Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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ほぼ一か月ぶり更新。
全部で二回の予定です。
前半と後半が全く別の話。
前半はオリジナル要素満載、後半は原作キャラ大量登場の構想です。


誘惑の砂
砂漠


 早朝のグリニッジパークは美しい。

 弱々しい冬の朝日が控えめに園内の緑を照らし、空気は澄んで心地よい。

 

 緑豊かな園内は静かでシックな装いだが、天文台のある丘を登っていくとその素晴らしい眺望から

カナリーワーフのオフィスビル群を一望することが出来る。

 そのオフィスビル郡の手前には古式ゆかしいクイーンズ・ハウスが立っている。

 

 エルガーの管弦楽曲がどこかから流れてきそうな優美な光景だ。

 

「で、どう思う?」

 

 私の詩的思索を女性の声が破った。

 エミリー・オースティン。

 私の仕事仲間で首都警察の刑事だ。

 

「そうだな」

 

 一度脱線させた思考をまた本筋に戻す。

 あまりの事態の異常さに脱線させた思考だ。

 

「異常だ」

「それで?」

「魔力を感じる。明らかに魔術による現象だ?」

「他には?」

「今のところわかるのはそれだけだ」

 

 グリニッジ・パークの緑の一画に西ヨーロッパの大都市に場違いな砂漠が形成されていた。

砂の中にはいくつかの明らかに人体と思われるものが内包されている。

 魔術的に取り込まれたのだろう。

 

 この異常な事態を把握するにはまずは解析だが私の経験と直感が「下手に触れるな」と警告を発している。

 砂の中に見える人体らしき形は恐らくこの「何か」に魔術的に「取り込まれた」人々だろう。

 魔力抵抗のある私ならば耐えられるかもしれないがここまで巨大な事象だと自信がない。

 その思いが事態の進展を遅らせていた。

 こういう時に取るべき手は一つだ。

 

「応援を呼ぼう」

 

 私は惚れ惚れとするほど妥当で情けない提案をした。

 

××××××××××××××××××

 

 私が方々に連絡を入れて僅かに三十分後。

 応援が駆け付けた。

 

 しかも大挙して駆け付けた。

 その中には予想していなかった顔もあった。

 

「君まで来たのか?」

 

 時計塔の名物講師ロード・エルメロイⅡ世、その弟子の遠坂凛、助手の衛宮士郎。

 ここまでは予想通りの面子だった。

 

 それに続いて予想していなかった人物がいた。

 予想していなかった人物、サマセット・クロウリーはいつものように憎たらしいほど優雅に颯爽と現れた。

 彼は場違いな砂漠を一瞥してニヤリと笑みを浮かべた。

 

「やあ。アンドリュー。連絡を寄こさないなんて君も酷いな。

――こんな面白い事態。逃したら一生分の後悔だ」

 

 彼に連絡した覚えなどただの一欠もないが手を貸してほしい時に手を貸さず、呼んでいなくてもやってくるのがこの男だ。

 とはいえこの助力はありがたい。

 クロウリーは紛れもない魔術師でありながら魔法使いの域に肉薄する存在だ。

 おそらくこの事態も見当がついているのだろう。

 

 彼は駆け付けた面々におざなりな挨拶をすると砂漠の前に屈みこみアンティークの銀スプーンで砂を一掬いすくいあげた。

 

「なるほど。やはり少量ならば触れても問題なしか」

 

 彼は短い考察を述べるとそれを凝視し「ふむ」と頷いた。

 

「すばらしい」

 

 彼がめったに口にしない感嘆の言葉だ。

 やはりこの事態は相当な大事らしい。

 

「聖アントニウスの砂だ。僕も実物は初めて見た」

 

 礼装か結解術の類だろうか。

 私も初めて聞く代物だ。

 反応を伺うにエミリーも士郎も、凛ですらその存在は初耳らしい。

 

「説明は君に任せようウェイバー君。時計塔名物講師の本領発揮だ」

 

 どうやら時計塔名物講師のウェイバーことロード・エルメロイⅡ世は心当たりありのようだ。

 彼はその先を受け継いだ。

 

「聖アントニウスの逸話は知っているか?」

 

 時計塔講師のレクチャー開始だ。

 その問いに答えたのは優等生の凛だった。

 

「はい。砂漠に籠って苦行に耐えた大アントニウスですね。

度々悪魔に誘惑を受けたアントニウスですが地下墓地での最大の試練を経て最終的には神の助けを得るに至ったと伝わっています」

 

 士郎とエミリーは感心したように頷き、ウェイバーとクロウリーは無反応だった。

 ウェイバーは引き継いで

 

「この砂はアントニウスが悪魔に打ち克った砂漠の砂を基につくられた礼装だ。

『悪魔』という存在を疑似的に再現し触れたものに様々な誘惑を見せる。

その誘惑に負けたものは砂に取り込まれて最終的にはその一部になる。

本来は世俗的な欲求を断ち切る修行の為に用いられるが

カトリックでもプロテスタントでも東方正教会でもギリシャ正教でもロシア正教でもない。

ヨーロッパの一部で密かに信仰されるキリスト教の一派が密かに受け継いできたものだ」

 

 さらに講師様は大事な部分を告げた

 

「よって情報が圧倒的に足りない。解体するには解析の必要があるがどれほどかかるか想像がつかない。

そこにいる能力だけは怪物じみた悪趣味男の手を借りてもだ」

 

 クロウリーとウェイバーは旧知の仲だ。

 クロウリーはウェイバーのことを見下してはいるがその知識と鑑識眼はある程度認めている。

 

「見事な鑑識眼だ。そう思って助っ人を呼んでおいた」

 

 クロウリーのその一言と共に予想外の人物が現れた。

 

「よう!ウェイバーちゃん!」

 

 その人物はでっぷりとした体を揺らして現れた。

 凛とウェイバーの顔が不快感に歪んだ。

 

「私とお前はいつからそんなに気安く呼び合う仲になったんだ?」

「なーに言ってやがる。一緒に女子寮をピーピングしにいった仲だろ!?」

「それはどの平行世界の出来事だ……」

 

 その男、アラン・ホイルは特異な能力ゆえに魔術協会から封印指定を受けて自身の存在を隠匿している。

 私は彼に貸しがあるため時折仕事を手伝わせているがまさかこのロンドンに現れるとは思わなかった。

 この街には大勢の魔術協会関係者がいる。

 見つかれば即、封印指定が執行されるだろう。

 とは言えホイルのことだ。

 たっぷりと逃走プランを用意しているに違いあるまい。

 

「サミーから連絡を受けてな。日課のマスカキを一回で済ませて飛び出して来たぜ!

二重の意味で出ちまった!どうだ!今の高尚なオヤジギャグ!アルフレッド・テニソン並みの詩情だな!」

 

 ホイルは一日最低三回はマスカキをすることを日課としている。

 以前、「最高記録は七回だ!」と聞いてもいないのに教えてくれた。

 一回目は普通のズリネタから入るが五回を超えると一段上の境地に入り、七回目にはエリザベス女王でもズリネタにできるそうだ。

 理解できないししたくもない境地だ。

 

「やあ。アラン。よく来てくれた。相変わらず酷い悪臭をまとっているな。今日の香水は何だ?」

「シャネルの13番、下水の匂い風だ。欲しけりゃ一オンス一ペニーで売ってやるよ」

 

 サマセット・クロウリーのことをサミーと呼ぶのはホイルだけだ。

 アラン・ホイルのことをファーストネームで呼ぶのは私の知る限りホイルの家族とクロウリーだけだ。

 クロウリーはホイルのことを醜悪だと思ってはいるがその能力自体は認めている。

 

「それは大変興味深いな。それより魔術の話をしないか?僕と君が全力で解体してどのくらいかかると思う?」

 

 クロウリーはホイルに砂を掬い上げた銀のスプーンを差し出した。

 ホイルは珍しく真剣な表情になり

 

「そうさな。俺とサミーが全力で着手して……ぶっ続けで三十六時間ってところだろうな」

「僕も同じ見解だ。ただ解体するだけならばもっと早いが乱暴にやってはこの礼装にとらわれた人々の命が保証できない。

僕にとってはどうでもいいことだが若い二人が抵抗を示しそうだからな。まあ今回は慎重にやるとしよう。では始めるか。

ウェイバー、気づいたことがあればアドバイスしてくれ。君は術者としては最低だが知識と観察眼は大したものだ。頼むよ。

エミリー、君は人払いしてくれ。警察の権力なら容易いだろう。あと、連絡がつくならソフィーも呼んでくれ」

 

 我々を横目にクロウリーとホイルは作業に取り掛かった。

 

「クロウリーさん。私も解体に参加した方がいいのでは?」

 

 クロウリーのいう「若い二人」の一人、遠坂凛が意見を述べた

 

「ああ、済まない。言い忘れていた。リン。君には大事な役目がある。

アンドリュー、君もだ。ウェイバー、僕が何を言わんとしているかわかっているだろう?代わりに説明してくれ。僕は手が離せない」

 

 そっけなく言うとクロウリーは作業に戻った。

 指名されたウェイバーは頭を抱えるとそのあとを引き取った。

 

「あの悪趣味男が説明の手間を省いたので私が説明する。

最初に話したがこの聖アントニウスの砂は本来、修行の道具だ。

よって外部からの解体以外にも術を解く方法がある。

――あえてこの術式にとらわれ、刻み込まれた誘惑に打ち克つことだ。

――捕らわれた者の中の誰か一人が誘惑を破れば誘惑を餌に思念を吸い取る術は根本から崩壊し砂漠は跡形もなく消え去る」

 

 「私が読んだ文献が正しければな」というありがたい一言を締めくくりに説明が述べられた。

 

 クロウリーの話では解体にかかる時間は一日半。

 これは人間を衰弱させるには十分な時間だ。

 今現在、すでにこの術式に捉えられている人の中にはすでに虫の息の者もいるだろう。

 破るのであれば早いに越したことはない。

 

「クロウリーが君たちを指名した理由はこの中でこの礼装に抵抗できる可能性があるのが君たちしかいないからだ。

クロウリーとホイルなら魔力抵抗も十分だが彼らが入ってしまっては解体役がいなくなる。そうすると君たちしかいない」

 

 とんだ貧乏くじだ。

 凛は難しい顔でう黙り込み、士郎は凛を心配そうに見ている。

 

 ――だが凛は白か黒かを問われれば最終的には白を取るタイプの人物だ。

 

 クロウリーが薄ら笑いを浮かべながら経過時間と人間が五体満足で帰ってこられる可能性の話をすると渋々首を縦に振った。

 エミリーは「巻き込んでごめんなさい。報酬の額は可能な限り考慮するから」と宥めた。

 こうなると私も入らないわけにはいかない。

 

 私は凛と宝石で簡易的にパスを繋ぎ、先に抜け出せた方が助けにいくことを約束した。

「何かアドバイスはないか?」

 私は気休めにクロウリーとホイルに聞いてみた。

 

「僕のような隔絶した天才のアドバイスなど聞いてどうする?理解できまい。意味がないだろう」

「お嬢ちゃん。ナプキンは日本製を使え。他の国のやつは全部粗悪品だ」

 

 二人の天才からありがたいアドバイスが送られた。

 

 続けてウェイバーが

 

「文献が正しければ術式の内部とこちらでは時間の流れが違う。外界での三十分が礼装の内部では一日に相当する。

君たちならば大丈夫だと思うが――気を確かに持て。我を忘れるな。

魔力抵抗も重要だがそれ以上に試されるのは君たちの心だ。この世界に戻る理由を思い出せ。

大事な物、大事な人、なんでもいい」

 

 と実用的なアドバイスをくれた。

 

 私と凛は並び立ち、場違いな砂漠に近づいた。

 初めて感じる、今まで経験した何とも違う魔力が漂っている。

 

「遠坂……」

 

 士郎が心配そうに我々の背後についている。

 「やっぱり俺が行った方が」「へっぽこは引っ込んでなさい!」

 といういつものやり取りがあって凛が圧勝し

 

「大丈夫よ。ちゃんと帰ってくるから。

偽物の悪魔の誘惑なんかに私が負けると思う?」

 

 という一言でようやく士郎は引っ込んだ。

 

「なあ、アンドリュー。俺にできることはないのか?」

「とんでもない。大事な役割があるよ。君は凛がこちらの世界に戻ってくるための大事な理由、

こちらの世界に心を戻すための楔だ。しっかり彼女のことを考えろ」

「……わかった。あんたも気を付けてくれよ。アンドリュー」

 

 凛と顔を見合わせる。

 

「アンドリュー……」

 

 彼女の顔からは不安と恐怖が見て取れた。

 

「リン。君は強い人だ。シロウが君のことを思っている。僕も君の助けになると約束するよ」

 

 私の精一杯の強がりは多少なりとも彼女を元気づけたようだ。

 

「あなたも気を付けてね」

 

 少しだけ笑顔になった彼女の一言をきっかけに

我々は深く息を吸い込み場違いな砂漠に手を触れた。

 




お読みいただきありがとうございます。
次回は少々お待ちを。

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