Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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久しぶり更新です。いつも読んでくださっている奇特な皆様ありがとうございます。
ロード・エルメロイⅡ世の事件簿がコミカライズされると聞いて。
今回はロード・エルメロイⅡ世が探偵役、前後編二回の予定です。


ロード・エルメロイⅡ世との事件簿 「case.魔女の庭」
欲望


 私の前に一葉の写真が差し出された。

 写真の中で中年の男が一人、口から泡を吹いて倒れている。

 

「見たところ、急性左心不全による肺水腫だな。

これが僕の専門分野とどう関わる?」

 

 私は写真を検めて一言見解を述べた。

 

「もちろんこれから説明する。ところでコーヒーはどう?」

 

 私を呼び出した首都警察の刑事、エミリー・オースティンはいつもの彼女らしく私のもてなしの姿勢を示した。

 

「遠慮する。ここのコーヒーはダイエット中のベジタリアンの小便みたいに薄いか、毎晩ビッグマックを摂取している巨漢の血液みたいに濃いかのどちらかだ」

「そう?私は結構好きだけど、ここのコーヒー。じゃあ、スナック(マンチーズ)でも食べる?」

「それも遠慮する。以前、君に勧められたポテトクリスプの袋を見たら1年前に賞味期限が切れていた。食べる前に確認しておいて命拾いしたよ」

 

 「そう」と残念そうにつぶやくと、エミリーは情報の補足を始めた。

 

 被害者の名前はジャスティン・マッケンジー。

 ゲームメーカーのCEOでまだ46歳という若さだった。

 

 ある日、オフィスに現れず連絡もないことを不審に思った彼の秘書が自宅に赴き、事切れている彼を発見した。

 ジャスティン・マッケンジーの妻はライに小旅行に出かけており不在。

 メイドもその日は休暇を取っており、彼は前日の夜から自宅に一人だった。 

 ジャスティン・マッケンジーの契約しているセキュリティー会社によると本人以外の誰かが来訪した記録はないとのことだった。

 

 警察が公表している死因は「心不全」だった。

 心不全は極めて多義的な意味で用いられる用語で、ただ「心不全」と表現されているということは「死因はよくわからない」と言っているのと同義だ。

 状況から考えて「不幸な自然死」として処理されることだろう。

 このような不自然な自然死には法が届かない存在――例えば魔術が絡んでいる。

 

 魔術回路を持つエミリーは現場で魔力の残滓を感じ取った。

 魔術が死の隠された要因である可能性を鑑みたエミリーは万屋の魔術使いアンドリュー・マクナイトに相談を持ちかけていた。

 

 「調べてくれる?」というエミリーの要請に、他に案件を抱えていなかった私は首を縦に振った。

 

 調査の手始めに私はエミリーの手引きで被害者の夫人、マーサ・マッケンジーと面談した。

 チェルシーの洒落たカフェで待ち合わせた彼女はバーキンのバッグを持ち、一目で高級とわかる衣装を身に着けて、いかにも高級そうな香水の匂いを

無料で垂れ流しにしていた。

 亡くなったジャスティンはMMORPGで一発あてて莫大な財産を作っていた。

 

 マーサは亡くなったジャスティンより二回り以上若く、結婚前はウェイトレスとして働きながら女優を目指していたそうだ。

 彼らの結婚は間違いなく純粋な愛によるものだろう。

 

 私は「私立探偵」と立場を名乗るとまず「お悔やみを申し上げます(アイムソーリーフォーユアロス)」というお決まりの文句を口にした。

 「私立探偵」は便利なキーワードだ。米国と違いわが国では探偵を名乗るのにライセンスが必要なわけではない。※

 だが「私立探偵」を名乗ると途端に相手は協力的になる。

 特に今回は首都警察の刑事からの紹介だ。私のあやふやな身分はマッケンジー夫人の前で強固なものとっていた。

 

「夫は人から恨まれるような人ではありませんでした。社交的で人好きのする、とても優しい人でした」

 

 私の「ご主人は誰かから恨まれていませんでしたか}」という質問に夫人は最上の評価を以って答えた。

 

 職業柄、故人がこういった評価を下されるのを幾度となく聞いている。

 統計上、殺人事件の加害者で最も多いのは被害者の親族だ。

 親族からの個人の評価がどんなに高くてもそれを鵜呑みにするの危険と私は経験から学んでいる。

 そもそも「社交的で人好きのする人物」ならば人との接触は多かったはずだ。

 ならば恨みを買うことがあってもおかしくない。

 

 面談を終えた私は現場に向かった。

 現場はベルグレイヴィアの瀟洒な一軒家だった。

 この地区は選ばれた人間だけが住むことの許されるエリアだ。

 渋い街路にはクラシカルな建築物、白漆喰(ホワイトスタッコ)の住居、石造りの教会が並ぶ。

 私は少年時代にロンドンに移り住んでからしばらくの時期をハックニーの小汚いフラットで小汚いユアン叔父さんと共に過ごした。

 あまりの洒脱さに息が詰まりそうになる。

 

 警察の現場検証が済んでいないため家主は実家に戻っているらしい。

 『CSI:科学捜査班』のせいか現場検証は短時間で済むと世間では思われているらしいが実際のところ現場検証は数日にわたるのが普通だ。

 私は鑑識が出払ったタイミングを見て現場に向かった。

 見張りの警察官は顔なじみだった。私は身分証の提示も求められずにあっさり現場に通された。

 

 私は「高級」と壁紙からタイルの一つ一つにまで書き込まれているような現場に踏み入ると現場の解析を始めた。

 程なくして私の経験から来る勘が警報を鳴らした。

 

 おかしい。あまりにも何もなさすぎる。

 すでに誰かが調べるべきことを調べ、後片付けを済ませているように思える。

 「神秘の秘匿」は魔術師にとって絶対の原則だ。

 敵は思ったよりも抜け目なく、手ごわいのかもしれない。

 

 その時。

 誰かの足音がした。

 

 先約が居るようだ。この状況だと犯人の可能性が高い。犯人は現場に戻ってくるものだ。それが心理学的に自然な行動だからだ。

 私はそっとヒップホルスターのH&K USPに手を伸ばすと足音の方を振り返った。

 そこにいたのは意外な人物だった。

 

「ウェイバー?」

「……マクナイトか。奇遇だな」

 

 私の旧友で時計塔の名物講師、ロード・エルメロイⅡ世ことウェイバー・ベルベットだった。

 

「どうやってここに入ったんだ?」

「表の警官か?暗示を使った。少々不安だったが一般人相手ならばさすがに通じた。お前も知っての通り、私は術者としては最低だからな」

 

 聞けば被害者は彼が第四次聖杯戦争の時に日本で居候していたオーストラリア人夫婦の親戚だそうだ。

 オーストラリア人夫婦から葬儀のための準備を手伝ってくれないかと頼まれた彼はその過程で魔術の存在に気付いた。

 そしてこの奇遇な鉢合わせとなった。

 

 ウェイバーにこの場を来訪した理由を問われ、私はお決まりのパターンで警察から非公式に協力を要請されたことを伝えた。

 私の説明を聞いた彼は「お前の方でわかっている情報を共有してくれないか?」と私に要請した。

 

 本来、警察関係の情報を漏らすのは好ましくないが事は法の届かない魔術で彼は信頼のおける人物だ。

 私はエミリーから得た情報を彼に託した。

 特に重要な点、「死亡推定時刻に尋ね人が誰もいなかった可能性が非常に高い」という点を強調して。

 

「遠方から誰かを殺すとして――どのような方法が考えられる?」

 

 私の情報をいつもの渋面で租借すると彼は私に問いかけた。

 答ではなく問いかけをする、彼の癖だ。

 回答を提示する前に考えさせる。評判通りに良き教育者なのだろう。

 

「呪いか召喚術が妥当なセンだろうな。転移魔術や時間制御も考えられなくはないがどちらも汎用性に欠ける手段だし、多大な痕跡が残る。

君のことだ。片づけに入っていたところを見ると既に見当がついているのだろう?」

 

 私の問いに対し、彼は懐から小さな袋を取り私に差し出した。

 

「お前が来る前にこれを見つけた」

 

 見てもいいか許可を取ると私は袋を開き、中身を検めた。

 小動物、恐らく鳥類と思われるものの骨、歯は特徴的な形からしてウサギのものだろうか。

 それに人間の毛髪。

 

「これは――呪い袋……に見えるな」

 

 呪い袋は文字通り、古来より呪殺に使われてきた儀式の道具だ。

 見たところ古典的な黒魔術の様式に従ったもののようだ。

 が、どうにも奇妙だった。

 

「しかしえらく個性的な作りだ。妙な例えだが美大に行っていない絵描きが我流でアカデミックな絵画を描こうとして出来上がった絵のような印象だ」

「良い洞察だ。私の弟子に『天才馬鹿』と称されている胃痛のタネがいるが、少しは見習って欲しいものだ」

 

 「いや、すまない。こちらの話だ」と付け加えると彼はため息をついた。

 天下の時計塔講師とはいえ、彼はその中では若輩者だ。エルメロイ教室は「寄せ集め」と古参のロードから揶揄される曲者の集まりだ。

 彼の苦労が偲ばれる。

 

「呪い袋、まじない袋と呼ばれる呪詛の道具はいくつか種類があるが、これは古典的な黒魔術で使われる素材だ。

ロマのまじない袋とは違うし、ウィッカのような多神教的要素も見られない。典型的な古式ゆかしい方法だ」

 

 「にも関わらず正統派とは言えない作りだな」と彼は考察を締めくくった。

 

 呪い袋の無効化は簡単だ。燃やせば事は済む。

 我々は十分に検分を済ませるとデジタルカメラで写真を何点かとって燃やした。

 

ウェイバーは天下の時計塔の講師であり魔術師だが、多くの魔術師が抵抗を示す現代技術に抵抗が無い。

 家系の浅い魔術の家に生まれたからだろう。

 私はそれなり古い家系の魔術の家に生まれたが、私の家系はとうに没落していたためやはり現代技術に抵抗が無い。

 おかげで彼とは仕事がしやすい。

 

 彼は時計塔の講師で講師としては一級品の才能を持つがそのことにあまり価値を感じていない。術者としての自分が非才であるためだ。

 私は没落した家系の出身だが、魔術回路が先祖返りを起こすという奇跡のおかげで魔術の使い手としてはそれなりに優秀だ。

 私は時計塔の講師にまで上り詰めた彼の才に最大限の畏敬の念を持っているが、彼の方はむしろ私の魔術の才に羨望を感じている。

 

 彼と私は似ているようで似ておらず、分かり合えるようで肝心なところですれ違っている。

 人生とはままならないものだ。

 

 私が短い思索に耽っている間に呪い袋はあっさりと燃え落ちた。

 「簡単すぎるな」とウェイバーは一言感想を述べたが私も同意見だった。

 

「ところでグレイは同行してないのか?」

 

 フードを被った彼の内弟子が今日は同行していなかった。

 私の小さな疑問に彼は短く答えた。

 

「同行させていない。私が個人で勝手に動いていることだからな」

 

 そして予想通りの言葉を続けた。

 

「――それに助手ならたった今見つかった」

 

  〇

 

 現場を後にした我々は、私の仮住まいであるエミールのホテルに向かった。

 年の多くを海外で過ごす私はロンドンに住まいを持っていない。

 郵便物は私書箱充て、荷物は貸倉庫に収容し、必要な宿泊は小汚いエミールのホテルの小汚い部屋で済ませている。

 気の良いエミールは常連を通り越してヘビーユーザーの私に割引価格で部屋を提供してくれる。

 

 エミールのホテルは小汚く、日当たりが悪い最高のホテルだ。

 おまけの猫の小便のようなかぐわしい香りがする。

 このホテルをウェイバーは何度か訪れているが、「嗅覚を遮断しないととても耐えられない」という最大級の評価を下すのが常だった。

 

 ならばウェイバーのフラットの部屋に行った方がいいのではと思ったが、彼の部屋はゴミ屋敷の範疇に確実に片足を突っ込んでいるほど酷い有様なのを思い出した。

 つまり我々が自由に使えるスペースはどちらも大差無い住環境ということだ。 

 

「ジャスティン・マッケンジーは典型的な成金だが、金遣いは荒くなかった。妻のブランド品コレクターの趣味こそ許可していたが、

所持している車は一台で、車種はプリウス。ブライトンに慎ましい別荘を持っている程度で、仕事がゲームなら趣味もゲームだったそうだ。

借金は無く、同業者から恨みを買うような強引な行為もしていない。典型的なギークというやつだな。ただし社交性のあるタイプのギークだ。実に珍しい」

 

 私はまず自身の考察を述べた。

 彼はいつもの渋面で「それで?」と先を促した。

 

「この先は経験則と統計からの仮説だが……犯人はあの二回り年下の細君だと思う。

統計的に言って、殺人事件の加害者は被害者の近親者である場合が最も多い。

動機は大抵、金銭か愛憎劇のどちらかだ。僕は両方関係あると踏んでいる」

 

 ウェイバーはやはりいつもの渋面で私の考察を黙って咀嚼していた。

 このホテルは室内禁煙だ。葉巻を吸えないのが堪えているのか、いつもよりも何割増しかで表情が渋いように感じた。

 

「成程。ブランドもの好きの夫人とはいかにも価値観がすれ違っていそうだな。夫婦円満とは言えなさそうだ」

 

 彼は私の考察を反芻した。

 私はそれに対し疑問を提示した。

 

「しかしあの夫人、魔力は微塵も感じられなかった。とすると共犯者が居るはずだ。それは今のところ皆目見当がつかない。

たまたま魔術の素養がある知人がいたか、或いは倫理観にかける魔術使いを雇ったか……可能性ならいくつか挙げられるがどれもピンとこない」

 

 私は続けて「君の方はどうだ?」と彼の考察を待った。

 

「ヒントはあるがまだ仮説にすら到達していない。私は私で考えたい。少し時間をくれ」




※2014年からイギリスでも探偵を開業するにはライセンスが必要になりました。
この同人は2007年の設定で書いています。
後編はしばしお待ちください。

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