Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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後編。
原作のあのサーヴァントとあのサーヴァントが出てきます。
あのサーヴァントは出そうかどうか迷った末に出しませんでした。


英霊

 気が付くとどこかの草原にいた。

 淡い色緑のシャムロックが生い茂りゴツゴツした岩が点在する。

 

 この光景は――エミールのホテルで惰眠中に見たものと同じだ。

 

 前に見た夢と同じく空は晴れ渡り潮風が心地よかった。

 私はシャムロックの絨毯の上に座り込み目を閉じて潮風を体中に感じていた。

 

 どれほどそうしていたか。

 気配を感じ振り返った。

 

 そこには二人の人物が立っていた。

 一人は蒼い髪に赤い眼をした偉丈夫で一人は浅黒い肌のどこか憂いを感じさせる青年だった。

 どちらも知らない人物の筈だが、なぜか私は浅黒い肌の青年に懐かしさを感じた。

 

「おう。気が付いたか」

 

 青い髪の偉丈夫が言った。

 

「一体何が起きているんだ?」

 

 偉丈夫は「ほう」と感心したようにつぶやき

 

「『ここはどこだ?』か『お前らは何者だ』ってのがこういう状況に置かれた人間の最初の反応だと思うが

流石にお前さん場慣れしてるな」

 

 と目を細めた。

 

「ひどい出来損ないとは言え聖杯を解体した後だからな。何かが起きる可能性ぐらいは考慮してるさ」

「いいねぇ。話の早い奴は嫌いじゃない。

それじゃ順に説明してやる。まず、俺たちは英霊だ」

 

 状況から鑑みるに冬木の聖杯の模造品が呼び出した英霊か。

 となると

 

「成程。サーヴァントというやつか」

 

 士郎と凛から話は聞いていたが確かサーヴァントとは英霊を召喚して使役する特殊な使い魔だ。

 使い魔ではあるが一般的な使い魔とは別格で一線を画す存在だと聞く。

 

 確かに規格外の存在だ。

 近くにいるだけで威圧されるような存在感を放っている。

 

「こうして夢だか精神世界だか良くわからん場所に呼び出された理由は――

きっかけはお前さんが解体したあの聖杯モドキ。

数ある英霊の中から俺たちが選ばれた理由はお前さんだ。

俺たちはあの坊主と嬢ちゃんに浅からぬ縁があってな。

俺の方はあいつらにお節介を焼いてるのがどんなお人好しかと見てやろうと思って出しゃばってきたってわけさ。

――おっと無駄話してる間にどうやらお出ましのようだぜ」

 

 男が指さす。

 指さした先を見ると何もなかったはずの荒野にいくつかの人型の影のようなものが湧き出していた。 

 

「あれは?」

「シャドウサーヴァント。お前さんたちが解体した聖杯モドキの残り滓が呼び出したサーヴァントのなり損ないだ。

――つまりだな。この空間自体がお前さんたちに解体された奴さんの最期の悪あがきってことさ」

 

 男の手には朱色の槍がいつの間にか握られていた。

 朱槍を持った英霊は影にとびかかると目にもとまらぬ速さで槍を振るい瞬きの間に消滅させていた。

 

「いいねぇ。影の国の修行を思い出す」

 

 そう言って彼は満足そうに笑みを浮かべた。

 

 私の父はイングランド人とスコットランド人の合作だがさらに家系をさかのぼるとアイルランドにたどり着く。

 ケルトの神話は私にとって馴染みの深いものだ。

 

 影の国で修業をした槍を振るう英霊。

 すぐにその英霊が何者か分かった。

 

「御身はアイルランドの光の御子か」

「おう。俺のこと知ってるのか?嬉しいね」

「貴方はケルト人の誇りだ。光栄だよ」

「ありがとよ。賞賛なんざ山ほど聞いてきたが、そう言われると悪い気はしねえな」

「しかし凄まじい強さだな。ひょとしてその強さアイルランド(エリン)の地で召喚されたこととも関係あるのか?」

「ああ。知名度補正ってヤツだ。お前さんマジに物わかりいいな。

――っとそりゃあそうだ。これで終わりってことはねえよな」

 

 またしても人型の影が湧き出していた。

 今度は先ほどとは比べものにならない大群だった。

 

「どうやらこっちが本命みたいだな。

おい、テメエも働けよ」

 

 アイルランドの大英雄は槍を構えると浅黒い肌の青年に言った。

 

 浅黒い肌の青年は「やれやれ」と肩を竦めるといつの間にかその手に黒い弓が握られていた。

 そして初めて口を開いた。

 

「マスター。指示を」

 

 「マスター」

 彼は私のことをそう呼んだ。

 彼とは初対面の筈だ。

 なぜか名前ではなく立場で呼ばれることに違和感を感じた。

 何故だろうか。

 

 いや。いまは問うまい。

 私は言うべきことを言った。

 

「――僕の指示など必要あるまい。

僕の戦闘経験などあなたたち英霊に比べればフィッシュアンドチップスをくるんだ後の新聞紙ほどの価値もない。

だがどうしても指示が必要ならばこう言おう――勝利を」

 

 二騎の英霊から魔力が迸るのを感じた。

 

「応よ。まかせな」

 

 槍の英霊が気風よくそう言うと英霊たちは戦場へと駆け出した。

 

×××××××××××××

 

「これがサーヴァントの戦い……」

 

 まさに一騎当千の戦いだった。

 

 槍兵の獣のごとき敏捷性から繰り出す一撃は目にもとまらぬ速さで影を砕いていく。

 うち漏らした敵は弓兵の矢が砕いていく。

 

 もとより手出しするつもりなど毛頭なかったが、どちらにせよ手出しできるようなレベルの戦いではなかった。

 二騎の英霊の戦いからは危機のようなものもその兆しも全く感じ取れなかった。

 圧倒的だった。

 

 どれほど戦いが続いたか。

 変わらず英霊の戦いは危なげないものだったが終わりが見えなかった。

 影は大軍になって湧いてくる。

 

「マスター、ちょいといいか」

 

 頭の中に槍兵の声が響いた。

 なるほどこの英霊たちは聖杯の力で呼び出されたが依り代は私だ。

 私と英霊たちは魔力的なパスで繋がっているわけか。

 

「このままじゃ埒が明かねえ。あんたの手を貸してくれ」

「僕の助けで良ければ。何をすればいい?」

「そうかい。ありがとよ。おい、アーチャー」

 

 何か考えがあるのだろうか。

 彼は弓兵に語り掛けた。

 

「こういう雑魚チラシはテメエの得意な領分だろ?」

「君は大軍を一人で蹴散らした大英雄だろう。ならば君の宝具でもカタがつくだろう」

「そうじゃなくてよ。マスターにいいとこ見せたいのは俺じゃなくてテメエだろ。

いいとこ譲ってやろうって言ってんだ。素直に聞いとけよ」

 

 やり取りがあって浅黒い肌の弓兵は戦いの手を一瞬止めて私の方を見た。

 彼と目が合った。

 

 初対面の筈なのに彼の眼差しは私に良く知っている人物を想起させた。 

 

 私はこの英霊のことを知っている。

 この英霊は私のことを知っている。

 

 彼から懐かしさを感じた理由は――()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()

 

「マスター。宝具の開帳を許可してくれ」

 

 彼は再び戦場に視線を戻すとビジネスライクな会話に戻った。

 

「僕の提供する魔力で可能なのか?」

「右手の甲を見ろ」

 

 言われて右手を見る。

 見おぼえのない文様が刻まれていた。

 

「令呪。サーヴァントへの絶対命令権だ。

本来は三画刻まれるものだが我々を呼び出した聖杯が酷く不出来だったせいで

一画しか顕現していない」

「落第生レベルの聖杯としては奇跡のような結果だな。

アイルランドという神秘の強い土地のマナを吸い取ったからか?」

「その通り。ご明察だ。

その奇跡の一画を消費して宝具解放を命じてくれ。

この程度の敵ならば私の宝具で一掃できる」

 

「わかった」と短く答え、私は右手に意識を集中させて念じた。

右手から洪水のような魔力が迸るのを感じ、手の甲の文様が焼失した。

 

 弓兵の――()()口から詠唱が唱えられた。

 

 それはある男の半生を語る詩のように聞こえた。

 

 体は剣で出来ている

 I am the bone of my sword.

 

 血潮は鉄で心は硝子

 Steel is my body,and fire is my blood.

 

 幾たびの戦場を越えて不敗

 I have created over a thousand blades.

 

 ただ一度の敗走もなく、

 Unaware of loss.

 

 ただ一度の勝利もなし

 Nor aware of gain.

 

 担い手はここに独り

 Withstood pain to create weapons,

 

 剣の丘で鉄を鍛つ

 waiting for one's arrival.

 

 ならば我が生涯に意味は不要ず

 I have no regrets.This is the only path.

 

 この体は、

 My whole life was

 

 無限の剣で出来ていた

 "unlimited blade works"

 

 世界が塗り替えられる。

 炎が翻り、無限の荒野にはまるで墓標のように

数えきれないほどの剣が突き刺さっている。

 

 どこまでも続く殺伐とした地上に対して、

雲間からは青い空が覗いていた。

 

 固有結界――魔法に限りなく近い大禁呪。

 

 術者の心象風景で現実世界を塗りつぶし、

内部の世界を変容させる結界。

 

 この光景を私は知っている。

 これは「彼」の心象風景だ。

 

 弓兵が手を振り上げる。

 

 剣の大群はまるで意志を持つかのように浮かび上がり、彼が手を振り下ろすと軍勢となって影に遅いかかった。

 剣の大群は一振り一振りが莫大な神秘を内包する名だたる名剣だ。

 カラドボルグが、デュランダルが、フルンディングが万夫不当の兵士となって敵を砕いていく。

 

 最後の審判の日でもこれほどとは思えない苛烈な攻撃は全ての影をことごとく消失させた。

 

 砕く敵がいなくなり固有結界が崩れる。

 草原と穏やかな青空が戻っていた。

 

 弓兵は私に背を向けて静かに佇んでいた。

 

 ――ああ、そうか。

 

 言葉に出さず彼の背に語り掛ける。

 

 ――君は戦い続けたんだな。

 ――戦って戦って戦い続けたんだな。

 

 彼は何も語らない。

 それでも私には彼が背負ってきたものが分かったようなそんな気がした。

 

「おっと。時間切れか」

 

 アイルランドの大英雄が思い出したようにそう呟く。

 

 二人の英霊の体が透け始めていた。

 まるでスクルージの前に現れたクリスマスの亡霊のように二人の英霊は消え去ろうとしていた。

 

「夢だが幻だが精神世界だかわからないが、一時とは言え共に戦えて光栄だったよ」

 

 私はこの霞のような世界を去ろうとする槍兵に感謝を述べた。

 

「俺もさ。お前さん、俺が見てきたとおりの奴だったぜ」

「その感想は?」

 

「そうだな」と言うと彼は言葉を続けた。

 

「賢くて皮肉屋でそれでいて根はお人好し。

前の聖杯戦争でもお前さんみたいなのがマスターだったらもう少し楽しめただろうよ。

唯一の難点は野郎だってことだな」

「それは済まなかった。お望みなら僕の妹を紹介しようか?

身内の僕から見ても相当な美人だぞ」

「何言ってやがる。お前、兄妹いないだろうが」

「流石はアイルランドの大英雄クー・フーリンだ。賢いな」

「ハ!抜かしやがる」

 

 彼は屈託なく笑った。

 そして

 

「テメエは何か言わなくていいのか?

一番言うべきことがあるのはお前だと思うけどな」

 

 浅黒い肌の弓兵はバツが悪そうに変わらず私に背を向けていた。

 

「そら。時間切れになるぞ。男ならシャンとしろや」

 

 けしかけられて振り返った。 

 

 その時、目の前にいる弓兵が私の知っている「彼」のイメージと完全に、ぴったりと重なった。

 

 振り向いたときの眼差し。

 私を見るその眼差しは――無茶をした時の「彼」が私に諫められた時と同じものだった。

 

 背丈も髪の色も肌の色も違う。

 それでもこの英霊は間違いなく「彼」だった。

 

「アンドリュー。私を頼む。知っての通り頼りない奴だからな」

 

 彼は申し訳なさそうだった。

 こういう時、良い大人は何と言ってあげるべきなのか私は勿論心得ている。

 

「凛がいる以上僕など必要ないと思うが。ほかならぬ友達の頼みだ。請け負おう。

――それと君は自分を過小評価している。

君は頼りになる男だよ。未来でも。今でもね。()()()

 

 彼の体はほとんど透明になっていた。

 間もなく霞のように消えた。

 消える瞬間、彼が少しだけ微笑んだように私には見えた。

 

××××××××××××××××××

 

 目が覚めると。

 私はホテルの小奇麗なベッドに収まっていた。

 

 あの名も無き戦場で体験したことを私はしっかりと覚えていた。

 あれほど素晴らしい夢を見せてくれたこと、それを忘れさせないでいてくれたこと。

 私は信心深いわけではないが今日ばかりは天のいと高きところにいる存在に感謝の念を覚えた。

 

 

 身支度を整え、朝食を取りに降りる。

 士郎と凛を呼びに行こうかと思ったがちょうどタイミングよく部屋から出てきた彼らと出くわした。

 

 朝食は古典的なアイリッシュ・ブレックファストだった。

 

 アイリッシュ・ブレックファストもイングリッシュ・ブレックファストも基本的には同じものだ。

 だがここの朝食にはアイルランド名物のブラックプディングがついていた。

 アイルランドは世界一のブラックティーの消費地でもありブラックティーも美味だった。

 

 良いことは重なるものだ。

 

 私はカロリー過多だが旨い朝食を食べながら向かいの席に座った士郎を見ていた。

 もはや馴染みの顔だがあの夢を見た後だと感慨深い。

 

 私はよほど彼の顔を凝視していたらしい。

 

「何だ?俺の顔、何かついてるのか?」

 

 訝し気に彼が聞いた。

 

「ああ。ついているよ。リンのキスマークがね。

そんな目立つ場所に痕を残すとは意外に独占欲が強いんだな」

 

 二人は一瞬にして顔を赤くした。

 図星だったか。

 やはり若者を騙すのは気が引ける。

 

「嘘だ。……痛いじゃないか、リン」

「しょうもない嘘つくからでしょ!」

 

 私は凛に思い切りはたかれた頭をさすりながら朝食を口に運んだ。

 今日は余計なことを口走ってしまいそうだ。

 私は沈黙を守ることにした。

 

 黙々と朝食を口に運ぶ。

 

「何か良いことでもあったの?」

 

 今度は凛に問われた。

 今日の私はいけない。

 感情が隠しきれないようだ。

 

「夢を見たんだ」

 

 私のその言葉に対し彼女は「ふぅん」と呟くと

 

「良い夢だったのね?」

 

 と問うた。

 

 私は端的に感想を述べた。

 

「ああ。最高の夢だったよ」

 




タイトルはFate/Grand Orderのクーフーリン(プロトタイプの方)の幕間の物語から取りました。
今回は極めて同人的な内容になったのでオマケの風物は書きません。
なので長めに後書きを。

ダブリンには一度だけ行ったことがあります。
私はアイルランドの伝統音楽とギネスビールが大好きでそのためだけにアイルランドに行きました。
ギネス最高。以上。
アイルランドのパブはまじに世界に誇る文化だと思います。
今度行くときはダブリンだけでなくエリンの大地の自然遺産を見てみたいです。

用語解説
ブラックプディングはブタの血を使ったソーセージ。
アイルランドが世界一の紅茶消費国というのは本当。
一人当たりの紅茶消費量が世界一です。
アイルランドメジャーブランド、バリーズのブレンドティーは安いけど香りよく滑らかな味わいでとてもおいしいです。
日本でも一か所だけ輸入を代行している業者がいるのでネットで手に入ります。
(私、実は常連客です)

実は最初、セイバーさんも出すつもりだったのですがセイバーさんが普通に出てきて会話してしまったらセイバーさんのお墓巡りのエピソードが茶番になってしまうなと思って今回は止めました。
セイバーさんは近々公開する予定の番外編で活躍してもらおうと思います。

では、またお会いしましょう。

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