということを理解している。

 

思考を走らせながら、結びの印を組む。香燐は既に、後方へと避難をしていた。それを確認した後、多由也は足で思いっきり地面を踏みつけた。

 

「土遁・土流陣壁!」

 

ダン、という音と共に、地面が鳴動する。直後、多由也の周囲360°にある地面が全て盛り上がり、突き出した。土の流れが陣となり、そして壁となった。Bランクに位置する、上忍級の、土遁の高等忍術だ。

 

盛り上がった壁は並の術ならば防ぎきる程に頑丈。だが、重吾達は構わずと仕掛けた。狂乱の意志に身を任せ、それぞれの攻撃を繰り出す。

 

「クァハハァー、死ねェ!」

 

「グギィ!」

 

「ゲウッツ!」

 

「グゲガァ!」

 

「ちょっと待………!」

 

香燐が制止の声を上げる。だが狂人と化した4人は、香燐の制止の言葉に従わず、各々の最大威力、必殺となる一撃を放った。

 

重吾は多段に展開した変形砲身から、高威力のチャクラ砲を繰り出す。次郎坊は全身をチャクラで活性化し、肩から壁に突っ込んで行く。左近・右近は合体したまま、呪印からあふれる莫大なチャクラを籠めた多連脚を。鬼童丸は最初に放ったものに倍する大きさの矢を、壁に向けて放つ。

 

4つの破壊は中央、土の壁の所で収束する。ひゅおっ、と空気が縮まる音。

 

直後、世界が爆音で満たされた。

 

「――――――!」

 

香燐は声無き悲鳴を上げながら、近くにあった大樹の影に隠れた。爆音が爆風を生み、周囲にある小石や枝などを吹き飛ばしていく。

 

やがて10秒が経過した後、ようやく破壊の風は収まっていた。

 

「………収まった、か」

 

香燐はもう大丈夫か、と大樹の影から顔を出して爆心地を見た。

 

「やっちまった。跡形も………」

 

続きは声にならなかった。巨大な壁はものの見事に粉砕されており、それどころか爆心地は巨大なクレーターが出来ていたのだ。この有様なら、中央に居た多由也は肉片も残さず吹き飛んでしまっただろう。任務失敗か、と香燐は視線を落とした。

 

この任務が成功すれば、音隠れから解放してくれる。香燐は大蛇丸とそう約束していたのだ。彼女にしても、その約束はまともに守ってもらえると思っていなかったが、隙は出来るだろうと考えていた。または拉致される多由也を、時を置いて助け出し、サスケや網の連中と交渉することによって自分の居場所を作ろうとしていたのだ。

 

だが、それも全部パア。話しを聞くに、裏切り者の多由也とサスケはただならぬ関係にあると聞いた。だから塵となった多由也を見たサスケは、自分の事を許すまい。呆然となった香燐は、その場にへたり込む。もう何も考えられないでいた。

 

「………ああ、どうしよう。大蛇丸の元に帰るのも嫌だしなあ」

 

ぽつり、呟く――――その言葉に答える声があった。

 

「なら取り敢えず、眠っとけ」

 

「え?」

 

首筋に衝撃を感じた香燐は、振り返りながら倒れた。薄れゆく視界の中に自分のものではない、燃えるような赤い髪を映しながら。

 

 

香燐を気絶させた者。赤い髪の少女、多由也は腰元から笛を取り出した。服はあちこち土まみれで、髪にも土がついていた。先の爆発の余波によるものだ。

 

その程度で済んでいるのは、壁の中から地面の下へと逃げたから。多由也は土流陣壁を目くらましに、土遁・土中映魚の術――――水中を泳ぐ魚の如く、土の中を移動できる術を使っていた。

 

だが振動により術を乱され、土をもろに被ってしまった。だが何とか土中から這い出し、香燐の後方へと回ったのだ。

 

「そんで、これで詰みだ」

 

先の一撃により折れた肋と、衝撃により痛んだ身体。多由也は口の端に流れる血を無視しながら笛を取り出すと、少し離れた所に居る4人に向けて告げた。

 

 

「――――ウチの笛を聞け」

 

 

天上もかくや、という旋律が森の中に響き渡った。

 

 

 


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