Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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久々更新です。
今回はまた士郎と凛がお供に戻ります。


消えた凶器
凶器


 ワトフォードはロンドンのベッドタウンだ。

 人口は約九万人。カウンティはハートフォードシャー。

 ワトフォードFCとワトフォードLFCが意味もなく鎬を削りあうこのエリアはグレーターロンドン圏内へのアクセスが容易であるため

それなりの人気がある。

 

 私と一回り年下の友人、衛宮士郎はこのワトフォードの何の変哲もないフラットの部屋から、向かいの通りの何の変哲もない一軒家の監視をしていた。

 向かいに住むのはザンダー・グレゴリウス。オランダ領のキュラソー島出身で、元フランス外人部隊の軍人。

 現在はロンドンで警備会社に勤めており、それなりの収入を得ている。

 

 このロンドンにおいて、オランダ領生まれのフランス国籍の男が隣人でもそれはさしたる驚きではない。

 ロンドンは英国最大の都市であり、首都でありながら最も英国らしくない街だ。

 住人の半数以上が外国籍であり、実際私の親しい友人たちの国籍も雑多だ。

 

 今、私の隣で未熟な強化魔術の代わりに双眼鏡で視力を強化して監視をしている相棒、衛宮士郎は日本人。

 私が定宿にしているホテルのオーナー、エミールはロシア人。

 警察関係の友人の一人、ソフィー・エヴァンズは英国とフランスの二重国籍。

 シティ警察の窓口であるジェームズ・エルバは英国とシエラレオネの二重国籍だ。

 

 フリーランスにとって人脈は大きな武器となる。

 英国内に生活の拠点を定めている友人、知人で国籍にリストをつくったらロンドンの今が見えてきそうだ。

 これはなかなか面白い研究題材かもしれない。

 他にも外国籍の友人がいたはずだ。

 たしか……

 

「アンドリュー、本当に間違いないのか?」

 

 私の物思いを不安げな相棒の声が破った。

 

「状況を鑑みるに、まず間違いない」 

 

 私は答えた。

 

 我が相棒の衛宮士郎が不安になるのは当然の帰結だった。

 我々が監視しているグレゴリウス氏の生活は平穏そのものだった。

 

 警備会社に勤めるグレゴリウスがその豊富な経験からコンサルタントとして職務に当たっている。

 有能な彼なそこそこの高給取りらしく、自宅は質素ではあるが堅実な作りをしている。

 毎日きっかり定時に帰る生活(ナイントゥファイブ)をし、帰ると一人娘とともに談笑しながら食卓を囲む。

 

 片親であるためか、家事は一人娘が率先して行っているようだ。

 士郎は養父の衛宮切嗣がよく遠くに出かけていたため、幼いころから彼が家事を行っていたとのことで、グレゴリウスの一人娘に明らかにシンパシーを感じていた。

 

 グレゴリウスは中古のレコードを集めるのが趣味らしい。

 夕食後になると、彼の書斎から流れてくるアナログレコードの音が私の強化した聴覚に流れ込んでくる。

 今日は、スタン・ゲッツの奏する『星影のステラ』だった。

 なかなかいい趣味だ。

 

 そのような平凡たるシングルファーザーであるグレゴリウス氏の生活を私と衛宮士郎が監視しているのにはもちろん理由がある。

 

××××××××××××

 

「やあ、ご両人。君たちを『アンドリュー・マクナイトと愉快な仲間たち』の一員と見込んで頼みがある」

 

 五日ほど前のことだ。

 ロード・エルメロイ二世から講義のスケジュールを聞き出して把握していた私は、講義が終わる時間帯を見計らって彼ら――時計塔の学生で

個人的な年の離れた友人、遠坂凛とその助手で私的なパートナーで弟子でもある衛宮士郎を待ち伏せしていた。

 

 彼らとの付き合いはそろそろ一年になる。

 凛の反応はさすがに慣れたものだった。

 

「ハイハイ。仕事でしょ?何を手伝って欲しいの」

 

 私は凛の好意的な反応を得て、彼らをウェストミンスターのパブに誘っていた。

 時刻は午後一時過ぎ。

 私の定宿のオーナー、エミールは時折、昼間からウォッカを飲んでいることがあるが、私はそれほど酒好きでは無いし、ましてやアル中でもない。

 彼らをここに誘ったのはこのパブのランチがなかなかイケるからだ。

 

 今日のランチはバーガーとフレンチフライだった。

 オーナーの実家はヘレフォードシャーの畜産家とのことで、ここの肉料理は値段の割に質が高い。

 一人七ポンドはパブのランチとしては平均的な相場だが、ここのランチは間違いなく平均以上の質のものが提供されている。

 

 我々は――言うまでもないが私の奢りだ――でビーフ百パーセントのジューシーなバーガーを頬張っていた。

 

「あなたと外食してマトモなものが出てくるなんて。これは幸運の前触れかしら?」

 

 食事を済ませ、食後のコーヒーを口に運びながら凛が言った。

 

「だといいがね」

 

 私はそうおざなりな返事をすると一葉の写真――食後にはあまり見せたくない類のものだがやむをえない――を彼らの前に差し出した。

 

「壁に跪かせて頭を一発。俗にいう『処刑スタイル』というやつだ」

 

 私が見せたのは一件目の被害者の写真だ。

 そう。私が受けた依頼は連続殺人事件だ。

 

 写真を検めた士郎は「これ、確かテレビで騒いでたな。魔術とどう関係あるんだ?」と私に問いかけた。

 

 「いい質問だ」と感想を述べ、私はこの事件が「こちら側」の取り扱いとなった経緯を説明した。

 

 この3か月の間、三人の人物が殺害された。

 三人は共通して、「法で裁かれなかった悪党」で、「処刑スタイル」で殺されていた。

 アラン・ムーアのコミックになぞらえ「ロールシャッハ」として連続殺人事件は報道され、世間ではちょっとした騒ぎになった。

 

「さて。これだけなら『タダの』ショッキングな事件だ。この国は極度の銃嫌いだが、それでも銃を入手する手段はある。多くは狩猟ライセンスを取得した猟銃だが

バルカン半島あたりから入ってくる密輸品や改造銃も存在する。問題はこの先だ」

 

 二人は私の言葉の続きを待った。

 

「銃を使えば弾丸が発射される。空になった薬莢はただ拾って回収すればいい話だが、弾丸はそう簡単に回収できない。にも関わらず、弾丸は三件とも発見されなかった。

現場からは発射残渣すら発見されなかった。弾丸がまるでもともと存在しなかったかのように消えてしまったんだ。――そして代わりに魔力が微かに検出された」

 

 私の説明に対し、彼らは即座に回答に至ったようだった。

 そう、それこそが彼らに協力を依頼した理由だ。

 

「――投影魔術」

 

 士郎の表情に緊張が走り、解となる言葉をつぶやいた。

 

「『タダの』投影魔術で作り出したものは世界の修正力に耐えられずに消滅する。賢いわね」

「その通り、士郎の異常な魔術とは比較にならない。『非効率』の悪評で謗られる『ただの』投影魔術だ。

だが、『ただの』投影魔術であるが故にその特性が証拠隠滅につながっている。術師として微妙だが、犯人は中々賢い人物だ」

 

 凛が述べた感想に対し、私も同意する感想を述べた。

 

「それで?私たちは何をすればいいの?」

 

 凛の問いに対して私は、自分に依頼が来るまでの経緯を説明した。

 最初の事件はロンドンで起きた。ロンドンを管轄とする警察組織は首都警察だが、シティの管轄はシティ警察。事件はハートフォードシャーにまたがっているため、ハートフォードシャー警察も出張ることになった。

 狭い島国でも管轄は存在する。彼らは、お互いの管轄間を行き来されるという攪乱をされた末、魔術の存在に行き当たった。

 話し合いの末、その事件の特異さと管轄に縛られない利便性から警察は新興の魔術団体であるニュー・ソサエティに事件を預けた。

 

 中世後期に発足したニュー・ソサエティは魔術協会とは全く違った毛色の組織だ。

 魔術協会のお偉方が血眼になって根源への到達を目指しているのに対し、ニュー・ソサエティは根源に全く興味がない。

 魔術を一般社会から秘匿しつついかに実利を得るかを基本的な行動方針としている団体だ。

 

 ニュー・ソサエティの理事たちは倫理的でもある。

 魔術協会は今回の件に対し「ただの投影魔術の使い手」は「無価値」であるため静観を決め込んでいるようだが、

有能な魔術使いである私に課されたのは「なんでもいいからこれ以上被害を出さないこと」という依頼だった。

 

「実のところ犯人の目星はついている。殺人事件の大半は顔見知りによる犯行、動機は金か愛憎劇か怨恨だ。

 この通り被害者は素晴らしい人格者だからな。誰に殺されても不思議じゃない。だが、恨んでいる人間リストの中で

魔術回路を持っている人物は一人しかいなかった」

「じゃあ、どうして実力行使に出ないの?ニュー・ソサエティには執行者みたいな実行部隊はないの?」

 

 ニュー・ソサエティは二人にとって馴染みのない組織らしい。名門の家に生まれ高等な魔術教育を受けた凛がニュー・ソサエティを知らないの

は意外だったが、よく考えれば当然のことだった。彼女の亡き父君、遠坂時臣は典型的な古典的魔術師だ。正統派の魔術師ほど魔術協会のような

古い組織の存在を重んじ、新しいものを軽んじる。凛は幼いころに父君を亡くしているが、新興の組織を軽んじる教えを受けたのだろう。

 私はニュー・ソサエティが実力行使に踏み切らない理由について彼らに説明した。

 

 ニュー・ソサエティはパニッシャーと呼ばれる強制執行部隊を抱えている。非人道的行為に及んだ魔術師の捕縛や、人に害を及ぼす人外のものの

討伐を法執行機関などの依頼により行っている。私のようなヤクザもののフリーランスがやっていることを組織に所属してやっている連中だ。

魔術協会の執行者や聖堂教会の代行者には及ばない存在だが、グール程度であれば十分討伐できる実力を持っている。

 

 現段階でパニッシャーが出動しない理由、それは彼らが可能な限り英国法の考えに基づいて行動を起こすようにしているためだ。

 現代のコモン・ローにおいて「推定無罪」の原則が用いられる。

 おまけに少数部隊である彼らは折悪しく、別件で出払っていた。

 即時対応できる者がいないため、外部の協力者で実績があり、荒事にも心得のある私が引き受けることとなったのだった。

 

「でも、あんたの話だとその魔術師は目をつけられるだけの証拠がそれだけ揃ってるんだろ?それ以上何の必要があるんだ」

 

 士郎の疑問は尤もだ。

 

「確かに十分に状況証拠は揃っている。  

ところが一つ問題があるのさ。一件目の犯行だけ、その人物には動かし難いアリバイがあるんだ。

リン、君にはそれを崩すための検証をしてほしい」

 

 凛は私の説明に対し、首を縦に振った。

 士郎は「俺は何をすればいい?」と尋ねた。

 

「君はもう一つの解決策を手伝って欲しい」

 

 私は答えた。

 

「警察的に言えば、現行犯逮捕を狙う。

――つまり、張り込みだ」

 

 




次回、後編です。

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