Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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完全に更新サボッてました。
今回でとりあえずエピソード完結です。


旅人

 トームペアは昼間でもさほど人通りは多くない。

 タリンはロンドンのような不夜の街ではなく、深夜営業の店でも零時前には閉まる。

 

 アルヴァから情報を得た我々三人は夜の真夜中のタリン旧市街を歩いていた。

 

 アルヴァの行っていた通り。確かに昼間と雰囲気というか空気の密度が違うように感じる。

 

 暗く静まりかえったトーム公園を突っ切り、のっぽのヘルマンに差し掛かる。

 

 そこはすでに異界だった。

 ラヴクラフトであれば名状しがたい何かと形容しそうなどす黒い魔力が漏れ出している。

 

 魔力的勘に人一倍優れる遠坂凛も結界に対する天性の勘をも持つ衛宮士郎も

事の異様さに気付いているようだ。

 

「いくぞ、いいな?」

「ここまで来たんだ。覚悟ぐらい出来てる」

 

 士郎の心強い言葉を受けてのっぽのヘルマンを横目に見ながら城壁の階段を上る。

 濃い瘴気が漂ってくる。

 登り切ればアレクサンドル・ネフスキー聖堂が見えてくるはずだ。

 

 ――果たしてそれは見えてきた。

 

 ――異常な光景と共にだが。

 

 昼間見た以上の惨事だった。

 

 それは血だった。

 夥しい量の血だった。

 

 血で血を洗うという形容表現があるが、それはまさにこの場にふさわしい表現だった。

 

 中世風の鎧や鎖帷子に身を包んだ騎士たちが武器を手に殺しあっている。

 片方の軍は旗を掲げそこには克明に十字が描かれていた。

 

 彼らはデンマークからやって来た十字軍だ。

 もう一方はエストニアの軍隊だろう。

 

 彼らは何をしているのかは明白だ。

 戦争をしているのだ。

 

 だが、彼らにそれをやらせているのは――この血なまぐさい歴史を結界を作って再現しているのは

一体誰が?何の目的でやっているのだ?

 

 その動機が全く分からない。

 一体この事件の首謀者は何を望んでいるのだ?

 

 私は呆けていた。

 私以外の二人も呆けていた。

 

 亡霊の一体がこちらに向かってきた。

 霊体の殺意は生きている人間にも向くらしい。

 私は完全に虚を突かれたいた。

 甲冑を着てロングソードを持ったその霊体は――私の目前で弾け飛んだ。

 

 一番最初に冷静さを取り戻した遠坂凛がガンドを放っていた。

 

「ここを離れましょう!いま直ぐに!」

 

 彼女の号令でアレクサンドル・ネフスキー聖堂に背を向け、元の道を引き返す。

 

 城壁の石段を息せきながら降りる。

 降り切ったところで一息つく。

 我々全員が息を切らしていた。

 

 ――ふと気配に気づいた。

 ――振り返ると人が立っていた。

 

 男だった。

 金髪で長身の男だった。

 男は何か認識不可能な言語のようなものをぶつぶつ呟くと――煙のように夜の闇に溶けた。 

 

 それはほんの数秒の間に起きた出来事だった。

 だがその数秒はブラックホールの重力のように重く長く感じられた。

 

 同行した二人は真っ青な顔のまま黙っていた。

 こういう時は年長者の対応が一番早い。

 私は現実的対応策として一人の人物に電話を掛けた。

 

 こちらは深夜だが向こうはまだ夕刻の筈だ。

 目的の人物は5コールで出てくれた。

 

「アンナ、単刀直入に要件を言う。

ヤツが現れた。

君にも来てほしい。可能ならマシューの旦那も――いや、ありったけの人出を連れてきてくれ。腕の立つ人手をな」

 

×××××××××××××××

 

「壮観ね……」

 

 恐怖の体験からわずか二晩後。

 

 我々は再びタリン旧市街のトームペアに赴いていた。

 そこで見た光景に遠坂凛は苦笑交じりに感想を述べた。

 

 確かに壮観だった。

 

 筋骨隆々とした十数人の大男たちが、手に手に火器を装備している。

 明らかに堅気でない男たちだ。

 

 巨大な筋肉の群れをかき分けてほっそりとした目の覚めるような美女がこちらに向かってきた。

 

「ありがとう。君の仕事の速さはさすがだな。アンナ」

「ハイ、アンドリュー。――おやあんたも一緒なのかい?坊や」

「ああ。また会えてうれしいよロセッティさん」

 

 赤毛の美女アンナ・ロセッティ私と挨拶を交わし、士郎とは再会の握手を交わした。

 

 アンナ・ロセッティは腕利きの魔術使いでニューヨークを拠点にしている。

 彼女の父マシュー・ロセッティは古株の魔術使いで顔が広くこの業界での信頼も厚い。

 

 その娘であるアンナもそうだ。

 彼女の人脈を頼りに招集をかけてもらったわけだ。

 

 これだけの人手が必要な理由は簡単。

 この事象の原因は結界だが結界があまりにも大きいため崩すにも物量が必要だからだ。

 さらにこちらに敵意を向けてくる霊体の群れもいる。

 それらをいなしながら一般人が寝静まっている時間帯にことを解決するにはとにかく人手。

 人海戦術だ。 

 

 私はアンナと話し合い荒くれ者の魔術使いたちに3人一組で行動してもらうことを決めた。

 結界の探知役、結界を壊す役、霊体を散らす役だ。

 

 私は同行の若い二人と組むことになった。

 士郎が探知役、凛が壊す役、私は霊体を散らす役だ。

 

「さて。人を集めたのはいいけど、説明は誰がする?」

 

 一通り対応を話し合うとアンナが最終判断として私に意見を仰いだ。

 私はウィットを込めて回答した。

 

「君が適任だ。君はハンターたちから信頼されているし

――なによりこの中で一番キンタマがデカそうだ」

 

 次の瞬間私の腹部に見事なボディブローが決まっていた。

 メイウェザーでも一発でマットに沈みそうな見事な一撃だった。

 

「……痛いじゃないか。褒めたんだがね」

「もう一発喰らいたい?」

 

 士郎は困り顔をしていた。

 凛は残念なモノを見るような眼で私を見ていた。

 よろしい。いつもの反応だ。

 

「みんな。良く集まってくれた」

 

 悶絶する私を横目にアンナが説明しはじめた。

 

「聞いてくれ。これからやることは至ってシンプルだ。

この異常事態の原因は旧市街に張り巡らされた結界だ。

結界内を回って結界に魔力を供給する呪刻を破壊する。

この規模の結果だ。呪刻はいくつあるかわからない。

三人一組のチームに分かれて分担してやろう。

呪刻の探知役、呪刻を破壊する役、亡霊の襲撃から探知役と破壊役を守る役だ。

何か質問は?」

 

 誰からも問いはなかった。

 アンナには不思議と人を従わせる言葉がある。

 軍隊に入っていれば優秀な指揮官になっていただろう。

 

「確認だが単独行動はするな。かならず三人以上で組んでくれ。

じゃあ、3時間後にここに集合だ。死ぬなよ」

 

 その言葉で荒くれ者たちは散会した。

 私は同行の二人と準備に入った。

 

 私は竹刀袋――祖父の遺品だ――から一本の金属棒を取り出した。

 「それは何だ?」という士郎の素朴な問いに私は答えた。

 

「銀製のスティックだ。もともとはどこかの貴族のお屋敷で火かき棒として使われていたものだが

骨董市で買い取って使いやすいように手を加えた。

銀は祝福された物質だからな。霊体を祓う効果がある。君たち、準備はいいか?」

 

 若い二人は頷いて答えた。

 

「では、タリン旧市街夜のウォーキングツアーと行こう」

「――ホント。あなたといると退屈しないわね」

 

 凛がそう、ありがたい評価を下してくれた。

 

×××××××××××××××

 

 士郎が呪刻を探し、凛が解除。

 私は二人が各々の作業に集中できるよう露払いをする。

 我々の作業は順調だった。

 

 魔術使い軍団のアヴェンジャーズ招集も効果覿面だっだ。

 

 タリン旧市街は1マイル半四方ほどの狭いエリアだ。

 

 三時間もすると彷徨う亡霊の数は減り、土地を覆う瘴気は薄くなってきていた。

 

「シロウ、まだ何か感じるか?」

 

 そろそろ撤収のころ合いと思った私は士郎に確認を込めて聞いた。

 

「――ああ。残念だけどまだ一番重要な部分が残ってる」

 

 士郎は自らの感じた感覚について語った。

 

「呪刻を一個消すたびに、それがどこか別の場所に集約されていくような感覚を感じた。

最初のうちは気のせいだと思ったんだけど、結界が崩れ始めてはっきりわかった。

――その集約先に一昨日の夜見た『アイツ』がいる」

 

 「アイツ」つまりこの事態を引き起こした張本人。

 あの血の気の引くような圧倒的な存在。

 

 できれば対面したくないが我々の任務は事象の解消だ。

 その原因がどこにいるかわかるならば対面しなければいけない。

 

 この中でもっとも現実的思考力のある凛に意見を求める。

 

「――仕方ないわね」

 

 彼女は何秒か考え込むとそう答えた。

 

 士郎の先導で石畳の道を歩く。

 昨日スタート地点にしたアレクサンドル・ネフスキー聖堂の前で士郎が足を止めた。

 

「登るのか?」と私が問うと「残念ながらね」と彼は答えた。

 

 アレクサンドル・ネフスキー聖堂の長い石段を登る。

 旧市街の全貌を見渡せる絶好のロケーションだが登るたびに悪寒が強くなってくる。

 

 長く急な階段を上がり鐘楼にたどり着く。

 昼間は観光施設として解放されているが夜中にもちろん人はいない――はずだった。

 

 そこに「ソレ」は居た。

 二晩前に見たあの男だ。

 

 男は黒ずくめで金髪で長身で碧眼だった――ように思えた。

 

 その眼は碧眼に見えたがそれ以上にどす黒かった。

 

 下水の底に沈んだ泥水すら明るく見えそうな――そんなどす黒さだった。

 私は完全に硬直し、同行した二人も硬直した。

 聖杯戦争を勝ち抜いた二人すらも硬直していた。

 

 ……1分だったか、1秒だったか、1時間だったか。

 完全に感覚が狂い、100年と10秒の違いも分からなくなっていた我々には

 一体それがどれほどの時間だったかわからない。

 とにかくしばらくか一瞬か沈黙が続いた後、男が言った。

 

「この地ではこれが限界か……」

 

 そういうと黒ずくめの巨体は夜の闇に溶けて行った。

 後にはまるでもともと何もなかったかのように、夜の闇だけがあった。

 

 「何なの、アレ……」

 

 どこか遠くで凛が呟いたように感じた。

 

×××××××××××××××

 

 その日を最後にタリンの怪奇現象はプッツリと途絶えた。

 街はただの観光地にもどり荒くれ者の魔術使いたちは引き上げて行った。

 

 我々は経過観察のために3日ほどさらにとどまったが奇怪なことは何も起きなかった。

 3日間を人の金での観光という最高に有意義に過ごし、我々は帰路についた。

 

「アレって結局何だったのかしら?

ねえ、アンドリュー。あなた何か知ってるんでしょ?」

 

 空港の待合室。

 経由地のフランクフルト行きの便を待っていると凛がそう疑問を呈した。

 彼女は敏い。私の振る舞いで気づいたのだろう。

 特に隠すことでもない。私は用意していた説明を頭から述べた。

 

「ジャーニーマンを知っているか?」

「え?都市伝説でしょ。

――ウソ?実在するの」

「実在するんだよ。これが。

ヤツはほぼ5年のサイクルで現れ、どこかの土地で恐怖のアトラクションを開催し

その度に僕らヤクザ者の魔術使いが対処してきた。

僕自身、ジャーニーマンに遭遇するのはこれで2度目だ。目の前で相対したのは初めてだがね」

「待って、土地の怨念を再現するなんて異常な術よね?封印指定になっていないの?」

「魔術協会は匙を投げたのさ。

ジャーニーマンが初めて目撃されたのはクリミア戦争の時だ。

それ以来、ジャーニーマンの術に関心を持った魔術協会は捕獲を試みたがことごとく失敗した。

いつごろか捕獲を諦め、事象の解消のみをヤクザ者のフリーランスに委託するようになった。

興味を示したサマセット・クロウリーが自ら現場に赴いたことがあるがクロウリーですらできたのは結界の解体だけだ。

『僕が人生で唯一恐怖した瞬間はジャーニーマンと相対した時だ』と彼は語っていたよ」

 

 凛は黙りこんだ。「信じられない」という様子だった。

 

「なあ、アイツ。何のためにそんなことをしてるんだ?」

 

 今度は士郎から疑問が向いた。魔術師らしくない、彼らしい質問だった。

 

「いくつかある噂の一つに過ぎないがジャーニーマンは元もとロシア正教会の神父で

発狂して奇怪な行動に走るようになったと言われている」

「――つまり?」

「――つまり、狂人の行動に理由などない。そういうことだ」

 

 

 帰りのフライトは快適だった。

 エコノミークラスだがシートッチは狭くないし機内食も出る。

 経由地のフランクフルト空港もすこぶる快適だった。

 

 ロンドンに着き若い二人と別れると、仮住まいであるエミールのホテルにチェックインする。

 

 荷物を下ろし部屋のベッドに寝転がるとモバイルフォンが鳴った。

 

 +81。日本からの電話だ。

 慎重をきして小粋なジョークなしで電話をとった。

 電話の主は両儀家の母親の方。私の旧友、両儀式だった。

 式は娘からの――正確には私からのアドバイスを受けた娘からのプレゼントを事のほか喜んでいた。

 彼女からの感謝の言葉に「ああ、喜んでくれてよかった」と私は型通りの言葉を返した。

 少し雑談すると私は「では」と辞去の言葉を発した。

 

「また来いよ。未那もお前に会いたがってたぜ」

「そうだな。では君とミキヤがマナの弟か妹を生産する行為を休んでいる日を事前に教えてくれ。

お邪魔になると悪いからね」

「――お前。余計な一言を添えないと会話できないのか?」

「性分なのでね。では、また」

 

 電話を切ると今度は扉を誰かがノックした。

 このパターン、既視感のあるパターンだ。

 

 良そう通り友禅の振袖をきた女性が扉口に立っていた。

 

「やはり来たか。入ってくれ」

 

 私は法政科の魔術師、化野菱理を迎え入れた。

 

 

「ミス・アダシノ。君は今回の件の首謀者に見当がついていたんじゃないか?」

 

 彼女が座るや否や私は言った。

 

「どうしてそう思うのかしら?お得意の推論?」

「推論などというものではない。ただの印象だ。

君は底知れない人だ。どんな能力なのか見当もつかないが魔眼持ちなのだろう?

君のような優れた術師が見当もついていないものを依頼するような浅はかなことはしない。

そう思っただけだ」

 

 彼女は何も答えなかった。

 この沈黙は肯定の沈黙に思えた。

 

「ねえ、この世界は神秘に満ちているわよね?」

「ああ、そうだな」

「じゃあ、これからもよろしくね。マクナイトさん」

 

 彼女はクスリと笑うと来た時と同じように振袖を翻し去っていった。

 

 ヒーターで滞留した空気に彼女が残した不思議な香の匂いが漂っていた。

 

 ロンドンには夜の闇が迫っている。

 あの闇の中に、まだ私も知らないような闇すら輝くような闇があるのかもしれない。

 

 なぜかふとそう思った。




次回はオマケ。
ちな、化野菱理はオリキャラではなく『ロード・エルメロイ二世の事件簿』のキャラです。
あと、合間に乗せてた『幕間の物語』ですが「見辛い」ということに気付いたため別途ページを設けました。
https://novel.syosetu.org/105924/
今あるものは消しませんが今後はこちらで更新しようと思います。
では。

追伸
そういや気づいたらブクマが1000件超えてました。
一年半で1000件は多いのか少ないのか……

あ、ブクマ、いつもコメントくださる皆様ありがとうございます。
支えにしております。

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